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カテゴリー「突発ネタ」の記事一覧

「ったく…。ジョミーは、なんとかならないのかい?」
 まるで駄目じゃないか、と呆れ果てた顔をしているブラウ。長老たちが集った席で、お手上げのポーズを取りながら。
 今日の議題は、ソルジャー候補の「ジョミー」について。
 船に来て直ぐには何かと騒ぎを起こしたジョミーも、今はソルジャー候補ではある。毎日のように訓練に励み、サイオンを鍛えているのだけれど…。
「全く成果が上がりませんね…。本当に、どうすればいいのでしょう」
 エラも悩むのが、ジョミーの現状。ヒルマンもゼルも、ハーレイだって。
「…破壊力だけは、あるんじゃがのう…。如何せん、コントロールが出来ておらん」
「集中力に欠けているのだよ。しかし、こればかりは、教えてどうなるものでもないし…」
 ジョミーが自覚しないことには…、とヒルマンも考え込んでいる。「教授」と異名を取るほどの彼でも、ジョミーの指導は難しかった。「集中力」は「教えられない」だけに。
「困ったものだ…。ゲームのようにはいかないな」
 キャプテンの眉間に刻まれた皺が深くなる。これがゲームのキャラクターなら、戦闘などの数をこなせば、能力がアップしてゆくもの。集中力がモノを言うなら、それだって。
 ところがどっこい、「ジョミー」はゲームのキャラではない。集中力アップの戦闘は無いし、戦闘抜きでスキルアップなアイテムだって、存在しない。
 ゆえに「どうにもならない」のが今、ジョミーのパワーは破壊力だけ。
 ミュウの能力に覚醒した時、ユニバーサルの建物を半壊させた、あの力。それしか無い上、コントロールする能力さえ無い。トレーニングルームで「暴れる」だけのソルジャー候補。
「…こう、集中力がググンと上がるアイテムがじゃな…」
 この船にあればいいんじゃが、とゼルまでが現実逃避を始めた。「滅多に出ないレアもの」だろうが、それがあるならゲットする、などと、ゲームよろしく言い出して。
「ちょいとお待ちよ、集中力のためにガチャをするのかい、アンタ」
 やめておきな、とブラウが止めた。「課金は、お勧め出来ないよ」と、顔を顰めて。
 実はシャングリラにも、その手のゲームは存在していた。なにしろ娯楽の少ない船だし、ゲームの類は欠かせない。射幸心を煽るガチャにしたって、キッチリある。
「…分かっておるわい。ワシはガチャには向いてはおらん」
 システムを弄ってやらん限りは、ゴミしか引き当てられんでな…、とゼルは経験済みだった。船で人気が高かったゲーム、それのガチャで「すっかり」すってしまって。


「なんだって!? システムに細工をしたのか、ゼル!?」
 それはキャプテンとして許し難い、とハーレイが睨んで、暫くの間、バトルになった。やたらとメカに強いのがゼル、ゲームのシステムに細工したなら、セコすぎるから。
「じゃから、一度しかやっておらんわい! ガチャに細工なぞ!」
「一回だろうが、百回だろうが、やったことには変わらんだろうが!」
 もうギャーギャーと派手に喧嘩で、ブラウやエラは「我、関せず」と茶を啜っていた。ヒルマンも喧嘩を横目で見ながら、「小休止か…」と苦笑い。
 議題はジョミーの話からズレて、ガチャの確率がどうのこうのと、激しく低レベルな争い。ゼルに文句をつけたハーレイ、彼も直接システムを弄りはしなかったけれど…。
「同じ穴のムジナと言うんじゃ、それは! 当たりの確率を上げさせたなどは!」
「やかましい! あれはキャプテン権限だったし、正当なのだ!」
 船の仲間の士気を上げるのもキャプテンの役目、というのがハーレイの言い分。ガチャでレアものが当たる確率、それを期間限定でアップさせるのも仕事の内だ、と。
 シャングリラの中では数少ない娯楽、たかがゲームでも侮れない。期間限定でガチャの「当たり」が増えるのだったら、士気が高まる。
 「サッサと今日の仕事を終わらせて、ガチャをしないと」といった具合に。ゲームをプレイできる時間を確保しないと、ガチャをすることが出来ないから。
 現に劇的に高まるのが士気、機関部だろうと、農場だろうと。
 そのために「ガチャの当たりの確率を上げろ」と指示していたのが、キャプテン・ハーレイ。仕事には違いなさそうだけれど、ゼルにしてみれば…。
「そう言うお前も、たまにゲームをしておるじゃろうが! そこが問題じゃ!」
 ガチャに有利な期間だけではあるまいな…、というツッコミ。普段は「ゲームをやっていない」のに、有利な時だけ参戦するなら、「自分のために」ガチャを弄っているも同然、と。
「…うっ…。しかし、同じゲームをするのだったら、やはり有利に進めたいもので…」
「お前の仕事が暇な時を狙って、確率アップの期間を組むんじゃろうが!」
 このクズめが、とゼルが食って掛かって、ハーレイの方も負けてはいない。「私は、全財産をすってしまうほど愚かではない」と、「ガチャで全部すった」ゼルを詰って。
「すってしまって懲りた輩に、文句を言われる筋合いはない!」
「なんじゃと、公私混同のデカブツめが!」
 やる気か、とゼルがファイティングポーズを取った所へ、不意に思念が飛び込んで来た。
 『ガチャがいいだろう』と、青の間から。


「「「ガチャ?」」」
 それはいったい…、と止まったバトルと、茶を啜るのをやめたブラウたち。
 青の間から思念を飛ばす者など、このシャングリラには一人しかいない。青の間の主で、ミュウたちの長の「ソルジャー・ブルー」の他には、誰一人として。
 思念を寄越したソルジャー・ブルーは、「ガチャだ」と思念で繰り返した。
『ゼルは全財産をガチャですったし、ハーレイは当たりの確率を上げさせたのだろう?』
「そ、そうじゃが…。そうなんじゃが…」
「はい、ソルジャー。ですが、私のは仕事の範囲のことでして…」
 公私混同はしておりません、と言い訳しつつも、ハーレイの顔色は悪かったりする。本当の所は「ちょっとくらいは」、入っていたのが私情だから。「この期間なら私も暇だ」と、当たる確率アップの期間を決めたりして。
『…ガチャはシャングリラの士気を上げるし、立派なアイテムだと思うんだが…?』
 ジョミーの集中力をアップさせるのにも使えそうだ、とソルジャー・ブルーは、のたまった。
 曰く、ジョミーに必要なものは「集中力」と同時に「やる気」。
 ジョミーが「やるぞ」と思いさえすれば、集中力は後から「ついてくる」もの。よって、今後の訓練については、ガチャの要素を導入すべし、と。
「ガチャですか…?」
 ジョミーはゲームをしていませんが、と答えたハーレイ。
 まだ駆け出しの「ソルジャー候補」は、サイオンの特訓に、ミュウの歴史やその他の座学と、まるで暇など無い状態。
 だからゲームなど出来るわけがないし、ゲーム機も貸与されてはいない。そんなジョミーが、何処でガチャを…、とハーレイも、他の長老たちも、まるで全く掴めない意味。
 ゲーム機も無いのに、ガチャは出来ない。それにゲームをする時間も無い、と。
『…だからこそだ。ジョミーにゲーム機を与えたまえ』
 遊びすぎで廃人にならない程度の、ゆるいゲームを開発して…、とブルーは言った。一日のプレイ時間が十五分もあったらオッケーなゲーム、それを急いで開発させろ、と。
「「「…十五分?」」」
『そうだ、十五分だ。ジョミーの暇は今、そのくらいが限度だろうから』
 でもって、其処にガチャを組み込め、というのがブルーの指図。ジョミーが全財産をブチ込みそうな、レアなアイテムを、ガンガンぶっ込んで。


