(ソルジャー・ブルー…)
今の状況を作り出したのは、奴だな、とキースは心の中で、一人、呟く。
首都惑星ノアの自室で、とうに夜更けになっていた。
(…私の居場所も、あいつのせいで…)
こんな所になっているんだ、とキースが見回す部屋は、軍人向けの場所ではない。
最高機関「パルテノン」に属する「元老」だけが与えられる、特別な空間。
(これでも、簡素なものを、と頼んだ結果で…)
そうでなければ「豪邸」に住む羽目になっているぞ、と嘆きたくなる。
元老の地位は必要だけれど、余計な「家」など望んではいない。
(…思っていたより、かなり早くにパルテノン入りだが…)
なんとも水の合わない場所だ、と思わざるを得ない。
「初の軍人出身の元老」と騒がれるだけあって、軍人の世界とは大きく異なる。
(…いずれいつかは、来る筈の場所で…)
グランド・マザーも「そのつもり」で、「キース・アニアン」を無から作り出した。
SD体制を正しく導いてゆけるよう、マザー・イライザとの共同作業。
(…そして私は、計画通りに此処へ来たとはいえ…)
計算違いはあったろうな、とキースは、コーヒーのカップを指で弾いた。
このコーヒーを淹れた「マツカ」は、人類ではない。
キースの側近として知られる彼は、ジルベスター・セブン以来の部下だけれども…。
(正体は、ミュウで…)
もしも「マツカ」がいなかったなら、「キース」は生きて此処にはいない。
ソルジャー・ブルーがメギドを破壊した時、道連れにされて死んでしまって全ておしまい。
(…そうならなかったのは、人類にとっては幸運だろうが…)
あの「メギド」から、全て変わった、と今日までの道を振り返ってみる。
メギドが正常に作動していれば、キースは、未だに「軍人」だろう。
ミュウ殲滅の褒美で、何階級か特進を遂げて、最高位の国家騎士団総司令かもしれない。
しかし、現実は違った。
キースは「国家騎士団総司令」の任を務める途中で、パルテノン入りをしている。
恐らく、これも「計算違い」の一つだろう。
ジルベスター・セブンが崩壊した後、ミュウは急速に戦力を増した。
アルテメシア陥落を手始めに、あちこちの星でマザー・システムを滅ぼしつつある。
(…あの時、ソルジャー・ブルーが、来ていなければ…)
ジルベスター・セブンは「メギドの第二波」で燃えて、ミュウの母船も消えていた。
(タイプ・ブルーが何人いようが、そうなった筈だ…)
第二波を防ぐ余力は無かっただろうな、と思う根拠は「タイプ・ブルー」たちにある。
「メギドを防いだ」と、人類軍を驚かせたタイプ・ブルーは、大部分が幼い子供だった。
幼児や乳児が急成長して、防いだと聞く。
(…元が幼い子供では…)
体力的な限外があるし、第一波を止めるのが精一杯だったろう。
第二波攻撃を加えられていれば、ミュウを殲滅出来ていたのに、そうはならなかった。
(…ソルジャー・ブルー…)
自らの命を犠牲にしてまで、今の状況を作り出した男、と憎いけれども、その逆でもある。
(……どうして、其処まで出来たのだ……)
死んでしまえば終わりではないか、と思う一方、羨ましいと思う自分が存在する。
(…セキ・レイ・シロエ…)
彼の最期も少し似ていた、と今だから感じる。
シロエも「命を懸けて守りたかった」ものがあったから、あの道を選んだ。
(ソルジャー・ブルーのように、誰かを守るものではなかったが…)
自分の信念を貫き通して、「心」を守った。
機械が支配している世界を嫌って、自らの願う場所を目指して飛び去って行った。
命と引き換えの旅立ちだったけれども、彼に後悔は無かっただろう。
(……ミュウというのは……)
そういう人種になるのだろうか、と考えてしまう。
側近に据えた「マツカ」も、何処か「彼ら」に似ている所があった。
人類のキースに仕えているのは、マツカにとっては「命懸け」でもある。
正体が知れれば、彼の命は「その場で」消されて、逃げる暇さえ与えられはしない。
なのに、マツカは逃げもしないで、側近の務めを続けている。
(…私が命の恩人だから、と…)
ミュウの側へは行かないままで、危うい場所で生きているのも、ミュウだからかもしれない。
多分、マツカが「命を懸けて守りたいもの」は、「キース」なのだろう。
だからキースに仕え続けて、ミュウならではの力で「キース」を守り続ける。
(…ミュウがそういう人種だとすれば、人類の方は…)
どうなのだろうか、と改めて考えてみるまでもない。
パルテノン入りを果たすより前、何度も足を引っ張られた。
「キース」が目障りな者たちに殺されかけたのは、数え切れないほどの回数。
(上層部が、その有様ではな…)
一般市民の世界も、容易に想像出来る。
「自らの命を犠牲にしてまで」、何かを守ろうとする者は、皆無なのに違いない。
(…情けない話だ…)
養父母でさえも、自分の子供を「殺させる」のだしな、と頭に浮かぶ「ミュウの処分」。
ミュウの兆候を見せた子供は、ユニバーサルに通報されて、殺されるのが常識。
殺されなくても、研究対象として「捕獲」されるだけ。
(…親が自分の保身のために、いち早く…)
赤ん坊でも届け出るのだ、と恐ろしくもある。
ミュウの兆しを見せる前の子は、「我が子」として愛おしまれていたのだろうに。
なんと違いが大きいのか、と考えてゆけばゆくほど、ミュウが羨ましくなって来る。
彼らの生き方は「理解出来ない」と思う自分と、「羨ましい」と感じる自分。
(…指導者が死んでしまえば、組織は終わってしまうのに…)
ソルジャー・ブルーは、その道を選んだ、と不思議ではあっても、今の状況が全て。
彼が命を捨てなかったら、今も人類の世界は安泰だったろう。
(…私のパルテノン入りにしても、もっと先の事で…)
ミュウは処分されるだけの異物だった、と痛切に思い知らされる。
「ソルジャー・ブルーが、命を犠牲に守ったもの」が、いったい何を生み出したのか。
彼が作り出した現状が指しているのは、間違いなく「ミュウの勝利に終わる」結末。
いずれ彼らがSD体制を倒し、ミュウの時代がやって来るのだろう。
(…ミュウの因子を、出生前に遡って、抹消しない限り…)
その日は来る、と分かっているから、「ソルジャー・ブルー」は「偉大だった」。
敵ながら天晴れ、と思わされるわけで、本当に、彼が羨ましい。
同じ指導者への道を歩んではいても、キースに「そういう未来」は、ありそうにない。
(私が命を懸けて守りたいほど、この世界には…)
素晴らしいものなど無いのだしな、と人類の世界が嘆かわしい。
出世のために他人を消したり、保身のために我が子を殺させたりしている者たちばかり。
(たまには、マシな者もいるようだが…)
そんな輩はミュウの味方だ、とスウェナ・ダールトンを頭に描く。
彼女は今や「ミュウの協力者」で、ジョミー・マーキス・シンとも接触しているくらい。
つまりは「ミュウか、ミュウと近しい者」だけが、ヒトらしく生きているのだろう。
(…私には、その生き方は無理で…)
許されてさえもいないのだが、と思いながらも、羨ましい。
「命を懸けて守りたい」ものなど、「キース」には無いし、見付かりそうにも思えない。
(…理想の人類として作られたのだしな…)
仕方ない、と溜息が零れるばかりなのだけれども、もしかしたなら、一つだけ…。
(……マツカ……)
いつかミュウたちが攻めて来たなら、マツカも戦闘に巻き込まれる。
指導者として立つ「キース」に対する、総攻撃が始まることだろう。
(…その時、マツカが側にいたなら…)
彼を庇って散るのもいい、と思わないでもない。
マツカの命が助かったならば、ミュウたちは「マツカから」、人類の話を聞くことが出来る。
(ろくな世界ではないのだが、それでもだ…)
キースの部下たちと暮らした日々を語ってくれれば、人類の評価が「少しだけ」でも…。
(…上がってくれると嬉しいのだが…)
私が「人類」にしてやれる、最後のことだ、と叶いそうにない「未来」を思う。
その日が来た時、そう出来れば、と…。
叶わない未来・了
※キースには「命を懸けて守りたいもの」があるのか、考えていたら生まれたお話。
SD体制の世界を守るしかないのですけど、命懸けで守るには情けない世界ですしね…。
今の状況を作り出したのは、奴だな、とキースは心の中で、一人、呟く。
首都惑星ノアの自室で、とうに夜更けになっていた。
(…私の居場所も、あいつのせいで…)
こんな所になっているんだ、とキースが見回す部屋は、軍人向けの場所ではない。
最高機関「パルテノン」に属する「元老」だけが与えられる、特別な空間。
(これでも、簡素なものを、と頼んだ結果で…)
そうでなければ「豪邸」に住む羽目になっているぞ、と嘆きたくなる。
元老の地位は必要だけれど、余計な「家」など望んではいない。
(…思っていたより、かなり早くにパルテノン入りだが…)
なんとも水の合わない場所だ、と思わざるを得ない。
「初の軍人出身の元老」と騒がれるだけあって、軍人の世界とは大きく異なる。
(…いずれいつかは、来る筈の場所で…)
グランド・マザーも「そのつもり」で、「キース・アニアン」を無から作り出した。
SD体制を正しく導いてゆけるよう、マザー・イライザとの共同作業。
(…そして私は、計画通りに此処へ来たとはいえ…)
計算違いはあったろうな、とキースは、コーヒーのカップを指で弾いた。
このコーヒーを淹れた「マツカ」は、人類ではない。
キースの側近として知られる彼は、ジルベスター・セブン以来の部下だけれども…。
(正体は、ミュウで…)
もしも「マツカ」がいなかったなら、「キース」は生きて此処にはいない。
ソルジャー・ブルーがメギドを破壊した時、道連れにされて死んでしまって全ておしまい。
(…そうならなかったのは、人類にとっては幸運だろうが…)
あの「メギド」から、全て変わった、と今日までの道を振り返ってみる。
メギドが正常に作動していれば、キースは、未だに「軍人」だろう。
ミュウ殲滅の褒美で、何階級か特進を遂げて、最高位の国家騎士団総司令かもしれない。
しかし、現実は違った。
キースは「国家騎士団総司令」の任を務める途中で、パルテノン入りをしている。
恐らく、これも「計算違い」の一つだろう。
ジルベスター・セブンが崩壊した後、ミュウは急速に戦力を増した。
アルテメシア陥落を手始めに、あちこちの星でマザー・システムを滅ぼしつつある。
(…あの時、ソルジャー・ブルーが、来ていなければ…)
ジルベスター・セブンは「メギドの第二波」で燃えて、ミュウの母船も消えていた。
(タイプ・ブルーが何人いようが、そうなった筈だ…)
第二波を防ぐ余力は無かっただろうな、と思う根拠は「タイプ・ブルー」たちにある。
「メギドを防いだ」と、人類軍を驚かせたタイプ・ブルーは、大部分が幼い子供だった。
幼児や乳児が急成長して、防いだと聞く。
(…元が幼い子供では…)
体力的な限外があるし、第一波を止めるのが精一杯だったろう。
