(なんだかさあ…)
凄いんだよね、とジョミーが毎回、思うこと。
ミュウの母船なシャングリラとやらに連れて来られて、今や無理やりソルジャー候補。
でもって、顔を出さねばならないブリッジ、其処に入って見回す度に。
とある人物が座っている席、それが目の端を掠める度に。
(……短すぎない?)
あのスカート丈、と眺めてしまうヤエの制服。
丸い眼鏡がトレードマークのヤエだけれども、そんなモノより気になるスカート。
ミュウの船では誰もが制服、男性も女性も制服しかお目にかからない。私服は多分、フィシスとアルフレートくらいだろう。似た服装を他に見掛けないから。
キャプテンもソルジャーも長老たちも、きっとそれなりに制服な筈。
それは納得したものの…。
(なんでヤエだけ…)
生足なんだろ、と思ってしまう、短すぎるスカートから覗く足。
他の女性は全員、タイツを着用だった。女性の服には詳しくないから、スパッツだとかレギンスなのかもしれないけれど。
とはいえ、タイツだろうがスパッツだろうが、レギンスだろうが、足は隠れる。まるっと隠れて見えないのが肌、透視でもしない限りは無理。
(…透視も出来ない仕様かもね?)
試したことは無かったけれども、なにしろミュウの船だから。
その気になったら透視が出来る人材多数で、服だって透視しかねない。スケベな男が船に紛れていたら、だけれど。
だから素材にも気を配りそうなミュウたちの制服、特に女性は。
間違っても下着を見られないよう、細心の注意を払っていそうな船なのに…。
配慮たっぷりな女性の制服、それに真っ向から挑むのがヤエ。
いつ見ても短すぎるスカート、きっと屈んだらパンツが見えるに違いない。屈まなくても何かのはずみで見えそうなパンツ、どう考えてもスレスレだから。
(…立ってるトコ、滅多に見ないけど…)
自信満々で立っているヤエ、そのスカートは非常に短い。何処から見たってスレスレなライン、あとほんの少し短かったらパンツが覗くスカート丈。
あまりにも微妙なラインだからして、当然、ブリッジで座っていたら…。
(…目のやり場ってヤツに困るんだよね…)
ウッカリ正面に回り込んだら、その時にヤエが踏ん張っていたら。…そう、両方の足を。
彼女は非常に男前な性格、何かと言ったら踏ん張る両足。おしとやかに足を揃えて斜めに座ればいいと思うのに、足をドカンと開いたままで。
彼女の前にはモニター画面もあるのだけれども、それは彼女の足を隠しはしないから…。
(……パンツ、丸見え……)
初めて現場に出くわした時は、目を剥いた。「あれは、パンツと言うんじゃあ?」と。
それは潔く見えていたパンツ、ヤエの両足の間にバンッ! と。
「このパンツ様に文句があるか」と、そうでなければ「このパンツ様が目に入らぬか」。
そういう感じで堂々とパンツ、ヤエは隠しもしなかった。
少年とはいえ、男の自分が前を通ってゆくというのに。足を広げて座っていたなら、スカートの下の「おパンツ様」が丸見えなのに。
なんて人だ、と度肝を抜かれたパンツな一撃、パンチではなくてパンツな一発。
マトモに食らって受けた衝撃、「どうしてパンツ」と、「なんで生足?」と。
ヤエがタイツを履いていたなら、パンツは見えはしないから。
スパッツだろうがレギンスだろうが、女性用の制服に足を隠すモノはあるのだから。
けれど、凄すぎた「おパンツ様」。
うっかりチラリなら、まだ分かるけれど、御開帳とも言っていいほどの「足を開いて」丸見えなパンツ。普通だったら有り得ない。
だから、一瞬、目を剥いたけれど、「勘違い」だと考えた。
育英都市とは縁が薄いものの、フィギュアスケーターという職業の女性。そういうプロの女性が華麗にリンクを滑る映像、そっちの方なら何度も見ていた。「あんな世界もあるんだな」と。
彼女たちの衣装は実に大胆、肌の露出が凄いけれども…。
(あれって、見た目だけっていうヤツなんだよね…)
厳しい規則があると言うのか、それともスケートリンクの気温が低いからだろうか。
露出が凄いと見せかけておいて、実の所は肌色の衣装だったりする。手足をまるっと覆う肌色、場合によってはスケート靴まで。
ヤエの足だって、それだと思った。
おパンツ様から覗く両足、生足に見えてホントはタイツ、と。
なのに…。
タイツだよね、と眺めた足は、思いっ切りの生足だった。
アタラクシアの家で母が履いていたような、ストッキングさえ無い有様。肌色の部分はキッパリ生肌、そういう言葉があるのなら。
足が綺麗に生足だったら、パンツも当然、本音でパンツ。…きっと。
フィギュアスケーターの女性の服なら、パンツも衣装の一部なのに。タイツとセットで。
(…あれって、パンツ…)
真面目にパンツ、と思わず見てしまったわけで、お蔭でしっかり理解した。見せパンツですらも無いことを。凝ったフリルがついているとか、レースとかではなかったから。
男前の極みな飾り無しのパンツ、実用本位としか言えないパンツ。
(……テニスの人なら、見えても可愛いパンツだから……)
ファッション用語には疎いけれども、テニス選手の女性が履くのは「見えてもオッケー」という仕様。やたらゴージャスにフリルだったり、オシャレだったり。
けれどもヤエのパンツはと言えば、そんな気配さえ無いわけだから…。
本物のパンツ、と唖然呆然、其処へ「なにか?」と射るような視線。
おパンツ様の持ち主のヤエが、眼鏡の向こうからガン見していた。目を丸くしたままで、ヤエのパンツを見ていた自分を。
「アンタ、文句があるわけ?」と。
「私のパンツに文句があるなら、アンタが消えたらいいじゃないの」と。
それは恐ろしかったのが視線、「すみませんでした!」とばかりにダッシュで逃げた。
「パンツを拝んでごめんなさい」と、「本当に、ぼくが悪かったです」と。
きっとヤエには、あのスタイルがデフォだから。
ブリッジで足を踏ん張った時は、燦然と輝く「おパンツ様」。
その光景に文句があるなら此処に来るなと、「私の前に立つんじゃねえ!」と。
