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「ぼくは自由だ。自由なんだ…!」
 いつまでも、何処までも、この空を自由に飛び続けるんだ…!
 それがシロエの最期の言葉。
 彼を乗せていた練習艇は、キースに撃ち落とされたから。
 木っ端微塵に砕け散った船、広がっていった衝撃波。それに爆発に伴う光も。

「…なんだ、今のは?」
 爆発したぞ、と広がる光を遠くで目撃した者が一人。…いや、もっと。
「何なんでしょうね、この宙域だと…」
 E-1077が近いんじゃあ、と答えた男。他にも数人、頷いている男たち。
「へえ…。エリート様の育成場所かよ、そりゃ面白い」
 何かあったに違いねえや、と男は「行け」と顎をしゃくった。さっきの光が見えた方へと。
「お、お頭…?」
「いいから行けと言っているんだ、船長の俺に逆らったら…」
 海賊の掟は分かってるよなあ、と凄む男は海賊だった。SD体制の社会からはみ出した男。他の者たちもそれは同じで、船の名前はジョリー・ロジャー。言葉通りに「海賊旗」。
「わ、分かりました…!」
 慌てて航路設定する者、データの収集を始める者。
 彼らを尻目に、「行け」と命じた船長は不敵に笑っていた。「いい日だよなあ?」と。
「さっきは宇宙鯨も見たしよ、今日はいい日になりそうだ」
 今の光も俺にはプンプン匂うんだよ、と肝が据わった船長だったのだけれど…。


 目指した宙域、其処に散らばっていた船の残骸。
 撃ち落とした方はとうに去って行ったのを確認したから、海賊船が来たとはバレない。
「気を付けて探せよ、絶対に何かありそうだからな」
 俺たちの役に立ちそうなモノが、というのが船長の勘。滅多に外れはしないものだから、自信に溢れてやって来た。いったい何が見付かるだろう、と。
 けれど…。
「お頭、あそこに…!」
 何か光が見えますぜ、と報告した部下の声は、直ぐに震え始めた。「ひ、人だ…!」と、まるで恐ろしいものでも見たかのように。
 それはそうだろう、光が見えるのは真空の宇宙。人がいる筈がないのだから。
「落ち着け、馬鹿。…ふうむ、人だな」
 だったらアレがお宝だろう、と船長の肝は据わりすぎていた。
 漆黒の宇宙に散らばる残骸、その中でぼんやり黄色く発光しているモノ。多分、少年。
 「回収しろ」と命令された部下たちは震え上がったけれども、逆らったら自分が放り出される。船から宇宙空間へと。宇宙服など着せては貰えず、身体一つで。
 そうなれば死ぬしかないのだから、と部下たちは淡い光を纏った少年を宇宙から拾って来た。
 「拾いました」と青ざめた顔で、「どうやら生きているようです」と。


 海賊船が回収したのは、もちろんシロエ。
 船が撃墜された瞬間、無意識に張っていたシールド。命よりも大切に思っていた本は、シールドごと他所に飛ばされた。爆発の時の衝撃で。
 シロエ自身も、意識して張ったシールドではなかったものだから…。
 爆発の後をキースが確認しに来た時には、微弱だった光。キースは気付かずに行ってしまって、それから強くなった発光現象。「此処にいる」と仲間に知らせるかのように。
 何故なら、仲間が来ていたから。…ミュウの母船が近付いてくれば、サイオンは共鳴し始める。
 それで強くなったサイオンの光、いわばSOSなのだけれど。
 残念なことに、シャングリラはまだ遠かった。先に来たのが海賊船。
 よってシロエは拾われてしまい、ジョリー・ロジャー号の獲物というわけで…。


 肝がやたらと据わった船長、彼はシロエの手当てが済んだら自分の部屋へ運ばせた。
 気絶しているだけらしい少年。衰弱が酷いようだけれども、じきに回復するだろう。少年だけに数日もすれば…、とベッドの上の獲物を眺める内に…。
「…此処は?」
 何処、と少年の瞼が開いた。光はとうに消えているから、ただの子供にしか見えない。瞳の色は菫色。夢見るようにぼやけた焦点。
「さてなあ? その前に答えて貰おうか。…坊主、名前は?」
「え…?」
 途端に冴えたシロエの意識。ダテにエリート候補生ではなかったから。
 正気が戻れば、自分が置かれた状況も分かる。E-1077ではないらしいことも、そういえば追われていたらしいことも。
(…キースの船が…)
 ぼくが乗った船を撃ち落とした、と気付いたら後は身構えるだけ。「新手なのか!?」と。
 どういうわけだか助かったものの、今度は別の所に収監されたのか、と。
「落ち着けよ、おい。…俺はお前の敵じゃねえ」
 お仲間といった所だろうさ、と笑った船長。「俺たちは、はみ出し者だからなあ」と。
 マザー・システムなんぞは糞くらえだと、メンバーズどもも御免蒙るね、と。


 そんなわけだから、シロエも直ぐに理解した。「本当に敵じゃないんだ」と。
 海賊船でも、自分を助けてくれたのだったら、文句を言えるわけがない。大切なピーターパンの本は失くしたけれども、命は拾ったのだから。
 その上、撃墜された時の衝撃、それで戻って来た記憶。子供時代をどう過ごしたか。
(…パパ、ママ…)
 ぼくは海賊になったみたい、と夜な夜な部屋で苦笑する。「お前は此処だ」と貰った部屋。
 昼の間は海賊見習い、エネルゲイアとE-1077で教わった技術はついて来たから…。
「シロエ、こいつはどうなっている?」
 他の奴らじゃ手に負えねえ、と船長に名指しで頼まれる仕事。ハッキングなどといった作業。
「はいっ!」
 直ぐにやります、と交代したら、それは素晴らしいスピードだけに…。
「見ろよ、お宝だっただろう? 俺の勘には間違いねえんだ」
「で、でも…。あいつ、光ってたんですよ?」
 それに宇宙で生きてました、と腰が引けていた部下たちだって、時間が経てば慣れてくる。妙な出会いをしたというだけ、シロエは全く無害なのだし、強いて言うなら…。
「いい加減に覚えて下さいってば! この手のシステムというヤツはですね…!」
 こうやって、こう、と海賊相手にも怒鳴り散らすという気の強さ。
 ついでに喧嘩も負けていないし、小さいくせに腕が立つ。元がエリート候補生だから。
 そうとなったら、海賊たちにも可愛がられる。マスコットよろしく、「シロエ、シロエ」と。


