カテゴリー「地球へ…」の記事一覧
「お前、週末、新入りに混じって、射撃訓練してたんだってな?」
せっかくの休みに、何をやってるんだよ、とキースの耳に、聞こえて来た声。
国家騎士団の者たちの会話で、食堂の中で話していた。
(…あいつか…)
よく見る顔だ、とキースは「射撃訓練をしていた」らしい者を眺める。
今のキースは上級大佐で、昇進する日も近いけれども、たまに食堂に入りもする。
コーヒーを一杯、飲む間だけ、「観察」するのが目的だった。
階級が上になって来るほど、下の者たちの様子が分かりにくくなるからだ。
(週末返上で射撃訓練とは、将来、有望だな)
覚えておこう、と心のメモに書き留めた所で、当の本人が、こう答えた。
「そりゃまあ、キッチリ訓練していりゃ、上の覚えもめでたいし…」
腕も上がって一石二鳥だ、と「将来有望な人材」は、親指を立てた。
「休みを潰してやる甲斐はあると思わないか?」
「うーん…。俺は、それほど出世したいわけじゃないしなあ…」
休みを楽しむ方が合ってる、と言った者の方は、週末はドライブしていたようだ。
勝手気ままにハンドルを切って、首都惑星ノアの景色を満喫して来た、と得意げに話す。
「車の少ないトコに行ったら、飛ばし放題、気持ちいいぜ!」
「国家騎士団で鍛えた腕を、無駄に活かしているんじゃあ…?」
「生き甲斐っていうのは、人それぞれだろ?」
あいつなんかは、食いまくって過ごしているみたいだし、と別の誰かの名前が挙がった。
「どうせ訓練で痩せちまうからな」を口癖にしていて、休みの度に食べ歩くらしい。
彼が自分の足と舌で集めた「グルメ情報」は、他の者の役に立っている様子だ。
(…確かに生き甲斐は、それぞれらしい…)
たった三人の分を聞いただけでも、三通りか、とキースは苦笑し、席を立った。
今日の「観察」も、来た甲斐があった、と「いずれ引き抜くかもしれない者」を見ながら。
自分専用の部屋に戻ると、キースは早速、側近のマツカに指示を下した。
「週末も射撃訓練をしていた者」に関して、出来る限りの情報を集めて来るように、と。
「分かりました。セルジュたちにも伝えますか?」
「そうだな。彼らも何処かで目にする機会がありそうだ」
見掛けた時は注視するよう伝えておけ、とキースは「マツカ」の働きぶりに満足する。
マツカの場合は、「キースの側近として働く」ことが、生き甲斐だろう。
(やっていて楽しい役目なのかは、分からんがな…)
私の機嫌を取ったところで、出世が出来るわけでもないし、と思いはしても、良い点はある。
マツカの正体は「ミュウ」なのだから、キースの側近でなければ、殺されてしまうだけ。
(生きていてこそ、生き甲斐もあるというものだ…)
生き抜くことが、生き甲斐な者が「マツカ」かもしれない。
プラスして「キースの役に立つこと」で、だから懸命に仕え続ける。
(なかなかに面白い生き甲斐だな…)
出世欲だの、食欲だのとは違うようだ、と興味深く思う間に、ハタと気付いた。
「キース」が「生き甲斐」としているものは、一体、何なのか。
(……私の生き甲斐……?)
何かあったか、と振り返ってみて、背筋が冷たくなってゆく。
「これだ」と即答出来る答えが、「キース」の中には無いらしい。
(…順調に昇進を遂げて来ているが、さっき食堂で見た者のように…)
上官の覚えがめでたくなるよう、行動していた記憶など無い。
第一、思い付きさえしなくて、ただ、黙々と努力を重ねて、今があるだけ。
(…そういえば…)
Eー1077を卒業した時には、同期の仲間が何人かいた。
研修期間が過ぎると、別の所へ散っていったけれど、そうなる前は一緒だった。
射撃訓練にしても、練習艇の操縦にしても、教官や上官に指導を受ける時は、彼らがいた。
(誰もが、高く評価して貰うために…)
競い合った中で、「キース」は、彼らを全く意識しないで、自分の考えで動き続けた。
「競い合う」のは成績だけで、他の所で競い合おうとしたことは一度も無い。
けれど、同期の者は違って、教官や上官に「取り入るチャンス」を狙っていた。
(…資料を集める必要があれば、名乗り出てみたり…)
練習艇の整備係を申し出たりして、「点数稼ぎ」を繰り返す日々。
(下らないことを、と切り捨てていたが…)
彼らは「将来の出世」のために、道筋をつけていたのだろう。
少しでも有利な配属先へ赴けるよう、せっせと「自分」を売り込んで。
(あれも一種の生き甲斐なわけで、野心があるからやっていたことで…)
結果を出せたかどうかはともかく、彼らは「生き甲斐」を持っていた。
「キース」が淡々と生きる間も、明確な目標を目の前に据えて。
どうやら「キース」にとっての出世や昇進は、「生き甲斐」とは無縁で、結果しかない。
これから昇進し続けてみても、「私は、この地位に就きたかった」と考えはしないことだろう。
国家騎士団総司令だろうが、空席のままの国家主席に選ばれようが、「どうでもいい」。
(…その地位に就くのが目標ではあっても、私自身が「なりたい」気持ちは…)
何処にあるのだ、と自分の中を何度探っても、何も見付かりはしなかった。
今日までの人生の「目標」は全て、「マザー・イライザ」や「グランド・マザー」が…。
(…そうするように示唆して来るのを、こなし続けて来ただけで…)
私の意志は含まれていない、とキースは、ゾクリとする。
(…ミュウのマツカを、側近に据えているように…)
マザー・システムの意向に反することなら「している」とはいえ、「生き甲斐」とまでは…。
(言えはしないな…)
生き甲斐ならば、もっとミュウに肩入れするさ、と思うからこそ、恐ろしい。
「生き甲斐」を持たずに生きて来たなら、かつてシロエが言った通りに…。
(…お人形さんだ…)
マザー・イライザと、グランド・マザーの「人形」でしかない、と目の前が暗くなるよう。
そうなるように「作られた」からか、それとも、気付かない内に「そうなっていた」か。
(…私にも、私の考えがあって…)
現に「マツカ」を生かしているから、「自分の意思が無い」わけではない。
「生き甲斐」と呼べる「何か」を持っていないだけで、これから先に、出来るかもしれない。
(……そうなってくれれば良いのだが……)
駄目だった時は「お人形さん」で終わるらしい、とキースは奈落の底に落ちてゆきそう。
(…もしも、サムが壊れてしまうことなく、無事でいたなら…)
生き甲斐の一つもあっただろうか、と考えてしまう。
多忙な日々の合間を見付けて、「ただのパイロット」になっているサムに会いに行くとか。
(…そうだったとしたら、それは立派な生き甲斐で…)
どんなに忙しい任務だろうが、「サムに会う日」を目標に据えて張り切ったろう。
「これが終われば、休暇なんだ」と、「サムに連絡を取って、会いに行けるぞ」と。
(…一般人のサムには言えない、機密事項を抱えていようが、黙っていれば済むことで…)
サムに会ったら、任務で知ったことは話さず、思い出話に花を咲かせればいい。
互いの近況なども話して、「またな」と別れて、「次の機会」を楽しみに生きる。
(……そうだな、サムさえ無事でいてくれたなら……)
きっと「キース」にも「生き甲斐」があった、と思うけれども、サムは壊れてしまった後。
人生が終わってしまわない内に、「生き甲斐」を見付けられなかったなら…。
(…お人形さんのままで、「キース」は消えてゆくのか…)
あまりにも惨い、と辛くなるから、見付かって欲しい。
立派な「生き甲斐」でなくていいから、「これだ」と思えるものを見付けて、追い続ける。
「キース」の人生が終わる時まで、懸命に追って、生き続けて…。
生きてゆく形・了
※キースは「何がしたくて生きている」のかな、と思った所から出来たお話。
ステーション時代から、システムに懐疑的でも、それを形にはしなかったよね、と…。
せっかくの休みに、何をやってるんだよ、とキースの耳に、聞こえて来た声。
国家騎士団の者たちの会話で、食堂の中で話していた。
(…あいつか…)
よく見る顔だ、とキースは「射撃訓練をしていた」らしい者を眺める。
今のキースは上級大佐で、昇進する日も近いけれども、たまに食堂に入りもする。
コーヒーを一杯、飲む間だけ、「観察」するのが目的だった。
階級が上になって来るほど、下の者たちの様子が分かりにくくなるからだ。
(週末返上で射撃訓練とは、将来、有望だな)
覚えておこう、と心のメモに書き留めた所で、当の本人が、こう答えた。
「そりゃまあ、キッチリ訓練していりゃ、上の覚えもめでたいし…」
腕も上がって一石二鳥だ、と「将来有望な人材」は、親指を立てた。
「休みを潰してやる甲斐はあると思わないか?」
「うーん…。俺は、それほど出世したいわけじゃないしなあ…」
休みを楽しむ方が合ってる、と言った者の方は、週末はドライブしていたようだ。
勝手気ままにハンドルを切って、首都惑星ノアの景色を満喫して来た、と得意げに話す。
「車の少ないトコに行ったら、飛ばし放題、気持ちいいぜ!」
「国家騎士団で鍛えた腕を、無駄に活かしているんじゃあ…?」
「生き甲斐っていうのは、人それぞれだろ?」
あいつなんかは、食いまくって過ごしているみたいだし、と別の誰かの名前が挙がった。
「どうせ訓練で痩せちまうからな」を口癖にしていて、休みの度に食べ歩くらしい。
彼が自分の足と舌で集めた「グルメ情報」は、他の者の役に立っている様子だ。
(…確かに生き甲斐は、それぞれらしい…)
たった三人の分を聞いただけでも、三通りか、とキースは苦笑し、席を立った。
今日の「観察」も、来た甲斐があった、と「いずれ引き抜くかもしれない者」を見ながら。
自分専用の部屋に戻ると、キースは早速、側近のマツカに指示を下した。
「週末も射撃訓練をしていた者」に関して、出来る限りの情報を集めて来るように、と。
「分かりました。セルジュたちにも伝えますか?」
「そうだな。彼らも何処かで目にする機会がありそうだ」
見掛けた時は注視するよう伝えておけ、とキースは「マツカ」の働きぶりに満足する。
マツカの場合は、「キースの側近として働く」ことが、生き甲斐だろう。
(やっていて楽しい役目なのかは、分からんがな…)
私の機嫌を取ったところで、出世が出来るわけでもないし、と思いはしても、良い点はある。
マツカの正体は「ミュウ」なのだから、キースの側近でなければ、殺されてしまうだけ。
(生きていてこそ、生き甲斐もあるというものだ…)
生き抜くことが、生き甲斐な者が「マツカ」かもしれない。
プラスして「キースの役に立つこと」で、だから懸命に仕え続ける。
(なかなかに面白い生き甲斐だな…)
出世欲だの、食欲だのとは違うようだ、と興味深く思う間に、ハタと気付いた。
「キース」が「生き甲斐」としているものは、一体、何なのか。
(……私の生き甲斐……?)
