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(あと三年と…)
 何ヶ月なんだ、とシロエが部屋で折ってみた指。
 このステーション、E-1077を卒業できる日までの日数は、と。
(…まだ、かなり先…)
 それでも昨日よりかは一日減った、という気分。
 たまに、こうして夜に数える。思い立った日に、残りの日々を。
 毎日などは、とても数えていられない。そんなことをしたら、持たない神経。
 「気が強いシロエ」を演じてはいても、本当の中身は「子供時代のまま」だから。
 両親の姿を夢に見た日は、「パパ、ママ…」と涙を零すような子供。
 その大切な両親の記憶を機械に消されて、もうどのくらい経つだろう。
 目覚めの日から今日までの日数、それを四年から引いた残りが「卒業できる日」までの日数。
 悲しい数字を伴う計算、毎日のようにやりたくはない。
 そうでなくても、今は地獄の日々だから。生き地獄を生きているのだから。
(…マザー・イライザ…)
 今も何処かで監視している、あの憎い機械。
 母の姿を真似て現れる、恩着せがましいコンピューター。
 今の自分は「あれ」の言いなり、従わされて生きてゆくしかない。
 どんなに抗い、逆らってみても、「従っている」自分の姿が見えてくる。
 少しばかり距離を置いたなら。…今の「自分」を見詰めたら。
 優秀な成績を収めたならば、マザー・イライザの思惑通り。憎い機械の意のままの自分。
 E-1077というステーションは、エリートのための最高学府。
 より優秀な者が出るほど、マザー・イライザの評価が上がる。
 機械に鼻は無いのだけれども、鼻高々になるマザー・イライザ。
 優秀な生徒が現れる度に、素晴らしい候補生たちを育てて、此処から送り出す度に。


 そう、自分だって、マザー・イライザの手駒の一つ。
 マザー・システムを痛烈に批判してみても、成績優秀な生徒だったら…。
(…ぼくをコールして、叱ったことさえ…)
 地球の上層部に隠しておいたら、マザー・イライザは無失点。
 むしろ褒められもするだろう。
 地球を治めるグランド・マザーに、「よくやりました」と。
 「そのままシロエを育てなさい」と、「今後に期待しています」とも。
 じきに卒業するキース・アニアン、「機械の申し子」と呼ばれるほどの未来のメンバーズ。
 彼の成績を幾つも抜いた自分は、どう考えても「優秀」だから。
 キースよりも四年遅れて此処を出てゆくエリート、そうなるだろう理想の候補生。
 いい成績を取れば取るほど、マザー・イライザを喜ばせる。
(ぼくの態度を隠しさえすれば…)
 二人目のキースとも呼べるエリート、それを「育成中」だから。
 反抗的な今の態度も、「いずれ収まる」と思っていそう。
 何度もコールを繰り返していれば、思いのままに導いたなら。
 逆らおうと足掻き続ける激しい感情、それに終止符を打てたなら。
(そう簡単に…)
 言いなりになんかなりやしない、と唇をきつく噛むけれど。
 機械に操られてたまるものかと思うけれども、きっと今日だって「喜ばせた」。
 キース・アニアンが残した記録を、また一つ自分が塗り替えたから。
 E-1077始まって以来の点数を取って、教官に褒められたのだから。


(ぼくは、マザー・イライザを喜ばせるために…)
 勉強しているわけじゃない、と叫んでみたって、結果が全て。
 「セキ・レイ・シロエ」という優秀な候補生、それを擁するステーション、E-1077。
 グランド・マザーへの報告の度に、マザー・イライザは得意満面だろう。
 「キースの次にはシロエがいます」と。
 「四年後にはシロエを送り出します」と、「優秀なメンバーズになってくれるでしょう」と。
 自分の成績が上がってゆくほど、マザー・イライザの評価も上がる。
 つまりはマザー・イライザの手駒、キースと何処も変わりはしない。
(従順な生徒か、そうでないかというだけで…)
 このステーションから送り出せたら、マザー・イライザには「同じこと」。
 とても優秀なメンバーズを育て、無事に卒業させたのだから。
 将来の地球を導く人材、それを「二人も」送り出したことになるのだから。
(…ぼくが勉強すればするほど…)
 マザー・イライザを喜ばせる。…マザー・イライザの評価が上がる。
 なんとも皮肉な話だけれども、それが真実。
 「いつか機械に復讐する」ために積んでいる努力、懸命に目指すメンバーズ。
 その先に続くだろう道だって、順調に歩むつもりだけれど。
 キースを追い越し、蹴落としてやって、国家主席に昇り詰めるのが目標だけれど。
(…国家主席になって、機械を止める時まで…)
 機械に奪われた記憶を取り戻す日まで、きっと傍目には「機械の言いなり」。
 上手く躱して生きていたって、機械の目から見たならば…。
(…成績優秀な候補生の後は、とても優秀なメンバーズ…)
 そういう存在でしかない自分。
 ドロップアウトでもしない限りは、マザー・イライザの「自慢の生徒」。
 何処まで行っても「マザー・イライザが育てた生徒」で、その烙印は消えてくれない。
 いつか機械に牙を剥くまで、機械に「止まれ」と命じる日まで。


