(あの血の味…)
キースは知りもしないんだろうさ、と吐き捨てたシロエ。
灯りが消えた自分の部屋で。
あの時、自分がそうした通りに、唇を拳でグイと拭って。
キースに殴られ、衝撃で切れた口の中。
自分の歯が当たった頬の内側、人間だったらこれで出血するけれど。
現に自分も唇から血が流れたけれども、その傷をくれて寄越したキース。
(…あいつは知らない…)
知るわけがない、と思う血の味。
多分、彼には血など流れていないから。
機械仕掛けの操り人形、マザー・イライザの申し子のキース。
皮膚の下には、冷たい機械の肌が埋まっているのだろう。
一皮剥いたら、もう人間ではないキース。
(機械も怒るらしいけれどね?)
怒って自分を殴ったけれども、マザー・イライザも同じに怒る。
キースとは違って計算ずくで。
「叱った方が効果的だ」と判断したなら、厳しい顔で。
さっき自分も叱られたから。
コールを受けて食らった呼び出し、マザー・イライザは怒ったから。
それが何だ、と腹立たしいだけ。
キースに喧嘩を売った理由は、自分にとっては正当なもの。
勝負しようと言っているのに、キースはそれを退けたから。
受けて立とうという気が無いだけ、それだけのことで。
(エリートだったら…)
正面からぼくと勝負しろよ、と今だって思う。
逃げていないで、逃げる道など行かないで。
堂々と戦ってこそのエリート、それでこそだと思うから。
コソコソと逃げる卑怯者では、メンバーズ・エリートもきっと務まりはしないから。
(逃げるようなヤツに…)
腰抜けなんかに何が出来る、と思うけれども、マザー・イライザはキースを支持した。
彼の選択が正しいと。
なのにしつこく食い下がったから、手を上げざるを得なかったのだと。
(…殴られ損だよ…)
あんな機械に、と苛立つ心。
同じ人間に殴られたのなら、まだしも気分がマシなのだけれど。
人間ならば、血が通っているから。
自分と同じに生き物だから。
けれど、殴って来たのは機械で、血の味さえも知らない「モノ」。
こちらから殴り返していたって、キースの口の中は切れたりはしない。
あの精巧に出来た歯が当たろうとも、皮膚の下には機械の肌があるだけだから。
血など一滴も流れていなくて、切れたところで赤い血は出ない。
(…流れてない血は、流れ出すことも出来ないさ…)
彼は知らない、口の中に広がる鉄の味など。
ヒトの血は鉄の味がするということも、その味が何によるものかも。
それとも知っているのだろうか、知識として。
マザー・イライザにプログラムされて、「人間の血は鉄の味がする」と。
「人間」には「血」が流れていると。
その「血」を人間が口に含めば、「鉄分」の味を知覚するのだと。
あいつらしいね、と思った答え。
如何にもキースが言いそうなことで、機械の申し子に似合いの答え。
「キース先輩」と呼び掛け、尋ねたならば。
「先輩は血の味を知ってますか」と、「どんな味だか、知らないんですか?」と。
訓練でも負けを知らないキース。
だから血などは流していないし、疑いもせずに答えるのだろう。
「知らないが、鉄の味がするらしいな」と。
「人間の血には鉄分が含まれているから、そのせいで鉄の味になるそうだ」とも。
(ご立派だよね…)
エリート様だ、と皮肉な笑みしか浮かんでは来ない。
確かに正しい答えだけれども、キースにはその「血」が無いのだから、と。
自分では持っているつもりでも。
キース自身に自覚が無くても、彼には血など流れていない。
どう考えても、彼は人では有り得ないから。
マザー・イライザが造った人形、そうだとしか思えないのだから。
(…あいつは何処からも来なかった…)
このE-1077へ。
記録の上ではトロイナスから来ているけれども、それは見せかけ。
何もかも全て偽りなのだと、調べれば調べてゆくほどに分かる。
キースの記録は、まるで無いから。
新入生を迎えてのガイダンスの場へ、突然に姿を現すまでは。
映像は何も残っていないし、同じ宇宙船で着いた筈の者たちも覚えていない。
船にキースが乗っていたなら、きっと記憶に残るだろうに。
(…ごく平凡な成績だったら…)
忘れられても、けして不思議ではないけれど。
人の記憶はそういうものだし、「キース、いたかな…?」と首を傾げもするだろうけれど。
あれほどのトップエリートともなれば、忘れる筈がないというもの。
入学した途端に取った成績、たちまち評判になったろう、それ。
E-1077始まって以来の成績だから。
それまでの記録を端から塗り替え、トップに躍り出たのだから。
忘れる方がどうかしている、と思うキースの活躍ぶり。
此処へ来てから間も無い頃に起こった事故でも、見事な働きをしているキース。
(あんなヤツが一緒の船にいたなら…)
最初は忘れていたとしたって、何処かで気付く。
「あの時のヤツだ」と、「一緒の船で此処に着いた」と。
記憶の海に埋もれていたって、思い出すには充分すぎる「優れた」キース。
けれども、誰も彼を知らない。
誰に訊いても、返る答えは同じこと。
「覚えていない」と、判で押したように。
忘れようもない人物なのに、普通だったら「覚えている」ことを誇るのに。
成人検査で記憶を消されて、故郷の記憶が曖昧でも。
両親の顔さえ忘れてしまったような者でも、「同郷だ」と。
トップエリートのキースと同じで、トロイナスから来たのだと。
(…それが一人もいないってことは…)
此処にいたんだ、という答えしか無い。
キースは何処からも来はしなかった。
最初からE-1077に居た者、マザー・イライザが造った者。
造り、知識を与えた者。
