(…嘘だ…)
どうしてこんなことに、とシロエが呆然と見詰めるもの。
膝の上に一冊、大切なピーターパンの本。幼かった頃に両親がくれた宝物だけれど。
今もこうして持っているけれど、問題は…。
(…パパもママも…)
ぼくの家も、と眺めた暗い窓の外。漆黒の宇宙。瞬かない星が散らばるだけの。
強化ガラスの窓に映った自分の顔。気付けば宇宙船の中。
故郷の星は何処へ行ったのか、アルテメシアをいつ離れたのか。自分が育ったエネルゲイアも、後にしたという記憶が無い。
気付けば船の中にいただけ。他の子供たちと一緒に座って、運ばれる途中だっただけ。
ピーターパンの本だけを持って。…他には何も持たないままで。
(…ぼくの記憶…)
忘れなさい、と命じた機械。「捨てなさい」と冷たく言い放った機械。
テラズ・ナンバー・ファイブと名乗った異形のコンピューター。
それが何もかも奪ってしまった、大切なものを。
目覚めの日までの人生の全て、子供時代の何もかもを。
(思い出せないよ…)
何度試みても、何度挑んでも。
掴もうと何度探ってみたって、まるで取り戻せない沢山の記憶。
大好きだった両親の顔も、育った家も。
自分の家が何処にあったか、そんな基本のことでさえも。
何もかも全部奪われたんだ、と見詰めるピーターパンの本。
「ぼくにはこれしか残らなかった」と、「全部失くした」と。
ぱらりとページをめくってみたって、戻っては来ない失くした記憶。
機械が奪ってしまった記憶。
(二つ目の角を右に曲がって…)
後は朝までずうっと真っ直ぐ、そうすれば行けるネバーランド。
行き方は本に書いてあるけれど、自分の家への帰り方は何処にも載っていなくて。
(…パパ、ママ…)
家に帰りたいよ、と零れそうな涙を指で拭ったら。
「食事ですよ」
何にしますか、と笑顔で覗き込まれた。
船の乗員らしい女性に、制服を着た若い一人に。
肉料理がいいか、魚料理にするか。それとも肉や魚は抜きか。
「えっと…」
今はそういう場合では、と途惑いながら顔を上げたら、微笑んだ女性。
「あらまあ…。ピーターパンの本ね、昔、読んだわ」
にこやかに語り掛けられた。
成人検査を終えたばかりで不安だろうと、けれども、誰でもそんなものだと。
そして親切に見せて貰えた、「特別よ?」と。
肉料理はこれで、魚料理はこれ。肉も魚も抜きの食事はこれになるの、と。
「どれでもいいわよ」と言って貰えたから、「これ…」と指差したトレイの一つ。
女性はテーブルをセットしてくれて、「どうぞ」とトレイを上に乗せてくれた。
「本を汚さないように気を付けてね」と、「はい」と膝の上にナプキンだって。
とても優しくしてくれた女性。
「船にいる間は何でも言ってね」と、「困った時には呼んで頂戴」と。
ホッと一息つけた瞬間。
優しい人だって乗っているのだと、誰もが悪人ばかりではないと。
悪いのは機械、記憶を奪った憎らしいテラズ・ナンバー・ファイブ。
けれど…。
(…E-1077…)
この宇宙船が向かってゆく先。エリートを育てる最高学府。
其処に着いたら、何もかもが変わってしまうのだろう。
さっきの優しかった女性は、ただの客船の乗務員。エリートなどではない人種。
(…そんな人だから、優しいんだ…)
足の引っ張り合いなどは無いし、トップ争いをする世界でもない。
失くしてしまった父や母がいた、あの懐かしい故郷と同じ。穏やかに時が流れる世界。
(…船を降りたら…)
きっと全く違う世界があるのだろう。
両親や故郷の記憶さえをも、消し去ってまでも馴染むべき世界。
毎日がエリート同士の戦い、ライバル同士で蹴り落としたり、引き摺り落としたり。
(……嫌だ……)
そんな所には行きたくないよ、と思うけれども、決められた進路。
機械が勝手に決めてしまって、もう引き返せはしない道。
どんなに嫌だと泣き叫んだって、この船で泣いて暴れてみたって。
(…ネバーランドに行きたかったのに…)
ネバーランドよりも素敵な地球へ、と今も覚えている自分の夢。
それはすっかり狂ってしまって、気付けば独り、宇宙船の中。
他に乗っている子供たちも皆、ぼんやりとした様子だけれど。
言葉も交わさず、黙々と食事の最中だけれど…。
(…みんな、ライバル…)
この船がステーションに着いたら。
E-1077に着いて降りたら、誰もがライバル。
其処はそういう場所だから。エリートのための教育ステーションだから。
エリートになるより、あのまま故郷に、エネルゲイアにいたかった。
父と母のいる家でずっと過ごして、いつかはネバーランドへも。
(ぼくの本…)
この本だけは持って来られた、とピーターパンの本を抱き締めたけれど。
食事の途中で抱き締めていたら、さっきの女性が通路を通って行ったけれども。
「とても大切な本なのね?」と、「汚さないように気を付けてね」と。
優しい言葉に「うん!」と大きく頷いたけれど、考えてみれば。
(…E-1077…)
エリートが足を引っ張り合う場所、そんな所でピーターパンの本を大事にしていたら。
大切に抱えて持っていたなら、いったい何を言われることか。
(きっと、馬鹿にされて…)
この本をくれた両親のことも、嘲笑われるに違いない。
「そんなの、子供が読む本なんだぜ」と、「見ろよ、こんなの持ってやがる」と。
甘やかされて育ったんだと、だから子供の本なんか、と。
とてもエリートに見えはしないと、こんな子供を育てた親も愚かな親に違いない、と。
(ぼくのパパは…)
凄いパパだったのに、と思うけれども、思い出せない父の職業。
研究者だったか、技術者だったか、その区別さえも。
優しかった母も思い出せない、顔立ちも、瞳の色でさえも。
(…パパ、ママ…)
ぼくは怖い所に連れて行かれる、と抱き締めたピーターパンの本。
優しい人なんか誰もいなくて、怖い人ばかりに違いないよ、と。
友達だって出来はしなくて、誰もかも、皆、ライバルばかり。
何かと言ったら競い合いで喧嘩、そんな所に行かされるんだ、と。
(…どうしたらいいの?)
