カテゴリー「地球へ…」の記事一覧
(…ネバーランド…)
やっぱり、今でも行きたいよ、とシロエは深い溜息を零す。
Eー1077の夜の個室で、ピーターパンの本を広げて、思い描く世界。
もしも、あそこへ飛んで行けたら、どんなに素敵なことだろう。
この恐ろしい牢獄から出て、自由に空を飛び回れる。
ピーターパンやティンカーベルと一緒に、青い海の上も、高い雲の上も。
(…訓練のことも、勉強のことも、全部、忘れて…)
一日、好きに遊び回って、その後は…。
(…何処へ帰ることになるんだろう?)
何処なのかな、と首を捻った。
ピーターパンは、何処へ送ってくれるのだろう。
Eー1077の部屋になるのか、それとも…。
(…ぼくが住んでた、エネルゲイアの…)
両親の家に帰ってゆくのか、其処が気になる。
(…ネバーランドに行けたってことは、子供なんだし…)
もしかしたら、此処へは戻らずに済んで、故郷に帰れるのかもしれない。
故郷の家が何処に在ったか、「シロエ」の記憶は、曖昧だけれど…。
(ピーターパンなら、知っているから…)
「ほら、着いたよ!」と、家に送り届けて、夜空を帰ってゆくのだろうか。
「また来るからね、いい子で待ってて!」と、頼もしい言葉を置いて行ってくれて。
(…ピーターパンが、また来るんなら…)
Eー1077には、二度と戻らないでいいのだと思う。
どういう仕組みか謎だけれども、「シロエ」は故郷の家に戻って、暮らしてゆける。
マザー・イライザの手から逃れて、成人検査の末に送り込まれた牢獄からも自由になって。
(……素敵だよね……)
本当にそうなってくれる日が来たら、最高だろう。
故郷の家も、両親だって、前と同じに「シロエ」のもの。
記憶があちこち欠けているのも、その内に、きっと癒えてゆくのに違いない。
手がかりは家にドッサリとあるし、両親だって、教えてくれる筈。
「あら、忘れちゃったの?」だとか、「おやおや、覚えていないのかい?」などと。
(…ママたちは、全部、覚えてるから…)
消された記憶も、元に戻せることだろう。
時間はかかりそうだけれども、何もかも、全部。
最高だよね、とシロエは笑みを浮かべて夢の翼を羽ばたかせる。
Eー1077からネバーランドへ、ネバーランドから、故郷の家へ。
(ピーターパンと飛んで行ったら、アッと言う間に…)
楽しくて長い旅は終わって、また、じきに夜がやって来る。
ピーターパンが迎えに来る夜、ティンカーベルが飛んで来る夜が。
(…Eー1077まで、ピーターパンが来てくれたなら…)
あくる日に、何が待っていようが、断りはしない。
メンバーズ・エリートに選ばれるための、最終の試験だったとしたって、捨ててゆくだろう。
ステーションには二度と戻らないから、それでいい。
(…パパやママと、ずっと暮らしてゆけるんだから…)
メンバーズとしての未来なんかは、何も要らない。
国家主席を目指す野望も、機械を止める目標だって、捨ててしまって後悔はしない。
(…だって、そうしようと思っているのは…)
いつか記憶を取り戻すためで、それ以外の意味は、ただの「後付け。
他の子たちの未来などより、自分自身の未来が大切。
(…ピーターパンが来てくれるんなら、そうだよね…?)
この牢獄から「シロエ」を自由にしてくれるのだし、後は自分の好きに出来るし…。
(…夜になったらネバーランドで、昼間は、パパやママと暮らして…)
年だって、きっと、取らないんだよ、と夢は大きく広がったけれど、ハタと気付いた。
「そういう世界」を夢に見るのは、シロエが「過去を失くした」から。
故郷の家も、両親のことも、もう、おぼろにしか覚えてはいない。
だからこそ、故郷に帰ることが夢なのだけれど、これが「子供時代のシロエ」だったら…。
(…ネバーランドに行った後には、どうしてたかな…?)
ピーターパンが「家に送るよ」と言い出した時は、どうするだろう。
いそいそと後についてゆくのか、「帰りたくないよ!」と、駄々をこねるか。
(……家には、いつでも帰れるんだし……)
駄々をこねる方を「やってしまいそう」な気がする。
「もっと遊ぶよ」と、「帰るのは、明日でもかまわないでしょ?」と我儘を言って。
(…本当に自由な子供だったら…)
「家に帰ろう」と言われた時には、逆の方へと転がるだろう。
いつでも帰れて、「其処にある家」、急いで戻る必要は無いし、帰るよりかは夢の国がいい。
ネバーランドで遊び続けて、家のことなど忘れてしまいそうなのが「本物の子供」。
(…そうなっちゃうのが、子供らしい子で…)
けれど、それでは「よろしくない」から、ピーターパンが「家に送るよ」と申し出るだけ。
「朝までに、家に帰らないと」と、「夜になったら、迎えに行くから」と教え諭して。
(…その筈なのに、今のぼくだと…)
ピーターパンの申し出を聞いて、嫌がりもせずに、むしろ進んで「帰ってゆく」。
「本当に家に帰れるの?」と目を輝かせて、大喜びして、ピーターパンと空に舞い上がって。
(……これじゃ駄目だよ……)
そんなの、子供なんかじゃない、と「シロエ」にも分かる。
Eー1077に来て以来、ずっと、機械に抵抗し続けて来た。
マザー・イライザも、SD体制も受け入れはせずに、否定しているつもりなのに…。
(…ぼくは、すっかり変わっちゃってる…)
これじゃ大人と変わらないよ、と恐ろしいけれど、「成人検査」のせいなのかどうか。
(…成人検査、って言うくらいだし…)
あのくらいの年が節目で、子供から大人になるのだろうか。
自分では意識していなくても、何かが変わってしまう年頃なのか。
(…そうだとしたら…)
ピーターパンが迎えに来た時、「家に帰れる!」と思う「シロエ」は「子供ではない」。
機械のせいでも、成人検査のせいでもなくて、シロエ自身が「そうなった」。
ピーターパンの本の中にも、そういう話は描かれている。
「子供から、大人になってゆく子」が、くっきりと描写されていて。
(…もしかしたら、ぼくはとっくに…)
子供の心を失くしてしまって、ネバーランドに行ける資格も無いのだろうか。
こんなに焦がれて、いつか行きたくて、子供の頃から夢を見たのに。
(…そんなの、酷いよ…)
絶対に違う、と機械のせいにしたいけれども、何処かで「違う」と声が聞こえる。
「家に帰りたい、と思う子供は、いやしないよ」と、幼かった日の「シロエ」の声が。
「ネバーランドに連れてって貰えて、その後、直ぐに帰りたかった?」と問い掛けて来る。
「違うでしょ?」と、「もっと遊びたいでしょ」と、「それがホントの子供なんだよ」と。
(……ぼくのせいなの……?)
自分で勝手に「大人になって」しまってるの、と愕然としても、そうでしかない。
機械に記憶を消されたせいで「家に帰りたい」のは、本当だけれど…。
(…ぼくが今でも、子供だったら…)
ろくに覚えていない「家」に帰ってゆくより、ネバーランドがいいだろう。
「もっと遊ぶよ」と、「どうせ家なんか、覚えてないし」と、アッサリと捨てて。
(…二度と家には帰れなくって…)
Eー1077にも戻れなくても、「本物の子供」は「気にも留めない」。
ネバーランドの住人になって、家も故郷も、失くしたとしても。
(ピーターパンやティンカーベルと、ずっと暮らして…)
自由気ままに遊び回って、生き生きとしていることだろう。
ピーターパンの本に書かれた世界と違って、「大人と子供は、違う世界」なのが今だから。
(…記憶が無いなら、帰らなくても…)
ピーターパンだって、「帰らないと」とは言い出さないのに違いない。
「ずっと、ネバーランドにいていいよ」と、許してくれるだけで。
(…家まで送るよ、って言われた時に…)
ぼくは間違った答えをするの、と怖いけれども、それでも家に帰りたい。
ネバーランドには「二度と行けなくなっても」、故郷の家に戻れるのならば。
両親の家で暮らしてゆけるというなら、その道でいい。
(……子供の夢ではなさそうだけど……)
帰れるのなら、それでいいよ、と「どうやら、子供ではない」シロエの心で答えを出す。
「ネバーランドか、家を選ぶか、二つに一つだったら、家の方だ」と。
夢の国だけで生きてゆくには、今の「シロエ」は、きっと、向いていない。
今も「故郷」も「両親のこと」も、どうしても「忘れられない」から。
本物の子供が選ぶようには、気ままに「家を捨てられない」から…。
子供だったら・了
※ネバーランドに行くか、故郷の家に帰るか、選べるのなら、どっちかな、というお話。
子供時代のシロエだったら、ネバーランドになりそうですけど、今のシロエは違いそう。
やっぱり、今でも行きたいよ、とシロエは深い溜息を零す。
Eー1077の夜の個室で、ピーターパンの本を広げて、思い描く世界。
もしも、あそこへ飛んで行けたら、どんなに素敵なことだろう。
この恐ろしい牢獄から出て、自由に空を飛び回れる。
ピーターパンやティンカーベルと一緒に、青い海の上も、高い雲の上も。
(…訓練のことも、勉強のことも、全部、忘れて…)
一日、好きに遊び回って、その後は…。
(…何処へ帰ることになるんだろう?)
何処なのかな、と首を捻った。
ピーターパンは、何処へ送ってくれるのだろう。
Eー1077の部屋になるのか、それとも…。
(…ぼくが住んでた、エネルゲイアの…)
両親の家に帰ってゆくのか、其処が気になる。
(…ネバーランドに行けたってことは、子供なんだし…)
もしかしたら、此処へは戻らずに済んで、故郷に帰れるのかもしれない。
故郷の家が何処に在ったか、「シロエ」の記憶は、曖昧だけれど…。
(ピーターパンなら、知っているから…)
「ほら、着いたよ!」と、家に送り届けて、夜空を帰ってゆくのだろうか。
「また来るからね、いい子で待ってて!」と、頼もしい言葉を置いて行ってくれて。
(…ピーターパンが、また来るんなら…)
Eー1077には、二度と戻らないでいいのだと思う。
どういう仕組みか謎だけれども、「シロエ」は故郷の家に戻って、暮らしてゆける。
マザー・イライザの手から逃れて、成人検査の末に送り込まれた牢獄からも自由になって。
(……素敵だよね……)
本当にそうなってくれる日が来たら、最高だろう。
故郷の家も、両親だって、前と同じに「シロエ」のもの。
記憶があちこち欠けているのも、その内に、きっと癒えてゆくのに違いない。
手がかりは家にドッサリとあるし、両親だって、教えてくれる筈。
「あら、忘れちゃったの?」だとか、「おやおや、覚えていないのかい?」などと。
(…ママたちは、全部、覚えてるから…)
消された記憶も、元に戻せることだろう。
時間はかかりそうだけれども、何もかも、全部。
最高だよね、とシロエは笑みを浮かべて夢の翼を羽ばたかせる。
Eー1077からネバーランドへ、ネバーランドから、故郷の家へ。
(ピーターパンと飛んで行ったら、アッと言う間に…)
楽しくて長い旅は終わって、また、じきに夜がやって来る。
ピーターパンが迎えに来る夜、ティンカーベルが飛んで来る夜が。
(…Eー1077まで、ピーターパンが来てくれたなら…)
あくる日に、何が待っていようが、断りはしない。
メンバーズ・エリートに選ばれるための、最終の試験だったとしたって、捨ててゆくだろう。
ステーションには二度と戻らないから、それでいい。
(…パパやママと、ずっと暮らしてゆけるんだから…)
メンバーズとしての未来なんかは、何も要らない。
国家主席を目指す野望も、機械を止める目標だって、捨ててしまって後悔はしない。
(…だって、そうしようと思っているのは…)
いつか記憶を取り戻すためで、それ以外の意味は、ただの「後付け。
他の子たちの未来などより、自分自身の未来が大切。
(…ピーターパンが来てくれるんなら、そうだよね…?)