 海賊船に乗ってしまったセキ・レイ・シロエ。
 なまじミュウだから、拾われた時から全く成長しないまま。他の仲間が年を重ねてもチビ。
「お前、どうやらアレだよなあ…。やっぱ、ミュウだな」
 仲間の所に帰るんだったら送ってやるが、と船長は言ってくれたのだけれど。
 「もう充分に役に立ってくれたし、ミュウどもの勢力も広がったからな」と下船の許可も貰ったけれども、一宿一飯どころではない恩の数々。
(それに、ミュウって言葉も知らなかったくせに…)
 助けてくれたのが船長。あの頃は「M」と口にしていた。「お前の正体、Mじゃないか?」と。
 お尋ね者では済まないのがM、人類からすれば端から抹殺すべきもの。
 それでも船長は「お宝だから」と自分を拾って、立派な海賊に育ててくれて…。
(…まだまだ恩は返せてないよね?)
 もっと頑張って恩返しを、とシロエが励んだ海賊稼業。
 あちこちの星がミュウの手に落ちても、首都惑星ノアが陥落しても。
(キース先輩…)
 いつかゆっくり、あなたと話したいんですけれど、と思い出すのは国家主席になった人。
 彼の正体を知ったお蔭で、狂いまくりになった人生。
 けれども自分は死んでいないし、両親や故郷の記憶も戻って、海賊船を降りた時には…。
(パパとママに会いに行くんだから…)
 あの懐かしいエネルゲイアへ、子供時代を過ごした家へ。
 「ネバーランドに行って来たよ」と、珍しいお土産を山のように持って。


(本当にネバーランドに来ちゃった…)
 自分は今も子供のままだし、乗っているのは海賊船。
 船長の名前はごくごく普通で、「フック船長」ではないけれど…。
(パパとママには、ネバーランドで通じるよね?)
 ぼくのことは覚えている筈だから、と楽しみな、いつか故郷へ帰る日。
 そうする前には、国家主席になったキースに会いに行こうか、さっき演説を聞いたから。
 たまたま仲間が点けたモニター、其処で流れていたものだから。
(ミュウが進化の必然ね…)
 それも是非とも先輩と話したいですね、と思ったシロエの夢は叶わなかった。
 キースは地球で死んでしまって、それきりになってしまったから。
 ついでにミュウの長のソルジャー、そちらも地球で斃れてしまって代替わりで…。
(…今更、ミュウの船に行っても…)
 なんだか色々と遅すぎる気が、としか思えないから、まだ暫くは海賊船の乗組員でいい。
 船長は「海賊も、もう時代遅れになっちまったな」と言っているから、じきに引退するだろう。船の仲間も引退だろうし、その時は…。
(ぼくも引退して、家に帰って…)
 パパやママと一緒に暮らすんだ、とワクワクするのが土産物リスト。
 両親の好物を色々揃えて、養育している女の子には何を持ってゆこうか?
 「初めまして」と「君のお兄ちゃんだよ」と、差し出すリボンがかかった箱。
 ぬいぐるみがいいか、人形だろうか、それとも美味しいお菓子だろうか。
 女の子の好みは分からないや、と今日も頭を悩ませる。
 もうじき会えるだろう妹、その子に何をあげようかと。海賊だったことは内緒か、土産話に披露してみるか。「海賊船に乗っていたんだよ」と。全く年を取らないままで。
 それもいいよねと、「ネバーランドに行って来たんだから、話せば喜ばれるかもね」と…。

 

         拾われた少年・了

※正統派(?)シロエ生存ED。多分、一番無理がないのが、こういうルート。
 ピーターパンの本が爆発の中でも残るんだったら、シロエ本人も生存可能な筈なのよ、と。






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(全ての者が等しく地球の子ね…)
 そして仲間だと言われてもね、とシロエが浮かべた皮肉な笑み。
 E-1077に連れて来られて、もうどのくらい経ったろう?
 けれど未だに出来ない仲間。いない友達。
(欲しいとも思わないけどね?)
 ぼくの方から願い下げだよ、と思う「仲間を作る」こと。
 それに「友達」、どちらも要らない。
 手に入れたいとも思いはしないし、いつでも一人きりの自分。
 何処へ行っても、何をする時も。
 一人で暮らすよう定められた個室、それ以外の場所にいる時も。
(みんな、嫌いな奴ばかりだ…)
 初対面の時からそういう印象、だから誰とも繋がらない。
 チームを組むよう強制されたら、仕方ないから従うけれど。
 くだらないことで減点などはされたくないから、組んでおくチーム。
 けれども誰の指図も受けない、自分からだって指図はしない。
(どうせ、どいつも…)
 機械の言いなりになった人間、全ての者たちが等しく「地球の子」。
 生まれ故郷で育ててくれた両親よりも、マザー・イライザを選んだ者。
 それが「地球の子」、どうやら此処では。
 他の教育ステーションでも、基本は同じなのだろう。
 其処を治めるコンピューターを、親の代わりに慕う者たち。
 そういう人間が「地球の子」ならば、自分は「地球の子」でなくてもいい。
 どうせ地球には幻滅したから。
 地球に行くには、大切な過去を捨ててくるしか無いのだから。


 ネバーランドよりも素敵な場所だ、と父が教えてくれた「地球」。
 「シロエなら行けるかもしれないぞ」という父の言葉で、胸が躍った。
 きっと行こうと、いつか必ずと。
 そうすれば父も喜ぶだろうし、母も喜んでくれるだろうと。
(…なのに、地球って…)
 地球に行くための第一段階、エリートが行ける教育ステーションに入ること。
 自分の夢は叶ったけれども、あまりにも大きすぎた代償。
 夢の星の地球に行き着くためには、支払わねばならない「過去」という対価。
 子供時代を、育った故郷を、両親のことを忘れること。
 自分の過去を捨て去ること。
 それが地球への第一歩だった、何も知らずに憧れたけれど。
 其処へ行きたいと願ったけれども、支払わされてしまった対価。
(…パパ、ママ…)
 顔だって思い出せやしない、と唇をきつく噛みしめる。
 故郷の景色もぼやけてしまって、本物かどうか怪しいもの。
 その上、忘れてしまった住所。
 子供だった自分が住んでいた家、其処の住所が思い出せない。
 文字を初めて覚えた頃には、得意になって書いたのに。
 アルテメシアのエネルゲイアの、その先までもスラスラと。
 けれど今では書けない住所。
 手さえも覚えていてくれなかった、あんなに何度も書いていたのに。
 幼かった自分が繰り返し書いて、両親に見せては自慢したのに。