怖いよ、と唇を噛んでみたって、降りることは出来ない宇宙船。
エネルゲイアに帰れはしなくて、船の乗務員の優しい女性ともお別れで…。
記憶を失くしてしまったことも悲しいけれども、これから先の自分の運命。
それが怖くてたまらない。
きっと自分は上手くやってはゆけないから。
父と母が大好きで、ピーターパンの本が宝物の子は、苛められて酷い目に遭うだろうから。
「お前なんか」と、「なんだよ、まるで子供じゃねえか」と。
「パパとママの家に帰ったら?」だとか、「子供はとっくに寝る時間だぜ?」だとか。
帰れるものなら帰りたいのに。
両親の家に帰りたいのに、子供のままでいたかったのに。
(だけど、ステーションじゃ…)
そんな子供は苛められる、と本を抱き締める間に、「食事はいいの?」と尋ねられた。
「殆ど食べていないわよ?」と、さっきの女性に。
「…大丈夫…。ぼく、あんまり…」
食べたい気分にならないから、と彼女に返した食事のトレイ。
暫く経ったら、籠を手にして来てくれた女性。
「ほら、キャンディー」と、「後でお腹が空くだろうから、好きなだけ取って」と。
その優しさがとても嬉しくて、「ありがとう!」と沢山貰ったキャンディー。
ストロベリーやら、レモン味やら、他にも色々。
包み紙を剥がして、一つ口に入れて。
(…あの人とだって、じきにお別れ…)
そしてとっても怖い所へ、と震わせた肩。
父と母が好きな子供は苛められる世界、ピーターパンの本が馬鹿にされる世界。
其処へ自分は連れてゆかれると、どうすれば生きてゆけるのかと。
(パパもママもいなくて…)
ピーターパンの本も、持っているだけで馬鹿にされて…、と震える間に閃いたこと。
馬鹿にされるなら、そうならなければいいのだと。
揚げ足を取られなければいいと、自分が隙さえ見せなければ、と。
(…攻撃は最大の防御だっけ…?)
そういう言葉を何処で聞いたか、あるいは本で読んだのだろうか。
とにかく先に攻撃すること、それが自分を守ることになる。
E-1077が怖い場所なら、自分から打って出ればいい。
誰も自分を襲えないよう、自分が強くなればいい。
(…ぼくの中身は弱いままでも…)
父と母が好きで、ピーターパンの本が宝物でも、それがバレなければオールオッケー。
噛み付かれる前にガブリと噛んだら、蹴られる前に蹴り飛ばしたら。
(…そういうヤツだ、って思われたなら…)
誰も自分に寄って来ないし、バレるリスクが低くなる筈。
話し掛けようとする者が減ったら、減った分だけ。
会話の数が減っていったら、その分だけ。
(…嫌がられるヤツになればいいんだ…)
何かといったら皮肉ばかりで、憎まれ口を叩くキャラ。
そういう自分を作り上げたら、誰も近付いては来ない筈。
ピーターパンの本を持っていたって、指摘されたら、「ああ、これ?」とフンと鼻で嗤って。
「ちょっとした事故で、ぼくの持ち物になっちゃってさ」と、「捨てるのもね?」と。
「ゴミに出すより、持っていたならプレミアがつくかもしれないから」と。
いつか高値がついた時には、売り飛ばして儲けるんだから、と。
(君たちには真似が出来ないだろ、って…)
持っていない物は売れないもんね、と唇に浮かべた微かな笑み。
嫌な人間になってやろうと、攻撃は最大の防御だから、と。
(…この船を降りたら…)
とても嫌がられる生意気なヤツになってやる、と固めた決意。
ついでに機械にも嫌われてやると、生意気なシロエに手を焼くがいい、と。
かくして出来上がったのが、皮肉屋で嫌味を飛ばしまくりのシロエ。
乗って来た船を降りる時には、例の女性に「ありがとう」と御礼を言っていたのに。
とても素直な子だったのに。
新入生ガイダンスの時にホールにいたのは、とびきり「嫌なヤツ」だった。
「さあ、手を取り合いたまえ。共に地球を構成する仲間たちよ」
そう促したのがガイダンスで流れた映像だったけれども、それに応えて伸ばされた手。
隣の男子が「よろしく」と差し出した手を、「触らないでくれる?」と払いのけたシロエ。
「君の手、なんだか汗っぽいから」と、「気持ち悪いね」と。
それがシロエの第一声。
周りの新入生たちはドン引き、誰も怖くて近寄れなかった。「なんてヤツだ」と。
ガイダンスでそうやってのけたら、後は闇雲に突っ走るだけ。
誰もに憎まれ口を叩いて、皮肉と嫌味をガンガン飛ばして。
(…ぼくに触ると…)
火傷するって覚えておけよ、とシロエのキャラは見事に変わった。
ただし外面、中身は今でも…。
(…パパ、ママ…)
帰りたいよ、と部屋で抱き締める大切なピーターパンの本。
けれども部屋から一歩出たなら嫌味MAX、誰もに喧嘩を売ってばかりの嫌なヤツ。
攻撃は最大の防御だから、と頑張りまくって、嫌われまくり。
それがシロエの狙いなのだし、思い切り成功しているけれど…。
(高校デビュー…)
あれは死語だと思っていたのに、と溜息をつくマザー・イライザ。
ミュウ因子を持つシロエを此処まで連れて来たけれど、まさか高校デビューするとは、と。
もうちょっとばかり苦労するかと、馴染めずに泣きが入ると踏んでいたのに、と。
(…この調子だと…)
いい感じにキースに喧嘩を売りそうだけれど、帳尻は合ってくれそうだけれど。
もう少しばかり弱いキャラかと、まさか自分のキャラを変えるとは、と。
溜息をつくマザー・イライザ、機械にも読めなかったこと。
SD体制の時代に高校デビュー、それを華麗に果たしたシロエ。
高校ではなくて教育ステーションだけれど、最高学府と名高いEー1077だけれど。
それでも果敢に高校デビュー。
キャラを切り替えたシロエは今日も嫌味MAX、同級生に売っている喧嘩。
「君たちなんかと組まされた、ぼくの身にもなってよ」と。
「足を引っ張って欲しくないね」と、寄るな触るなと嫌われ者オーラ全開で…。
反逆のシロエ・了
※子供時代は可愛かったシロエ。どう転がったら、あのクソ生意気なキャラになるやら…。
ふと思い出した言葉が「高校デビュー」、そういうことなら仕方ない、うん。