この牢獄から「シロエ」を自由にしてくれるのだし、後は自分の好きに出来るし…。
(…夜になったらネバーランドで、昼間は、パパやママと暮らして…)
年だって、きっと、取らないんだよ、と夢は大きく広がったけれど、ハタと気付いた。
「そういう世界」を夢に見るのは、シロエが「過去を失くした」から。
故郷の家も、両親のことも、もう、おぼろにしか覚えてはいない。
だからこそ、故郷に帰ることが夢なのだけれど、これが「子供時代のシロエ」だったら…。
(…ネバーランドに行った後には、どうしてたかな…?)
ピーターパンが「家に送るよ」と言い出した時は、どうするだろう。
いそいそと後についてゆくのか、「帰りたくないよ!」と、駄々をこねるか。
(……家には、いつでも帰れるんだし……)
駄々をこねる方を「やってしまいそう」な気がする。
「もっと遊ぶよ」と、「帰るのは、明日でもかまわないでしょ?」と我儘を言って。
(…本当に自由な子供だったら…)
「家に帰ろう」と言われた時には、逆の方へと転がるだろう。
いつでも帰れて、「其処にある家」、急いで戻る必要は無いし、帰るよりかは夢の国がいい。
ネバーランドで遊び続けて、家のことなど忘れてしまいそうなのが「本物の子供」。
(…そうなっちゃうのが、子供らしい子で…)
けれど、それでは「よろしくない」から、ピーターパンが「家に送るよ」と申し出るだけ。
「朝までに、家に帰らないと」と、「夜になったら、迎えに行くから」と教え諭して。
(…その筈なのに、今のぼくだと…)
ピーターパンの申し出を聞いて、嫌がりもせずに、むしろ進んで「帰ってゆく」。
「本当に家に帰れるの?」と目を輝かせて、大喜びして、ピーターパンと空に舞い上がって。
(……これじゃ駄目だよ……)
そんなの、子供なんかじゃない、と「シロエ」にも分かる。
Eー1077に来て以来、ずっと、機械に抵抗し続けて来た。
マザー・イライザも、SD体制も受け入れはせずに、否定しているつもりなのに…。
(…ぼくは、すっかり変わっちゃってる…)
これじゃ大人と変わらないよ、と恐ろしいけれど、「成人検査」のせいなのかどうか。
(…成人検査、って言うくらいだし…)
あのくらいの年が節目で、子供から大人になるのだろうか。
自分では意識していなくても、何かが変わってしまう年頃なのか。
(…そうだとしたら…)
ピーターパンが迎えに来た時、「家に帰れる!」と思う「シロエ」は「子供ではない」。
機械のせいでも、成人検査のせいでもなくて、シロエ自身が「そうなった」。
ピーターパンの本の中にも、そういう話は描かれている。
「子供から、大人になってゆく子」が、くっきりと描写されていて。
(…もしかしたら、ぼくはとっくに…)
子供の心を失くしてしまって、ネバーランドに行ける資格も無いのだろうか。
こんなに焦がれて、いつか行きたくて、子供の頃から夢を見たのに。
(…そんなの、酷いよ…)
絶対に違う、と機械のせいにしたいけれども、何処かで「違う」と声が聞こえる。
「家に帰りたい、と思う子供は、いやしないよ」と、幼かった日の「シロエ」の声が。
「ネバーランドに連れてって貰えて、その後、直ぐに帰りたかった?」と問い掛けて来る。
「違うでしょ?」と、「もっと遊びたいでしょ」と、「それがホントの子供なんだよ」と。
(……ぼくのせいなの……?)
自分で勝手に「大人になって」しまってるの、と愕然としても、そうでしかない。
機械に記憶を消されたせいで「家に帰りたい」のは、本当だけれど…。
(…ぼくが今でも、子供だったら…)
ろくに覚えていない「家」に帰ってゆくより、ネバーランドがいいだろう。
「もっと遊ぶよ」と、「どうせ家なんか、覚えてないし」と、アッサリと捨てて。
(…二度と家には帰れなくって…)
Eー1077にも戻れなくても、「本物の子供」は「気にも留めない」。
ネバーランドの住人になって、家も故郷も、失くしたとしても。
(ピーターパンやティンカーベルと、ずっと暮らして…)
自由気ままに遊び回って、生き生きとしていることだろう。
ピーターパンの本に書かれた世界と違って、「大人と子供は、違う世界」なのが今だから。
(…記憶が無いなら、帰らなくても…)
ピーターパンだって、「帰らないと」とは言い出さないのに違いない。
「ずっと、ネバーランドにいていいよ」と、許してくれるだけで。
(…家まで送るよ、って言われた時に…)
ぼくは間違った答えをするの、と怖いけれども、それでも家に帰りたい。
ネバーランドには「二度と行けなくなっても」、故郷の家に戻れるのならば。
両親の家で暮らしてゆけるというなら、その道でいい。
(……子供の夢ではなさそうだけど……)
帰れるのなら、それでいいよ、と「どうやら、子供ではない」シロエの心で答えを出す。
「ネバーランドか、家を選ぶか、二つに一つだったら、家の方だ」と。
夢の国だけで生きてゆくには、今の「シロエ」は、きっと、向いていない。
今も「故郷」も「両親のこと」も、どうしても「忘れられない」から。
本物の子供が選ぶようには、気ままに「家を捨てられない」から…。
子供だったら・了
※ネバーランドに行くか、故郷の家に帰るか、選べるのなら、どっちかな、というお話。
子供時代のシロエだったら、ネバーランドになりそうですけど、今のシロエは違いそう。
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(…地球か…)
まさか、ああいう星だとはな、とキースは深い溜息を零す。
国家騎士団総司令として、初めて、「地球」を視察して来た。
マザー・イライザから教わった知識、その中にある地球は、美しく、「青い」。
(…地球の上では、選ばれた者たちだけが暮らしていて…)
人類の聖地、地球が再び損なわれないよう、気を配っていると思っていた。
地球は一度は滅びた星で、蘇るまでに長い年月を要したのだから。
(…しかし、この目で眺めた地球は、赤くて…)
今も残った海は、毒素のために「何も棲めない」。
地表は酷く砂漠化したまま、朽ち果てたビル群が今も在るだけ。
(……地球の座標が、極秘にされているわけだ……)
あれは「見せられない」からな、と暗澹とした気持ちになる。
視察の旅から戻ったノアで、夜更けに、一人きりの個室で。
(…私でさえも、これほどまでに…)
衝撃を受けているような有様、普通の者には耐えられはしない。
だからこそ、地球の座標は極秘で、機密事項になっているのだろう。
何も知らない民間人などが、興味本位で「地球を見よう」と思わないように。
(聖地、地球への、一般人の降下は、そもそも、禁止なのだが…)
降下出来ない星であっても、近くまで来れば、見てみたくなる。
民間船で飛んでゆく航路、其処から「地球が近い」となったら、要望も出そう。
「少しだけ、地球を見せてくれないか」と、航路に詳しい乗客から。
(目的地に着くのが、遅くなっても…)
聖地の「地球」を見られるとなれば、誰からも文句は出ないだろう。
「私も見たい」と言い出す者はあっても、「地球はいいから、急いでくれ」とは…。
(…誰一人、言いはしないだろうな…)
場合によっては、船長自ら、客に提案しかねない。
「運良く、地球に近い所を通るようです。如何ですか?」と、航路を少し外れることを。
(……有り得るどころか、起きるとしか……)
思えないから、地球の座標は伏せられている。
「地球の本当の姿」は、けして「知られてはいけない」。
SD体制を敷いた成果が、「まるで無かった」ことを皆が目にすることになるから。
そのこと自体は、直ちに「危機」には繋がらないだろう。
機械が統治する世界で生まれ育った者は、基本的には、システムに従う。
(…青い地球には戻っていない、と知っても、それだけでは…)
システムに逆らい、体制打倒を目指して動き出すほどの気概は無くて、其処はいい。
問題は「心」の方にある。
(…生まれた時から、地球のために、と教育を受けて…)
地球に憧れ、夢を見るから、人類にとっての「地球」は生き甲斐と言える。
優れた者になれた場合は、地球で暮らせて、文字通り「褒美」を貰える世界。
(その地球が、実は「無い」などと…)
知れば、誰もが生き甲斐を失くす。
やる気を失い、人類軍から離脱するような者さえ、出かねない。
(…もっとも、軍にも、地球の真実を知る者はいるが…)
でなければ、視察に行くことも出来ん、と思いはしても、自信は無い。
「国家騎士団総司令」のキース、「彼」の船を地球へ運んだ者たちの「今」は、どうなのか。
(…記憶処理されて、違う行先へ飛んだ旅だと思っているか…)
あるいは「青い地球を見た」と、記憶を換えられているか。
どちらかだろう、という気がする。
キース直属のセルジュたちやら、側近のマツカは、「赤かった地球」を、今も覚えていても。
(…とはいえ、彼らの記憶も、それほどには…)
正しくないかもしれないな、と不安しか無い。
「キース」と「地球の話」が出来る程度に、必要な要素だけを残して、他は「無い」とか。
(…機械なら、出来る…)
彼らが動揺しないようにと、記憶を「少し」書き換えるだけのことなのだから。
機械が「どれほど」の能力を持って、どれほど「傲慢」か、それは充分、承知している。
(…私自身が、その産物で…)
無から生まれた生命だからな、と自嘲の笑みが込み上げてくる。
「キース」は、まさに「作られた」命。
人類と地球を導くためにと、機械が幾度も実験を重ね、生み出された「モノ」。
「キース」を作り上げたような「機械」は、どんなことでもするだろう。
地球で出会った、地球再生機構の者にしたって、現場を離れる時には、どうなるのか。
(どう考えてみても、記憶処理しか…)
有り得ないな、と断言出来る。
SD体制が始まって以来、一度も「真実」が漏れたことなどは「無い」。
「地球は赤い」と、噂が流れたことが無いなら、結論は一つ。
(……記憶処理……)
リボーンの者さえ、地球で「地球再生機構」の一員を務めてはいても、機械の信用はゼロ。
地球を離れる時が来る度、別の記憶を植え付けられる。
「地球の真実」を、ウッカリ話さないように。
誰かに何かを尋ねられても、「失言」をしたりしないように、と。
(…其処までして、隠し続けて来て…)
長い歳月を経たというのに、地球は未だに赤い星。
「キース」の命がある間などに、青い星に戻る筈も無い。
なのに、「キース」は、「導くしかない」。
「地球は青い」と思う者たち、彼らを遥か「未来」に向けて。
ミュウという脅威が出現した今、それが「出来る者」など、他には「誰一人、いない」。
機械が作った「キース」だけしか、その任を務められはしない。
「青い地球」など、幻想でも。
何処までも「真実」を隠し続けて、嘘をつき、騙すことになっても。
(…なんとも、皮肉で…)
酷い話だ、と零れ落ちるのは、溜息ばかり。
「なんと似合いの指導者だろう」と、「キース」の行き着く先を思って。
(今は軍人、国家騎士団総司令だが…)
グランド・マザーの思惑は、其処で終わりではない。
いずれ「キース」を、初の「軍人出身の元老」に選び、政治家の道を歩ませる。