第二波攻撃を加えられていれば、ミュウを殲滅出来ていたのに、そうはならなかった。
(…ソルジャー・ブルー…)
自らの命を犠牲にしてまで、今の状況を作り出した男、と憎いけれども、その逆でもある。
(……どうして、其処まで出来たのだ……)
死んでしまえば終わりではないか、と思う一方、羨ましいと思う自分が存在する。
(…セキ・レイ・シロエ…)
彼の最期も少し似ていた、と今だから感じる。
シロエも「命を懸けて守りたかった」ものがあったから、あの道を選んだ。
(ソルジャー・ブルーのように、誰かを守るものではなかったが…)
自分の信念を貫き通して、「心」を守った。
機械が支配している世界を嫌って、自らの願う場所を目指して飛び去って行った。
命と引き換えの旅立ちだったけれども、彼に後悔は無かっただろう。
(……ミュウというのは……)
そういう人種になるのだろうか、と考えてしまう。
側近に据えた「マツカ」も、何処か「彼ら」に似ている所があった。
人類のキースに仕えているのは、マツカにとっては「命懸け」でもある。
正体が知れれば、彼の命は「その場で」消されて、逃げる暇さえ与えられはしない。
なのに、マツカは逃げもしないで、側近の務めを続けている。
(…私が命の恩人だから、と…)
ミュウの側へは行かないままで、危うい場所で生きているのも、ミュウだからかもしれない。
多分、マツカが「命を懸けて守りたいもの」は、「キース」なのだろう。
だからキースに仕え続けて、ミュウならではの力で「キース」を守り続ける。
(…ミュウがそういう人種だとすれば、人類の方は…)
どうなのだろうか、と改めて考えてみるまでもない。
パルテノン入りを果たすより前、何度も足を引っ張られた。
「キース」が目障りな者たちに殺されかけたのは、数え切れないほどの回数。
(上層部が、その有様ではな…)
一般市民の世界も、容易に想像出来る。
「自らの命を犠牲にしてまで」、何かを守ろうとする者は、皆無なのに違いない。
(…情けない話だ…)
養父母でさえも、自分の子供を「殺させる」のだしな、と頭に浮かぶ「ミュウの処分」。
ミュウの兆候を見せた子供は、ユニバーサルに通報されて、殺されるのが常識。
殺されなくても、研究対象として「捕獲」されるだけ。
(…親が自分の保身のために、いち早く…)
赤ん坊でも届け出るのだ、と恐ろしくもある。
ミュウの兆しを見せる前の子は、「我が子」として愛おしまれていたのだろうに。
なんと違いが大きいのか、と考えてゆけばゆくほど、ミュウが羨ましくなって来る。
彼らの生き方は「理解出来ない」と思う自分と、「羨ましい」と感じる自分。
(…指導者が死んでしまえば、組織は終わってしまうのに…)
ソルジャー・ブルーは、その道を選んだ、と不思議ではあっても、今の状況が全て。
彼が命を捨てなかったら、今も人類の世界は安泰だったろう。
(…私のパルテノン入りにしても、もっと先の事で…)
ミュウは処分されるだけの異物だった、と痛切に思い知らされる。
「ソルジャー・ブルーが、命を犠牲に守ったもの」が、いったい何を生み出したのか。
彼が作り出した現状が指しているのは、間違いなく「ミュウの勝利に終わる」結末。
いずれ彼らがSD体制を倒し、ミュウの時代がやって来るのだろう。
(…ミュウの因子を、出生前に遡って、抹消しない限り…)
その日は来る、と分かっているから、「ソルジャー・ブルー」は「偉大だった」。
敵ながら天晴れ、と思わされるわけで、本当に、彼が羨ましい。
同じ指導者への道を歩んではいても、キースに「そういう未来」は、ありそうにない。
(私が命を懸けて守りたいほど、この世界には…)
素晴らしいものなど無いのだしな、と人類の世界が嘆かわしい。
出世のために他人を消したり、保身のために我が子を殺させたりしている者たちばかり。
(たまには、マシな者もいるようだが…)
そんな輩はミュウの味方だ、とスウェナ・ダールトンを頭に描く。
彼女は今や「ミュウの協力者」で、ジョミー・マーキス・シンとも接触しているくらい。
つまりは「ミュウか、ミュウと近しい者」だけが、ヒトらしく生きているのだろう。
(…私には、その生き方は無理で…)
許されてさえもいないのだが、と思いながらも、羨ましい。
「命を懸けて守りたい」ものなど、「キース」には無いし、見付かりそうにも思えない。
(…理想の人類として作られたのだしな…)
仕方ない、と溜息が零れるばかりなのだけれども、もしかしたなら、一つだけ…。
(……マツカ……)
いつかミュウたちが攻めて来たなら、マツカも戦闘に巻き込まれる。
指導者として立つ「キース」に対する、総攻撃が始まることだろう。
(…その時、マツカが側にいたなら…)
彼を庇って散るのもいい、と思わないでもない。
マツカの命が助かったならば、ミュウたちは「マツカから」、人類の話を聞くことが出来る。
(ろくな世界ではないのだが、それでもだ…)
キースの部下たちと暮らした日々を語ってくれれば、人類の評価が「少しだけ」でも…。
(…上がってくれると嬉しいのだが…)
私が「人類」にしてやれる、最後のことだ、と叶いそうにない「未来」を思う。
その日が来た時、そう出来れば、と…。
叶わない未来・了
※キースには「命を懸けて守りたいもの」があるのか、考えていたら生まれたお話。
SD体制の世界を守るしかないのですけど、命懸けで守るには情けない世界ですしね…。
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(ネバーランドよりも、素敵な場所だと思ってたのに…)
いつから違っちゃったんだろう、とシロエがついた深い溜息。
Eー1077の夜の個室で、考えるものは「地球」のこと。
(初めて、地球を教えてくれたのは、パパで…)
ピーターパンの本を読んでいた時、とびきりの笑顔で話してくれた。
「ネバーランドよりも、素晴らしい場所が地球なんだぞ」と、初めて聞いた星の名を挙げて。
「シロエなら、行けるかもしれないな」と、父は夢を掻き立てる言葉を口にした。
(…地球に行けるのは、選ばれた優秀な人間だけで…)
それ以外の者は行けないという。
父は優れた研究者だけれど、地球に行ける資格は無いらしい。
(パパよりも、凄い研究者とかにならないと駄目で…)
行けるかどうかは、努力次第なら、頑張らないと、と子供心に決意したのを覚えている。
(…ネバーランドにだって、行きたかったけれど…)
ピーターパンの迎えを待つより他に、行き方が無いのが「ネバーランド」という場所だった。
道順は本に書いてあっても、その通りにするのは難しすぎる。
(…二つ目の角を右に曲がって、後は朝まで、ずっと真っ直ぐ…)
そうは言っても、二つ目の角は、何処を指すのだろう。
何度も試しに曲がってみては、「違うみたいだ」とガッカリした。
(右に曲がるのは、簡単なんだけどね…)
「後は朝まで、ずっと真っ直ぐ」が、幼い子供には難しすぎて、どうにも出来ない。
朝は東からやって来るけれど、朝が来るまで、東へ向かって、ずっと歩き続けられはしない。
(食べ物と飲み物を持って、出発したって…)
日が暮れて来たら、誰かに声を掛けられるか、警備員でもやって来るか。
育英都市で暮らす大人は、皆が「子供」に気を掛けている。
(小さな子供が、夜中に一人で歩いているなんて…)
誰が見たって、「両親は何をしているんだ」と思うに違いない。
(…パパとママが呼ばれるのが先か、ぼくが止められて保護されるか…)
どう考えてみても、どちらかしかない。
ネバーランドに行きたかったら、「ピーターパンの迎えを待つ」のが唯一の方法と言える。
自分の方から出掛けて行くことは、夢物語に等しい。
ずっと行きたかったネバーランドは、頑張っても手には入らない夢の国。
けれども、「地球」は、そうではないようだ。
(ぼくが頑張って、素晴らしい人になれたら…)
地球に行く資格を貰うことが出来る。
「誰かの迎えを待つ」としたなら、地球に行くための船のパイロットくらい。
(自分で操縦して行けるとは、限らないしね…)
ぼくのパパだって、宇宙船は無理、と父の車を思い浮かべた。
エネルゲイアで暮らす大人たちの殆どは、宇宙船など操れはしない。
(ぼくも、研究者になるんだったら、宇宙船の操縦なんかは…)
学校で教えて貰えそうにないし、地球に行くには、誰かに乗せて行って貰うことになる。
(…定期便があるとしたって、それが来ないと…)
地球には辿り着けないわけだから、「迎えを待つ」のは、そういったもの。
(…パイロットも船も、ぼくが頑張る必要は無くて…)
「まだ来ないかな?」と腕時計でも見ている間に、到着する。
迎えが着いたら、地球へ向かう船に乗り込むだけで、夢の国へと運んで貰える。
(…ネバーランドよりも、行く方法は簡単だよね…)
難しいのは、行くための資格を手に入れることだけ、と道が見えたら、目指したくなる。
(待ってるだけより、努力次第で行ける場所の方が…)
夢を抱くには、相応しい場所。
ついでに言うなら、ネバーランドの方にしたって…。
(地球に行くために頑張ってる間に、ピーターパンが来てくれたなら…)
夜空を飛んで出掛けてゆけるし、諦めてしまわなくてもいい。
ネバーランドと、「ネバーランドよりも素晴らしい地球」と、両方を待っているのがいい。
運が良ければ、両方の夢が叶って、両方ともに行けるのだから。
(…それがいいよ、って思ったから…)
早速、地球を目指して、努力する日々が始まった。
勉強も、体育の授業なんかも、今まで以上に頑張って好成績を叩き出してゆく。
そうする間に、「メンバーズ・エリート」という言葉を教わった。
(うんと優秀な人間だけしか、メンバーズ・エリートにはなれなくって…)
もしもなれたら、地球への道も開けるらしい。
学校の先生たちは、そう言って皆を励ましていた。
(…頑張って、メンバーズになってくれたら、先生たちも嬉しいです、って…)
どの先生も口を揃えて言うものだから、メンバーズ・エリートを目標に据えることにした。
エネルゲイアは研究者を育てる育英都市なのだけれど、成績優秀だったら、コースは変わる。
(…エリートを育てる、教育ステーションに行って…)
其処で四年間、また勉強を続けて、大勢の中から、数人だけが選ばれるようだから…。
(うんと勉強、頑張らないと…)
なれないみたい、と分かったからには、努力を続けてゆくしかない。
まずは「エリートのための、教育ステーション」に行ける人間として、選び出されること。
めでたく「ステーション」まで行けたら、それまでよりも、もっと努力が必要だけれど…。
(頑張り続けて、トップの成績を叩き出せたら、間違いなく…)
メンバーズ・エリートになれるのだから、頑張る価値は充分にある。
「地球に行ける資格」を手に入れるための努力を、惜しむ気などは全く無い。
(寝てる時間も惜しいくらいに、頑張るってば!)