 過去を失くしたと気付かされた時、もう此処に来る船にいた。
 ピーターパンの本だけを持って、他の何人もの候補生たちと。
 此処に着いたら、行くように言われたガイダンス。
 その時に映し出された映像、この世界のシステムを解説するもの。
 養父母たちの姿も映っていたのに、「パパ」や「ママ」と口にする者もいたのに…。
(全ての者が等しく地球の子…)
 そう聞かされた途端、誰もが変わった。
 促されるままに手を取り合って、和やかに始まった自己紹介やら会話やら。
 誰一人として、もう両親を思い出そうとはしなかった。
 育ての親より仲間が大切、此処で友達を作ることが大切。
 アッと言う間に出来たグループ、そうでなければ二人組とか。
(でも、ぼくは…)
 入りそびれた「地球の子」たちの輪。
 何故だか「違う」と思ったから。
 自分は彼らと同じではないと、「地球の子」とやらにはなれそうもない、と。
 あの時、心が求めていたのは映像の中にいた養父母たち。
 彼らの姿は、何処もぼやけていなかったから。
 今はぼやけて思い出せない、自分を育てた両親の顔。
 父が、母の顔が、あの映像のように鮮やかに思い出せたなら、と願っただけ。
 どうして映像の養父母たちは「違う人」なのかと。
 彼らの代わりに「父」を、それに「母」の姿を、映して見せて欲しかった。
 そうしてくれたら、二度と忘れないのに。
 ほんの一瞬、映し出されただけにしたって、生涯、忘れはしないだろうに…。


 映像の中には「いなかった」両親、多分「映っていなかった」故郷。
 其処に焦がれて、焦がれ続けて、今も入れない「地球の子」たちの輪。
 入りたいとさえ思わないけれど、こちらから願い下げだけど。
(…あんな連中と一緒だったら…)
 きっと、こちらまで毒される。
 「朱に交われば赤くなる」という言葉通りに、自分自身も染まってしまう。
 機械の言いなりになって生きる姿に、過去の自分を捨ててしまった人間たちに染まってゆく。
 自分でもそうとは気付かない内に、じわじわと毒に侵されて。
 毒を少しずつ摂取したなら、毒が効かなくなるのと同じ。
 いつの間にやら「これは毒だ」と思わなくなって、気付かないままにすっかり「地球の子」。
 両親を、それに故郷を忘れて、マザー・イライザを母と慕って。
(…そんな風になるくらいなら…)
 独りぼっちで生きる人生、そちらの方がよっぽどマシ。
 友達が一人もいなくても。
 「仲間」と呼べる者もいなくても、チームメイトの中でさえ孤立していても。
 それが自分の生き方なのだし、寂しいと思うことはない。
 一人きりの日々に満足だけれど、ふとしたはずみに思うこと。
 自分は昔からそうだったのかと、故郷での自分はどうだったかと。
(エネルゲイアの学校だって…)
 此処と同じに、大勢の同級生たちがいた筈。
 彼らの中でも一人だったかと、自分は孤独だったのかと。
 友を作りはしなかったのかと、「友達」は誰もいなかったのかと。


(ぼくの友達…)
 両親さえも覚えていないし、友達の顔を覚えている筈もないけれど。
 きっとそうだと思うのだけれど、どうしたわけだか、次々と頭に浮かぶ顔。
 それに名前も、時には何処のクラスの子かも。
(…全ての者が等しく地球の子…)
 そのためだろうか、友達の記憶がまるで消されていないのは。
 何処かで彼らと出会った時には、もう一度手を取り合えるように。
 「また会えたな」と、「久しぶりだ」と。
 同じ故郷で育ったのだと、また友情を築けるように。
(…余計なお世話って言うんだよ…)
 こんな記憶がいったい何の役に立つんだ、と思うけれども、実際、役に立つらしい。
 此処での候補生の中にも、「幼馴染」と組んでいる者がいるようだから。
 「あいつと、あいつは同郷だってよ」などと噂も耳にするから。
 そういうケースを聞く度に覚える激しい苛立ち。
 「友達なんか」と、「そんなものが何の役に立つ?」と。
 けれど、此処ではそうなのだろう。
 大人の社会で生きてゆくには、「両親」よりも「友達」が大事。
 故郷には二度と戻れないから、両親と暮らせはしないから。
 もう手の届かない世界よりかは、これからも共に生きられる仲間。
 だから機械は「過去」を残した、両親の代わりに「友達」を。
 何もかも全て消しはしないで、「友達」だけは残しておいて。
 「友達」はいつか役に立つから。
 もう用済みの「両親」などより、遥かに意味があるものだから。


 それが機械の判断だけれど、だから故郷では「友達」を持っていたようだけれど…。
(こんな記憶なんか…)
 捨ててしまってかまわないから、両親を覚えていたかった。
 何を捨てるか選べるのならば、友達の方を捨てたと思う。
 同じ過去なら、要らないものは「友達」だから。
 それは無くても生きてゆけるから、現に自分はそうなのだから。
(地球の子なんかに、なれなくていいから…)
 なりたくもないから、要らない友達。
 どうせ友達を作らないなら、不要なのだろう「友達」の記憶。
 思い出すだけで腹が立つから、普段は記憶の海に沈める。
 瓶に詰め込んで、海の底深く沈めてしまって、知らないふり。
 けれども、たまに…。
(ぼくに友達はいたんだろうか、って…)
 考えるとこうして思い出すから、もう考えない方がいい。
 友達なんかは欲しくもないし、この先も、きっと作らないから。
 自分は一人で生きてゆくから、孤独に生きてゆきたいから。
(…ぼくには友達なんか、一人も…)
 いやしないんだ、と自分自身に言い聞かせる。
 ずっと昔からいはしなかったと、これから先もいないのだと。
 機械が「友達」を勧めるのならば、そんな「友」など要らないから。
 独りぼっちでかまわないから、忘れてしまいたい故郷の「友」。
 記憶の海の深淵の底に、瓶に詰めて沈めてしまいたい。
 二度と浮かんで来ないよう。
 二度と苛立たなくて済むよう、永遠に思い出せないように…。

 

        友達の記憶・了

※シロエが作らない「友達」。それに「仲間」も。欲しいと思うことも無いから。
 けれど故郷ではどうだったのか、と考えてみた話。友達の記憶は残るみたいですしね?