何かあったか、と振り返ってみて、背筋が冷たくなってゆく。
「これだ」と即答出来る答えが、「キース」の中には無いらしい。
(…順調に昇進を遂げて来ているが、さっき食堂で見た者のように…)
上官の覚えがめでたくなるよう、行動していた記憶など無い。
第一、思い付きさえしなくて、ただ、黙々と努力を重ねて、今があるだけ。
(…そういえば…)
Eー1077を卒業した時には、同期の仲間が何人かいた。
研修期間が過ぎると、別の所へ散っていったけれど、そうなる前は一緒だった。
射撃訓練にしても、練習艇の操縦にしても、教官や上官に指導を受ける時は、彼らがいた。
(誰もが、高く評価して貰うために…)
競い合った中で、「キース」は、彼らを全く意識しないで、自分の考えで動き続けた。
「競い合う」のは成績だけで、他の所で競い合おうとしたことは一度も無い。
けれど、同期の者は違って、教官や上官に「取り入るチャンス」を狙っていた。
(…資料を集める必要があれば、名乗り出てみたり…)
練習艇の整備係を申し出たりして、「点数稼ぎ」を繰り返す日々。
(下らないことを、と切り捨てていたが…)
彼らは「将来の出世」のために、道筋をつけていたのだろう。
少しでも有利な配属先へ赴けるよう、せっせと「自分」を売り込んで。
(あれも一種の生き甲斐なわけで、野心があるからやっていたことで…)
結果を出せたかどうかはともかく、彼らは「生き甲斐」を持っていた。
「キース」が淡々と生きる間も、明確な目標を目の前に据えて。
どうやら「キース」にとっての出世や昇進は、「生き甲斐」とは無縁で、結果しかない。
これから昇進し続けてみても、「私は、この地位に就きたかった」と考えはしないことだろう。
国家騎士団総司令だろうが、空席のままの国家主席に選ばれようが、「どうでもいい」。
(…その地位に就くのが目標ではあっても、私自身が「なりたい」気持ちは…)
何処にあるのだ、と自分の中を何度探っても、何も見付かりはしなかった。
今日までの人生の「目標」は全て、「マザー・イライザ」や「グランド・マザー」が…。
(…そうするように示唆して来るのを、こなし続けて来ただけで…)
私の意志は含まれていない、とキースは、ゾクリとする。
(…ミュウのマツカを、側近に据えているように…)
マザー・システムの意向に反することなら「している」とはいえ、「生き甲斐」とまでは…。
(言えはしないな…)
生き甲斐ならば、もっとミュウに肩入れするさ、と思うからこそ、恐ろしい。
「生き甲斐」を持たずに生きて来たなら、かつてシロエが言った通りに…。
(…お人形さんだ…)
マザー・イライザと、グランド・マザーの「人形」でしかない、と目の前が暗くなるよう。
そうなるように「作られた」からか、それとも、気付かない内に「そうなっていた」か。
(…私にも、私の考えがあって…)
現に「マツカ」を生かしているから、「自分の意思が無い」わけではない。
「生き甲斐」と呼べる「何か」を持っていないだけで、これから先に、出来るかもしれない。
(……そうなってくれれば良いのだが……)
駄目だった時は「お人形さん」で終わるらしい、とキースは奈落の底に落ちてゆきそう。
(…もしも、サムが壊れてしまうことなく、無事でいたなら…)
生き甲斐の一つもあっただろうか、と考えてしまう。
多忙な日々の合間を見付けて、「ただのパイロット」になっているサムに会いに行くとか。
(…そうだったとしたら、それは立派な生き甲斐で…)
どんなに忙しい任務だろうが、「サムに会う日」を目標に据えて張り切ったろう。
「これが終われば、休暇なんだ」と、「サムに連絡を取って、会いに行けるぞ」と。
(…一般人のサムには言えない、機密事項を抱えていようが、黙っていれば済むことで…)
サムに会ったら、任務で知ったことは話さず、思い出話に花を咲かせればいい。
互いの近況なども話して、「またな」と別れて、「次の機会」を楽しみに生きる。
(……そうだな、サムさえ無事でいてくれたなら……)
きっと「キース」にも「生き甲斐」があった、と思うけれども、サムは壊れてしまった後。
人生が終わってしまわない内に、「生き甲斐」を見付けられなかったなら…。
(…お人形さんのままで、「キース」は消えてゆくのか…)
あまりにも惨い、と辛くなるから、見付かって欲しい。
立派な「生き甲斐」でなくていいから、「これだ」と思えるものを見付けて、追い続ける。
「キース」の人生が終わる時まで、懸命に追って、生き続けて…。
生きてゆく形・了
※キースは「何がしたくて生きている」のかな、と思った所から出来たお話。
ステーション時代から、システムに懐疑的でも、それを形にはしなかったよね、と…。
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(…ピーターパンの本…)
ぼくの大切な宝物、とシロエは両親に貰った本の表紙を撫でる。
Eー1077の夜の個室で、そっとページをめくる間に、頭の中をよぎったもの。
(…どうして、この本だったんだろう?)
ぼくを虜にした一冊は、と遠い記憶を振り返ってみる。
ステーションまで持って来たほど、とても大事な本だけれども、何故、この本なのか。
(ぼくが一番、惹かれたからで…)
両親が選んで与えてくれた本たちの中で、『ピーターパン』は抜きん出ていた。
貰って一気に読み終えた後も、本の世界に夢中になった。
繰り返し読んで、筋をすっかり覚えてしまっても、飽きることなど一度も無かった。
(最初に憧れたのは、ネバーランドよりも…)
ピーターパンと一緒に飛んでゆく旅で、単純に「夜空を飛んでみたかった」。
空を飛ぶのは、幼い子供が抱く夢の一つで、シロエも同じに憧れただけ。
(それに夜空を飛ぶというのが…)
楽しそうだ、と心が躍ったことを覚えている。
育英都市で育つ子供は、養父母が「きちんと」育てていたから、夜更かしはしない。
年齢に合わせて「床に就く」時間が定められていた。
(もちろん、家の事情とかもあるから…)
規則通りとゆきはしないし、多少の幅はあったけれども、深夜まで起きていてはいけない。
(ピーターパンが飛んで来るような時間は、とうにベッドで…)
寝ているだけに、幼いシロエは「夜空」を飽きずに眺めてはいない。
(あの星を、もっと見ていたいから、ってパパに言っても…)
返った答えは「寝る時間だよ」で、父にベッドへ連れて行かれた。
夜空に輝く星の一つを、眠くなるまで仰いでいることは許されなかった。
(…夜の空を見ながら、飛んで行けたら…)
素敵だろうな、と幼かったシロエは夢を描いた。
「ピーターパンが来てくれたなら、ぼくも行けるよ」と、夜空の旅に出掛けたくなる。
その日が来たら、きっと行こう、と考えたことが、始まりの一歩。
『ピーターパン』の本との出会いは、そういったもので、恐らく、ありがちな憧れだろう。
空を飛ぶことが出来ない「人間」だけに、子供でなくとも、惹き付けられそう。
(…うん、其処までは、みんな同じで…)
少し育ったら、ネバーランドでの冒険などに胸を躍らせ、自分も入ってゆきたくなる。
ピーターパンと一緒に走り回って、海賊退治をしたりするのが楽しそうだ、と。
(ぼくもそうだし、ピーターパンと活躍したくて…)
ネバーランドへの夢を膨らませていった。
「いつか行くんだ」と、迎えが来たなら、直ぐに旅立てるように心構えもした。
(…小さい間は、それで良かったんだけれどね…)
何処も間違ってはいない思考で、「冒険したい」のは健全に育っている証拠でもある。
将来に向けた夢が冒険で、「冒険」の中身が、成長につれて置き換わってゆく。
(ネバーランドに行きたいな、というのが、地球に変わって…)
どうすれば「憧れの地球」に行けるか、考えながら「自分の進路」を思い描いて歩み始める。
(…行きたい道へは、学校の成績と、成人検査の結果次第で…)
行けるか否かが決まるわけだし、誰しも努力を惜しみはしない。
本当に「夢」を持っているなら、叶えられるように勉強をしたり、身体を鍛えたりもする。
(ぼくだって、そうで…)
父から聞いた「ネバーランドよりも、素敵な地球」を目指した。
きっと其処には楽園があって、素晴らしいのに違いない、と疑いさえもしなかった。
(…でも、本当は…)
違うみたいだ、と今のシロエは気付いている。
憧れていた「ネバーランド」も、今の世界では「悪い世界」になるのだろう。
(…大人社会に入ってゆくには、子供のままの心では駄目で…)
そうならないよう、成人検査を受けさせ、子供時代を「捨てさせる」。
養父母たちと暮らした記憶を、今の社会に都合がいいよう、機械が強引に書き換えて。
ステーションにいる「候補生たち」は、皆、機械の理想の「大人」の候補。
幼かった頃の記憶にしがみついたり、薄れる記憶を繋ぎ止めようと足掻いたりはしない。
(…此処でなくても、何処のステーションでも…)
似たようなものなんだろう、と分かるからこそ、シロエは「どうして?」と疑問に思う。
『ピーターパン』の本に捕まらなければ、シロエも「流れ」に乗ってゆけたろう。
(行きたい場所が、ネバーランドから地球に変わっていったら…)
現実的な世界に惹かれ始めて、夜空を駆ける夢にしたって、変わってゆきそう。
「ピーターパンの迎えを待つ」のではなくて、「宇宙船などを操って飛び立つ」方へと。
(冒険の旅も、海賊退治をするのなら…)
宇宙海軍に入隊したなら、「本物の海賊退治」に出掛けてゆける。
今の時代の「海賊」は「宇宙海賊」だから、宇宙海軍が常に警備に回っているらしい。
(…その程度の知識は、育英都市でも…)
その気になったら「分かった」ことだし、普通の子供は、「そう」だったろう。
(大きくなったら、パイロットになろうとか、宇宙海軍に入りたいとか…)
将来の「目標」が出来るけれども、シロエの場合は「違っていた」。
目標だったのは「地球」で、其処へ着いたら「これをしたい」という夢は無かった。
ただ、がむしゃらに努力しただけで、「地球」しか見えていなかった。
(…ぼくが大人になった姿なんか…)
明確な像を結んでいなくて、漠然とした「夢」があっただけ。
「大人になったら、地球へ行くんだ」と、「どういう大人」なのかも考えないで。
(…そうなっちゃったの、この本に惹かれ過ぎちゃったせいで…)
ネバーランドに焦がれ続けて、その先に「地球」があったからだ、と自覚なら「ある」。
惹かれた本が『ピーターパン』とは違う本なら、今の「シロエ」は出来上がっていない。
(…他の本には、まるで興味が無かったから…)
一読したら「それでおしまい」、繰り返し読んでいた本は『ピーターパン』だけ。
けれども、記憶に残る本の中には、冒険の旅も幾つもあった。
(小さな子供が旅を始めて、いろんな危機を乗り越えて行って…)
立派な騎士になる物語もあれば、王様にまでなった話もあったと覚えてはいる。
そうした本に惹かれていたなら、今の「シロエ」は、立派な「エリート候補生」だろう。
(メンバーズになれば、今の時代の「騎士様」」で…)
国家騎士団という組織もあるから、名実ともに「騎士」になれるし、順風満帆。
子供時代の記憶に縛られはしないで、真っ直ぐに前を見詰めて歩む人生。
(…もしかして、この本が、悪かったのかな…?)