もう本当に怖かったから、それ以来、ヤエの前を通る時にはガクガクブルブル。
間違ってもパンツを見ませんようにと、ヤエが両足を踏ん張っていたら、そっちを向くなと。
(…あれから長く経つんだけれど…)
ブリッジクルーは、誰も気にしていないらしい。ヤエの股間の「おパンツ様」の方はもちろん、激しく短いスカート丈も。
ヤエがキリッと立っていようが、足を踏ん張って座っていようが、挙動不審な人間はゼロ。
早い話が「普通の光景」、おパンツ様でも気に留めないのがブリッジクルー。
いつ目にしたって、ヤエの両足は生足なのに。
足をガバッと開いて踏ん張っていたら、おパンツ様が丸見えなのに。
(キムも、ハロルドも…)
やたらと口うるさそうなゼルも、厳格そうなキャプテンだって、スルーしているヤエの生足。
ついでに「おパンツ様」もスルーで、「足を閉じろ」と注意もしない。
(…あそこまで行ったら、凄すぎて…)
チラリズムも何も無いんだけどね、と思うけれども、気になるヤエの「おパンツ様」。
その原因のスカート丈だって、どうにも気になるものだから…。
「えーっと…。ブルー…?」
ちょっと訊いてもいいでしょうか、と思い切って訊いてみることにした。
青の間のベッドに横たわる人に、シャングリラのトップなソルジャー・ブルーに。
「…なんだい?」
サイオン訓練のことだろうか、と赤い瞳が瞬きするから、「すみません…」と謝った。
生憎、そんな高尚な質問ではなくて、モノが「おパンツ様」だから。ヤエのスカート丈だから。
「えっとですね…。前から気になっていたんですけど…」
どうしてヤエのスカートだけが、と単刀直入、「短いのには理由があるんですか?」と。
あるのだったら教えて欲しい、と赤い瞳を見詰めたら…。
「…ヤエのスカートねえ…」
ずいぶんと古い話になるが、とブルーは昔語りを始めた。
「これはヤエが若かった頃の話で」と、「今も姿は若いけどね」と。
まだヤエの年齢が外見と一致していた若き日、シャングリラは今より弛んでいた。
制服はきちんとあったけれども、改造が流行っていた時代。若人の間で、それは色々と。
「…長いスカートが流行る時やら、短い時やら、もうコロコロと変わってねえ…」
男の方だとそれほど目立たなかったけれどね、とブルーが瞬きしているからには、男性だって、多分、改造したのだろう。…何らかの形で、制服を。
けれども、分かりやすいのが女性。スカート丈がグンと伸びたり、縮んだりと。
その状態にキレたのが「風紀の鬼」と呼ばれたエラ女史、ついでにゼル。
二人が船中に出した通達、「制服の改造はまかりならぬ」という代物。
そしてギリギリの丈に縮めたスカート丈。今の女性の制服がソレで、強制されたタイツの着用。
丁度、短くするのが流行っていた時期だったから。
「こんなに短くしてやったのだし、文句を言うな」という姿勢。
パンツが見えては困るのだったら、タイツを履いてカバーすべし、と。
「…それでタイツが出来たんですか…」
スカートも短くなったんですね、と頷いたけれど、それならヤエの生足は…?
いったい何故、と思うまでもなく、ブルーは疑問の答えをくれた。
「ヤエは当時から男前でねえ…。今もだけれど…。だから…」
短いスカート丈も上等、履いてやろう、と颯爽と生足でデビューした次第。
他の女性たちが「タイツを履いても、見えそうよね…」と、恥じらったりもしたスカート丈を、まるで全く気にも留めずに。
「こういうスカート丈の服だし、パンツは見えて当然だから」と。
そしてブリッジでもドカンと座った、いつもの自分のポジションに。
お上品に足を揃えるどころか、大股開きで、男前に。
「…じゃ、じゃあ…。あのヤエの服は…」
本当に生足で、本物のパンツだったんですか、と震える声で確認したら、「そうだ」と重々しい返事。「ヤエはそういうスタンスだから」と、「ヤエのカラーだと思いたまえ」と。
かくして謎は解けたけれども、余計に意識するパンツ。それに生足。
(……男前なのは分かるけど……)
アレはやっぱりどうかと思う、と溜息を漏らすジョミーの考え、それは間違ってはいなかった。
惜しげもなく晒されたヤエの生足、燦然と輝く「おパンツ様」。
うっかりチラリならマシだけれども、いつでも全開、色気も何も無いものだから…。
後に人類との本格的な戦闘の最中、ヤエは格納庫で泣くことになる。
トォニィが乗る機体の調整、それをしていた時のこと。
「あいつら、青春してんじゃん…」とヤエが眺める先に、トォニィ。それにアルテラ。
トォニィにちょっかいをかけに来たアルテラ、追い払おうとするトォニィ。
何処から見たって似合いの二人で、ヤエにだって分かる「いい雰囲気」。
だからガックリ項垂れて泣いた、もう目の幅の涙を流して。
「…私だって、若さを保って八十二年…。何がいけないの、何が…」
何が、と泣きの涙のヤエには、未だに分かっていなかった。
短すぎるスカートから覗く生足、それに「おパンツ様」のせいだと。
男前は大いに結構だけれど、肝心の男はそれでドン引き、けして近付いては来ないことなど。
何かのはずみにチラリとは、まるで違うから。
「おパンツ様」では、色気も見事に飛んでしまって、目のやり場に困るだけなのだから…。
ヤエのスカート・了
※シャングリラの女性たちが着ている制服。どういうわけだか、タイツ無しのヤエ。
当時から不思議に思ってましたが、ネタになる日が来るとは予想もしませんでした…。
東北応援な大河ドラマが「八重の桜」だから、熊本応援に「ヤエのスカート」。
馬鹿ネタですけど。
(あいつら…)
何も分かっていないくせに、とシロエがギリッと噛んだ唇。
講義が終わって帰った部屋で。
ピーターパンの本を抱えて、ベッドの上に座り込んで。
(パパとママの本…)
この本をくれた両親のこと。
とても身体の大きかった父と、優しかった母と。
それは間違いないのだけれども、両親は確かにいたのだけれど…。
(…何処に行ったの?)
