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(…何処…)
 此処は、とシロエは思うけれども。
 次の瞬間、思考は砕けて、砂粒のように崩れ落ちてゆく。
 心を、頭を、機械が探り続けているから。
 端からバラバラに切り刻んでは、中身を調べてゆくのだから。
(…ぼくは…)
 誰なのか、もうそれすらも掴めないほど。
 囚われ人になった身だから、手足も拘束されているから。
 ミュウの思考を分析するための機械、それがE-1077に持ち込まれて。
 本当の所は、かなり早くからあったのだけれど。
 シロエがステーションに着いた時から、密かに手配されていた機械。
 その目的は伏せられたままで。
 「万一に備えて」という、マザー・イライザからの指示だけで。
 ミュウの因子を持った少年、それを迎えたとは誰も知らないままで。


(…パパ、ママ…)
 頭の中に浮かんだ言葉。
 何を意味するのか、シロエには分からないけれど。
 けれど、好きだったと思う「パパ」と「ママ」。
 とても大切なものだった、と考えた途端に砕かれる思考。
 手の中から虚しく落ちてゆく言葉。
(ママ…)
 パパ、と繰り返す内に、思考は徐々に繋がり始める。
 機械がいくら砕き続けても、人の心はそれに勝つから。
 人の想いを打ち砕く力、其処までは機械も持っていないから。
(…ママ、パパ……)
 そうだった、と苦痛の中でも生まれる想い。
 紡ぎ出す望み。
 「帰りたい」と。
 もう終わりだろう自分の人生、きっとこのまま断たれる命。
 ならば最後に帰ってみたい。
 帰れるものなら、あの故郷へと。


 今はもう、住所も分からない家。
 けれど其処へと向かうことは出来る。
(…船に乗ったら…)
 そう、船があれば。
 どんなに小さな宇宙船でも、それに乗ることが出来たなら。
(……エネルゲイア……)
 それにアルテメシア、と途切れ途切れに紡いでゆく思考。
 何度、機械に断ち切られても。
 ブツリと斧が振り下ろされても。
(…クリサリス星系…)
 そういう名前だった筈。
 アルテメシアが在った星系、エネルゲイアがある場所は。
 座標はきっと…。
(……オートパイロット……)
 どの宇宙船にも備わった機能、それを使えば自動的に設定されるだろう。
 アルテメシアへ、エネルゲイアへ飛ぶのなら。
 漆黒の宇宙を飛んでゆくなら。


 そうしたいのだ、と生まれる気持ち。
 この苦痛から抜け出せるのなら、故郷へと。
(…殺されたって……)
 かまうもんか、と紡ぎ出される明確な思考。
 どうせ自分には無い未来。
 此処で黙って殺されるよりは、少しでも夢のある方へ。
 同じ死ぬなら、少しでも…。
(…パパ、ママ…)
 パパとママに近い所まで、と湧き上がる望み。
 なんとしても其処へ行きたいと。
 此処で終わってたまるものかと、きっと宇宙へ逃れてみせると。
 小さな船でもかまわないから、逃げた途端に撃ち落とされても本望だから。
(…此処よりは……)
 ずっとマシだ、と思う死に場所。
 少しでも故郷に近付けたなら。
 両親が今もいるだろう家、其処に向かって飛べたなら。


 行ってみせる、と組み立てる思考。
 機械がそれを砕いても。
 組み上げる端から壊していっても、何度も紡げば形になる。
 人の想いは強いから。
 機械のそれより、遥かに強く思考するのが人だから。
(…帰りたいよ……)
 パパ、ママ、と生まれては直ぐに消される想い。
 機械に頭を掻き回されて、心の中身をバラバラにされて。
 それでもシロエは考え続ける、今の自分が望むことを。
 本当の想いは何処にあるかを、自分は何をしたいのかを。
(……パパとママに……)
 会えないままで命尽きようとも、此処から飛んでゆきたい宇宙(そら)。
 遠く故郷まで続く宇宙へ、其処へ自由に船出すること。
 それが望みで、欲しいのは自由。
 とても小さな船でいいから、練習艇でもかまわないから。
 此処から外へ出てゆけるなら。
 少しでも故郷に近い所へ、自分の意志で飛んでゆけるなら。


 故郷へ飛ぶこと、此処から宇宙(そら)へ飛び立つこと。
 望むことは一つ、夢見ることもただ一つだけ。
(…帰るんだから……)
 辿り着けずに終わったとしても、辿りたい家路。
 この先に自分の家が在ったと、これから帰ってゆくのだと。
(……命なんか……)
 どうせ無いから、捨ててしまってかまわない。
 今でも焦がれ続ける故郷へ、父と母の許へ飛べるなら。
 其処へと帰ってゆくための船に乗れるなら。
(……ピーターパン……)
 そうだ、と思い出した本。
 両親に貰った宝物。
 あの本も一緒に持って行きたい、故郷に帰ってゆく時は。
 此処から宇宙へ飛び立つ時は。
 あれのお蔭で、シロエは「シロエ」でいられたから。
 今もこうして、思考を紡ぎ続けているから。
 何度、機械に砕かれても。
 心ごと無残に踏み躙られても。


(負けるもんか…)
 このまま死んでたまるもんか、と組み立てる思考。
 手足が自由になりさえしたなら、この牢獄から抜け出せたなら…。
(…あの本を持って…)
 飛び立ってみせる、マザー・イライザが支配しているステーションから。
 E-1077から宇宙へ逃げ出してみせる、行き先には死が待っているとしても。
 此処で死ぬより、ずっとマシな死。
 懐かしい故郷に近い所で、両親に少しでも近い所で死ねたなら。
 宝物のように持って来た本、あの本を抱いてゆけるなら。
(…ぼくは負けない……)
 今日までそうして生きて来たから、と悔いることなど無い人生。
 セキ・レイ・シロエは立派に生きた。
 どう生きたのかは思い出せないままだけれども、機械に支配されないで。
 機械の言いなりに生きる人生、その道を選び取らないで。
(…そうして生きた結果がこれでも……)
 ぼくは後悔なんかしない、と刻まれる思考の中でもシロエは笑い続ける。
 この想いを機械は消せないだろう、と。
 ぼくの心を支配するなど、機械に出来るわけがないのだから、と。