そうすれば、きっと「地球」に行けるよ、と故郷の星で夢を大きく膨らませていた。
「いつか行くんだ」と、ネバーランドよりも素敵な場所を心に描き続けて。
あの頃、夢に見ていた「地球」という星は、まさに楽園そのものだった。
ネバーランドは「子供のための楽園」だけれど、地球は「大人のための楽園」。
(…ずっと昔に、人類が初めて生まれたのが、地球という星で…)
一度は滅びた星だったのを、SD体制を敷いて蘇らせて、今がある。
地球は「人類の聖地」と呼ばれて、選ばれた者だけにしか、其処への道は開かれない。
(…どんなに素敵な所なんだろう、って…)
あれこれ夢見て、頑張り続けて、ついに「此処まで」やって来た。
エリートのための最高学府の、Eー1077教育ステーション。
(…だけど、此処に来る前に…)
失ったものが大きすぎるから、本当に「地球」を目指して良かったのか。
ピーターパンだけを待っていたなら、他にも道があっただろうか。
(…今のぼくには、地球という星は…)
憎いコンピューターが支配している場所でしかない。
いつか行けても、「夢の場所だ」と思えはしないことだろう。
どんなに素晴らしい「大人のための楽園」でも。
青く輝く、人類が生まれた「母なる星」が待っていたって。
夢に見ていた「楽園」は幻のように消えてしまって、グランド・マザーの玉座に変わった。
(…いつから、こうなってしまったんだろう…)
夢の場所ではなくなるなんて、と悲しいけれども、それでも「地球」を目指すしかない。
努力して地球に着かない限りは、グランド、マザーを止められないから。
グランド・マザーが止まってくれない限りは、失った記憶も戻ってくれはしないし、努力する。
夢の国ではなくなってしまった、地球を目指して。
楽園に繋がっているわけではない道を歩いて、歩き続けてゆくだけの旅路。
いつの日か、「子供が子供でいられる世界」を、取り戻すために、今は、ひたすら。
幼かった日に夢に見ていた、「地球」という星へ…。
夢に見た楽園・了
※シロエが行きたがっていた地球。アニテラで宇宙に散る前にも、口にしていたくらい。
いつから地球に憧れ始めて、どんな風に捉えていたのか、考えてみたお話。
いつから違っちゃったんだろう、とシロエがついた深い溜息。
Eー1077の夜の個室で、考えるものは「地球」のこと。
(初めて、地球を教えてくれたのは、パパで…)
ピーターパンの本を読んでいた時、とびきりの笑顔で話してくれた。
「ネバーランドよりも、素晴らしい場所が地球なんだぞ」と、初めて聞いた星の名を挙げて。
「シロエなら、行けるかもしれないな」と、父は夢を掻き立てる言葉を口にした。
(…地球に行けるのは、選ばれた優秀な人間だけで…)
それ以外の者は行けないという。
父は優れた研究者だけれど、地球に行ける資格は無いらしい。
(パパよりも、凄い研究者とかにならないと駄目で…)
行けるかどうかは、努力次第なら、頑張らないと、と子供心に決意したのを覚えている。
(…ネバーランドにだって、行きたかったけれど…)
ピーターパンの迎えを待つより他に、行き方が無いのが「ネバーランド」という場所だった。
道順は本に書いてあっても、その通りにするのは難しすぎる。
(…二つ目の角を右に曲がって、後は朝まで、ずっと真っ直ぐ…)
そうは言っても、二つ目の角は、何処を指すのだろう。
何度も試しに曲がってみては、「違うみたいだ」とガッカリした。
(右に曲がるのは、簡単なんだけどね…)
「後は朝まで、ずっと真っ直ぐ」が、幼い子供には難しすぎて、どうにも出来ない。
朝は東からやって来るけれど、朝が来るまで、東へ向かって、ずっと歩き続けられはしない。
(食べ物と飲み物を持って、出発したって…)
日が暮れて来たら、誰かに声を掛けられるか、警備員でもやって来るか。
育英都市で暮らす大人は、皆が「子供」に気を掛けている。
(小さな子供が、夜中に一人で歩いているなんて…)
誰が見たって、「両親は何をしているんだ」と思うに違いない。
(…パパとママが呼ばれるのが先か、ぼくが止められて保護されるか…)
どう考えてみても、どちらかしかない。
ネバーランドに行きたかったら、「ピーターパンの迎えを待つ」のが唯一の方法と言える。
自分の方から出掛けて行くことは、夢物語に等しい。
ずっと行きたかったネバーランドは、頑張っても手には入らない夢の国。
けれども、「地球」は、そうではないようだ。
(ぼくが頑張って、素晴らしい人になれたら…)
地球に行く資格を貰うことが出来る。
「誰かの迎えを待つ」としたなら、地球に行くための船のパイロットくらい。
(自分で操縦して行けるとは、限らないしね…)
ぼくのパパだって、宇宙船は無理、と父の車を思い浮かべた。
エネルゲイアで暮らす大人たちの殆どは、宇宙船など操れはしない。
(ぼくも、研究者になるんだったら、宇宙船の操縦なんかは…)
学校で教えて貰えそうにないし、地球に行くには、誰かに乗せて行って貰うことになる。
(…定期便があるとしたって、それが来ないと…)
地球には辿り着けないわけだから、「迎えを待つ」のは、そういったもの。
(…パイロットも船も、ぼくが頑張る必要は無くて…)
「まだ来ないかな?」と腕時計でも見ている間に、到着する。
迎えが着いたら、地球へ向かう船に乗り込むだけで、夢の国へと運んで貰える。
(…ネバーランドよりも、行く方法は簡単だよね…)
難しいのは、行くための資格を手に入れることだけ、と道が見えたら、目指したくなる。
(待ってるだけより、努力次第で行ける場所の方が…)
夢を抱くには、相応しい場所。
ついでに言うなら、ネバーランドの方にしたって…。
(地球に行くために頑張ってる間に、ピーターパンが来てくれたなら…)
夜空を飛んで出掛けてゆけるし、諦めてしまわなくてもいい。
ネバーランドと、「ネバーランドよりも素晴らしい地球」と、両方を待っているのがいい。
運が良ければ、両方の夢が叶って、両方ともに行けるのだから。
(…それがいいよ、って思ったから…)
早速、地球を目指して、努力する日々が始まった。
勉強も、体育の授業なんかも、今まで以上に頑張って好成績を叩き出してゆく。
そうする間に、「メンバーズ・エリート」という言葉を教わった。
(うんと優秀な人間だけしか、メンバーズ・エリートにはなれなくって…)
もしもなれたら、地球への道も開けるらしい。
学校の先生たちは、そう言って皆を励ましていた。
(…頑張って、メンバーズになってくれたら、先生たちも嬉しいです、って…)
どの先生も口を揃えて言うものだから、メンバーズ・エリートを目標に据えることにした。
エネルゲイアは研究者を育てる育英都市なのだけれど、成績優秀だったら、コースは変わる。
(…エリートを育てる、教育ステーションに行って…)
其処で四年間、また勉強を続けて、大勢の中から、数人だけが選ばれるようだから…。
(うんと勉強、頑張らないと…)
なれないみたい、と分かったからには、努力を続けてゆくしかない。
まずは「エリートのための、教育ステーション」に行ける人間として、選び出されること。
めでたく「ステーション」まで行けたら、それまでよりも、もっと努力が必要だけれど…。
(頑張り続けて、トップの成績を叩き出せたら、間違いなく…)
メンバーズ・エリートになれるのだから、頑張る価値は充分にある。
「地球に行ける資格」を手に入れるための努力を、惜しむ気などは全く無い。
(寝てる時間も惜しいくらいに、頑張るってば!)