『ジョミーが燃えそうなゲームを頼む。ついでに、ガチャの当たりの確率は下げろ』
 全財産がパアになっても、まるで当たりが引けないほどに…、とブルーの笑いを含んだ思念。その状態でも、ジョミーは「ガチャをやりたい」だろうし、其処が狙いだ、と。
「は、はあ…。ですが、それとジョミーの集中力の関係は…?」
 解せませんが、とハーレイが訊くと、ブルーはクスクス笑い始めた。
『まずは、ジョミーはゲームをやりたい。…プレイ時間を確保しないと駄目だからね』
「…そうじゃろうな。ハーレイも自分の都合に合わせて、ガチャが有利な期間をじゃな…」
 キャプテン権限で決めておったほどじゃし、とゼルが頷く。「プレイ時間が無かった場合は、ガチャをやる以前の問題じゃ」と。
『そうだろう? ゲームの時間を長く取りたければ、訓練を早めに終えるしかない』
 好成績を上げた場合は、時間短縮になるのだから、とのブルーの指摘。サイオンの訓練で点数が低いと「やり直しだ!」と怒鳴られるけれど、高得点なら「一回で終わる」時もある。
「…ゲームのためにと、得点がアップするのですか?」
 確かにあるかもしれませんが…、とエラが頷き、ブラウもヒルマンも否定しなかった。サッサと終えて「ゲームをしたい」と思う気持ちが、ジョミーの「やる気」をググンとアップで、その結果として、集中力もアップかも…、と。
『その通りだ。…座学の方にしても同じで、ノルマをこなせば終わるのだから…』
 居眠ったり愚痴を零しているような暇があったら、その時間をゲームに回すだろう、とブルーの読みは深かった。プレイ時間の捻出のために、ジョミーは努力する筈だ、と。
「で、では…。ガチャの確率を下げるというのは、どういう意味が…?」
 全財産がパアになったら引けませんが…、というハーレイの問いに、ブルーは「常識で考えたまえ」と返して来た。
『全財産をすったジョミーが、それでもガチャを引きたいのなら…。誰に縋れる?』
 この船でジョミーに「金」を貸しそうな面子は誰だ、とのブルーの質問。全財産をすった後には、借金一筋なのだけれども。
「借金ですか…。我々くらいしかいないでしょうが…」
 懐に余裕がありそうなのも、ジョミーが無心できそうなのも…、とハーレイが顎に手を当てる。長老の四人とキャプテンの他には、借金を頼めそうにもないのがジョミー。
 なんと言っても、船に来てから、まだ日が浅い。若いミュウからは総スカンのまま、古参の者たちも相手にしてはくれない。「ソルジャーを半殺しの目に遭わせた」ジョミーなんかは。
『君たち五人と、ぼくくらいしかいないだろう。…ならば、どうなる…?』
 そういう面子に借金するなら、悪い成績では頼めはしない、とブルーは笑った。全財産をすった後には、ガチャをやるために「成績アップ」で、集中力を上げるしかない、と。
「…仰る通りかもしれません。では、急いでゲームを開発させます」
『頼んだよ、ハーレイ。…ジョミーの育成は早いほどいい』
 使えるものなら、ガチャでもいい、とブルーの思念は「ガチャ」をプッシュで、ソルジャー直々の命令とあって、凄い速さで「ジョミー好みの」ゲームが船で開発されて…。


「えっ、ゲーム機!? ホントにいいの!?」
 これで遊んでかまわないわけ、と感激のジョミーに、ハーレイが重々しく告げた。
「ソルジャー・ブルーの御命令だ。君にも娯楽は必要だろう。そして、これがだ…」
 近日、リリース予定のゲームで、君も気に入ると思うのだが…、とハーレイが勧めた「ジョミーを夢中にさせるための」ゲーム。只今、事前登録受け付け中で、登録すればガチャが一回分のアイテムが入手できるとあって…。
「ありがとう、キャプテン! 早速、これから始めてみるよ!」
 面白そうなゲームだから、と説明に見入るジョミーは「知らない」。それがジョミーを「陥れる」ために開発されたゲームだなんて。
 プレイ時間の捻出のために頑張りまくって、ガチャを引くための借金目当てに、好成績を上げてゆくよう、計算されているなんて。
 かくして数日後に、ゲームは船でリリースされた。船の仲間も夢中だけれども、ターゲットになったジョミーにとっては、ストライク直球ド真ん中で「燃える」素敵なゲームなだけに…。
「おおっ、満点じゃ! 今日の訓練は上がっていいぞ」
「分かってる! 講義までの間に、ちょっとだけ…」
 今はガチャが当たる確率、高い筈だよ、と引きまくるジョミーは、直ぐに借金まみれになった。ゼルにヒルマン、ブラウにエラにと借金しまくり、ついには青の間に走って行って…。
「ブルー! ソルジャー・ブルー!!」
 次の訓練では、満点を三連発で出しますから…、と土下座で申し込む借金。「ガチャのお金を貸して下さい」と、カエルみたいに平伏して。
「…いいだろう。もしも、満点を五連発で出せた場合は、貸すのではなくて…」
 ガチャを十回分の資金をプレゼントだ、とブルーに言われて、ジョミーは歓声を上げて走り去って行った。「頑張ります!」と、熱意溢れる表情で。
(…満点を五連発で出したら、ガチャ十回分、プレゼントだよ…!)
 頑張るぞ、と駆けてゆくジョミーは、まだ知らない。
 立派な「ソルジャー候補」になるよう、ゲームとガチャに「釣られて」踊らされていることを。ガチャの確率から何から何まで、計算ずくだということを。
 けれども船では結果が全てで、ジョミーも「楽しんでいる」のだからいい。
 ゲームで遊んで、ガチャに燃えたら、集中力がアップだから。立派なソルジャー候補への道、それを真っ直ぐ走ってゆくのがジョミーだから…。

 

           楽しみなガチャ・了

※ナスカの子たちがゲーム機で遊んでいたっけな、と。アニテラ放映時には無かったガチャ。
 今ではすっかり「常識」なわけで、ジョミーに課金させてみました。ブルー、策士だ…。







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「ブルー。…もうすぐ十周年だそうです」
 ジョミーに言われて、ブルーは「はて?」と首を傾げた。
 いきなり「十周年」だなどと言われても困る。何が十年経つというのか、サッパリ謎なものだから。
(…シャングリラは十年どころではないし、結婚した仲間も特にいないし…)
 第一、死んでいるんだから、というのがブルーの脳内。
 見た目は全く変わらなくても、ブルーもジョミーも「死んでいた」。とっくの昔に、髪の一筋さえも残さず、サックリと。
 まるで見当がつかないからして、目の前のジョミーに訊くことにした。
「何が十周年なんだい? 記念日を思い付かないんだが…」
「あなたはそうかもしれませんねえ、一足お先に死んでいるだけに…」
 ナスカ崩壊の記念日だったら、七月に終わりましたから、と答えたジョミー。それでブルーにも合点がいった。ジョミーが言うのは、自分たちの記念日のようであっても…。
(…下界でアニメになった、ぼくたち…)
 その生き様が放映された日付のことか、と理解した次第。
 ブルーもジョミーも、元々は『地球へ…』という漫画の世界の住人だった。其処で色々悩んで暮らして、散っていったのが遥か昔のこと。
(連載開始からだと、とっくに四十年で…)
 漫画が評判を呼んだお蔭で、アニメ映画になってからでも三十七年経つ勘定。
 ところがどっこい、映画の評判は散々だった。やたらガタイのいい登場人物、ブルー自身も「米俵を担げそうなほど」と評されたくらい。
(ジョミーなんかは、カリナと結婚したオチで…)
 実の息子がトォニィとあって、大勢のファンがキレたという。
 なまじポスターが麗しかっただけに、騙された人も多かった。漫画の原作者が描いたブルーの姿に惹かれて、「こんな綺麗な人が出るなら…」と映画館に入ってガッカリなクチ。
(……黒歴史とまで言われたくらいで……)
 その反省をしっかり踏まえて、テレビアニメ版が製作された。かつて原作に惚れ込んだ人々、彼らが立派に成長して。


(そうか、あれから十年経つのか…)
 忘れていたな、と一人頷くブルーに、ジョミーは続けた。
「あのですね…。十周年の節目ですから、同窓会なんかはどうだろうかと…」
「同窓会?」
「そういう話が出てるんです。ミュウも人類も、関係なしの無礼講で」
 賑やかに飲んで騒ぎませんか、という提案。
 とうに死んでいる面々だけれど、極めて呑気に暮らしている。天国と呼ぶには、かなり俗っぽい居酒屋なんかもある世界で。
「ああ、なるほど…。そういうのもいいかもしれないね」
「そうでしょう? 出席者の姿は指定しない、ということで…」
「姿?」
「外見の年齢のことですよ。キースなんかは老けましたから…。無残なほどに」
 ぼくは青年でしたけどね、と「ドヤァ!」と胸を張るジョミー。
 キースとジョミーは同い年だけれど、ミュウと人類の間の溝は深かった。テレビアニメが最終回を迎える頃には、顎にくっきり皺があったキース。
(……あの姿では来たくないかも……)
 ぼくがキースなら嫌だろうな、とブルーにも分かる。生きていた間、若さを保って三世紀以上だったのが自分。年相応に老いた姿は想像できない。
(ゼルやヒルマンのようなのは、別で…)
 あの辺りは単なる趣味だから、と「老けた理由」は知っていた。中年だったハーレイも同じで、「男の良さは皺に滲み出る」とかが生前の口癖。
 けれど、人類の場合は違う。ミュウと違って止められない年、嫌でも老けてゆくわけだから…。
(キースも出来れば、若い姿でいたかっただろうし…)
 現に今だって若い姿でウロついている、と承知している。天国に来れば外見は好きに出来るし、ナスカで出会った頃の若さがお気に入りらしい。
(同窓会だから、最終回の姿で来いと言ったら…)
 なんだかんだと理由をつけて、キースは欠席になりそうだった。その辺もあって、姿の指定をしない形にするのだろう。
 ブルーは「それでいいと思う」と答えて、同窓会の開催が無事に決まった。下界での十周年に合わせて、九月二十二日に集まろう、と。