 行く先が死でも、選びたい自由。
 このステーションから自由になること、宇宙へと船出してゆくこと。
 小さな練習艇でいいから、行き先を故郷に設定して。
 飛び立った途端に撃ち落とされても、少しでも故郷に近い場所へと飛んでゆきたい。
 両親が今もいる筈の星へ、クリサリス星系のアルテメシアへ。
 その星の上のエネルゲイアへ。
(…パパ、ママ……)
 ぼくは必ず帰るからね、と組み上げる思考は砕かれるけれど。
 端から機械が壊すけれども、それでもけして諦めはしない。
 諦めたら、其処で終わりだから。
 このステーションから出られもしないで、殺されてゆくだけだから。
(…ぼくは必ず……)
 帰ってみせる、と繰り返し考えて夢見ること。
 ピーターパンの本を抱えて、宇宙へ船出してゆく自分。
 これで自由だと、何処までも飛んでゆける船。
 たとえ一瞬で撃ち落とされても、それは自由への旅立ちで船出。
 行く先は死でも、故郷には辿り着けなくても。


 そうやって何度も組み立てた思考。
 機械に微塵に壊される度に、組み立て直した故郷への夢。
 自由になろうと、宇宙(そら)を飛ぼうと。
 必ず自由になってみせると、故郷へと船出するのだと。
 何度も組み立て、壊されたから。
 壊されても夢は、想いは、機械にも壊せなかったから。
(……ピーターパン……)
 幼い日に会ったと思った少年、ピーターパン。
 そう呼んだジョミーの思念波通信と共鳴した時、少しばかり違った思考が出来た。
 故郷へ帰る夢の代わりに、ネバーランドへ、地球へ行こうと。
 両親も一緒に地球へ行きたいと、そうすることが出来ればいい、と。
 だからシロエは飛び立って行った、彼の心が望んだままに。
 それで故郷へ飛ぼうと願った、小さな練習艇で宇宙へ。
 彼が夢見た自由への船出、飛んでゆく先に待つものが死でも。
 これがセキ・レイ・シロエの意志だと、何処までも自由に飛び続けようと…。

 

         自由への船出・了

※アニテラのシロエ、最期が「シロエらしくなかった」感があるのが管理人。原作のせいで。
 強い意志は何処へ行ったんだろう、と考えていたらこうなったオチ。これならシロエっぽい。





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「相変わらず、何も吐きそうにないな」
 こいつの心理防壁はどうなっているというんだ、とジョミーが睨んだ地球の男。
 ナスカで捕えたキース・アニアン、人類統合軍の犬。
 グランド・マザーの命令を受けて、ミュウを殲滅しに来たメンバーズ・エリート。
 分かっているのは、たったそれだけ。
 意識を取り戻す瞬間に読んだ、ほんの僅かな情報だけ。
 知りたいことは山ほどあるのに、まるで破れない心理防壁。読めない心。
(…こいつの心が読めさえしたら…)
 歯噛みするだけの自分が悔しい。
 もっと力があったなら、と。もっとサイオンが強かったならば、読めるのにと。
 こうする間にも、人類の方では着々と…。
(…ミュウの殲滅計画を…)
 きっと進めているのだろう。
 先日、送り込まれて来たサム。アタラクシアでの幼馴染。
 あの時点でもう、ナスカには目を付けられていた。
 だから欲しいのが地球の情報、どう対処するのがベストなのか。
 このままナスカに隠れるべきか、ナスカから一時撤退するか。
(…本当に、こいつが使えさえすれば…)
 情報が手に入るのに、と思うけれども、心理防壁はどうにもならない。今日も駄目か、と溜息をついて、居住区へ戻って行ったのだけれど…。


 銀河標準時間ではとうに夜更けで、照明暗めのシャングリラの通路。
 其処を一人で歩いていたらば、「ちょいと」とブラウに手招きされた。「こっちに来な」と。
「ブラウ?」
 何か用でも、と尋ねたら、「シーッ!」とブラウが唇に当てた人差し指。「声を立てるな」と。
 なんだかアヤシイ雰囲気だけれど、呼ばれたからには行かねばなるまい。
(…ブラウの部屋じゃないようだけど…)
 あそこはヒルマンの部屋だったんじゃあ…、と招かれるままに入った部屋。
 案の定、其処はヒルマンの部屋で、「ようこそ、ソルジャー」と迎えてくれたのが部屋の住人。それにブラウとゼル機関長に、エラとキャプテン・ハーレイまでいる。
 なんとも豪華な面子だからして、「えっと…?」とポカンと突っ立っていたら。
「まあ、座りたまえ」
 秘密会議をしようじゃないか、と妙な提案。そう言われたって、会議なんかは聞いてもいない。
「…秘密会議だって?」
「ええ、そうです」
 捕えた例の捕虜のことで…、とエラが大きく頷いた。「心が読めなくてお困りでしょう」と。
 私たちも色々考えました、という言葉が少し頼もしい。
 ヒルマンもエラも博識なのだし、その上、こういう豪華な面子。もしかしたら、何か解決策でも見付かったろうか、亀の甲より年の功とも言うのだから。