パパ、ママ、と瞳から零れる涙。
何処にいるのか、まるで分からない父と母。
貰った本は此処にあるのに、この本は持って来られたのに。
(…全部、忘れた…)
住んでいた家も、町も、故郷も。
両親の顔も、何もかも、全部。
気付いた時には失われた後で、もう戻っては来なかった。
どんなに記憶の糸を手繰っても、どれも途中でプツリと切れる。
こうして起きている時も。
ベッドで眠って、遠い記憶を捕まえたように思った時も。
消えてしまった本当の記憶、子供時代に見聞きした全て。
故郷の空気も風も光も、両親と過ごした筈の日さえも。
自分はそれを悔いているのに、失くした過去を今も捜しているのに。
ピーターパンの本に何か欠片が隠れていないか、何度も開いて確かめるのに。
(パパも、それにママも…)
見付からないよ、と零れ落ちる涙。
いくら捜してもいない両親、はっきり「そうだ」と分かる形では。
こういう顔の人たちだったと、懐かしさがこみ上げる姿では。
(…いつも、ぼやけて…)
見えないんだ、と止まらない涙。
記憶の中に残った両親、その顔はいつも掴めない。
涙でぼやけるからではなくて。
向こうを向いているからではなくて。
(ちゃんと、こっちを向いているのに…)
どうしても見えてくれない顔。
薄いベールで覆われるのなら、まだ仕方ないと思えるけれど。
遠い記憶はそんなものだと、紗に包まれると考えないでもないけれど…。
(テラズ・ナンバー・ファイブ…)
あれが消した、と今も悔しくてたまらない。
両親の顔は、焼け焦げて穴が開いたよう。
写真が焦げたら、そうなるだろうといった具合に。
顔の上に幾つも滲む穴たち、それが邪魔して見られない顔。
どんな顔立ちの人だったのか。
父はどういう顔をしていたか、母の面差しはどうだったのか。
機械が焦がして、消してしまったから分からない。
「捨てなさい」と告げて、消し去ったから。
古い写真に火を点けるように、記憶を燃やしてしまったから。
失くしたのだ、と自分には分かる両親の記憶。
それに故郷も、育った家も。
ただでも苛立ち、焦る日々なのに。
少しでも記憶を取り戻したくて、こうして本を抱き締めるのに。
(…あいつら、何も知りもしないで…)
みんな嫌いだ、と頭の中から追い出したくなる同級生たち。
出来ることなら、纏めて宇宙に捨てたいほどに。
今日の彼らの忌々しい会話、それが聞こえて来ない宇宙へ。
(…パパ、ママ…)
ぼくだけが忘れたわけじゃないのに、と唇をきつく噛むけれど。
みんな同じだと思いたいけれど、今日のような日は心に湧き上がる不安。
もしかしたら、と。
彼らが普通で、自分がおかしい。
両親を、故郷を忘れているのは、自分だけではないだろうか、と。
(……分かっているけど……)
それは違うということは。
他の者たちは皆、根無し草で、両親も故郷も自分と同じに忘れた筈。
ただ、そのことにこだわらないだけ。
かつては父と母がいたのだと、故郷があったと思っているだけ。
だから容易く口にする。
「ぼくの父さんは…」とか、「母さん」だとか。
親しみをこめて、それは明るく。
いい人だったと、優しかったと。
顔も覚えていないのに。
一緒に暮らした家も記憶に無いというのに、明るい彼ら。
子供時代は楽しかったと、自分の父は、母はこうだと。
(…父さんだなんて…)
それに母さん、と余計に覚えてしまう苛立ち。
自分にも覚えがあったから。
今も残った記憶の断片、その中にある言葉だから。
(ぼくのパパはパパで、ママはママなのに…)
あれは、いつ頃だっただろうか。
目覚めの日が近くなって来た頃か、それよりも少し前だったろうか。
それまでは「パパ」「ママ」と両親を呼んでいた者たち。
顔も覚えていない者たち、多分、友達かクラスメイトか。
彼らの言い方が変わっていった。
父親を呼ぶ時は「父さん」と。
母を呼ぶなら「母さん」と。
「パパ」と「ママ」は少しずつ減ってゆく呼び方、「父さん」と「母さん」が増えてゆく。
それが大人への一歩に思えて、自分も同じに背伸びした。
いつまでも「パパ」と「ママ」では駄目だと。
家では「パパ」と「ママ」のままでも、皆の前では「父さん」と「母さん」。
初めてそれを口にしたのは、何歳の時だっただろうか。
けれど、不思議に高鳴った胸。
やっと言えたと、これで大人に近付いたと。
ネバーランドより素敵な地球にも、一歩近付いたんだから、と。
(…大人が何か、知らなかったから…)
大人になったら何が起こるか、自分は知りもしなかったから。
目覚めの日が来るのを、胸をときめかせて待っていたのと同じ。
記憶を消されるとも知らないままで。
大人になるのは子供時代を捨てることだと、夢にも思わないままで。
背伸びして言えた「父さん」と「母さん」、あの時には誇らしかったこと。
こうして自分も育ってゆくのだと、きっと地球にも行けるだろうと。
なのに、間違っていた自分。
大人への道は、子供の自分を捨てること。
大好きだった父も、母も、家も、自分自身の記憶でさえも。
(…こうなるんだって分かっていたら…)
夢を描きはしなかった。
ネバーランドよりも素敵な地球へ、と。
そんな所へ行くくらいならば、あのまま夜空へ飛び立ちたかった。
二つ目の角を右に曲がって、後は朝までずうっと真っ直ぐ。
そうやって行けるネバーランドへ、子供が子供でいられる国へ。
今の自分がそうなったように、両親を忘れるくらいなら。
思い出せなくなるくらいならば、故郷の空からネバーランドへ。
「父さん」「母さん」と、背伸びなどせずに。
周りの者たちがそう呼んでいても、一人だけになっても「パパ」と「ママ」のままで。
そうしていたなら、きっと子供でいられたから。
機械が支配するこんな時代でも、本当の子供でいられたから。
(…ピーターパンだって…)
きっと迎えに来てくれたんだ、と悔しくて辛くてたまらない。
どうして周りに染まったのかと。
誇らしさに満ちて「パパ」と「ママ」とを捨てたのかと。
誰も「パパ」とは呼ばなくなっても、自分だけは「パパ」と呼べばよかった。
「ママ」と呼ぶ者たちがいなくなっても、一人でも「ママ」と言えばよかった。
子供の世界にしがみついて。