そうすれば、きっと「地球」に行けるよ、と故郷の星で夢を大きく膨らませていた。
「いつか行くんだ」と、ネバーランドよりも素敵な場所を心に描き続けて。
あの頃、夢に見ていた「地球」という星は、まさに楽園そのものだった。
ネバーランドは「子供のための楽園」だけれど、地球は「大人のための楽園」。
(…ずっと昔に、人類が初めて生まれたのが、地球という星で…)
一度は滅びた星だったのを、SD体制を敷いて蘇らせて、今がある。
地球は「人類の聖地」と呼ばれて、選ばれた者だけにしか、其処への道は開かれない。
(…どんなに素敵な所なんだろう、って…)
あれこれ夢見て、頑張り続けて、ついに「此処まで」やって来た。
エリートのための最高学府の、Eー1077教育ステーション。
(…だけど、此処に来る前に…)
失ったものが大きすぎるから、本当に「地球」を目指して良かったのか。
ピーターパンだけを待っていたなら、他にも道があっただろうか。
(…今のぼくには、地球という星は…)
憎いコンピューターが支配している場所でしかない。
いつか行けても、「夢の場所だ」と思えはしないことだろう。
どんなに素晴らしい「大人のための楽園」でも。
青く輝く、人類が生まれた「母なる星」が待っていたって。
夢に見ていた「楽園」は幻のように消えてしまって、グランド・マザーの玉座に変わった。
(…いつから、こうなってしまったんだろう…)
夢の場所ではなくなるなんて、と悲しいけれども、それでも「地球」を目指すしかない。
努力して地球に着かない限りは、グランド、マザーを止められないから。
グランド・マザーが止まってくれない限りは、失った記憶も戻ってくれはしないし、努力する。
夢の国ではなくなってしまった、地球を目指して。
楽園に繋がっているわけではない道を歩いて、歩き続けてゆくだけの旅路。
いつの日か、「子供が子供でいられる世界」を、取り戻すために、今は、ひたすら。
幼かった日に夢に見ていた、「地球」という星へ…。
夢に見た楽園・了
※シロエが行きたがっていた地球。アニテラで宇宙に散る前にも、口にしていたくらい。
いつから地球に憧れ始めて、どんな風に捉えていたのか、考えてみたお話。
(……シロエ……)
お前は何を思っていた、とキースは遠い日の出来事を思い返す。
首都惑星ノアの国家騎士団総司令のための個室で、夜が更けた後に一人きりで。
(…あの日、シロエは船を奪って…)
暗い宇宙に飛んで行ったが、と「シロエを処分した」時を振り返ってゆく。
あの時、シロエが乗っていた船は練習艇で、武器を搭載してはいなかった。
(練習艇などで逃亡しても、逃げ切れるわけが無いというのに…)
シロエに分からない筈が無いのだ、と思うけれども、他の選択肢は無かったのか。
Eー1077で「シロエくらいの年の候補生」は、練習艇しか乗せて貰えない。
けれど、操縦の理論は習っているから、他の船でも「初見で」操縦することは出来る。
(……船なら、他にもあったのに……)
キースがシロエを追った船もあったし、それ以外にも「武装した」船はあったと思う。
その気さえあれば、シロエは「武装した船」で逃げられただろう。
(…かなり衰弱していたせいで、思考が上手く働かなかったのか…?)
練習艇しか目に入らなくて、目に付いた船で逃亡しただけなのか。
そうだとしたなら、シロエは「普段のシロエ」とは、少し違っていたかもしれない。
「逃げる」ことしか考えられない、常軌を逸した「半ば、狂気に近い」状態になって。
(それなら、練習艇で逃げても、おかしくはないが…)
シロエらしくない「逃げ方」になった理由が「狂気」だったなら、哀れではある。
ピーターパンの本だけを持って、「今のサム」のように、子供の心で逃げて行ったのなら。
(……本当に、あいつらしくもない……)
正気であって欲しいものだな、と考えるけれど、「そうではない」という気もする。
もしもシロエが「子供の頃の心に戻って」逃亡したなら、それは勝利とも言えるだろう。
「狂ってしまったサム」と同じで、機械の支配を逃れたからこそ、自分の世界に入り込める。
たとえ狂気の中であろうと、心は間違いなく「自由」そのもの。
何処へ行こうが、何処へ飛ぼうが、誰も「シロエ」を支配出来ない。
思うままに飛んで、飛び去った先が「破滅」だろうが、シロエは確かに「自由」だった。
真実は誰にも分からないけれど、シロエは飛び去り、自由な翼で旅立って行った。
「機械が支配する世界」を逃れて、焦がれ続けた「自由」を手に入れ、もう戻っては来ない。
(…勝手気ままに生きたと言えるか…)
どんな最期を迎えようとも、と考える内に、不意に頭を掠めた思考。
「機械が無から作った、キース」は、シロエのように生きられるのか。
自分の心に正直に生きて、戻れない過去にこだわり続けて、死と引き換えにして自由を掴む。
それがシロエの「人生」だったけれども、キースにも同じことが出来るか。
(…どうなのだろう…?)
そもそも「自由に生きた」こと自体が無い、というのが正直な思い。
マザー・イライザや、グランド・マザーの指示に従い、忠実に生きて今日まで来た。
(私の自由で決めたことと言えば…)
ミュウのマツカを側近に据えた程度で、他に「機械に逆らった」ことなどは無い。
(…シロエの船さえ、撃ち落とした程に…)
機械の言うままに生きて来たけれど、心の中には「疑問」が増え続けている。
SD体制も、グランド・マザーも、システムにしても、とても「正しい」とは考えられない。
(……しかし私は、逆らえないのだ……)
今の世界を導くように「作られた」からな、と悔しい思いは確かにある。
ならば「シロエ」が「そうした」道を選んで、「自由」を目指して飛び去れるのか。
(…何もかも、捨ててゆけるのならば…)
キースも「自由」になれるのだろう。
グランド・マザーも、国家騎士団総司令の地位も、これから先の人生も捨てて行けたなら。
(…私さえ、その気になったなら…)
その道を行くことは出来そうではある。
側近にしている「マツカ」も、予め先に逃がしておいたら、ミュウの船に行けるに違いない。
(…私が逃亡した場合に、危険が及ぶのは、マツカだけだな…)
他の部下には「やりよう」がある、と冷静に分析してみれば分かる。
皆、優秀な人材なのだし、「キース」が反逆罪になっても、殺される恐れは皆無だと思う。
(…私に関する、不都合な記憶を消されるだけで…)
それまで通りに生きられるだろう、と答えは出せるし、マツカさえ無事に逃がせたら…。
(逃げる道はある、というわけだが…)
誰に迷惑をかけることもなく、飛び去る自由は「私」にもある、と思いはする。
ただ、「その道」を選べるかどうか、其処の所が、まるで自信が無い。
なにしろ「シロエ」のように、「帰りたい世界」を「キース」は持たない。
育ててくれた養父母はいないし、故郷と呼べる星さえも無い。
「キース」の記憶は「Eー1077」から始まっていて、「それよりも以前」は存在しない。
飛び去ったシロエが狂気に陥っていたとしたなら、彼はサムと同じに幸せだったろう。
(…故郷の星へと飛んで行ったか、ピーターパンの本に出て来る世界へ…)
ネバーランドに旅立ったのか、どちらにしても幸せに満ちた世界への船出で、旅立ち。
ところが、キースは「狂気の中で、帰ってゆく」なら、水槽の中になってしまう。
其処が「キースが生まれた世界」で、記憶に残ってさえもいない暗闇。
(…暗闇は、御免蒙りたいが…)
狂気に陥った時に「何が見えるか」、「何処へ行くのか」、想像もつかないのが恐ろしい。
「お前はヒトではないのだから」と残酷な宣言を受けたようにも思えてしまう。
(…正気で逃げる以外に、道は無さそうだな…)
シロエは、どちらだったか謎なのだが、と「シロエ」の生き様が羨ましい。
正気だろうが、狂気だろうが、シロエは「自由」な世界を目指して「飛び去ってゆけた」。
機械の支配を振り捨てて逃げて、真の自由を手に入れたけれど、キースはどうか。
(…狂気の中では、幸せに逃げてゆけないのなら…)
最初から「自由」ではないようだ、と深い溜息が零れて落ちる。
最後まで自我を保っていないと、何もかも捨てて逃げられないなら、自由ではない。
(…正気さえも捨てて、それでもいいというのでなければ…)
とても「自由」とは言えない身なのだ、と自分の生まれが情けない。
今のサムが「子供の時代に戻っている」ように、「機械の支配」を逃れる道はキースには無い。
シロエがそうして旅立ったように、「何もかも捨てて」飛んでゆくにも、制約がある。
(…もしも、狂気の中に逃れたならば…)
私には「自由」が見えるのだろうか、と思う自由は持っているけれど、実行出来るか。
(…狂気に陥ること自体が、出来ないように訓練されてしまって…)
その道も選べないように思える、と分かっているから、今夜は「シロエ」を羨んでしまう。
狂気だろうと、正気だろうと、彼は「自由」に飛び去ったから。
何もかも捨てて「自由」を選んで、間違いなく「自由」を手に入れて去った。
(…いつか私も、そう出来たなら…)
自由に振る舞った先に「自由」を手にすることが出来たら、と夢を見るのは自由だろう。
たとえ「危険な思考」だとしても。
グランド・マザーに気付かれたとしたら、消されてしまいそうな思考でも。
(…狂気の中には、逃れられそうもないのだからな…)
せめて「夢」くらい見させて欲しい、と「シロエ」が飛び去った「宇宙」を思い浮かべる。
いつかは、自分も飛んでゆけたら、と。
「機械に無から作られた」身体だろうが、心だけは自由に、思う場所へと…。
羨ましい道・了
※キースは「何もかも捨てて逃げる」ことが出来るか、考えてみた所から出来たお話。
無から作られて水槽で育っただけに、シロエのように「逃げてゆく」のも難しいのかも…。
お前は何を思っていた、とキースは遠い日の出来事を思い返す。
首都惑星ノアの国家騎士団総司令のための個室で、夜が更けた後に一人きりで。
(…あの日、シロエは船を奪って…)
暗い宇宙に飛んで行ったが、と「シロエを処分した」時を振り返ってゆく。
あの時、シロエが乗っていた船は練習艇で、武器を搭載してはいなかった。
(練習艇などで逃亡しても、逃げ切れるわけが無いというのに…)
シロエに分からない筈が無いのだ、と思うけれども、他の選択肢は無かったのか。
Eー1077で「シロエくらいの年の候補生」は、練習艇しか乗せて貰えない。
けれど、操縦の理論は習っているから、他の船でも「初見で」操縦することは出来る。
(……船なら、他にもあったのに……)
キースがシロエを追った船もあったし、それ以外にも「武装した」船はあったと思う。
その気さえあれば、シロエは「武装した船」で逃げられただろう。
(…かなり衰弱していたせいで、思考が上手く働かなかったのか…?)