ぼくの大切な宝物だけれと、と『ピーターパン』の本を眺める。
どう考えてみても「シロエの人生」を狂わせたものは、この本と言える。
(……今の時代に、そぐわないよ……)
永遠の子供のピーターパンを描いた本は、と溜息が零れ落ちそう。
「子供のままではいられない」のが今の社会で、機械は「子供の心を持った大人」を否定する。
それなのに、何故、この本が今も残り続けて、シロエの許まで辿り着いたのか。
(…禁書にしたって、いいと思うのに…)
むしろ、その方が相応しい、と思うけれども、本は残って、シロエは「出会った」。
(……運命なのかな……)
ピーターパンの本が似合う世界を、取り戻すために、ぼくは生まれたのかな、という気がする。
ならば、努力を続けるしかない。
昔のように「子供が子供でいられる世界」を、もう一度、作り出すために。
長い旅路になるだろうけれど、「運命の出会い」だったというなら、頑張ってゆこう。
(…ピーターパン…)
やり遂げた時には、迎えに来てね、とシロエは「ネバーランド」を夢見て微笑む。
其処は「地球よりも、素晴らしい」から。
機械の支配に屈しないまま、今も何処かに「ある筈」だから…。
違う本なら・了
※シロエが持っていた『ピーターパン』ですけど、SD体制の時代には不似合いな本。
禁書になっていなかったのが今も不思議で、其処から生まれたお話です。
ぼくの大切な宝物、とシロエは両親に貰った本の表紙を撫でる。
Eー1077の夜の個室で、そっとページをめくる間に、頭の中をよぎったもの。
(…どうして、この本だったんだろう?)
ぼくを虜にした一冊は、と遠い記憶を振り返ってみる。
ステーションまで持って来たほど、とても大事な本だけれども、何故、この本なのか。
(ぼくが一番、惹かれたからで…)
両親が選んで与えてくれた本たちの中で、『ピーターパン』は抜きん出ていた。
貰って一気に読み終えた後も、本の世界に夢中になった。
繰り返し読んで、筋をすっかり覚えてしまっても、飽きることなど一度も無かった。
(最初に憧れたのは、ネバーランドよりも…)
ピーターパンと一緒に飛んでゆく旅で、単純に「夜空を飛んでみたかった」。
空を飛ぶのは、幼い子供が抱く夢の一つで、シロエも同じに憧れただけ。
(それに夜空を飛ぶというのが…)
楽しそうだ、と心が躍ったことを覚えている。
育英都市で育つ子供は、養父母が「きちんと」育てていたから、夜更かしはしない。
年齢に合わせて「床に就く」時間が定められていた。
(もちろん、家の事情とかもあるから…)
規則通りとゆきはしないし、多少の幅はあったけれども、深夜まで起きていてはいけない。
(ピーターパンが飛んで来るような時間は、とうにベッドで…)
寝ているだけに、幼いシロエは「夜空」を飽きずに眺めてはいない。
(あの星を、もっと見ていたいから、ってパパに言っても…)
返った答えは「寝る時間だよ」で、父にベッドへ連れて行かれた。
夜空に輝く星の一つを、眠くなるまで仰いでいることは許されなかった。
(…夜の空を見ながら、飛んで行けたら…)
素敵だろうな、と幼かったシロエは夢を描いた。
「ピーターパンが来てくれたなら、ぼくも行けるよ」と、夜空の旅に出掛けたくなる。
その日が来たら、きっと行こう、と考えたことが、始まりの一歩。
『ピーターパン』の本との出会いは、そういったもので、恐らく、ありがちな憧れだろう。
空を飛ぶことが出来ない「人間」だけに、子供でなくとも、惹き付けられそう。
(…うん、其処までは、みんな同じで…)
少し育ったら、ネバーランドでの冒険などに胸を躍らせ、自分も入ってゆきたくなる。
ピーターパンと一緒に走り回って、海賊退治をしたりするのが楽しそうだ、と。
(ぼくもそうだし、ピーターパンと活躍したくて…)
ネバーランドへの夢を膨らませていった。
「いつか行くんだ」と、迎えが来たなら、直ぐに旅立てるように心構えもした。
(…小さい間は、それで良かったんだけれどね…)
何処も間違ってはいない思考で、「冒険したい」のは健全に育っている証拠でもある。
将来に向けた夢が冒険で、「冒険」の中身が、成長につれて置き換わってゆく。
(ネバーランドに行きたいな、というのが、地球に変わって…)
どうすれば「憧れの地球」に行けるか、考えながら「自分の進路」を思い描いて歩み始める。
(…行きたい道へは、学校の成績と、成人検査の結果次第で…)
行けるか否かが決まるわけだし、誰しも努力を惜しみはしない。
本当に「夢」を持っているなら、叶えられるように勉強をしたり、身体を鍛えたりもする。
(ぼくだって、そうで…)
父から聞いた「ネバーランドよりも、素敵な地球」を目指した。
きっと其処には楽園があって、素晴らしいのに違いない、と疑いさえもしなかった。
(…でも、本当は…)
違うみたいだ、と今のシロエは気付いている。
憧れていた「ネバーランド」も、今の世界では「悪い世界」になるのだろう。
(…大人社会に入ってゆくには、子供のままの心では駄目で…)
そうならないよう、成人検査を受けさせ、子供時代を「捨てさせる」。
養父母たちと暮らした記憶を、今の社会に都合がいいよう、機械が強引に書き換えて。
ステーションにいる「候補生たち」は、皆、機械の理想の「大人」の候補。
幼かった頃の記憶にしがみついたり、薄れる記憶を繋ぎ止めようと足掻いたりはしない。
(…此処でなくても、何処のステーションでも…)
似たようなものなんだろう、と分かるからこそ、シロエは「どうして?」と疑問に思う。
『ピーターパン』の本に捕まらなければ、シロエも「流れ」に乗ってゆけたろう。
(行きたい場所が、ネバーランドから地球に変わっていったら…)
現実的な世界に惹かれ始めて、夜空を駆ける夢にしたって、変わってゆきそう。
「ピーターパンの迎えを待つ」のではなくて、「宇宙船などを操って飛び立つ」方へと。
(冒険の旅も、海賊退治をするのなら…)
宇宙海軍に入隊したなら、「本物の海賊退治」に出掛けてゆける。
今の時代の「海賊」は「宇宙海賊」だから、宇宙海軍が常に警備に回っているらしい。
(…その程度の知識は、育英都市でも…)
その気になったら「分かった」ことだし、普通の子供は、「そう」だったろう。
(大きくなったら、パイロットになろうとか、宇宙海軍に入りたいとか…)
将来の「目標」が出来るけれども、シロエの場合は「違っていた」。
目標だったのは「地球」で、其処へ着いたら「これをしたい」という夢は無かった。
ただ、がむしゃらに努力しただけで、「地球」しか見えていなかった。
(…ぼくが大人になった姿なんか…)
明確な像を結んでいなくて、漠然とした「夢」があっただけ。
「大人になったら、地球へ行くんだ」と、「どういう大人」なのかも考えないで。
(…そうなっちゃったの、この本に惹かれ過ぎちゃったせいで…)
ネバーランドに焦がれ続けて、その先に「地球」があったからだ、と自覚なら「ある」。
惹かれた本が『ピーターパン』とは違う本なら、今の「シロエ」は出来上がっていない。
(…他の本には、まるで興味が無かったから…)
一読したら「それでおしまい」、繰り返し読んでいた本は『ピーターパン』だけ。
けれども、記憶に残る本の中には、冒険の旅も幾つもあった。
(小さな子供が旅を始めて、いろんな危機を乗り越えて行って…)
立派な騎士になる物語もあれば、王様にまでなった話もあったと覚えてはいる。
そうした本に惹かれていたなら、今の「シロエ」は、立派な「エリート候補生」だろう。
(メンバーズになれば、今の時代の「騎士様」」で…)
国家騎士団という組織もあるから、名実ともに「騎士」になれるし、順風満帆。
子供時代の記憶に縛られはしないで、真っ直ぐに前を見詰めて歩む人生。
(…もしかして、この本が、悪かったのかな…?)