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(またまた勝手に決めちゃって…)
 酷いよね、とジョミーは地味に怒っていた。
 ミュウの船へと連れて来られて、なるしかなかったソルジャー候補。
 なにしろ、自分が悪いのだから仕方ない。
 ミュウたちを導く立場のソルジャー、それを半殺しの目に遭わせたから。…自分のせいで。
 家に帰ろうと船から飛び出し、好き勝手にした結果がソレ。
(…だから、仕方がないんだけれど…)
 今も臥せっているソルジャー・ブルー。
 最強のサイオンを誇るという彼、彼と自分の二人だけしかいないらしいのがタイプ・ブルー。
 他のミュウだと戦えないから、ソルジャー・ブルーの強烈な推しでソルジャー候補なのだけど。
 そういう立場になったのだけれど、如何せん、「候補」。
(…他に候補はいないくせにさ…)
 候補だから、と仕切りまくるのが長老たち。
 今日も今日とて、「おはようございます」と現れたリオ。
 親切な兄貴分だけれども、彼も長老には絶対服従。毎朝、部屋に届けに来るのが…。
(……スケジュール表……)
 今日はこうか、と溜息しか出ない。
 サイオン訓練の時間が山ほど、他の時間もミュウの歴史に帝王学にと、てんこ盛り。
 身体は一つだけしかないのに、ギュウギュウ詰めのスケジュール。
(それに、こっちの都合なんかは…)
 まるで聞いてもくれないんだから、と不満たらたら、怒りMAX。
 ほんの少しだけ、自分の意見を聞いてくれたら…。
(ちょっとくらいは…)
 ぼくだって前向きな気持ち、と思ったりもする。
 「休憩時間は此処で欲しい」とか、「ここの予定を入れ替えたい」とか。


 たった一言、「これでいいか」と確かめて欲しい自分の意見。
 一方的に決めて来ないで、柔軟に。
(疲れて動きたくない日だってあるから…)
 そういう時には訓練は無しで、ひたすら座学にしてくれたならば嬉しい気分。
 疲れた身体で下手に頑張るより、効率だって良さそうな感じ。
(だけど、意見は…)
 ただの一度も聞いてくれずに、リオがスケジュール表を持って来るだけ。
 来る日も来る日も、「おはようございます」と爽やかに。
 「よく眠れましたか?」と、「今日のスケジュールはこれになります」と。
 なんとも辛くて、自由が無いのがソルジャー候補。
 部屋に帰ればオフだけれども、そのオフでさえも自分の意見は通らない。
 「今日は早めに上がりたいのに」と思っていたって、スケジュール表が先に立つから。
 この時間まで、と決められた時間、それが来ないと部屋には帰れないから。
(…これって、真面目に辛いんだけど…!)
 たまにはぼくの意見も聞いてよ、とフツフツと腹が立ってくる。
 長老たちが何処でスケジュールを決めているかは、まるで知らないのだけれど…。
(直訴したなら…)
 いけるかもね、と思わないでもないスケジュール。
 多分、自分がオフの間に集まって決めているだろうから、乗り込んで。
 「ぼくの意見は、こうなんだけど!」と主張して。


 それもいいかも、と考えた直訴。
 思い立ったが吉日と言うし、もう早速に怒鳴り込みたい気分。
(…今日のスケジュールをこなしたら…)
 直訴しよう、と決意を固めた。
 とはいえ、長老たちは何処に集まっているのだろう…?
(会議室かな…?)
 そういう部屋もあったよね、と知っているから、その日のオフを迎えた後。
 「ここまでにしよう」とヒルマンが講義を終えて、立ち去ってから…。
(…確か、こっちで…)
 頃合いや良し、とノックしてみた会議室の扉。
 けれどもシンと音もしないし、人の気配さえ無さそうな感じ。
(ぼくが来たから、黙ったとか…?)
 だったら勝手に入らせて貰う、と勢いよく開け放ってみた扉。
 ところが其処には誰もいなくて、灯りも点いていなかった。薄暗い部屋があるばかり。
(…此処じゃなかったわけ?)
 それなら長老たちの部屋か、と端から突撃していった。
 まずはキャプテンの部屋から始めて、ゼル機関長で、ブラウ航海長。お次がヒルマン、それでも誰もいないからして、エラの部屋まで行ったのに…。
(…何処にもいない…?)
 謎だ、と傾げてしまった首。
 途中でブリッジも覗いたけれども、長老たちはいなかったから。…キャプテンだって。


 いったい何処に、と心当たりを探しまくっても、長老たちは見付からない。
 もう闇雲に駆け回る内に、バッタリとリオに出くわした。
『どうしました、ジョミー?』
 リオの思念はとても優しくて、その瞬間に閃いたこと。
 いつもスケジュール表を届けに来るのはリオだし、もしかしたら、と。
「あのさ、リオ…。長老たちって、何処にいるわけ?」
 ぼくのスケジュールを何処かで決めてる筈なんだけど、と尋ねたら「ええ」と頷いたリオ。
『この時間なら、そうですね。…いつもの所においでですよ』
「それって何処!?」
『M3号ですが…』
「ありがとう、リオ! それって、何処から行けるのかな?」
 M3号という部屋に覚えが無いから、訊いてみた。リオは答えてくれたけれども…。
『ジョミー、何をしに行くんです? あの部屋は…』
「どうせ立ち入り禁止区域とか言うんだろう? ソルジャー候補は!」
 だけど行くんだ、と駆け出した。
 「待って下さい!」と止めるリオの思念を振り切って。
 もうキッパリと無視して走って、広いシャングリラの中を走り続けて…。
(……M3号……)
 此処か、と眺めた普通の扉。「なんだ、居住区と変わらないじゃん」と。