とびきりの頭脳を持ったエリート、そういう存在になるように。
機械が治める世界なのだし、エリートも機械の方がいい。
同じ機械と組む方が。
(パーツさえ上手に取り替えてやれば…)
何百年だって生きられるしね、と機械の頑丈さを思う。
地球に在るというグランド・マザーは、六百年近くも動いているから。
動き続けて、今も宇宙を、人間を支配しているから。
(…そうやって治めて、治め続けて…)
とうとう機械仕掛けの人形を思い付いたんだ、と忌まわしさしか感じない。
機械が統治しているだけでも反吐が出るのに、人のふりをした機械だなんて、と。
そんなモノが治める世界だなんてと、絶対に御免蒙りたいと。
だから壊す、と握った拳。
「ぼくがキースを壊してやる」と。
彼がトップに立つ前に。
人間の世界に出てゆく前に。
この手で彼をブチ壊してやる、キース・アニアンという人形を。
機械の申し子、マザー・イライザの精巧な操り人形を。
(どうせ機械だ…)
壊したって血も出やしないさ、とクックッと笑う。
「自分が何かを、知って仰天するがいい」と。
皮膚の下には血など無いこと、それを知って壊れてしまうがいいと。
「彼」は人間のつもりだから。
自分が機械で出来ていることを、キースは認めていないから。
想定外のデータを送り込まれれば、破壊されるのがプログラム。
そうやって自滅してゆくがいいと、お前には血など無いのだから、と…。
血を持たぬ者・了
※シロエがキースに殴られた時。その場はカッと来てるだろうけど、その後は…。
口の中は血の味がしてた筈だよ、と思ったらこういうお話に。人形に血は無いんだから。
(…本当に楽しそうに撃ってくるな…)
この馬鹿野郎、とブルーが睨んだキース。根性で張ったシールドの中で、メギドの制御室で。
「反撃してみせろ!」などと、喋りまくりで撃ってくるのが地球の男で、もう本当に腹立たしい限り。こんな男が「地球の男」で、憧れの地球に行けるなど。地球に手の届く場所にいるなど。
(…こっちは地球も見られないんだ…!)
此処で命が終わるのだから、とムカつくけれども、どうにもならない。元々、尽きていた寿命。それの残りでメギドを沈める、そういう運命。
(だが、それだけでは終わらない…!)
地球の男も巻き込んでやる、と怒りMAX。勝ち逃げだけはさせるものか、と。
そう計画しているというのに、「此処は危険です!」と飛び込んで来たのがキースの部下。
(逃がすか…!)
貴様の命も此処で終わりだ、と思いっ切りバーストさせたサイオン。
キースが言い放った台詞をそのまま、心で返して。「これで終わりだ!」と。噴き上げるように広がるサイオン、青い光の壁がキースを巻き込む。部下が駆け寄るより、一瞬早く。
(終わった…!)
これでキースの命も終わり、と大満足で浮かべた笑み。
右の瞳まで撃たれたけれども、悔いなどは無い。地球の男は仕留めたのだし、これでいい。
(ジョミー…。みんなを頼む…!)
どうか地球まで行ってくれ、と暗転した視界。其処で命が終わったから。
次に目を開けたら天国か地獄、どっちだろうか、とチラと思いはしたけれど。
ミュウに生まれて散々な目に遭わされたのだし、選べるのならば天国の方、と考えたのが、多分最後の思考だけれど。
(…天国…なのか…?)
それにしては騒々しいような、と繁華街らしき場所の路上で目が覚めた。真っ昼間に。
ついでに自分を囲む人垣、ワイワイと声が聞こえてくる。補聴器なしでも実にうるさく、まるで天国らしくない。妙な天国もあったものだ、とパチクリと目を瞬かせて…。
(…ああ、天国…)
右目が潰れていないのだったら、もう間違いなく天国の筈。やたらうるさくても、繁華街でも。自分の周りを取り巻く連中、それが野次馬にしか見えなくても。
ぼんやりとそう考えていたら、「大丈夫ですか!?」と駆け寄って来た救急隊員。
(…見慣れない服だが…)
これは救急隊員だよな、と眺める間に脈を取られた。他の隊員が身体をチェックし、無線で何か連絡している。「弾は掠っただけのようです」と。
(掠っただけ…?)
ガッツリ当たった筈なんだが、と思っていたら強く縛られた腕。念のために止血するらしい。
はて、と傾げてしまった首。右肩だったら撃たれたけれども、右腕は撃たれただろうか、と。
それに天国に来て、救急隊員の出番があるとは知らなかった、とも思ったけれど。
「とにかく、病院に搬送しますから」
災難でしたね、と担架に乗せられ、運び込まれた救急車。どう考えても何かが変で、天国らしくない展開。野次馬も、それに救急車も…、と見慣れぬ車で運ばれて行って…。
「…暴力団?」
それはどういう、と丸くなった目。病院に着いて、手当ての後で。
ベッドに寝かされているのだけれども、本格的におかしい世界。ソルジャーの服が見当たらないのは、天国なのだし頷ける。もうソルジャーではないわけだから。
(…しかし、この服は…)
いったい何処から湧いたんだ、と思いたくなる「普通すぎる」服。シンプルなシャツやズボンは何処から来たのか、ベッドの脇に置かれたジャケットだって。
ただでも不思議でたまらないのに、医師が口にした言葉が「暴力団」。まるで知らない、初耳な言葉。暴力団とは何のことだろう…?
「さっきの流れ弾ですよ。小競り合いがあったようでしてね…」
最近、組が分裂しまして、と男性医師が教えてくれた。
自分が撃たれて、倒れた辺りの繁華街。…其処の裏社会を仕切っている組、「組」という言葉が「暴力団」を指すらしい。
要はその組が二つに分かれて、只今、派手に抗争中。たまたま通り掛かった所で、対立する組の幹部を狙って発砲した弾が…。
(…ぼくに当たったと?)