 まだ三年と何ヶ月もある、此処での日々。
 マザー・イライザに力ずくで抑え込まれる屈辱、それに歯を食いしばって耐える年月。
 ようやっと自由になれる日が来ても、今度はグランド・マザーが来る。
(メンバーズは、グランド・マザーの直属…)
 どんな形で抑えに来るのか、果たして自分は逆らえるのか。
 今でさえもマザー・イライザの手駒、抗い、もがき続けていても。
 力の限りに逆らっていても、結果だけを見れば「マザー・イライザの勝利」でしかない。
 マザー・イライザの評価が上がって、喜ばせているだけだから。
 いい成績を取れば取るほど、そうなるから。
(…それと同じ日々が、これから先も…)
 無限に続いてゆくのだろうか、このステーションを卒業したら…?
 メンバーズになって、グランド・マザーの直属の部下になったなら…?
(……嫌だ……)
 今の地獄がまだ続くなんて、とギュッと拳を握ったけれども、それ以外には見えない道。
 もしもドロップアウトしたなら、地球への道は開けない。
 国家主席になれはしなくて、失くした記憶は取り戻せない。
 機械に「止まれ」と命じる力も、その権限も、持てずに何処かで力尽きるだけ。
 ただのつまらない軍人になるか、教官にでもなって終わりの人生。
(…それだと、本当に機械の言いなり…)
 生きた証もありやしない、と思ってはみても、それが嫌なら地獄への道。
 いつ果てるとも知れない道を、ひたすら歩んでゆくしかない。
 E-1077で三年と何ヶ月かを過ごして、卒業したらメンバーズ。
 マザー・イライザの手から自由になったら、今度はグランド・マザーの手の中。
 そうしてもがいて、もがき続けて、いつになれば自由になれるのだろう?
 いったい何年、茨の道を歩き続ければいいのだろう…?


(…考えただけでも、気が滅入りそうだよ…)
 此処での三年と何ヶ月かの残り日数、それさえも「永遠」に続くかのように見えるのに。
 まるで果てのない道に見えるのに、まだその先へと続く地獄の日々。
 いくら歩いても終わりが見えない、「機械の手駒」として生きてゆく道。
 それに自分は耐えられるのか、上手く歩んでゆけるのか。
(……歩くしかないなら、歩くけれども……)
 誰か終わりを教えて欲しい、と折ってみる指。
 何年耐えれば、国家主席になれるのか。
 子供時代の記憶を全て取り戻して、憎い機械を止められるのか。
(…それさえ分かれば…)
 まだ耐えようもあるというのに、と考えてみても、見えない「終わり」。
 自分の未来は果てのない地獄、E-1077を卒業しても。
 メンバーズの道に足を踏み入れ、エリートとして歩み始めても。
(……全部、傍目には機械の言いなり……)
 そして機械が得をするだけ、と分かっていたって、歩くしかない。
 この屈辱にまみれた道を。
 機械に頭を押さえつけられ、這いつくばって進む、泥の中に伸びてゆく道を。
 いつか見えるだろう「終点」までは、此処から逃れられないから。
 国家主席になりたかったら、機械の手駒として生きる他には、道は何処にも無いのだから…。

 