(伝説のタイプ・ブルー…)
あれがオリジン、とキースの脳裏に浮かんだ顔。
旗艦エンデュミオンの一室、指揮官用にと設えられた部屋で。
モビー・ディックの中で出会ったアルビノの男、ソルジャー・ブルー。
実在するとは思わなかった。
今もなお生きていたなどとは。
かつて確かに存在したモノ、けれど途絶えたその痕跡。
モビー・ディックがアルテメシアを離れた後には、掴めなくなった彼の消息。
(…ジョミー・マーキス・シンの方なら…)
自分も確かにこの目で見たから、ジルベスター星系に来る前に既に知っていた。
ソルジャー・ブルーの次のソルジャー、ミュウの長だと。
彼が自らそう名乗ったから、E-1077を思念波攻撃した時に。
あの頃、自分は知らなかったM。ミュウを示す言葉。
メンバーズとしてミュウを学ぶまでには、暫くかかった。
其処で教えられた、ソルジャー・ブルー。
彼が最初に発見されたと、最強のタイプ・ブルーだったと。
ただし、アルテメシアを出てゆくまでは。
それよりも後の消息は不明、恐らく死亡したのだろうと。
今のミュウの長は、別人だから。
ジョミー・マーキス・シンなのだから。
モビー・ディックに囚われてからも、その名を耳にしなかった。
だから「いない」と信じていた。
もう死んだのだと、過去のものだと。
彼がどれほど強かろうとも、死んだのでは何の意味もない。
敵として出会うことなどは無いし、今のソルジャーでは足りない手応え。
伝説の男は強かったろうかと、それとも彼もこの程度かと嗤ってもいた。
(…いくら私を捕えても…)
心を読むことも出来ない男が、ソルジャー・シン。
ミュウの長でも、その程度。
子供を使って入り込むのが精一杯。
それ以上のことは出来はしないと、自分の敵とも言えはしないと。
何も情報を引き出せないなら、ミュウに勝機は無いのだから。
たとえ自分を殺したとしても、代わりは幾らでもいるのだから。
そう思ったから、嘲笑ったミュウ。
いずれ殲滅されるだろうと、その人柱でもかまわないと。
自分の消息が此処で消えたら、次は艦隊がやって来るから。
有無を言わさず殲滅するから、そうなるのを待っているがいいと。
(…だが、あの男…)
死んだとばかり思った男。
伝説と言われたタイプ・ブルー・オリジン、ソルジャー・ブルー。
彼に出会って、負けを悟った。
勝てはしないと、自分の負けだと。
たまたま運良く生き残れただけ、ミュウの女が何かしただけ。
どういうわけだか自分を庇った、同じ記憶を持つ女。
あれが自分を庇わなければ、きっと殺されていただろう。
防ぐ間も無く、あの一瞬で。
頭の中身を木っ端微塵に打ち砕かれたか、心臓を握り潰されたか。
そんな所だと分かっている。
「アレなら出来る」と、「私の力では防げなかった」と。
彼がそうすると読めなかったから。
殺意の欠片も見せることなく、あの男はそれを放って来たから。
(…本当に、よくも助かったものだ…)
死なずに此処へ来られたとは。
ミュウの殲滅に向かう艦隊、その指揮権を任されるとは。
本当だったら、自分は生きて此処にはいない。
ソルジャー・ブルーが放った一撃、あれに息の根を止められて。
死骸になって宇宙に棄てられ、それをマツカが拾えたかどうかも危ういくらい。
「行方不明」とだけ上がる報告、後はグランド・マザーの判断。
やはりあの星は怪しいと。
ミュウの巣だから滅ぼすべきだと、彼らが宇宙に広がる前に、と。
きっと同じにメギドは用意されただろう。
こうして自分が依頼せずとも、グランド・マザー直々に。
星さえ砕けばミュウは消せるし、モビー・ディックも破壊出来るから。
(…私は運が良かっただけだ…)
人質に取った、あの女。
あれがいなければ死んでいたのだと、負けだったのだと分かっている。
易々と心に入られたから。
心の中身を読み取られたから、ソルジャー・ブルーに。
なんとも無様な負けっぷり。
ミュウの女に庇われたのなら、それで危険に気付くだろうに。
次は何かと構えるだろうに、その前に読まれていた心。
誰も読めない筈なのに。
ジョミー・マーキス・シンには、無理だったのに。
(あのまま、いたなら…)
どうなっていたか、今頃は。
人質を二人取っていたから、辛うじて逃げ延びられただけ。
「人質を一人、解放しよう」と、子供を放り投げたから。
ソルジャー・ブルーの注意を逸らして、その隙に船に逃げ込めたから。
もう一人、人質を引き連れたままで。
ミュウの女を放さないままで。
(…もしも、人質が一人だったら…)
そんな姑息な手は使えなくて、ソルジャー・ブルーに殺されていたか、捕えられたか。
心を読めるくらいなのだし、ソルジャー・シンよりも遥かに強い。
彼とまともに対峙していたら、きっと命は無かっただろう。
人質無しで出会っていたら。
その人質がいたとしたって、一人しか連れていなかったなら。
尻尾を巻いて逃げるしか無かった、あの格納庫。
余裕の欠片もありはしなくて、それから後も運が良かっただけ。
たまたまマツカが来合わせただとか、人質が価値あるモノだったとか。
ソルジャー・シンが自ら飛んで来たほど、大切らしいあの女。
(…あれが下っ端の女だったら…)
やはり無かったろう命。
躊躇いもなくミサイルが来るとか、遠隔操作で船ごと爆破されるとか。
「シールドすれば助かる筈だ」と、「ミュウの女なら出来るだろう」と。
重要人物だったからこそ、ミュウどもが手出しを躊躇っただけ。
他に手段が何か無いかと、いきなり爆破は無礼すぎると。
(…本当に、運が良かっただけだ…)
自分が生きて此処にいるのは。
メギドを携え、ジルベスター星系へとミュウを滅ぼしに行けるのは。
(そして、あそこには…)
今もソルジャー・ブルーがいる筈。
あれで終わるとは思えない。
きっと彼なら出て来るのだろう、他の者では手に負えないと知ったなら。
メギドの炎で燻し出したら、あの時、自分に向けた闘志を此方へと向けて。
今の長では、まるで話にならないから。
人類に勝てはしないから。
(私一人が逃げ出しただけで…)
大混乱だった船の中。