なんだか色々ややこしいんだな、と思った天国。
暴力団だの、銃を使っての抗争だのと、次元は多少違うけれども、生きていた頃と変わらない。人類とミュウで争っているか、天国の住人同士で揉めているかの違いだけだ、と考えたのに…。
暫く経ったら、気付いた現実。此処は天国ではないらしい、と。
(…地球の、日本…)
それもSD体制が始まるよりも遥かに前だ、と眺めた病院のカレンダー。とりあえず退院、そう決まったから出てゆく前に。
(そして、キースは留置場なんだな)
事情を訊きに来た警察官の言葉からして、捕まったのがキース・アニアン。あの地球の男。
暴力団の下っ端だという設定で。…組の幹部を狙って発砲、それが外れて民間人を撃ったという罪状で。
(…気の毒なことだ…)
キースには後が無いらしい。暴力団の世界の掟は絶対、カタギを巻き込むのは許されない。
民間人という役どころの自分、それを撃ったというだけで組の面汚し。出所した後には、追手がかかる。組長が放つ鶴の一声、「始末しておけ」と。
カタギを撃つような馬鹿をしでかし、警察が組に踏み込んで来たわけだから。
そんな輩は死ぬのが似合いで、山に埋められるか、何処かの港に沈められるか。二つに一つで、山か海かを選べたならば、もう上等。
(…ぼくが許しても、組長が許さないんだな…)
キースの腕でも逃げられまいな、と簡単に分かる。逮捕されたら、もう銃は無い。出所する時も返して貰えず、何処かの街角でパアン! と撃たれて、それっきり。
いくらキースがメンバーズでも、別の世界に飛ばされた上に、殺しのプロに追われたのでは…。
(丸腰では、死ぬしかないわけだから…)
消されて山に埋められるのか、港に沈められるのか。気の毒だけれど、それも運命だろう。
そう思って病院を後にしたブルー。「地球の男は、消されるのだな」と。
けれど、キースが暴力団員になっていたのと同じに、ブルーにもあった此処での設定。日本なる国で、其処の何処かのローカル都市で。
初老の夫妻が営む花屋の店員、それがブルーの今の生業。一度は死んでしまったせいか、身体は至って健康なもの。…虚弱な所は変わらなくても、耳は普通に聞こえるから。
毎日せっせと花を世話して、フラワーアレンジメントも作る。馴染みのお婆ちゃんたちが買いにやって来る、仏壇に供える花だって。
「すみません、今日はまだ出来てなくて…!」
今、作りますね、と今日も束ねる仏花。シルバーカーを押した馴染みの婆ちゃん、その家にある花筒にピッタリ合うように。婆ちゃんの好みの花を取り合わせて。
「悪いねえ、忙しいのにさ…。でも、今日は爺ちゃんの月命日だから」
新しい花にしてあげたいんだよ、とニコニコしている婆ちゃんを見ていて思ったこと。
(…キースが組の連中に始末されたなら…)
いったい誰が花を供えてくれるだろう?
自分と同じで、誰も身寄りが無いキース。自分の場合は、子供のいない店主夫妻の養子にという話もある。目の前の婆ちゃんも、孫がいないから養子に来ないかと言うけれど…。
(…キースは刑務所を出たら終わりで…)
撃ち殺されて、山に埋められるか、港に沈められるかの二択。死んだことさえ、誰も知らない。いつか死体が発見されても、警察官が其処に花でも置いてくれたら御の字で…。
(…仏壇も無ければ、仏花だって…)
誰も供えはしないのだろう。身寄りが無い上、ただの暴力団員だから。
一度気が付いたら、仏花を束ねる度に、キースが頭に浮かぶようになった。仏花など、供えては貰えないキース。出所した後は、殺されるしか道が無いというのに。
(…ぼくが巻き添えにしたばっかりに…)
この平和な地球でそういう最期を…、と思うと気の毒でならないキース。
元いたSD体制の世界、あそこで死ぬか生きるかだったら、まるで歯牙にもかけないけれど。
キースが何処で野垂れ死のうと、知ったことではないのだけれども、この世界では…。
(……奴を見殺しにするというのは……)
ちょっとキツイな、と思ってしまう。誰もがノホホンと生きている日本、殺人事件はあまり縁が無い。毎日のように起こるけれども、大抵の人の目から見たなら…。
(…自分とは遠い世界のことで…)
せいぜい野次馬、それが殺人。…いずれキースは殺されるのに。もう確実に消されるのに。
それはあまりに惨いのでは、と今日も束ねる仏花。いつかキースが消された時には、仏花くらい供えてやってもいいけれど…。
(死体が発見されない限りは…)
知りようもないのがキースの死。何処かの山奥に埋められていても、冷たい海に沈んでいても。
死んだことさえ知りもしないで、きっと自分はのんびりと…。
(こうやって花を束ねているんだ…)
仏花を作って、馴染みの婆ちゃんたちの来店を待つ。そうでなければ、フラワーアレンジメント作りに精を出すとか、店の花たちの世話だとか。
キースはとうに消されてしまって、山奥に埋まっているというのに。あるいは重石をつけられて海に放り込まれて、仏花さえ供えて貰えないのに。
気の毒すぎる、と考える日が幾つも続いて、ある時、ついに決意した。
いつかキースが出所したなら、自分が身元引受人になればいい、と。そして一緒に花屋で働く。元は暴力団員にしても、足を洗ってカタギになったら消されないとも聞いたから。
(…キースはカタギだ、と組が認めてくれるまでは…)
自分が一緒に行動したなら、組の者でもキースを消せない。流れ弾で自分を巻き添えにしたら、待っているのは非情の掟。うっかりカタギに手出ししたなら、キースと同じに後が無いから。
(よし、その線で…)
行こう、と決めた自分の生き方。キースを見殺しにしてしまったら、自分も最低な男になる。