ぼくの大切な宝物だけれと、と『ピーターパン』の本を眺める。
どう考えてみても「シロエの人生」を狂わせたものは、この本と言える。
(……今の時代に、そぐわないよ……)
永遠の子供のピーターパンを描いた本は、と溜息が零れ落ちそう。
「子供のままではいられない」のが今の社会で、機械は「子供の心を持った大人」を否定する。
それなのに、何故、この本が今も残り続けて、シロエの許まで辿り着いたのか。
(…禁書にしたって、いいと思うのに…)
むしろ、その方が相応しい、と思うけれども、本は残って、シロエは「出会った」。
(……運命なのかな……)
ピーターパンの本が似合う世界を、取り戻すために、ぼくは生まれたのかな、という気がする。
ならば、努力を続けるしかない。
昔のように「子供が子供でいられる世界」を、もう一度、作り出すために。
長い旅路になるだろうけれど、「運命の出会い」だったというなら、頑張ってゆこう。
(…ピーターパン…)
やり遂げた時には、迎えに来てね、とシロエは「ネバーランド」を夢見て微笑む。
其処は「地球よりも、素晴らしい」から。
機械の支配に屈しないまま、今も何処かに「ある筈」だから…。
違う本なら・了
※シロエが持っていた『ピーターパン』ですけど、SD体制の時代には不似合いな本。
禁書になっていなかったのが今も不思議で、其処から生まれたお話です。
(ソルジャー・ブルー…)
今の状況を作り出したのは、奴だな、とキースは心の中で、一人、呟く。
首都惑星ノアの自室で、とうに夜更けになっていた。
(…私の居場所も、あいつのせいで…)
こんな所になっているんだ、とキースが見回す部屋は、軍人向けの場所ではない。
最高機関「パルテノン」に属する「元老」だけが与えられる、特別な空間。
(これでも、簡素なものを、と頼んだ結果で…)
そうでなければ「豪邸」に住む羽目になっているぞ、と嘆きたくなる。
元老の地位は必要だけれど、余計な「家」など望んではいない。
(…思っていたより、かなり早くにパルテノン入りだが…)
なんとも水の合わない場所だ、と思わざるを得ない。
「初の軍人出身の元老」と騒がれるだけあって、軍人の世界とは大きく異なる。
(…いずれいつかは、来る筈の場所で…)
グランド・マザーも「そのつもり」で、「キース・アニアン」を無から作り出した。
SD体制を正しく導いてゆけるよう、マザー・イライザとの共同作業。
(…そして私は、計画通りに此処へ来たとはいえ…)
計算違いはあったろうな、とキースは、コーヒーのカップを指で弾いた。
このコーヒーを淹れた「マツカ」は、人類ではない。
キースの側近として知られる彼は、ジルベスター・セブン以来の部下だけれども…。
(正体は、ミュウで…)
もしも「マツカ」がいなかったなら、「キース」は生きて此処にはいない。
ソルジャー・ブルーがメギドを破壊した時、道連れにされて死んでしまって全ておしまい。
(…そうならなかったのは、人類にとっては幸運だろうが…)
あの「メギド」から、全て変わった、と今日までの道を振り返ってみる。
メギドが正常に作動していれば、キースは、未だに「軍人」だろう。
ミュウ殲滅の褒美で、何階級か特進を遂げて、最高位の国家騎士団総司令かもしれない。
しかし、現実は違った。
キースは「国家騎士団総司令」の任を務める途中で、パルテノン入りをしている。
恐らく、これも「計算違い」の一つだろう。
ジルベスター・セブンが崩壊した後、ミュウは急速に戦力を増した。
アルテメシア陥落を手始めに、あちこちの星でマザー・システムを滅ぼしつつある。
(…あの時、ソルジャー・ブルーが、来ていなければ…)
ジルベスター・セブンは「メギドの第二波」で燃えて、ミュウの母船も消えていた。
(タイプ・ブルーが何人いようが、そうなった筈だ…)
第二波を防ぐ余力は無かっただろうな、と思う根拠は「タイプ・ブルー」たちにある。
「メギドを防いだ」と、人類軍を驚かせたタイプ・ブルーは、大部分が幼い子供だった。
幼児や乳児が急成長して、防いだと聞く。
(…元が幼い子供では…)
体力的な限外があるし、第一波を止めるのが精一杯だったろう。
第二波攻撃を加えられていれば、ミュウを殲滅出来ていたのに、そうはならなかった。
(…ソルジャー・ブルー…)
自らの命を犠牲にしてまで、今の状況を作り出した男、と憎いけれども、その逆でもある。
(……どうして、其処まで出来たのだ……)
死んでしまえば終わりではないか、と思う一方、羨ましいと思う自分が存在する。
(…セキ・レイ・シロエ…)
彼の最期も少し似ていた、と今だから感じる。
シロエも「命を懸けて守りたかった」ものがあったから、あの道を選んだ。
(ソルジャー・ブルーのように、誰かを守るものではなかったが…)
自分の信念を貫き通して、「心」を守った。
機械が支配している世界を嫌って、自らの願う場所を目指して飛び去って行った。
命と引き換えの旅立ちだったけれども、彼に後悔は無かっただろう。
(……ミュウというのは……)
そういう人種になるのだろうか、と考えてしまう。
側近に据えた「マツカ」も、何処か「彼ら」に似ている所があった。
人類のキースに仕えているのは、マツカにとっては「命懸け」でもある。
正体が知れれば、彼の命は「その場で」消されて、逃げる暇さえ与えられはしない。
なのに、マツカは逃げもしないで、側近の務めを続けている。
(…私が命の恩人だから、と…)
ミュウの側へは行かないままで、危うい場所で生きているのも、ミュウだからかもしれない。
多分、マツカが「命を懸けて守りたいもの」は、「キース」なのだろう。
だからキースに仕え続けて、ミュウならではの力で「キース」を守り続ける。
(…ミュウがそういう人種だとすれば、人類の方は…)
どうなのだろうか、と改めて考えてみるまでもない。
パルテノン入りを果たすより前、何度も足を引っ張られた。
「キース」が目障りな者たちに殺されかけたのは、数え切れないほどの回数。
(上層部が、その有様ではな…)
一般市民の世界も、容易に想像出来る。
「自らの命を犠牲にしてまで」、何かを守ろうとする者は、皆無なのに違いない。
(…情けない話だ…)
養父母でさえも、自分の子供を「殺させる」のだしな、と頭に浮かぶ「ミュウの処分」。
ミュウの兆候を見せた子供は、ユニバーサルに通報されて、殺されるのが常識。
殺されなくても、研究対象として「捕獲」されるだけ。
(…親が自分の保身のために、いち早く…)
赤ん坊でも届け出るのだ、と恐ろしくもある。
ミュウの兆しを見せる前の子は、「我が子」として愛おしまれていたのだろうに。
なんと違いが大きいのか、と考えてゆけばゆくほど、ミュウが羨ましくなって来る。
彼らの生き方は「理解出来ない」と思う自分と、「羨ましい」と感じる自分。
(…指導者が死んでしまえば、組織は終わってしまうのに…)
ソルジャー・ブルーは、その道を選んだ、と不思議ではあっても、今の状況が全て。
彼が命を捨てなかったら、今も人類の世界は安泰だったろう。
(…私のパルテノン入りにしても、もっと先の事で…)
ミュウは処分されるだけの異物だった、と痛切に思い知らされる。
「ソルジャー・ブルーが、命を犠牲に守ったもの」が、いったい何を生み出したのか。
彼が作り出した現状が指しているのは、間違いなく「ミュウの勝利に終わる」結末。
いずれ彼らがSD体制を倒し、ミュウの時代がやって来るのだろう。
(…ミュウの因子を、出生前に遡って、抹消しない限り…)
その日は来る、と分かっているから、「ソルジャー・ブルー」は「偉大だった」。
敵ながら天晴れ、と思わされるわけで、本当に、彼が羨ましい。
同じ指導者への道を歩んではいても、キースに「そういう未来」は、ありそうにない。
(私が命を懸けて守りたいほど、この世界には…)
素晴らしいものなど無いのだしな、と人類の世界が嘆かわしい。
出世のために他人を消したり、保身のために我が子を殺させたりしている者たちばかり。
(たまには、マシな者もいるようだが…)
そんな輩はミュウの味方だ、とスウェナ・ダールトンを頭に描く。
彼女は今や「ミュウの協力者」で、ジョミー・マーキス・シンとも接触しているくらい。
つまりは「ミュウか、ミュウと近しい者」だけが、ヒトらしく生きているのだろう。
(…私には、その生き方は無理で…)
許されてさえもいないのだが、と思いながらも、羨ましい。
「命を懸けて守りたい」ものなど、「キース」には無いし、見付かりそうにも思えない。
(…理想の人類として作られたのだしな…)
仕方ない、と溜息が零れるばかりなのだけれども、もしかしたなら、一つだけ…。
(……マツカ……)
いつかミュウたちが攻めて来たなら、マツカも戦闘に巻き込まれる。
指導者として立つ「キース」に対する、総攻撃が始まることだろう。
(…その時、マツカが側にいたなら…)
彼を庇って散るのもいい、と思わないでもない。
マツカの命が助かったならば、ミュウたちは「マツカから」、人類の話を聞くことが出来る。
(ろくな世界ではないのだが、それでもだ…)
キースの部下たちと暮らした日々を語ってくれれば、人類の評価が「少しだけ」でも…。
(…上がってくれると嬉しいのだが…)
私が「人類」にしてやれる、最後のことだ、と叶いそうにない「未来」を思う。
その日が来た時、そう出来れば、と…。
叶わない未来・了
※キースには「命を懸けて守りたいもの」があるのか、考えていたら生まれたお話。
SD体制の世界を守るしかないのですけど、命懸けで守るには情けない世界ですしね…。
今の状況を作り出したのは、奴だな、とキースは心の中で、一人、呟く。
首都惑星ノアの自室で、とうに夜更けになっていた。
(…私の居場所も、あいつのせいで…)
こんな所になっているんだ、とキースが見回す部屋は、軍人向けの場所ではない。
最高機関「パルテノン」に属する「元老」だけが与えられる、特別な空間。
(これでも、簡素なものを、と頼んだ結果で…)
そうでなければ「豪邸」に住む羽目になっているぞ、と嘆きたくなる。
元老の地位は必要だけれど、余計な「家」など望んではいない。
(…思っていたより、かなり早くにパルテノン入りだが…)