彼がきちんと指揮していたなら、あんなことにはならないから。
ソルジャー・ブルーが出て来なかったら、自分はまんまと逃げおおせていた筈だから。
敵と呼べるのは、きっとソルジャー・ブルーだけ。
自分と戦い、勝ちを収めることが出来るのも、きっとソルジャー・ブルーしかいない。
そんなつもりは無いけれど。
彼に容易く倒される気は無いけれど。
(…しかし、アレなら…)
自分を殺す力を持っているのだろう。
現に自分は殺されかけたし、生きているのが不思議なほど。
アレにもう一度会いたいと思う、真正面から。
一対一で彼に会ったら、どちらが死ぬのか、どちらが生きるか。
それを無性に知りたいと思う、生き残れるのは何方なのかと。
ソルジャー・ブルーか、自分なのかと。
(…負けたままでは…)
尻尾を巻いて逃げたままでは、きっと一生、彼に勝てない。
メギドの炎が彼を焼いても、星ごと砕いてしまっても。
それは自分の力ではなくて、メギドの破壊力だから。
自分は「発射!」と命令するだけ、他の者でも、それこそ部下でも出来るのだから。
(……ソルジャー・ブルー……)
此処へ出て来い、と握り締めた拳。
メギド如きに滅ぼされるなと、生きて私の前に立てと。
そうすれば、仕切り直せるから。
今度こそ自分が勝ちを収めて、真の勝者となってやるから。
(…私を殺せるような男を…)
敵に出来たら、そして勝てたら、きっと爽快だろうから。
ジルベスターまで来た価値があるから、もう一度チャンスが欲しいと思う。
あの伝説のタイプ・ブルーと、ソルジャー・ブルーと戦える場所。
それが欲しいと、たとえ負けても構わないからと。
彼ともう一度向き合えなければ、戦えなければ、ずっと負け犬のままだから。
尻尾を巻いて逃げて行ったと、運が良かっただけの男だと、きっと嗤われるだけだから。
ソルジャー・ブルーに、あの男に。
自分を窮地に追い込んだ男、殺すことさえ出来る力を秘めた男に。
「地球の男は、あの程度か」と。
メギドに頼らねば勝てないのかと、よくも偉そうな口を叩けたと。
そうならないよう、今はチャンスを願うだけ。
ソルジャー・ブルーが出て来ることを。
メギドの炎に滅ぼされずに、生きて再び自分を殺しにやって来ることを…。
伝説のミュウ・了
※自分が本当にソルジャー・ブルーのファンなのかどうか、疑われそうなブツを書いた気が…。
ブルーのファンには間違いないです、根っからのブルー・ファンです。マジで…。
(第一段階は、計算通り…)
上手くいった、とマザー・イライザが眺めるキース。
グランド・マザーの期待通りに、キースと接触してくれたサム。何の手段も講じなくても。
(…なんとも冴えない候補生だけれど…)
それがイマイチ不満だけれども、グランド・マザーの絶対命令。
エリートとしてのサムの才能など、最初から夢を持ってはいない。落ちこぼれない程度について行けたら、上等だと思うべきだろう。
サムがE-1077にやって来たのは、単なる人脈だったから。
人脈と言っても、裏口だとか、誰かの口利きなどではない。もう本当にサムの人脈、彼の故郷での友が問題。グランド・マザーの読みが当たっていれば…。
(ミュウの次の長は、ジョミー・マーキス・シン…)
アタラクシアでのサムの親友、それが後釜に座る筈。
長い年月、忌々しいミュウを纏めていた長、ソルジャー・ブルーがいなくなったら。
ミュウの次の長を友に持つサム、誰よりもキースに相応しい友。
なにしろキースは特別なのだし、その友人にも選りすぐりを。
才能の有無とは関係なく。人脈や特性、そういったものが非常に大切。もう少ししたら、サムと同じにジョミーの友人だった人間。それがもう一人…。
(やって来る筈…)
今度は女性で、名前はスウェナ。
到着する時には、乗っている船を事故らせて…、と尽きない計算。
いずれはミュウの因子を持った少年、そういう人材も必要になる。理想の指導者、キースの才能を華麗に開花させるためには。
まずは第一段階クリア、と大満足なマザー・イライザ。
何もせずとも、サムはキースと握手したから。人がいいらしいサムの性格、この先もきっと計算通り。キースとすっかり友達になって、いずれは其処にスウェナが加わる。
(私の子…)
素晴らしいキース、と自画自賛してしまう、作り上げた子供。
三十億もの塩基対を繋いで、DNAから紡いだキース。今日、水槽から出したばかりで、この先はキースが自分で歩く。
あらかじめ敷かれたレールの上を。
サムという友も、近く来る予定のスウェナも、その時に起こる事故だって。
キースがもっと成長したなら、ミュウの因子を持った下級生を迎え入れて…、と先の先まで敷いてあるレール、キースは其処を走ってゆくだけ。
完全無欠なエリートとして、完璧な指導者への道を。メンバーズへ、そして国家主席へと。
その日が来るのが待ち遠しい、とマザー・イライザの夢は大きいのだけれど…。
(サム・ヒューストンか…)
知り合いが出来た、と認識したキース。何故だか妙に肌が合うな、と。
まるで前から知っていたように。さっき出会って、握手したばかりとは思えないほどに。
(多分、故郷で…)
似たような知り合いがいたのだろう、と考えるキースは気付いていない。自分に過去の記憶が無いとは、何も覚えていないとは。
なのに「故郷」だとか「知り合い」と思う、その原因は新入生ガイダンス。
誰もがこういう風に育った、と映し出された映像、それを自分に当て嵌めただけ。自分では全く意識しないで、自分の過去もこんな具合、と。
(…サムか…)
知り合いに似ている人間だったら、違和感も感じないだろう。初対面でも、初めて耳にした名前でも。そういうものだ、と弾き出した答え、過去の記憶は無いままで。
それから後は、マザー・イライザの計算通り。
サムに誘われた食事が切っ掛け、一気に仲のいい「友達」。
宇宙船の事故が起こった時にも、サムが一緒に来てくれたほど。ますますもって深まる友情、親しみが増す一方だけれど。
キース的には嬉しい出来事、マザー・イライザにしても、オールオッケー。