ミュウを残酷に殺し続けた人類とまるで変わりはしないし、それでは駄目だ、と。
だから見舞いに作った小さなフラワーアレンジメント。この程度だったら刑務所でも、と。
それを手にして出掛けた刑務所、「面会だ」と言われて出て来たキースは驚いたけれど。
「…お前が私を助けるだと…?」
私はお前を撃ったんだが、とキースは言ったけれども、「流れ弾だろう?」と微笑んだ。
元の世界でのことはどうあれ、此処では流れ弾だから。右腕を掠っただけなのだから。
「…待っているから、真面目に勤めて出て来て欲しい。また面会に来るよ」
何か差し入れの希望はあるかい、と訊いたら、キースは男泣きに泣いた。「感謝する」と。
「此処を出たら最期だと思っていたが…。そうか、助けてくれるのか…」
「仕方ないだろう、こういう世界だ。元の世界なら、見殺しにするのが妥当だけれど」
君は危険な男だしね、と笑みを浮かべた。「ミュウにとっては危険すぎる」と。
けれど、此処ではメンバーズですらもない男。とても見殺しには出来ないよ、とも。
そうやって何度も面会を重ね、差し入れをしたり、話したり。
キースの出所が決まった時には、花屋の夫妻にきちんと話して、もう色々と根回しもした。二人一緒に暮らせるアパートを借りたり、キースの部屋を整えたりと。
ついに出所の日がやって来て、刑務官が見送りに出て来てくれて…。
「いいか、二度と戻って来るんじゃないぞ」
「お世話になりました…!」
キースが深々と頭を下げた途端に、スウッと後ろを通り過ぎた車。明らかに組の者だけれども。
「…大丈夫。ぼくの隣を離れないで」
行くよ、と二人で歩き出した時、眩しい光に包まれた。いったい何が、と息を飲んだら…。
「よく頑張った。…ミュウの長よ。…それに人類を導く者よ」
私は神だ、と轟くような声。
全て見ていたと、お前たちになら世界の未来を託せると。
「「神だって…!?」」
眩しすぎて何も見えないけれども、神は確かに其処に居た。「良き未来を」と。
「ミュウを、人類を導くがいい。世界は私の手の内にある」
今の心を忘れるな、という声が消えたら、ブルーの目の前にシャングリラ。もう戻れないと後にした船、それが宇宙に浮かんでいた。
(…ぼくは帰って来られたんだ…)
この先はキースと手を取り合って行くんだな、とブルーが戻って行った船。
シャングリラの皆が驚く間に、キースからの通信が入って来た。それも国家主席の肩書きで。
(…どうなってるんだ?)
あの若さでもう国家主席とは、と思うけれども、神の仕業に違いない。それに、キースが送って寄越したメッセージは…。
「グランド・マザーを停止させたそうです!」
SD体制が終わりましたよ、と上がった歓声。キースにも神が力を貸したのだろう。
メッセージは「地球に来てくれ」とも告げているものだから…。
「ジョミー、直ぐに行くと返信したまえ。…キースは嘘をついてはいない」
話せば長いことになるけれどね…、と若き後継者の肩を叩いた。「地球へ行こう」と。
ついに開けた地球までの道。
此処からは長距離ワープになるから、その間にジョミーに話してやろう。
暴力団のことも、キースが刑務所に入っていたことも。
自分が花屋で暮らしたことも、店の馴染みの婆ちゃんたちに作った幾つもの仏花のことも…。
花屋と暴力団員・了
※ブルーとキースの現代珍道中を書いてみたいな、と思ったことは確かですけど…。
どう間違えたら、こんな話になるんだか。しかも完全パラレルでもなし、これって何?
「地球へ…」の小箱と「ネタでもハッピー」、pixiv で危機に瀕した二つのシリーズ。
残留か離脱か、混乱の中で、残留票を投じて下さった皆様に捧ぐ。返品オッケー。
(もう駄目っぽい…)
着替えも無理ならシャワーも無理、とベッドにパタリと倒れたジョミー。
もう動けない、と。
ソルジャー候補の日々はハードで、シゴキの方も半端なかった。来る日も来る日も、長老たちに引き摺って行かれるサイオン訓練。
かてて加えて、新たな試練が降って来た。
(舞台衣装じゃないんだからさー…)
なんだってコレで訓練なわけ、と泣きたいキモチになったブツ。それは仰々しい衣装。
白地に金をあしらった上着、それから手袋、ついでにブーツ。おまけに赤いマントまで。全部が揃ってこそのソルジャー、この船ではそういう考え方。
つい数日前に出来たばかりのソルジャーの衣装、フルセットでガッツリ着せられた。
あまつさえ、それの着こなしチェックが入る有様、あらゆる場面で。
「マントはそうじゃありません!」だとか、「品が無いのう…」という冷笑だとか。
ああだこうだと長老たちが文句三昧、歩き方まで指導付き。マントが品よく靡くよう。ブーツの踵がカッコ良く音を立てるよう。
(…指の先まで神経を配れって言われても…)
その状態でサイオン訓練だなんて無理すぎだから、と愚痴を言ってもどうにもならない。自分はソルジャー候補なのだし、現ソルジャーのブルーはといえば…。
(…完璧に着こなすらしいしね…)
流石はカリスマ、と嘆きたくても、いつかは継がねばならないソルジャー。
考えただけで疲れがドッと来るから、起き上がる気力も出なかった。もう駄目ぽ、と。
遠い昔のネットスラング、それと被ったのは偶然なだけ。
其処で意識は途切れてしまって、眠りの淵へと落ちたのだけれど…。
「ジョミー・マーキス・シン!!」
凄い怒声で破られた眠り。
ハッと気付けば、長老たちが立っていた。鬼の形相で、ベッドの側に。
「…え、えっと…?」
寝過ごしたのか、と慌てたけれども、時計が指している時刻は真夜中。
なんだってこんな深夜に長老たちが集っているのか、キャプテンも込みで。こんな所に。
(…何が起こったわけ…?)
