(…初の軍人出身の元老か……)
厄介な、とキースがついた溜息。
側近のマツカを下がらせた後の夜更けに、一人きりの部屋で。
国家騎士団総司令から、元老に転身したけれど。
元老たちが集うパルテノン、其処からの要請だと聞いていたのだけれど。
(……実際の所は、グランド・マザーか……)
どうやら、そういうことらしい。
グランド・マザー直々の推薦、逆らえなかった頭の固い元老たち。
人類の聖地、地球に据えられたグランド・マザーに、逆らえる者などいはしないから。
国家騎士団の赤を基調にした制服から、元老の白い制服へ。
それに着替えて、初の「仕事」に赴いた時。
「歓迎されていない」と、直ぐに分かった。
誰一人として、挨拶さえもしない有様。見下したような顔をして。
そうなる理由は分かっている。
「キース・アニアン」はメンバーズ・エリート、いわゆる「軍人」。
けれど元老たちは「文官」、歩んで来たコースからして違う。
彼らの中には一人もいない、E-1077の出身者。
マザー・イライザが統べていた、あのステーション。
とうの昔に廃校になって、この手で「それ」を処分して来た。
マザー・イライザが止める悲鳴を聞きもしないで、惑星上へと落下させて。
(…エリートを育成する、最高学府だと聞いていたがな…)
E-1077に在籍していた頃は、誰もがそう言っていた。
あのステーションの卒業生から、「選ばれる」メンバーズ・エリートたち。
彼らが「世界」を動かすのだと、宇宙の頂点であるかのように。
キース自身も、そう聞かされて信じていた。
「自分の生まれ」は知らなかったけれど、いつかエリートとして世に出るのだと。
ところが、まるで違った「世の中」。
メンバーズ・エリートと呼ばれる者は、「ただの軍人」に過ぎなかった。
実際に宇宙を統治するのは、パルテノンに集う元老たち。
軍人ではなくて、根っからの「文官」、いわゆる「政治家」。
銃器くらいは扱えるけれど、戦闘機や戦艦の「動かし方」など知らない者たち。
(…Mが何かも、ろくに知らない連中ばかりで…)
今の時代には「役立たない」者。
Mと呼ばれるミュウとの戦い、それは日増しに激しくなってゆくばかり。
だからこそ自分が「選ばれたのだ」と、パルテノンへと赴いたけれど…。
(…軍人は、これだから困るのだと…)
蔑みの視線が向けられる日々。
どのような意見を唱えようとも、ミュウとの戦いに備えるべきだと説こうとも。
(……どうして私を、あそこで作った……?)
何故、と「マザー」に問いたくなる。
マザー・イライザではなく、グランド・マザーに。
どうして「E-1077」で作ったのかと、他の場所では駄目だったのかと。
元老たちが教育を受けた、やはり「最高学府」のステーション。
E-1077とは、場所も、カリキュラムも違うもの。
最初から其処で「キース」を育てていたなら、回り道などしていない。
今頃はとうに、それなりの地位を「パルテノンで」占めていただろう。
「若き元老」には違いなくても、相手にされないことなどは無くて。
嘲りの声も浴びることなく、意見を述べれば、誰もが耳を傾けもして。
(…同じように、私を作るのであれば…)
そちらで作れば良かったものを、と思わないでもない。
何処で作ろうとも、「キース」は「キース」。
三十億もの塩基対を合成した上、それを繋いでDNAという鎖を紡ぐ。
何処でやろうと手順は同じで、出来上がる「モノ」も同じな筈。
後は教育次第なのだし、「回り道」などさせずとも、と。
なのに、どうして「こうなった」のか。
わざわざE-1077で「作って」、「軍人」に育てた「キース・アニアン」。
今頃になって「パルテノン入り」をさせるほどなら、軍人の道を歩ませずとも…。
(元老のためのステーションの方で作っておけば…)
幾らでも手間が省けただろう。
政治家の道を歩んでいたなら、いずれ開ける「元老」への道。
そちらを歩んで「パルテノン入り」を果たしていたなら、誰も「キース」を嘲りはしない。
「軍人上がりは」などと言われはしないで、豊富にあっただろう人脈。
その方が遥かに役立つだろうに、「キース・アニアン」という「人形」も。
(…しかし、マザーが選んだからには…)
E-1077に「鍵」がある筈。
其処でしか「キース」を「作れなかった」理由というもの。
技術的には、何処であろうと可能だろうに。
現に「キース」と対になっていた「ミュウの女」は、E-1077では「作られていない」。