 そして訪れた同窓会の日。
 ミュウも人類も、もうワイワイと賑やかに居酒屋に集まった。予想通りに若作りのキースや、キースに合わせて青年なサムや、その他もろもろ。
 乾杯の音頭はブルーが取ることになって、グラスを手にして…。
「アニテラ放映終了から、今日で十周年になる。皆で集まれたことを祝して、乾杯!」
「「「かんぱーい!!!」」」
 カチン、カチンとグラスが触れ合い、じきに酒宴が始まった。飲み食べ放題で無礼講だけに、それは盛り上がっているのだけれど…。
「……考えてみれば、盛り上がっているのは我々だけだな」
 キースがボソリと呟いた。ナスカ時代な若作りの顔で、服装だけは国家主席の格好で。
「どういう意味だい?」
 隣で飲んでいたブルーの言葉に、キースは床を指差した。
「下界だ、下界。…今日で十周年だというのに、誰一人として祝っていない」
「あー…。でもまあ、記念創作は幾つかあるだろう?」
 オンリーイベントも近いと聞くし…、とブルーは返したけれども、それが精一杯だった。
 放映当時の熱狂ぶりが嘘だったように、今や静まり返っている下界。十周年の記念日だって、何人が覚えているか怪しい。
「祝うどころか、違うアニメに走っていますよ。…多分」
 今だと『ユーリ』じゃないですか、とジョミーが挙げた人気のアニメ。多くのアニメファンが流れた作品、かつて大人気だった『進撃の巨人』も『ユーリ』に敗れたほどだという。
「うーん…。忘れ去られるのも無理はないけどね…」
 十年は流石に長すぎた…、とブルーも認めざるを得ない現実。
 天国では十年一日だけれど、下界は時間の流れが違う。十年もあれば、幼稚園児が小学校を卒業できる。中学生なら、大学まで出て社会人。
 忘れられても仕方ないから、此処にいる面子で盛り上がるしかないだろう。昔のことは水に流して、何度も「乾杯!」とやらかしながら。


 そうやってドンチャン騒ぐ間に、色々なネタが飛び出した。
 下界では忘れ去られた『地球へ…』を巡って、皆が仕入れた情報などが。
「なんと言っても、アレですよ…。作者の引越しが痛いですよね」
 学長になった件もさることながら…、とシロエが訳知り顔で切り出した。原作の漫画を描いた女性は、今や学長になっていた。任期は今年で終わるけれども、学長は多忙。それまで開催されていた個展は、そのせいで途絶えてしまって久しい。
 かてて加えて、その間に作者は引越しをした。長く暮らした鎌倉を離れて、西の果てとも言えるくらいの九州へと。
「そうだっけなぁ…。アレで鶴岡八幡宮の、ぼんぼり祭りに出さなくなって…」
 最新作の描き下ろしを拝めるチャンスが消えたんだよな、とサムが相槌を打つ。鎌倉暮らしが続いていたなら、八月の頭の『ぼんぼり祭り』に原作者の絵が登場した筈。最後の年には、ブルーの横顔が綺麗に描かれて、ぼんぼりに仕立てられていた。
「個展も無ければ、ぼんぼり祭りも無いのでは…。皆、忘れるな…」
 キースがフウと溜息をついて、「画業も五十周年なのに…」と頭を振る。
 原作者は今年で画業が五十周年、記念展が年内に開催だった。もしも引っ越しの件が無ければ、会場は都内か、馴染みの京都だっただろう。
 それが作者の家に近いから、北九州市で開催される。他所にも巡回予定だとはいえ、北九州では盛り上がらない。
「…都内や京都でやるんだったら、ついでに旅行もアリだろうけどね…」
 北九州市ではキツイものが…、とブルーも掴んでいた記念展。わざわざ出掛けて行ったところで、北九州の市内だけではグルメも観光も限られている。他の都市まで足を延ばさないと、旅を満喫したとは言えない。都内や京都でやるのだったら、そんな手間など要らないのに。
「……今後は個展も、九州がベースになるかもしれんな……」
 ますます忘れ去られるぞ、とキースがグイと呷った酒。東京と京都で個展だったら、両方に行くファンも多いけれども、東京と九州となったなら…。
「…ディープな人しか行かないでしょうね、九州の方は…」
「それと地元の人だよね…」
 マツカとジョミーが互いに頷き合っている。『地球へ…』だけが好きなファンの場合は、前のようにはいかないだろう、と。そしてますます忘れ去られて、それっきりだとも。


「……昨年に出た本も、サッパリ盛り上がらなかったからね……」
 最初の一冊の帯が大嘘だったから、とブルーも傾けるグラス。原作者が出した『少年の名はジルベール』なる本は、大評判を呼んだのだけれど、帯の煽りは大嘘だった。
 「『地球へ…』創作秘話」と書かれていたのに、そんな中身は何処にも無かった。それこそ本当に一行でさえも、「創作秘話」は書かれていなかった。
「あの本自体は盛り上がっていたが、我々の創作秘話はスルーで、そのせいでだ…」
 次に出た本をスルーした奴らも多そうだぞ、とキースが手酌で注いでいる酒。『カレイドスコープ』というタイトルの本は、中身が『地球へ…』満載だった。
 おまけに個展でしか拝めなかった絵、『継がれゆく星』が大きく載せられている。個展会場で売られた絵葉書などより、ずっと大きく「お得な」サイズで。
「…ぼくたちのファンが買っていたなら、もっとツイッターなんかで話題に…」
 なっただろうね、とブルーも半ば泣きたいキモチ。
 アタラクシア上空から落下するブルーと、それを追うジョミーを描いた一枚、『継がれゆく星』は個展でも人気の絵だったから。
「……みんな忘れてしまっているのか、情報自体が入らないのか……」
 アンテナを立てていない限りは、情報も入りませんからね、とジョミーが嘆く。きっと『カレイドスコープ』の方は、知らない人も多いのだろうと。
「…こうして忘れ去られてしまうんでしょうか、ぼくたちは…?」
 十周年の節目にこの有様では…、とシロエが肩を落としている。このまますっかり忘れ去られて、新しい世代は『地球へ…』さえも知らなくなるのだろうか、と。
「どうなんだろうね、そればかりはフィシスの占いでも…」
 読めそうにない、とブルーにも見えない『地球へ…』の未来。
 十周年にはこうだったけれど、いつか未来に盛り返すのか、静かにフェードアウトなのか。
「ブルーレイ版でも出てくれれば、また違うでしょうけど…」
 そういう情報も無いですよね、とジョミーの顔色も冴えないもの。こうして同窓会は出来ても、下界の方では時が流れて、どんどん過去になってゆくから。


「…愚痴っていても仕方ない。我々だけでも、こうして同窓会をだな…」
 これからも開いていこうじゃないか、と国家主席がブチ上げた。若作りの顔で、服だけ国家主席の姿で、グラスを掲げて。
「それが一番いいんだろうね…。情報交換の場にもなるから」
 来年も皆で集まろう、とブルーも応じた。
 作者が引っ越してしまっていようと、個展の会場が何処になろうと、天国の住人には無関係。節目だからと記念日の度に、同窓会でオールオッケー。
「じゃあ、来年も同窓会ですね?」
「ジョミー、年齢の縛りは無しで頼むぞ。今年と同じで」
 来年はお前は子供の姿で出たらどうだ、とキースが笑って、「それじゃ飲めない」とジョミーが膨れる。シロエはちゃっかり飲んでいるのに、自分の場合はハブられそうだ、と。
「当然でしょう? ぼくは目覚めの日を通過してます!」
 飲める資格はあるんですよ、とシロエがフフンと鼻を鳴らして、ジョミーが「ずるい!」と突っかかってゆく。「ピーターパンに向かって、それは無いよ」と。
「ピーターパンですか…。はいはい、来年、若い姿で出るんだったら、味方しますよ」
 ぼくと一緒に飲みましょうね、と酒宴はカオスになりつつあった。ミュウも人類も派手に入り乱れて、国家騎士団の面々とミュウの長老たちとが飲み比べとかで。
「…キース。来年もこうして祝いたいね…」
「そうだな、新しいネタが入っているといいがな」
 また飲もう、と敵同士だったブルーとキースが、しんみりと杯を重ねてゆく。十周年よりも来年の方が、その先の方が盛り上がってくれれば、もっといい、と。
 下界の月日は流れて行っても、天国では皆、変わらないから。
 アニテラが終わった「あの時」のままで、誰もが仲良く暮らしているのが天国だから…。

 

          十周年の日に・了

※アニテラ放映終了から、十年。ネタ系で行くか、シリアスで行くか、悩んだ結果、ネタ系で。
 十周年だからこそ、ちょっと賑やかに、でも、しんみりと。そういう感じになったかな?