まさか緊急事態じゃないよね、と眠い目をゴシゴシ擦っていたら。
「なんということをしているのです!」
自分の姿をよく御覧なさい、とエラに言われた。思いっ切り眉を吊り上げて。
(……???)
何か変かな、と自分の身体に目を向けてみたら、ソルジャー候補の服を着たままだった。倒れてそのまま寝てしまったから、ブーツまで履いていたわけで…。
「ご、ごめんなさい…!!」
直ぐに脱ぎます、と慌てて脱ごうとしたブーツ。途端に飛んで来た罵声。
「何も分かっておらんのか! 馬鹿者めが!」
これじゃから若いのは駄目なんじゃ、と頭から湯気を立てているゼル。他の面子も苦い顔。
「…分かってないって…?」
何がでしょうか、と低姿勢で出たら、ピシャリと足を叩かれた。ブーツの上から、ヒルマンに。
「これだよ、寝るならこのままでだね…」
きちんと寝たまえ、と入った指導。ソルジャーたるもの、この制服で寝てこそだ、と。
そんな馬鹿な、とガクンと落ちたジョミーの顎。
けれども長老たちは真面目で、キャプテンだって大真面目だった。
曰く、「ソルジャー・ブルーは、そうしておられる」。
ミュウのカリスマたる超絶美形は、そのイメージを保ってなんぼ。まるで王侯貴族のように。
「たとえ具合が悪くったってね、面会したい仲間もいるしさ…」
そういう時にパジャマではねえ…、とブラウが振っている頭。パジャマや部屋着で面会したなら値打ちも何も、と。
ソルジャーの威厳がまるで台無し、それでは話になりはしないと。
「そうなのです。ですから、ソルジャーは常にマントも含めて、全てお召しで…」
ブーツも履いてお休みになっておられるでしょう、とエラがズズイと押し出して来た。言われてみれば、ソルジャー・ブルーはそうだった。
(…ぼくが初めて会った時にも、今だって…)
ソルジャーの衣装をフルセットで着けて、その状態で寝ているブルー。マントもブーツも、手袋だって。上着もキッチリ着込んだままで。
ということは、もしかしなくても…。
「…本当にコレで寝ろってこと!?」
今日まで何も言われなかったのに、と反論したら、ハーレイにジロリと睨まれた。
「我々は待っていたのだが? 君が自覚を持ってくれるまで」
「そうじゃぞ、ワシらにも多少の情けはあるからのう…」
しごくばかりが能ではないわい、と恩着せがましく言ってくれたゼル。
どうやらソルジャー候補の制服については、猶予期間があった模様。着たままで寝ようと、自分自身で決めるまで。…そういう覚悟が生まれるまで。
ジョミーが全く知らない間に、部屋の何処かに監視カメラが仕込まれていた。ソルジャー候補の制服での寝相、それを子細にチェックするために。
長老たちの部屋から見られるモニター、今夜ようやく出番と相成ったらしい。
もう駄目ぽ、とベッドに倒れ込んだから。シャワーも着替えもとても出来ない、と服を着たまま眠りに落ちてしまったから。
「いいかね、君の寝方はこんな具合で…」
我々が見ていた光景はこうだ、とヒルマンが出して来た録画。それの中には、右へ左へと転がる姿が映っていた。マントはグシャグシャ、足に絡まったりもしているし…。
(……なんだかヒドイ……)
自分で見たって、まるで救いの無い寝相。此処で誰かが入って来たなら、幻滅するに違いない。なんて寝相の悪い人かと、これがソルジャー候補なのかと。
(ブルーの寝相が凄くいいから…)
比べられて馬鹿にされるよね、と言われなくても分かること。長老たちが怒る筈だと、部屋まで突撃して来たのだって、至極もっとも、ごもっともです、と。
「…ジョミー?」
お分かりですか、と睨んでいるエラ。「こんなことではいけません」と。
「……分かってます……」
もうションボリと項垂れるしかなくて、指導付きでの就寝の儀。
マント捌きから足の運び方まで、口うるさくチェックが入りまくりで。「いいですか?」と。
ベッドに上がる時にはこう、と。横になる時はこういう具合で、上掛けをかける時はこう、と。
そして翌日から、完全に無くなってしまった自由。
サイオンの特訓でヘロヘロになっても、ベッドまで監視つきだから。たまにはパジャマで寝たい気持ちでも、そうしようとしたら…。
「ジョミー・マーキス・シン!」
ソルジャー候補の自覚はどうしたのです、とエラが走って来る始末。直ぐに着替えて、あっちの衣装で寝るように、と。
エラが走って来ない時には、他の面子がやって来る。ゼルもヒルマンも、ブラウだって。
こんなに遅い時間だったら大丈夫、と高を括ってパジャマを着たって、恐ろしい顔のハーレイが入って来るだとか。
(…あれって、シフトを組んでいるんだ…)
絶対そうだ、と分かるけれども、自分の方では組めないシフト。
あちらは五人もいるというのに、「ジョミー」は一人だけだから。別のジョミーに後を任せて、ぐっすり眠れはしないから。
(…叱られずに寝ようと思ったら…)
安眠できる夜が欲しかったら、マスターするしかない寝方。
マントも上着もブーツまで込みで、まるっと着たままグッスリ眠れる行儀良さ。
(……なんで、こういうトコまでカリスマ……)
別にこだわらなくっても、と思ってはいても言えない文句。ソルジャー・ブルーは、同じ寝方で楽々と寝ているのだから。…生きた手本がいるのだから。
(…もう駄目っぽい…)
ぼくの人生、マジで終わった、と泣きそうだったジョミーだけれど。
寝る時間さえも奪われたんだ、とブツブツ愚痴を零したけれども、慣れというのは怖いもの。
いつの間にやらマスターしていた、ソルジャー候補の服で寝ること。
それは遥かな後の時代に、大いに役立つことになる。
人類軍との激しい戦闘の最中、ソルジャー・シンは常にキリッと寝ていたから。
トォニィが「グランパ!」と夜の夜中に飛び込んで行っても、「どうした!?」とソルジャーの衣装を纏って起き上がったから。
最初はジョミーを舐めていたナスカの子供たちだって、それには恐れ入るばかり。