練習艇しか目に入らなくて、目に付いた船で逃亡しただけなのか。
そうだとしたなら、シロエは「普段のシロエ」とは、少し違っていたかもしれない。
「逃げる」ことしか考えられない、常軌を逸した「半ば、狂気に近い」状態になって。
(それなら、練習艇で逃げても、おかしくはないが…)
シロエらしくない「逃げ方」になった理由が「狂気」だったなら、哀れではある。
ピーターパンの本だけを持って、「今のサム」のように、子供の心で逃げて行ったのなら。
(……本当に、あいつらしくもない……)
正気であって欲しいものだな、と考えるけれど、「そうではない」という気もする。
もしもシロエが「子供の頃の心に戻って」逃亡したなら、それは勝利とも言えるだろう。
「狂ってしまったサム」と同じで、機械の支配を逃れたからこそ、自分の世界に入り込める。
たとえ狂気の中であろうと、心は間違いなく「自由」そのもの。
何処へ行こうが、何処へ飛ぼうが、誰も「シロエ」を支配出来ない。
思うままに飛んで、飛び去った先が「破滅」だろうが、シロエは確かに「自由」だった。
真実は誰にも分からないけれど、シロエは飛び去り、自由な翼で旅立って行った。
「機械が支配する世界」を逃れて、焦がれ続けた「自由」を手に入れ、もう戻っては来ない。
(…勝手気ままに生きたと言えるか…)
どんな最期を迎えようとも、と考える内に、不意に頭を掠めた思考。
「機械が無から作った、キース」は、シロエのように生きられるのか。
自分の心に正直に生きて、戻れない過去にこだわり続けて、死と引き換えにして自由を掴む。
それがシロエの「人生」だったけれども、キースにも同じことが出来るか。
(…どうなのだろう…?)
そもそも「自由に生きた」こと自体が無い、というのが正直な思い。
マザー・イライザや、グランド・マザーの指示に従い、忠実に生きて今日まで来た。
(私の自由で決めたことと言えば…)
ミュウのマツカを側近に据えた程度で、他に「機械に逆らった」ことなどは無い。
(…シロエの船さえ、撃ち落とした程に…)
機械の言うままに生きて来たけれど、心の中には「疑問」が増え続けている。
SD体制も、グランド・マザーも、システムにしても、とても「正しい」とは考えられない。
(……しかし私は、逆らえないのだ……)
今の世界を導くように「作られた」からな、と悔しい思いは確かにある。
ならば「シロエ」が「そうした」道を選んで、「自由」を目指して飛び去れるのか。
(…何もかも、捨ててゆけるのならば…)
キースも「自由」になれるのだろう。
グランド・マザーも、国家騎士団総司令の地位も、これから先の人生も捨てて行けたなら。
(…私さえ、その気になったなら…)
その道を行くことは出来そうではある。
側近にしている「マツカ」も、予め先に逃がしておいたら、ミュウの船に行けるに違いない。
(…私が逃亡した場合に、危険が及ぶのは、マツカだけだな…)
他の部下には「やりよう」がある、と冷静に分析してみれば分かる。
皆、優秀な人材なのだし、「キース」が反逆罪になっても、殺される恐れは皆無だと思う。
(…私に関する、不都合な記憶を消されるだけで…)
それまで通りに生きられるだろう、と答えは出せるし、マツカさえ無事に逃がせたら…。
(逃げる道はある、というわけだが…)
誰に迷惑をかけることもなく、飛び去る自由は「私」にもある、と思いはする。
ただ、「その道」を選べるかどうか、其処の所が、まるで自信が無い。
なにしろ「シロエ」のように、「帰りたい世界」を「キース」は持たない。
育ててくれた養父母はいないし、故郷と呼べる星さえも無い。
「キース」の記憶は「Eー1077」から始まっていて、「それよりも以前」は存在しない。
飛び去ったシロエが狂気に陥っていたとしたなら、彼はサムと同じに幸せだったろう。
(…故郷の星へと飛んで行ったか、ピーターパンの本に出て来る世界へ…)
ネバーランドに旅立ったのか、どちらにしても幸せに満ちた世界への船出で、旅立ち。
ところが、キースは「狂気の中で、帰ってゆく」なら、水槽の中になってしまう。
其処が「キースが生まれた世界」で、記憶に残ってさえもいない暗闇。
(…暗闇は、御免蒙りたいが…)
狂気に陥った時に「何が見えるか」、「何処へ行くのか」、想像もつかないのが恐ろしい。
「お前はヒトではないのだから」と残酷な宣言を受けたようにも思えてしまう。
(…正気で逃げる以外に、道は無さそうだな…)
シロエは、どちらだったか謎なのだが、と「シロエ」の生き様が羨ましい。
正気だろうが、狂気だろうが、シロエは「自由」な世界を目指して「飛び去ってゆけた」。
機械の支配を振り捨てて逃げて、真の自由を手に入れたけれど、キースはどうか。
(…狂気の中では、幸せに逃げてゆけないのなら…)
最初から「自由」ではないようだ、と深い溜息が零れて落ちる。
最後まで自我を保っていないと、何もかも捨てて逃げられないなら、自由ではない。
(…正気さえも捨てて、それでもいいというのでなければ…)
とても「自由」とは言えない身なのだ、と自分の生まれが情けない。
今のサムが「子供の時代に戻っている」ように、「機械の支配」を逃れる道はキースには無い。
シロエがそうして旅立ったように、「何もかも捨てて」飛んでゆくにも、制約がある。
(…もしも、狂気の中に逃れたならば…)
私には「自由」が見えるのだろうか、と思う自由は持っているけれど、実行出来るか。
(…狂気に陥ること自体が、出来ないように訓練されてしまって…)
その道も選べないように思える、と分かっているから、今夜は「シロエ」を羨んでしまう。
狂気だろうと、正気だろうと、彼は「自由」に飛び去ったから。
何もかも捨てて「自由」を選んで、間違いなく「自由」を手に入れて去った。
(…いつか私も、そう出来たなら…)
自由に振る舞った先に「自由」を手にすることが出来たら、と夢を見るのは自由だろう。
たとえ「危険な思考」だとしても。
グランド・マザーに気付かれたとしたら、消されてしまいそうな思考でも。
(…狂気の中には、逃れられそうもないのだからな…)
せめて「夢」くらい見させて欲しい、と「シロエ」が飛び去った「宇宙」を思い浮かべる。
いつかは、自分も飛んでゆけたら、と。
「機械に無から作られた」身体だろうが、心だけは自由に、思う場所へと…。
羨ましい道・了
※キースは「何もかも捨てて逃げる」ことが出来るか、考えてみた所から出来たお話。
無から作られて水槽で育っただけに、シロエのように「逃げてゆく」のも難しいのかも…。
(…ネバーランド…)
行きたいよね、とシロエはピーターパンの本のページを、ゆっくりとめくる。
今日は、珍しく「何も無かった」。
イライザの耳障りな声は聞いていないし、映像だって目にしていない。
候補生たちとの諍いも無くて、彼らの振舞いが気に障るようなことも起こらなかった。
(こんな日、何日ぶりなのかな…)
パパとママの家にいた頃みたいだ、と思うくらいに穏やかな夜。
(勉強するには、もったいなくて…)
普段だったら欠かさない、遥か先の講義の予習は休むことにした。
先の先まで予習しなくても、明日の授業に困りはしない。
(どうせ明日には、イライラしながら、机に向かっているだろうしね…)
今夜はのんびり過ごしたいよ、と机の前には座らなかった。
勉強に使った記憶など無い、ベッドに腰かけて大切な本のページを繰ってゆく。
故郷から無事に持って来られた、宝物のピーターパンの本。
この本にしても、今夜みたいに「ゆっくりと読める」のは久しぶりだった。
まるで故郷の家にいるようで、心地良い時間が流れてゆく。
(…二つ目の角を右に曲がって、後は朝まで、ずっと真っ直ぐ…)
ネバーランドには、そう行くんだよ、と道順を飽きずに読み直したくなる。
他のページも好きなのだけれど、此処に来てから、この道順に何度も心を救われた。
深い悲しみと喪失感に押し潰されそうな時に、心の中で繰り返して。
故郷の家で焦がれ続けた、ネバーランド。
とうとう迎えは来てくれなくて、ステーションまで来てしまった。
(…だけど、今でも…)
行けるものなら行きたいんだよ、と道順を読んで、更に行きたくなる。
此処には「人工の朝」しか無いから、「二つ目の角を右に曲がる」ことしか出来ない。
自力でネバーランドに行けはしなくて、ピーターパンが来るのを待つしか無い。
(……ピーターパン……)
ステーションまで来てくれないかな、と個室の中を眺め回しても、窓は無かった。
たとえ宇宙が見えるだけでも、この部屋に窓があったなら…。
(…ピーターパンと、ティンカーベルが…)
飛んで来るかもしれないのに、と「窓の無い部屋」が恨めしい。
ピーターパンが迎えに来てくれたなら、候補生の制服なんかは捨ててしまって一緒に行く。
(ネバーランドよりも素敵だって聞いてた、地球だって…)
惜しくなどは無いし、断然、ネバーランドがいい。
ピーターパンたちと楽しく暮らして、冒険をしたり、海賊退治をしたりもする。
(…ステーションなんかに、二度と戻るもんか!)