拍手[4回]

「うーん…。この先、どうしたもんだかねえ…」
 困るじゃないか、とブラウ航海長が漏らした溜息。シャングリラから「勝手に家に帰ってしまった」ジョミーのお蔭で、とんでもない事態が起こった後で。
 ユニバーサルの保安部隊に捕まったジョミーは、そのサイオンを爆発させて逃れたけれども、割を食ったのがシャングリラ。それにミュウたちの長、ソルジャー・ブルー。
 衛星軌道上まで駆け上ったジョミーを連れ戻すために、ブルーは単身飛び出して行って、半殺しと言っていい状態。シャングリラの方も、敵の注意を引き付けるために囮になったものだから…。
「うむ。あちこち修理が必要だ。ワープドライブだけでも、何日かかるか…」
 ワープドライブは、今は必要ないが…、とハーレイが眉間の皺を深くする。宇宙に出てゆく予定が無いなら、ワープドライブの出番は無い。けれど、それがある機関部は…。
「ワープドライブは後でいいんじゃ! 機関部だけで、何発被弾したと思っておる!?」
 修理の目途も立っておらんわ、とゼルはカンカンに怒っていた。ただでも人員不足な機関部、修理に回す人手が足りない。ド素人ではメカの修理は出来ない。
「…本当に困った事態ですが…。乗り越えるしかないでしょう」
 エラがマジレス、ヒルマンも「ああ」と頷いた。
「本格的な戦闘などは、今日まで一度も無かったからね。仕方あるまい」
 それに、この先は戦いの日々もありそうだから…、というのがヒルマンの言い分。
 ジョミーが「なんとか、連れて戻った」ソルジャー・ブルーは、彼を後継者に指名した。彼を次代のソルジャーとして、地球を目指せと。
 人類の聖地の地球に行くなら、戦いを避けて通れはしない。今日の戦いで音を上げていては、地球に行くなどは夢のまた夢。
 今はどんなに困っていようと、これは「乗り越えるべき試練」だという。とにかく船の修理を急がせ、元通りの日々を取り戻すのが急務だとも。
 シャングリラはバンカー爆弾の猛攻を浴びて、あちこちが壊れまくっている。強化ガラスの窓が木っ端微塵に割れている箇所も、報告が山と来ているほどに。
「…あたしが言うのは、そういう話じゃないんだよ」
 船の被害とは別の話さ、とブラウは会議室で腕組みをした。長老の四人とキャプテンが集った、今後についての会議の席で。
 問題は「船」ではなくて「ジョミー」で、そっちの方が難題だ、と。


「…ジョミーじゃと? 確かに頼りない若造じゃが…」
 ワシらが何とかするしかあるまい、とゼルは苦い顔。
 船に甚大な被害を与えて、ソルジャー・ブルーを半殺しにした「クソガキ」だろうと、次のソルジャーには違いない。ソルジャー候補の自覚を持つよう、しごきまくるしか道は無い、と。
「それなんだけどね…。彼をどう呼べばいいんだい?」
「はあ?」
 ジョミーに決まっておるじゃろうが、とゼルが答えて、他の面子も同意見。ジョミーは所詮は「ジョミー」なのだし、その呼び方でいいじゃないか、と考えは一致。
 けれど、ブラウは「それじゃマズイよ」と反論した。
「あたしたちは別にいいんだよ。元々、ジョミーと呼んでたんだし、長老だからね」
 キャプテンも、ソルジャーも、それでいいさ、とブラウは続ける。ジョミーよりも上の立場だったら、今まで通りに「ジョミー」でオッケー。
 そうは言っても、ソルジャー候補になったジョミーを、他のミュウたちはどう呼ぶのか、と。
 ソルジャー候補になる前だったら、誰もが「ジョミー」で済ませていた。そもそも、ジョミーは「ミュウではない」とまで言われていたから、軽蔑をこめて「ジョミー」な扱い。
 ところが、今後は、そうはいかない。
 現人神のような「ソルジャー・ブルー」の後継者候補、それを捕まえて「ジョミー」と呼んでいたのでは、船の秩序が乱れてしまう。目上の者への敬意が見られないだけに。
「……そういえば、そうかもしれませんね……」
 ただのジョミーでは、皆に示しがつきません、とエラも遅まきながら気付いた「呼び名」。このまま「ジョミー」と呼ばせておいたら、ソルジャーになった時はどうするのか。
「ふうむ…。ある日いきなり、ソルジャー・ジョミーではマズイだろうな」
 それまでとのギャップが大きすぎるぞ、とキャプテンも首を捻ることになった。出世するのが分かっているなら、前段階は必要だろう。ただの「ヒラ」から「トップ」に躍り出られても、皆が途惑うのは目に見えている。
「なるほど…。彼の呼び名が必要だとはね…」
 確かに困った問題だ、とヒルマンが髭を引っ張った。「ソルジャー候補」は呼び名ではないし、ただの肩書き。第一、皆が「ソルジャー候補」と呼ぼうものなら、それはそれで…。
「馬鹿にしているっぽい響きだろ? 新米め、っていう感じでさ…」
 だから困ってしまうんだよ、とブラウの悩みは深かった。たかが「ジョミー」の呼び方だけれど、それがなかなか難しそうだ、と。


 いつかソルジャーになるジョミー。それは確実、此処でけじめをつけておきたい。
 けれど、「ソルジャー候補」と呼んだら、馬鹿にしているようにも聞こえる。「新米」だとか、「免許取りたて」といった感じで、「お前は、まだまだ未熟者だ」という響き。
「…いい呼び方があればいいんだけどねえ…」
 ついでにジョミーも、自覚を持ってくれそうなのが…、とブラウはブツブツ、他の面々も船の修理の件は放置で考え込んだ。「ジョミーを、なんと呼ぶべきだろう?」と。
 なにしろ、それは急務だから。
 船の修理は「手が足りない」だけで、マニュアルなどは揃っている。長老やキャプテンが不在であっても、「どれを優先したらいいか」は、現場で判断可能なもの。
 「ワープドライブは後回しでいい」とか、「割れた窓ガラスの修理をするなら、居住区を優先すべきだろう」とか。
 しかし「ジョミー」にマニュアルは「無い」。
 ソルジャー候補など「いたこともない」し、誰も呼び方を知るわけがない。想定外の話だけれども、もう今日中に決めないことには、明日から困ることになる。
 「ソルジャー候補」のジョミーに向かって、若い者たちが、これまで通りに「ジョミー」と呼び捨てにしたのでは。…それが定着してしまったなら、もう遅い。
「…ソルジャー候補は、偉い立場ではあるのでしょうが…。でも…」
 ジョミーの場合は、中身が伴っていませんから、とエラがぼやいた。
 船に来た時から、ソルジャー・ブルーが語った通りに「凄いミュウ」だったら、皆の視線も違っただろう。「人類そのもの」と言われる代わりに、敬意をこめて見られた筈。
 ところがどっこい、ジョミーは「真逆」を行っていた。船では自分勝手に振舞い、キムと喧嘩までもしていた始末。挙句の果てに船を飛び出し、「ミュウだ」と判明したものの…。
「…ソルジャー・ブルーを半殺しにして、船に戻って来られてものう…」
 誰も尊敬などはせんわ、とゼルも思い切り渋い顔。「力だけあっても、駄目なんじゃ」と。曰く、火事場の馬鹿力。それだけを見ても、誰も評価はしないもの。
「…ジョミーの呼び名か…。明日から早速、使わなければならないのだが…」
 いったい何と呼べばいいのだ、とキャプテンも思い付かない「それ」。未来のソルジャーをどう呼ぶべきかは、本当にマニュアルが無いだけに。