 ソルジャー候補は入れないらしい、M3号という長老たちが集う部屋。
 けれど扉はごくごく普通で、どちらかと言えば…。
(凄く親しみやすい感じで…)
 憩いの空間でもある居住区に激似、恐るるに足らずといった雰囲気。
 きっと長老たちだけが使う、プライベートな部屋なのだろう。休憩室とか、そんな具合に。
(此処でお茶とか飲みながら…)
 ぼくのスケジュールを決めているんだ、と思ったら何だかムカついてくる。こちらは毎日、そのスケジュールに追われまくって、意見も聞いては貰えないのに。
(だけど、此処まで来たんだしね?)
 直訴あるのみ、とノックもしないでバアン! と扉を開け放ったら…。
「なんじゃ、いきなり」
 無礼なヤツじゃな、と振り返ったゼル。…思った通りに飲み物を手にしているけれど…。
(…どうなってるわけ!?)
 此処って、バスルームだったわけ、と丸くなった目。
 何故ならゼルは、長老の衣装を纏う代わりにバスローブ一丁だったから。
「えーっと…」
 失礼しました、と慌てて返した踵。リオが止めたのも、バスルームならば無理はない。お風呂でスケジュールを決められるのは空しいけれども…。
(ズカズカ入っていい場所じゃないし…)
 直訴どころじゃないよね、きっと、と部屋から出ようとした瞬間に…。
「ちょいとお待ちよ、何の用だい?」
 話くらいは聞こうじゃないか、とブラウ機関長が現れた。これまたバスローブ一丁で。
 「せっかく来たなら、アンタも楽しんで行くといいよ」と。


 こうして招き入れられた部屋。長老たちが集うM3号。
「パンツはワシのを貸してやるでな。…ちとキツイかもしれんがのう」
 男性用の更衣室はあっちじゃ、とゼルに渡された水泳パンツ。…そう、どう見ても水着。
「これって…?」
 どうして水泳パンツなんですか、と質問したら、「サウナだからじゃ!」と返したゼル。
「此処はそういう部屋なんじゃ。M3号と言ったら、サウナパーティーじゃ!」
「……サウナパーティー?」
 何ですか、それ、と見開いた瞳。
 サウナだったら知っているけれど、サウナパーティーとは何だろう?
「知らないのかね? 元々は地球の北欧にあった習慣なのだよ」
 ヒルマンが解説してくれた。
 仲良くなるならサウナが一番、いわゆる裸の付き合いなるもの。
 サウナの中でじっくりゆっくり、温まりつつ楽しく歓談。合間に外で軽い食事や飲み物なども。
「…此処って、そういう部屋なんですか?」
「うむ。アルタミラからの生き残り組の憩いの場だな」
 ソルジャー・ブルーもお好きなのだ、とキャプテン・ハーレイが浮かべた笑み。
 「今は臥せっておられるから無理だが、お元気な時には此処がお気に入りだ」と。
「…ふうん…?」
 あんな超絶美形でもサウナに入るのか、と驚いたジョミー。
 偉そうなソルジャーの制服を脱いで、水泳パンツで寛ぐサウナ。外へ出たってバスローブ一丁、その格好で食事に飲み物なのか、と。


 ミュウの長なソルジャー・ブルーはもとより、キャプテンや長老といった面々。
 他のミュウとは違うんです、と一目で分かる偉い連中、彼らが催すサウナパーティー。
(…凄く意外だけど…)
 思ったよりも話の分かる人たちかも、と弾んだ心。
 会議室に集まるわけではなくて、サウナだから。裸の付き合いでのんびり歓談、スケジュールも其処で決めるのだから。
(これなら、ぼくの意見も聞いて貰えそう…)
 きっと話せば分かってくれる、とウキウキ着替えた水泳パンツ。長老たちはサウナの中に戻って行ったし、いざ自分も、と足を踏み入れた途端…。
(…え?)
 何これ、と疑ったサウナの暑さ。有り得ないほどに暑かったから。
「ようこそ、ジョミー・マーキス・シン」
 此処へどうぞ、とエラが案内してくれた席に座ったけれども、噴き出す汗。サウナは、こんなに暑かったろうか…?
(クラクラする…)
 っていうか死にそう、と思った所へ聞こえた声。
「流石はソルジャー候補じゃのう…。M3号の伝統も引き継げそうじゃ」
「そうだな、我々くらいしか楽しめないのがM3号だし…」
 アルタミラで実験動物をやっていた間に鍛えられすぎて、と交わされている恐ろしい会話。
 曰く、サウナは200℃が基本。
 中でも「通」のソルジャー・ブルーが入った時には…。


(…石ストーブに水をぶっかけて、蒸気…)
 それでもうもうと上がるのが湯気、暑さ倍増。
 ソルジャー・ブルーはそれが好みで、付き合える面子はキャプテンと長老の四人だけ。
(有り得ないから…!)
 あの人、何処が弱かったわけ、という心の声を最後に暗転した視界。
 次に目覚めたら部屋のベッドで、リオが看病してくれていて…。
『ですから、お止めしたんです。…M3号はとても無理です、と』
「…それ、早く言って…」
 まだ身体中が煮えてるみたい、と息も絶え絶えに訴えたら。
『…手遅れです、ジョミー。…長老たちは期待しておられますから』
 これからは毎日、サウナパーティーで裸の付き合いだと仰っておられました、という話。
 おまけにソルジャー・ブルーも乗り気で、回復したら入りに来るそうだから…。
(…サウナパーティーの通で、石ストーブに水…)
 そんな人に付き合わされたら死ねる、と思ったけれども、既に手遅れ。
 M3号に入ってしまった後だし、サウナパーティーも知ってしまったから…。
(……ぼくの人生……)
 明日からサウナでアルタミラ体験、とガクガクブルブル、憩いの空間、M3号。
 実験動物だった時代に無駄に鍛えられた、長老たちやらソルジャー・ブルー。
 その連中と一緒にサウナで、気分は実験動物だから。
 歴史で習っただけの世界を、明日からサウナでガンガン体験させられるから…。

 

         憩いのサウナ・了

※地味に原作から引っ張ったらしい、「M3号」と「200℃」だというサウナの温度。
 いや、アルタミラの生き残り組ってタフそうだから…。こんな世界もアリなのかも、と!