なんとも水の合わない場所だ、と思わざるを得ない。
「初の軍人出身の元老」と騒がれるだけあって、軍人の世界とは大きく異なる。
(…いずれいつかは、来る筈の場所で…)
グランド・マザーも「そのつもり」で、「キース・アニアン」を無から作り出した。
SD体制を正しく導いてゆけるよう、マザー・イライザとの共同作業。
(…そして私は、計画通りに此処へ来たとはいえ…)
計算違いはあったろうな、とキースは、コーヒーのカップを指で弾いた。
このコーヒーを淹れた「マツカ」は、人類ではない。
キースの側近として知られる彼は、ジルベスター・セブン以来の部下だけれども…。
(正体は、ミュウで…)
もしも「マツカ」がいなかったなら、「キース」は生きて此処にはいない。
ソルジャー・ブルーがメギドを破壊した時、道連れにされて死んでしまって全ておしまい。
(…そうならなかったのは、人類にとっては幸運だろうが…)
あの「メギド」から、全て変わった、と今日までの道を振り返ってみる。
メギドが正常に作動していれば、キースは、未だに「軍人」だろう。
ミュウ殲滅の褒美で、何階級か特進を遂げて、最高位の国家騎士団総司令かもしれない。
しかし、現実は違った。
キースは「国家騎士団総司令」の任を務める途中で、パルテノン入りをしている。
恐らく、これも「計算違い」の一つだろう。
ジルベスター・セブンが崩壊した後、ミュウは急速に戦力を増した。
アルテメシア陥落を手始めに、あちこちの星でマザー・システムを滅ぼしつつある。
(…あの時、ソルジャー・ブルーが、来ていなければ…)
ジルベスター・セブンは「メギドの第二波」で燃えて、ミュウの母船も消えていた。
(タイプ・ブルーが何人いようが、そうなった筈だ…)
第二波を防ぐ余力は無かっただろうな、と思う根拠は「タイプ・ブルー」たちにある。
「メギドを防いだ」と、人類軍を驚かせたタイプ・ブルーは、大部分が幼い子供だった。
幼児や乳児が急成長して、防いだと聞く。
(…元が幼い子供では…)
体力的な限外があるし、第一波を止めるのが精一杯だったろう。
第二波攻撃を加えられていれば、ミュウを殲滅出来ていたのに、そうはならなかった。
(…ソルジャー・ブルー…)
自らの命を犠牲にしてまで、今の状況を作り出した男、と憎いけれども、その逆でもある。
(……どうして、其処まで出来たのだ……)
死んでしまえば終わりではないか、と思う一方、羨ましいと思う自分が存在する。
(…セキ・レイ・シロエ…)
彼の最期も少し似ていた、と今だから感じる。
シロエも「命を懸けて守りたかった」ものがあったから、あの道を選んだ。
(ソルジャー・ブルーのように、誰かを守るものではなかったが…)
自分の信念を貫き通して、「心」を守った。
機械が支配している世界を嫌って、自らの願う場所を目指して飛び去って行った。
命と引き換えの旅立ちだったけれども、彼に後悔は無かっただろう。
(……ミュウというのは……)
そういう人種になるのだろうか、と考えてしまう。
側近に据えた「マツカ」も、何処か「彼ら」に似ている所があった。
人類のキースに仕えているのは、マツカにとっては「命懸け」でもある。
正体が知れれば、彼の命は「その場で」消されて、逃げる暇さえ与えられはしない。
なのに、マツカは逃げもしないで、側近の務めを続けている。
(…私が命の恩人だから、と…)
ミュウの側へは行かないままで、危うい場所で生きているのも、ミュウだからかもしれない。
多分、マツカが「命を懸けて守りたいもの」は、「キース」なのだろう。
だからキースに仕え続けて、ミュウならではの力で「キース」を守り続ける。
(…ミュウがそういう人種だとすれば、人類の方は…)
どうなのだろうか、と改めて考えてみるまでもない。
パルテノン入りを果たすより前、何度も足を引っ張られた。
「キース」が目障りな者たちに殺されかけたのは、数え切れないほどの回数。
(上層部が、その有様ではな…)
一般市民の世界も、容易に想像出来る。
「自らの命を犠牲にしてまで」、何かを守ろうとする者は、皆無なのに違いない。
(…情けない話だ…)
養父母でさえも、自分の子供を「殺させる」のだしな、と頭に浮かぶ「ミュウの処分」。
ミュウの兆候を見せた子供は、ユニバーサルに通報されて、殺されるのが常識。
殺されなくても、研究対象として「捕獲」されるだけ。
(…親が自分の保身のために、いち早く…)
赤ん坊でも届け出るのだ、と恐ろしくもある。
ミュウの兆しを見せる前の子は、「我が子」として愛おしまれていたのだろうに。
なんと違いが大きいのか、と考えてゆけばゆくほど、ミュウが羨ましくなって来る。
彼らの生き方は「理解出来ない」と思う自分と、「羨ましい」と感じる自分。
(…指導者が死んでしまえば、組織は終わってしまうのに…)
ソルジャー・ブルーは、その道を選んだ、と不思議ではあっても、今の状況が全て。
彼が命を捨てなかったら、今も人類の世界は安泰だったろう。
(…私のパルテノン入りにしても、もっと先の事で…)
ミュウは処分されるだけの異物だった、と痛切に思い知らされる。
「ソルジャー・ブルーが、命を犠牲に守ったもの」が、いったい何を生み出したのか。
彼が作り出した現状が指しているのは、間違いなく「ミュウの勝利に終わる」結末。
いずれ彼らがSD体制を倒し、ミュウの時代がやって来るのだろう。
(…ミュウの因子を、出生前に遡って、抹消しない限り…)
その日は来る、と分かっているから、「ソルジャー・ブルー」は「偉大だった」。
敵ながら天晴れ、と思わされるわけで、本当に、彼が羨ましい。
同じ指導者への道を歩んではいても、キースに「そういう未来」は、ありそうにない。
(私が命を懸けて守りたいほど、この世界には…)
素晴らしいものなど無いのだしな、と人類の世界が嘆かわしい。
出世のために他人を消したり、保身のために我が子を殺させたりしている者たちばかり。
(たまには、マシな者もいるようだが…)
そんな輩はミュウの味方だ、とスウェナ・ダールトンを頭に描く。
彼女は今や「ミュウの協力者」で、ジョミー・マーキス・シンとも接触しているくらい。
つまりは「ミュウか、ミュウと近しい者」だけが、ヒトらしく生きているのだろう。
(…私には、その生き方は無理で…)
許されてさえもいないのだが、と思いながらも、羨ましい。
「命を懸けて守りたい」ものなど、「キース」には無いし、見付かりそうにも思えない。
(…理想の人類として作られたのだしな…)
仕方ない、と溜息が零れるばかりなのだけれども、もしかしたなら、一つだけ…。
(……マツカ……)
いつかミュウたちが攻めて来たなら、マツカも戦闘に巻き込まれる。
指導者として立つ「キース」に対する、総攻撃が始まることだろう。
(…その時、マツカが側にいたなら…)
彼を庇って散るのもいい、と思わないでもない。
マツカの命が助かったならば、ミュウたちは「マツカから」、人類の話を聞くことが出来る。
(ろくな世界ではないのだが、それでもだ…)
キースの部下たちと暮らした日々を語ってくれれば、人類の評価が「少しだけ」でも…。
(…上がってくれると嬉しいのだが…)
私が「人類」にしてやれる、最後のことだ、と叶いそうにない「未来」を思う。
その日が来た時、そう出来れば、と…。
叶わない未来・了
※キースには「命を懸けて守りたいもの」があるのか、考えていたら生まれたお話。
SD体制の世界を守るしかないのですけど、命懸けで守るには情けない世界ですしね…。
(ネバーランドよりも、素敵な場所だと思ってたのに…)
いつから違っちゃったんだろう、とシロエがついた深い溜息。
Eー1077の夜の個室で、考えるものは「地球」のこと。
(初めて、地球を教えてくれたのは、パパで…)
ピーターパンの本を読んでいた時、とびきりの笑顔で話してくれた。
「ネバーランドよりも、素晴らしい場所が地球なんだぞ」と、初めて聞いた星の名を挙げて。
「シロエなら、行けるかもしれないな」と、父は夢を掻き立てる言葉を口にした。
(…地球に行けるのは、選ばれた優秀な人間だけで…)
それ以外の者は行けないという。
父は優れた研究者だけれど、地球に行ける資格は無いらしい。
(パパよりも、凄い研究者とかにならないと駄目で…)
行けるかどうかは、努力次第なら、頑張らないと、と子供心に決意したのを覚えている。
(…ネバーランドにだって、行きたかったけれど…)
ピーターパンの迎えを待つより他に、行き方が無いのが「ネバーランド」という場所だった。
道順は本に書いてあっても、その通りにするのは難しすぎる。
(…二つ目の角を右に曲がって、後は朝まで、ずっと真っ直ぐ…)
そうは言っても、二つ目の角は、何処を指すのだろう。
何度も試しに曲がってみては、「違うみたいだ」とガッカリした。
(右に曲がるのは、簡単なんだけどね…)
「後は朝まで、ずっと真っ直ぐ」が、幼い子供には難しすぎて、どうにも出来ない。
朝は東からやって来るけれど、朝が来るまで、東へ向かって、ずっと歩き続けられはしない。
(食べ物と飲み物を持って、出発したって…)
日が暮れて来たら、誰かに声を掛けられるか、警備員でもやって来るか。
育英都市で暮らす大人は、皆が「子供」に気を掛けている。
(小さな子供が、夜中に一人で歩いているなんて…)
誰が見たって、「両親は何をしているんだ」と思うに違いない。
(…パパとママが呼ばれるのが先か、ぼくが止められて保護されるか…)
どう考えてみても、どちらかしかない。
ネバーランドに行きたかったら、「ピーターパンの迎えを待つ」のが唯一の方法と言える。
自分の方から出掛けて行くことは、夢物語に等しい。
ずっと行きたかったネバーランドは、頑張っても手には入らない夢の国。
けれども、「地球」は、そうではないようだ。
(ぼくが頑張って、素晴らしい人になれたら…)
地球に行く資格を貰うことが出来る。
「誰かの迎えを待つ」としたなら、地球に行くための船のパイロットくらい。
(自分で操縦して行けるとは、限らないしね…)
ぼくのパパだって、宇宙船は無理、と父の車を思い浮かべた。
エネルゲイアで暮らす大人たちの殆どは、宇宙船など操れはしない。