 嫌が上にも高まる期待。ワクワクしながら椅子に座ったジョミーだったのだけれど。
「…びーえる…?」
 なんだ、それは、と見開いた瞳。「びーえる」とは何のことだろう?
「BLだよ。…ボーイズラブとも言ったらしいね」
 ずっと昔の地球で人気を博した代物なのだ、とヒルマンは言った。BL、すなわちボーイズラブとも呼ばれるブツ。なんでも男同士の恋愛、それが大いに人気だったらしい。
「…お、男同士…?」
 ちょっとコワイ、と震えたジョミー。まるで分からない世界だから。
 けれど、ヒルマンやエラの説明によれば、今の時代も好きな人間は後を絶たないとのこと。男にしか興味を持たないゲイとか、女もいけるバイなどの人種。
 そういった人種に大人気なのが、その手の動画などの「お宝」。プロのものより、素人のヤツが好まれる傾向があったりもする。
「そこでだね…。あのメンバーズの男もだね…」
 お宝映像を撮ってやってはどうだろうか、というヒルマンの言葉で腰が抜けそうになった。
 今までの話の流れからして、撮るという「お宝」はBLな動画。それもメンバーズな地球の男を撮った代物、おまけにモノがBLだけに…。
「そ、その動画は…。あの男だけでは撮れない筈だな?」
 男同士と言わなかったか、と返した質問、ヒルマンが「うむ」と振った首。それも縦に。
「もちろん、相手は必要だとも。…我々だよ」
 君も当然含まれている、と聞いてガクンと外れた顎。「ぼくもだって!?」と。
 想像もつかないBLの世界、其処へ飛び込んで行けと言うのかと。第一、BLと地球の男の心を読むこと、その二つがどう繋がるのかと。
 そうは言っても、秘密会議には違いないから、震えながらも座り続けて…。


 なるほど、と納得したジョミー。
 地球の男の心理防壁は半端ないけれど、BLなら破れるかもしれない。
 少々、いや、とんでもなく恥ずかしいけれど、やってみる価値はあるだろう。それにヒルマンやハーレイもいるし、ゼルだっているわけだから…。
「よし、その作戦を採用しよう」
 やって良し! と出したゴーサイン。名付けてBL大作戦で、資料はドッサリ揃っていた。作戦開始までに頭にガッツリ叩き込むのが自分の仕事。
(うーん…)
 ディープすぎる、と自分の部屋で唸った世界。ホントにコワイと、恐ろしすぎると。
(でも、やらないと…)
 あいつの心は読めないからな、と腹を括って学んだBL。まさに未知との遭遇な世界。
(…やっぱり兄貴はハーレイだろうか…)
 きっとハーレイが適役だよな、と思った兄貴。BLの世界で「攻め」とかいうキャラ。
 ついでに自分も、「攻め」でいかなくてはならない。地球の男はタメ年っぽい感じだけれども、外見の年では自分の方が若いから…。
(年下攻め…)
 でもって鬼畜の方がいいよね、と組み立ててゆく自分のキャラ。ただの年下では、インパクトが不足しているから。
 年下の方が鬼畜で攻めだと、俄然、人気が出そうな世界。…BLワールド。
 これでいこう、と鬼畜で年下攻めな自分を作ってゆく。サッパリ謎な世界ながらも、道具なども使うキャラにしようと。年上の男を泣かせて苛め抜こうと、それでこそ鬼畜なんだから、と。


 同じ頃、ハーレイやゼルやヒルマン、彼らも自分の役作りというのに燃えていた。
 ハーレイはジョミーが読んだ通りに「兄貴」の道を探究中。色々な「兄貴」がいるようだから、どういう兄貴がいいだろうかと。
 ゼルとヒルマンも、自分のキャラを生かせる道を探っていた。BLの世界で演じるべきキャラ、自分を最高に生かせるキャラ。それを掴むべく、資料を広げて。
 「むっ、これは…」だとか、「ワシのキャラじゃ!」だとか、鼻息も荒く。
 エラとブラウも、それぞれの部屋で一人作戦会議。
 どうやって場を盛り上げるべきか、地球の男をBLの世界に蹴り込むべきか。
 心理防壁を破るためには、きっとBLが最適だから。お宝な動画に出演しろと言ってやったら、プライドも何も砕け散るのに違いないから。


 こうして次の日、キースの尋問に出掛けて行ったのが秘密会議のメンバーたち。
 「私は兄貴でいってみますよ」と自信に溢れるハーレイがいれば、「ぼくは年下攻めの鬼畜で」などと薄笑いを浮かべるジョミーも。
 キースはと言えば、椅子に拘束されていたけれど、其処でヒルマンが取り出した注射器。
「フン…。自白剤か?」
 そんなものが効くと思っているのか、と嘲笑うキースの腕に針がブスリで、薬液注入。キースは余裕の顔だったけれど、その前に進み出たジョミー。
「自白剤などは使っていない。…今のは気分が良くなる薬だ」
「なんだって?」
 何を、とキースが睨み付けるから、ジョミーはフッと鼻で嗤った。「BLだが?」と。今の薬で気分が高揚するだろうから、その勢いで楽しもうと。お宝を撮影しようじゃないか、と。
「お宝だと?」
「そうだ。君はBLを知らないのか? 男同士の愛の世界で…」
 今も人気だと聞いているが、とジョミーがペロリと舐めた唇。君を相手に撮影する、と。撮った動画は思念波通信で宇宙にバラ撒き、大々的に宣伝すると。
「わ、私でBLな動画を撮る気か…!?」
「いけないか? ちなみに、ぼくの役どころは年下攻めの鬼畜なキャラで…」
 道具も色々使うんだけどね、と言った横から出て来たハーレイ。「私は兄貴で」と。ヒルマンやゼルも自分が組み立てた自慢のBLキャラを、熱く語ったものだから…。


