「あの馬鹿に会ったら伝えてくれ。お前はよくやったよ、とな」
…あの馬鹿が生きていたらだが、と続く言葉は飲み込んだ。
これ以上、言うことは無いだろう。
グレイブ、お前もよくやったよ。自分を褒めるのも可笑しなことだが。
誰一人いなくなったブリッジ、もうすぐ此処も砕けて無くなる。
メギドと共に木端微塵に。
あるいは、燃え尽きないまま落ちてゆくのか。
こうしてメギドに突き刺さったままで。
(…そうか、死に場所まであいつと同じか)
フッと唇に浮かんだ笑み。
この死に場所を選んだ時には、そこまでは考えていなかった。
計算ずくではなかった死に場所、突っ込んだ場所がメギドだっただけ。
自分の命を捨てる場所にと、相応しい最期を遂げられると。
ミュウの長の死に様を知った時から思っていた。
いつか自分も彼のように、と。
この戦いが始まるよりも前、命を捨ててメギドを沈めたソルジャー・ブルー。
敵ながら天晴れな最期だったと、あのように死んでゆきたいものだと。
彼がソルジャー、「戦士」と名乗っていたのだったら、軍人の自分は尚のこと、と。
人類のために自分の命を捧げてこそだと、そういう戦いで散れたらいいと。
(…少しばかり相手が違ったようだが…)
人類ばかりか、ミュウのためにもなるらしい最期。
けれども後悔してはいないし、これでいいのだと誇らしい気持ちに包まれてもいる。
地球を砕こうとしていたメギドは自分と共に滅びるから。
自分は地球を、人類の未来を、ミュウの未来を守ったろうから。
英雄になろうと思ってはいない、軍人らしく在りたかっただけ。
ミュウの長でさえも、あれほどの覚悟を見せたのだから。
自分の命など要りはしないと、捨ててメギドを沈めたのだから。
(…私もお前に負けはしないさ)
ソルジャー・ブルー。
お前と同じに死ねるというのも、神の采配なのだろう。
メギドを死に場所に与えて下さった神に感謝せねばな、これで私もお前と並べる。
軍人らしく、誇り高くだ。
私は最期まで軍人だった、と今は亡きミュウの長へと思いを馳せたのだけれど。
伝説と謳われたタイプ・ブルー・オリジン、彼に負けない死を遂げられると思ったけれど。
「…グレイブ」
「ミシェル。…退艦しなかったのか」
まさか、と息を飲むしかなかった、其処にミシェルが立っていたから。
自分の右腕であったと同時に、ただ一人だけ愛した女性。
誰もいないと思っていた船、なのに残っていたミシェル。たった一人で。
「あなたのいない世界で一人生きろと?」
「…馬鹿な女だ、お前は」
口では皮肉にそう言ったけれど、馬鹿だとも愚かとも思ってはいない。
ミシェルはそういう女性だったな、と今更、思い知らされただけで。
「あなたに似ちゃったのよ」と微笑む姿に、苦笑するしかなかっただけで。
「…グレイブ」
「…ミシェル…」
すまんな、ミュウの長、ソルジャー・ブルー。
どうやら私は女連れのようだ、お前に負けてしまったよ。
お前は一人で沈めたのにな、同じメギドを。
だが、私にはこれが似合いかもしれん。
…軍人のくせに、ずっと私は女連れだった。
そうだ、後悔はしていない。
マードック大佐は女と一緒に死んでいったと言われようとも、悔しくはないさ。
そうだろう、ミシェル?
女心の分からない男と詰られるよりかは、これでいい。
二人で沈めるメギドも良かろう。
ミュウの長には負けてしまったが、同じメギドを沈めて死んでゆけるという人生は最高だ。
…グレイブ、お前はよくやったよ。
最期まで女連れでもな…。
メギドに死す・了
※初めてブルー以外でアニテラ書いたら、なんでグレイブになったんだか…。
いや、後悔はしていないけど!