これで順調、と機械に親指があれば、グッと立てたいほどだけれども…。
実はキースとサムの友情、それには凄い伏線があった。
マザー・イライザも気付いていない伏線、何故なら、キースは「人間」だから。
無から作った存在とはいえ、何処から見たって人間の筈。身体も頭脳も、何もかもが。
(私の理想の子、キース…)
悦に入っているマザー・イライザ、その報告を聞いて喜ぶグランド・マザー。
どちらも気付いていなかった。
強化ガラスで出来た水槽、その中だけで育った人間がどうなるか。
ずっと昔にミュウが攫った、キースを作る基本になった女性体。そちらのデータは、追跡不可能だったから。ミュウが攫って行った時点で、行方不明になっていたから。
(どうせ、あちらは処分予定で…)
その直前にミュウが攫っただけだし、と考えているマザー・イライザ、それはグランド・マザーも同じ。後のことなど知ったことか、と。
けれど、問題は「その後」にあった。
ミュウが掻っ攫った女性、フィシスの「その後」が分かれば、せめて攫われる直前までデータを取っていたなら、あるいは分かっていたかもしれない。
水槽育ちの無から生まれた人間の場合、普通とは事情が異なるのだと。
人間では起こらない筈の「刷り込み」、それが発動するのだと。
刷り込みと言ったら、カモが有名。
卵から孵って最初に見たもの、それを親だと思う現象。
「水槽育ちの人間」で起こると、刷り込みは少し違ってくる。水槽で育つ間に目にした人間、中でも一番フレンドリーな者。そういう人間に懐く仕組みで、水槽から出した途端に起動。
本人も、気付かない内に。
懐く対象になりそうな人間、それに出会ったら入るスイッチ。
ミュウが攫ったフィシスの場合は、実験室へと通い詰めていたブルーに懐いた。ブルーが研究所時代の記憶をスッパリ消してしまっても、刷り込みで。
「この人が一番、フレンドリーだった」と、「この顔の人に何度も会った」と。
それと同じに、キースの方でも起こった刷り込み。
マザー・イライザは人間をデータで判断するから、まるで気付いていなかっただけ。
水槽時代のキースを世話した人間、研究者の中でも一番の古株だった初老の男性。彼の雰囲気がサムに似ていたことに。
顔のパーツも体格も全く似てはいないのに、「人間」が見たなら「似ている」と思う、そういう人種。何処がどうとは言えなくても。
年恰好も何もかも別物なのに、「ああ、似ているな」と人間だったら気付くこと。
そう、後にサムがシロエを目にして、「ジョミーに似ている」と評したように。
あんな具合に、キースを世話した研究者の男性はサムに似ていて、起こった刷り込み。
マザー・イライザの計算以上に、グランド・マザーの思惑以上に、キースはサムにしっかりすっかり懐いてしまった。
フィシスがブルーに懐いたように。無条件に信頼していたように。
キースも同じに、サムに懐いたものだから…。
上手い具合に運んだ筈の、キースにサムを近付けること。
ジョミー・マーキス・シンの存在をキースに知らしめることも、シナリオ以上の成果を上げた筈だったのに。
ミュウが計画した思念波通信、それのお蔭で劇的な効果があったと、機械は頭から信じて疑いもしなかったのに…。
(……サム……)
どうして、とキースが噛んだ唇。
E-1077を離れて十二年が経った後、サムの病院を訪れて。子供に戻ったサムに出会って。
其処から狂い始めたシナリオ、元は刷り込みだったから。
キースにとっては、サムは「友達」以上の存在だったのだから。
(ミュウどもめ…)
よくもサムを、と今は仇討ちに燃えるキースだけれども、これがグランド・マザーの破滅に繋がるカウントダウン。
友達以上の存在だったサムを失くしてしまって、キースの感情は激しく揺り起こされたから。
「人間らしい」キースが目覚めて、その後はずっと、それに従って動くから。
手始めにミュウだったマツカを見逃がし、次から次へと狂う歯車。
もはや機械には、どうしようもない方向へ。
刷り込みのお蔭で生まれた友情、それはブルーとフィシスの絆と同じに、キースにとっては大切すぎるものだったから…。
刷り込みの誤算・了
※キースとサムの出会いはマザー・イライザの計算通り、というのがアニテラ設定。
仲良くなるよう刷り込んだのかも、と考えていたらこういうネタに。水槽育ちですもんねv
(…おや?)
どうなったんだ、とソルジャー・ブルーが見開いた瞳。
ちゃんと両目で見えているから驚いた。右目はキースに撃たれて砕けてしまった筈で…。
(回復力が凄かったとか…?)
自分の力に全く気付いていなかったとか、と覚えた感動。ジョミーの「生きて」という強い願いで生き延びたのだと、頭から信じていたのだけれど…。
(実は、実力…)
それに半端ない回復力、と見回した身体。撃たれた痛みはまるっと消えたし、メギドの爆発に巻き込まれた割に無傷なのだし、これまた凄い。
(シールドを張ったつもりは無かったんだが…)
生存本能というヤツなのか、と納得した。
撃たれた傷を全部治せるほどだし、死んでたまるかと身体が勝手に頑張ったのに違いない。全く意識しなくても。「みんなを頼む」とジョミーに叫んで、意識がブラックアウトでも。
(…しかし、困った…)
こんな所で生き残っても、と本気で困る。周りは漆黒の宇宙空間、ついでにメギドの残骸らしきモノだらけ。人類軍の船もとうにいないし、この状態では…。
(シャングリラが何処に行ったのかも…)
思いっ切り謎で、知る方法も無い有様。
せめて人類の船がいたなら、ちょっと入り込んでデータを失敬できるのに。シャングリラは多分ワープした筈、そのタイミングが分かりさえすれば…。
(手掛かりくらいにはなる筈で…)
人類が見たって行き先不明のワープだけれども、同じミュウなら勘で何とか。
あの辺りかも、と当たりをつけて追い掛けることも出来なくはない。ダテに長年、ソルジャーをやっていないから。ワープの指示を出したハーレイ、彼の発想なら大体分かる。
(…人類軍は何処に行ったんだ?)