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(二階級特進させて貰ったが…)
 メギドの件もお咎め無しなのだがな、とキースが歪めた唇。
 ジルベスター星系からノアに戻って来た夜、自分のためにある部屋で。
 事故調査に出掛けて、遭遇したミュウ。
 最初の一人は自覚すらも無しに、人類軍の中にいた。
 偶然パスした成人検査。
 自分が何者なのかも知らないままで、劣等生のふりをしていたマツカ。
 彼に殺されかかったけれども、スパイならばともかく、ただのミュウでは…。
(私を殺せるわけがない)
 無謀とも言えたマツカの攻撃。彼にとっては命が懸かっていたのだけれど。
 失敗した後には、震え、泣くことした出来なかったマツカ。
 彼の姿にサムが、シロエが重なって見えた。…どうしたわけだか。
 だから殺さず、ジルベスターまで連れて行ったら…。
(並みの人類より、役に立ったというのがな…)
 なんとも皮肉な話だけれども、ミュウのマツカに救われた。
 ただ一人きりでジルベスター・セブンまで、行方不明の自分を捜しにやって来た彼に。
 そればかりか、メギドでも救われた命。
 あの時マツカが、自分を追って来ていなければ…。
(ソルジャー・ブルーと心中させられていたぞ)
 まず間違いなく、巻き添えになっていただろう。捨て身でメギドを沈めたミュウの。
 ソルジャー・ブルーが破壊したメギド。
 本来だったら、あれほどの兵器を失った自分は降格処分か、左遷だろうに。
 それが当然だと思っているのに、咎められることは無くて特進。
 グランド・マザーは、どれほど自分を買っているのか。
(…有難く思うべきなのだろうが…)
 余計なことだ、と覚える苛立ち。
 この先もきっと、自分が歩いてゆくだろう道は…。


 グランド・マザーの手の中なのだ、と心の中で吐き捨てる。
 そうやって歩いてゆくのだろうと、それ以外に歩める道などは無いと。
(…マツカは連れて帰って来たが…)
 これからも側に置くのだがな、と決めている実に役立つマツカ。
 彼がミュウだとグランド・マザーに悟られたならば、ゲームは自分の負けになる。
 もしもマツカが処分されたら、あるいは連行されたなら。
(…そのくらいのゲームは許して欲しいものだな)
 他に自由は無いのだから、と零れる溜息。
 自分はグランド・マザーの手駒で、そのように動かされてゆくだけ。
 それに不満を覚えた所で、どうすることも出来ない自分。
 ならば行くしか無いのだろう。
 この道の先が何処であろうと、何が自分を待っていようと。
(…私はそういう訓練を受けた)
 だから従う、と考えはしても、最初から答えは決まっていても。
 どうにも落ち着かない心。
 メンバーズとして繰り返し訓練を受けたこの身でも、軍の規律を思い出しても。
(……ソルジャー・ブルー……)
 奴のせいだ、と分かってはいる。
 初めて自分を負かした男に、またしても負けを味わわされた。
 傍目には自分の勝ちだけれども、ソルジャー・ブルーは倒したけれど…。
(…自分の命を捨ててまで…)
 メギドを沈めて死んでいった男。
 きっと永遠に彼に勝てない、彼のように生きることは出来ない。
 指導者としての自分の立ち位置、それを捨ててまで戦い、そして散るなどは。
 自分の信念を貫き通して、命までさえ捨て去ることは。


 そういう教育は受けていない、と胸に湧き上がる悔しさと怒り。
 定められた道を進むことしか教えられずに生きて来た自分。
 E-1077でも、メンバーズになってからの日々でも。
 従うことが自分のやり方、生きる道だと無理やり納得させて来た心。
(…マツカを生かして…)
 機械の鼻をあかしてやった、と束の間、酔っていた勝利。
 ジルベスター・セブンから生還した後、功労者のマツカを国家騎士団に転属させて。
 マツカの正体が知れているなら、けして通りはしない許可。
(グランド・マザーでも、気付かないという所がな…)
 してやったり、と思っていたのに、それが自分の「自由」の限界。
 マツカが救いに駆け付けたメギド、あの時、命を拾ったばかりに…。
(…もう、この先は…)
 きっと前線には出てゆけない。
 ミュウが相手でも、二度と出来ない命のやり取り。
 それをしようと目論んでみても、他の者が派遣されるから。
 上級大佐になった自分は、指揮官としてしか生きてゆけない。
 前線に派遣するべき人材、それを選んでは配属するだけ。
 もしも自分が殺されるようなことがあるのなら…。
(…暗殺だけということか…)
 自分の昇進を妬む輩に毒を盛られるか、車や部屋ごと爆破されるか。
 そんな死に方しか出来はしなくて、生きてゆく甲斐もない命。
 指揮官だったら、いくらでも代わりはいるのだから。
 たとえ自分が斃れたとしても、次の誰かが任に就くだけ。
 まだ前線に立っていたなら、充分な働きが出来るだろうに。
 ミュウの母船を追って追い続けて、宇宙の藻屑にすることさえも。


 けれど出来ない、その生き方。
 グランド・マザーは指揮官の道を用意したから、其処を歩んでゆくしかない。
 だから苛立ち、心が騒ぐことになる。
 ソルジャー・ブルーを思い出したら、彼の死に様を思ったら。
(…伝説のタイプ・ブルー・オリジン…)
 どう考えても、ミュウの社会では頂点に立つ男だったろう、ソルジャー・ブルー。
 人類で言えば国家主席にも等しい存在、けして前線には出てゆかない筈。
 それが人類の社会なら。
 人類が定めた枠の中なら、グランド・マザーの采配ならば。
(しかし、あいつは…)
 それをものともしないで出て来た、自分の立場を考えないで。
 あるいは自ら捨てて来たのか、ミュウの連中にも「否」と言わせはせずに。
 ミュウどもがそれを許したのならば、羨ましいとも思う生き方。
 思いのままに生きていいなら、望む場所で死んでゆけるなら。
 あのような立ち位置に置かれていてさえ、己の心に忠実に生きて死ねるなら。
(…ミュウというのは、皆そうなのか?)
 マツカは弱いミュウだけれども、遠い昔に、ああいうミュウを知っていた。
 当時はミュウとは知りもしないで、E-1077を卒業してから知ったこと。
 セキ・レイ・シロエ。
 自分がこの手で殺した少年、シロエもまたミュウの一人だという。
 あのステーションにいた「Mのキャリア」は彼しかいない。
 軍の噂では、そのMは処分されているから。
 同時期に在籍していた候補生の一人が、Mのキャリアの船を撃墜したそうだから。
(…私とシロエ以外に、誰がいるんだ?)
 今は廃校になったE-1077、其処で起こったと流れる噂。
 Mのキャリアはシロエでしかなくて、その船を撃墜したのが自分。
 シロエは自分の意のままに生きて、意のままに死へと飛び立って行った。
 あの頼りない練習艇で。…武装してなどいなかった船で。