(((ジョミーのことを、どう呼べば…)))
 誰もが額に手を当ててみたり、頭をコツンと叩いてみたり。そうすればアイデアが湧いて来るかも、と微かな期待をかけるようにして。
 けれども、全く「出て来ない」呼び名。何一つ案さえ出て来ないままに、無駄に時間が流れるばかり。合間に、ゼルが機関部に修理の指示を飛ばしていたり、キャプテンがブリッジと通信したりと、「思考が中断する」ことはあっても、結果は出ずに。
(((……きっと、ソルジャー・ブルーにも……)))
 お考えなどは何も無かったに違いない、と確信してゆく長老たち。それにキャプテン。
 生前、いやいや、今の「半殺し」になるより前から、ソルジャー・ブルーは「この日が来る」のを充分、承知。「ジョミー」を自分の後継者として据える日が、いつか来ることを。
(((それを承知でおられたからには…)))
 考えが「其処」に及んでいたなら、きっとマニュアルがあっただろう。「ソルジャー候補」を「どう呼ぶべき」か、船の仲間たちに「どう呼ばせる」か。
 なのに、誰一人、知らない「それ」。無かったマニュアル。
 こうなった以上は、懸命に知恵を絞るしかない。「ソルジャー候補」に相応しい呼び名、それはどういうものなのか。何と呼んだら、ソルジャー候補らしくなるのか。
(((…ソルジャー、せめてマニュアルを…!!!)))
 ご存命の間に、いや、お元気な間に作っておいて欲しかった…、と長老たちとキャプテンが揃って嘆き始めた所へ、前触れもなく飛んで来た思念。
『ジョミー様だ』
「「「ジョミー様!?」」」
 なんだそれは、と誰もが目が点。顔を見合わせ、「ジョミー様…?」とキョロキョロ見回す。今の思念は何処から来たかと、いったい誰が「ジョミー様」なのか、と怪訝そうに。
 そうしたら…。
『マニュアルが欲しい、と悩んでいたと思ったが…?』
 確かに、其処は、ぼくのミスだ…、と思念の主は謙虚に謝った。「少しばかり、ぼくが甘かったようだ」と、「ジョミーを舐めていた」という自分の甘さについて。
「「「ソルジャー・ブルー!!?」」」
 あなたですか、とビックリ仰天の長老たち。それにキャプテン。
 青の間まで「悩み」が届いたことはともかくとして、「ジョミー様」とは何事だろう、と。


 ソルジャー候補な「ジョミー」の呼び名で悩んでいた所へ、「ジョミー様」。どういう意味か、まるで全く分からない。それを寄越したブルーの意図が。
 けれどブルーは、「ジョミー様だ」と繰り返した。
『ソルジャー候補をどう呼ぶべきかは、この際、横に置いておく。だが、ジョミー様だ』
「ジョミー様と呼べと仰るか!?」
 あやつの何処が「ジョミー様」じゃ、とゼルが即座に噛み付いた。「様」づけで呼ぶほど偉くもないし、「ジョミー様」という器でもない、と。
「まったくだよ。どの辺がジョミー様なんだい? この船で「様」がつく人間なんて…」
 フィシスくらいしかいないじゃないか、とのブラウの指摘。長老の四人を除いた面子で「様」づけなのは、フィシスの他にはいない、との説は間違っていない。
『分かっている。ぼくも色々考えた末に、ジョミー様がいいと思ったんだが…』
「少しばかり気が早すぎます! ジョミーは覚醒したばかりです!」
 様づけで呼べば増長します、とハーレイが異を唱えたけれども、ブルーの思念は「逆だ」と答えた。ジョミーが目覚めたばかりだからこそ、「様づけ」の意味があるのだと。
『考えてもみたまえ。…船中の者が、ジョミー様と呼ぶようになれば、どうなる?』
「あやつが調子に乗るだけじゃ! 今、ハーレイが言った通りじゃ!」
 偉そうな面をするだけじゃわい、とゼルが反対、エラもヒルマンも二の足を踏んだ。ただでも生意気なのがジョミーで、そんな子供に「様」をつけるというのはどうも…、という考えで。
「ソルジャー、私は賛成しかねます。船の者たちも、ますますジョミーを嫌いそうです」
 今以上に…、というエラの言葉に、「だからこそだ」と返った思念。
『ジョミーを歓迎している者は皆無だ。その状態で、ジョミー様などと呼ばれたら…』
 ぼくがジョミーなら、いたたまれない気持ちになるだろう、とブルーは語った。
 船の者たちが「ジョミー嫌い」な心を丸出し、それでも「ジョミー様」と呼んだら。…頼れる者はジョミーの他にはいないのだから、と渋々、「ジョミー様」だったら。
『ぼくが、そういう立場に立たされたなら…。針の筵から逃げるためにも努力するだろう』
 立ち居振る舞いは仕方ないとしても、せめてサイオンの訓練くらいは…、とブルーの読みは鋭かった。「少しも尊敬されていない」のに、「ジョミー様」と口先だけの船。最悪すぎる船の居心地、それを少しでもマシにするべく、「ジョミー様」になろうとするだろう、と。
「そうかもねえ…。馬鹿にしながらジョミー様だと、やってられない感じだね」
 あたしなら半日で降参だよ、とブラウが納得、他の面子も賛同した。
 明日からソルジャー候補を呼ぶには、「ジョミー様」。いつか「ソルジャー」として立派に立つまで、そう呼ぶことにしておこう、と。


 かくして次の日、ジョミーは目を剥くことになる。船中の何処へ出掛けて行っても、其処で出会った者たちが揃って、「ジョミー様」と呼んだものだから。
 それこそ前に喧嘩をしたキム、そんな下っ端のヒラまでが。
 兄貴分だと頼りにしていた、リオまでが「ジョミー様」だから。
「あ、あのさあ…。リオ、その呼び方は何とかならない?」
『ジョミー様、何を仰るんです。…ジョミー様はジョミー様ですよ』
 次のソルジャーになられる御方ですから…、と馬鹿丁寧な思念を返したリオ。「こうお呼びするのが一番ですよ」と、「立派なソルジャーになって下さいね」と笑顔を向けて。
(ちょ、ちょっと…!!!)
 ぼくは、そんなに偉くないから…、と泣けど叫べど、消えてくれない「ジョミー様」。
 「ジョミー様」にされたジョミーが、死に物狂いで頑張ったことは言うまでもない。このとんでもない「ジョミー様」呼び、それから無事に逃げ出すためには、ソルジャーになる他に道は無いから。
 ブルーたちに「これなら」と認めて貰って、ソルジャーの称号を継がない限りは…。
(…ぼくはそういう器じゃないのに、ジョミー様…)
 それは嫌だ、とジョミーは今日も頑張り続ける。
 一日も早く「ソルジャー」を継いで、「ジョミー様」を脱却するために。
 なんとも「むずがゆい」ジョミー様の名、皆が小馬鹿にしながら呼ぶ名を、「ソルジャー」に変えて貰えるように…。

 

            呼び名が問題・了

※いや、ソルジャー候補だった間のジョミーを、一般のミュウは、どう呼んだんだろう、と。
 ただのジョミーじゃ失礼なのに、「ソルジャー候補」とも呼べないし…、と思っただけ。









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「ちょいと、ハーレイ」
 マジなのかい、と若きブラウが呼び止めた相手は、若きハーレイ。
 まだアルタミラを脱出してから、それほど時が流れてはいない。船の行先も決まっていなくて、暗い宇宙を放浪の日々。船の名前だけは「シャングリラ」と改名したのだけれど。
 「理想郷」の名を持つ、元は人類のものだった船。その船の中で、最近、囁き交わされる噂。
「…何なんだ、ブラウ? 急にマジかと訊かれても…」
「アンタ、あの噂を知らないのかい? 火元はアンタだと思ったんだけどね」
 ブルーと仲良くしてるじゃないか、とハーレイを見上げるオッドアイの瞳。ハーレイは、ようやくピンと来た。ブルーに関する噂だったら、アレだろう、と。
「…ブルーの年か? 我々よりも遥かに年上だという話だったら、本当だぞ」
「ちょ、ちょっと…! 簡単に言わないでくれるかい? ブルーと言ったら…」
 この船で一番のチビじゃないか、とのブラウの指摘は間違っていない。アルタミラ脱出の時に、皆が目を瞠った最強のサイオン。ただ一人きりのタイプ・ブルーが「ブルー」。
 けれど、ブルーは「チビ」だった。成人検査を受けた時から、まるで成長していなくて。
 ハーレイでさえも、暫くの間は知らなかった。「年下なのだ」と思い込んだまま、親身になって世話をしていたほど。「小さいんだから、しっかり食べろ」と言い聞かせもして。
 ところが、ある日、その言い回しが、こうなった。「子供なんだから、しっかり食べろ」と、意識しないで、同じ意味のつもりで。
 するとブルーは、キョトンとして…。
(…子供じゃないよ、と答えたモンだから…)
 ハーレイの方も負けてはいなくて、「子供だろうが」とブルーを睨み付けた。「目覚めの日」の十四歳を迎えた子供は、大人の世界の入口に立つ。養父母の家を離れて、教育ステーションへと旅立って。其処で四年間、教育を受けて、ようやっと…。
(大人社会の仲間入りだし、その辺の所を、キッチリ言い聞かせないと、と…)
 ハーレイは、ブルーにこう言った。「目覚めの日を迎えた程度じゃ駄目だ」と、その後の教育期間を挙げて、「お前は、まだまだヒヨコなんだぞ」と厳しい顔で。
 なのに、ブルーは「子供じゃないから」と繰り返した上で、こう訊き返した。「ハーレイは、今は何歳なのさ?」と、小生意気に。
(でもって、俺が答えたら…)
 勝ち誇るかのように、「ぼくの勝ちだ」と笑ったブルー。「ぼくは君より、ずっと年上」と、自分が生まれた年号を「SD何年」とサラリと告げて。