大人の世界へ踏み出す代わりに、しっかりと足を踏ん張って。
(…本当に、誰も…)
何も分かっていないくせに、と腹立たしくなる同級生たち。
「父さん」「母さん」と賑やかに話す、親を忘れている者たち。
機械が消してしまった記憶は、自分と変わらない筈なのに。
おぼろに霞んで穴だらけなのに、彼らは笑顔で話し続ける。
「ぼくの父さんは…」と、「母さんは」と。
自分が今も悔やみ続ける言葉で、「パパ」や「ママ」とは違う言葉で。
どうして彼らは笑えるのだろう、明るく語り合えるのだろう。
彼らの故郷や両親のことを。
自分と同じに機械に消されて、捨てさせられた筈なのに。
(…そのことに気付いていないから…)
だからあいつらは笑えるんだ、と理屈では分かっているけれど。
それでも、こんな日は辛い。
子供だった自分が背伸びした言葉、何も知らずに切り替えた言い方。
「パパ」と「ママ」をやめて、「父さん」と「母さん」。
一歩大人に近付いたのだと、胸を張りたくなっていた言葉。
それを彼らが口にしたから、それを使って両親のことを語り合ったから。
(…何も覚えてないくせに…)
ぼくと変わりはしないくせに、と零れる涙。
あの日、背伸びをしなかったなら、と。
「パパ」と「ママ」という言葉を抱き締めて一人、子供の世界に残ったなら、と。
そうしたらきっと、今も子供でいられたろうに。
ネバーランドに行けただろうに、と抱き締めるピーターパンの本。
(…パパ、ママ…)
あの時、ぼくは間違えたんだ、と思っても、もう戻れない過去。
涙は溢れて止まらないまま、幾つも零れ落ちるまま。
背伸びした自分は間違えたから。
子供が子供でいられる世界に、自分から背を向けたから。
「父さん」、それに「母さん」と言って。
これで大人に一歩近付いたと、「パパ」と「ママ」に背を向けたのだから…。
背伸びした言葉・了
※ステーション時代のシロエは「父さん」「母さん」と言っていたんですけど…。
いつからそっちになったんだろう、と考えていたら、こんな話に。シロエ、可哀相。
「百八十度回頭」
トォニィがそう命じた声に、問い返したツェーレン。「地球を後にするの?」と。
それに応えてトォニィは言った、「そうだ」と。
「もう、ぼくらに出来ることは何もない」と。
フィシスも話した、カナリヤの子たちに。「ここ、何処なの?」と尋ねた子供に。
「あなたたちを連れてゆく箱舟の中」と。
「何処へ?」と問われて、「清らかな大地へ」と。
そしてシャングリラは旅立って行った、地球を離れて遠い宇宙へ。
…人の未来へ。
残されたものは揺れ動く地球で、其処に人影は見えないけれど。
何一つ見えはしないのだけれど、去って行った船が見落としたもの。
トォニィもフィシスも、他の誰もが、気付かないままで行ってしまったもの。
「箱の最後には…」
希望が残っているものなのに、とジョミーが呟くパンドラの箱。
禍をもたらすパンドラの箱は開いたけれども、箱の底には希望があると。
「そうだな…。あんな地球でもな」
しかし、気付けと言う方が無理だ、とキースが零した深い溜息。
人は目に見えるものが全てで、見えないものは信じないから。
壊れ、滅びゆこうとしている地球の姿が全てだから。
地球の地の底、最期まで共に戦ったからこそ分かること。
この星も、人も、これからだと。
どんなに無残に壊れようとも、人も大地も、また立ち上がると。
今直ぐには、とても立てなくても。
立ち上がる術さえ見付からなくても、人は必ず歩き出すから。
二本の足が使えなくとも、先へと進む力があるから。
人だけが持ち得る、パンドラの箱に残った希望。
それは未来を夢見る力。
明けない夜など無いということ、夜の先には光があること。それこそが希望。
今は見えなくても、希望は誰もが持っているもの。
自分自身が気付かなくても、箱の中を覗くことが無くても。
いつか希望は顔を出すもの、人が未来を目指したならば。
災いの箱が開いた後でも、また立たねばと思う時が来たなら。
だからシャングリラも、いつか戻って来るだろう。
母なる地球へ、人を生み出した水の星へと。
清らかな大地が其処に無くとも、その上にそれは戻る筈だと。
人が希望を持っていたなら、母なる地球を忘れなければ、いつか未来は訪れるから。
パンドラの箱は開いたけれども、人の未来はきっと来るから。
今は揺れ動く地球の大地に、裂けてしまった地面の上に。
惨く引き裂かれた星の上にも、希望は残っているのだから。
「キース、どのくらいかかると思う?」
人は強いと思うけれども、というジョミーの問い。
「彼らの心次第だろう。…立ち上がるのも、未来を築き始めるのも」
だが、見えるような気がするな…、と語り合う間にも地球は揺れるのだけれど。
崩れゆこうとするのだけれど。
パンドラの箱の底には必ず、希望があるもの。
人も、大地も、また立ち上がる。
そして其処には、緑の丘が、人々の笑顔が蘇る筈。
人だけが持ち得る、未来への思い。
誰の心にも在る希望の光が、人の未来を掴み取るから。
今は闇しか見えないとしても、明けない夜など、何処にもありはしないのだから…。
地球の緑の丘・了
※4月14日の熊本地震と、4月16日の地震と。
「地球へ…」のラストに重ねて応援、熊本も九州も、一日も早く立ち直りますように。
只今、16日の午後4時です。これ以上酷くならないように、と祈りながらUP。
(パルテノン入りは、願ったり叶ったりではあるのだが…)
元老も悪くはないのだが、とキースが零した大きな溜息。
初の軍人出身の元老、国家騎士団総司令からの華麗な転身。強力な指導者を必要とする今の時代にピッタリの地位で、いずれは長年空席のままの国家主席に、とは思うけれども。
(どうにも性に合わんのだ…)
デスクワークというヤツが、と愚痴りたくなる自分の現状。
国家騎士団総司令の頃は、制服は軍人らしいもの。それに相応しく動き回れた、トレーニングの場所にも困らなかった。
「少し出て来る」と言いさえすれば。
射撃だろうが、プールで泳いでいようが、走り続けようが、筋トレだろうが。
ところが、パルテノン入りを果たして元老の地位に就いた途端に…。
(此処にはジムの一つも無いのか…!)