何処かに一隻、出遅れたのがウロウロしていないかと目を凝らしていたら…。
「自分を信じることから道は開ける」
ポンと頭に浮かんだ言葉で、そう言えば昔、ジョミーに言った。アルテメシアから命からがら逃げ出した後で、酷く落ち込んでいた時に。
シロエという名のミュウの少年を救い損ねた、とベッドの側で暗くなっていたから…。
(事の善し悪しは、全てが終わってみなければ…)
分からないさ、と励ましてやったのが自分。
つまりは今とて同じ状況、あるいはもっと凄いかも。死んだ筈なのに生きていた上、無傷だという素晴らしさ。自分の実力は思った以上で、それを信じれば今だって…。
(道は開けるというわけで…)
とにかく前へ進むことだ、と考えた。
全てが終わった筈だというのに、こうしてキッチリ生きているから。おまけに死んだと思う前よりも、遥かに健康な状態で。
(とはいえ、どっちが前なんだか…)
こんな宇宙では上も下も、と途方に暮れてしまいそうな感じ。ナスカの方へ行けばいいのか、この星系を離れる方か。
悩んでいたって答えは出ないし、「頑張れ、自分」と思うしかない。
きっと闇雲に飛んでいたって、何処かで会う筈の人類の船。軍の船なら大いにラッキー、それのデータからキースの艦隊を追えばいい。そしてシャングリラのデータをゲット。
(運が良ければ、まだ追い掛けている真っ最中かもしれないし…)
それに賭けた、と決めた方針。人類軍の船がいそうな方向だったら、ナスカとは逆。
(自分を信じることから道は開ける…)
事の善し悪しは、全てが終わってみなければ分からないさ、と繰り返しながらジルベスター星系の外を目指していたら。
(えっ…?)
いきなりグイと引っ張られた。凄い速さで飛んでいるのに、知ったことかと言わんばかりに。
第一宇宙速度なんかはとっくに突破しているのだから、こんな所で引っ張られたら…。
(空間が…!)
歪んでしまって亜空間ジャンプになってしまう、と逃げる間もなく引き摺り込まれた。どう考えてもそういう空間、ワープの時にはお約束だった緑の亜空間に。
(巻き込まれたか…!?)
気付かない間に、ワープインしようとしていた人類の船か何かに。側を通過中の自分もセットで亜空間送りで、ナスカどころか、それはとんでもなく…。
(違う所に飛ばされるのか…!?)
なんてことだ、と慌てたけれども、既に手遅れ。こうなったら腹を括るしかない。ワープアウトした先で、巻き込んだ船のデータにアクセス。
(現在位置を特定してから、キースの船がいそうな場所を…)
探してみるしかないだろう。それに、考えようによってはラッキー。人類の船を探し出す手間が省けたのだから。
(ナスカから離れてしまった分だけ、回り道かもしれないが…)
事の善し悪しは、全てが終わってみないと分からないもの。結果オーライということもある。
自分に巻き添えを食らわせた船が、キースの艦隊に所属していた船だったとか。そこまで上手く運ばなくても、民間船ではなくて軍の船だとか。
事の善し悪しは、全てが終わってみなければ分からないのだし、と流れに任せることにした。
ワープアウトしたらチャンス到来、其処で人類の船に潜り込む。瞬間移動で入り込んだら、まずバレないから、目指すはブリッジ。
(…乗組員の意識を奪って、それからデータを…)
頂戴しよう、と作戦計画、ワープアウトの瞬間が勝負。乗組員たちがホッと一息ついている所、其処が狙い目だろうから。きっと油断をしているから。
(よし…!)
そろそろだ、と構えて待った。経験からして、ワープアウトが近い。これを抜けたら…。
(一気に勝負だ…!)
キースのような生え抜きの軍人、それが相手でも頂くデータ。貰ってやる、と身構えたのに。
これでもソルジャーと呼ばれた男、と自分に気合を入れたのに。
(…シャングリラ…!?)
なんでまた、と仰天する羽目に陥った。
人類の船に飛び込むつもりが、其処は青の間だったから。嫌というほど見慣れた景色で、間違えようもなかったから。
(それでは、ぼくを巻き込んだ船は…)
身内だったか、と呆れた自分の馬鹿さ加減。
いくらシャングリラがステルス・デバイスで姿を消していたって、まるで気付かなかったとは。
ミュウの仲間を乗せている船、それが直ぐ側にいたというのに、知らずに通過しかけたとは。
(短距離ワープで逃げていたのか…)
きっとそうだったのだろう。いきなり長距離ワープをするより、まずは短距離。其処で隠れて、人類軍の艦隊をやり過ごす。ほとぼりが冷めたら、改めてワープ。
如何にもハーレイらしい手だな、と浮かべた笑み。ワープしたって、運が悪いと追われるから。長距離ワープで追跡されたら、咄嗟に取れない回避行動。
その点、短距離ワープだったら小回りが利く。追って来ている、と気付いた時点で打つ手は幾らでもあるわけだから…。
(それで、何処までワープしたんだ?)
ジルベスター星系からは相当離れたことだろう。かなりに運が良かった自分。本当に道が開けてしまった。何もしなくても戻れた青の間、皆に生還を告げに行かなければ、と考えたのに。
(…フィシス?)