(ぼくも、研究者になるんだったら、宇宙船の操縦なんかは…)
学校で教えて貰えそうにないし、地球に行くには、誰かに乗せて行って貰うことになる。
(…定期便があるとしたって、それが来ないと…)
地球には辿り着けないわけだから、「迎えを待つ」のは、そういったもの。
(…パイロットも船も、ぼくが頑張る必要は無くて…)
「まだ来ないかな?」と腕時計でも見ている間に、到着する。
迎えが着いたら、地球へ向かう船に乗り込むだけで、夢の国へと運んで貰える。
(…ネバーランドよりも、行く方法は簡単だよね…)
難しいのは、行くための資格を手に入れることだけ、と道が見えたら、目指したくなる。
(待ってるだけより、努力次第で行ける場所の方が…)
夢を抱くには、相応しい場所。
ついでに言うなら、ネバーランドの方にしたって…。
(地球に行くために頑張ってる間に、ピーターパンが来てくれたなら…)
夜空を飛んで出掛けてゆけるし、諦めてしまわなくてもいい。
ネバーランドと、「ネバーランドよりも素晴らしい地球」と、両方を待っているのがいい。
運が良ければ、両方の夢が叶って、両方ともに行けるのだから。
(…それがいいよ、って思ったから…)
早速、地球を目指して、努力する日々が始まった。
勉強も、体育の授業なんかも、今まで以上に頑張って好成績を叩き出してゆく。
そうする間に、「メンバーズ・エリート」という言葉を教わった。
(うんと優秀な人間だけしか、メンバーズ・エリートにはなれなくって…)
もしもなれたら、地球への道も開けるらしい。
学校の先生たちは、そう言って皆を励ましていた。
(…頑張って、メンバーズになってくれたら、先生たちも嬉しいです、って…)
どの先生も口を揃えて言うものだから、メンバーズ・エリートを目標に据えることにした。
エネルゲイアは研究者を育てる育英都市なのだけれど、成績優秀だったら、コースは変わる。
(…エリートを育てる、教育ステーションに行って…)
其処で四年間、また勉強を続けて、大勢の中から、数人だけが選ばれるようだから…。
(うんと勉強、頑張らないと…)
なれないみたい、と分かったからには、努力を続けてゆくしかない。
まずは「エリートのための、教育ステーション」に行ける人間として、選び出されること。
めでたく「ステーション」まで行けたら、それまでよりも、もっと努力が必要だけれど…。
(頑張り続けて、トップの成績を叩き出せたら、間違いなく…)
メンバーズ・エリートになれるのだから、頑張る価値は充分にある。
「地球に行ける資格」を手に入れるための努力を、惜しむ気などは全く無い。
(寝てる時間も惜しいくらいに、頑張るってば!)
そうすれば、きっと「地球」に行けるよ、と故郷の星で夢を大きく膨らませていた。
「いつか行くんだ」と、ネバーランドよりも素敵な場所を心に描き続けて。
あの頃、夢に見ていた「地球」という星は、まさに楽園そのものだった。
ネバーランドは「子供のための楽園」だけれど、地球は「大人のための楽園」。
(…ずっと昔に、人類が初めて生まれたのが、地球という星で…)
一度は滅びた星だったのを、SD体制を敷いて蘇らせて、今がある。
地球は「人類の聖地」と呼ばれて、選ばれた者だけにしか、其処への道は開かれない。
(…どんなに素敵な所なんだろう、って…)
あれこれ夢見て、頑張り続けて、ついに「此処まで」やって来た。
エリートのための最高学府の、Eー1077教育ステーション。
(…だけど、此処に来る前に…)
失ったものが大きすぎるから、本当に「地球」を目指して良かったのか。
ピーターパンだけを待っていたなら、他にも道があっただろうか。
(…今のぼくには、地球という星は…)
憎いコンピューターが支配している場所でしかない。
いつか行けても、「夢の場所だ」と思えはしないことだろう。
どんなに素晴らしい「大人のための楽園」でも。
青く輝く、人類が生まれた「母なる星」が待っていたって。
夢に見ていた「楽園」は幻のように消えてしまって、グランド・マザーの玉座に変わった。
(…いつから、こうなってしまったんだろう…)
夢の場所ではなくなるなんて、と悲しいけれども、それでも「地球」を目指すしかない。
努力して地球に着かない限りは、グランド、マザーを止められないから。
グランド・マザーが止まってくれない限りは、失った記憶も戻ってくれはしないし、努力する。
夢の国ではなくなってしまった、地球を目指して。
楽園に繋がっているわけではない道を歩いて、歩き続けてゆくだけの旅路。
いつの日か、「子供が子供でいられる世界」を、取り戻すために、今は、ひたすら。
幼かった日に夢に見ていた、「地球」という星へ…。
夢に見た楽園・了
※シロエが行きたがっていた地球。アニテラで宇宙に散る前にも、口にしていたくらい。
いつから地球に憧れ始めて、どんな風に捉えていたのか、考えてみたお話。
いつから違っちゃったんだろう、とシロエがついた深い溜息。
Eー1077の夜の個室で、考えるものは「地球」のこと。
(初めて、地球を教えてくれたのは、パパで…)
ピーターパンの本を読んでいた時、とびきりの笑顔で話してくれた。
「ネバーランドよりも、素晴らしい場所が地球なんだぞ」と、初めて聞いた星の名を挙げて。
「シロエなら、行けるかもしれないな」と、父は夢を掻き立てる言葉を口にした。
(…地球に行けるのは、選ばれた優秀な人間だけで…)
それ以外の者は行けないという。
父は優れた研究者だけれど、地球に行ける資格は無いらしい。
(パパよりも、凄い研究者とかにならないと駄目で…)
行けるかどうかは、努力次第なら、頑張らないと、と子供心に決意したのを覚えている。
(…ネバーランドにだって、行きたかったけれど…)
ピーターパンの迎えを待つより他に、行き方が無いのが「ネバーランド」という場所だった。
道順は本に書いてあっても、その通りにするのは難しすぎる。
(…二つ目の角を右に曲がって、後は朝まで、ずっと真っ直ぐ…)
そうは言っても、二つ目の角は、何処を指すのだろう。
何度も試しに曲がってみては、「違うみたいだ」とガッカリした。
(右に曲がるのは、簡単なんだけどね…)
「後は朝まで、ずっと真っ直ぐ」が、幼い子供には難しすぎて、どうにも出来ない。
朝は東からやって来るけれど、朝が来るまで、東へ向かって、ずっと歩き続けられはしない。
(食べ物と飲み物を持って、出発したって…)
日が暮れて来たら、誰かに声を掛けられるか、警備員でもやって来るか。
育英都市で暮らす大人は、皆が「子供」に気を掛けている。
(小さな子供が、夜中に一人で歩いているなんて…)
誰が見たって、「両親は何をしているんだ」と思うに違いない。
(…パパとママが呼ばれるのが先か、ぼくが止められて保護されるか…)
どう考えてみても、どちらかしかない。
ネバーランドに行きたかったら、「ピーターパンの迎えを待つ」のが唯一の方法と言える。
自分の方から出掛けて行くことは、夢物語に等しい。
ずっと行きたかったネバーランドは、頑張っても手には入らない夢の国。
けれども、「地球」は、そうではないようだ。
(ぼくが頑張って、素晴らしい人になれたら…)
地球に行く資格を貰うことが出来る。
「誰かの迎えを待つ」としたなら、地球に行くための船のパイロットくらい。
(自分で操縦して行けるとは、限らないしね…)
ぼくのパパだって、宇宙船は無理、と父の車を思い浮かべた。
エネルゲイアで暮らす大人たちの殆どは、宇宙船など操れはしない。
(ぼくも、研究者になるんだったら、宇宙船の操縦なんかは…)
学校で教えて貰えそうにないし、地球に行くには、誰かに乗せて行って貰うことになる。
(…定期便があるとしたって、それが来ないと…)
地球には辿り着けないわけだから、「迎えを待つ」のは、そういったもの。
(…パイロットも船も、ぼくが頑張る必要は無くて…)
「まだ来ないかな?」と腕時計でも見ている間に、到着する。
迎えが着いたら、地球へ向かう船に乗り込むだけで、夢の国へと運んで貰える。
(…ネバーランドよりも、行く方法は簡単だよね…)
難しいのは、行くための資格を手に入れることだけ、と道が見えたら、目指したくなる。
(待ってるだけより、努力次第で行ける場所の方が…)
夢を抱くには、相応しい場所。
ついでに言うなら、ネバーランドの方にしたって…。
(地球に行くために頑張ってる間に、ピーターパンが来てくれたなら…)
夜空を飛んで出掛けてゆけるし、諦めてしまわなくてもいい。
ネバーランドと、「ネバーランドよりも素晴らしい地球」と、両方を待っているのがいい。
運が良ければ、両方の夢が叶って、両方ともに行けるのだから。
(…それがいいよ、って思ったから…)
早速、地球を目指して、努力する日々が始まった。
勉強も、体育の授業なんかも、今まで以上に頑張って好成績を叩き出してゆく。
そうする間に、「メンバーズ・エリート」という言葉を教わった。
(うんと優秀な人間だけしか、メンバーズ・エリートにはなれなくって…)
もしもなれたら、地球への道も開けるらしい。
学校の先生たちは、そう言って皆を励ましていた。
(…頑張って、メンバーズになってくれたら、先生たちも嬉しいです、って…)
どの先生も口を揃えて言うものだから、メンバーズ・エリートを目標に据えることにした。
エネルゲイアは研究者を育てる育英都市なのだけれど、成績優秀だったら、コースは変わる。
(…エリートを育てる、教育ステーションに行って…)
其処で四年間、また勉強を続けて、大勢の中から、数人だけが選ばれるようだから…。
(うんと勉強、頑張らないと…)
なれないみたい、と分かったからには、努力を続けてゆくしかない。
まずは「エリートのための、教育ステーション」に行ける人間として、選び出されること。
めでたく「ステーション」まで行けたら、それまでよりも、もっと努力が必要だけれど…。
(頑張り続けて、トップの成績を叩き出せたら、間違いなく…)
メンバーズ・エリートになれるのだから、頑張る価値は充分にある。
「地球に行ける資格」を手に入れるための努力を、惜しむ気などは全く無い。
(寝てる時間も惜しいくらいに、頑張るってば!)
