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孤高のチキン

(調子こいて言ったのはいいんだけどさ…)
 マジでヤバイし、とジョミーがついた大きな溜息。
 デッカイことを言いすぎたかなと、こうなるとは思っていなかったから、と。
 赤い星ナスカ、人類が捨てた植民惑星。元はジルベスター・セブン。
 其処に入植したまでは良かった、問題はその先だった。定住しようと決めたその時、切っ掛けになった今後の方針。「命を作ってゆく」ということ。
 元はカリナが言い出したことで、早い話が自然出産で子孫を増やすのだけれど…。
(…教授も賛成してくれたから…)
 ブリッジで大々的に宣言、そうして今に至ったわけで。
 ところが自分が落ちたのがドツボ、ふとしたことが原因で。


 ナスカに降りると決まったその日に、目出度く誕生したカップル。カリナとユウイ。
 それに触発されたらしくて、通路で出会ったニナに言われた。「私、本気よ?」と。
 いったい何の話なのか、と訊き返したら…。
(…ぼくの子供が欲しいって…)
 そう言って走り去ったのがニナで、元気一杯だった後姿。まるで子供だった頃のように。
(小さな子供だったのに…)
 シャングリラで初めて出会った時は。
 それが大きくなったものだと、一人前の口を利くよねと、微笑ましく見送ったのだけれども…。
 後で自分の部屋に帰って思い出してみたら、大胆すぎたニナのモーション。
 よりにもよって欲しいのが「子供」、つまりは結婚希望な上に…。
(…ぼくの子供を産むわけで…)
 凄すぎるけれど、ちょっとイイかも、と考えた。
 命を作ろうと決めたからには、ソルジャー自ら最先端を突っ走るのも、と。


 なかなかに悪くない考え。自然出産は非効率的だし、カップルは多い方がいい。
(下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、で…)
 幸い、ニナは乗り気なのだし、参加しようかと思ったジョミー。ぼくにも出来る、と。
 そうと決まれば、もう早速に…。
(明日にでもニナにプロポーズして…)
 話を先に進めなくちゃね、とウキウキしながら眠ったその夜。ベッドに入って暫くしたら…。
(………え?)
 何処だ、と見回した見知らぬ場所。シャングリラの中ではないらしい。それにアタラクシアでもなくて、何故だか狭いスペースにいて…。
(えーっと…?)
 右側を見たら、牛が一頭。その向こうにも仕切りがあって、また牛といった具合の光景。
 何事なのか、と左側を見ると、そちらにも牛で、牛の向こうに続いてゆく牛。
(……どうして牛が?)
 変だ、と自分の目の前を見たら、ドカンと置かれた飼葉桶。水を満たした器もあって、どうやら自分は牛らしい。其処は牛舎で、しっかりキッチリ繋がれていて…。


 暫くしたら入って来たのが飼育係といった雰囲気のオッサン、そして呼ばれた自分のID。まだ人類の世界にいた頃のヤツで、そいつが牛の識別番号。もう間違いなく牛だった自分。
 かてて加えて、オッサンが言ってくれたこと。
「明日には出荷するからな」
「出荷!?」
 それって何だよ、と叫んだ所で目が覚めた。ビッショリと汗をかいていたわけで、目覚めるのが少し遅かったなら…。
(…食肉加工場だったわけ?)
 そうなる運命だったわけね、と悟った夢の自分の末路。あの牛舎から引っ張り出されて、多分、トラックに乗せられて。
(……あの夢は……)
 夢だったけれど、夢じゃないんだ、と激しく脈を打つ心臓。あれは警告というヤツだ、と。
 目覚めた途端に分かったから。ああいう夢を見てしまった理由も、何故、牛なのかも。
(……人間の道から外れちゃったら……)
 次の人生は牛になるんだ、とガタガタと震え始めた身体。人間だったら、自然出産しないから。それをするのは動物だけだし、相応しい道を歩むがいい、と。