チョダブラムとはシェルパ語で『女神の首飾り』という意味である。
神々が住むと伝わるヒマラヤの高峰の多くは今もシェルパ語の名で呼ばれている。
夏でも消えぬ雪を頂き、蒼天に聳える白き神の座。
これは神たちの物語………。
++++++++++++++++++++++++
「行ってらっしゃい」
それが別れの言葉だった。
「帰って来たら、また君の抱く地球を見せてくれ」
すぐに戻るよ、とあの人は言った。微笑んで私を抱き締めてくれた。頷き返して、シャトルに乗り込んでゆく背を、紫のマントを見送った。
盲いたこの目は開かないけれど、心の瞳で見る事は出来る。だから信じて送り出せた。
あの人は約束を違えない。
すぐに、ナスカに残っている仲間たちを説得したら必ずすぐに戻って来る。
そうしたら二人で地球を見ましょう。
今や忌まわしい星となってしまった私が名付けた赤い星……ナスカの代わりに、私の地球を。
托された補聴器が不安を掻き立てたけれど、フィシスはブルーを信じていられた。
遠い昔にユニバーサルから自分を救い出してくれたミュウの長。
あの日から「ぼくの女神」と優しく暖かい声音で呼ばれ、ただ大切に愛しまれてきた。
シャングリラに住むミュウたちは皆、揃いの制服を身に着けるのに、自分だけは柔らかく上質な布で仕立てた優美な衣装を与えられた。
ブルーのマントの色にほんの少し赤味を加えたような、桃色とも藤色ともつかぬ色合い。
仲間たちのために立ち働くにはおよそ不向きな長い引き裾と袖を持ったそれに、フィシスは戸惑ったものだけれども。
「君は女神だ。ぼくの、ミュウたちの大切な女神。それだけが君の役目なんだよ。それに…」
その服は君にとても似合う、と柔らかな笑みを浮かべたブルーに逆らう気持ちは起こらなかった。ブルーがそれを望むのならば、そのように。
他のミュウたちのように何らかの役割を担うでもなく、日々、テーブルの上のカードをめくって時を費やし、カードが指し示すさして変わり映えのしない未来に溜息をつくだけの生であっても…。
ブルーはフィシスが持って生まれた地球の映像をこよなく愛した。
それがゆえに自分を救ったのかと時折錯覚を覚えるほどに、ブルーは青い地球を求めた。
「地球を抱く女神」、「ぼくの女神」と。
タロットカードを繰り、ブルーが望む時に手と手を絡めて青い地球を見せる。それがフィシスの唯一の役目。
いつしか占いは神格化され、託宣と呼ばれて誰もが伺いを立てるようになっていった。
そして、ブルーと釣り合いの取れる外見で止めてしまった自分の時がどれほど長いかを物語る背丈よりも長く伸びた髪。床に届いてなお余りある金色の髪もまた、特別である証であった。
こんな髪ではいざという時に役に立てない、と訴えた時は踝まで届きそうであったのだけれど、ブルーは首をゆっくりと左右に振った。
「いけないよ、フィシス。…髪には力が宿ると言うから」
どうかそのままに、と穏やかに諭され、結い上げることすら叶わないまま金色の糸は伸びてゆく。前髪だけは切る事を許されていたが、それはブルーに出会った時から切り揃えられていたからだろう。
何もかもが「特別」なミュウたちの女神。
しかし、その前にフィシスはブルーだけの……ブルーだけが親しく触れる事が出来る、ブルーのための女神だったのだ。
ソルジャーと呼ばれ、仲間たちを救い導くミュウの長、ブルー。
皆に慕われ、シャングリラをその手で守り続ける、生ける神にも等しい存在。
攻撃的なサイオンを持つタイプ・ブルーはブルーしかおらず、戦える者もまた彼一人のみ。
それがどれほどの孤独を彼に齎すか、思い至る者は誰もいなかった。
ブルーはミュウたちを導き護るけれども、ブルーを導く手はこの世には無い。