「貴様ら、私にいったい何を…!!」
 本気なのか、とキースがブルッた途端に、心に開いた僅かな隙間。心理防壁に入った亀裂。
 さっきヒルマンが打った注射は、生理食塩水なのに。媚薬ですらも無かったのに。
 BL作戦は見事に成功、地球の男はBLがよほど嫌らしい。恥ずかしい動画をバラ撒かれるのが好きな人間など、多分いないだろうけれど。
(今だ…!)
 いける、とキースの心に飛び込んだジョミー。「お前の心を明け渡せ!」と、勢いをつけて入り込んだのに…。
(えーっと…?)
 其処にいた若き日のキース。恐らく、メンバーズ・エリートになって間もない頃。
「ほほう…。いい尻をしてるじゃないかね」
 私の部屋に来ないかね、とキースの尻を撫でている男。どう見ても本物のゲイな軍人。
「お、お断りします…!」
「いいのかね? 君の出世は私次第だと思うのだがねえ…?」
 グランド・マザー直々に、お声が掛かるくらいになるまではねえ、と触りまくりのキースの尻。他にも色々、キースが過去に受けたセクハラてんこ盛りだから…。
(…こんな記憶を見せて貰っても…!)
 何の役にも立たないと思う、とジョミーは大慌てで戻って来た。「これは酷い」と。
 けれどキースは呆然自失で、目の焦点が合っていないような状態だから…。


(…そうか、BLだと、こうなるだけで…)
 この作戦は使いようだな、と閃いたのがジョミーのアイデア。
 BLでなくても、キースの心に凄いショックを与えてやったら、きっと中身が読めるんだ、と。
 そんなわけだから後日、ジョミーが出直したことは言うまでもない。
 自然出産児のトォニィを抱えて、颯爽と。
 今度こそキースの本音を読むぞと、ミュウについての考え方を吐いて貰おうと…。

 

         秘密の尋問・了

※ジョミーがトォニィを使って読んでた、キースの心。あれで読めると何故、知ってたのか。
 前段階があるなら長老絡みかもよ、と思っていたらBLな尋問が来てしまったオチ…。





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「サム・ヒューストンを覚えているか?」
 キースがジョミーに投げ掛けた問い。
 ミュウの長はどう答えるのか、と。
 彼は知っている筈だから。
 サムがどうなったか、そうなったのは誰のせいなのか。
(…どう答える?)
 拘束されたままで見詰めたけれど。
 ミュウでない自分にジョミーの心は読めないけれども、それでも、と。
 何か動きを見せるだろうと、サムとは幼馴染だから、と。
 けれど、返って来た答え。
 「ああ。…何故、彼のことを?」と。
 ジョミーは訊きもしなかった。
 サムのその後を、友達だったサムがどうなったのかを。
 ならば答える必要も無い。
 義務すらもな、と噤んだ口。
 その沈黙に、「だんまりか」と苦笑を浮かべたジョミー。
 苦笑したいのは、こちらなのに。
 「サムはどうでもいいのか」と。
 どうして自分がサムを知っているか、知りたいことは「何故」の一言だけなのか、と。


 だから皮肉をぶつけてやった。
 「待て」とジョミーを呼び止めて。
 「一つ訊きたい」と、「星の自転を止めることが出来るか」と。
 「さあ…。やってみなければ分からないが」と返した化け物。
 星の自転さえも、止められるかもしれないミュウ。
 「その力がある限り、人類とミュウは相容れない」と、「残念だったな」と突き放したけれど。
 ジョミーの方でも、「残念だ」と部屋から出て行ったけれど。
(…サムのことを尋ねていたならな…)
 あんな言い方はしなかったろうな、とギリッと強く噛んだ唇。
 お前に私の何が分かる、と。
(子供まで使って、心に飛び込んで来たくせに…)
 姑息な手段を使う割には、尋問すらも出来ないらしいミュウの長。
 サムの名前を耳にしたなら、彼は食い付くべきなのに。
 本当に幼馴染なら。
 ジルベスター星系で事故に遭ったサム、きっとミュウどもが絡んでいる筈。
 何も知らないわけなどが無くて、元凶はジョミーと仲間だろうに。
 サムの心を破壊したのは、壊れたサムを捨てたのは彼ら。
 もしも捨ててはいないと言うなら、ジョミーは自分に訊くべきだった。
 「サムはどうした?」と。
 サムの名前を知っているなら、その後のことを教えて欲しいと。


 けれど、噛み合わなかった会話。
 自分が投げたサムの名前に、微塵も反応しなかったジョミー。
 「懐かしい名だ」とも、「サムとは幼馴染だ」とも。
 彼にとってはその程度のこと、サムが壊れてしまったことは。
 最初から心に留めていなければ、まるでどうでもいいのだろう。
 サムの心が壊れても。
 二度と元には戻せなくても、ほんの些細なことでしかない。
(…所詮、あいつは…)
 ミュウの長だ、と握った拳。
 手足を拘束されていたって、握ることだけは出来るから。
 握った拳を叩き付けることは出来なくても。
 胸の底から湧き上がる怒り、それをぶつける先は無くても。
(サムを壊して、放り出して…)
 自分たちさえそれで良ければ、気にもしないのがミュウなのだろう。
 ジルベスター・セブンをナスカと名付けて、自分たちの世界に閉じこもって。
 歩み寄りたいなどと綺麗事を言って、その同じ口で訊こうともしない。
 かつて友だったサムのその後を、サムはどうしているのかを。
 もはや友ではないらしいから。
 ただの人類、ミュウにとっては排除すべき敵を壊しただけ。
 どうしているのか、知りたいとさえ思わないのだろう。
 自分たちさえ守れれば。
 あの赤い星と、この船とだけを守れれば。