どおりでメタボが多いわけだ、と元老どもの顔と姿を思い浮かべる。ハゲのアドスはメタボそのもの、着任前の暗殺計画で拘束したのもメタボな元老。
他にもメタボな面子は多くて、ようやっと理解した理由。
彼らは元からデスクワークな人間ばかりで、軍人とは違う世界の住人。同じエリートでも、自分とは別の人種だと。人類とミュウが別物なように、生え抜きの元老たちと自分は違う、と。
彼らの私服はスーツにネクタイ、トレーニングに向いてはいない。ストレッチだって。
(足を大きく広げた途端に、ズボンがビリッと裂けるのだろうな)
あれでは蹴りも繰り出せまい、と呆れるスーツの機能性。
よくもあんな服を着ていられるものだと、この元老の制服も大概だが、と。
(こんな格好では戦えないぞ…)
王子様か、と言いたくなるような制服、これではロクに動けもしない。戦いの場では。
お伽話の王子よろしく、剣を握ってのチャンバラくらいが限界だろう。そういった感じ。
厄介な制服もさることながら、ジムが無いのが辛かった。
同じジムでも「事務」の方なら、デスクワークなら満載だけれど。来る日も来る日も、ひたすら座業。座り仕事で終わる毎日、出勤前後に家で筋トレ、それが精一杯の運動。
(執務室で下手に運動したなら…)
不意の来客の時に困るし、それを狙っての訪問もある。引き摺り降ろそうと企む面々、アドスや他の元老たち。「アニアン閣下は御在室かな?」と。
其処でウッカリ運動中なら、格好の餌を与えてしまう。「これだから軍人出身の奴は」と。他の者とは不釣り合いだし、早々に降りて頂きたいと。
ゆえに出来ない、日々の運動。
国家騎士団総司令ならば、颯爽と走ってゆけるのに。
「少し出て来る」と言いさえしたなら、運動も射撃も、思いのままに出来たのに。
(…まったく…)
誰がパルテノンなぞを考え出したのだ、と溜息しか出ない座業の日々。
思えば、あの頃が自分の頂点だった、と懐かしく思い出すジルベスター星系。
(ミュウの長どもと、派手にやり合って…)
奴らの船では、下っ端に蹴りを山ほど食らわせたし、とアクティブだった日々に思いを馳せる。なんだって元老になったのだろうと、最前線の方が向いていたのに、と。
(…必要なことだと分かってはいるが…)
辛いものだな、と苦痛な座業。デスクワークをやっているより、最前線、と。
そんな具合で、心に愚痴を溜め込み続けるものだから…。
「…アニアン閣下のことなんだが…」
お前、何か気付いていないか、とセルジュが呼び止めたキースの側近。実はミュウなマツカ。
「何かって…。どういう意味ですか?」
振り返ったマツカが訊き返したら、「こう、何か…」と言い淀むセルジュ。普段はハキハキ、嫌味の類も遠慮なく吐くのがセルジュなのに。
(………???)
何事だろう、と訝しむのがマツカだけれども、此処で心を読めもしないし、突っ立っていたら。
「…あえて言うなら、お身体だろうか」
肩が凝ったとか、目が霞むだとか、そういったことを…。
仰っておられないだろうか、と問われてハタと気付いたこと。そういえば…、と。
「何も聞いてはいませんが…。辛そうに見える時はありますね…」
デスクワークが嫌いなのでしょう、と答えたマツカ。たまにキースの深い溜息を耳にするから。盗み聞きするつもりはなくても、聞こえる時があるものだから。
「やっぱり、そうか…」
マズイな、と呟いているセルジュ。「パスカルも心配してるんだが」と。
「何をです?」
まるで分からない「マズイ」の意味。キースに危険が迫っていたなら、ミュウの自分には分かる筈。暗殺計画だって阻止し続けて今に至るわけだし、どんな危機でも…、と考えたのに。
「…アニアン閣下の側近のくせに、お前、全く気付いていないな」
閣下の危機に、とセルジュはフウと溜息をついた。「考えてもみろ」と。
曰く、国家騎士団に在籍していた頃とは、ガラリと変わったキースの生活。ろくに運動も出来ないどころか、椅子に座りっ放しの日々。
部下の自分たちは以前と同じに、立ち働いているけれど。呼ばれて走って、伝言を伝えに飛び出して行きもするけれど。
「…閣下はそういうわけにはいかない。元老だからな」
トイレくらいにしか立てないだろう、と言われてみれば、そういう毎日。立っているキースをまるで見ないし、いつも机に向かって座っているわけで…。
「それが閣下のお仕事ですから…」
当然なのでは、と口にした途端、「馬鹿野郎!」と罵声が飛んで来た。
「だから、お前は駄目なんだ。コーヒーを淹れるしか能の無い、ヘタレ野郎のままなんだよ!」
閣下の危機にも気付かないのか、とセルジュの拳が震えている。「お前は馬鹿か」と。
「で、でも…。閣下は今は元老ですから…」
以前のようにはいかないでしょう、と控えめながらも意見を述べたら、「役立たずめ!」と怒りゲージが更に上がった。「よく側近が務まるよな」と。
「いいか、閣下は椅子に座るのが辛いんだ!」
「そ、それは…。そうでしょうけど、元老という今の立場では…」
「分かっていないな、問題は椅子だ!」
座り心地を良くして差し上げるのが側近だろうが、と怒鳴られても困る。元老用の椅子は執務室に備え付けの物だし、座り心地はいい筈だから。
あれよりもいい椅子があったとしたって、ポケットマネーで買うのは厳しそうだから。
それともセルジュやパスカルたちが、椅子代をカンパするのだろうか、とマツカはポカンと口を開けたままでいたのだけれども…。
「ヘタレに多くは期待していない。だが、買うくらいは出来るだろう!」
サッサと出掛けて買って来ないか、とセルジュが命じるものだから。
「と、とても買えません…! ぼくには無理です!」