「ソルジャー・シンは凄い人だ」と、「寝ている時も気を抜かない」と。
あんな人には勝てやしないと、生まれながらの戦士でソルジャー、と。
それを着たまま寝ている理由も知らないで。
遠い昔にはとても寝相が悪かったなんて、夢にも思わないままで…。
ソルジャーの寝相・了
※ソルジャー・ブルーがあの服装で寝ていたんなら、ソルジャー・シンも引き継ぐ筈、と。
あの服装で寝るのが一番楽、というネタでも書いてますけどね。「ソルジャーの制服」を。
(結局、何も分からないままか…)
その上、謎が増えただけか、とキースの頭を悩ませること。
ジルベスター星系での事故調査に赴く、任務は分かっているけれど。
其処から戻れば、謎の一つは解けるのだけれど。
(…ピーターパン…)
スウェナが口にしていたこと。
サムの病院で出会った時に。
わざわざ待ち伏せしていた上に、セキ・レイ・シロエの名を語ったスウェナ。
誰もが忘れている筈の名前、E-1077にいた者たちは。
マザー・イライザがそう指示したから、皆の記憶を消させたから。
(皮肉なものだな…)
結婚を機にE-1077を離れたスウェナは、今もシロエを覚えていた。
そしてシロエのメッセージを見付けた、何処でなのかは謎だけれども。
分からない謎の一つがそれ。
シロエが残したメッセージは何か、どうして自分宛なのか。
(ハッタリということも、ないことはないが…)
そうだと言うなら、それでもいい。
この謎は解ける謎だから。
ジルベスターから戻りさえすれば、どんな答えが出るにしたって。
心は激しく乱されたけれど、シロエのメッセージの件はいい。
いずれ答えを手にするのだから、任務が終わりさえすれば。
それとは別に謎が幾つも、どれも今回の任務絡みで。
ジルベスターにはMがいるのか、それとも事故に過ぎないのか。
(…私が派遣されるからには…)
間違いなくいる、と思うのがM。
そう呼ばれているミュウどものこと。
彼らは確実にいるだろうけれど、今の時点では何も無い証拠。
ミュウの尻尾をどう掴むのか、どうやって拠点を探し出すのか。
手掛かりすらも見付からないから、謎の一つはミュウたちの拠点。
(ジルベスター・セブン…)
事故が多発すると言われる宙域、その中の何処か。
際立って事故が多い惑星、ジルベスター・セブンが匂うのだけれど。
(何も証拠が無いからな…)
今は謎だな、と思うしかない。
これだけで軍は動かせない、とも。
何か訊けないかと見舞ったサム。
E-1077で四年間、一緒だった友、十二年も会っていなかった。
けれど元気だと思っていたから、取ろうともしていなかった連絡。
その間にサムは壊れてしまった、Mたちのせいで。
どう考えても事故ではなくて。
(…怪しい点が多すぎるんだ…)
特にサムのケースは、と零れる溜息。
乗っていた船ごと漂流していたのを救われたサム、とうに正気を失くした姿で。
心が子供に戻ってしまって。
(それだけでも充分、怪しいんだが…)
人の心を食う化け物と言われるM。
ミュウどもがサムを壊したのでは、と。
恐らくそうだと思うけれども、解せない点がもう一つ。
サムと一緒に乗っていた者、チーフパイロットは殺されていた。
それもナイフで、サムの側に落ちていたもので。
ミュウがやるなら、そんな武器など要らないだろうに。
彼らの力は、人の心臓をも止めるだろうに。
サムは人など殺さない。
殺せない、とも確信している。
E-1077で一緒だった四年、その間に思い知らされたこと。
同じ道を歩みたい友だけれども、サムはその道を歩けはしない、と。
(人間としての能力以前に…)
サムの資質が邪魔をするんだ、と当時からもう分かっていた。
優しすぎるサムは、メンバーズには向かないと。
どんなに才能があったとしたって、性格のせいで篩い落とされる。
サムには人は殺せないから。
その優しさを持ったままでは、軍人になどはなれないから。
(…サムなら、シロエも殺しはしない…)
きっと見逃すことだろう。
マザー・イライザに命じられても、「撃ちなさい」と声が届いても。
「見失った」と報告して。
そうしたせいで、自分の道が閉ざされても。
メンバーズの資格を失くしたとしても、サムはシロエを殺さない。
「行け」と見送り、そのまま機首を返すのだろう。
そのせいで自分がどうなろうとも、エリートの道から一般人に転落しようとも。
そうする筈だ、と今でも思っているのがサム。
十二年間の歳月を経ても、サムは変わりはしないだろう。
彼の優しさは本物だから。
誰よりも自分が知っているから。
(船の中で何があったとしても…)
サムにパイロットは殺せない。
敵でさえも殺せないようなサムに、同僚を殺せる筈などがない。
だからおかしい、サムの事故は。
どうしてサムが人を殺したのか、そういうことになったのか。
(…サムからは何も訊けなかったが…)
それもまた、Mの仕業だろうか。
自分たちの手を汚す代わりに、サムに命じたチーフパイロットを殺すこと。
彼は何かを知りすぎたのか、それとも他に何かあったか。
(…サムに殺せはしないんだ…)
事故調査の結果は、サムの仕業になっていたけれど。
サムがやったと、彼の心が壊れたこととの因果関係は不明だ、とも。
(あのサムが…)
人を殺すなど有り得ない、と思うけれども、添えられたデータ。
血染めのナイフと、返り血を浴びたサムの写真と。
サムは殺人者になってしまった、Mたちのせいで。
ミュウの拠点に近付いたせいで、まるでサムらしくない存在に。
サムは罪には問われない。
心が壊れてしまっているから、責任を負えはしないから。
けれど、記録はそうはいかない。
チーフパイロットの名前と一緒に、永遠に記録され続ける。
返り血を浴びた写真のままで。
血染めのナイフを添えられたままで、殺人者のサム・ヒューストンとして。
(…サムは人など殺さないのに…!)