 ブルーに限らず、この船の面子は「誕生日」などは覚えていない。成人検査と、その後に続いた過酷な人体実験の数々。それにすっかり記憶を奪われ、全部忘れ去って。
 それでも「覚えている」のが年齢、実験の副産物とも言えた。
 実験の度に、研究者たちが確認していたものだから。「被験者は、今は何歳のミュウか」と、生まれた年の年号と共に。
(…俺の場合も、そうだったわけで…)
 生まれた年の年号だけは「覚えていた」。今、何歳になるのかも。
 「チビのブルー」が答えた年号、それと「自分の生まれ年」とは、恐ろしいくらいに差があった。SD体制が始まるよりも前の時代だったら、「親子」どころか「孫と子」でも、充分、通りそうなほどに。
(本当なのか、と驚いたんだが、ブルーは「嘘じゃないよ」と言ったし…)
 会話していた場所は食堂。
 他にも仲間が食事していて、会話を耳にした者もいた。「お前、年上だったのか!?」と、ものの見事に引っくり返った「ハーレイの声」も。
 お蔭で噂が船に広まり、こうしてブラウが訊きに来た。「マジなのかい?」と、「信じられない」といった表情で。
「こんな所で、嘘をついても仕方ないだろう。…事実は事実だ」
「じゃ、じゃあ…。ブルーは不老不死ってことかい?」
 その年で、あんな姿だったら…、とブラウは愕然としたのだけれども、「不老不死」ではなかったブルー。
 皆が「シャングリラ」と名付けた船で旅をする内に、ブルーも育ち始めたから。
 明らかに「チビ」だった背が少しずつ伸びて、顔立ちの方も大人びて来て。
(よしよし、ちゃんと育っているな)
 ハーレイは大いに満足だった。「しっかり食べろ」と何度も言った甲斐があった、と「チビだったブルー」の成長ぶりに。
(…きっと、アルタミラにいた頃は…)
 栄養不足だったんだな、とも考えた。
 「ただ一人きりのタイプ・ブルー」は、他に「被験者がいない」だけあって、全ての実験を一人で背負うしかなかった筈。それでは、いくら栄養を与えられたって…。
(全部、防御に回してしまって…)
 成長のためのエネルギーには、回せなかったことだろう。まずは「生き延びる」ことが大切、成長してゆくことよりも。
 今は「シャングリラ」で暮らしているから、ブルーが摂った栄養分は、「育つ」方へと向けられたのに違いない。骨や筋肉をせっせと作って、立派に成長できるようにと。


 ハーレイの読みは当たっていたけれど、そうやって成長し始めたブルー。
 やがて、それは美しく気高い姿を手にしたものの、またまた「止まってしまった」成長。今度はブルーが「自分の意志で」止めていた。皆に「ソルジャー」と呼ばれる立場になったから。
(…ぼくが、みんなを守らないと…)
 シャングリラは沈むかもしれない。人類軍の船に見付かったりしたら、攻撃されて。
 名前こそ「シャングリラ」と変わったけれども、船そのものは「コンスティテューション号」だった頃のまま。改造するような余裕も無ければ、武装してさえいない船。
(…多分、今くらいが力の頂点だろうから…)
 これ以上、年を取っては駄目だ、とブルーは自分の年齢を「止めた」。
 ミュウは「精神の生き物」なのだし、そうすることは実に容易い。ただし、本人に「その気」が無ければ、人類と同じに老けてゆく。文字通り、馬齢を重ねるように。
 船の仲間は、誰一人として「其処に」気付いていなかったから…。
「…ちょいと、ハーレイ」
 ずっと昔と「まるで同じに」、ブラウが「呼び止めた」キャプテン・ハーレイ。
 今では、船の改造も済んで、皆の制服だってある。雲海の星、アルテメシアに潜んで、ミュウの子供の救出も始めているのだけれど…。
「なんだ、ブラウ? 航路設定なら、もう打ち合わせ済みだと思うが」
 昼の間に…、とハーレイが見詰める「ブラウ航海長」。船内は夜間シフトに入って、通路を歩く者も少ない。ハーレイもブラウも、ブリッジから引き揚げてゆく途中だった。
「…アンタ、ブルーをどう思う? そのぅ…。言いにくいんだけれどね…」
 ブラウが言葉を濁すものだから、ハーレイが眉間に寄せた皺。それは不快そうに。
「どう思う、だと? 俺がソルジャーに、恋愛感情を持つと思うのか!?」
 見損なったぞ、とハーレイは怒鳴ったけれども、ブラウは「そうじゃなくて…」と、慌てて両手を左右に振った。「違う、違う」と、懸命に。
「ずっと昔に訊いただろ? ブルーは不老不死じゃないのか、って…」
「そういえば…。それがどうかしたか?」
「今のブルーだよ、そのまんまじゃないか! 一人だけ若い姿のままで…」
 アンタも私も老けてるのにさ、とブラウが指差す自分の顔。「他の仲間も年を取った」と、特にゼルなどは「生え際がヤバい」くらいの姿になりつつある、と。
「……う、うぬう……。そうかもしれん……」
 確かにブルーだけが若いな、とハーレイも頷かざるを得なかった。今度は「栄養不足」などでは説明できない、ブルーの「若さ」。
「ほらね、アンタも変だと思っているんだろう。…理由を言わない所を見ると」
「いや、思い当たる節が全く無くて…。それに、気付いていなかった」
「呑気なもんだね、男ってのは。いいから、ブルーに訊きに行って来て欲しいんだけどね」
 若さの秘訣というヤツを…、とブラウはズズイと詰め寄った。「アンタだったら、聞き出せるだろう」と、「女心が分かるんならね!」などと。
 早い話が、ブラウは「女性」。一番の友達のエラも「女性」で、女性だからこそ気になる容色。今よりも老けずにいられるのならば、どんなことでもしたいもの。
 ゆえに、「不老不死」っぽく、若さを保つブルーの「秘密」を…。


(この俺に、訊きに行けってか…!?)
 なんでまた…、と思いはしても、ハーレイだって「気になる」生え際。ゼルと違って、まだ目に見えてはいないけれども、最近、増えて来た「抜け毛」。
(…オールバックで、生え際がイってしまったら…)
 どう誤魔化せばいいというのか、見当もつかない話ではある。第一、威厳たっぷりのキャプテンの制服、それに似合いのヘアスタイルをするとなったら…。
(…バーコードなどは論外なのだし、いっそスキンヘッドにした方が…)
 まだマシというものだろうか、と考えたことは、一度や二度で済んだりはしない。その「生え際の危機」を防げるのならば、ブルーに頭を下げてでも…。
(若さの秘訣を聞き出すのが、だ…)
 何かと「お得」というものだろう、とハーレイは足を青の間に向けた。思い立ったが吉日と言うし、訊くなら早い方がいい。こうする間にも、刻一刻と…。
(生え際の危機が進行中で、ブラウやエラは肌のハリだの、ツヤだのが…)
 衰えてゆくというのだからな、とハーレイが急いだ、青の間への通路。「失礼します」とドアをくぐって、緩やかなスロープを上がってゆくと…。
「どうしたんだい、こんな時間に?」
 何か急ぎの用だろうか、とブルーが赤い瞳を瞬かせた。まだ寝る時間ではなかったらしくて、ソルジャーの衣装を身に着けたままで。
「急ぎには違いないのですが…。船のことではなく、こう、つまらないことでして…」
「…それにしては、えらく真剣そうだけど?」
「は、はい…! 私にとっては生え際の危機で、ブラウとエラは肌の危機らしく…」
 実はこういうことでして…、とハーレイは「くだらない」質問をしながら、冷汗ダラダラ。なにしろ相手は「ソルジャー」だけに、「若さの秘訣」を訊いていいやら、悪いやら。
(…我々には、とても真似られないような方法だったら…)
 きっとブルーも「言いづらい」。
 タイプ・ブルーの「最強のサイオン」、それを使わないと「無理だ」というような、あまりにも惨いオチだったなら。
 けれど、ブルーは「もしかして、知らなかったのかい?」と目を真ん丸にして…。
「ただ「考える」だけだよ、ハーレイ。今の姿が、自分に一番ピッタリだとね」
 それだけで年を止められる筈だ、と返った答え。「どうして、誰もやらないのだろうと、ぼくは不思議に思っていたのに…」というオマケつきで。