「当然だろうな、俺だって嫌だ。パスカルもきっと嫌がるだろう」
喜んで買いに行くような奴はいない筈だ、と迫られても買えはしないのが椅子。元老御用達の椅子よりも立派な高級椅子など、マツカの給料ではとても買えない。
だから…。
「それじゃ、カンパをしてくれませんか…?」
ぼくのお金じゃ足りませんから、と頼もうとしたら、「カンパだって?」と見開かれた瞳。
「お前、そこまで金に困っているというのか、たかが円座も買えないくらいに…?」
いったい何処で使ったんだ、と驚くのがセルジュ、それに負けない勢いで仰天したのがマツカ。
「円座…ですか?」
なんですか、と真面目に訊いた。円座というのを知らなかったし、どうやら安い物らしいから。
「…円座も知らないヘタレ野郎じゃ、閣下の危機には気付かないよな…」
忠告に来た甲斐があった、とセルジュは説明してくれた。珍しく、とても親切に。
座業ばかりの日々が続くと、襲ってくるのが「痔」という病。
痔を患うと、座るだけでも辛くなる。更に進めば歩行困難、お尻が痛い病だから。
そんな病を患った人を称する言葉が「痔主」なるもの。
円座は痔主の必須アイテム、ドーナツみたいに穴が開いているクッションだ、と。
「アニアン閣下の痔が軽い内に、円座を買え」と、「閣下は自分では仰らないぞ」と。
なにしろキースは我慢強いし、痔を患っても忍の一字で耐えるから。そうこうする内に進むのが痔で、放っておいたら手術するしか治療方法が無くなるから。
「閣下のことだし、薬だって使っておられないだろう」
座薬や塗り薬もあるんだが…、とセルジュが眉間に寄せた皺。本当だったら、それを用意するのも側近の仕事なのだけれども、痔の薬には相性もあるようだし…、と。
「相性…ですか?」
「俺だと効いても、お前では効き目がイマイチだとか、そういうことだな」
だから薬は閣下が自分で調達なさるしか…、とセルジュは何度目だか分からない溜息を一つ。
薬を用立てることは無理だし、せめて円座を閣下に買って差し上げろ、と。
「分かりました。…円座ですね?」
「ああ。店に行ったら、直ぐ分かるだろう」
俺やパスカルは、恥ずかしいから買いたくもないが…。痔主だと思われるからな。
だが、お前なら…、と言われなくても、マツカの覚悟は出来ていた。
ダテに長年、キースに仕えていないから。…キースに命を救われたのだし、「恥ずかしい病」の痔主なのだと勘違いされたって気にしない。それがキースのためになるなら。
「買って来ます。もう、今日にでも」
キリッと思わず敬礼したら、「なら、行って来い」と応じたセルジュ。
「閣下の御用は、俺が代わりに伺っておく」
お前は他の用事で出掛けている、と言っておくから、急いで円座を買って来い!
店で一番いいヤツをな、と促されたマツカは、マッハの速さでパルテノンから飛び出した。店に出掛けて、急いで円座。キースが快適に座れるようにと、痔の進行を食い止められるように、と。
かくしてマツカが買って来た円座、それがキースの椅子に置かれた。パルテノンの執務室の椅子はもちろん、家の椅子にも。
マツカが出掛けた店で一番快適だという評判の円座、痔主の必須アイテムが。
(…………)
何か勘違いをされているような、とキースは円座を眺めたけれど。
自分は痔など患っていないし、どう考えても余計なお世話な物体だけれど。
(…あいつなりに気を回しているのか…)
マツカの心配りは分かるし、あえて怒鳴ることもないだろう。それにいつかは…。
(…本当に痔になりかねないしな、今のままでは)
座業の日々が続くんだ、と唸るキースは、とうに覚悟を決めていた。もう二度と最前線に戻れはしないし、ジムや運動の日々ともお別れ。国家主席になっても座業で、一生、座業、と。
そんなわけだから、キースの椅子には行く先々で置かれる円座。それがマツカの心配りで、何処に行っても必ず円座。
そういう日々が長く続いて、ある日、マツカは突然に逝ってしまったけれど。
友だったサムが「あげる」とくれた大切なパズル、それも壊れてしまったけれど…。
(…円座は残っているんだな…)
大事にせねば、とキースが見詰めた円座。これがマツカの形見になった、と。
だからキースは地球に降りる日、忘れずに部下に円座を持たせた。「運んでおけ」と。
わざわざキースが命令せずとも、セルジュもパスカルも、他の者たちも、痔主には円座が必要なことを充分に理解していたから…。
「諸君。…今日は一個人、キース・アニアンとして話をしたい」
そう始まった、キースがスウェナ・ダールトンに託したメッセージ。
カメラ目線で話し続けるキースの姿は、上半身しか映っていなかったけれど。下半身は机の下になっていたけれど、彼の椅子には円座があった。
マツカの形見になった円座が。…誰もがキースを痔主なのだと思ったばかりに、買われた品が。
そしてキースは伝説になった、円座に座っての大演説で。
地球の地の底でミュウの長と共に戦った末に、幾つかの円座を彼が座っていた場所に残して…。
主席の必需品・了
※ウチに痔主はいないんですけど、薬局で貰った円座が一個。たまたま床に転がっていて…。
踏んづけてバランスを崩した途端にポンと浮かんだネタ。自分の頭が真面目に謎です。
「出て来い! ぼくの呼び掛けに応えろ、ソルジャー・ブルー!!」
そう叫んで闇雲に走りまくったジョミー。
何処かにいる筈の諸悪の根源、奴を倒すといった勢いで。それは乱暴な足音を立てて。
出て来やがれと、喧嘩上等だと突っ走っていたら…。
『ジョミー…』
いきなり来たのが「頭の中に声」、迷惑極まりないミュウの特徴。思念波とかいうヤツ。
しかし来たのは違いないわけで…。
(キターーー!!!)