 セキ・レイ・シロエの鮮烈な生き様、それを彷彿とさせるミュウ。
 メギドに散ったソルジャー・ブルー。
 彼は自由に生きたというのに、死に場所を選び取ったのに。
 自分はといえば、もはや選べはしない死に場所。
(…暗殺されても、死に場所を選べはしないのだ…)
 自分の意志とはまるで関係無く、道半ばにして殺されるのが暗殺だから。
 この生き方を選ばされたなら、せめて全うしたいのに。
 志を遂げて散ってゆきたいのに、暗殺者どもは一顧だにしない。
 ある日、突然に訪れる終わり。
 それを望んではいないというのに、爆弾で、あるいは盛られた毒で。
(…あいつのようには、もう生きられない…)
 ソルジャー・ブルーが生きたようには、最期まで戦士であったようには。
 よくも名付けたものだと思う、「ソルジャー」というミュウの長の称号。
 言葉通りに、戦士として生きたソルジャー・ブルー。
 そうして宇宙に散ったけれども、まるでシロエのようだったけども。
(…私には、けして…)
 あの生き方は許されない、と分かっているから苛立つばかり。
 どうしてこういう道に来たかと、何故、この道を進むのかと。
 何ゆえに此処を歩いてゆくかと、逃れられる術を自分は知っている筈なのに、と。
(シロエのように生きたならばな…)
 機械の言いなりにならない人生、それを自分が選び取ったら訪れる終わり。
 シロエも、それにソルジャー・ブルーも、マザー・システムに逆らい続けて散ったから。
 其処を進めば彼らのように生きてゆける、と承知だけれども、選べないから苛立つしかない。
(…いつか終わりがやって来るまで…)
 死の方から自分を訪ねて来るまで、生きてゆくしかないのだろう。
 いくら死に場所を探し求めても、自分の意志では選べないから。
 そう生きる道を進むしかなくて、生きてゆく道はグランド・マザーの手の中だから…。

 

         出来ない生き方・了

※グランド・マザーの意志に従い続けるのがキース、けれど感情はあるわけで…。
 シロエやブルーの影響はきっとある筈なんだ、と思っているのが管理人。駄目っすか?






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(…最後まで、私は一人か…)
 其処で途絶えたキースの意識。崩れゆく地球の地の底深くで。
 全ては終わって、最期を迎えた筈なのだけれど…。
(…何処だ?)
 ノアか、と目覚めた青空の下。
 地球に青空などある筈がないし、いつの間にノアに来たのだろう、と。
 ついでに…。
(ずいぶん呑気に寝ていやがるな…)
 生きてやがるし、と眺めた自分の隣。どう見ても生きて寝ているジョミーが転がっていた。
 燦々と照り付ける太陽と青空、それにジリジリ焼ける砂浜。
 どう考えてもノアだけれども、誰が此処まで運んだのか。それに運んだなら、砂浜なんぞに放置しなくても良さそうなのに。
(私もジョミーも、致命傷だったぞ?)
 治療したなら、最後まで責任を持って欲しい、と頭の中で文句を垂れる間に、目の前をカサカサ通ってゆくカニ。なんとも和やか、小さなカニがハサミを振り振り…。
(ちょっと待て!)
 カニ、とガバッと起き上がったキース。そのカニはノアにいない品種で、いる筈もなくて…。
 何処なんだ、と見回してみたら、浜辺に干されている漁網。それに粗末な掘っ立て小屋と、木で出来た舟が幾つかあるから驚いた。浜に引き上げてある舟はどう見ても…。
(時代劇か!?)
 此処でロケ中なのか、と思った舟のスタイル。それは和船で、SD体制よりも遥か昔の、日本と呼ばれた国に限定の小型船で…。
「おい、ジョミー!」
 起きろ、と乱暴に相棒を叩き起こす間に、ガヤガヤと寄って来た野次馬。これまた立派に日本な衣装とヘアスタイルの団体だったから…。


 てっきりロケだと考えたのに、あまりにも妙な野次馬の台詞。
 「お奉行様を呼ばないと」だとか、「切支丹バテレン」がどうのとか。
(…お奉行様にキリシタンだと…?)
 江戸時代だぞ、と速攻でキースが弾き出した答え。ダテにコンピューターの申し子ではないし、知識の量は半端ない。…本人が使っていなかっただけで。
「ヤバイぞ、ジョミー。…此処は天国ではないようだ」
「なんだって!?」
 そういえば痛いか、とジョミーが抓った自分の頬。それから、まじっとこちらを眺めて…。
「でも、天国だろう? 君が若返っているんだから」
 ナスカに来た頃がそんな感じ、と指摘されて顔を触ってみたら、違っているのが肌のハリ。
(…若返ったなら、天国はこういう仕様なのか…?)
 死んだことが無いから知らなかった、とポカンと眺めた江戸時代な世界。確かチョンマゲ、そう呼ばれていたヘアスタイルがデフォらしいけれど…。
(私もジョミーも…)
 チョンマゲになっていないんだが、と解せない間に、来てしまったのが岡っ引。
 「貴様ら、切支丹バテレンだろう!」とお縄になって、しょっ引かれる羽目になったけれども。


「あっさりと無罪放免だったな?」
 拷問は覚悟していたんだが、とジョミーに言ったら、「それはまあ…」と返ったウインク。
「これでも一応、ミュウの長だし…。その辺の所はプロってことで」
 ひとつ、とニンマリ。
(…心理操作か…)
 でなければ何か書き換えたんだな、と理解した。敵意丸出しだった奉行所の連中、その辺の心象などをまるっと。
「なるほどな…。そこまではいいが、これから、どうする?」
 天国どころか江戸時代だぞ、とジョミーに解説してやった。しかも江戸の町にいるようだ、と。
 E-1077で、マザー・イライザに一方的に流し込まれた知識。
 それを総動員して分析の結果、自分とジョミーは「花のお江戸」に飛ばされたらしい。
「江戸って…。死んだと思ったら、次は江戸時代になると言うのか?」
「そのようだ。おまけに普通に…」
 腹も減るらしいな、と情けない気分。
 この世界では浮きまくりの衣装とヘアスタイルの方はともかく、食べて行こうにも無いのが金。
(…あそこで団子を売ってるんだが…)
 団子の値段はいくらだったか、と思っても金は持っていないし、ジョミーのサイオンに期待するしかないのだろうか、と溜息だけれど。
「ちょいと、アンタら、異人さんかね?」
 団子屋の女将に声を掛けられた。「異人さんなら、薬を持っていないかねえ?」と。


