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悔やみ続ける心
(シロエ…。お前は、今、幸せか?)
 死んで自由になれたのだから、とキースは心で呼び掛けてみる。
 国家騎士団総司令に与えられた個室で、マツカが淹れていったコーヒーを手に。
 とうに夜更けになっているから、部下たちもマツカも、此処にはいない。
 昔の友を思い出すには、丁度いい時間と言えるだろうか。
(もっとも、私とシロエとは…)
 友とは言えなかったのだがな、と思うけれども、シロエは友に成り得たと思う。
 あれだけの頭脳の持ち主だったし、出会いが違えば、きっと良き友になったろう。
 最初はライバル同士であっても、いつの間にやら、色々と語らうようになって。
 「キース」の生まれが何であろうと、「シロエ」なら受け入れてくれた気がする。
(…私の秘密を自ら暴いて、人形だと挑発してくる代わりに…)
 同情さえもしてくれたのでは、と何度思ったことだろう。
 「シロエならば」と、「シロエが此処にいてくれたら」と。
(…今の私にも、友は確かにいるのだが…)
 彼の心は此処には無い、と頭に浮かぶのはサムのこと。
 サムは確かに昔からの友で、今も友だと思ってはいても、それは一方的なものに過ぎない。
 サムが見ている「キース」の姿は、「赤のおじちゃん」。
 子供に戻ったサムとは別の、大人の世界に住んでいる者で、サムはキースに懐いているだけ。
(…父親も母親も、サムを迎えに来てくれないから…)
 サムは親切にしてくれる「キース」を受け入れ、「赤のおじちゃん」と笑顔を見せる。
 見舞いに行く度、サムが語るのは、いる筈もない両親との間にあった出来事。
 「パパが勉強しろってうるさいんだ」だとか、「ママのオムレツは美味しいよ」とか。
(…サムの話を聞かされる内に…)
 ようやく、かつての「シロエ」の気持ちが分かって来た。
 シロエは何を失ったのか、何を求めてシステムに抗い続けたのか。
(…サムが語ってくれる、両親と過ごした時間のことなど…)
 キース自身は、何も知らない。
 マザー・イライザに無から作られ、水槽の中で育てられたから。
 養父母を持たずに成長して来て、成人検査も受けてはいない生命だから。


 シロエが成人検査で機械に奪われ、取り戻せないままに終わった記憶。
 それを求めて、彼は宇宙に飛び立って行った。
 ピーターパンの本だけを抱えて、武装していない練習艇に乗り込んで。
(…それを撃墜したのが、私で…)
 シロエの命に終止符を打ってしまったけれども、彼は幸せになれただろうか。
 機械の支配から自由になって、失くした記憶を取り戻して。
 生身のままでは帰ることなど叶いはしない、懐かしい故郷へ、家へ帰って。
(…きっと、そうだな…)
 彼ならそうだ、と考えることで、救われているのは「自分」だろう。
 「シロエは自由になれたのだから」と、「死んで自由を手に入れたのだ」と信じることで。
(…私は今でも、ずっと後悔し続けていて…)
 あの時、シロエを「殺した」罪を忘れた日などは一度も無い。
 撃墜して直ぐ、Eー1077に戻る時から、もう後悔は始まっていた。
 「本当に、他に取るべき道は無かったのか」と、「シロエを行かせてやれば良かった」と。
 シロエが練習艇で目指した先は、座標さえも分からなかった「地球」。
 当時、メンバーズに選ばれたばかりの「キース」も、地球の座標は知らなかったのだから…。
(シロエの船を見逃していても、どうせ地球には…)
 辿り着けなどしなかったのだし、燃料切れで「旅」は終わっていたろう。
 燃料が尽きれば、船の酸素も、宇宙の寒さなどから守る設備も、全て無くなる。
 シロエは宇宙の藻屑となって、永遠に漂い続けるだけ。
 その魂は身体を抜け出し、地球へ、故郷へと飛んでゆくかもしれないけれど。
(…そうしていたなら、私は後悔することもなく…)
 シロエも宇宙で死んではいなくて、今でも生きていたかもしれない。
 人類ではなく、敵に回って、ミュウどもの船に乗り込んで。
 彼の優秀な頭脳をフルに使って、彼らのブレーンとなり、指揮を執って。
(シロエの船を撃墜した時…)
 ミュウたちの母船、モビー・ディックが「近くにいた」ことを、後になって知った。
 シロエをあのまま行かせていたなら、ミュウたちが助けた可能性が高い。
 仲間の危機には敏感なのだし、きっと「シロエ」を見付けただろう。
 燃料が尽きる寸前の船で、漂流している意識不明の「仲間」を。
 シロエが彼らに呼び掛けなくとも、「何処かに仲間がいる」と気付いて。