地球に行けなくなっても構わないよ、と思うけれども、一つだけ、心に引っ掛かる。
(ステーションとか地球はいいけど、パパとママがいる家…)
あそこには帰りたくなるに違いないよね、と気になるものは故郷の家と両親。
ネバーランドを経由したなら、家に帰ることは出来るのだろうか。
(…ピーターパンなら、家まで送って行くことも…)
容易いだろう、と分かるけれども…。
(…ネバーランドに行きっ放しで、地球にも、ステーションにも行かないままで…)
暮らし続ける日々は、きっと楽しい。
とはいえ、故郷の家には「帰らない」まま、いつまでも暮らしてゆける気はしない。
(…ネバーランドと、パパとママがいる家、どっちか一つを選ぶんなら…)
一度、どちらかに決めてしまえば、二度と選べはしないと言うなら、どちらだろう。
ネバーランドで暮らし続けるのか、故郷の家に戻るのか。
(…やっぱり、家には帰りたいよ…)
帰ったら捕まることになっても、と今の時代のシステムを考えてみても、故郷を選びたい。
ネバーランドで暮らしていたなら、誰も「シロエを捕まえには来ない」のが分かっていても。
(…ほんの少しの間だけでも…)
顔もおぼろになってしまった両親に会えて、懐かしい家で過ごせたらいい。
引き換えに命を落とすことになっても、微塵も後悔しないだろう。
(…ネバーランドから、家に戻れるんなら…)
ピーターパンが引き留めたって、「ぼくは帰るよ」と宣言する。
「だから家まで送って行って」と、「ぼくには帰り道が分からないから」と頼み込んで。
(ピーターパンなら、きっと断らないよ)
だって、子供の味方だものね、と大きく頷き、ハタと気付いた。
(…それって、ホントに子供なのかな…?)
ネバーランドよりも家を選ぶだなんて、と自分自身に問い掛ける。
(本当に無邪気な子供だったら、家に帰りたいなんて思わないんじゃあ…?)
ネバーランドにいるんだから、と答えは考えるまでもない。
ピーターパンの方から「家に帰った方がいいよ」と言わない限りは、本物の子供は帰らない。
まだまだ沢山、やりたいことが溢れているのが、ネバーランドという場所だから。
ネバーランドと、故郷の家。
どちらを優先するかで、道が二つに分かれていそう。
「ネバーランドがいいよ」と、迷いもしないで答えられるのが「子供」たち。
家に帰りたいと思うようになるのは、多分、「大人」と言うのだろう。
(…ぼくも大人で、子供ではなくて…)
子供の心を失くしたのかも、とシロエの背筋がゾクリと冷えた。
「そんな馬鹿な」と恐ろしいけれど、故郷の家で暮らしていた頃には、きっと違った。
(…パパとママが心配しているかも、って…)
言い出すことはあるとしたって、最初から「家」を求めはしない。
ネバーランドで遊び疲れて、ベッドに入りたくなるような頃に初めて、家が恋しくなるだろう。
(…ママが作る食事に、いつものベッド…)
そういったものが揃った「居心地のいい場所」、それが「家」として浮かんで来る。
ネバーランドも素敵だけれども、「ママの食事」や、馴染んだベッドは無いのだから。
(…そうだったっけ、って思い出すまで…)
故郷の家も、両親のことも、綺麗に忘れてしまっているのが「子供」のシロエ。
ステーションで暮らす「シロエ」みたいに、両親や故郷にこだわりはしない。
(……きっと、そう……)
ぼくは何処かで変わっちゃった、とピーターパンの本を眺めて愕然とする。
「いったい何処で変わったんだろう」と、頭に浮かぶのは「成人検査」。
それから、ステーションの「マザー・イライザ」、SD体制という酷いシステム。
(…寄ってたかって、ぼくを作り変えて…)
大人になるように仕向けたんだ、と怖いけれども、この道からは逃れられない。
ピーターパンの迎えは来るわけが無くて、子供ではなくなった「シロエ」は置き去り。
どんなに望んで行きたがっても、ネバーランドに繋がる扉は開いてくれない。
(…そんなの、酷い…)
酷すぎるから、と涙が頬を伝ってゆく。
「ぼくは大人になっちゃったの?」と、「もう子供には戻れないの?」と悲しみに暮れて。
(……嘘だよね……?)
お願いだから、誰か「嘘だ」と言ってよ、と縋りたくても、個室の中には「シロエ」だけ。
ステーションでは「一人暮らし」が決まりなのだし、泣きつけるような友人もいない。
(…駄目だ、心を落ち着けないと…)
また、あの機械がおせっかいを、と懸命に涙を堪えるしかない。
心が乱れたままでいたなら、「マザー・イライザ」が「どうしました?」と現れるから。
マザー・イライザの映像が部屋を訪ねて来たなら、またしても「何か」を失うから。
(…ますます大人になってしまって…)
もう戻りようが無くなっちゃうよ、とピーターパンの本を強く抱き締める。
「お願いだから、ぼくを助けて」と。
「これ以上、大人になってしまわないよう、ぼくを守って」と、大切な道順を心で唱える。
(…二つ目の角を右に曲がって、後は朝まで、ずっと真っ直ぐ…)
ネバーランドに行くんだから、と夢を膨らませて「子供」に戻ってゆけるように。
けして「大人」になりはしないで、子供の心を抱えたままで、いつか故郷に帰れるように…。
分かれている道・了
※アニテラのシロエが、焦がれ続けたネバーランド。ピーターパンの本に書かれた場所。
其処を選ぶのか、故郷の家を選ぶのかで、子供と大人が分かれていそう。
行きたいよね、とシロエはピーターパンの本のページを、ゆっくりとめくる。
今日は、珍しく「何も無かった」。
イライザの耳障りな声は聞いていないし、映像だって目にしていない。
候補生たちとの諍いも無くて、彼らの振舞いが気に障るようなことも起こらなかった。
(こんな日、何日ぶりなのかな…)
パパとママの家にいた頃みたいだ、と思うくらいに穏やかな夜。
(勉強するには、もったいなくて…)
普段だったら欠かさない、遥か先の講義の予習は休むことにした。
先の先まで予習しなくても、明日の授業に困りはしない。
(どうせ明日には、イライラしながら、机に向かっているだろうしね…)
今夜はのんびり過ごしたいよ、と机の前には座らなかった。
勉強に使った記憶など無い、ベッドに腰かけて大切な本のページを繰ってゆく。
故郷から無事に持って来られた、宝物のピーターパンの本。
この本にしても、今夜みたいに「ゆっくりと読める」のは久しぶりだった。
まるで故郷の家にいるようで、心地良い時間が流れてゆく。
(…二つ目の角を右に曲がって、後は朝まで、ずっと真っ直ぐ…)
ネバーランドには、そう行くんだよ、と道順を飽きずに読み直したくなる。
他のページも好きなのだけれど、此処に来てから、この道順に何度も心を救われた。
深い悲しみと喪失感に押し潰されそうな時に、心の中で繰り返して。
故郷の家で焦がれ続けた、ネバーランド。
とうとう迎えは来てくれなくて、ステーションまで来てしまった。
(…だけど、今でも…)
行けるものなら行きたいんだよ、と道順を読んで、更に行きたくなる。
此処には「人工の朝」しか無いから、「二つ目の角を右に曲がる」ことしか出来ない。
自力でネバーランドに行けはしなくて、ピーターパンが来るのを待つしか無い。
(……ピーターパン……)
ステーションまで来てくれないかな、と個室の中を眺め回しても、窓は無かった。
たとえ宇宙が見えるだけでも、この部屋に窓があったなら…。
(…ピーターパンと、ティンカーベルが…)
飛んで来るかもしれないのに、と「窓の無い部屋」が恨めしい。
ピーターパンが迎えに来てくれたなら、候補生の制服なんかは捨ててしまって一緒に行く。
(ネバーランドよりも素敵だって聞いてた、地球だって…)
惜しくなどは無いし、断然、ネバーランドがいい。
ピーターパンたちと楽しく暮らして、冒険をしたり、海賊退治をしたりもする。
(…ステーションなんかに、二度と戻るもんか!)
地球に行けなくなっても構わないよ、と思うけれども、一つだけ、心に引っ掛かる。
(ステーションとか地球はいいけど、パパとママがいる家…)
あそこには帰りたくなるに違いないよね、と気になるものは故郷の家と両親。
ネバーランドを経由したなら、家に帰ることは出来るのだろうか。
(…ピーターパンなら、家まで送って行くことも…)
容易いだろう、と分かるけれども…。
(…ネバーランドに行きっ放しで、地球にも、ステーションにも行かないままで…)
暮らし続ける日々は、きっと楽しい。
とはいえ、故郷の家には「帰らない」まま、いつまでも暮らしてゆける気はしない。
(…ネバーランドと、パパとママがいる家、どっちか一つを選ぶんなら…)
一度、どちらかに決めてしまえば、二度と選べはしないと言うなら、どちらだろう。
ネバーランドで暮らし続けるのか、故郷の家に戻るのか。
(…やっぱり、家には帰りたいよ…)
帰ったら捕まることになっても、と今の時代のシステムを考えてみても、故郷を選びたい。
ネバーランドで暮らしていたなら、誰も「シロエを捕まえには来ない」のが分かっていても。
(…ほんの少しの間だけでも…)
顔もおぼろになってしまった両親に会えて、懐かしい家で過ごせたらいい。
引き換えに命を落とすことになっても、微塵も後悔しないだろう。
(…ネバーランドから、家に戻れるんなら…)
ピーターパンが引き留めたって、「ぼくは帰るよ」と宣言する。
「だから家まで送って行って」と、「ぼくには帰り道が分からないから」と頼み込んで。
(ピーターパンなら、きっと断らないよ)
だって、子供の味方だものね、と大きく頷き、ハタと気付いた。
(…それって、ホントに子供なのかな…?)
ネバーランドよりも家を選ぶだなんて、と自分自身に問い掛ける。
(本当に無邪気な子供だったら、家に帰りたいなんて思わないんじゃあ…?)