 うっかりニナと結婚したなら、子供を作ってしまったら。
 今の人生を終えた後には、牛になる未来が待っているらしい。それも食肉加工場行きの。
(…エラ女史が正しかったんだ…)
 自然出産は倫理に反する、と唱えた彼女。倫理に外れたことだからこそ、次の人生は牛になって食肉加工場送り。神様がそう決めているから、食らった強烈すぎる警告。
(でも、カリナは…)
 ユウイと結婚して幸せそうだし、警告を受けていないのだろうか?
 それとも勇気溢れる女性で、将来は牛でもいいのだろうか?
(…ユウイもメチャメチャ度胸あるよね…)
 子供を作ったら牛なんだけど、とガクガクブルブル、自分にはとても出来そうにない。
 今はともかく、次の人生、いや牛生は破滅だなんて、食肉加工場が待っているなんて。そうなることが分かっているのに、結婚して子供を作るだなんて。
(……ぼくが言い出したことだけど……)
 絶対に参加出来そうにない、と震え上がった自然出産。牛になって飼葉だけならともかく、食肉加工場だから。…ハンバーグとかは好きだけれども、自分がミンチは最悪だから。


 ブルブル震えて震えまくって、「勇者だ」と思ってしまったカリナ。それにユウイも。
 惚れてくれたニナには悪いけれども、チキンな自分には選べない道。
(…ニナだって、牛は平気なんだ…)
 それに食肉加工場も、と頭から被ってしまった上掛け。ニナたちは強い子供だけれども、自分は臆病でチキンなんだ、と。
 そうして震え続ける間に、ハタと気付いたさっきの警告。牛になるぞ、と食らった夢。
(…あれって、ホントに…?)
 神様の警告だったのだろうか、神様は其処まで面倒見のいい存在だろうか?
 そうだとしたなら、もう少しばかり恵まれていそうなのがミュウ。…神がこんなに身近なら。
 人間の道に外れる前から、「こうなるんだぞ」と警告をくれる距離にいたなら。
(…ミュウが人類に追われる立場は変わらなくても…)
 人類に処分されるよりも前に、シャングリラに知らせてくれそうなもの。殺されそうなミュウの子供が現れるぞ、と夢か何かで。
 ミュウの自分にさえ、「自然出産をしたら、次の人生は牛だ」と警告するのなら。
 人類に追われる立場のミュウにも、キッチリ教えてくれるのならば。


 これはアヤシイ、と思った夢。神様がくれた怖すぎる警告。
(…あれって、機械が仕掛けたんじゃあ…?)
 完全な管理出産のシステム、それに逆らわないように。
 普段は全く意識しなくても、考えた途端に、あの夢が発動するように。
(そうだとしたら、カリナやユウイが平気なのも…)
 分かる気がする、きっとそうだと解けて来た謎。カリナもユウイも、幼い時から船にいるから。
 成人検査を受けていないから、機械が仕掛け損なったままのプログラム。…意識の底に。
(だから、自然出産を考えたって…)
 牛になる夢など見るわけがなくて、次の人生の心配はゼロ。
 心配な部分があるとしたなら、自然出産そのものだけ。人間がそれをしなくなってから、とても長い時が流れたから。…今の時代は、誰も経験していないから。
(…その部分だけが、勇者っていうことなんだ…)
 カリナやユウイや、ニナたちは。
 命は作れるとヒントをくれた、あの子供たちは。でも…。