どうしてフィシスが此処にいるんだ、と目を丸くして、「今、戻った」と言おうとしたら。
「ソルジャー・シン…」
そう呼ばれたから絶句した。フィシスは視力を持たないけれども、その分、サイオンの瞳で見るのに優れている筈。自分とジョミーを見間違うなど有り得ない、と愕然として…。
(…何故、フィシスが…)
ぼくとジョミーを間違えるんだ、と思った所で気が付いた。自分の両手が触れている物、それは頭に着けた補聴器。フィシスに託した記憶装置を兼ねていた物で、それが頭にあるのなら…。
(…この身体は…)
ジョミーなのか、と視線を下にやったら、ジョミーの衣装。自分のではなくて。
そして、よくよく意識を研ぎ澄ましてみれば、ジョミーは只今、滂沱の涙。どうやらフィシスが渡した補聴器、その中に残った記憶を辿っていたらしく…。
(…自分を信じることから道は開ける…)
その言葉をジョミーが再び聞いた瞬間、其処で空間が繋がったらしい。同じ言葉を思い返して、自分が飛んでいたものだから。…シャングリラからは遠く離れた所で。
(ぼくは、ワープをしたんじゃなくて…)
巻き込まれたということでもなくて、ジョミーの意識に引っ張られただけ。とうに死んでいて、魂だけになっていたのを。
本当だったら天国か何処か、そういう世界に行くべき所を、何か勘違いをしていた内に。
(…ジョミーの中に入ってしまったのか…)
思念体と呼ぶには、ちょっと頼りない状態で。きっとジョミーにも、存在自体を分かって貰えそうにもない状況で。
(…とはいえ、これも考えようで…)
ジョミーにまるで自覚が無くても、自分の方からアプローチするのが不可能でも…。
(…このままジョミーの中にいたなら、地球に行けるし…)
人生、捨てたものではないな、と開き直ってみることにした。
ジョミーの身体は健康だったし、居心地はとても良さそうだから。死にかけだった自分の身体に比べたらずっと、軽くてピンピンしているから。
(死んだ自覚がゼロというのが良かったんだな…)
生きているのだと勘違いしたから、死後の世界に行かずに済んだ。その上、ジョミーが補聴器を着けて再生してくれた言葉、それを励みに宇宙を飛んでいたのがラッキー。
上手い具合にジョミーとシンクロしたから、キッチリ戻れたシャングリラ。
いくら自分は死んでいるにせよ、これは人生丸儲け。頑張らなくても地球に行けるし、楽隠居の日々でいいのだろう。ジョミーは自分が入り込んだことに、全く気付いていないのだから。
(これでは、アドバイスのしようもないし…)
ジョミーの中にいるというだけ、たったそれだけ。ヤドカリと言うか、間借り人と言うか…。
そんな所だ、と自分の立場を把握したのがソルジャー・ブルー。
これから先はジョミーの身体に住ませて貰って、憧れの地球を目指す旅。ジョミーは自覚ゼロなわけだし、悠々自適の日々の始まり。
(事の善し悪しは、全てが終わってみなければ…)
分からないさ、とは言い得て妙だ、と感動しまくり、儲けた命。死んだ自覚が無かったお蔭で、どうやら地球まで行けそうだから。
(ぼくにも運が向いて来た…)
人生ツイてる、とスキップしそうなブルーの人生、本当は終わっているのだけれど。
運が向くも何も無いのだけれども、終わり良ければ全てよし。
たとえジョミーの身体でも。自分の身体は消えてしまって、ヤドカリな間借り人生でも。
こうしてブルーが入り込んだから、青の間を出たジョミーがフィシスを従え、皆を鼓舞しに足を踏み入れた天体の間では…。
「俯くな、仲間たち!」
そうブチ上げたジョミーの顔には、見事なまでにブルーの顔立ちが重なっていた。
なにしろミュウは精神の生き物、微妙な違いを嗅ぎ分けたから。
今まで見ていたジョミーと違うと、ソルジャー・ブルーだとピンと来たから。
「ソルジャー・ブルー?」
「…ソルジャー・ブルー…?」
さざ波のように広がってゆく声、けれど「グラン・パ!」と叫んだトォニィ。
途端に「間違えたかな」と思い直すのがミュウの仲間たちで、一瞬の内に消えた幻影。ブルーの代わりにジョミーがいるだけ、「アルテメシアへ向かう」と始まった未来に向けての大演説。
(…地球へ向かうか…)
行ってくれるか、とブルーは充分、満足だった。
自分の存在に一度は気付いてくれた仲間たち、彼らに綺麗にスルーされても。
ジョミーの中には自分がいるのだと、もう気付いては貰えなくても。
(事の善し悪しは…)
全てが終わってみなければ分からないさ、と拾った人生、後は地球まで楽隠居。
自分を信じて道が開けて、ちゃんとシャングリラに戻れたから。
ヤドカリな間借り人生にしても、人生、生きてなんぼだから。
とっくに死んでいるけれど。
それでもやっぱり生きているから、憧れの地球まで行けそうだから…。
拾った人生・了
※原作だったら、ジョミーの中にいるブルー。きっと同じだと思ったのがアニテラなのに…。
そんな描写は皆無だったオチ、だったらジョミーに重なったアレは何だったんだ、と。
「ただいま、シロエ」
「パパ!」
開いた扉の向こうに、父。
駆け寄って行けば、父は高々と抱き上げてくれた。
まるで重さなど無いかのように、シロエの身体を高く、高く。
クルクルと回ってくれる父。
もう嬉しくてたまらないから、歓声を上げて回り続けた。
父と一緒に、クルリクルリと何回も。
「さあさあ、パパもシロエも、御飯にしましょ」
母が呼んでくれて、下り立った床。
「わあ!」
美味しそう、と眺めたテーブルの上。
母の得意な料理が並んで、今日は御馳走。
(ふふっ、御褒美…)
きっと、この間のテストの点数。
誰も満点を取れなかったのに、自分は満点だったから。
学校の先生も褒めてくれたし、父も母も喜んでくれたから。
いただきます、とパクリと頬張った。
とても美味しくて、頬っぺたが落っこちてしまいそう。
(すごく幸せ…)
こんな日はきっと、夜になったら…。
(ピーターパンが来てくれるかも!)
いい子でベッドに入ったら。
「おやすみなさい」と、ベッドに入って目を閉じていたら。
そのまま寝ないで待っていたら、きっと…。
だから寝ないで待つんだもん、と頑張ったのに。
知らない間に眠ってしまって、素敵な夜は過ぎてしまって…。
(もう朝なの!?)
嘘、と目覚めたベッドの上。
目覚まし時計を止めようとしたら、伸ばした自分の手に驚いた。
(えっ…?)