ネバーランドにいるんだから、と答えは考えるまでもない。
ピーターパンの方から「家に帰った方がいいよ」と言わない限りは、本物の子供は帰らない。
まだまだ沢山、やりたいことが溢れているのが、ネバーランドという場所だから。
ネバーランドと、故郷の家。
どちらを優先するかで、道が二つに分かれていそう。
「ネバーランドがいいよ」と、迷いもしないで答えられるのが「子供」たち。
家に帰りたいと思うようになるのは、多分、「大人」と言うのだろう。
(…ぼくも大人で、子供ではなくて…)
子供の心を失くしたのかも、とシロエの背筋がゾクリと冷えた。
「そんな馬鹿な」と恐ろしいけれど、故郷の家で暮らしていた頃には、きっと違った。
(…パパとママが心配しているかも、って…)
言い出すことはあるとしたって、最初から「家」を求めはしない。
ネバーランドで遊び疲れて、ベッドに入りたくなるような頃に初めて、家が恋しくなるだろう。
(…ママが作る食事に、いつものベッド…)
そういったものが揃った「居心地のいい場所」、それが「家」として浮かんで来る。
ネバーランドも素敵だけれども、「ママの食事」や、馴染んだベッドは無いのだから。
(…そうだったっけ、って思い出すまで…)
故郷の家も、両親のことも、綺麗に忘れてしまっているのが「子供」のシロエ。
ステーションで暮らす「シロエ」みたいに、両親や故郷にこだわりはしない。
(……きっと、そう……)
ぼくは何処かで変わっちゃった、とピーターパンの本を眺めて愕然とする。
「いったい何処で変わったんだろう」と、頭に浮かぶのは「成人検査」。
それから、ステーションの「マザー・イライザ」、SD体制という酷いシステム。
(…寄ってたかって、ぼくを作り変えて…)
大人になるように仕向けたんだ、と怖いけれども、この道からは逃れられない。
ピーターパンの迎えは来るわけが無くて、子供ではなくなった「シロエ」は置き去り。
どんなに望んで行きたがっても、ネバーランドに繋がる扉は開いてくれない。
(…そんなの、酷い…)
酷すぎるから、と涙が頬を伝ってゆく。
「ぼくは大人になっちゃったの?」と、「もう子供には戻れないの?」と悲しみに暮れて。
(……嘘だよね……?)
お願いだから、誰か「嘘だ」と言ってよ、と縋りたくても、個室の中には「シロエ」だけ。
ステーションでは「一人暮らし」が決まりなのだし、泣きつけるような友人もいない。
(…駄目だ、心を落ち着けないと…)
また、あの機械がおせっかいを、と懸命に涙を堪えるしかない。
心が乱れたままでいたなら、「マザー・イライザ」が「どうしました?」と現れるから。
マザー・イライザの映像が部屋を訪ねて来たなら、またしても「何か」を失うから。
(…ますます大人になってしまって…)
もう戻りようが無くなっちゃうよ、とピーターパンの本を強く抱き締める。
「お願いだから、ぼくを助けて」と。
「これ以上、大人になってしまわないよう、ぼくを守って」と、大切な道順を心で唱える。
(…二つ目の角を右に曲がって、後は朝まで、ずっと真っ直ぐ…)
ネバーランドに行くんだから、と夢を膨らませて「子供」に戻ってゆけるように。
けして「大人」になりはしないで、子供の心を抱えたままで、いつか故郷に帰れるように…。
分かれている道・了
※アニテラのシロエが、焦がれ続けたネバーランド。ピーターパンの本に書かれた場所。
其処を選ぶのか、故郷の家を選ぶのかで、子供と大人が分かれていそう。
(……両親か……)
きっと、さぞかし良いものなのだろうな、とキースは心で一人呟く。
首都惑星ノアの、国家騎士団総司令の部屋で、夜が更けた後に。
机の上には、側近のマツカが置いて行ったコーヒーがあるが、人影はもう無い。
今日の昼間に時間が取れて、サムの病院へ見舞いに出掛けた。
その時、サムが話していたのが両親のこと。
(サムは、いつでも楽しそうに…)
彼を育てた両親の様子を教えてくれる。
「パパが勉強しろって、うるさいんだ」などと、今も両親と暮らしているかのように。
サムの両親はとうの昔に、サムの子育てを終えてしまっているのが現実なのに。
(次の子供を育てているのか、養父母の役目を降りているのか…)
調べたことは無いのだけれども、どちらかだろう。
いずれにしても、両親は、もはや「サム」とは無縁で、彼らの暮らしにサムなどいない。
(そうとも知らずに、記憶の中の両親と暮らしているサムは…)
いつ会いに行っても幸せそうで、「叱られたんだ」と言っていたって嬉しそうに見える。
そうなるくらいに、「両親」というものは、「良いもの」なのに違いない。
シロエが懐かしがっていたのも、故郷と「両親」だった。
(…サムは心を壊されたせいで、子供の頃に戻ってしまって…)
今も両親と暮らし続けて、充実した日々を送っているらしい。
病院の中だけで生きているのに、「此処から出たい」と話したことは無いから。
(…そして、シロエは…)
故郷の星に帰りたいとばかり願い続けて、最後は暗い宇宙に散った。
シロエの魂だけは、あの後、故郷に向かったろうか。
両親が今も暮らしている星へ、ただ真っ直ぐに。
「きっと、そうだ」という気がする。
其処で両親に会えたシロエは、嬉しかったか、あるいはガッカリさせられたのか。
両親が「次の子供」を育てていたなら、家に「シロエ」の居場所は無い。
(……だが、そうなっていても……)
シロエは満足したのだろう、とも思えてしまう。
「シロエだけの親」ではなくなっていても、両親に会うことが出来たのだから。
たとえ言葉は交わせなくても、両親の目には映らなくても、「家に帰れた」ことが一番。
成人検査で奪われたという「子供時代の記憶」も、シロエはすっかり思い出せたのだろう。
代わりに命を失っていても、サムが幸せなのと同じで、シロエも幸せ一杯で。
サムの見舞いに出掛けてゆく度、繰り返される「サムの両親の話」。
普段は気にも留めないけれども、たまに、こうして「引っ掛かって来る」。
サムもシロエも、「両親」を追っているというのに、キースには、その「両親」がいない。
(…どうせ、育ての親なのだが…)
いるといないのでは違うのだろうな、と分かってはいる。
マザー・イライザが、こう話していた。
キースは、「両親や友人などに左右されることなく、育った無垢な者」なのだと。
(…私を無から作るだけでは、まだ足りなくて…)
「親も友人も与えないまま、水槽の中で育て続ける」ことが重要なポイントだったらしい。
成人検査の年を迎えて「水槽から出る」まで、何者にも「影響されない」ことが。
(…そういう選択をしたほどなのだし、両親の存在は大きくて…)
機械が「理想の養父母を選んで、キースに与えた」としても、駄目なのだろう。
両親も所詮は「生きた人間」だけに、「キース」は何処かで感化されるに違いない。
「父のような人間を目指したい」とか、「母の優しさを見習いたい」だとか。
(…どうしても、偏る部分が出来てしまって…)
全ての人類を導くための「指導者」には、不適格になるのだろうと思う。
「キースにとって、望ましい人間像」が生まれたのでは、其処から外れる者が出て来るから。
(…将来、人材を抜擢するとか、登用する時に…)
それらが影を落とすようでは、わざわざ「無から作り出してまで」世の中に出した意味が無い。
あくまで「公正、公平」な選択が出来る者でなければ、本当の意味での「政治」は出来ない。
(…そうなのだろう、とは思うのだがな…)
納得もしてはいるのだけれど、実は「気になる」点が「もう一つ」ある。
「キース・アニアン」は、無から作られて「水槽の中で育った」というだけではない。
機械は「辻褄を合わせる」ために、キースの「出生」まで「作り上げていた」。
誕生日を決めて、育った場所と「両親」までをも、まるで「本物である」かのように。
機械が設けた「誕生日」の方は、それほど気にはならない。
水槽の中から出された時でも、「生命として」出来た時でも、変わりは何も無いだろうから。
(…どうせ私は、どちらにしても…)
記憶に残っていないわけだし、「キース」に影響するようなものでもない。
誕生日くらい、いつであろうが、ただの記念日。
ステーションの中にいたなら、同級生たちが祝いの言葉をくれる程度の代物だから。
(…メンバーズでなければ、卒業した後も…)
仲間や伴侶と祝う機会もありそうだけれど、キースは、そうした道には「いない」。
(…誕生日などは、あろうが無かろうが…)
本当に「どうでもいい」のだがな、と思っているくせに、「どうでもいい」とは思えないもの。
不意に頭に浮かんで来る度、気になってしまうものは「両親」。
サムが楽しげに語っている時、心を掠めてゆくことも多い。
(…私の、記録上の両親は…)
果たして「実在する」のか、実は「何処にもいない」のか。
(…マザー・イライザも、グランド・マザーも…)
両親のことなど語らないから、偽の情報の正体は今も「謎」のままで留め置かれている。
恐らく、調べようと試みてみても、壁に突き当たることだろう。
機械が巧妙に隠し続けて、「キース」の目には、けして触れないように躱して。
(……両親か……)
記録の上では、キースが育った故郷の星に「いた」筈の両親。
データを引き出したことは無いけれど、恐らく、「キース」を育てた頃の写真もあるだろう。
(…しかし、写真を作り上げるくらい…)
「キース」を「無から作った」ことに比べれば、ごく簡単なことに過ぎない。
シロエのように器用な者なら、子供時代でも「偽の写真」を合成出来る。
まして機械が「細工する」となれば、「両親の、今現在の姿」さえをも作り上げられる。
(…私を育てた頃から、今日まで経過した年月の分を…)
計算し尽くして、相応しく年を取らせて、「今は、こういう姿ですよ」と。
(…実在するのか、していないのか…)
それを調べようとするだけ無駄だ、と知っているだけに、調べようとも思いはしない。
試みてみても「壁に当たる」か、偽のデータで「誤魔化される」か。
(……永遠の謎というものなのだが……)
もしも、と、たまに考えてしまう。
(偽の両親で、私など、一度も育てていなくて…)
会ったことさえ無いのだとしても、「偽の両親が実在している」なら、一度、姿を見てみたい。
「キース」の養父母らしい姿か、そうでもないのか、それだけでも自分で確かめてみたい。