 許すものか、と睨んだ扉。
 ジョミーたちが去って閉まった扉。
 閉じて動かない扉と同じに、ジョミーの心もまた動かない。
 サムの名前を聞いたって。
 その名を知るとも思えない自分、捕虜の口から「サム・ヒューストン」と耳にしたって。
(…当然と言えば、当然だろうな)
 ジョミーがサムを壊したのなら、その時点でもう終わったこと。
 遠い日にサムと過ごした日々も。
 サムの故郷のアタラクシアで、一緒に成長して来たことも。
 ジョミーの中では消えてしまって、友達だったサムはもういない。
(私は過去を持っていないが…)
 ジョミーよりかはずっとマシだ、と思える自分。
 故郷の記憶を持っていなくても、自分は友を忘れないから。
 今でもサムを覚えているから、友だった頃のままの姿で。
 サムが壊れてしまっても。
 もう覚えてはいてくれなくても。
 それにシロエも忘れてはいない、彼は友ではなかったけれど。
 友と呼んだらシロエはきっと怒るだろうけれど、友になり得た人間だから。


(私のようなメンバーズでも…)
 多くの敵を殺した者でも、友のことをけして忘れはしない。
 成人検査よりも前の記憶が無くても、両親も故郷も忘れていても。
 何もかもすっかり消えていたって、その後に出来た友たちは今も忘れないから。
(なのに、あいつは…)
 サムを忘れた、と手のひらに爪が深く食い込む。
 皮膚が裂けて血が流れようとも、自分の手などはどうでもいい。
 サムの苦痛に比べたら。
 二度と元には戻らないサム、彼の心が砕けてしまった時の痛みに比べたら。
(…ジョミー・マーキス・シン…)
 あいつがやった、という確信。
 サムのことは今も覚えているのに、容赦なく。
 人類はミュウの敵だというだけ、ただそれだけの理由でもって壊したサム。
 「彼は友達だ」と庇わずに。
 見逃してやれと言いもしないで、冷たい瞳でサムを壊した。
 人類が名付けたジルベスター・セブンを、「ナスカ」と変えてしまったように。
 ミュウに都合よく、ミュウの世界を守るためだけに。
 今ではミュウの長だから。
 前は確かにサムの友でも、今では別の種族だから。


 そんな輩を許しはしない、と睨み付けたジョミーを隠した扉。
 彼が出て行った、今は閉ざされた扉。
 あれの向こうに続く通路を、どう行くのかは知っている。
 ミュウの女が持っていた知識、それを自分は垣間見たから。
 どう進んだら逃れられるか、道筋はとうに頭に叩き込んだから。
(…此処を出られたら…)
 サムの仇を討ってやろう、と誓った心。
 此処にはサムの友はいなくて、化け物が一人いただけのこと。
 星の自転も止められるような化け物が。
 遠い日に共に過ごした友さえ、躊躇わず壊す化け物が。
 サムの心を壊してしまった、ミュウの長、ジョミー・マーキス・シン。
(あいつを必ず殺してやる…)
 最初からそのために来たのだからな、と自分自身に誓うけれども、見えない道。
 今も扉は閉ざされたままで、自分は拘束されているから。
 この牢獄から出られない内は、宇宙へも逃げてゆけないから。


 けれど、必ず逃げ出してみせる。
 サムを壊してしまった化け物、あのミュウの長を消すために。
 この宇宙からミュウを一人残らず、跡形もなく焼き払い、滅ぼすために。
(…奴らは心を読むくせに…)
 肝心の心を誰も持ってはいないのだからな、と憎しみだけが募ってゆく。
 サムの名前は覚えていたのに、そのサムを壊してしまったジョミー。
 あれは化け物だと、存在してはならないのだと。
 何故なら、自分は忘れないから。
 サムを忘れていないからこそ、ジルベスターまで来たのだから。
(……この耳のピアス……)
 これが何かも知ろうともしない化け物めが、と心の中だけで吐き捨てた言葉。
 サムの血を固めたピアスと知っても、あいつの顔は変わるまいな、と。
 自分を捕えて、閉じ込めたジョミー・マーキス・シン。
 遠い日にサムの友だった彼は、今ではただの化け物だから。
 サムを平気で壊した化け物、壊した相手を気にも留めてはいないのだから。
(生かしてはおけん…)
 あいつも、ミュウも一人残らず、と睨み付ける扉。
 必ず此処から逃げてみせると、心を持たない化け物どもは、一人残らず焼き払わねば、と…。

 

          壊された友・了

※「サム・ヒューストンを覚えているか?」と、キースは訊いたわけですけれど。
 どういう答えが聞きたかったのか、どうして黙っていたのかが謎。それを捏造してみたお話。





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「まずは人質を一人、解放しよう。受け取れ!」
 そう言ってキースがブン投げた人質、片手でも投げられるトォニィ。
 シャングリラの格納庫から逃亡するべく、やったのだけれど。
(その手には乗るか!)
 年寄りを舐めるんじゃねえ、若造が! とキッと睨んだのがソルジャー・ブルー。
 ダテに長生きしてはいないし、ソルジャーの看板を背負ってもいない。
 あまりにも長く眠っていたから、身体にガタは来ているものの、判断力は至って正常。
 キースがポイと投げ捨てた子供、そっちに行ったら見えている負け。人質はもう一人残っているから、何の解決にもならない結末。
 だから一瞬で飛ばしたサイオン、まだその程度は使えるから。
(床に落ちたら、これでガードだ!)
 何処から落ちても守れる筈だ、とトォニィの周りに張ったシールド。
 それが済んだらマッハの速さで振り向いた先に、逃げてゆく地球の男が見えた。明らかに勝ちを確信している様子で、フィシスの手首を引っ掴んで。
「ブルー! ソルジャー・ブルー!」
 フィシスが悲鳴を上げているから、「落ち着け」と思念で送った合図。ついでに「黙れ」と。
『ブルー?』
 サッと思念波に切り替えたのがフィシス、「いいから黙れ」とリピートした。あまり消耗したくないから、これ以上は御免蒙りたい。
 でもって急いだ、キースが乗ろうとしているギブリへ。
 さっきトォニィの方へと行かなかった分、なんとか残っていた体力。
 キースは前しか見ていないから、余裕で追えた。自分も後から乗り込んだ後は、座席の陰に身を隠した次第。隙間からキースが見える場所へと。