(…ぼくだと、機械に刷り込まれてて…)
 もはや手遅れ、どう頑張っても牛になる夢しか見ないのだろう。
 ついでに「牛になるぞ」と食らった警告、あれは一度で沢山な感じ。恐ろしすぎて未だに身体が震えるわけだし、その原因が機械のせいだと分かっても…。
(あのプログラムを消去出来ない限りは…)
 チキンなジョミーは治らない。
 自分が自然出産に関わると考えただけで、もうガタガタと震え出す身体。牛になってしまうと、次の人生は確実に食肉加工場だと。
(…ブルーだったら消せるのかな…?)
 このプログラムを、と思ったけれども、出来るのならやっているだろう。とうの昔に。
 アルテメシアの上空から落下して行ったブルー、力は尽きていたけれど…。
(…あれから後も、起きてたんだし…)
 成人検査絡みの有害な記憶は、取り除いてくれた筈だった。機械が無理やり押し込んだものは、ミュウとして生きるのに不向きなものは。
 それでも何かが残ったのなら、ブルーにも手出しは不可能なレベルの暗示なわけで…。


 駄目だ、と今日も膝を抱えてベッドの上に蹲るだけ。
 ナスカではカリナが妊娠中で、他にも自然出産希望のカップルたちが現れつつある時なのに。
 こういう時こそ、ソルジャーの自分も名乗りを上げるべきなのに。
(……結婚だって、もう怖くって……)
 今のノリだと、結婚したなら、子供を作ってなんぼだから。
 シャングリラにいる者も、ナスカに入植した仲間たちも、そういう流れで生きているから。
(…ニナでなくても、誰と結婚しちゃっても…)
 きっと子供を作らされるオチで、間違いなく夜な夜なうなされる。牛になる夢に、食肉加工場に送られる牛になっている夢に。
(あの夢、何処まであるんだろう…)
 もしかしたなら、トラックに乗って、食肉加工場に着いてしまうとか。
 「こっちへ来い!」と引っ張ってゆかれて、肉にされる所までセットものだとか。
(…有り得るよね…)
 あまりの恐怖に止まる心臓、其処まで計算しかねない機械。
 管理出産のシステムを守るためなら、心臓が止まるほどの強力な暗示を仕込むことだって。


(…もしも、ソルジャーのぼくが死んじゃったら…)
 みんな困るし、それを防ぐためということで許して欲しい、とガクガクブルブル。
 本当はチキンで、「次の人生は牛になる」という運命が怖くて耐えられないだけの臆病者。
 食肉加工場に行く人生が嫌で、それを避けたいチキンな自分。
 機械の仕業だと分かっていたって、どうにも克服出来ないから。
 「あれは夢だ」と自分に発破をかけてみたって、心臓が縮み上がるから。
 けれど、みんなに言えはしないし、夢の話もカリナたちは知らないわけだから…。
(……絶対、言えない……)
 実はチキンで、とても怖いから自然出産に関わりたくはないなんて。
 次の人生は牛という暗示、機械が仕込んだプログラムに勝てないヘタレだなんて。
 だから、その辺は黙っておいて…。
(…ストイックな、ぼく…)
 ソルジャーたるもの、恋や結婚に浮かれていては駄目なのだ、とキリッとするのがいいだろう。
 何も知らない仲間から見れば、きっとカッコ良く見えるから。
 「流石はソルジャー」と、「恋よりも仕事な人なんだ」と。
 演出するのは孤高のソルジャー。
 そういうキャラで押し通すんだ、と思うけれども、根っこはチキン。
 牛になる夢が怖いばかりに、自分で言い出した自然出産の流れに乗れないチキンだから…。


「あなたは英雄だ、カリナ!」
 みんなが妊娠や出産を恐れる中で…、と身重のカリナを見舞った時の言葉は本物だった。
 実は自分が「恐れまくり」の最たるもので、考えただけでガクブルだから。
 自然出産に関わったら最後、次の人生は牛になった上に、食肉加工場行きにされるのだから。
 もうブルブルと震える身体に、竦んで動いてくれない足。
 そんな怖すぎる自然出産、それに挑んで妊娠したのが英雄のカリナなのだから…。

 

        孤高のチキン・了

※ニナがモーションをかけていたのに、結婚しないで終わったジョミー。
 成長した意味が全く無いな、と考えたら出て来たネタがコレ。案外、正解だったりして…?





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