アルテメシアで「作られた」もので、だからこそ「M」に攫われた。
「ミュウとして」処分が決まっていたのを、ソルジャー・ブルーが奪い去って。
もちろん国家機密だけれども、「今のキース」なら「分かる」情報。
あの実験は「アルテメシアで始まった」と。
ミュウが奪ってしまったからと、場所を宇宙に移した実験。
ならば、何処でも良さそうなもの。
E-1077を選ばなくても、「もう一つの」最高学府でも。
同じに「キース」を作るのだったら、「政治家のキース」を作れば良かった。
そうしておいたら、パルテノンでの地位は安泰。
異例の出世を続けた挙句に、とうの昔に…。
(……国家主席にもなっていたのだろうに……)
グランド・マザーは、いずれ「そうする」つもりでいるのだろうけれど。
「人類の指導者」として、マザー・イライザが作った「理想の子」、「キース」。
それを人類の頂点に押し上げ、ミュウとの戦いに勝ちを収めるべく。
既に決まっている、「キース」の道。
「初の軍人出身の元老」の次は、「国家主席」の地位に収まる。
そうなることが分かっているなら、何故、「回り道」をさせたのか。
E-1077で「作って」、「軍人の道」を歩ませたのか。
(…グランド・マザーに、計算違いは有り得ない…)
この道は最初から「敷かれた」もの。
自分は其処を「歩まされる」だけで、自分の意志では選べない道。
「回り道」に見えて、「回り道」ではないのだろう。
E-1077から「始まった」のは。
「キース・アニアン」を作り上げた場所、「ゆりかご」が「あそこ」だったのは。
(…そうすることで、何の益がある…?)
政治家ではなく、軍人として育てることに。
メンバーズ・エリートの道を歩ませることに。
(…私が歩いて来た道には…)
数え切れないほどの屍、「冷徹無比な破壊兵器」として「殺した」者たち。
反乱軍もいれば、暴動を起こした者たちも。
けれど、最初に「キース・アニアン」の手を血に染めたのは…。
(…セキ・レイ・シロエ…)
E-1077に「送り込まれた」、ミュウの少年。
きっと自覚も無かっただろう、「Mのキャリア」と呼ばれるシロエ。
彼が「キースと」出会わなければ、何も起こりはしなかった筈。
ミュウのマツカが生き延びたように、成人検査を「無事に」パスして…。
(自分でも何処か変だと気付いて…)
マツカよりも上手く隠し通して、今も何処かで生きていたろう。
一般市民になっていたのか、あるいはシロエの父と同じに「研究者の道」を歩んでいたか。
それをシロエが「歩み損ねた」のは、「キース」のせい。
「指導者としての資質」を開花させるために、シロエは「贄にされた」から。
「キース・アニアン」に「シロエを殺させること」が、機械の計算だったのだから。
もしも「キース」が、E-1077に「いなかった」なら。
軍人ではなくて、政治家のためのステーションで「作り上げられた」なら…。
(…シロエは、私に殺されはせずに…)
生き延びたろうし、何もかも全て「キースのせい」。
シロエが「あそこで」殺されたのは。
「キース・アニアン」を育てるために選ばれ、E-1077に「送られた」のは。
キースを「政治家」として作っていたなら、けしてシロエは「死んではいない」。
銃器を扱うのが精一杯の、「根っからの政治家」だったのならば。
(…いったい、何のために…)
グランド・マザーは、この回り道を用意したのだ、と思うけれども「分からない」。
きっと直接、問い掛けてみても、答えは返らないのだろう。
どうして、「この道」だったのか。
この道に何の益があるのか、どんな計算が働いたのか。
(…最初から、政治家にしておいた方が…)
早かったろうと思うのだがな、と零すけれども、鍵になるのは「M」なのだろうか。
E-1077が、どういう理由で「M」に繋がるかは謎だけれども。
(きっと、一生…)
分かるまいな、と「自分がゆくべき道」の先を思う。
その先にも「M」が立ち塞がるから、いずれ「M」との決戦になるのだろうから。
E-1077の謎は解けなくても。
どうして「キース」を其処で作ったか、「回り道」の理由は、永遠に謎のままだとしても…。
回り道の謎・了
※キースの疑問は、そのまま「管理人の疑問」だったりします。だって、変だと思うから。
原作だと「政治家」もメンバーズだけど、アニテラは違ってましたよね。なんで、ああなの?
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