 馬鹿め、と眺めた「逃げ切ったつもりの」地球の男、キース。
 ギブリはミュウが開発した船だからして、人類の船とは少しばかり違う。いくらメンバーズでも初見でサクッと発進は無理で、手間取っているのが面白い。
(しかし、マニュアルに忠実な奴…)
 わざわざフィシスにシートベルトを着けてやるのが、傑作の極みと言うべきか。どうせ生かしておく気も無いのに、もう人質の価値も無い筈なのに。
 このシャングリラから逃げさえしたなら、関係無いのが人質の生死。誰も確認しては来ないし、これが自分だとしたならば…。
(…ぼくだけシートベルトだな)
 人質の世話までやってられるか、と呆れてしまったマニュアル男。
 なにしろキースは、シートベルトの着け方だけでも四苦八苦していたものだから。
 自分の席のを着けるだけでも「なんだ、これは?」と悩みまくりで、やっと着けても他人の分を着けるとなったら、また一苦労。
(思いっ切りの時間ロスだし…)
 フィシスは放っておけばいいのに、と漏らした苦笑。「本当に馬鹿だ」と。
 そのキースはと言えば、今はエンジンと格闘中。「これか?」「こうすればかかるのか?」と。
 まあ、間違ってはいないけれども、なんとも命知らずな男。
 エンジンの掛け方も分からないような謎の機体で、宇宙に向かって逃げようだなんて。
(一つ間違えたら、死ねるんだけどね?)
 ただの人類なんだから、と思うけれども、あちらも必死なのだろう。
 此処で宇宙に逃げ損なったら、捕まって捕虜に逆戻りだから。


 フィシスには「黙れ」と言ってあるから、これから先はこっちのターン。
 余計なのが一人乗り込んだことに、キースは気付いていないのだから余裕は充分。かてて加えてミュウの特性、それが有利に働いてくれる。
(サイオンは、貸し借り可能なわけで…)
 その上、地球の男と同じ生まれなフィシス。元はミュウではなかった存在。ミュウに変えたのは自分のサイオン、だから余計に借りやすい。こうして隠れている間にも…。
『聞こえるか!?』
 シャングリラのブリッジに飛ばしたのが思念、直ぐに返って来た返事。
 「ソルジャー・ブルー!?」と、仲間たちのがドッサリと。それに応えてサクサク送信。
『格納庫に医療スタッフを寄越してくれ。子供が一人倒れている』
『子供ですか!?』
 あなたは何処に、と届いたキャプテンの思念、「まだ格納庫だ」と返してやった。
『もうすぐギブリが発進する。ぼくとフィシスも乗っているから、撃つんじゃない』
『どういうことです?』
『地球の男が、フィシスを人質に取った。ぼくは勝手に乗り込んだだけで…』
 まだ気付かれていないから、と送った途端に、やっと掛かったらしいエンジン。とはいえ、まだ開かないのが格納庫の出口、またまた苦労しているキース。
『まだ暫くはかかりそうだが…。地球の男と行ってくる』
『しかし、あなたは…!?』
『大丈夫。ダテにソルジャーをやってはいないよ』
 ジョミーは何処に、と訊いてみたらば、シャングリラにはいないとのこと。
 そういうことなら臨機応変、出たトコ勝負でいいだろう。サイオンは充分、使えるのだから。


 かくしてキースは、フィシスを人質に取ったつもりで逃げ出した。…シャングリラから。
 格納庫に置いて来たつもりのタイプ・ブルーが、乗り込んだとは気付かないままで。
 それも伝説のタイプ・ブルー・オリジン、彼に「ヤバイ」と思わせたミュウ。手段を選んでいる余裕など無いと、人質の子供をブン投げておいて逃げるべきだ、と。
 その厄介なタイプ・ブルーが乗っていた上、只今、順調にサイオンを回復中だというのが怖い。
(人質がフィシスだったというのが好都合…)
 他の誰よりも、ぼくとサイオンの相性がいいわけだから、とニンマリ笑っているブルー。
 そうとも知らないのが地球の男で、彼に何処からかコンタクトして来たのがミュウらしき部下。これは使えると思ったのだろう、地球の男は船の動力炉を暴走させた。
 早い話がギブリを爆破で、それに紛れて逃げる算段。部下のサイオン・シールドで。もう絶好のチャンス到来、颯爽と立ち上がったブルー。座席の陰から。
「…その辺で止まって貰おうか」
 格納庫でさっき自分が言われた台詞を、まるっとパクッて決め台詞。
「き、貴様は…!?」
 何故だ、と顎が外れそうになったのがキース、慌ててフィシスの首を掴もうとしたけれど。
 先刻ブルーが張ったシールド、フィシスに手出しは不可能だった。地球の男はまさにリーチで、動力炉は絶賛暴走中。
「この船から逃げるつもりのようだが…。せっかくだから、選ばせてやろう」
 此処に残って爆死するのか、ぼくと大人しく船に戻るか。
 選ばないなら、こちらで決める、とブルーが浮かべた笑み。「死んで貰うのが良さそうだ」と。
「ま、待て…!」
 少し考えさせてくれ、と地球の男が慌てる間に、船は爆発したものだから…。