パルテノン入りをさせた後には、ひたすら昇進させ続けるだけ。
(……二百年以上も、空席のままの……)
国家主席に就任すること、それがグランド・マザーの目的で、手段を選びはしない。
(私自身にも、暗殺の危機は多いわけだが…)
逆に「誰か」を暗殺してでも、「国家主席になる」しかないのが、「キース」の行く先。
でないと、人類を導くための「立場」に立てはしないから。
(…そうやって、国家主席になるまでは、いいが…)
傍目には「異例の昇進」で「出世」、セルジュたちは大喜びだろう。
マツカも、「おめでとうございます」と、穏やかな笑みを浮かべる筈だけれども…。
(人類の頂点に立った「キース」は、機械が作った命でしかなくて…)
天にも地にも、触れることなく「育て上げられた」わけなのだが…、と情けなくなる。
Eー1077に「空」は無かった。
水槽の中に「地面」は無くて、「大気」さえも満ちていなかった。
「機械が作った者でなければ」、誰でも、当たり前のように「知っている」のに。
(…どんな育英惑星だろうが、見上げれば、空で…)
足の下には「地面」、いわゆる「大地」が広がっている。
テラフォーミングされた星でも、空と大地と空気が無ければ、育英惑星に選ばれはしない。
(…人類の都合で作った星といえども、それなりに…)
神の創造物の「空」と「大地」と、「大気」が揃って「子供たち」を育ててゆく。
「いつか、地球まで行けるといいな」と、夢を抱いて育つ子たちを。
(それらの内の、何一つとして…)
知りもしないまま、「キース」は育った。
ご丁寧にも、Eー1077で「水槽から出た後」の教育期間までも、空は無かった。
(もちろん、大地もあるわけがなくて…)
空気さえも「人工的に作られ、循環していた」だけの世界が、Eー1077。
宇宙に浮かぶステーションでは、空も大地も、大気も「ありはしない」のだから。
(…神の創造物にさえ、触れずに育って…)
生まれも「無から生まれた者」な「キース」なのだし、ある意味、とても似合いだと言える。
「青くない地球」で、皆を欺き、導くなら。
機械が描くシナリオ通りに、この先も「生きてゆく」のなら。
(……赤い地球か……)
私には似合いで相応しいな、と思うけれども、何故か虚しい。
「このために、私を作ったのか」と。
嘘偽りで固められた世界、それを導く者になるには、「私しかいない」という現実。
それが本当に正しいかどうか、誰が答えを出すのだろう。
神なのか、あるいは「ミュウ」が出すのか、いつか答えが出る日まで…。
(…やってやるさ…)
他に道など無いのだしな、と「キース」は決意するしかない。
「こんな指導者でいいのだったら、やるより他に無いだろうが」と、溜息をついて…。
似合いの星・了
※キースの育ちだと、「外の世界」は知らないよね、と思った所から生まれたお話。
フィシスは子供の間に出されてますけど、キースは水槽から出ても「人工のステーション」。
まさか、ああいう星だとはな、とキースは深い溜息を零す。
国家騎士団総司令として、初めて、「地球」を視察して来た。
マザー・イライザから教わった知識、その中にある地球は、美しく、「青い」。
(…地球の上では、選ばれた者たちだけが暮らしていて…)
人類の聖地、地球が再び損なわれないよう、気を配っていると思っていた。
地球は一度は滅びた星で、蘇るまでに長い年月を要したのだから。
(…しかし、この目で眺めた地球は、赤くて…)
今も残った海は、毒素のために「何も棲めない」。
地表は酷く砂漠化したまま、朽ち果てたビル群が今も在るだけ。
(……地球の座標が、極秘にされているわけだ……)
あれは「見せられない」からな、と暗澹とした気持ちになる。
視察の旅から戻ったノアで、夜更けに、一人きりの個室で。
(…私でさえも、これほどまでに…)
衝撃を受けているような有様、普通の者には耐えられはしない。
だからこそ、地球の座標は極秘で、機密事項になっているのだろう。
何も知らない民間人などが、興味本位で「地球を見よう」と思わないように。
(聖地、地球への、一般人の降下は、そもそも、禁止なのだが…)
降下出来ない星であっても、近くまで来れば、見てみたくなる。
民間船で飛んでゆく航路、其処から「地球が近い」となったら、要望も出そう。
「少しだけ、地球を見せてくれないか」と、航路に詳しい乗客から。
(目的地に着くのが、遅くなっても…)
聖地の「地球」を見られるとなれば、誰からも文句は出ないだろう。
「私も見たい」と言い出す者はあっても、「地球はいいから、急いでくれ」とは…。
(…誰一人、言いはしないだろうな…)
場合によっては、船長自ら、客に提案しかねない。
「運良く、地球に近い所を通るようです。如何ですか?」と、航路を少し外れることを。
(……有り得るどころか、起きるとしか……)
思えないから、地球の座標は伏せられている。
「地球の本当の姿」は、けして「知られてはいけない」。
SD体制を敷いた成果が、「まるで無かった」ことを皆が目にすることになるから。
そのこと自体は、直ちに「危機」には繋がらないだろう。
機械が統治する世界で生まれ育った者は、基本的には、システムに従う。
(…青い地球には戻っていない、と知っても、それだけでは…)
システムに逆らい、体制打倒を目指して動き出すほどの気概は無くて、其処はいい。
問題は「心」の方にある。
(…生まれた時から、地球のために、と教育を受けて…)
地球に憧れ、夢を見るから、人類にとっての「地球」は生き甲斐と言える。
優れた者になれた場合は、地球で暮らせて、文字通り「褒美」を貰える世界。
(その地球が、実は「無い」などと…)
知れば、誰もが生き甲斐を失くす。
やる気を失い、人類軍から離脱するような者さえ、出かねない。
(…もっとも、軍にも、地球の真実を知る者はいるが…)
でなければ、視察に行くことも出来ん、と思いはしても、自信は無い。
「国家騎士団総司令」のキース、「彼」の船を地球へ運んだ者たちの「今」は、どうなのか。
(…記憶処理されて、違う行先へ飛んだ旅だと思っているか…)
あるいは「青い地球を見た」と、記憶を換えられているか。
どちらかだろう、という気がする。
キース直属のセルジュたちやら、側近のマツカは、「赤かった地球」を、今も覚えていても。
(…とはいえ、彼らの記憶も、それほどには…)
正しくないかもしれないな、と不安しか無い。
「キース」と「地球の話」が出来る程度に、必要な要素だけを残して、他は「無い」とか。
(…機械なら、出来る…)
彼らが動揺しないようにと、記憶を「少し」書き換えるだけのことなのだから。
機械が「どれほど」の能力を持って、どれほど「傲慢」か、それは充分、承知している。
(…私自身が、その産物で…)
無から生まれた生命だからな、と自嘲の笑みが込み上げてくる。
「キース」は、まさに「作られた」命。
人類と地球を導くためにと、機械が幾度も実験を重ね、生み出された「モノ」。
「キース」を作り上げたような「機械」は、どんなことでもするだろう。
地球で出会った、地球再生機構の者にしたって、現場を離れる時には、どうなるのか。
(どう考えてみても、記憶処理しか…)
有り得ないな、と断言出来る。
SD体制が始まって以来、一度も「真実」が漏れたことなどは「無い」。
「地球は赤い」と、噂が流れたことが無いなら、結論は一つ。
(……記憶処理……)
リボーンの者さえ、地球で「地球再生機構」の一員を務めてはいても、機械の信用はゼロ。
地球を離れる時が来る度、別の記憶を植え付けられる。
「地球の真実」を、ウッカリ話さないように。
誰かに何かを尋ねられても、「失言」をしたりしないように、と。
(…其処までして、隠し続けて来て…)
長い歳月を経たというのに、地球は未だに赤い星。
「キース」の命がある間などに、青い星に戻る筈も無い。
なのに、「キース」は、「導くしかない」。
「地球は青い」と思う者たち、彼らを遥か「未来」に向けて。
ミュウという脅威が出現した今、それが「出来る者」など、他には「誰一人、いない」。
機械が作った「キース」だけしか、その任を務められはしない。
「青い地球」など、幻想でも。
何処までも「真実」を隠し続けて、嘘をつき、騙すことになっても。
(…なんとも、皮肉で…)
酷い話だ、と零れ落ちるのは、溜息ばかり。
「なんと似合いの指導者だろう」と、「キース」の行き着く先を思って。
(今は軍人、国家騎士団総司令だが…)
グランド・マザーの思惑は、其処で終わりではない。
いずれ「キース」を、初の「軍人出身の元老」に選び、政治家の道を歩ませる。
パルテノン入りをさせた後には、ひたすら昇進させ続けるだけ。
(……二百年以上も、空席のままの……)
国家主席に就任すること、それがグランド・マザーの目的で、手段を選びはしない。
(私自身にも、暗殺の危機は多いわけだが…)
逆に「誰か」を暗殺してでも、「国家主席になる」しかないのが、「キース」の行く先。
でないと、人類を導くための「立場」に立てはしないから。
(…そうやって、国家主席になるまでは、いいが…)
傍目には「異例の昇進」で「出世」、セルジュたちは大喜びだろう。
マツカも、「おめでとうございます」と、穏やかな笑みを浮かべる筈だけれども…。
(人類の頂点に立った「キース」は、機械が作った命でしかなくて…)
天にも地にも、触れることなく「育て上げられた」わけなのだが…、と情けなくなる。
Eー1077に「空」は無かった。
水槽の中に「地面」は無くて、「大気」さえも満ちていなかった。
「機械が作った者でなければ」、誰でも、当たり前のように「知っている」のに。
(…どんな育英惑星だろうが、見上げれば、空で…)
足の下には「地面」、いわゆる「大地」が広がっている。
テラフォーミングされた星でも、空と大地と空気が無ければ、育英惑星に選ばれはしない。
(…人類の都合で作った星といえども、それなりに…)
神の創造物の「空」と「大地」と、「大気」が揃って「子供たち」を育ててゆく。
「いつか、地球まで行けるといいな」と、夢を抱いて育つ子たちを。
(それらの内の、何一つとして…)
知りもしないまま、「キース」は育った。
ご丁寧にも、Eー1077で「水槽から出た後」の教育期間までも、空は無かった。
(もちろん、大地もあるわけがなくて…)
空気さえも「人工的に作られ、循環していた」だけの世界が、Eー1077。
宇宙に浮かぶステーションでは、空も大地も、大気も「ありはしない」のだから。
(…神の創造物にさえ、触れずに育って…)
生まれも「無から生まれた者」な「キース」なのだし、ある意味、とても似合いだと言える。
「青くない地球」で、皆を欺き、導くなら。
機械が描くシナリオ通りに、この先も「生きてゆく」のなら。
(……赤い地球か……)
私には似合いで相応しいな、と思うけれども、何故か虚しい。
「このために、私を作ったのか」と。
嘘偽りで固められた世界、それを導く者になるには、「私しかいない」という現実。
それが本当に正しいかどうか、誰が答えを出すのだろう。