(あの時、モビー・ディックが近くに来ていたことを…)
 知った時の衝撃を忘れはしない。
 「どうしてシロエを行かせなかった」と、足元が崩れるような気がした。
 直後から後悔し始めるのなら、逃がしておけば良かったのに。
 何年も後悔し続けた後に、「シロエが助かる道はあった」と知るのだったら…。
(…シロエを行かせるべきだったのだ…)
 マザー・イライザに叱責されても、失点になっても、本当に逃がしてやれば良かった。
 どうせ「キース」は出世の道を歩んでゆくから、大したことにはなってはいない。
 結果として「シロエ」が敵に回っても、そうなった時は、その時のこと。
(好敵手が出来て良かった、とでも思っておくさ)
 ただのミュウども相手よりもな、とコーヒーのカップを指でカチンと弾く。
 ソルジャー・ブルーは手強かったけれど、彼は戦闘のプロではなかった。
 銃を向けられたら何も出来ない、躱すことさえ出来ない「素人」。
 ジョミー・マーキス・シンにしたって、同じだったと言えるだろう。
 けれど「シロエ」がいたならば、違う。
 途中で脱落したといえども、Eー1077で教育を受けた、メンバーズの卵なのだから。
 もしもミュウ因子を持っていなくて、普通のエリート候補生なら、彼もメンバーズだった筈。
 めきめきと頭角を現していって、「キース」を脅かすほどの力をつけて。
(そんなシロエが、ミュウの陣営に入ったならば…)
 間違いなく最高の軍師で指揮官、更に前線にも出て来ただろう。
 ミュウは何故だか、指導者自ら、前線に出る傾向があるようだから。
(私から見れば、無謀だとしか思えないのだが…)
 彼らには彼らの「やり方」があって、「シロエ」もそれを踏襲する。
 ミュウの船ではけして出来ない、エリートを養成するステーションでの「育ち」を活かして。
 メンバーズにもなれていただろう実力、並みのミュウでは持ち得ない戦闘能力を。
(…タイプ・ブルーなどではなくも、「シロエ」は脅威でしかないのだが…)
 そういう「敵」を「生み出した」ことを、後悔などはしないと思う。
 シロエが人類に挑んで来るなら、こちらも受けて立つまでのこと。
 「出来るものなら、やってみろ」と、きっと不敵な笑みを浮かべて。
 「そう簡単に負けはしない」と、「絶対に、地球になど行かせるものか」と。


 なのに、そうなりはしなかった。
 シロエの命は宇宙に散って、「キース」は今も後悔だけを背負っている。
 事あるごとに、「どうしてシロエを逃がさなかった」と、あの日に取った道を悔やんで。
 別の道を選べば良かったのにと、今に至るまで、自問自答を繰り返して。
(…こんな思いをするくらいなら…)
 良心など要らなかったのに、と悔いを抱えて生きる自分を自嘲する。
 シロエのことを悔やみ続けて、後悔するのは「良心」の仕業というものだから。
 「良心」を持っていなかったならば、こうして悔やみ続けてはいない。
 自分は務めを果たしただけで、「シロエ」は処分するべきミュウで、ただの異分子。
 そう、やったことは「正しいこと」。
 SD体制の世界においては、誰もキースを責めたりはしない。
 むしろ「シロエ」を処分したことを称え、キースの手柄だと手放しで褒める。
 「まだ若いのに、よくぞやった」と、他の者が皆、倒れていた時の出撃だけに、余計に。
(…実際、私を、誰一人として…)
 責めはしなかったし、マザー・イライザも、教官たちも「満足だった」。
 「キース」の素晴らしい成長ぶりと、メンバーズに相応しい決断力を見られたのだから。
(…しかし私は、生涯、悔やみ続けるだけで…)
 誰にも心を明かせはしなくて、深い悲しみが募ってゆくだけ。
 「キース」を無から作ったのなら、「良心」などは持たないように作って欲しかった。
 淡々と任務をこなし続ける、機械人形のような人間に。
(…だが、そのように私を作ったならば…)
 人類の指導者になることは出来ない、欠陥品になると分かっている。
 良心を持たない冷酷な指導者がどうなったのかは、過去の歴史で立証済み。
 「そんなモノ」をマザー・イライザが作りはしないし、グランド・マザーも認めはしない。
 だからどれほど苦しかろうとも、悔やみ続ける心を隠して、これからも生きてゆくしかない。
 いつの日か、「それ」が膨らんだ末に、違う道を歩み始めようとも。
 今は全く悔やんではいない、ジルベスター・セブンのことやら、ソルジャー・ブルーを…。
(この手で撃ったことを悔やんで、ミュウどもの方に…)
 思いを寄せる時が来るのかもな、と感じるけれども、抗うことは出来ないだろう。
 良心を持った存在として、「キース・アニアン」は作られたから。
 その「良心」が今の「キース」を食い破ろうとも、後悔は微塵も無いだろうから…。



             悔やみ続ける心・了


※シロエに機械人形と言われたキースですけど、良心を持たないように作れば欠陥品。
 そのように作ってくれていれば、とキースが望んでも、叶わないこと。辛いですけどね…。








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