『ブルー!?』
 其処へ折よく飛んで来たジョミー、実にナイスなタイミング。丁度いいから、フィシスは任せることにした。ブルーはと言えば、地球の男をガッツリ捕獲で、首に縄ならぬ自分の両手。
「さて…。このままギリギリ絞められたいか?」
 多分、絞め殺せると思うが、とグッと入れた力、動けないのが憐れなキース。
 そうする間に逃げてゆくのが、ミュウらしき部下が乗っている船。アレもあった、と思い出したから、「やってしまえ」とジョミーに顎をしゃくった。「アレを逃がすな」と、先のソルジャーの冷静さでもって。
 「はいっ!」と威勢よく返事したジョミー、フィシスをしっかり抱えたままで追い掛けて…。
 やや間があって起こった爆発、じきにジョミーは戻って来た。
 「やっぱりミュウが乗っていました」と、気絶している乗員をフィシスとセットで抱えて。
「マ、マツカ…!?」
 地球の男は部下を見るなり顔面蒼白、心拍数もドッと跳ね上がったけれど。
 ブルーがガシッと掴んだ首から、もうドクドクと血流の音が伝わるけれども、地球の男が諸悪の根源。ガクブルだろうが、心臓バクバクだろうが、知ったことではないわけで…。
「ジョミー、細かい話は後だ。とにかく、こいつを連れて戻ろう」
「そうですね! 利用価値があるかどうかは知りませんけど…」
 心が全く読めないもので、と困り顔のジョミー、「そうなのかい?」とキョトンとしたブルー。
 自分にかかればサクッと読めたし、生まれも分かってしまったから。
 きっとこの先も色々と読めて、利用価値だって、たっぷりだから。


 そんな最強のタイプ・ブルーに、捕獲されたのがキースの運の尽き。
 シャングリラに連れ戻された地球の男は、それはエライ目に遭わされた。
 地球の機密を吐かされた挙句、人質に取られてしまったオチ。
 「人質を一人解放しよう」と逃げた筈の船で、今度は自分と部下が人質。
 ミュウにしてみれば棚からボタモチ、もう早速にかけた脅しはこうだった。
 グランド・マザー宛てに、堂々と。
 「未来の指導者を捕獲しているが、これを処分していいだろうか?」と。
 グランド・マザーはビビッたけれども、キースの代わりに新しいのを育成するには、三十年近くかかるという悲しい現実。
 これではどうにもならないからして、飲まざるを得なかったミュウの要求。
 彼らが何処かへトンズラするまで、一切、攻撃しないこと。
 おまけに、ナスカことジルベスター・セブンで、シェルターに閉じ込められているキース。彼とマツカを回収するのは、ミュウの船が消えてから一週間後という条件も。
 グランド・マザーが歯噛みする間に、悠々と無傷で逃げてしまったシャングリラ。
 一週間が経って、もう良かろうと、グレイブことマードック大佐が救助に駆け付けてみたら…。
 シェルターの中のキースとマツカは、まるっとサクッと、身ぐるみ剥がれていたらしい。
 「縛るよりかは人道的だ」という、ソルジャー・ブルーの判断で。
 一週間も放置プレイなのだし、縛っておくのも気の毒だろうと、温情たっぷりの命令で。


 こうしてシャングリラはナスカから消えて、暫くの間は静かな日々が続いたけれど。
 後に人類が、ミュウにアッサリ敗北したのは、当然と言えば当然の結果。
 国家主席になったキースは、ミュウの怖さを嫌というほど、味わい尽くしていたわけだから。
 ソルジャー・シンの背後で院政を敷いた、伝説の男、ソルジャー・ブルー。
 彼に歯向かったら何が起こるか、知っていたから掲げた白旗。
 仰せにキッチリ従いますと、ノアでも地球でも、ご自由にお持ち下さいと…。

 

        ミスった人質・了

※ブルーがトォニィの方に行かなかったら、流れは変わっていたんじゃあ…、と。
 サイオンの貸し借りは多分出来る筈、ジョミーも「ソルジャー、生きて!」だったしね。





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(ぼくの故郷…)
 エネルゲイア、とシロエが手繰った自分の記憶。
 一日の講義を終えた後の部屋で、「大丈夫」と、「まだ覚えている」と。
 成人検査を受けた時から、おぼろに霞んでいる故郷。
 それが怖くて、こうして辿る。
 「まだ大丈夫」と、「忘れていない」と。
 大好きだった故郷は、ちゃんと心の中にあるから。
 どんなに霞んでしまっていたって、消えたわけではないのだから。
(パパとママがいて、ぼくの家があって…)
 たったそれだけ、その程度しか確かなことが無かったとしても。
 家が在った場所を示す住所を、まるで書くことが出来なくても。
(でも、覚えてる…)
 あそこがぼくの故郷だった、と思い出す「エネルゲイア」という名前。
 アルテメシアという星の上に、エネルゲイアは在ったのだと。
 自分は其処で暮らしていたと、毎日が幸せだったのだと。


 けれど、全てを奪われた。
 忌まわしいテラズ・ナンバー・ファイブに、あの憎らしい成人検査に。
 ピーターパンの本だけを残して、何もかもを。
 両親も家も、エネルゲイアという場所も。
 気付けば消されていた記憶。
 あんなに「嫌だ」と抵抗したのに、機械が消してしまった記憶。
 大人になるには、必要無いと。
 両親も家も、故郷も要りはしないのだと。
(…だけど、忘れてやるもんか…)
 こうして残っている分は。
 今も自分の中に残った、大切な故郷の記憶の欠片。
 顔さえ思い出せない両親、住所が分からなくなった家。
 それでも記憶は残っているから、好きだったことは忘れないから。