そうすれば、きっと「地球」に行けるよ、と故郷の星で夢を大きく膨らませていた。
「いつか行くんだ」と、ネバーランドよりも素敵な場所を心に描き続けて。
あの頃、夢に見ていた「地球」という星は、まさに楽園そのものだった。
ネバーランドは「子供のための楽園」だけれど、地球は「大人のための楽園」。
(…ずっと昔に、人類が初めて生まれたのが、地球という星で…)
一度は滅びた星だったのを、SD体制を敷いて蘇らせて、今がある。
地球は「人類の聖地」と呼ばれて、選ばれた者だけにしか、其処への道は開かれない。
(…どんなに素敵な所なんだろう、って…)
あれこれ夢見て、頑張り続けて、ついに「此処まで」やって来た。
エリートのための最高学府の、Eー1077教育ステーション。
(…だけど、此処に来る前に…)
失ったものが大きすぎるから、本当に「地球」を目指して良かったのか。
ピーターパンだけを待っていたなら、他にも道があっただろうか。
(…今のぼくには、地球という星は…)
憎いコンピューターが支配している場所でしかない。
いつか行けても、「夢の場所だ」と思えはしないことだろう。
どんなに素晴らしい「大人のための楽園」でも。
青く輝く、人類が生まれた「母なる星」が待っていたって。
夢に見ていた「楽園」は幻のように消えてしまって、グランド・マザーの玉座に変わった。
(…いつから、こうなってしまったんだろう…)
夢の場所ではなくなるなんて、と悲しいけれども、それでも「地球」を目指すしかない。
努力して地球に着かない限りは、グランド、マザーを止められないから。
グランド・マザーが止まってくれない限りは、失った記憶も戻ってくれはしないし、努力する。
夢の国ではなくなってしまった、地球を目指して。
楽園に繋がっているわけではない道を歩いて、歩き続けてゆくだけの旅路。
いつの日か、「子供が子供でいられる世界」を、取り戻すために、今は、ひたすら。
幼かった日に夢に見ていた、「地球」という星へ…。
夢に見た楽園・了
※シロエが行きたがっていた地球。アニテラで宇宙に散る前にも、口にしていたくらい。
いつから地球に憧れ始めて、どんな風に捉えていたのか、考えてみたお話。
(……シロエ……)
お前は何を思っていた、とキースは遠い日の出来事を思い返す。
首都惑星ノアの国家騎士団総司令のための個室で、夜が更けた後に一人きりで。
(…あの日、シロエは船を奪って…)
暗い宇宙に飛んで行ったが、と「シロエを処分した」時を振り返ってゆく。
あの時、シロエが乗っていた船は練習艇で、武器を搭載してはいなかった。
(練習艇などで逃亡しても、逃げ切れるわけが無いというのに…)
シロエに分からない筈が無いのだ、と思うけれども、他の選択肢は無かったのか。
Eー1077で「シロエくらいの年の候補生」は、練習艇しか乗せて貰えない。
けれど、操縦の理論は習っているから、他の船でも「初見で」操縦することは出来る。
(……船なら、他にもあったのに……)
キースがシロエを追った船もあったし、それ以外にも「武装した」船はあったと思う。
その気さえあれば、シロエは「武装した船」で逃げられただろう。
(…かなり衰弱していたせいで、思考が上手く働かなかったのか…?)
練習艇しか目に入らなくて、目に付いた船で逃亡しただけなのか。
そうだとしたなら、シロエは「普段のシロエ」とは、少し違っていたかもしれない。
「逃げる」ことしか考えられない、常軌を逸した「半ば、狂気に近い」状態になって。
(それなら、練習艇で逃げても、おかしくはないが…)
シロエらしくない「逃げ方」になった理由が「狂気」だったなら、哀れではある。
ピーターパンの本だけを持って、「今のサム」のように、子供の心で逃げて行ったのなら。
(……本当に、あいつらしくもない……)
正気であって欲しいものだな、と考えるけれど、「そうではない」という気もする。
もしもシロエが「子供の頃の心に戻って」逃亡したなら、それは勝利とも言えるだろう。
「狂ってしまったサム」と同じで、機械の支配を逃れたからこそ、自分の世界に入り込める。
たとえ狂気の中であろうと、心は間違いなく「自由」そのもの。
何処へ行こうが、何処へ飛ぼうが、誰も「シロエ」を支配出来ない。
思うままに飛んで、飛び去った先が「破滅」だろうが、シロエは確かに「自由」だった。
真実は誰にも分からないけれど、シロエは飛び去り、自由な翼で旅立って行った。
「機械が支配する世界」を逃れて、焦がれ続けた「自由」を手に入れ、もう戻っては来ない。
(…勝手気ままに生きたと言えるか…)
どんな最期を迎えようとも、と考える内に、不意に頭を掠めた思考。
「機械が無から作った、キース」は、シロエのように生きられるのか。
自分の心に正直に生きて、戻れない過去にこだわり続けて、死と引き換えにして自由を掴む。
それがシロエの「人生」だったけれども、キースにも同じことが出来るか。
(…どうなのだろう…?)