ぼくの手、と凍ってしまった瞳。
夢の中の自分の手とは違って、もっと大きくなっているから。
子供と言うより、大人に近い手。
どうしてなの、と見詰めたけれども、鳴り続けている目覚ましの音。
冷たい音で、規則正しく。
急き立てるように、けたたましく。
(…マザー・イライザ…)
途端に引き戻された現実、此処は自分の家ではなかった。
E-1077、エネルゲイアから遠く離れた教育ステーション。
其処で目覚めた、十四歳の自分。
幼かった日は消えてしまって、今の自分は…。
(パパ、ママ…)
何処、と見回しても、いる筈がない父と母。
自分の家ではないのだから。
故郷からは遠く離れてしまって、帰る道も、もう…。
(覚えていないよ…)
帰れないよ、と零れた涙。
目覚ましだけは止めたけれども、もう戻れない夢の中。
せっかく父に会えたのに。
懐かしい母が作る御馳走、それを美味しく食べられたのに。
(ぼくって馬鹿だ…)
どうして眠ってしまったのだろう、あの夢の中で。
もしも眠らずに起きていたなら、飛べていたかもしれないのに。
夜の間に、ピーターパンが来てくれて。
一緒に空へと舞い上がれていて、今頃はきっと、ネバーランドへ。
あのまま空を飛んで行ったら、きっと此処にはいないのだろう。
子供が子供でいられる世界へ、ネバーランドへ、高く高く空を飛んで出掛けて。
(…こんな所から…)
逃れて、焦がれ続けた空へ。
ネバーランドへ旅立って行って、二度と戻らずに済んだのだろうに。
(…パパとママだって…)
離れずに済んでいたのだろう。
ネバーランドに飛んで行っても、会いたくなったら、きっと帰れる。
心でそれを願ったならば。
「パパとママに会いに帰りたいよ」と、ピーターパンに言ったなら。
子供の味方は、子供を泣かせはしないから。
ピーターパンなら、夢を叶えてくれるから。
(…パパ、ママ…)
ぼくはどうして寝てしまったの、と叫びたい気分。
どうして起こしてくれなかったのと、ピーターパンを待っていたのにと。
(…寝る前に、ちゃんと頼んでおいたら…)
父が揺すってくれただろう。
「今夜は起きて待つんだろう?」と。
母だって、きっと起こしてくれた。
「眠っちゃ駄目よ」と、「起きたまま待っているんでしょう?」と。
パパとママに頼み損なっちゃった、と呪った夢。
きちんと頼んで眠っていたなら、今頃はきっと別の世界にいただろうから。
E-1077は丸ごと消えてしまって、ネバーランドを飛び回って。
(…ネバーランドに行きたいよ、ママ…)
パパ、と呟いて、気付いたこと。
夢の世界で確かに会った。
顔もぼやけてしまった両親、夢ではハッキリ見えていた顔。
何処も霞んでいなかった。
家も、テーブルも、母が作った御馳走も。
料理を口にした時の美味しさだって、何もかも全部、みんな本物。
夢の世界で見ていた全ては、きっと本当にあったもの。
(…ぼくが忘れてしまっただけで…)
成人検査で奪われただけで、あれは全部、自分が見ていたもの。
両親の顔も、父が入って来た扉だって。
(…どんな扉だっけ…?)
パパはどうやって入って来たっけ、と考えても思い出せない扉。
父の顔だって覚えていなくて、母の顔だって記憶に無くて。
(……ママの御馳走……)
並んでいた料理も思い出せない、大好物だった筈なのに。
とても美味しくて、顔が綻んだ筈なのに。
(…夢の中でしか、見られないの…?)
目覚めた途端に消えてしまう夢、その中でしか。
夢を見ている間だけしか、きっと見付からない真実。
自分は何処で暮らしていたのか、両親はどんな顔だったのか。
どういう日々を過ごしていたのか、楽しかったことは何だったのか。
(……そんなの、酷い……)
本当のことは、夢の中にしか無いなんて。
目覚めた途端に消える泡沫、パチンと壊れるシャボン玉だなんて。
あんまりだよ、と思うけれども、これが現実。
自分の記憶は機械に消されて、目覚めたら忘れる夢の中のこと。
嫌な夢なら、起きた後にも心の中に残っているのに。
「捨てなさい」と迫る、テラズ・ナンバー・ファイブなら。
「忘れなさい」と記憶を消してしまった、忌まわしい機械の夢の時なら。
そっちの方こそ忘れたいのに、忘れないままで目が覚める。
何度も自分の悲鳴で飛び起き、その度に怖くて泣き続ける夢。
「パパ、ママ…」と肩を震わせて。
失くしてしまった記憶を取り戻したくて、両親のいた家に帰りたくて。
両親だったら、きっと守ってくれるから。
「怖いよ」と自分が怯えていたなら、「大丈夫」と抱き締めてくれる筈だから。
それなのに、思い出せない両親。
家があった場所も、家の扉も、テーブルだって。
何もかも自分は忘れてしまって、夢で出会っても、また忘れた。
目覚ましの音が鳴った途端に、本当のことを。
自分が子供でいられた時代を、子供の視点で見ていたことを。
それこそが、きっと真実なのに。
今も何処かに、本当のことはある筈なのに。
(……パパもママも、家も……)
エネルゲイアに今もそのままで、自分だけが此処に放り出された。
ピーターパンの本だけを持って、独りぼっちになってしまって。
本当のことを全部忘れて、夢に見たって、掴み取れずに。
(……もう一度……)
眠り直したなら、夢の世界に戻れるだろうか。
講義に出ないで眠り続けたら、もう一度あの夢に入れるだろうか。
(もしも、戻れたら…)
今度こそ寝ないで、夢の中で待とう。
両親に頼んで起こして貰って、ピーターパンがやって来るまで。
夜の空を飛んでネバーランドへ、ネバーランドよりも素敵な地球へ。
(…飛んで行かなきゃ…)
もう一度だけ、と切った目覚まし。
チャンスは掴み取りたいから。
テラズ・ナンバー・ファイブの夢が来たって、かまわない。
少しでも希望が残っているなら、それに賭けたいと思うから。
機械の言いなりになって講義に出るより、今日は機械を無視したいから。
(今日の講義くらい、出なくても…)
遅れは直ぐに取り戻せるから、夢の世界へ戻ってゆこう。
夢の世界が本物だから。
子供が子供でいられた時代は、確かにあった筈なのだから。
(パパとママに会って、御馳走を食べて…)
夜は寝ないでネバーランドへ、と目を閉じて戻った上掛けの中。
運が良ければ、きっと真実が見えるから。
怖い夢が来たってかまわないから、夢の世界へ飛び立とう。
父と母がいた時代へと。
本当のことがあった世界へ、機械がすっかり消してしまった子供時代へ。
その世界への扉が開いたら、真っ直ぐに飛んでゆこうと思う。
夜は寝ないでピーターパンを待って、ネバーランドへ、ネバーランドよりも素敵な地球へ。
夢の世界は本物だから。
真実はきっと其処にあるから、夢に隠れている筈だから…。
戻りたい夢・了
※成人検査で消された記憶は、何処かに残っている筈で…。何かのはずみに出て来る筈。
だったら夢でも出て来るかもね、と書いてみたけど、シロエ、可哀相…。夢、見られたかな?