 穴だらけだろうが、欠けていようが、自分は自分。
 こういう記憶を持っている者、それが自分でセキ・レイ・シロエ。
 エネルゲイアの家で育って、ネバーランドを夢見た子供。
 両親がくれたピーターパンの本が宝物、今でも持っているほどに。
 成人検査を終えた後にも、此処まで持って来たほどに。
(ぼくは決して忘れやしない…)
 機械が何をしたのかも。
 記憶を消されてしまってもなお、自分を構成しているものも。
 両親が、故郷が好きだった自分。
 故郷の家も、風も光も。
 エネルゲイアの映像を見ても、何処か現実味が無いけれど。
 自分が確かに其処に居たこと、その実感が湧かないけれど。
 あそこが大好きだったのに。
 あの故郷から、故郷の空から、ネバーランドへ飛ぼうと何度も夢を見たのに。


(ぼくの好きな所が、一杯あって…)
 パパやママと一緒に行ったっけ、と思った所で途切れた記憶。
 いきなりプツリと切られたように。
 せっせと辿った道しるべの糸、その糸が消えてしまったように。
(…これは、何…?)
 どうして、と手繰ろうとした続き。
 両親と一緒に何度も出掛けた、大好きだった思い出の場所。
 お気に入りの場所は、と手繰った糸には先が無かった。
 鋭い刃物でブツリと切られて、あるいはハサミでチョキンと切られて。
 糸の先には、もう無かった道。
 お気に入りの場所は何処だったのかが、まるで記憶に無かったから。
 ただ「好き」としか、「好きだった」としか。
 其処がいったい何処にあるのか、それが分からないなら、まだいいけれど…。


 嘘だ、と見詰めた記憶の穴。
 心にぽっかり開いた空洞、何も覚えていない自分。
 両親と何処へ行ったのか。
 胸を高鳴らせて出掛けた先には何があったか、何を見たのか。
(……そんな……)
 そんな馬鹿な、と背中に流れた冷たい汗。
 いくら霞んでしまったとはいえ、故郷の記憶はある筈なのに。
 お気に入りの場所が何処にあったか、それはハッキリしなくても…。
(好きだったものは覚えている筈…)
 そう思うのに、糸はプツンと切れたまま。
 両親と何をしていたのか。
 どうして其処が気に入っていたか、何をするための場所だったのか。
 多分、子供が喜びそうな場所なのに。
 とても気に入って、何度も出掛けていた筈なのに。


(あれは何処…?)
 幼い頃から何度も行った。
 両親の手をキュッと握って、大はしゃぎして。
 自分一人では、上手く帽子も被れなかったほどの頃から。
 母が被せて、父が直してくれたりしていた頭の帽子。
(…帽子なんだし…)
 日よけの帽子で、それならば外。
 屋外の何処か、気に入りの場所はそういう所。
(…海とか、山とか…?)
 それだろうか、と思うけれども、記憶には穴が開いたまま。
 何も返ってこない反応、「それだ」とも、「それじゃない」とさえ。
 消された記憶を、自分は持っていないから。
 機械にすっかり奪い去られて、手掛かりさえも掴めないから。
(…海でも山でもないのなら…)
 公園だとか、と自分に向かって尋ねるけれど。
 他に子供が好きそうな場所は、と次から次へと挙げてゆくけれど。


 幾つ挙げても、「これだ」と思えない答え。
 他には、もう思い付かないのに。
 ピーターパンの本を広げて、端から拾っていったって。
 これだろうか、と指で言葉を指したって。
(…好きだった場所を…)
 ぼくは忘れた、と足元が崩れ落ちるよう。
 大好きな両親と何度も出掛けた、お気に入りの場所が出て来ない。
 いったい何を好んでいたのか、好きだった場所は何処だったのか。
 それの答えが何と出るかで、きっと何通りもある組み合わせ。
 海が大好きな子供だったら、泳ぎがとても好きだったとか。
 山が好きなら、木登りが得意だったとか。
(…遊園地に出掛けて行ったって…)
 好きだった遊具で変わるのだろう。
 セキ・レイ・シロエの子供時代というものは。
 今の自分が出来た切っ掛け、自分を構成しているものは。


(……酷い……)
 酷い、と失くしてしまった言葉。
 自分では「自分」を掴んでいるつもりだったのに。
 記憶がおぼろになっていたって、セキ・レイ・シロエは自分だと。
 此処にいるのだと、これがセキ・レイ・シロエだと。
 それなのに欠けている記憶。
 大切なものが、とても大切だった筈の部分が。
 今のシロエを築き上げたもの、幹とも言うべき自分の根幹。
 大好きで興味を示していた場所、其処で自分がやっていたこと。
 それを丸ごと忘れてしまって、何も残っていないだなんて。
 幼い頃から好きだった場所も、その場所でしか出来ないことも。
(…ぼくは、いったい…)
 誰なんだろう、と揺らぐ足元。
 今の自分を築いた記憶は、何も残っていなかったから。
 プツリと途切れた糸の先には、何もくっついてはいなかったから。


 ぼくは誰なの、と問い掛けてみても分からない。
 どうやって今のセキ・レイ・シロエが出来たのか。
 スポーツが好きな子供だったか、スポーツより読書が好きだったのか。
 そんな単純なことさえも。
 もしや、と記憶の糸を辿ったら、それも途切れて消えていたから。
 機械が消してしまったから。
(パパ、ママ…)
 教えて、と奈落の縁に立って震える。
 ぼくはどうやって育って来たのと、何処へ連れてってくれていたの、と。
 それの答えで、シロエが誰かが変わるから。
 お気に入りの場所に全てがあるのに、何も覚えていないから。
(……お願い、ママ、パパ……)
 ぼくに教えて、と零れ落ちる涙。
 自分が誰だか分からないよと、本物のシロエは何処にいるの、と…。

 

         ぼくは誰なの・了

※シロエの記憶の欠けっぷりからして、多分、こういう記憶も消えてるんだろう、と。
 どういう風に育って来たかは、大切だと思うんですけどね…。ごめんよ、シロエ。





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