神なのか、あるいは「ミュウ」が出すのか、いつか答えが出る日まで…。
(…やってやるさ…)
他に道など無いのだしな、と「キース」は決意するしかない。
「こんな指導者でいいのだったら、やるより他に無いだろうが」と、溜息をついて…。
似合いの星・了
※キースの育ちだと、「外の世界」は知らないよね、と思った所から生まれたお話。
フィシスは子供の間に出されてますけど、キースは水槽から出ても「人工のステーション」。
(結局の所、殺し合いを教わっているわけだよね…)
極端に言えば、とシロエが夜の個室で、ふと考えたこと。
Eー1077に連れて来られて、早くも数ヶ月が過ぎてしまった。
その間、ずっと目指し続けて、今も目指している将来のために、訓練が続く。
(…メンバーズ・エリート…)
ほんの数人しか選出されない、それになれたら、未来は明るいものらしい。
腕次第で昇進して行ったならば、いずれは国家主席の地位に就くことも出来る。
(国家主席になれたら、ぼくがやるのは…)
SD体制を敷いた機械に「止まれ」と命じて、今の世界を変えること。
そうするんだ、と頑張る日々だけれども…。
(…メンバーズならではの、厳しい訓練内容は…)
格闘技や射撃、それに兵器の扱い方など。
今は宇宙空間でしている訓練にしても、基礎をマスターしさえしたなら…。
(…戦闘機のための訓練になって…)
敵機を撃墜する方法とか、爆撃を覚えることになるのだろう。
メンバーズになるなら、必須だけれども、その内容が問題だった。
どう考えても「殺し合い」のためでしかない。
遠い昔の時代はともかく、何故、今、殺し合いなのか。
(…SD体制の仕組みからして、昔みたいな悪者なんかは…)
いるわけがないと思うんだけど、とシロエは顎に手を当てた。
機械が治める、出産までもが管理された世界で「悪者」は生まれようがない。
ユニバーサルの教育を受けて育って、成人検査で記憶まで変える。
子供時代も機械の管理下、問題のある子は呼び出される。
(…ぼくは一度も、そういうのは…)
無かったけれども、呼ばれた子供は、お説教では済まなかっただろう。
恐らく、機械が関与した筈で、まずは監視で、矯正が難しそうな場合なら…。
(記憶処理とか、操作とか…)
上手い具合にやって手懐け、「いい子」に変えていたのだと思う。
大人になっても、機械は何処かで必ず見ていて、必要ならば手を下しそう。
Eー1077で、マザー・イライザがやっているように、呼び付けて、記憶処理をして。
考えるほどに、悪者が生まれない世界。
ピーターパンの時代みたいに、「どうしようもない悪」は、存在出来そうにない。
(…ピーターパンも、海賊をやっつけてたけど…)
ああいう類の「悪」は、きっと何処にもいないだろう。
それならば、どうして「殺し合い」の技を学ぶのか。
本物の悪がいない世界で、いつ、どうやって技を使うのか。
(……宇宙海賊に、反乱分子……)
それらが敵だ、と習うけれども、彼らを本当に「悪」と呼んでいいのか。
宇宙海賊になった者たちは、元は軍人やパイロットなどで、不満があって飛び出した者。
彼らが抱いた不満の根っこにあるものは、SD体制に違いない。
機械に従う上司に逆らい、組織を抜けて去った者たち。
(…自分の意志で生きてゆくために…)
海賊になるしか無かっただけで、「フック船長」とは全く異なる。
彼らにだって、他の生き方があれば、それを選択出来たろう。
機械の支配を免れる星で、のんびり農作業でもして。
(…移住には向かないような星でも、其処で自由に生きられるなら…)
酷寒だろうが、酷暑だろうが、喜んで移住しそうではある。
メンバーズに追われて殺されるような、宇宙海賊よりも遥かにマシなのだから。
(…反乱分子と呼ばれてるのも…)
機械の支配に逆らったからで、SD体制に異を唱えた者。
つまりは、宇宙海賊も、反乱分子も、シロエに、とても近しいと言える。
シロエ自身も、何処かで一つ道が変われば、そちらに転がってしまいそう。
「メンバーズになって、世界を変える」という、大きな目標が無かったならば。
(…ぼくが教わってることは…)
ぼくと考え方が近い人間を殺す方法なんだ、と気付かされると、溜息しか出ない。
それを覚えてゆくしかなくても、「自分と考えが似た人間」を殺して昇進するなんて、と。
(……仕方ないけど……)
国家主席になるためにはね、と分かってはいても、何処か釈然としない。
一時の迷いだと首を振ってみても、頭の中から消えてくれない。
眠れば、消えていそうとはいえ、眠りたい気もして来ない。
どうして、こんな道に来たのか、他に行く道は無かったのか、という気がして。
(…メンバーズになって、地球へ行くんだ、って…)
幼い頃から描いていた夢、その夢は正しかったのか。
世界を変える道に行くのは、本当に「幸せな道」と言っていいのか。
(…何も考えていなかったけれど…)
ただ、がむしゃらに進んだけれども、来た先は「殺し合い」を学ぶ道だった。
故郷の父がやっていたような、平和な研究などではなくて。
(パパみたいな道へ行こうだなんて、ただの一度も…)
考えたことは無かったわけで、目指そうと夢見たことさえも無い。
なにしろ、成績は抜群だったし、運動神経も群を抜いていたのだから。
(先生だって、メンバーズに選ばれそうだ、って…)
褒めてくれたのを覚えている。
友人の数こそ少なかったけれど、問題にされはしなかった。
メンバーズになれば守秘義務もあるし、適性の内だと判断していたのだろう。
自分で夢見て、周りも期待したのが「メンバーズ」の道で、今いる、Eー1077。
エリートを育てる最高学府なのだけれども、その正体は「殺し合い」を学ぶための場所。
故郷の父も、先生たちも、そうだと知っていたのかどうか。
(…多分、知らない…)
知っていたとしても、漠然とだけ、と確信に満ちた思いがある。
軍事訓練を受ける場所だ、と知っているだけで、結果が何に結び付くかは気付いていない。
シロエが「殺し合い」の場に出撃するとか、星を爆撃するとかなどには。
なんという道に来たのだろう、と頭を抱えてしまいたくなる。
「本当の悪」などいない時代に、機械に「悪」とされた人間だけを選んで殺すだなんて。
(…だけど、ぼくには、この道だけしか…)
見えていなくて、実際、其処を進んで来た。
成人検査で記憶を消されて、酷い屈辱を味わわされても、いつか機械に復讐は出来る。
そういう道に来られたわけだし、国家主席になれさえすれば。
(……そうなんだけれど……)
本当に「これ」しか無かったのかな、と首を捻る間に、不意に浮かんで来た思考。
頭脳はともかく、もしも身体が駄目だったなら、と。
(…うんと弱いとか、足に大きな怪我をしたとか…)
そういう子供は、どう頑張っても、Eー1077に来られはしない。
軍事訓練を受けるためには、頑丈な身体が必要なのだし、故障を抱えた身体でも無理。
かといって、成人検査にかこつけて「消してしまう」には、惜しい人材だったなら…。
(機械だったら、別の道を用意する筈だよね…)
父のような研究職に就くなら、虚弱でも、足が動かなくても、問題は無い。
頭脳さえあれば充分な職で、他はどうとでもなるのだから。
(…そっちの方なら、ぼくは今頃…)
研究者への道を進んで、平和に暮らしていただろう。
殺し合いなど学びはしないで、毎日、知識を増やし続けて、研究もして。
(……その道だったら……)
研究している内容次第で、父のような道もあったろう。
子供を育てるコースに入って、「いい父親」になってゆく道が。
(…お父さんになる道を行くなら、子供時代の記憶にしても…)
今ほど消されはしないのでは、と前から薄々、感じてはいる。
子供時代を忘れてしまえば、子供の心は理解出来ない。
「いい養父母」になれはしないし、恐らく、記憶は「多めに」残る。
人殺しを学ぶメンバーズよりも、人間らしく生きられるように。
(……そっちの道でも、良かったのかな……)
正解は分からないけれど、と自分を慰めてみても、今夜は少し気が重い。
もしも「弱い子」に生まれていたなら、違った未来があったんだろう、と思うから。
子供時代に足に大怪我をしても、違った道を歩めたから。
(…運がいいのか、悪かったのか…)
知っているのは神様だけだ、と溜息をついて、出来るのは祈ることしかない。
「この道で、間違っていませんように」と。
機械に「悪」とされた者たち、彼らを殺して昇進してゆくような道でも。
「シロエ」と考えが似ている人たち、彼らが流した血の上を踏んで歩む道でも…。
歩んでゆく道・了
※もしもシロエがメンバーズに不向きだったなら、と考えた所から出来たお話。
ミュウ因子の件はともかく、それが無ければ、メンバーズ以外のコースに行けたのかも…。
極端に言えば、とシロエが夜の個室で、ふと考えたこと。
Eー1077に連れて来られて、早くも数ヶ月が過ぎてしまった。
その間、ずっと目指し続けて、今も目指している将来のために、訓練が続く。
(…メンバーズ・エリート…)
ほんの数人しか選出されない、それになれたら、未来は明るいものらしい。
腕次第で昇進して行ったならば、いずれは国家主席の地位に就くことも出来る。
(国家主席になれたら、ぼくがやるのは…)
SD体制を敷いた機械に「止まれ」と命じて、今の世界を変えること。
そうするんだ、と頑張る日々だけれども…。
(…メンバーズならではの、厳しい訓練内容は…)
格闘技や射撃、それに兵器の扱い方など。
今は宇宙空間でしている訓練にしても、基礎をマスターしさえしたなら…。
(…戦闘機のための訓練になって…)
敵機を撃墜する方法とか、爆撃を覚えることになるのだろう。
メンバーズになるなら、必須だけれども、その内容が問題だった。
どう考えても「殺し合い」のためでしかない。
遠い昔の時代はともかく、何故、今、殺し合いなのか。
(…SD体制の仕組みからして、昔みたいな悪者なんかは…)
いるわけがないと思うんだけど、とシロエは顎に手を当てた。
機械が治める、出産までもが管理された世界で「悪者」は生まれようがない。
ユニバーサルの教育を受けて育って、成人検査で記憶まで変える。
子供時代も機械の管理下、問題のある子は呼び出される。
(…ぼくは一度も、そういうのは…)
無かったけれども、呼ばれた子供は、お説教では済まなかっただろう。
恐らく、機械が関与した筈で、まずは監視で、矯正が難しそうな場合なら…。
(記憶処理とか、操作とか…)
上手い具合にやって手懐け、「いい子」に変えていたのだと思う。
大人になっても、機械は何処かで必ず見ていて、必要ならば手を下しそう。
Eー1077で、マザー・イライザがやっているように、呼び付けて、記憶処理をして。
考えるほどに、悪者が生まれない世界。
ピーターパンの時代みたいに、「どうしようもない悪」は、存在出来そうにない。
(…ピーターパンも、海賊をやっつけてたけど…)
ああいう類の「悪」は、きっと何処にもいないだろう。
それならば、どうして「殺し合い」の技を学ぶのか。
本物の悪がいない世界で、いつ、どうやって技を使うのか。
(……宇宙海賊に、反乱分子……)