来やがったぞ、と立ち止まったら、続きが届いた。
『今、初めて自分の意志で、ぼくの心を読んでいる。…分かるか?』
そう言われても、こっちが困る。そもそも心を読めはしないし、ミュウでもないから。
「…何処にいる!?」
訊いているのに沈黙した相手、綺麗サッパリ無視された。売った喧嘩を華麗にスルーで、何処にいるかも喋らないのがソルジャー・ブルー。
(…あの野郎…!)
真面目に上等、とガンガン走った、「多分、こっち」と思った方へ。
何故だかそういう気分がするから、野生の勘が告げているから。「こっちですよ」と。
(馬鹿にしやがって…!)
あのタコが、と走ってゆくジョミーはまるで知らない、きちんと心を読んでいることを。喧嘩の相手と目した相手の、「あのタコが」というソルジャー・ブルーの。
せっせと勘で走って行ったら、突然、踏み付けた「変な」マンホールの蓋みたいなブツ。
(え?)
なんだ、と思う暇もなくせり上がったソレ、あれよあれよという内に…。
(何処なんだ?)
真っ暗なトコに出たんだけれど、と見回した部屋は深海のよう。暗すぎる中に青い光がぼんやり灯って、妙なスロープが伸びていて…。
(…あいつなのか!?)
ソルジャー・ブルーか、とガン見したのがスロープの先に置かれたベッド。
その上に誰か寝ているからして、恐らくソルジャー・ブルーだろう。さっきフィシスと名乗った女性が言っていたから。「ソルジャーは、とてもお疲れなのです」と。
(あいつが勝手に疲れたわけで…!)
頼んでもいないのに、妨害してくれた成人検査。「助けた」も何も、余計なお世話。
もしも邪魔されなかったならば、「不適格者」にはなっていないから。今頃は成人検査を無事にパスして、大人の仲間入りだったから。
(よくも人生、メチャクチャにしてくれやがって…!)
この礼はキッチリしてやらないと、とスロープをズンズン歩いていった。「一発、殴る」と。
疲れていようが、寝込んでいようが、「このジョミー様を、舐めるんじゃねえ!」と。
そうしたら…。
(へ?)
なんて奴だ、と見開いた瞳。
ソルジャー・ブルーは、なんとブーツを履いたままでベッドに寝ていたから。それも半端な長さではない立派なブーツで。
(靴のままでベッド…)
それは無いだろ、と呆れた行儀。アタラクシアの家で、何度叱られたか分からないから。
懐かしい家で優しい母から、「靴を履いたままで、ベッドに寝ないで頂戴!」と。
ブーツではなくて、スニーカーだったのに。…目の前のタコより、よっぽど可愛かったのに。
(それも、いい年こいた大人が…)
ブーツなんか履いて寝てんじゃねえよ、と一方的に燃やした闘志。やっぱり殴る、と。
けれども、ソルジャー・ブルーと来たら、「よっこいしょ」といった調子で起き上がって来て、悪びれもしないものだから。
「…あなたが…」
殴り飛ばす前に確認しよう、と睨み付けたタコ、いやソルジャー・ブルー。
ブーツで寝るようなタコの方では、まるで気にしていないらしくて、ベッドから下りると平然とこっちに近付いて来た。キモチ年寄りっぽい足取りで。
「…こうして会うのは初めてだね。…ジョミー」
言い種からして、もう本当に「悪い」とも思っていないタコと分かるから、怒鳴ってやった。
「どうして、ぼくなんだ!」
…どうして、あんな夢を見せたりしたんだ、ぼくはミュウじゃない!!
ブチかます、と取ったファイティングポーズ、握り締めた左手の拳。
なにしろミュウは弱いそうだし、利き手はマズイだろうから。後々の自分の立場を思えば、利き手は封じて、左で殴るのが吉だから。
「どついたるねん」とばかりにグーで構えて、にっくきタコにガンを飛ばしたけれど。
どのタイミングで一発かますか、闘志満々だったのだけれど。
(…え?)
こいつ、いったい…、と「ブーツでベッド」以上に呆れた、目の前のタコの態度なるもの。
本当に真面目に信じられない、これが初対面の相手に向かってやることか、と。
(……すっげえ態度……)
ぼくのママでも怒るから、とポカンと眺めたヘッドフォン。…タコが頭に装着している、とても立派でデカイ代物。さぞや音質がいいのであろう、と容易に想像出来るブツ。
(…誰かと喋る時には、外せよ!)
何を聴いてるのか知らないけれど、とブーツを履いて寝ていた以上にムカつく光景。
いくら船では一番偉いのがソルジャーとはいえ、どう考えても舐められている。ヘッドフォンを頭にくっつけたままで、「初めてだね」も何もない。
こうしている間も、ソルジャー・ブルーは、目の前のタコは…。
(…何かガンガン聴いているんだ…)
こっちの喋りは適当に聞いて、お気に入りの曲か何かに夢中。そうでないなら、ヘッドフォンを外す筈だから。…そのままで客には会わないから。
ブーツのままで寝ていたことも大概だけれど、ヘッドフォン。もう本当に最悪すぎるのがタコ、これが長だと言うから泣ける。ミュウどもの態度が悪い理由も分かってしまった。
(…トップがこれじゃあ…)
誰の態度も右へ倣えで、礼儀も何も無いだろう。喧嘩を売って来たミュウの少年、あれも恐らく目の前のタコの日頃の言動、その薫陶を受けて育った結果。
これは仕方ない、と嫌すぎるけれど理解した。こんな長なら、ああなるよ、と。
だからMAXな怒りをぶつけた、諸悪の根源なタコ野郎に。ソルジャー・ブルーに。
「成人検査だって、あんたが邪魔しなければ、ちゃんと通過していたかもしれない!」
そうしたら…。ぼくは、こんな所に来たくはなかった…!
