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無精髭の男

「マザーには選りすぐりを、と上申したが…」
 見た顔も多いな、とキースが見渡した国家騎士団所属の新たな部下たち。
 補佐官を拝命したと名乗ったセルジュ・スタージョンはもちろん、他にも大勢。
 けれど、中でも…。
「以後、スローターハウス作戦の指揮権は少佐に。ご無沙汰しております、アニアン教官」
 セルジュの隣に進み出た男。長身で眼鏡のパスカル・ヴォグ。
(…此処まで来たか)
 顔には出さなかったけれども、フッと心の中で笑った。
(面白い顔ぶれになりそうだ…)
 マツカもそうだが、無精髭の男。
 きっと面白くなることだろう。
 …このスローターハウス作戦は、な…。


 マツカに着替えを取りに行かせて、引き揚げた部屋。
 其処でさっきの男を思った、無精髭を生やしたパスカル・ヴォグ。
 階級は少尉、ヴォグ少尉の名前は知っている。
 補佐官のセルジュには、「貴様は?」と尋ねた自分だけれど。
 他の者たちも顔を覚えているという程度で、名前とは一致しないのだけれど。
(…いくらメンバーズでも、いちいち覚えていられるものか)
 面倒な、と自分で淹れたコーヒー。
 着替えが未だに見付からないのか、マツカはやって来ないから。
 けれど、「面倒な」という言葉はマツカに向けたものではなくて。
 向けた相手は自分の頭脳で、「教え子など覚えていられるか」の意味。
 星の数ほど教えたのだし、第一、覚える必要も無い。
 大抵の者は自分の所へ辿り着くことすら出来ないから。
 よほど優秀な者でなければ、自分の部下など務まらないから。


 訓練課程を終えた後には、恐らくは二度と出会わないだろう教え子たち。
 頭の片隅であっても記憶に留めておくのさえ無駄で、顔だけ覚えておけば充分。
 いつか何処かで部下になるような者がいたなら、「あの時の奴か」と分かれば充分。
 そうして多くの者たちを忘れ、気にも留めてはいなかったけれど。
(パスカルか…)
 やはり来たか、という印象。
 ついに私の所まで、と。
(…あいつなら来ると思っていたが…)
 思った以上に早く来たな、と唇に微かに浮かべた笑み。
 パスカルならば、きっと上手くやってくれることだろう。
 スローターハウス作戦には欠かせないメギド、それを任せるには似合いの人材。
 セルジュなどより、ずっと面白い男だから。
 ミュウの拠点を焼き払うメギド、最終兵器とも呼ばれるメギド。
 どうせだったら、ただ優秀なだけの者より、面白い者に任せたい。
 自分の心に入り込んだ男、ソルジャー・ブルーとやり合うのだから。
 伝説と言われたタイプ・ブルー・オリジン、その喉元に突き付けてやるのがメギドだから。


(…あいつが来ないわけがない)
 パスカルもやって来たのだけれども、ソルジャー・ブルー。
 あのミュウの長も出て来るだろう。
 自分の読みが正しかったら、きっと自ら。
 それを屠るには、狩場に向かって追い込んでやるには必要なメギド。
 まさかパスカルに任せられるとは思わなかった。
 きっと最高の狩りになる。
 無精髭のパスカルが操るメギドと、伝説のタイプ・ブルー・オリジンと。
 こんな顔合わせがまたとあろうか、自分が唯一、顔と名前を覚え続けていた男。
 そのパスカルにメギドを任せる、ソルジャー・ブルーを燻し出すための。
 自分の心に入り込んだ男の喉元に突き付けて抉り、屠る刃を。
 スローターハウス作戦とはよくも名付けた、我ながら素晴らしい名だったと思う。
 その名の通りに屠殺場だから。
 スローターハウスは、屠殺場の意味を持つのだから。


 無精髭の男、パスカル・ヴォグ。
 最初に彼を教えた日のことを忘れてはいない、今も鮮やかに思い出せる顔。
 訓練の場へと出て来た者たち、その中に一人、無精髭の男。
 軍人ならば、髭は綺麗に剃るものなのに。
 そうでなければ手入れするもの、無精髭など許されないのに。
 だから自分も注意した。
 部屋に戻れと、髭を剃ってから出直して来いと。
 その時に、彼が返した言葉。
 「外見で人を判断するなと、軍人は誰でも教わりますが」と。
 中身まで無精な自分ではない、と不敵な笑みさえ浮かべていた彼。
 ふと思い出した、シロエの面影。
 マザー・イライザに逆らい続けて、シロエは散っていったけれども。
 上手に乗り切る奴もいるのかと、軍の厳しさは教育ステーションの比ではないのだが、と。


 規律違反を堂々と犯す態度が面白かったから。
 何処かシロエを思い出させる男だったから、無精髭の男を放っておいた。
 彼は何処までゆくのだろうかと、言葉通りに優秀なのかと。
 それならばいいと、そういう輩が一人くらいいる世界もいいと。
(ヴォグ少尉か…)
 パスカルが訓練を終えた後にも、折に触れて探していた名前。
 今はどういう階級なのかと、どんな戦果を挙げているかと。
 そうして、ついにパスカルは来た。
 この晴れ舞台に、スローターハウス作戦の場に。
 ソルジャー・ブルーと自分の戦いになるだろう場所に、メギドを操る責任者として。


(…本当に面白くなりそうだ…)
 パスカルが来たというだけでもな、とクックッと笑う、この作戦は最高だと。
 スローターハウス作戦は面白くなると、とてもいい役者が揃ったものだと。
 狩り出す獲物はタイプ・ブルー・オリジン、伝説の獲物。
 自分の手駒の一人はミュウだし、それだけでも充分、楽しめるのに。
 マツカだけでも面白いのに、パスカルまでがやって来た。
 何処かシロエを思わせた男、けれどシロエよりも遥かに上手に世間を渡って来た男。
 無精髭のパスカルが操るメギドで、ソルジャー・ブルーを燻し出す。
 きっと最高に面白い狩りに、ゲームになるのに違いない。
 あのパスカルがやって来たから。
 自分が唯一覚えた教え子、無精髭の男が加わったから…。

 

         無精髭の男・了

※セルジュやパスカルが出て来た瞬間、「風と木の詩」の面々が来た、と驚いた自分。
 あれから8年経ったんですけど、なんで今頃パスカルを書いてるんですか…?





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