それらが敵だ、と習うけれども、彼らを本当に「悪」と呼んでいいのか。
宇宙海賊になった者たちは、元は軍人やパイロットなどで、不満があって飛び出した者。
彼らが抱いた不満の根っこにあるものは、SD体制に違いない。
機械に従う上司に逆らい、組織を抜けて去った者たち。
(…自分の意志で生きてゆくために…)
海賊になるしか無かっただけで、「フック船長」とは全く異なる。
彼らにだって、他の生き方があれば、それを選択出来たろう。
機械の支配を免れる星で、のんびり農作業でもして。
(…移住には向かないような星でも、其処で自由に生きられるなら…)
酷寒だろうが、酷暑だろうが、喜んで移住しそうではある。
メンバーズに追われて殺されるような、宇宙海賊よりも遥かにマシなのだから。
(…反乱分子と呼ばれてるのも…)
機械の支配に逆らったからで、SD体制に異を唱えた者。
つまりは、宇宙海賊も、反乱分子も、シロエに、とても近しいと言える。
シロエ自身も、何処かで一つ道が変われば、そちらに転がってしまいそう。
「メンバーズになって、世界を変える」という、大きな目標が無かったならば。
(…ぼくが教わってることは…)
ぼくと考え方が近い人間を殺す方法なんだ、と気付かされると、溜息しか出ない。
それを覚えてゆくしかなくても、「自分と考えが似た人間」を殺して昇進するなんて、と。
(……仕方ないけど……)
国家主席になるためにはね、と分かってはいても、何処か釈然としない。
一時の迷いだと首を振ってみても、頭の中から消えてくれない。
眠れば、消えていそうとはいえ、眠りたい気もして来ない。
どうして、こんな道に来たのか、他に行く道は無かったのか、という気がして。
(…メンバーズになって、地球へ行くんだ、って…)
幼い頃から描いていた夢、その夢は正しかったのか。
世界を変える道に行くのは、本当に「幸せな道」と言っていいのか。
(…何も考えていなかったけれど…)
ただ、がむしゃらに進んだけれども、来た先は「殺し合い」を学ぶ道だった。
故郷の父がやっていたような、平和な研究などではなくて。
(パパみたいな道へ行こうだなんて、ただの一度も…)
考えたことは無かったわけで、目指そうと夢見たことさえも無い。
なにしろ、成績は抜群だったし、運動神経も群を抜いていたのだから。
(先生だって、メンバーズに選ばれそうだ、って…)
褒めてくれたのを覚えている。
友人の数こそ少なかったけれど、問題にされはしなかった。
メンバーズになれば守秘義務もあるし、適性の内だと判断していたのだろう。
自分で夢見て、周りも期待したのが「メンバーズ」の道で、今いる、Eー1077。
エリートを育てる最高学府なのだけれども、その正体は「殺し合い」を学ぶための場所。
故郷の父も、先生たちも、そうだと知っていたのかどうか。
(…多分、知らない…)
知っていたとしても、漠然とだけ、と確信に満ちた思いがある。
軍事訓練を受ける場所だ、と知っているだけで、結果が何に結び付くかは気付いていない。
シロエが「殺し合い」の場に出撃するとか、星を爆撃するとかなどには。
なんという道に来たのだろう、と頭を抱えてしまいたくなる。
「本当の悪」などいない時代に、機械に「悪」とされた人間だけを選んで殺すだなんて。
(…だけど、ぼくには、この道だけしか…)
見えていなくて、実際、其処を進んで来た。
成人検査で記憶を消されて、酷い屈辱を味わわされても、いつか機械に復讐は出来る。
そういう道に来られたわけだし、国家主席になれさえすれば。
(……そうなんだけれど……)
本当に「これ」しか無かったのかな、と首を捻る間に、不意に浮かんで来た思考。
頭脳はともかく、もしも身体が駄目だったなら、と。
(…うんと弱いとか、足に大きな怪我をしたとか…)
そういう子供は、どう頑張っても、Eー1077に来られはしない。
軍事訓練を受けるためには、頑丈な身体が必要なのだし、故障を抱えた身体でも無理。
かといって、成人検査にかこつけて「消してしまう」には、惜しい人材だったなら…。
(機械だったら、別の道を用意する筈だよね…)
父のような研究職に就くなら、虚弱でも、足が動かなくても、問題は無い。
頭脳さえあれば充分な職で、他はどうとでもなるのだから。
(…そっちの方なら、ぼくは今頃…)
研究者への道を進んで、平和に暮らしていただろう。
殺し合いなど学びはしないで、毎日、知識を増やし続けて、研究もして。
(……その道だったら……)
研究している内容次第で、父のような道もあったろう。
子供を育てるコースに入って、「いい父親」になってゆく道が。
(…お父さんになる道を行くなら、子供時代の記憶にしても…)
今ほど消されはしないのでは、と前から薄々、感じてはいる。
子供時代を忘れてしまえば、子供の心は理解出来ない。
「いい養父母」になれはしないし、恐らく、記憶は「多めに」残る。
人殺しを学ぶメンバーズよりも、人間らしく生きられるように。
(……そっちの道でも、良かったのかな……)
正解は分からないけれど、と自分を慰めてみても、今夜は少し気が重い。
もしも「弱い子」に生まれていたなら、違った未来があったんだろう、と思うから。
子供時代に足に大怪我をしても、違った道を歩めたから。
(…運がいいのか、悪かったのか…)
知っているのは神様だけだ、と溜息をついて、出来るのは祈ることしかない。
「この道で、間違っていませんように」と。
機械に「悪」とされた者たち、彼らを殺して昇進してゆくような道でも。
「シロエ」と考えが似ている人たち、彼らが流した血の上を踏んで歩む道でも…。
歩んでゆく道・了
※もしもシロエがメンバーズに不向きだったなら、と考えた所から出来たお話。
ミュウ因子の件はともかく、それが無ければ、メンバーズ以外のコースに行けたのかも…。
(…ネバーランドか…)
私には縁の無い場所だったな、とキースが心で呟いた地名。
それを地名と呼ぶかはともかく、場所の名前には違いない。
たとえ架空の場所であろうが、今は死の星になってしまった地球の上だと仮定されていようが。
けれど、懐かしい地名ではある。
その目で見たことは一度も無くても、まるで縁の無い場所であっても。
(……あらゆる意味で、私とは縁が無かったな……)
ただの一つも接点が無い、とキースは深い溜息を零す。
首都惑星ノアの、国家騎士団総司令の私室で、夜が更けた窓の外に目を遣って。
(…ピーターパンが飛んで来そうな空だ…)
此処が地球なら、と想像せずにはいられない。
もう側近のマツカも下がらせたから、何を思って夜空を見ようが、気付かれはしない。
こういった時に、ふと零れがちな「心の中身」を拾われもしない。
なんと言ってもマツカはミュウだし、いくらキースがガードしようと、完璧かどうか。
(日頃、あいつを便利に使っているからな…)
声に出さずに指示をするなど、よくある話。
むしろ、その方が多いとも言える。
ミュウという種族の特性からして、「一度、接触した相手」の思考は読みやすいと聞く。
キースの側から、一方的に命じるとはいえ、一方通行の思考だろうが…。
(接触には違いないのだし…)
現にマツカは、キースの思惑以上に、機敏に動く。
キースの心を読むまでもなく、意図することが「分かる」のだろう。
つまりそれだけ、マツカにとって、「キースの思考」は読み取りやすい。
正確に言えば、感じ取れるといったところか。
(……ピーターパンが飛んで来そうだ、などと考えていたならば……)
いったいマツカは、どう思うだろう。
熱でもあるかと心配するのか、違う方へと考えるのか。
(…どちらも、大いにありそうだ…)
マツカが「ネバーランド」を知っていたなら、きっと後者になるだろう。
とても意外だと驚きながらも、「キースも、読んでいたんですね」と、部屋に戻って微笑んで。
そう、マツカならば、知っているかもしれない。
ネバーランドが何処にあるかも、それが記された「ピーターパン」の本の中身も。
(…マツカが育った環境次第、ということになるか…)
養父母が本を買い与えたとか、友達に借りて読んだとか。
あるいは、本そのものに触れたことはなくても、内容を見聞きする可能性なら大いにある。
マツカは育英都市で育って、大勢の同級生や友達、上級生やら下級生とも交流があった。
(…いじめられやすいタイプの子ではあったのだろうが…)
引っ込み思案のマツカなのだし、そうしたことも無かったなどとは言い切れない。
いくら機械が管理していても、いじめられたり、泣かされたりといったトラブルは起きる。
もっとも、じきに機械が「それ」を察知し、教師たちが事態を収めに入る。
それで駄目なら、加害者の子は…。
(教育ステーションで言う、いわゆる「コール」というヤツで…)
ユニバーサル・コントロールの施設に呼ばれて、適切な「処置」を施される。
機械が心の中を読み取り、記憶処理やら、「より良い導き」をするという仕組み。
だから、大人の社会ほどには、マツカは「いじめられてはいなかった」だろう。
国家騎士団でされているような、「能無し野郎」と嘲り、軽んじられるような仕打ちは。
(…そこそこ平和な子供時代で、ピーターパンも読んでいて…)
マツカも、時には夜空を見上げて、ピーターパンの迎えを待っただろうか。
多分、シロエが「そうだった」ように、今か、今かと待ち焦がれて。
マツカも遠い日、故郷の星で、待ったかもしれない、ピーターパン。
「行きたいな」とネバーランドに憧れ、夢見たことも…。
(まるで無いとは言えないな…)
私の場合は、その機会さえも「無かった」のだが、とキースの思考が最初へと戻る。
本当に、もう文字通りに「機会」は無かった。
ピーターパンが迎えに来てくれる「子供時代」など、キースには「無かった」のだから。
(…私は機械に、水槽の中で育て上げられて…)
子供時代を「知らずに」過ごした。
キースを作る遺伝子データの「元になった」というミュウの女は、違ったのに。
(あの女は、まだ幼い内に…)
水槽から外の世界に出されて、教育された。
けれども、ミュウと判明したため、処分されると決まった所を、ソルジャー・ブルーが…。
(攫って行った、と記録が残っているからな…)
実験体を「幼い間に外に出す」のは、マイナスになる、と機械は考えた。
それ以降に「作られた」者たちは全て、水槽からは「出されていない」。
「キース」が外に出された頃より、もっと育った「サンプル」も、キースは知っている。
自分の生まれも、何もかも「今」は承知だけれども、まだ、それを知らなかった頃。
(シロエが告げた、フロア001には、とうとう辿り着けないままで…)
Eー1077を卒業し、後にして来た「キース」は、ごくごく「普通」に過ごしていた。
メンバーズ・エリートのコース通りに軍人になって、新人を指導する教官もやった。
自分が「何か」を知らないのだから、気楽だったと言えるだろう。
人類の未来を憂えるにしても、他の仲間たちと同列なのだし、特段、頭を悩ませはしない。
そんな日の中、手に取ったのが「ピーターパン」の本だった。
(…Eー1077を出てから、そうは経たない頃の話で…)