殴る気力も失せていたから、仰いだ天井。なんてこった、と。
この期に及んでも、ヘッドフォンを外そうともしないのがタコ、何を言っても無駄すぎる相手。
馬の耳に念仏だとか、馬耳東風だとか、それを文字通りに体現するタコ。
「聞く耳なんかは持っていない」と、今も音楽鑑賞中。でなければ落語か野球中継、お笑い番組かもしれない。…そういうコンテンツがSD体制の時代にあるかどうかは、ともかくとして。
まるで全く聞かないのがタコ、右から左へスルーどころか、「聞きませんよ」なヘッドフォン。
どんなに怒りをぶつけてみたって、タコの脳内ではBGM以下の扱いだから。
次の瞬間にもプッと吹き出し、もうケタケタと笑い出すかもしれないから。…聴いているのが、今をときめく最高の漫才とかだったなら。
どうせ聞いてはいないんだろう、と諦めの境地で見詰めたタコ。あのゴージャスなヘッドフォンから流れているのは、イケてるロックか、はたまたヘビメタ、あるいはまさかのクラシック、と。
無駄に美しすぎる顔だし、キャラ的に似合うBGMならクラシック。
そうは言っても酷すぎる態度、どちらかと言えばパンクとかだよ、とか思っていたら…。
ゆっくりと赤い瞳を瞬かせたタコ、そして静かに口を開いた。
「では…、どうしたい?」
「えっ?」
あまりにも意外すぎる展開、一応は聞いていたらしいタコ。
そういうことなら、とダメ元で大声で喚いてやった。今だってタコが聴き続けている、ロックのビートに負けないように。
「ぼくをアタラクシアに…、家に帰せ!」
でないと殴る、と再び握った左の拳。此処まで態度の悪いタコなら、殴ってしまえ、と。
そこで流れた沈黙の時間、タコが聴いているのは、やはりお笑いだっただろうか。丁度いい所に差し掛かったわけで、聴き逃せない山場なのだろうか、と睨んでいたら…。
「…分かった」
「あ?」
マジで、と見据えたタコの表情、ちゃんと話を聞いていたのか。
…時々、妙に間が開くけれど。
今もやっぱり「だんまり」だけれど。BGMだか、お笑いだかに気を取られていると、この間が語っているのだけれど。…それは雄弁に。
(……この野郎……)
こっちは人生かかってんだよ、と許せない沈黙がちょっと流れて、またタコのターン。
「…行くがいい。…リオ」
ジョミーを送ってやってくれ、というタコの呼び掛け。「はい」と奥から現れたリオ。
『行きましょう、ジョミー』
どうやら本当に帰れるらしくて、其処は非常にラッキーだけれど。
飛び跳ねたいくらいに嬉しいけれども、タコはそれでもいいのだろうか?
(えっと…?)
ぼくを無理やり連れて来たくせに、と歩きながら後ろを振り返ってみたら…。
(…ヘッドフォン…)
そっちの方に夢中なわけね、と知りたくもない現状を把握。
忌々しいタコは、ソルジャー・ブルーは、キッパリ横顔だったから。
こちらに顔を向けさえしないで、ヘッドフォンごと自分の世界にドップリ浸っている最中。
(…はいはい、ぼくよりロックか、お笑い…)
もう知るもんか、と船にオサラバすることにした。
(……ぼくは…ミュウなんかじゃない……)
ブーツを履いたままでベッドに寝ていて、客と話す時もヘッドフォン。
礼儀作法などあったモンじゃない、という最低なタコが統べているのがミュウだから。
どんなに顔がイケていたって、肝心の中身がコケまくっているタコがソルジャーなのだから。
そのタコは今もヘッドフォンを着けて、ベッドサイドで絶賛音楽鑑賞中。
ヘビメタかパンクか、音楽でなければ落語か漫才、そういった感じ。間違えたって、格調の高いクラシックの線は有り得ない。…教養講座の類だって。
勝手にしやがれ、と背を向けておいたソルジャー・ブルー。腹立たしいタコ。
(…どうして……こんなことに…)
礼儀もクソも無いようなタコに、ロックオンされて拉致られたなんて、と泣きたい気持ち。
なんとか家には帰れそうな具合になってきたけれど、最悪すぎるミュウの船。
よりにもよってタコがソルジャー、と仏頂面で歩くジョミーは、夢にも思っていなかった。
ヘッドフォンだと思い込んだブツが、本当は補聴器だったとは。
記憶装置まで兼ねているヤツで、後に自分が受け継ぐことになるモノだとは。
そしてジョミーに「行くがいい」と告げたソルジャー・ブルーも、まるで分かっていなかった。
補聴器が激しく誤解されたことも、「人の話を聞かない奴だ」と思われたことも。
礼儀知らずなタコ野郎だと、ジョミーが怒っていることも。
事の起こりは、ほんの些細な勘違い。
けれども誤解は解けなかったから、ジョミーはサックリ帰って行った。
ほんの一言、説明したなら、きっと無かったろう悲劇。
「これは補聴器なんだけれどね」と、ソルジャー・ブルーが頭を指差していたら。
ブーツでベッドの件はともかく、補聴器だけでも、ヘッドフォンとは違うと言っておいたなら。
…きっと世の中、こんなモノ。
誤解の種など落ちまくりだから、ピーナツ入りの「柿の種」にも負けないレベルなのだから…。
誤解された長・了
※アニテラで全くは説明されずに、突っ走っていたのがブルーの補聴器。かなり後まで。
補聴器なんだと気付かなかったの、視聴者だけではなかったかもよ、という話…。