孤高の戦士が自らの標に、心の支えにと焦がれた星が母なる地球。
その地球の鮮やかな映像を身の内に抱くフィシスに惹かれ、女神と呼んで慈しんだのは自然な流れであると同時に必然だった。
ブルーが神ならば、彼が敬い慈しむ者も、また神となる。
そうしてフィシスは女神になった。
シャングリラを守る銀の男神と、金の髪を持つ神秘の占い師、麗しき女神。
二人は生まれ落ちた時からの対であったかのように、互いに互いを求め続けた。
男女の仲などというものではない。
結ばれているものは互いの心で、その肉体はただの器にすぎない。
手を絡め、抱き合うことはあっても、それよりも先には進まなかった。
恋人でもなく、伴侶でもなく、文字や言葉ではとても表せない絆。
それが在ったから、フィシスは信じた。
ブルーは必ず戻って来ると。
「ブルー…。生きて戻って…。信じています」
ナスカに向かった筈のブルーが戦いの場へと赴いたことに気付いたフィシスは祈り続けた。
ブルーに托された補聴器を握り、ただひたすらに自らの半身が無事に戻ることを。
……それなのにブルーは戻らなかった。
フィシスを残して、ミュウたちを残して逝ってしまった。
一人でも多くのミュウを救うために、ミュウの未来を切り拓くためにその身を贄としてしまった。
二度と還らぬ人の形見がフィシスの手の中に残されたけれど。
愛した人の思い出として、秘めてしまっても良かったのだけれど。
「…ソルジャー・シン。これはきっと……ブルーがあなたに遺したものです」
ブルーがいなくなってしまった青の間にソルジャー・シンを呼び、フィシスはそれを手渡した。
いつもあの人と共に在った補聴器。
あの人が最後に渡してくれた大切な形見。
出来るならば持っていたかったけれど、ブルーはそれを望まない。
ミュウたちのために戦い、散ったブルーが見ていたものはミュウたちの未来。そこへと皆を導くためにはソルジャー・シンが、彼を導くにはブルーの三世紀に渡る記憶が必要とされるであろうから。
……ブルー、あなたが望むのならば。
わたくしもそれに従いましょう。
あなたの記憶は欲しかったけれど、全てはあなたの心のままに……。
ブルーの補聴器を引き継いだソルジャー・シンは人類との戦いを決意する。地球のシステムを末端から一つずつ破壊するべくアルテメシアへと進路を定めたシャングリラ。
フィシスの占いに頼ることなく、ソルジャー・シンがそう決めた。
これから先のミュウの未来に自分は必要ではないかもしれない。
占いしか出来ず、幻に過ぎない地球を抱くだけの女神など誰も顧みなくなる日が来るかもしれない。
それも仕方のないことなのだ、とフィシスは思う。
誰よりも自分を求めてくれた銀色の神は、翼を広げて永遠の彼方へと飛び去って行った。
いつか彼を追ってこの世から旅立つ時が来るまで、対となる者は居はしない。
二人で一人とまで想い慕った神が居ないなら、女神も要らない。
そう、いつの日にかブルーの許へと……その傍らに逝く日だけを思い、生きてゆくしかないのだろう。
この胸が鼓動を止めてはくれず、この息が絶えてくれぬのならば…。
残されたフィシスを慰めてくれるブルーの記憶はソルジャー・シンに渡してしまった。
最後に抱き締められた温もりと、耳に残る声だけを頼りに長い時を一人、生きられはしない。
けれど……。
私にはまだ望みがあるから、とフィシスは自分の部屋へ向かった。
天体の間の奥深く設えられた、他のミュウたちとは比べ物にならぬ広すぎる居室。
この部屋を与えられた時もまた、フィシスは「私にはあまりにも過ぎたものです」と言ったのだけれど。ブルーは否を言わせなかった。
