「相変わらず、何も吐きそうにないな」
こいつの心理防壁はどうなっているというんだ、とジョミーが睨んだ地球の男。
ナスカで捕えたキース・アニアン、人類統合軍の犬。
グランド・マザーの命令を受けて、ミュウを殲滅しに来たメンバーズ・エリート。
分かっているのは、たったそれだけ。
意識を取り戻す瞬間に読んだ、ほんの僅かな情報だけ。
知りたいことは山ほどあるのに、まるで破れない心理防壁。読めない心。
(…こいつの心が読めさえしたら…)
歯噛みするだけの自分が悔しい。
もっと力があったなら、と。もっとサイオンが強かったならば、読めるのにと。
こうする間にも、人類の方では着々と…。
(…ミュウの殲滅計画を…)
きっと進めているのだろう。
先日、送り込まれて来たサム。アタラクシアでの幼馴染。
あの時点でもう、ナスカには目を付けられていた。
だから欲しいのが地球の情報、どう対処するのがベストなのか。
このままナスカに隠れるべきか、ナスカから一時撤退するか。
(…本当に、こいつが使えさえすれば…)
情報が手に入るのに、と思うけれども、心理防壁はどうにもならない。今日も駄目か、と溜息をついて、居住区へ戻って行ったのだけれど…。
銀河標準時間ではとうに夜更けで、照明暗めのシャングリラの通路。
其処を一人で歩いていたらば、「ちょいと」とブラウに手招きされた。「こっちに来な」と。
「ブラウ?」
何か用でも、と尋ねたら、「シーッ!」とブラウが唇に当てた人差し指。「声を立てるな」と。
なんだかアヤシイ雰囲気だけれど、呼ばれたからには行かねばなるまい。
(…ブラウの部屋じゃないようだけど…)
あそこはヒルマンの部屋だったんじゃあ…、と招かれるままに入った部屋。
案の定、其処はヒルマンの部屋で、「ようこそ、ソルジャー」と迎えてくれたのが部屋の住人。それにブラウとゼル機関長に、エラとキャプテン・ハーレイまでいる。
なんとも豪華な面子だからして、「えっと…?」とポカンと突っ立っていたら。
「まあ、座りたまえ」
秘密会議をしようじゃないか、と妙な提案。そう言われたって、会議なんかは聞いてもいない。
「…秘密会議だって?」
「ええ、そうです」
捕えた例の捕虜のことで…、とエラが大きく頷いた。「心が読めなくてお困りでしょう」と。
私たちも色々考えました、という言葉が少し頼もしい。
ヒルマンもエラも博識なのだし、その上、こういう豪華な面子。もしかしたら、何か解決策でも見付かったろうか、亀の甲より年の功とも言うのだから。
嫌が上にも高まる期待。ワクワクしながら椅子に座ったジョミーだったのだけれど。
「…びーえる…?」
なんだ、それは、と見開いた瞳。「びーえる」とは何のことだろう?
「BLだよ。…ボーイズラブとも言ったらしいね」
ずっと昔の地球で人気を博した代物なのだ、とヒルマンは言った。BL、すなわちボーイズラブとも呼ばれるブツ。なんでも男同士の恋愛、それが大いに人気だったらしい。
「…お、男同士…?」
ちょっとコワイ、と震えたジョミー。まるで分からない世界だから。
けれど、ヒルマンやエラの説明によれば、今の時代も好きな人間は後を絶たないとのこと。男にしか興味を持たないゲイとか、女もいけるバイなどの人種。
そういった人種に大人気なのが、その手の動画などの「お宝」。プロのものより、素人のヤツが好まれる傾向があったりもする。
「そこでだね…。あのメンバーズの男もだね…」
お宝映像を撮ってやってはどうだろうか、というヒルマンの言葉で腰が抜けそうになった。
今までの話の流れからして、撮るという「お宝」はBLな動画。それもメンバーズな地球の男を撮った代物、おまけにモノがBLだけに…。
「そ、その動画は…。あの男だけでは撮れない筈だな?」
男同士と言わなかったか、と返した質問、ヒルマンが「うむ」と振った首。それも縦に。
「もちろん、相手は必要だとも。…我々だよ」
君も当然含まれている、と聞いてガクンと外れた顎。「ぼくもだって!?」と。
想像もつかないBLの世界、其処へ飛び込んで行けと言うのかと。第一、BLと地球の男の心を読むこと、その二つがどう繋がるのかと。
そうは言っても、秘密会議には違いないから、震えながらも座り続けて…。
なるほど、と納得したジョミー。
地球の男の心理防壁は半端ないけれど、BLなら破れるかもしれない。
少々、いや、とんでもなく恥ずかしいけれど、やってみる価値はあるだろう。それにヒルマンやハーレイもいるし、ゼルだっているわけだから…。
「よし、その作戦を採用しよう」
やって良し! と出したゴーサイン。名付けてBL大作戦で、資料はドッサリ揃っていた。作戦開始までに頭にガッツリ叩き込むのが自分の仕事。
(うーん…)
ディープすぎる、と自分の部屋で唸った世界。ホントにコワイと、恐ろしすぎると。
(でも、やらないと…)
あいつの心は読めないからな、と腹を括って学んだBL。まさに未知との遭遇な世界。