どうしたらこれを覆せる、と歯噛みしたって、Mどもを連れて来たって無駄。
人間扱いされていないM、ミュウの証言などに意味は無いから。
彼らを法廷に出すよりも前に、処分するのが鉄則だから。
(サムは一生…)
人殺しだ、と握った拳。
サム・ヒューストンのデータを見る者、それを知り得る誰にとっても。
自分を除いた誰が見たって、サムは殺人を犯した者。
返り血を浴びた写真が動かぬ証拠で、血染めのナイフも同じに証拠。
罪に問われはしなくても。
病院で一生、穏やかに生きてゆけるとしても。
どうしてサムが殺人者に、と濡れ衣を晴らしたいけれど。
Mが相手では無理でしかなくて、サムの写真は血染めのまま。
返り血を浴びた顔のまま。
(…一番、サムらしくない姿なのにな…)
これがステーション時代だったら、「何の仮装だ?」と訊いただろうに。
人気のドラマか何かだろうかと、まだ知らないから観てみたいとも。
(本当に悪い冗談だ…)
血染めのサムか、と吐き捨てた瞬間、閃いたこと。
「そうか、血なのか」と。
サムの写真はこうだけれども、サムの体内にも血は流れている。
広い宇宙にただ一人だけの、サムだけが持ち得る血というものが。
一滴の血を分析したなら、それだけで「サムだ」と分かる赤い血が。
(…サムと一緒に行けそうだな)
ジルベスターに、と浮かんだ笑み。
あの病院から、サムの血を貰い受けたなら。
ほんの一滴、赤い雫を貰ってこの身に付けたなら。
そうすればサムは常に一緒で、何処までも共に行くことが出来る。
ジルベスターへも、サムが病院で歌っていた歌にあった地球へも。
よし、と心に決めたこと。
サムの身の証は立てられなくても、これからはサムと共に在ろうと。
彼のものだと分かる血の雫、それでピアスを作らせようと。
サムが血染めのサムだと言うなら、自分は「血のピアスのキース」でいい。
その意味を誰も知らなくても。
誰一人、血だと気付かなくても、自分だけが知っていればいい。
サムは自分と共にいるから。
優しすぎて人も殺せないサム、そのサムと共に、サムが行けなかった道をゆくのだから…。
友の血のピアス・了
※アニテラでも原作でも、当たり前にキースが付けているピアス。どうして血なんだ、と。
理由は全く語られないまま、サッパリ謎だと思い続けて何年だか。…こうなりました。
(…我々はもう、時代遅れの人種なのだというのか…!)
またか、とキースが噛んだ唇。あの屈辱をまたも味わうのか、と。
遠い昔に、時代遅れだと知った人類。…自分が属している種族。
世界はとうにミュウのものだと、時代はミュウに味方したのだと思い知らされた時。
(あの時は仕方なかったが…)
そういう風に生まれついたし、自分の生まれは変えられない。
覚悟したから、ブチかましたのが大演説。マザー・システムを否定すること。
(あれで一気に株が上がって…)
敵だったミュウの長とも一緒に戦い、ますます上がった自分の株。
命はパアになったけれども、それを補ってなお余りある栄光を手に入れた。大勢のファンたちにチヤホヤされて。行く先々で追い掛けられて。
(少々、迷惑な目にも遭ったが…)
身に覚えのないゴシップと言うか、スキャンダルとでも呼ぶべきか。
「実はマツカと深い仲」だの、「ステーション時代はシロエとデキていた」だの、それは迷惑な噂がドッサリ。それを本にしてバラ撒かれた。薄い本とかいうヤツで。
(絵には描かれるわ、小説になるわ…)
ミュウの長との仲まで取り沙汰されたほど。ソルジャー・ブルーとか、ジョミーだとか。
迷惑極まりなかったけれども、栄華の絶頂ではあった。「我が世の春」といった具合で、誰もが萌えてくれたのに…。
気付けば、時代は変わっていた。
自分たちは忘れ去られた人種で、時代遅れなものでしかない。それは重々、承知している。
(…盛者必衰、諸行無常と言うそうだからな…)
栄華を誇った絶頂の時代、あれから流れた九年もの歳月。「十年ひと昔」と言うのだからして、忘れられても仕方ない。
だから黙って耐え忍んで来た。世の荒波が激しかろうと、自分たちの栄光が色褪せようと。
(巨人が壁を越えて来ようが、立体機動が話題だろうが…)
そういう世界に住んでいないから、諦めの境地でいるしかなかった。
もしも巨人が人を食べまくる世界にいたなら、華麗に活躍出来ただろうに。立体機動装置を使いこなして、今をときめく人だったろうに。
(…相手がソレなら、まだ諦めも…)
つくというものだ、と握った拳。
かつて自分たちが人気を誇ったように、あの世界にもいる美形たち。ありとあらゆる美形が選り取り見取りな世界で、ファンがつくのも当然のこと。薄い本がバンバン出されるのも。
(時代が移るのは、世の習いだしな…)
他の美形に人気が移れば、「まあ、仕方ない」と諦めもする。
けれど、世界は「時代遅れ」という嫌な言葉を突き付けて来た。
もはや美形の時代ではないと、「顔だけで売れる」時代は終わりを告げたのだと。
(…我々はアレに敗れるのか…!)