「親というのは、こういうものか」と、少しだけでも分かりそうだから。
サムが、シロエが慕う両親、それが「どういうもの」なのかが。
そうは思っても、機会は永遠に来そうにない。
SD体制が続く限りは、グランド・マザーに阻まれ続けて、どうにもならないことだろう。
(いつか、機会が来るとしたなら…)
その時には、「キース」の命も、ありそうにはない。
人類がミュウに敗れた時しか、SD体制は終わりはしないし、SD体制が終わるのならば…。
(…人類の指導者をしている筈の私も、もろともに…)
滅びることになるだろうしな、と溜息しか落ちて来ないけれども…。
(……ジョミー・マーキス・シン……)
一度だけ会ったミュウの指導者で、サムの同級生だったという「ソルジャー・シン」。
彼が何かの気まぐれを起こして、「キース」を生かしておいてくれるなら…。
(…シロエが、故郷に帰ろうとして…)
暗い宇宙に飛び立ったように、「キース」も宇宙に飛んでみようか。
「機械が作り上げた、記録の上だけの」親が、何処かの星にいるかどうかを、探し求めて。
SD体制が壊れた後なら、本当のことも分かるだろうから。
(……そう出来たなら……)
少しは「人間」に近付けるのだろうか、と「作られた者」だからこそ、思ってしまう。
形だけの「偽の両親」だろうと、存在してさえいれば、「キース」にも「親」が出来るから。
「親というのは、どういうものか」が、ほんの少しだけ、理解出来そうだから…。
親がいるなら・了
※アニテラだと、シロエが調べて分かったのは、キースの誕生日。原作だと、故郷と両親。
両親の名前まで分かっているので、其処から生まれたお話。実在するかが謎だけに。
きっと、さぞかし良いものなのだろうな、とキースは心で一人呟く。
首都惑星ノアの、国家騎士団総司令の部屋で、夜が更けた後に。
机の上には、側近のマツカが置いて行ったコーヒーがあるが、人影はもう無い。
今日の昼間に時間が取れて、サムの病院へ見舞いに出掛けた。
その時、サムが話していたのが両親のこと。
(サムは、いつでも楽しそうに…)
彼を育てた両親の様子を教えてくれる。
「パパが勉強しろって、うるさいんだ」などと、今も両親と暮らしているかのように。
サムの両親はとうの昔に、サムの子育てを終えてしまっているのが現実なのに。
(次の子供を育てているのか、養父母の役目を降りているのか…)
調べたことは無いのだけれども、どちらかだろう。
いずれにしても、両親は、もはや「サム」とは無縁で、彼らの暮らしにサムなどいない。
(そうとも知らずに、記憶の中の両親と暮らしているサムは…)
いつ会いに行っても幸せそうで、「叱られたんだ」と言っていたって嬉しそうに見える。
そうなるくらいに、「両親」というものは、「良いもの」なのに違いない。
シロエが懐かしがっていたのも、故郷と「両親」だった。
(…サムは心を壊されたせいで、子供の頃に戻ってしまって…)
今も両親と暮らし続けて、充実した日々を送っているらしい。
病院の中だけで生きているのに、「此処から出たい」と話したことは無いから。
(…そして、シロエは…)
故郷の星に帰りたいとばかり願い続けて、最後は暗い宇宙に散った。
シロエの魂だけは、あの後、故郷に向かったろうか。
両親が今も暮らしている星へ、ただ真っ直ぐに。
「きっと、そうだ」という気がする。
其処で両親に会えたシロエは、嬉しかったか、あるいはガッカリさせられたのか。
両親が「次の子供」を育てていたなら、家に「シロエ」の居場所は無い。
(……だが、そうなっていても……)
シロエは満足したのだろう、とも思えてしまう。
「シロエだけの親」ではなくなっていても、両親に会うことが出来たのだから。
たとえ言葉は交わせなくても、両親の目には映らなくても、「家に帰れた」ことが一番。
成人検査で奪われたという「子供時代の記憶」も、シロエはすっかり思い出せたのだろう。
代わりに命を失っていても、サムが幸せなのと同じで、シロエも幸せ一杯で。
サムの見舞いに出掛けてゆく度、繰り返される「サムの両親の話」。
普段は気にも留めないけれども、たまに、こうして「引っ掛かって来る」。
サムもシロエも、「両親」を追っているというのに、キースには、その「両親」がいない。
(…どうせ、育ての親なのだが…)
いるといないのでは違うのだろうな、と分かってはいる。
マザー・イライザが、こう話していた。
キースは、「両親や友人などに左右されることなく、育った無垢な者」なのだと。
(…私を無から作るだけでは、まだ足りなくて…)
「親も友人も与えないまま、水槽の中で育て続ける」ことが重要なポイントだったらしい。
成人検査の年を迎えて「水槽から出る」まで、何者にも「影響されない」ことが。
(…そういう選択をしたほどなのだし、両親の存在は大きくて…)
機械が「理想の養父母を選んで、キースに与えた」としても、駄目なのだろう。
両親も所詮は「生きた人間」だけに、「キース」は何処かで感化されるに違いない。
「父のような人間を目指したい」とか、「母の優しさを見習いたい」だとか。
(…どうしても、偏る部分が出来てしまって…)
全ての人類を導くための「指導者」には、不適格になるのだろうと思う。
「キースにとって、望ましい人間像」が生まれたのでは、其処から外れる者が出て来るから。
(…将来、人材を抜擢するとか、登用する時に…)
それらが影を落とすようでは、わざわざ「無から作り出してまで」世の中に出した意味が無い。
あくまで「公正、公平」な選択が出来る者でなければ、本当の意味での「政治」は出来ない。
(…そうなのだろう、とは思うのだがな…)
納得もしてはいるのだけれど、実は「気になる」点が「もう一つ」ある。
「キース・アニアン」は、無から作られて「水槽の中で育った」というだけではない。
機械は「辻褄を合わせる」ために、キースの「出生」まで「作り上げていた」。
誕生日を決めて、育った場所と「両親」までをも、まるで「本物である」かのように。
機械が設けた「誕生日」の方は、それほど気にはならない。
水槽の中から出された時でも、「生命として」出来た時でも、変わりは何も無いだろうから。
(…どうせ私は、どちらにしても…)
記憶に残っていないわけだし、「キース」に影響するようなものでもない。
誕生日くらい、いつであろうが、ただの記念日。
ステーションの中にいたなら、同級生たちが祝いの言葉をくれる程度の代物だから。
(…メンバーズでなければ、卒業した後も…)
仲間や伴侶と祝う機会もありそうだけれど、キースは、そうした道には「いない」。
(…誕生日などは、あろうが無かろうが…)
本当に「どうでもいい」のだがな、と思っているくせに、「どうでもいい」とは思えないもの。
不意に頭に浮かんで来る度、気になってしまうものは「両親」。
サムが楽しげに語っている時、心を掠めてゆくことも多い。
(…私の、記録上の両親は…)
果たして「実在する」のか、実は「何処にもいない」のか。
(…マザー・イライザも、グランド・マザーも…)
両親のことなど語らないから、偽の情報の正体は今も「謎」のままで留め置かれている。
恐らく、調べようと試みてみても、壁に突き当たることだろう。
機械が巧妙に隠し続けて、「キース」の目には、けして触れないように躱して。
(……両親か……)
記録の上では、キースが育った故郷の星に「いた」筈の両親。
データを引き出したことは無いけれど、恐らく、「キース」を育てた頃の写真もあるだろう。
(…しかし、写真を作り上げるくらい…)
「キース」を「無から作った」ことに比べれば、ごく簡単なことに過ぎない。
シロエのように器用な者なら、子供時代でも「偽の写真」を合成出来る。
まして機械が「細工する」となれば、「両親の、今現在の姿」さえをも作り上げられる。
(…私を育てた頃から、今日まで経過した年月の分を…)
計算し尽くして、相応しく年を取らせて、「今は、こういう姿ですよ」と。
(…実在するのか、していないのか…)
それを調べようとするだけ無駄だ、と知っているだけに、調べようとも思いはしない。
試みてみても「壁に当たる」か、偽のデータで「誤魔化される」か。
(……永遠の謎というものなのだが……)
もしも、と、たまに考えてしまう。
(偽の両親で、私など、一度も育てていなくて…)
会ったことさえ無いのだとしても、「偽の両親が実在している」なら、一度、姿を見てみたい。
「キース」の養父母らしい姿か、そうでもないのか、それだけでも自分で確かめてみたい。
「親というのは、こういうものか」と、少しだけでも分かりそうだから。
サムが、シロエが慕う両親、それが「どういうもの」なのかが。
そうは思っても、機会は永遠に来そうにない。
SD体制が続く限りは、グランド・マザーに阻まれ続けて、どうにもならないことだろう。
(いつか、機会が来るとしたなら…)
その時には、「キース」の命も、ありそうにはない。
人類がミュウに敗れた時しか、SD体制は終わりはしないし、SD体制が終わるのならば…。
(…人類の指導者をしている筈の私も、もろともに…)
滅びることになるだろうしな、と溜息しか落ちて来ないけれども…。
(……ジョミー・マーキス・シン……)
一度だけ会ったミュウの指導者で、サムの同級生だったという「ソルジャー・シン」。
彼が何かの気まぐれを起こして、「キース」を生かしておいてくれるなら…。
(…シロエが、故郷に帰ろうとして…)
暗い宇宙に飛び立ったように、「キース」も宇宙に飛んでみようか。
「機械が作り上げた、記録の上だけの」親が、何処かの星にいるかどうかを、探し求めて。
SD体制が壊れた後なら、本当のことも分かるだろうから。
(……そう出来たなら……)
少しは「人間」に近付けるのだろうか、と「作られた者」だからこそ、思ってしまう。
形だけの「偽の両親」だろうと、存在してさえいれば、「キース」にも「親」が出来るから。
「親というのは、どういうものか」が、ほんの少しだけ、理解出来そうだから…。
親がいるなら・了
※アニテラだと、シロエが調べて分かったのは、キースの誕生日。原作だと、故郷と両親。
両親の名前まで分かっているので、其処から生まれたお話。実在するかが謎だけに。