「この部屋はぼくも使うから。…二人なら広すぎはしないだろう?」と。
その言葉どおり、ブルーは幾度も訪ねて来たし、時にはフィシスの膝を枕にうたた寝することもあったほど。
青の間はブルーの私室とはいえ、シャングリラの守りの要でもあった。戦士が、ソルジャーが死守する最後の砦。寝台に横たわって休む時でさえ、ブルーはそれを意識せずにはいられない。
そんなブルーが心から安らげる場所としてフィシスが暮らす部屋を選んだ。
フィシスの部屋はフィシス一人のものではなくて、ブルーの居場所でもあったのだ。
「……ブルー……」
喪ってしまった人の名を呼び、フィシスは二人で長い時間を過ごした部屋の奥へと向かう。
そこには見事な彫刻を施した化粧台が据えられ、鏡に自分の姿が映った。
ブルーのマントと見紛う色の衣装が今は限りなく悲しいけれども、それも慣れるしかないだろう。
そのためにも…、と伸ばした手が銀のブラシを掴んだ。
シャングリラに来てから朝晩、長い髪を毎日梳かし続けた、ブルーに貰ったヘアブラシ。繊細な銀細工のそれには希少な動物の毛が植え込まれている。
「君は大切な女神だから。…それに相応しいものをと思ったんだよ、ぼくのフィシス」
これは本物の猪の毛を使ったヘアブラシなのだ、とブルーは言った。
「髪を傷めない素材だそうだ。ずっと昔から高価なもので、今では殆ど手に入らない」
君のために手に入れてきたんだよ、と渡された時の手の温もりをフィシスは今でも覚えている。そんな高価なものを何処から、と訊いてもブルーは微笑んだだけで答えなかった。
「…ブルー……。あなたは此処にいますか…?」
フィシスは白い指先でヘアブラシを探り、盲いた瞳で覗き込んだ。
植えられた黒い毛に絡んだ金色の糸。いつもなら髪を梳かし終える度に捨てるのだけれど、この数日間、嫌な胸騒ぎに囚われていたために放ったままになっていた。
だから、もしかしたら、この中に……。
「………ブルー………」
フィシスの閉じた瞳から大粒の涙が零れ落ちた。金色に輝く長い糸に混じって、ひっそりと控えめな光を放つ銀色の糸が幾筋か。
それは逝ってしまったブルーが遺したフィシスへの形見。
「行ってくるよ」と抱き締めてくれた時、頬に触れたブルーの銀糸そのままの銀色の髪。
「……ブルー……。居てくれたのですね……」
あなたは此処に、と銀の髪を絡ませたヘアブラシを胸に抱いてフィシスは床にくずおれる。とめどなく頬を伝う涙を拭おうともせず、亡き人の形見をかき抱きながらその名をいつまでも呼び続ける。
ほんの数本の髪であっても、ブルーの形見があるならば。
ブルー、あなたが此処に居てくれるのならば、私は生きてゆけるでしょう……。
フィシスの部屋を訪れたブルーが眠ってしまうことは度々で。
そんな時、目覚めたブルーの癖のある銀糸が好き勝手な方へとはねていることもよくあった。
「…すまない、フィシス。ぼくはどのくらい眠っていた?」
「ほんの少しの間ですわ。それよりも、ブルー…」
髪が、と答えるフィシスの声で鏡を眺めたブルーは困ったように笑ったものだ。
「この姿は皆には見せられないな…」
「本当ですわね」
あなたとは誰も気付かないかもしれませんわ、と冗談めかした口調で応じて、フィシスはブルーの髪を直した。ブルーが自分にとくれたブラシで、丁寧に気を付けて梳りながら。
そう、ついこの間もそうだった。
十五年ぶりに目覚めたブルーと一緒に天体の間からこの部屋に戻り、避けようのない不幸が訪れる予感に怯える自分に向かってブルーが何度も「大丈夫だよ」と…。
「ぼくがみんなを守るから」と…。
心を覆い尽くしそうな不安を拭い去るように幾度も繰り返してくれたブルーは「少しだけ眠る」とフィシスに告げると、その膝に頭を預けて眠りに落ちた。