(…考えるだけ…)
 ただ、それだけで良かったのか、とビックリ仰天のキャプテン・ハーレイ。
 もう早速にブラウの部屋に走って、「こうらしいぞ!」と報告した。ブラウは、その場でエラに連絡、「こうらしいよ!」と伝えた方法。
 ハーレイとブラウとエラの三人、彼らの「年」は「其処で止まった」。
 船の仲間にも「こうだ」と説いて回ってみたのに、信じなかった者の方が多くて…。
(…ソルジャーは、あまりにも年をお召しだから…)
 夜ごと、行灯の油を舐めているのだ、という噂が船を駆け巡った。遥かな昔の地球の島国、日本という場所にいた「猫又」。年老いた猫が化ける妖怪。
(…猫が行灯の油を舐めるようになったら、じきに尻尾が二つに分かれて、猫又に…)
 猫又になった猫は、人間の姿に化けもしたという。それと同じで、「ソルジャー・ブルー」も、年を経すぎて、それゆえに「若い姿」を保てるのだ、とシャングリラ中に流布する「ソルジャー、猫又説」。青の間のベッド周りの照明、それの光源が実は油で、「行灯だ」などと。
(…何処から、そういう話になるのだ…!)
 行灯の油を舐めているとか、ソルジャーは猫又でいらっしゃるとか…、とキャプテンは情けないキモチだけれども、ミュウも人間。
 「意志の力で年を止める」などという、「雲を掴むような」話よりかは、「猫又」の方が分かりやすい。「自分たちには無理な芸当で、ソルジャーだけだ」と考える方が。
(……好きにしやがれ!)
 後で後悔しても知らんぞ、とハーレイは思って、ブラウとエラは「自己責任だ」と言い捨てた。せっかく「若さを保つ秘訣」を説いているのに、まるで話を聞かないのだから。


 そういった具合で時は流れて、「ソルジャーは、夜な夜な、行灯の油を舐めている」と、誰もが信じている内に…。
「おい、ハーレイ。気になるんじゃが、お前も行灯の油を舐めておるのか?」
 ワシも行灯が欲しいんじゃが…、と「すっかり禿げてしまった」ゼルが、キャプテンの私室を訪ねて来た。「ヒルマンも欲しいと言っておってな」と、部屋の備品に「行灯、希望」で。
「………。この部屋に行灯があると思うのか?」
「見当たらんのう…。ソルジャーに頼んで、青の間で舐めればいいんじゃろうか…?」
「何故、気付かない! 老けていないのは、俺とブラウとエラなんだ!」
 その三人の共通点と、行灯の話をよく考えろ! と、ハーレイはゼルを詰りまくって、その次の日から、「若さの秘訣」が、ようやく皆に伝わった。「こうだったらしい」と、「ソルジャー、猫又説」の代わりに、マッハの速さで。
(…だが、時すでに遅し、と言った所か…)
 アルタミラ時代からの古参は、とっくに船じゃ「年寄り」なんだ、とキャプテン・ハーレイは嘆くしかない。若い世代との間の「年の差」、それがキッチリ外見に出ているのだから。
(……なまじ、ヒルマンが博識なだけに、猫又だの、行灯の油だのと…)
 そういった方向に流れたのだな、と今更ながらに深い溜息。「なんてことだ」と。
 かくして「長老」と呼ばれる四人とキャプテン、彼らの間にも「年の差」が出来た。ハーレイとブラウとエラの三人、彼らは「中年」。他の二人は「老人」の姿。
 元の年齢は、似たり寄ったりの五人だったのに。
 船で一番の老人のブルー、彼は今でも「若く、美しい」カリスマなのに…。

 

           若さの秘訣・了

※長老たちとブルーの外見の年の差。ハレブルの方では、きちんと理由があるんですけど…。
 ネタにするなら、こういう感じ。つか、「猫又」なんか、何処から降って来たネタ?









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(……厄介な……)
 既に混乱し切っているな、と顔を顰めたキース・アニアン。国家騎士団総司令。
 一日の執務を終えた後の時間、自室で向かったパソコンの画面。これが二十一世紀辺りの地球であったら、そのモニターに映っているのは、フェイスブックとでも言っただろうか。
 首都惑星のノアはもちろん、全宇宙規模で広がるネットワーク。かつてはマザー・ネットワークだけが仕切っていたのに、今はそうではなくなった。
(発言の自由まで、セットものか…)
 自由アルテメシア放送とは、よくも名付けた、と昔馴染みながら忌々しい。E-1077で共に学んだスウェナ・ダールトン、彼女が立ち上げた放送局の名前。
(最初の頃には、電波ジャック程度に思っていたが…)
 ヤバイ橋を渡りまくった挙句に、今やミュウの側についているのがスウェナ。
 ミュウの母船が最初に向かったアルテメシアに、単身、乗り込んで行った辺りで立っていたフラグ。幼馴染だったミュウの長、ジョミー・マーキス・シンと、どんな話がついたやら…。
(…ミュウが制圧した惑星では、自由アルテメシア放送が通信システムを握っていて…)
 いわゆるテレビなどの類はもちろん、その他の通信網まで掌握したから、それが問題。
 誰もが気軽に眺めるフェイスブックなどまで、今ではミュウが入り込む始末。まだ人類の支配下にある惑星だったら、異分子のミュウが「フェイスブックをやる」ことなど、有り得ないというのに…。
(どいつも、こいつも…)
 プロフィールがモロにミュウではないか、と苦々しいキモチ。
 表示されている楽しげな写真、それは「人類の写真」であるべきなのに、ミュウが山ほど。フェイスブックからして「このザマ」だから、もうあちこちのレストランとかの口コミなどまで、気付けば「ミュウが入り込んでいた」。
 最初に陥落したアルテメシアは当然のことで、他の惑星でも幅を利かせるミュウたち。
(…実に腹が立つ…!)
 堂々と人権を持ちやがって、と殴り付ける机。
 ミュウが「情報を発信する」など、あんまりと言えば、あんまりな世界。
 ひと昔前なら、マザー・システムを批判しただけでブラックリストで、処分されても仕方なかった。シロエの場合は「ミュウ因子を持っていた」のだけれど…。
(あいつが、本物のミュウでなくても…)
 充分、ロックオンだっただろう。要注意人物で、場合によっては処分もやむなし、と。


 ところがどっこい、時代は変わった。
 今やネットに溢れまくるのが「ミュウたちの声」で、こうして国家騎士団総司令部からアクセスしたって、フェイスブックにミュウが山ほど。
(…おまけに実名登録だからな…)
 あの忌々しいモビー・ディックに「乗っている」輩までもが、「やっている」始末。
 流石に「ジョミー・マーキス・シン」は混ざっていないけれども、ブリッジクルーを名乗る者やら、迎撃セクション勤務の者まで、人類に混ざってフェイスブック。
 もう本当に腹が立つわけで、彼らの名など見たくもない。他の惑星にいる「元は人類だった」ミュウやら、研究所などから解放されて、人生を謳歌するミュウの名前も。
(いったい、何人いるというのだ…!)
 この宇宙でフェイスブックをやっているミュウは…、と検索してみて、ゾッとした。とんでもない数のミュウのプロフィールがヒットしたから、たまらない。
(……此処までなのか……!)
 一割、いや二割くらいはミュウだろうか、という勢い。
 それだけのミュウが何処から湧いたか、考えるだけでも恐ろしい。フェイスブックをやっていないミュウの数も考えたら、人類はヤバイかもしれない。
(…いや待て、人類もまだまだ捨てたものでは…)
 勝機はある、と対サイオンの戦法なんかを確認しながら、ふと戯れに「マツカ」というミュウを探してみた。本物のマツカはフェイスブックをしないけれども、「同名のが、いるかも」と。
(ほほう…)
 やはりいたか、と見付けた「マツカ」。姓が「マツカ」だから、男性ばかりか、女性もいる。顔はマツカに似ていないけれど、ミュウだと思えば「ミュウの顔か」という気もする。
(…マツカという名の、人類の方は…?)
 そちらはどうだ、と検索したら、ミュウよりは遥かに多かった数。ホッと一息、人類にもまだ救いはある。同じ「マツカ」の数で言うなら、人類の方が多いのだから。
(他の名前も、まあ似たようなものだろう)
 セルジュはどうだ、とブチ込んでみると、ミュウにも、人類にも「いた」セルジュ。こっちは名前で調べただけに、ドカンと数が多かった。
 セルジュ・バトゥールだとか、セルジュ・テイラーだとか。