配属された先の軍での、初めての休暇だっただろうか。
街に出た時、入った書店で、そのタイトルを偶然、目にした。
(…シロエが持っていた本とは違って、装丁は大人向けだったが…)
コレだ、と何処かで声がしたから、買って帰った。
シロエを個室に匿った日に、パラパラと本を捲っていたから、じっくりと読んでみたかった。
何処がシロエを惹き付けたのか、その辺りを知りたかったから。
(…シロエの本を読んだ時には、SD体制には似合わない本だ、と…)
思った自分を覚えている。
ピーターパンは「大人にならない」子供で、SD体制の根幹とは逆と言えるだろう。
SD体制の時代においては、「大人になるのを拒否する」ことは、体制批判とされるから。
それなのに、何故、今の時代も「ピーターパン」の本があるのか。
不思議でたまらなかったけれども、蔵書になった本を読み返す内に、少し分かった。
体制批判な部分はあっても、全体としては、とても夢のある物語。
育英都市で情操教育に用いるのならば、役に立つ面も多そうだ。
(なるほどな、と納得したら…)
ネバーランドという夢の国もまた、子供たちの心を育てそうではある。
「いつか行きたいな」と夢を見るのは、悪いこととは言い切れない。
そうした「夢」は力になるから、成長のためのエネルギーになる。
(…あくまで適度に用いれば、だがな…)
それが過ぎると「シロエ」のようになるわけだ、と苦笑する。
シロエが「そうなってしまった」理由の全てが、「ピーターパン」の本ではないだろうけれど。
(…しかし、シロエは…)
Eー1077から逃亡した時、何処を目指して飛んでいたのか。
誰もが夢見る地球か、それともネバーランドか。
永遠の謎になってしまったけれども、きっと、シロエは…。
(…ネバーランドに迎え入れられて、機械の支配から自由になって…)
大空を飛んでいるのだろう。
ピーターパンやティンカーベルと並んで、何処までも、ずっと。
夜空に「ピーターパンが飛んでいそう」な時には、シロエの姿も見える気がする。
子供時代のシロエは知らないけれども、幼い姿で飛んでいるのか、育った姿のままなのか。
(…シロエなら、ステーション時代の姿でも…)
ネバーランドの住人になって、広い空を飛んでゆけそうに思う。
「キース」と違って、幼い頃から、ピーターパンの世界に触れていたから。
迎えが来そうな子供時代を、育英都市で過ごしたから。
(…水槽の中で育ったのでは…)
ピーターパンなど来るわけもなくて、「ピーターパンの本」の知識も得なかった。
機械が「不要」と判断したのか、タイトルさえも「習ってはいない」。
(その上、シロエが持っていた本を目にしても…)
知らない本だ、と思っただけで、「何故、知らないのか」も深く考えはしなかった。
「故郷の記憶も、養父母のことも、すっかり忘れてしまったからな」と片付けた。
まさか、それらが「無かった」などとは、夢にも思わないままで。
(…子供向けの本のようだし、覚えていないのも当然だ、と…)
自分で勝手に答えを出して、遥か後まで「知らないまま」。
シロエが命懸けで暴いた「キースの生まれ」も、フロア001でシロエが見て来たモノも。
(…そんな私が、軽い気持ちで買って来た本…)
ピーターパンの本は「大人向け」だったのに、「本物」が目の前に現れた。
シロエが最後まで持っていた本、あちこち焼け焦げた「子供向け」の表紙の本が。
(…あの本をシロエに返しに行った日、フロア001を初めて見たというのがな…)
何も知らずに生きていたとは、と情けないけれど、仕方ない。
機械が「そのように」仕組んだのなら、そのようにしか「生きてゆけない」。
(……ピーターパンの迎えも来ない育ちで、これから先も……)
ネバーランドとは無縁のようだ、と苦い笑いを浮かべながらも、窓を見ずにはいられない。
「ピーターパンが飛んで来そうな空だ」と、其処に「飛んでゆくシロエ」を探して。
「今は自由に飛んでいるな」と、呼び掛けたくて。
シロエなら、きっと、ネバーランドへも、青い地球へも行っただろう。
今は何処にも「無い筈」の星、母なる水の星の澄んだ空へも、ピーターパンと、きっと…。
縁の無い場所・了
※いい子の所には、ピーターパンが迎えに来るわけですけど、子供時代が無いのがキース。
「ネバーランドとも、無縁だよね」と思った所から生まれたお話。
私には縁の無い場所だったな、とキースが心で呟いた地名。
それを地名と呼ぶかはともかく、場所の名前には違いない。
たとえ架空の場所であろうが、今は死の星になってしまった地球の上だと仮定されていようが。
けれど、懐かしい地名ではある。
その目で見たことは一度も無くても、まるで縁の無い場所であっても。
(……あらゆる意味で、私とは縁が無かったな……)
ただの一つも接点が無い、とキースは深い溜息を零す。
首都惑星ノアの、国家騎士団総司令の私室で、夜が更けた窓の外に目を遣って。
(…ピーターパンが飛んで来そうな空だ…)
此処が地球なら、と想像せずにはいられない。
もう側近のマツカも下がらせたから、何を思って夜空を見ようが、気付かれはしない。
こういった時に、ふと零れがちな「心の中身」を拾われもしない。
なんと言ってもマツカはミュウだし、いくらキースがガードしようと、完璧かどうか。
(日頃、あいつを便利に使っているからな…)
声に出さずに指示をするなど、よくある話。
むしろ、その方が多いとも言える。
ミュウという種族の特性からして、「一度、接触した相手」の思考は読みやすいと聞く。
キースの側から、一方的に命じるとはいえ、一方通行の思考だろうが…。
(接触には違いないのだし…)
現にマツカは、キースの思惑以上に、機敏に動く。
キースの心を読むまでもなく、意図することが「分かる」のだろう。
つまりそれだけ、マツカにとって、「キースの思考」は読み取りやすい。
正確に言えば、感じ取れるといったところか。
(……ピーターパンが飛んで来そうだ、などと考えていたならば……)
いったいマツカは、どう思うだろう。
熱でもあるかと心配するのか、違う方へと考えるのか。
(…どちらも、大いにありそうだ…)
マツカが「ネバーランド」を知っていたなら、きっと後者になるだろう。
とても意外だと驚きながらも、「キースも、読んでいたんですね」と、部屋に戻って微笑んで。
そう、マツカならば、知っているかもしれない。
ネバーランドが何処にあるかも、それが記された「ピーターパン」の本の中身も。
(…マツカが育った環境次第、ということになるか…)
養父母が本を買い与えたとか、友達に借りて読んだとか。
あるいは、本そのものに触れたことはなくても、内容を見聞きする可能性なら大いにある。
マツカは育英都市で育って、大勢の同級生や友達、上級生やら下級生とも交流があった。
(…いじめられやすいタイプの子ではあったのだろうが…)
引っ込み思案のマツカなのだし、そうしたことも無かったなどとは言い切れない。
いくら機械が管理していても、いじめられたり、泣かされたりといったトラブルは起きる。
もっとも、じきに機械が「それ」を察知し、教師たちが事態を収めに入る。
それで駄目なら、加害者の子は…。
(教育ステーションで言う、いわゆる「コール」というヤツで…)
ユニバーサル・コントロールの施設に呼ばれて、適切な「処置」を施される。
機械が心の中を読み取り、記憶処理やら、「より良い導き」をするという仕組み。
だから、大人の社会ほどには、マツカは「いじめられてはいなかった」だろう。
国家騎士団でされているような、「能無し野郎」と嘲り、軽んじられるような仕打ちは。
(…そこそこ平和な子供時代で、ピーターパンも読んでいて…)
マツカも、時には夜空を見上げて、ピーターパンの迎えを待っただろうか。
多分、シロエが「そうだった」ように、今か、今かと待ち焦がれて。
マツカも遠い日、故郷の星で、待ったかもしれない、ピーターパン。
「行きたいな」とネバーランドに憧れ、夢見たことも…。
(まるで無いとは言えないな…)
私の場合は、その機会さえも「無かった」のだが、とキースの思考が最初へと戻る。
本当に、もう文字通りに「機会」は無かった。
ピーターパンが迎えに来てくれる「子供時代」など、キースには「無かった」のだから。
(…私は機械に、水槽の中で育て上げられて…)
子供時代を「知らずに」過ごした。
キースを作る遺伝子データの「元になった」というミュウの女は、違ったのに。
(あの女は、まだ幼い内に…)
水槽から外の世界に出されて、教育された。
けれども、ミュウと判明したため、処分されると決まった所を、ソルジャー・ブルーが…。
(攫って行った、と記録が残っているからな…)
実験体を「幼い間に外に出す」のは、マイナスになる、と機械は考えた。
それ以降に「作られた」者たちは全て、水槽からは「出されていない」。
「キース」が外に出された頃より、もっと育った「サンプル」も、キースは知っている。
自分の生まれも、何もかも「今」は承知だけれども、まだ、それを知らなかった頃。
(シロエが告げた、フロア001には、とうとう辿り着けないままで…)
Eー1077を卒業し、後にして来た「キース」は、ごくごく「普通」に過ごしていた。
メンバーズ・エリートのコース通りに軍人になって、新人を指導する教官もやった。
自分が「何か」を知らないのだから、気楽だったと言えるだろう。
人類の未来を憂えるにしても、他の仲間たちと同列なのだし、特段、頭を悩ませはしない。
そんな日の中、手に取ったのが「ピーターパン」の本だった。
(…Eー1077を出てから、そうは経たない頃の話で…)
配属された先の軍での、初めての休暇だっただろうか。
街に出た時、入った書店で、そのタイトルを偶然、目にした。
(…シロエが持っていた本とは違って、装丁は大人向けだったが…)
コレだ、と何処かで声がしたから、買って帰った。
シロエを個室に匿った日に、パラパラと本を捲っていたから、じっくりと読んでみたかった。
何処がシロエを惹き付けたのか、その辺りを知りたかったから。
(…シロエの本を読んだ時には、SD体制には似合わない本だ、と…)
思った自分を覚えている。
ピーターパンは「大人にならない」子供で、SD体制の根幹とは逆と言えるだろう。
SD体制の時代においては、「大人になるのを拒否する」ことは、体制批判とされるから。
それなのに、何故、今の時代も「ピーターパン」の本があるのか。
不思議でたまらなかったけれども、蔵書になった本を読み返す内に、少し分かった。
体制批判な部分はあっても、全体としては、とても夢のある物語。
育英都市で情操教育に用いるのならば、役に立つ面も多そうだ。
(なるほどな、と納得したら…)
ネバーランドという夢の国もまた、子供たちの心を育てそうではある。
「いつか行きたいな」と夢を見るのは、悪いこととは言い切れない。
そうした「夢」は力になるから、成長のためのエネルギーになる。
(…あくまで適度に用いれば、だがな…)
それが過ぎると「シロエ」のようになるわけだ、と苦笑する。
シロエが「そうなってしまった」理由の全てが、「ピーターパン」の本ではないだろうけれど。