少しと言いつつ一時間は眠っていただろう。はねてしまった髪をフィシスが梳かし、ブラシをそのまま化粧台に置いた。
その時にブラシに絡まった銀糸の密やかな光に、今もブルーの面影が宿る。
ブルーは形見を遺してくれた。独り残された女神の手許に、自らが生きた命の証を……。
愚かだった自分の過ちのせいで喪ってしまった大切な人。
二度と還らぬ人を想って涙し、泣いて泣き崩れて暮らしていてもブルーは永遠に戻っては来ない。
形見になった銀色の髪も、箱に仕舞って眺めるだけではいつ失くすかも分からない。
フィシスは忠実な従者を呼んだ。
「アルフレート」、と。
この船に迎えられた時から彼女に仕え、側に控えて竪琴を奏で続けて来た無口な男。
彼ならば誰よりも信用出来る。
「…これはブルーが遺した髪です。これを……」
この石の裏側に入れたいのです、とフィシスはブルーに贈られた首飾りを細い頸から外した。
全てのミュウが身に付けている赤い宝石。
フィシスの首飾りは誰のものよりも華やかであり、彼女が特別な存在であると知らしめるためには充分なもの。その中央に据えられた石をフィシスはアルフレートに示した。
「この裏に入れて貰えませんか? 私がいつもブルーと一緒に居られるように」
盲いた瞳から涙が落ちる。
従者は預けられた箱と首飾りを捧げるように持ち、静かに退室していった。
アルフレートはフィシスのために懸命に奔走したのだろう。首飾りがフィシスの頸から消えていた時間はたった半日。その日の夜には望み通りの細工を施され、フィシスの許へと戻って来た。
「……ブルー……。これであなたと共に居られます…」
首飾りを裏返し、フィシスは宝石の裏を指先で愛しげに撫でる。
赤い宝石の上に銀色の髪が綺麗な曲線を描いて載せられ、水晶の板で覆われていた。首飾りを外せばブルーの形見が目に入るように。付けた時にはフィシスの頸に優しく触れて添うように…。
化粧台の前に座って首飾りをそっと頸へと回す。
カチリ、と微かな金属音を立てて留め金が嵌まり、赤い石が頸に輝いた。
この石はブルーが遠い昔にくれたもの。そして今は、この石と共にブルーが居る。
命ある限り、ブルーが遺した形見と共に。
その中に今も宿り続けるブルーの魂の欠片と共に……。
「……行きましょう、ブルー」
フィシスは見えない瞳でシャングリラの上に広がる宇宙(そら)を仰いだ。
この果てしない星の海の彼方に青く輝く水の星が在る。
ブルーが焦がれ、行きたいと願った母なる地球。
自分はそこへ行かねばならぬ。
女神と呼んでくれたブルーの夢を、切なる願いを叶えるために。
この手で何が出来るわけでもないのだけれど…。
ただシャングリラに運命を委ねるしかない身だけれども、ブルー、私は地球へゆきます。
あなたが此処に居てくれるから、私はあなたと共にゆきます…。
この石は忌まわしいナスカの色。…けれど、ブルー、あなたの優しい瞳の色を映した赤。
そこから見守っていて下さい。
青い、何処までも青いあの地球の青を、あなたに見せられるその日まで。
その時が来ても、ブルー…
どうか、私から離れてゆかないで。
私があなたの許へと飛び立てる日まで、私の側から離れないで…。
ブルー、あなたが私の地球。
私の魂が還り着く場所。
いつか二人で地球を見ましょう。
そうしたら………ブルー、あなたは私を迎えに来てくれますか?
こんな小さな石ではなくて、あの日、別れたままの姿で…。
「すぐに戻るよ」
「行ってらっしゃい」
「帰って来たら、また君の抱く地球を見せてくれ」
「……はい」
見えますか、ブルー………私の抱く地球が…?