そもそも「自由に生きた」こと自体が無い、というのが正直な思い。
マザー・イライザや、グランド・マザーの指示に従い、忠実に生きて今日まで来た。
(私の自由で決めたことと言えば…)
ミュウのマツカを側近に据えた程度で、他に「機械に逆らった」ことなどは無い。
(…シロエの船さえ、撃ち落とした程に…)
機械の言うままに生きて来たけれど、心の中には「疑問」が増え続けている。
SD体制も、グランド・マザーも、システムにしても、とても「正しい」とは考えられない。
(……しかし私は、逆らえないのだ……)
今の世界を導くように「作られた」からな、と悔しい思いは確かにある。
ならば「シロエ」が「そうした」道を選んで、「自由」を目指して飛び去れるのか。
(…何もかも、捨ててゆけるのならば…)
キースも「自由」になれるのだろう。
グランド・マザーも、国家騎士団総司令の地位も、これから先の人生も捨てて行けたなら。
(…私さえ、その気になったなら…)
その道を行くことは出来そうではある。
側近にしている「マツカ」も、予め先に逃がしておいたら、ミュウの船に行けるに違いない。
(…私が逃亡した場合に、危険が及ぶのは、マツカだけだな…)
他の部下には「やりよう」がある、と冷静に分析してみれば分かる。
皆、優秀な人材なのだし、「キース」が反逆罪になっても、殺される恐れは皆無だと思う。
(…私に関する、不都合な記憶を消されるだけで…)
それまで通りに生きられるだろう、と答えは出せるし、マツカさえ無事に逃がせたら…。
(逃げる道はある、というわけだが…)
誰に迷惑をかけることもなく、飛び去る自由は「私」にもある、と思いはする。
ただ、「その道」を選べるかどうか、其処の所が、まるで自信が無い。
なにしろ「シロエ」のように、「帰りたい世界」を「キース」は持たない。
育ててくれた養父母はいないし、故郷と呼べる星さえも無い。
「キース」の記憶は「Eー1077」から始まっていて、「それよりも以前」は存在しない。
飛び去ったシロエが狂気に陥っていたとしたなら、彼はサムと同じに幸せだったろう。
(…故郷の星へと飛んで行ったか、ピーターパンの本に出て来る世界へ…)
ネバーランドに旅立ったのか、どちらにしても幸せに満ちた世界への船出で、旅立ち。
ところが、キースは「狂気の中で、帰ってゆく」なら、水槽の中になってしまう。
其処が「キースが生まれた世界」で、記憶に残ってさえもいない暗闇。
(…暗闇は、御免蒙りたいが…)
狂気に陥った時に「何が見えるか」、「何処へ行くのか」、想像もつかないのが恐ろしい。
「お前はヒトではないのだから」と残酷な宣言を受けたようにも思えてしまう。
(…正気で逃げる以外に、道は無さそうだな…)
シロエは、どちらだったか謎なのだが、と「シロエ」の生き様が羨ましい。
正気だろうが、狂気だろうが、シロエは「自由」な世界を目指して「飛び去ってゆけた」。
機械の支配を振り捨てて逃げて、真の自由を手に入れたけれど、キースはどうか。
(…狂気の中では、幸せに逃げてゆけないのなら…)
最初から「自由」ではないようだ、と深い溜息が零れて落ちる。
最後まで自我を保っていないと、何もかも捨てて逃げられないなら、自由ではない。
(…正気さえも捨てて、それでもいいというのでなければ…)
とても「自由」とは言えない身なのだ、と自分の生まれが情けない。
今のサムが「子供の時代に戻っている」ように、「機械の支配」を逃れる道はキースには無い。
シロエがそうして旅立ったように、「何もかも捨てて」飛んでゆくにも、制約がある。
(…もしも、狂気の中に逃れたならば…)
私には「自由」が見えるのだろうか、と思う自由は持っているけれど、実行出来るか。
(…狂気に陥ること自体が、出来ないように訓練されてしまって…)
その道も選べないように思える、と分かっているから、今夜は「シロエ」を羨んでしまう。
狂気だろうと、正気だろうと、彼は「自由」に飛び去ったから。
何もかも捨てて「自由」を選んで、間違いなく「自由」を手に入れて去った。
(…いつか私も、そう出来たなら…)
自由に振る舞った先に「自由」を手にすることが出来たら、と夢を見るのは自由だろう。
たとえ「危険な思考」だとしても。
グランド・マザーに気付かれたとしたら、消されてしまいそうな思考でも。
(…狂気の中には、逃れられそうもないのだからな…)
せめて「夢」くらい見させて欲しい、と「シロエ」が飛び去った「宇宙」を思い浮かべる。
いつかは、自分も飛んでゆけたら、と。
「機械に無から作られた」身体だろうが、心だけは自由に、思う場所へと…。
羨ましい道・了
※キースは「何もかも捨てて逃げる」ことが出来るか、考えてみた所から出来たお話。
無から作られて水槽で育っただけに、シロエのように「逃げてゆく」のも難しいのかも…。
お前は何を思っていた、とキースは遠い日の出来事を思い返す。
首都惑星ノアの国家騎士団総司令のための個室で、夜が更けた後に一人きりで。
(…あの日、シロエは船を奪って…)
暗い宇宙に飛んで行ったが、と「シロエを処分した」時を振り返ってゆく。
あの時、シロエが乗っていた船は練習艇で、武器を搭載してはいなかった。
(練習艇などで逃亡しても、逃げ切れるわけが無いというのに…)
シロエに分からない筈が無いのだ、と思うけれども、他の選択肢は無かったのか。
Eー1077で「シロエくらいの年の候補生」は、練習艇しか乗せて貰えない。
けれど、操縦の理論は習っているから、他の船でも「初見で」操縦することは出来る。
(……船なら、他にもあったのに……)
キースがシロエを追った船もあったし、それ以外にも「武装した」船はあったと思う。
その気さえあれば、シロエは「武装した船」で逃げられただろう。
(…かなり衰弱していたせいで、思考が上手く働かなかったのか…?)
練習艇しか目に入らなくて、目に付いた船で逃亡しただけなのか。
そうだとしたなら、シロエは「普段のシロエ」とは、少し違っていたかもしれない。
「逃げる」ことしか考えられない、常軌を逸した「半ば、狂気に近い」状態になって。
(それなら、練習艇で逃げても、おかしくはないが…)
シロエらしくない「逃げ方」になった理由が「狂気」だったなら、哀れではある。
ピーターパンの本だけを持って、「今のサム」のように、子供の心で逃げて行ったのなら。
(……本当に、あいつらしくもない……)
正気であって欲しいものだな、と考えるけれど、「そうではない」という気もする。
もしもシロエが「子供の頃の心に戻って」逃亡したなら、それは勝利とも言えるだろう。
「狂ってしまったサム」と同じで、機械の支配を逃れたからこそ、自分の世界に入り込める。
たとえ狂気の中であろうと、心は間違いなく「自由」そのもの。
何処へ行こうが、何処へ飛ぼうが、誰も「シロエ」を支配出来ない。
思うままに飛んで、飛び去った先が「破滅」だろうが、シロエは確かに「自由」だった。
真実は誰にも分からないけれど、シロエは飛び去り、自由な翼で旅立って行った。
「機械が支配する世界」を逃れて、焦がれ続けた「自由」を手に入れ、もう戻っては来ない。
(…勝手気ままに生きたと言えるか…)
どんな最期を迎えようとも、と考える内に、不意に頭を掠めた思考。
「機械が無から作った、キース」は、シロエのように生きられるのか。
自分の心に正直に生きて、戻れない過去にこだわり続けて、死と引き換えにして自由を掴む。
それがシロエの「人生」だったけれども、キースにも同じことが出来るか。
(…どうなのだろう…?)
そもそも「自由に生きた」こと自体が無い、というのが正直な思い。
マザー・イライザや、グランド・マザーの指示に従い、忠実に生きて今日まで来た。
(私の自由で決めたことと言えば…)
ミュウのマツカを側近に据えた程度で、他に「機械に逆らった」ことなどは無い。
(…シロエの船さえ、撃ち落とした程に…)
機械の言うままに生きて来たけれど、心の中には「疑問」が増え続けている。
SD体制も、グランド・マザーも、システムにしても、とても「正しい」とは考えられない。
(……しかし私は、逆らえないのだ……)
今の世界を導くように「作られた」からな、と悔しい思いは確かにある。
ならば「シロエ」が「そうした」道を選んで、「自由」を目指して飛び去れるのか。
(…何もかも、捨ててゆけるのならば…)
キースも「自由」になれるのだろう。
グランド・マザーも、国家騎士団総司令の地位も、これから先の人生も捨てて行けたなら。
(…私さえ、その気になったなら…)
その道を行くことは出来そうではある。
側近にしている「マツカ」も、予め先に逃がしておいたら、ミュウの船に行けるに違いない。
(…私が逃亡した場合に、危険が及ぶのは、マツカだけだな…)
他の部下には「やりよう」がある、と冷静に分析してみれば分かる。
皆、優秀な人材なのだし、「キース」が反逆罪になっても、殺される恐れは皆無だと思う。
(…私に関する、不都合な記憶を消されるだけで…)
それまで通りに生きられるだろう、と答えは出せるし、マツカさえ無事に逃がせたら…。
(逃げる道はある、というわけだが…)
誰に迷惑をかけることもなく、飛び去る自由は「私」にもある、と思いはする。
ただ、「その道」を選べるかどうか、其処の所が、まるで自信が無い。
なにしろ「シロエ」のように、「帰りたい世界」を「キース」は持たない。
育ててくれた養父母はいないし、故郷と呼べる星さえも無い。
「キース」の記憶は「Eー1077」から始まっていて、「それよりも以前」は存在しない。
飛び去ったシロエが狂気に陥っていたとしたなら、彼はサムと同じに幸せだったろう。
(…故郷の星へと飛んで行ったか、ピーターパンの本に出て来る世界へ…)
ネバーランドに旅立ったのか、どちらにしても幸せに満ちた世界への船出で、旅立ち。
ところが、キースは「狂気の中で、帰ってゆく」なら、水槽の中になってしまう。
其処が「キースが生まれた世界」で、記憶に残ってさえもいない暗闇。
(…暗闇は、御免蒙りたいが…)
狂気に陥った時に「何が見えるか」、「何処へ行くのか」、想像もつかないのが恐ろしい。
「お前はヒトではないのだから」と残酷な宣言を受けたようにも思えてしまう。
(…正気で逃げる以外に、道は無さそうだな…)
シロエは、どちらだったか謎なのだが、と「シロエ」の生き様が羨ましい。
正気だろうが、狂気だろうが、シロエは「自由」な世界を目指して「飛び去ってゆけた」。
機械の支配を振り捨てて逃げて、真の自由を手に入れたけれど、キースはどうか。
(…狂気の中では、幸せに逃げてゆけないのなら…)
最初から「自由」ではないようだ、と深い溜息が零れて落ちる。
最後まで自我を保っていないと、何もかも捨てて逃げられないなら、自由ではない。
(…正気さえも捨てて、それでもいいというのでなければ…)
とても「自由」とは言えない身なのだ、と自分の生まれが情けない。
今のサムが「子供の時代に戻っている」ように、「機械の支配」を逃れる道はキースには無い。
シロエがそうして旅立ったように、「何もかも捨てて」飛んでゆくにも、制約がある。
(…もしも、狂気の中に逃れたならば…)
私には「自由」が見えるのだろうか、と思う自由は持っているけれど、実行出来るか。
(…狂気に陥ること自体が、出来ないように訓練されてしまって…)
その道も選べないように思える、と分かっているから、今夜は「シロエ」を羨んでしまう。
狂気だろうと、正気だろうと、彼は「自由」に飛び去ったから。
何もかも捨てて「自由」を選んで、間違いなく「自由」を手に入れて去った。
(…いつか私も、そう出来たなら…)
自由に振る舞った先に「自由」を手にすることが出来たら、と夢を見るのは自由だろう。
たとえ「危険な思考」だとしても。
グランド・マザーに気付かれたとしたら、消されてしまいそうな思考でも。
(…狂気の中には、逃れられそうもないのだからな…)
せめて「夢」くらい見させて欲しい、と「シロエ」が飛び去った「宇宙」を思い浮かべる。
いつかは、自分も飛んでゆけたら、と。
「機械に無から作られた」身体だろうが、心だけは自由に、思う場所へと…。
羨ましい道・了
※キースは「何もかも捨てて逃げる」ことが出来るか、考えてみた所から出来たお話。
無から作られて水槽で育っただけに、シロエのように「逃げてゆく」のも難しいのかも…。