どう見ても美形とは言えない六つ子。それが今では最先端で、自分たちは見事に取り残された。
九年前にミュウにやられたように。「もう人類の時代ではない」と思い知らされたように。
(……どうして歴史は繰り返すのだ……)
世の中、「松」さえ付けばいいのか、と愚痴りたいほど。
あっちを向いても、こっちを向いても、絵も小説も「松」だらけだから。とにかく「松」だ、と言わんばかりに、「松」さえ付けば女性が群がるのだから。
(…だが、生憎と…)
我々の世界には松が無いのだ、と零れる溜息。
宇宙船が飛び交う世界の景色に、松は全く似合わないから。アルテメシアだろうが、首都惑星のノアであろうが、似合わない「松がある風景」。
(E-1077の中庭ともなれば、もう致命的に…)
松は駄目だ、と分かっている。黒松だろうが赤松だろうが、盆栽向きの五葉松だろうが、けして似合ってくれない世界。
どう転がっても「松」などは無くて、時代の流れについて行けない。
(……せめて、一本でも……)
我々にも松があったなら、と歯噛みした所で聞こえたノック。「失礼します」と。
そして、コーヒーのカップをトレイに載せて、部屋に入って来た者は…。
(…マツカ…!)
いたじゃないか、と気付いた「松」。
神は我々を見捨てなかったと、我々の世界にも今をときめく人気の「松」が、と。
此処にあった、と見詰めた「マツカ」。
松は松科の植物なのだし、マツカはガチで「松」な人物。多分、この世界では唯一の「松」。
これを逃してなるものか、とコーヒーを「どうぞ」と置いたマツカに頭を下げた。
「頼む、私を養子にしてくれ!!」
「えっ!?」
何故ですか、とマツカが目を真ん丸にするものだから、「我々には松が必要なのだ!」と叫んでやった。「松はお前しか持っていない」と、「お前が唯一の希望なのだ」と。
「いいか、今の世の中、松が人気だ。…それは分かるな?」
「は、はい…。それが何か…?」
「お前なら「ジョナ松」になることが出来る!」
ジョナ・マツカだから「ジョナ松」だろうが、と指摘した名前。それと同じに、自分が養子縁組したなら「マツカ」な名前が手に入る、と。
「……キースがマツカになるんですか?」
「そうだ、キース・アニアン改め、キース・マツカになれるのだ!」
そうすれば私は「キス松」になる、と畳み掛けた。
時代遅れの人種にならないためには、とにかく「松」。「ジョナ松」に「キス松」、養子縁組で松が二人に増えるのだ、と。
「…わ、分かりました…!」
ぼくの名前が役に立つなら、とマツカは快諾してくれた。直ぐに書類を取り寄せます、と。
(よし、これでいける…!)
我々も松を手に入れたぞ、とキースの唇に浮かんだ笑み。ジョナ松にキス松、松が二人も。
この世界に松は無いから無理だ、と絶望的な気分だったのに。
時代遅れの人種になったと、ミュウの次には「松」にやられたと悔しさMAXだったのに。
(マツカは元から松だったわけだが、その価値に気付いていなかったからな…)
きっと「マツカ」で話が大きすぎたのだ、と頷く「松」を束ねる「松科」。
どんな松でも松科なのだし、「松科」というのが大前提。つまりマツカは…。
(松の総本山なのだ…!)
もっと養子を取らせてやろう、と考える。人気の「松」は六つ子なのだし…。
(あと四人いれば、もう充分に対抗できるぞ…!)
しかもこっちは正統派の美形揃いだからな、と巡らせる策。誰を養子に取らせるべきか、其処の所が重要だ、と。
(…シロエとセルジュは確定だな…)
あの二人は人気があった筈だ、と「シロ松」と「セル松」は迷わない。残る二人は…。
(サム松にグレ松、そんな所か…?)
グレイブも地味に人気だったし、サムは大切な親友だからな、と選んでゆく残り二人の松。
顔だけだったら、ジョミ松もブル松もアリだけれども…。
(せっかく、我々に分があるのだしな?)
ミュウの奴らには泣いて貰おう、と切り捨てた美形なミュウの長たち。
今をときめく「松」が六人、その美味しさは人類だけで頂いておくべきだろう。
遠い昔に「時代遅れ」にされた人類、それが今度はミュウどもを抜いて最先端を突っ走る。
こちらには「松」の総本山がいるのだから。
マツカの養子になりさえしたなら、誰もが「松」になれるのだから。
(ジョナ松、キス松、それにシロ松…)
セル松にサム松、グレ松で「松」が六人だぞ、とキースが確信した勝利。
「松」を持たないミュウの連中、彼らは時代遅れになる。
こちらには「松」が六人だから。
ジョナ松、キス松、シロ松、セル松、サム松、グレ松、六人ものマツカが揃うから。
そのためだったら、「アニアン」の名はドブに捨てられる。
今をときめく「松」になれるなら。「時代遅れの人種」にサヨナラ出来るのならば…。
六人のマツカ・了
※久しぶりに疑った自分の頭。「気は確かか?」と。…確かにマツカは「松」なんだけど。
時代が「松」になってしまっても、まだアニテラな管理人。「時代遅れな人種」そのもの…。