本物の地球に辿り着くまでは、これで我慢していて下さいね…。
行きましょう、ブルー。
あなたが焦がれた青い水の星へ………。
++++++++++++++++++++++++
シャングリラの語源はチベット語で『シャンの山の峠』の意とされる。
シェルパ語はチベット語の方言の一つであり、高地民族シェルパ族が話す言語である。
なお、チョダブラムの名を持つ高峰は実在しない。
現在14座ある八千メートル峰の幻の15座目。
その峰が遠き未来に男神と女神が青き地球で住まう白き座、チョダブラムとなる。
神々の峰に、けして近付くことなかれ………。
チョダブラム ~女神の首飾り~ ・了
※チョダブラムってシェルパ語は嘘ついてないです、お勉強はしてないですけど。
ちょーっと山岳を齧っただけです、アマダブラムとチョオユーって山があります。
アマダブラムは「母の首飾り」、チョオユーは「トルコ石の女神」。
管理人的にはチョダブラムのモデルはアマダブラムです、双耳峰なんですよ。
筑波山みたいに頂が二つあるのが双耳峰。
アマダブラムを見てみたい方は、こちらをクリック→アマダブラム
(あいつがもう少し丈夫だったらなあ…)
ブルーの身体が弱くなければ、とハーレイはフウと溜息をついた。夜の書斎で。
今日も学校で出会ったブルー。小さなブルー。
顧問を務める柔道部の朝練、それが終わった直後に出会った。
まだ柔道着を着ていた自分を、眩しそうに見詰めていたブルー。
「ハーレイ先生、おはようございます!」とペコリと頭を下げてくれたブルー。
少し立ち話をしたけれど。
今日はそれだけ、ブルーのクラスの授業は無い日で、ブルーの家にも寄れなかった日。
そんな日にはふと思ってしまう。夜の書斎で考えてしまう。
もしもブルーが丈夫だったら、もっと一緒に過ごせるのに、と。
小さなブルーは前と全く同じに弱くて、体育の授業も休みがち。
出席した日もサッカーなどの途中で挙手しては休み、体力の温存に努める生徒。
だから出来ないハードな運動、柔道部などは夢のまた夢。
ブルー自身もたまに言うけれど、「ハーレイのクラブに入りたかったな」と言うけれど。
ハーレイの方でもそれは同じで、ブルーにクラブに居て欲しかった。
自分が指導しているクラブに、朝と放課後とに教えるクラブに。
(もしもあいつが柔道部にいたら…)
ハーレイがいるから、と入部して来てくれたなら。
学校で一番のチビであっても、まるで女の子のように見えるチビでも、きっと。
目をかけてやって、伸びるようにと指導してやって、腕の立つ子にしてやれただろう。
ブルーは頑固で努力家なのだし、性格はとても柔道向き。
礼儀正しくて負けず嫌いで、おまけに前世はソルジャー・ブルー。
自分の命を捨ててメギドを沈めたほどの勢い、武道の道でも伸びそうだけれど。
小柄でも強い柔道の選手は少なくないから、ブルーも強くなれそうだけれど。
(…如何せん、元の身体がなあ…)
朝の走り込みだけでダウンしそうな、か弱いブルー。
練習前のストレッチだけで息が上がりそうな、虚弱なブルー。
柔道どころか体育の時間も満足にこなせず、休んでばかりの小さなブルー。
自分でも充分に分かっているからだろう、柔道部への入部届けを出してはこない。
思い込んだら後には引かない性格のくせに、それだけは提出してこない。
却下されると踏んでいるのか、思い付きさえしないのか。
小さなブルーが懸命に書いた入部届けは見てみたいけれど、出て来ないまま。
考えてみると少し寂しい、「入部届けさえ出して貰えないのか」と。
小さなブルーは入れそうにない柔道部。
入れたとしても、次の週には辞めていそうな柔道部。
まるで練習についていけないと辞めてしまうか、保健室送りで辞めることになるか。
どう考えても、小さなブルーと柔道部の時間は重ならない。
柔道部に入ってくれさえしたなら、入れさえしたら、もっと一緒に過ごせるのに。
朝の授業が始まる前に一緒に練習、放課後も時間いっぱい練習。
放課後の部活が終わった後には、二人一緒に帰れるのに。
「お前の家まで乗って行くか?」と車に乗せてもやれるのに。