(…しかし、シロエは…)
Eー1077から逃亡した時、何処を目指して飛んでいたのか。
誰もが夢見る地球か、それともネバーランドか。
永遠の謎になってしまったけれども、きっと、シロエは…。
(…ネバーランドに迎え入れられて、機械の支配から自由になって…)
大空を飛んでいるのだろう。
ピーターパンやティンカーベルと並んで、何処までも、ずっと。
夜空に「ピーターパンが飛んでいそう」な時には、シロエの姿も見える気がする。
子供時代のシロエは知らないけれども、幼い姿で飛んでいるのか、育った姿のままなのか。
(…シロエなら、ステーション時代の姿でも…)
ネバーランドの住人になって、広い空を飛んでゆけそうに思う。
「キース」と違って、幼い頃から、ピーターパンの世界に触れていたから。
迎えが来そうな子供時代を、育英都市で過ごしたから。
(…水槽の中で育ったのでは…)
ピーターパンなど来るわけもなくて、「ピーターパンの本」の知識も得なかった。
機械が「不要」と判断したのか、タイトルさえも「習ってはいない」。
(その上、シロエが持っていた本を目にしても…)
知らない本だ、と思っただけで、「何故、知らないのか」も深く考えはしなかった。
「故郷の記憶も、養父母のことも、すっかり忘れてしまったからな」と片付けた。
まさか、それらが「無かった」などとは、夢にも思わないままで。
(…子供向けの本のようだし、覚えていないのも当然だ、と…)
自分で勝手に答えを出して、遥か後まで「知らないまま」。
シロエが命懸けで暴いた「キースの生まれ」も、フロア001でシロエが見て来たモノも。
(…そんな私が、軽い気持ちで買って来た本…)
ピーターパンの本は「大人向け」だったのに、「本物」が目の前に現れた。
シロエが最後まで持っていた本、あちこち焼け焦げた「子供向け」の表紙の本が。
(…あの本をシロエに返しに行った日、フロア001を初めて見たというのがな…)
何も知らずに生きていたとは、と情けないけれど、仕方ない。
機械が「そのように」仕組んだのなら、そのようにしか「生きてゆけない」。
(……ピーターパンの迎えも来ない育ちで、これから先も……)
ネバーランドとは無縁のようだ、と苦い笑いを浮かべながらも、窓を見ずにはいられない。
「ピーターパンが飛んで来そうな空だ」と、其処に「飛んでゆくシロエ」を探して。
「今は自由に飛んでいるな」と、呼び掛けたくて。
シロエなら、きっと、ネバーランドへも、青い地球へも行っただろう。
今は何処にも「無い筈」の星、母なる水の星の澄んだ空へも、ピーターパンと、きっと…。
縁の無い場所・了
※いい子の所には、ピーターパンが迎えに来るわけですけど、子供時代が無いのがキース。
「ネバーランドとも、無縁だよね」と思った所から生まれたお話。
(パパとママは、ぼくのことを…)
どのくらい覚えているのかな、とシロエはフウと溜息を零す。
Eー1077の夜の個室で、ただ一人きりで。
此処に来てから、何度、考えたことだろう。
今も会いたくてたまらない、懐かしい故郷で暮らす両親のことを。
(ぼくたち、子供の場合だったら、みんな、成人検査を受けて…)
子供時代の記憶を消されるけれども、養父母の場合はどうなるのか、と。
自分たちが育てた子供の記憶を、消去されるか、残ったままか。
(消すにしたって、ぼくみたいに…)
顔までおぼろになってしまっては、養父母としての役目に支障が出そうではある。
幼い子供は、感情を言葉で上手く表せはしない。
赤ん坊だったら、なおのことだし、その頃に見せた様々な顔を忘れたならば…。
(次の子供を育てていく時、前の知識を生かせないから…)
きっと駄目だと思うんだよね、という気がする。
養父母を教育するステーションでも、色々、教えはするだろうけれど、経験は違う。
自分がその目で確かめたことは、「教えられたこと」よりも、遥かに強い。
(人は経験を重ねて、覚えていくものなんだし…)
養父母としての子育て経験、それは貴重な知識になるから、絶対に、持っておく方がいい。
機械に消されて「忘れ去ったら」、また最初からの「やり直し」になる。
それでは効率が悪すぎるから、機械は「残しておく」のだと思う。
彼らが「子育てで得た、子供の成長に関する記憶」は、消しはしないで。
(…パパとママも、ぼくを育ててたことも、ぼくの姿も…)
残さず覚えているといいな、と心から思う。
必要な箇所だけ残すのではなくて、そっくりそのまま、手を加えないで。
(…自然に忘れてしまう部分は、どうしようもないと思うけど…)
それも人間には、よくあるんだし、と苦笑する。
自分自身を振り返ってみても、機械の仕業とは明かに違う「忘却」はある。
大きな出来事は覚えていたって、些細なことまで漏らさず覚えてはいないから。
(昨日のランチは思い出せても、三日前とかは…)
どうだったかな、と記憶を手繰る羽目になるのは、けして珍しいことではない。
「シロエが、その日に何を食べたか」など、機械は「どうでもいい」から、消さない。
なのに「忘れてしまう」というのは、人間には、ありがちな現象の一つ。
両親にしても、そうした部分はあるだろう。
「シロエ」を育てた日々の全てを、丸ごと記憶しておくことなど、人間の脳では無理だから。
そうした小さなことを除けば、両親は、覚えていそうではある。
「シロエ」と名付けた子を育て上げるまでの、様々なことを。
次の子供を育ててゆくのか、養父母の役目を終えてしまったかは、分からないけれど。
(…パパとママの年からすれば、次の子供を育てるのは…)
難しいかな、と思いはしても、どうなったのかは全くの謎。
育てるかどうか、決断するのは両親なのだし、もしかしたら子育て中かもしれない。
(パパもママも、優しかったから…)
養父母としては、優秀な部類に入っていそう。
たとえ年齢が少し高めでも、機械の方から「育ててみないか」と打診が来るだろう。
体力的な面などはサポートするから、もう一人くらい、と。
(…いいけどね…)
少し寂しい気はするけれども、「シロエ」を忘れていないのならば、我慢は出来る。
両親が「シロエ」のことを忘れず、次の子供を育ててゆく時、経験を活かしてくれるなら。
(…昔だったら、そうなれば、ぼくは、お兄ちゃん、っていうヤツで…)
SD体制が始まる前の時代には、「お兄ちゃん」は損なものだったらしい。
「お姉ちゃん」にしても其処は同じで、弟や妹に「両親」を、すっかり盗られてしまう。
愛情も時間も、何もかも、そっくり持ってゆかれて、貧乏クジ。
弟や妹が生まれる前には、とても楽しみに待っていたのに、蓋を開ければ、そういう結末。
(家族で出掛けて、道でウッカリ転んでも…)
両親は「大丈夫?」と心配してはくれても、腕に抱いている赤ん坊を離しはしない。
その赤ん坊が泣き出したならば、当然、そちらの方が優先。
転んで大泣きしている方は、大きな怪我でもしていない限り、もう間違いなく後回し。
(膝を擦り剥いたとか、その程度なら…)
我慢しなさい、と絆創膏をペタリと貼られて、それでおしまい。
弟や妹が来る前だったら、もっと心配して貰えたのに。
「痛いよ!」とワンワン泣いていたなら、お菓子だって買って貰えそうなのに。
(…ずっと昔でも、そうだったんだし、ぼくのことがお留守になってしまっていても…)
仕方ないよね、と諦めはつくし、構わない。
両親が「シロエ」を思い出す日が、どんどん間遠になっていっても。
「そういえば、シロエはどうしてるかな?」と、たまにしか気にしてくれなくても。
(…それは自然なことなんだしね?)
機械のせいとは言い切れないし、と分別はつく。
両親が「新しく迎えた子供」を溺愛しようが、シロエを忘れ去っていようが、気にしない。
記憶を消されたわけではないなら、「お兄ちゃん」の心で耐えられる。
そういう「お兄ちゃん」を育て上げた経験を、両親が、子育てに役立ててくれるのならば。
(お兄ちゃんって、そういうものなんだから…)
我慢、我慢、と自分自身に言い聞かせていて、ハタと気付いた。
その「お兄ちゃん」を育てた経験、それが「素晴らしいものだった」とは限らない。
養父母の役目は、システムにとって「都合のいい子」を育てること。
システムに疑問を抱きはしないで、素直に従い、機械の言うままに動くことが出来る人間を。
(…もしかして、ぼくを育てたことは…)
両親にとってはプラスではなく、失点になっているのだろうか。
「セキ・レイ・シロエ」は成績優秀だけれど、システムに対して忠実ではない。
むしろ反抗的な子供で、今も逆らい続けている。
ありとあらゆる場面において、機械に文句を言い続けて。
(…エネルゲイアで暮らしてた頃も、生意気な子供だったけど…)
クラスメイトを小馬鹿にしていて、ろくに友達もいなかったことは間違いない。
けれども、それは「周りの子供が馬鹿だった」のだし、仕方ないだろう。
頭脳のレベルが違い過ぎたら、関心が向くものも違うし、友達など出来るわけもない。
(…その辺のことは、機械にだって分かるだろうし…)
子供時代の「シロエ」については、マイナスの評価は無かったと思う。
もし、マイナスな面があったら、指導が入っていただろう。
教師に呼ばれて説教だとか、両親に「友達を作るように」と諭されるとか。
(だけど、そういう経験は無いし、無かったし…)
無かった筈だ、と記憶している。
機械が記憶を消していたって、何度も呼ばれる「問題児」だったら、記憶に残る。
「今後は、心を改めるように」と、成人検査を受けた後には、心を入れ替えてゆくように。
(でも、それは無くて、ぼくが問題児になったのは…)
このステーションに来てからなんだ、と自分でも分かる。
「セキ・レイ・シロエ」が「失敗作」になってしまったのは、成人検査を受けた後。
今の「シロエ」は、明らかに「失敗作の子供」で、それを育てた両親の方も…。
(子育てに失敗しましたね、って…)
失点がついて、指導が入ってしまったろうか。
次の子供を育ててゆくなら、そうなったということも有り得る。
「失敗作のシロエ」を育て上げたのなら、教育方針が「良くなかった」と機械に判断されて。
(…そうなったのかな…?)
ぼくには分からないけれど、と肩をブルッと震わせる。
両親は「優秀な養父母だから」と、次の子育てを打診されるどころか、逆かもしれない。
自分たちの方から「次の子供を育てたい」と願い出たなら、渋られるとか。
(…ああいう子供は困るんですよ、って…)
ユニバーサルの担当の者に言われて、申請を却下されただろうか。
それとも、無事に「新しい子供」を迎えられても、厳重に注意されるとか。
次の子供は、「シロエ」のようには、ならないように。
システムに従順な「良い子」に育って、社会に役立つ立派な人材になるように。
(…再教育、ってことはないだろうけど…)
「シロエ」を育て上げる過程で、何処に問題があったものかは、詳細に調査されてしまいそう。
同じ失敗を繰り返さないよう、ユニバーサルに残る記録を、片っ端から洗い出して。
(…ピーターパンの本を読ませたのが、良くなかったとか…?)