(…やっぱり兄貴はハーレイだろうか…)
きっとハーレイが適役だよな、と思った兄貴。BLの世界で「攻め」とかいうキャラ。
ついでに自分も、「攻め」でいかなくてはならない。地球の男はタメ年っぽい感じだけれども、外見の年では自分の方が若いから…。
(年下攻め…)
でもって鬼畜の方がいいよね、と組み立ててゆく自分のキャラ。ただの年下では、インパクトが不足しているから。
年下の方が鬼畜で攻めだと、俄然、人気が出そうな世界。…BLワールド。
これでいこう、と鬼畜で年下攻めな自分を作ってゆく。サッパリ謎な世界ながらも、道具なども使うキャラにしようと。年上の男を泣かせて苛め抜こうと、それでこそ鬼畜なんだから、と。
同じ頃、ハーレイやゼルやヒルマン、彼らも自分の役作りというのに燃えていた。
ハーレイはジョミーが読んだ通りに「兄貴」の道を探究中。色々な「兄貴」がいるようだから、どういう兄貴がいいだろうかと。
ゼルとヒルマンも、自分のキャラを生かせる道を探っていた。BLの世界で演じるべきキャラ、自分を最高に生かせるキャラ。それを掴むべく、資料を広げて。
「むっ、これは…」だとか、「ワシのキャラじゃ!」だとか、鼻息も荒く。
エラとブラウも、それぞれの部屋で一人作戦会議。
どうやって場を盛り上げるべきか、地球の男をBLの世界に蹴り込むべきか。
心理防壁を破るためには、きっとBLが最適だから。お宝な動画に出演しろと言ってやったら、プライドも何も砕け散るのに違いないから。
こうして次の日、キースの尋問に出掛けて行ったのが秘密会議のメンバーたち。
「私は兄貴でいってみますよ」と自信に溢れるハーレイがいれば、「ぼくは年下攻めの鬼畜で」などと薄笑いを浮かべるジョミーも。
キースはと言えば、椅子に拘束されていたけれど、其処でヒルマンが取り出した注射器。
「フン…。自白剤か?」
そんなものが効くと思っているのか、と嘲笑うキースの腕に針がブスリで、薬液注入。キースは余裕の顔だったけれど、その前に進み出たジョミー。
「自白剤などは使っていない。…今のは気分が良くなる薬だ」
「なんだって?」
何を、とキースが睨み付けるから、ジョミーはフッと鼻で嗤った。「BLだが?」と。今の薬で気分が高揚するだろうから、その勢いで楽しもうと。お宝を撮影しようじゃないか、と。
「お宝だと?」
「そうだ。君はBLを知らないのか? 男同士の愛の世界で…」
今も人気だと聞いているが、とジョミーがペロリと舐めた唇。君を相手に撮影する、と。撮った動画は思念波通信で宇宙にバラ撒き、大々的に宣伝すると。
「わ、私でBLな動画を撮る気か…!?」
「いけないか? ちなみに、ぼくの役どころは年下攻めの鬼畜なキャラで…」
道具も色々使うんだけどね、と言った横から出て来たハーレイ。「私は兄貴で」と。ヒルマンやゼルも自分が組み立てた自慢のBLキャラを、熱く語ったものだから…。
「貴様ら、私にいったい何を…!!」
本気なのか、とキースがブルッた途端に、心に開いた僅かな隙間。心理防壁に入った亀裂。
さっきヒルマンが打った注射は、生理食塩水なのに。媚薬ですらも無かったのに。
BL作戦は見事に成功、地球の男はBLがよほど嫌らしい。恥ずかしい動画をバラ撒かれるのが好きな人間など、多分いないだろうけれど。
(今だ…!)
いける、とキースの心に飛び込んだジョミー。「お前の心を明け渡せ!」と、勢いをつけて入り込んだのに…。
(えーっと…?)
其処にいた若き日のキース。恐らく、メンバーズ・エリートになって間もない頃。
「ほほう…。いい尻をしてるじゃないかね」
私の部屋に来ないかね、とキースの尻を撫でている男。どう見ても本物のゲイな軍人。
「お、お断りします…!」
「いいのかね? 君の出世は私次第だと思うのだがねえ…?」
グランド・マザー直々に、お声が掛かるくらいになるまではねえ、と触りまくりのキースの尻。他にも色々、キースが過去に受けたセクハラてんこ盛りだから…。
(…こんな記憶を見せて貰っても…!)
何の役にも立たないと思う、とジョミーは大慌てで戻って来た。「これは酷い」と。
けれどキースは呆然自失で、目の焦点が合っていないような状態だから…。
(…そうか、BLだと、こうなるだけで…)
この作戦は使いようだな、と閃いたのがジョミーのアイデア。
BLでなくても、キースの心に凄いショックを与えてやったら、きっと中身が読めるんだ、と。
そんなわけだから後日、ジョミーが出直したことは言うまでもない。
自然出産児のトォニィを抱えて、颯爽と。
今度こそキースの本音を読むぞと、ミュウについての考え方を吐いて貰おうと…。
秘密の尋問・了
※ジョミーがトォニィを使って読んでた、キースの心。あれで読めると何故、知ってたのか。
前段階があるなら長老絡みかもよ、と思っていたらBLな尋問が来てしまったオチ…。