そうしてブルーの家までドライブ、夕食を二人で食べられる。
今日の部活はどうだったかとか、柔道の話に興じながら。
(遠征試合も行けるんだがなあ…)
他の柔道部員と一緒に、ブルーを連れて。
路線バスに乗って他の学校との試合に出掛けて、見事勝利を収めたら食事。
負け試合でも食事するのは同じだけれども、勝った時には豪華な食事。
「俺のおごりだ」と財布の紐を緩めて大盤振る舞い、部員たちの歓声が上がるひと時。
そういった場所にブルーがいたなら、小さなブルーもいてくれたなら…。
どんなにいいか、と思うけれども、ブルーは其処にはいないから。
柔道部にも入って来てくれないから、入れないから、夢物語。
(もう少し、丈夫だったらなあ…)
一人前の選手にするのに、チビでも強いと評判の選手が育つだろうに。
前のブルーと同じに育てば、それは美しい若武者だろうに。
そういう夢を描いてみる。
柔道着を纏った小さなブルーを、一本背負いを決める大きく育ったブルーを。
叶わないから、夢に見る。
もしもブルーが丈夫だったら、柔道部に入ってくれていたら、と…。
柔道部は無理・了
(こんなものだったな…)
このくらいだった、とハーレイは両腕で輪を作ってみた。
まるで何かを抱き込むかのように、胸よりも少し下の辺りで。
確かめるようにそれを見てみる、自分の両腕が作っている輪を。
こんなものだと、このくらいの感じだったのだ、と。
(こんなに小さくなりやがって…)
そう思うけれど、愛おしい。
自分の両腕が作ってみせる輪、その輪の中に収まる大きさ。
小さな小さな、それは小さなブルーの身体を抱き締めた。
もう一度この腕に抱くことが出来た、遠い昔に失くしてしまった恋人を。
メギドへと飛んで、戻らなかったブルーの身体を。
奇跡のように戻って来てくれた、小さなブルー。
十四歳の子供の身体で、生まれ変わった少年の身体で。
再会の抱擁はほんの僅かな間だったけれど、この腕で確かに抱き締められた。
その時に両方の腕が作っただろう輪、それを何度も何度も作る。
ほどいては作り、作ってはほどく。
このくらいだったと、このくらいの身体を、温もりを抱いた、と。
小さなブルーの命の温もり、それを感じた両の腕。
抱き込んだ胸は自分の熱さで、高鳴る鼓動でもう一杯になっていたから。
どこまでがブルーの温もりだったか、どこまでが自分の熱さだったか、分からない。
今となっては定かではなくて、なんとも頼りなくおぼろげなもの。
確かにブルーを抱いていたのに、抱き締めたというのに、幻のようで。
代わりに腕が憶えていた。
このくらいだったと、この輪の中にブルーが居たと。
(本当に小さかったんだ…)
遠い記憶の中、幾度も抱き締めた恋人の身体は華奢だったけれど。
細く儚く見えたけれども、それでも大人と言えるものではあったから。
今の小さなブルーよりかは、ずっと大きく育っていたから。
抱き締めた時に腕が作る輪は、この輪よりも、もっと…。
(…このくらいはあった筈なんだ…)
こうだ、と愛した人の身体に回していた腕の輪を作ってみた。
小さなブルーの身体に合わせて作っていた輪を、そっと広げて。
(…そうだ、このくらい…)
数え切れないほどに何度も抱き締めた身体、細かったブルー。
けれども、こうして輪を作ったら。
その身体に見合う輪を作ってみたなら、なんという違いなのだろう。
なんと小さな身体なのだろう、今の小さな小さなブルーは。
(…このくらいしかないんだ、あいつ…)
今はこうだ、と輪を縮めた。
小さなブルーの身体に合わせて。腕が記憶していた、その大きさに。
こんなに小さな輪だというのに、それがどれほど愛おしいか。
どれほどに愛しく、何度もこの輪を作りたくなるか。
(…俺のブルーだ…)
此処に帰って来てくれたんだ、と小さなブルーが収まっていた輪を作り出す。
この腕の中にブルーが居たと、小さくなって帰って来てくれたと。
何度も何度も腕で輪を作る、ブルーを抱き締めた両腕で輪を。
そこにブルーはいないけれども、こうするだけで胸が温かくなる。
ブルーは此処に帰って来た。
小さな小さな、こんなに小さな輪にすっぽりと収まってしまう身体で。