確かに、ぼくの原点はそれ、とゾクリと背筋が冷たく冷えた。
このステーションまで持って来られた、何よりも大切な宝物の本。
それが「問題作」の本だなどとは思っていないし、普通に売られている本だけれど…。
(ぼくにとっては、問題作…?)
ある種の感性を持った子供には、有害な内容だっただろうか。
夢を見がちになってしまって、子供時代の記憶にこだわる人間になって。
(…まさか、まさかね…)
この本がマイナスだったなんて、と恐ろしいけれど、それが正解なのかもしれない。
ピーターパンの本に出会って、ネバーランドに憧れ始めて、其処で全てが狂ったろうか。
システムが望む道を外れて、今の「シロエ」が作られていって。
(…だけど、そうだったとしても…)
両親を恨む気持ちなどは無いし、この本も、ずっと離しはしない。
これこそが「シロエ」の原点だから。
この本が「シロエ」を生み出したのなら、それで少しも構いはしない。
機械の言うなりに生きるよりかは、今の生き方がいいと思うから。
システムに組み込まれて生きる道より、遥かに自由に生きられるから。
両親にとっては「失敗作」の子育てになって、失点がついていませんようにと祈るけれども…。
育てる過程で・了
※シロエを育てた両親の「子育て」は失敗だったのかも、と恐ろしくなってしまったシロエ。
ピーターパンの本さえ読ませなかったら、システムに反抗的な「シロエ」は出来なかったかも。
どのくらい覚えているのかな、とシロエはフウと溜息を零す。
Eー1077の夜の個室で、ただ一人きりで。
此処に来てから、何度、考えたことだろう。
今も会いたくてたまらない、懐かしい故郷で暮らす両親のことを。
(ぼくたち、子供の場合だったら、みんな、成人検査を受けて…)
子供時代の記憶を消されるけれども、養父母の場合はどうなるのか、と。
自分たちが育てた子供の記憶を、消去されるか、残ったままか。
(消すにしたって、ぼくみたいに…)
顔までおぼろになってしまっては、養父母としての役目に支障が出そうではある。
幼い子供は、感情を言葉で上手く表せはしない。
赤ん坊だったら、なおのことだし、その頃に見せた様々な顔を忘れたならば…。
(次の子供を育てていく時、前の知識を生かせないから…)
きっと駄目だと思うんだよね、という気がする。
養父母を教育するステーションでも、色々、教えはするだろうけれど、経験は違う。
自分がその目で確かめたことは、「教えられたこと」よりも、遥かに強い。
(人は経験を重ねて、覚えていくものなんだし…)
養父母としての子育て経験、それは貴重な知識になるから、絶対に、持っておく方がいい。
機械に消されて「忘れ去ったら」、また最初からの「やり直し」になる。
それでは効率が悪すぎるから、機械は「残しておく」のだと思う。
彼らが「子育てで得た、子供の成長に関する記憶」は、消しはしないで。
(…パパとママも、ぼくを育ててたことも、ぼくの姿も…)
残さず覚えているといいな、と心から思う。
必要な箇所だけ残すのではなくて、そっくりそのまま、手を加えないで。
(…自然に忘れてしまう部分は、どうしようもないと思うけど…)
それも人間には、よくあるんだし、と苦笑する。
自分自身を振り返ってみても、機械の仕業とは明かに違う「忘却」はある。
大きな出来事は覚えていたって、些細なことまで漏らさず覚えてはいないから。
(昨日のランチは思い出せても、三日前とかは…)
どうだったかな、と記憶を手繰る羽目になるのは、けして珍しいことではない。
「シロエが、その日に何を食べたか」など、機械は「どうでもいい」から、消さない。
なのに「忘れてしまう」というのは、人間には、ありがちな現象の一つ。
両親にしても、そうした部分はあるだろう。
「シロエ」を育てた日々の全てを、丸ごと記憶しておくことなど、人間の脳では無理だから。
そうした小さなことを除けば、両親は、覚えていそうではある。
「シロエ」と名付けた子を育て上げるまでの、様々なことを。
次の子供を育ててゆくのか、養父母の役目を終えてしまったかは、分からないけれど。
(…パパとママの年からすれば、次の子供を育てるのは…)
難しいかな、と思いはしても、どうなったのかは全くの謎。
育てるかどうか、決断するのは両親なのだし、もしかしたら子育て中かもしれない。
(パパもママも、優しかったから…)
養父母としては、優秀な部類に入っていそう。
たとえ年齢が少し高めでも、機械の方から「育ててみないか」と打診が来るだろう。
体力的な面などはサポートするから、もう一人くらい、と。
(…いいけどね…)
少し寂しい気はするけれども、「シロエ」を忘れていないのならば、我慢は出来る。
両親が「シロエ」のことを忘れず、次の子供を育ててゆく時、経験を活かしてくれるなら。
(…昔だったら、そうなれば、ぼくは、お兄ちゃん、っていうヤツで…)
SD体制が始まる前の時代には、「お兄ちゃん」は損なものだったらしい。
「お姉ちゃん」にしても其処は同じで、弟や妹に「両親」を、すっかり盗られてしまう。
愛情も時間も、何もかも、そっくり持ってゆかれて、貧乏クジ。
弟や妹が生まれる前には、とても楽しみに待っていたのに、蓋を開ければ、そういう結末。
(家族で出掛けて、道でウッカリ転んでも…)
両親は「大丈夫?」と心配してはくれても、腕に抱いている赤ん坊を離しはしない。
その赤ん坊が泣き出したならば、当然、そちらの方が優先。
転んで大泣きしている方は、大きな怪我でもしていない限り、もう間違いなく後回し。
(膝を擦り剥いたとか、その程度なら…)
我慢しなさい、と絆創膏をペタリと貼られて、それでおしまい。
弟や妹が来る前だったら、もっと心配して貰えたのに。
「痛いよ!」とワンワン泣いていたなら、お菓子だって買って貰えそうなのに。
(…ずっと昔でも、そうだったんだし、ぼくのことがお留守になってしまっていても…)
仕方ないよね、と諦めはつくし、構わない。
両親が「シロエ」を思い出す日が、どんどん間遠になっていっても。
「そういえば、シロエはどうしてるかな?」と、たまにしか気にしてくれなくても。
(…それは自然なことなんだしね?)
機械のせいとは言い切れないし、と分別はつく。
両親が「新しく迎えた子供」を溺愛しようが、シロエを忘れ去っていようが、気にしない。
記憶を消されたわけではないなら、「お兄ちゃん」の心で耐えられる。
そういう「お兄ちゃん」を育て上げた経験を、両親が、子育てに役立ててくれるのならば。
(お兄ちゃんって、そういうものなんだから…)
我慢、我慢、と自分自身に言い聞かせていて、ハタと気付いた。
その「お兄ちゃん」を育てた経験、それが「素晴らしいものだった」とは限らない。
養父母の役目は、システムにとって「都合のいい子」を育てること。
システムに疑問を抱きはしないで、素直に従い、機械の言うままに動くことが出来る人間を。
(…もしかして、ぼくを育てたことは…)
両親にとってはプラスではなく、失点になっているのだろうか。
「セキ・レイ・シロエ」は成績優秀だけれど、システムに対して忠実ではない。
むしろ反抗的な子供で、今も逆らい続けている。
ありとあらゆる場面において、機械に文句を言い続けて。
(…エネルゲイアで暮らしてた頃も、生意気な子供だったけど…)
クラスメイトを小馬鹿にしていて、ろくに友達もいなかったことは間違いない。
けれども、それは「周りの子供が馬鹿だった」のだし、仕方ないだろう。
頭脳のレベルが違い過ぎたら、関心が向くものも違うし、友達など出来るわけもない。
(…その辺のことは、機械にだって分かるだろうし…)
子供時代の「シロエ」については、マイナスの評価は無かったと思う。
もし、マイナスな面があったら、指導が入っていただろう。
教師に呼ばれて説教だとか、両親に「友達を作るように」と諭されるとか。
(だけど、そういう経験は無いし、無かったし…)
無かった筈だ、と記憶している。
機械が記憶を消していたって、何度も呼ばれる「問題児」だったら、記憶に残る。
「今後は、心を改めるように」と、成人検査を受けた後には、心を入れ替えてゆくように。
(でも、それは無くて、ぼくが問題児になったのは…)
このステーションに来てからなんだ、と自分でも分かる。
「セキ・レイ・シロエ」が「失敗作」になってしまったのは、成人検査を受けた後。
今の「シロエ」は、明らかに「失敗作の子供」で、それを育てた両親の方も…。
(子育てに失敗しましたね、って…)
失点がついて、指導が入ってしまったろうか。
次の子供を育ててゆくなら、そうなったということも有り得る。
「失敗作のシロエ」を育て上げたのなら、教育方針が「良くなかった」と機械に判断されて。
(…そうなったのかな…?)
ぼくには分からないけれど、と肩をブルッと震わせる。
両親は「優秀な養父母だから」と、次の子育てを打診されるどころか、逆かもしれない。
自分たちの方から「次の子供を育てたい」と願い出たなら、渋られるとか。
(…ああいう子供は困るんですよ、って…)
ユニバーサルの担当の者に言われて、申請を却下されただろうか。
それとも、無事に「新しい子供」を迎えられても、厳重に注意されるとか。
次の子供は、「シロエ」のようには、ならないように。
システムに従順な「良い子」に育って、社会に役立つ立派な人材になるように。
(…再教育、ってことはないだろうけど…)
「シロエ」を育て上げる過程で、何処に問題があったものかは、詳細に調査されてしまいそう。
同じ失敗を繰り返さないよう、ユニバーサルに残る記録を、片っ端から洗い出して。
(…ピーターパンの本を読ませたのが、良くなかったとか…?)
確かに、ぼくの原点はそれ、とゾクリと背筋が冷たく冷えた。
このステーションまで持って来られた、何よりも大切な宝物の本。
それが「問題作」の本だなどとは思っていないし、普通に売られている本だけれど…。
(ぼくにとっては、問題作…?)
ある種の感性を持った子供には、有害な内容だっただろうか。
夢を見がちになってしまって、子供時代の記憶にこだわる人間になって。
(…まさか、まさかね…)
この本がマイナスだったなんて、と恐ろしいけれど、それが正解なのかもしれない。
ピーターパンの本に出会って、ネバーランドに憧れ始めて、其処で全てが狂ったろうか。
システムが望む道を外れて、今の「シロエ」が作られていって。
(…だけど、そうだったとしても…)
両親を恨む気持ちなどは無いし、この本も、ずっと離しはしない。
これこそが「シロエ」の原点だから。
この本が「シロエ」を生み出したのなら、それで少しも構いはしない。
機械の言うなりに生きるよりかは、今の生き方がいいと思うから。
システムに組み込まれて生きる道より、遥かに自由に生きられるから。
両親にとっては「失敗作」の子育てになって、失点がついていませんようにと祈るけれども…。
育てる過程で・了
※シロエを育てた両親の「子育て」は失敗だったのかも、と恐ろしくなってしまったシロエ。
ピーターパンの本さえ読ませなかったら、システムに反抗的な「シロエ」は出来なかったかも。