(…なるほどな…)
 スタージョンで絞ればどうなるだろう、とキースが追加した「苗字」の方。するとガッツリ引っ掛かったわけで、「まさか、セルジュが!?」と慌てたけれど。
 フェイスブックは軍紀で禁止だというのに、「やっていたのか!?」とビビったけども…。
(……別人か……)
 同姓同名の一般人か、と納得の結果。
 宇宙全体では「何人もいた」セルジュ・スタージョンは、軒並み、全て別人だった。国家騎士団に所属している、セルジュ・スタージョン大尉とは。
(…すると、マツカも…?)
 宇宙には「ジョナ・マツカ」も何人もいるのだろうか、と戯れに打ち込んでみると、これまた複数ヒットした。オシャレなことに、ミュウの側にいる「マツカ」まで。
(……うーむ……)
 あのマツカとは別人なのだが、と見入ってしまう「ミュウの」ジョナ・マツカ。まさかミュウにも同名の者がいるなんて、と皮肉に過ぎる現実に。
(…こうなるとだな…)
 きっとパスカルも、グレイブなんかもいるのだろうな、と端から打ち込み、「もれなく」存在することを知って、零れる溜息。
 人類にも、ミュウにも、パスカルもグレイブも「いる」ものだから。「グレイブ・マードック」という名の、ミュウまで存在しているから。
(…………)
 この有様では、きっと「キース」も間違いなくいる。
 今の今まで「オンリーワン」だと思い込んでいた、「キース・アニアン」という人間だって。
(…たまたま、同じ名前のメンバーズがいなかったというだけで…)
 一般人なら、「キース・アニアン」の名を持つ者もいるだろう。見た目は似ても似つかなくても、中身もすっかり別人でも。
(それこそ、フェイスブックにだな…)
 もう思いっ切り「おバカな」写真をアップしている「キース・アニアン」、そんな輩も。
 「こいつが、私と同じ名前か!?」と泣きたくなるほど、情けないようなスカタンな「キース」。絶対にいるに違いないから、ちょっぴり指が震えてしまう。
 「この先は禁断の扉なのでは」と、「調べたら、後悔するのは」などと考えたりして。


 けれど、キースも「人間」ではある。
 機械が無から作ったものでも、三十億もの塩基対を合成した上、DNAという鎖を紡いで「ヒト」に仕上げた存在でも。
 ゆえに「好奇心」だって持っているから、止められなかった「自分の指」。
 パソコンのキーをカタカタ叩いて、「キース・アニアン」という名を打ち込むのを。「私と同姓同名の者は、宇宙に何人いるというのだ?」と、検索させる指示を出すのを。
 宇宙に広がるマザー・ネットワークと、全宇宙帯域でさえ力を発揮する「自由アルテメシア放送」の方と、両方が答えて来たのだけれど…。
(なんだって…!?)
 いないのか、と驚かされた検索結果。「キース・アニアン」という人間はゼロ。人類はもちろん、ミュウの方にも「キース・アニアン」は「いなかった」。
 本当に、ただの一人でさえも。人類にも、化け物のミュウどもの世界にだって。
(……これはまた……)
 私の名前は珍名なのか、と「この年になって」初めて知った現実。
 遠い昔の地球の「日本」、其処でだったら、とても困ったことだろう。出先で「ハンコを忘れた」と気付いて、慌てて店に駆け込んでも、目的のブツが手に入らなくて。
 出来合いのハンコ、いわゆるシャチハタ。それが「まるで売られていない」パターン。観光名所などで土産に売られる、ご当地名物の「竹のハンコ」とかも。
(…そうだったのか…)
 その「日本」に生まれなくて良かった、と撫で下ろした胸。
 メンバーズならぬ、「できるサラリーマン」、そういうキースは「ハンコを忘れはしない」けれども、万一ということはある。
(社運がかかった取引の席に、ハンコを忘れて行くというのも…)
 絶対に「無い」とは言い切れないから、「今で良かった」と、つくづく思うキースは知らない。そんな席では「シャチハタは使えない」ことを。なにしろ時代が違いすぎて。
(……日本に生まれなくて良かった……)
 宇宙規模でも「無い」珍名なら、日本のような小さな国では、完璧にアウトだったろう。自分の他には誰一人いない「珍名」なんぞは、シャチハタも無い。
 今の時代でさえ、「いない」のだから。…日本とは、桁違いの数の人間がいても。


(…レアものの名前だったのだな…)
 そして私はオンリーワンか、と視点を変えれば気分がいい。
 この広大な宇宙に「キース・アニアン」は一人、きっと「世界で一つだけの花」。シャチハタな日本の古いヒット曲に、そういう曲があったらしいけれども、そのものズバリ。
(今の時代でさえ、オンリーワンだ…!)
 キース・アニアンは一人だけだ、と誇らしい。他には一人もいないのだから。
 「セルジュ・スタージョン」やら、「ジョナ・マツカ」やらは、宇宙に何人も転がっている。他の部下たちも、「グレイブ・マードック」も、同姓同名が何人も。
 それなのに、いない「キース・アニアン」。
 なんと素晴らしい名前だろうか、とマザー・イライザに感謝したくなる。
(理想の子だ、と言っていただけはあって…)
 名前まで「誰とも被らない」ものを寄越したのか、と悦に入っていて、ふと気が付いた。
 遠い昔の日本だったら、シャチハタも無い、という知識は「機械が教え込んだ」もの。理想の指導者は膨大な知識を持つべきだ、と水槽の中で流し込まれたものだけれども…。
(…そのシャチハタが、無かった者たちは…)
 珍名だけあって、「その一族」しか持っていない苗字、そんな人間たちだった。婚姻などで少し増えたりしても、広がらなかった「珍しい姓」。
 けれども、「キース・アニアン」の場合は、どうだろう。
(…キースは、普通にいるのではないか?)
 特に珍しいとも思えんが…、とキーボードを叩いて検索させたら、膨大な数の「キース」が出て来た。それこそ人類も、ミュウも、山ほど。
(だったら、アニアンが珍しいのか…?)
 あまり聞かないが…、とブチ込んでみると、こちらも「相当な数」がヒットした。人類にも、ミュウにも「アニアン」は「いる」。
(……珍しい姓では、なかったのか……)
 そうなってくると、「キース・アニアン」という「組み合わせ」の結果がレアなのだろう。
 「アニアン」の姓を持っている者たち。彼らが養父母になって、息子に「キース」と名付けなかったら、「キース・アニアン」は誕生しない。
(しかしだな…)
 そんなことなど、あるのだろうか、と不可解ではある。誰一人「思い付かない」なんて。


 実に不思議だ、とキースは思って、「オンリーワン」の誇りも何処へやら。
 「もしや、マザーが関与したのでは」と心配になって。
(……キース・アニアンという名前自体が、もう本当にオンリーワンではあるまいな…?)
 これが「禁じられた組み合わせ」でないなら、他の時代にも「いる」だろう。
 「キース・アニアン」という名の人間が。
 激しく馬鹿でも、犯罪者でも、この際、なんでもいいから「出会いたい」。
 そう考えて叩くキーボード。「今の時代にいないのだったら、過去のキースを」と。
(おおっ…!?)
 けっこうな数がいるではないか、と検索結果に覚えた感動。
 ところが、大勢の「キース・アニアン」のデータ、それは残らずSD体制以前のもの。名も無い一般人の「キース・アニアン」もいれば、軍人も学者もいるけれど…。
(……SD体制が始まってからの、六百年近く……)
 キース・アニアンは「一人もいなかった」。
 つまりは「封印された名前」で、いつか「理想の子」が完成した時に名付けるべく…。
(…お蔵入りだったというわけか…!)
 そんな「オンリーワン」は要らん、とキースは頭を抱える。
 これでは「名前まで呪われた」ようなものだから。
 無から生まれただけでもショックで、「あんまりだろう」と思いもしたのに、名前まで「ソレ」を証明するモノ。
(もうちょっと、普通の名前でいい…!)
 せめてシャチハタ…、とキースの苦悩は尽きない。
 もはやリーチに思える人類、それを導くために「作り出された」自分自身が気の毒すぎて。
 生まればかりか、その名前までが「オンリーワン」なんて、もはや退路も無さそうな感じ。
 もっと普通の名前だったら、「他人です」とも言えたのに。
 「同姓同名の別人なんです」と逃げも打てたというのに、どうやら自分は無理っぽい。
 オンリーワンの生まれに名前で、もう最後までオンリーワンな人生だから…。

 

          レアすぎる名前・了

※いや、「キース・アニアン」って名前は、誰が付けたのかと思ったわけで…。
 理想の指導者に名付けるんなら、きっと普通じゃないだろう、というお話。レアものです。









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