(小さくても、あいつは俺のブルーだ…)
もう離さない、と腕で輪を作る。
今度こそ、けしてブルーを離しはしない。
腕の中から飛んでゆかせない、こうして輪を作り、閉じ込めよう。
ブルーは戻って来たのだから。
この腕の輪の中に、確かな命の温もりと共に…。
腕で作る輪・了
内緒だけれど。
ホントのホントに誰にも内緒で、秘密だけれど。
パパにもママにも言えない秘密で、友達にだって言えないけれど。
(ちゃんと恋人がいるんだよ、ぼく)
しかも、先生。学校の先生でうんと年上、二十三歳も上の先生。
ぼくの大好きなハーレイ先生、片想いじゃなくて、ホントの恋人。
ぼくのことを「チビ」って呼ぶけれど。
キスも許してくれないけれども、それでもホントに恋人なんだ。
だって、学校では「ブルー君」だけど、ぼくの家では「ブルー」って。
「俺のブルー」って呼んでくれたりする日だってある、ぼくの恋人。
学校で会ったら「ハーレイ先生」、ぼくの家ではただの「ハーレイ」。
だけど先生、ぼくの先生。
ぼくとハーレイ、出会いは学校。ぼくの学校で初めて出会った。
忘れもしない五月の三日に、ハーレイが転任して来たから。
新しくやって来た古典の先生、会った途端に一目惚れ。
お互いストンと恋に落ちた、って言ったらロマンチックだけれど。
恋した途端にぼくは血まみれ、ハーレイの方は大慌て。
ぼくに聖痕が出ちゃったから。右目や肩から血が溢れたから。
とんでもなかった恋の始まり、出会いの後は救急車。
告白する間も、される間もなくて、見事に気絶しちゃった、ぼく。
ハーレイが一緒に救急車に乗って来てくれたことも知らずに気絶していた、ぼく。
気が付いた時は病院のベッド、もうハーレイはいなかった。
学校に帰って行ってしまって、ぼくの側にはいなかった。
だけど壊れなかった恋。消えてしまわなかった一目惚れ。
ハーレイはぼくを好きなまんまで、ぼくもハーレイを好きなまま。
恋した途端にぼくが気絶で、告白する間も無かったけれど。
されてる暇も無かったけれども、恋はきちんと伝わった。
ぼくとハーレイとは恋人同士で、今だってずっと、恋人同士。
きっと嘘だと言われると思う、こんな恋だと話したら。
告白する間も、される間も無くて、それでも恋人同士だなんて。
しかもお互い、一目惚れ。会った途端に恋をした。
嘘みたいだけれど本当の話、ホントのホントにあったこと。
五月の三日に起こった出来事、学校の先生に恋をしちゃって、先生の方も…。
(ぼくもハーレイも、両想い…)
片想いなんて、していない。ほんの一瞬も、していやしない。
お互いに好きで、一目惚れ。会った瞬間、もう両想い。
告白なんかは要りもしなくて、される必要も何処にもなくて。
ストンと恋に落ちてしまって、もう運命の恋人同士。
ぼくはハーレイしか見えやしないし、ハーレイもぼくしか見ていないんだ。
だって、そういう恋だから。ホントに恋人同士だから。
誰にも言えない恋の秘密は、恋の始まりよりも前。
出会う前から恋人同士で、前のぼくたちの恋がまた始まった。
ぼくもハーレイも生まれ変わりで、生まれ変わる前にも恋人同士。
ぼくたちの恋は前の続きで、だけど前よりもっと素敵で。
(今度はちゃんと…)
学校の先生と生徒でいる間が終わったら。
ハーレイを「先生」と呼ばなくていい日がやって来たなら、もう堂々と恋人同士。
誰にも内緒にしなくてもいいし、手だって繋げる。何処へだって行ける。
前のぼくたちには出来なかった恋が、誰もが祝福してくれる恋が出来るぼくたち。
その日が来るまで、先生と生徒。
誰にも内緒で、秘密の恋。パパにもママにも、友達にだって。
だけど幸せ、ホントに幸せ。
ぼくの大好きなハーレイ先生、ぼくの家ではただのハーレイ。
そんなハーレイに恋をしたことが、ハーレイ先生に恋をしたことが、とても幸せ。
ぼくの恋人は学校の先生、誰にも内緒で秘密だけれど。
いつか秘密じゃなくなった時は、先生はもうぼくの先生じゃない。
ぼくの恋人、ぼくだけの恋人、手を繋いで歩いていける人。
ずうっと二人で歩いて行くんだ、幸せ一杯の未来に向かって…。
恋人は先生・了