 それが切っ掛け、馴染んでしまった江戸の町。粋に着物も着こなして。
「キース、風邪薬が切れそうだから…」
 風邪薬の材料はどれだったっけ、とガサゴソとやっているジョミー。二人暮らしの長屋の中で。
「いい加減に覚えてくれ。風邪薬がそっちで、腹痛がだな…」
 それと材料の調達の方も忘れるなよ、と返すキースは町医者。ジョミーは助手という立場。
 なにしろマザー・イライザ仕込みの知識があるから、務まった医者。
(団子屋の女将に頼まれた時に…)
 薬も金も持っていないが、と乗ってやった相談。女将が自分で手に入れられる材料、それを元に薬を作ってやった。ジョミーのサイオンも借りたりして。
(サイオンを使えば、成分の抽出が可能だからな…)
 出来てしまった抗生物質、劇的に治った団子屋の女将の幼い息子。
 お蔭で、女将が今の長屋を世話してくれた。「腕のいい医者だ」と評判も立って、気付けば今や江戸の住人。
(その辺の医者に負けはしないぞ)
 華岡青洲がなんぼのもんだ、と全身麻酔もドンと来い。
 相棒はミュウの長だからして、薬が無くても全身麻酔をかけられる。サイオンだけで。
 もう評判は江戸中に広がり、上様からお呼びがかかる日だって近そうだけれど…。


 ある夜、すっかり夜も更けた頃に、ドンドンと扉を叩く音がした。
 「先生、キース先生!」と。
「…なんだ?」
 ジョミーと二人で起きて行ったら、みすぼらしい身なりの男が一人。腕に抱えた大根一本、他に持ち物は見当たらなくて。
「すみません、こんな夜の夜中に…。それに金も無くて…」
 この大根がもう唯一の財産で、と男はガバッと頭を下げた。
 男が言うには、一人息子の具合が悪い。金も無いから寝かせておいたら、今や高熱で命の危機。けれど財産は大根一本、この大根が前払い金で…。
「後は死ぬまで働きますんで! 先生のトコで!」
 下働きでも何でもします、と泣き付かなくても、子供くらいは救ってやれる。
「いや、大根はどうでもいいから…。息子さんが治ったら煮てやるといい」
 行くぞ、とジョミーに持たせた薬箱。
 男に連れられて行った長屋では、幼い子供が苦しんでいた。どうやら肺炎、今なら間に合う。
 まずは薬で、熱が下がるまでジョミーと二人で世話してやって…。
「もう大丈夫だ。後はこっちの薬をだな…」
 一日に三回飲ませてやって…、と渡して「礼はいいから」と後にした家。「お大事に」と。
 さて…、と長屋の方へと歩き出したら…。


「…なんだ!?」
 いきなりストンと抜けた足元、気付けば雲の上にいた。…ジョミーとセットで。
 ついでにすっかり江戸に馴染んだ、着物スタイルも消滅で…。
「キース先輩!」
 お疲れ様でした、と向こうから駆けて来るシロエ。その向こうにはサムだって。
「おーい、キース! ジョミーも、久しぶりだよなー!」
 マジでお疲れ、とサムに肩を叩かれ、ジョミーの方にもミュウな連中。
 遥か昔にメギドでガチンコ勝負をしていた、ちょっと恐ろしいソルジャー・ブルーとか。
「…天国か?」
 此処は、と訊いたら、それで正解。だったら、どうして江戸時代などにいたのだろう…?
 天国に来るには、あそこを必ず通って来ないといけないだとか、と考えていたら。
「君が医者ねえ…。美味しい所を、地球の男に持って行かれるとは…」
 残念だよ、と嫌味ったらしいソルジャー・ブルー。「ぼくの後継者を差し置いて」と。
「…美味しい所だと? どういう意味だ?」
「君が助けた、あの子供だよ。…大根は要らない、とタダで治した、あの子供がね…」
 実は世界を変える子供だ、という説明。
 助けた子供は普通に生きて、後には江戸の町火消し。…けれども、彼の遥か後の子孫が…。


「ミュウ因子の根絶を防ぐだと!?」
 そういうオチか、と仰天した。
 グランド・マザーに与えられていた、絶対命令。それはミュウを殲滅することだけれど、もっと容易にミュウを滅ぼす方法はあった。ミュウ因子そのものを排除すること。
 それが出来ないよう、グランド・マザーに組み込まれなかったプログラム。
 最後まで揉めたミュウ因子の扱い、「それを残せ」と決めた人間が、あの子供の子孫。
「…じゃあ、あの子が…。ぼくたちミュウの大恩人の…」
 御先祖様か、とジョミーも丸くしている目。
 それを助けに、ぼくとキースが江戸時代まで行ったのか、と。
「…そのようだ。私は人生を懸けて、ミュウと戦い続けていたが…」
 その切っ掛けを自分が作ったのか、と泣き笑い。
 死んだ後まで江戸で町医者、ジョミーと二人で救った何人もの患者。何故、町医者かと、何度も不思議に思ったけれども、このためかと。
 評判と腕を上げに上げまくって、一人の子供とミュウの未来を救ったか、と。
(…人生、最後まで分からんものだな…)
 ミュウの連中も「お疲れ様」と大歓迎だし、これからパーティーらしいけれども、やっと天国。
 なんとも長い道のりだった、とフウと溜息。
 死んだ後まで長かったよなと、まさかジョミーと江戸の長屋で町医者なんて、と…。

 

          江戸の町医者・了

※キースとジョミーの珍道中。…花のお江戸で長屋の住人、町医者なキースなんですけど。
 それでもキッチリ、アニテラとリンク。これも一種のタイムスリップ…?






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