          機械の手駒・了

※本当は別の意味で「マザー・イライザの手駒」だったシロエ。連れて来られた時から。
 けれどシロエは知らないわけで、いい成績を取れば取るほど地獄。機械の手駒。








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(力だけではソルジャーになれん、って…)
 ゼルのヤツ、言ってくれるじゃん、とジョミーは部屋でへこんでいた。
 今日も今日とて、長老たちは「集中力が持続しない」だのと言いたい放題。来る日も来る日も、ひたすら訓練。サイオンに磨きをかけているのに…。
(力だけでは、って言われても…)
 他にいったいどうしろと、と嘆くしかない。
 ソルジャー候補に据えられたけれど、現ソルジャーのブルーとの差は月とスッポン。もちろん、月はブルーの方だし、スッポンは自分に決まっている。
(あっちは超絶美形でカリスマ…)
 比べて、ぼくは超平凡で、と言われなくても分かる自分の限界。
 アタラクシアでソルジャー・ブルーの夢を見ていた時から、もう「敵わない」と悟った敗北。
 夢に出て来た美少女なフィシス、相手役のブルーは「絵に描いたような」二枚目キャラ。それもスキルが半端ない美形、顔立ちに加えてアルビノと来た。
(…アルビノってだけでも、ビジュアル五割増しだよね…)
 いやいや、此処は八割だろうか、もっと上がって九割だろうか。
 透き通るような肌と銀色の髪もさることながら、あの神秘的な赤い瞳が凄すぎる。誰の心だって鷲掴みだろうし、第一、赤い瞳の持ち主なんて…。
(そう何人もいないってば…)
 せめてブルーがアルビノでなければ、と陥ってしまうドツボな思考。
 アルテメシア上空でブルーに見せられた過去の記憶では、サイオンに目覚める前のブルーは…。
(普通に金髪で、水色の目で…)
 あのままだったら、ビジュアル勝負になったとしたって、今よりは健闘出来ただろう。顔立ちやパーツで負けていたって、「神秘的」というアルビノ効果が無かったら。
(…いくらブルーがカリスマだって…)
 今ほどの差は開かないんじゃあ、と溜息しか出ない。
 そうは思っても、アルビノ効果はバッチリだから。ブルーの魅力をググンとアップで、あれには勝てっこないのだから。…アルビノではない自分には無理。平凡なカラーの自分では。


 日頃から感じるコンプレックス、「勝てやしない」と思うカリスマ。超絶美形な現ソルジャー。
 事あるごとに落っこちるドツボ、今日だってゼルが落としてくれた。
 「力だけではソルジャーになれん」と、容赦なく。
 ゼルは言葉にしなかったけれど、心の中では、きっと思っているのだろう。「クソガキが」と。
 「どうして、こんなガキに従わねばならんのじゃ」とも。
(…どうせ、超絶美形じゃないし…)
 顔もカラーも平凡ですよ、と今日もグチグチ。「ぼくもアルビノだったら」と。自分にも欲しいアルビノ効果に、アルビノ補正。
(…ぼくだって、赤い瞳なら…)
 どんなにアップしただろう。神秘的なイメージ、それに加えて近寄り難さ。
 金髪に緑の瞳のジョミーは、ごくごく平凡なキャラだけれども、銀髪に赤い瞳だったら…。
(…一気に神秘的だよね?)
 今よりもずっと、と零れる溜息。
 いっそ脱色しようかと。髪の毛の色を抜いてしまえば、きっといい感じに銀髪になる。
(でもって、美白効果のある何か…)
 化粧品には疎いけれども、注文したら部屋に届けて貰えそう。それでせっせとお肌の手入れで、抜けるような肌を手に入れる。ブルーにも負けない、真っ白な肌を。
(もうそれだけで、今より相当いい感じ…)
 銀髪に透き通るような肌。其処へ緑の瞳だったら、その緑色も引き立つ筈。
 ブルーの赤い瞳がルビーのようだと言うなら、こちらの瞳はエメラルド。まるで野生のヒョウのような瞳、負けてはいないという気がする。ブルーの「赤」に。
(…白い肌で銀髪、でもって瞳が緑色…)
 いい感じじゃん、と自分でも思う。
 本物のアルビノ効果には及ばないまでも、少しくらいは近付けるのでは、と。
 そういうビジュアルに変化したなら、「ごく平凡なジョミー」もイメチェン出来そうだよ、と。


(えーっと…?)
 念のために、と鏡の前に立ってみた。真っ白な肌で銀髪のジョミー、それをイメージ。
 こんな感じ、と思い描いて、自分の顔と姿に被せて、ガッツポーズ。
(ブルーが神秘の赤で来るなら、ぼくは神秘の緑色だよ!)
 いける、と覚えた確かな手応え。
 本物のアルビノになるのは無理でも、美白に脱色、それで一気に「神秘のジョミー」。
 その姿ならば、他のミュウたちも一目おいてくれるだろう。「平凡なジョミー」の今よりは。
(よーし…!)
 やるぞ、と固めたイメチェンの決意。
 まずは美白で白い肌から、そこそこ効果が出てきたら…。
(…髪の毛を脱色して、銀髪…)
 それで出来上がる「神秘のジョミー」。ソルジャー・ブルーに負けないカリスマ。
 顔立ちは今と変わらなくても、雪のような肌に透ける銀髪、其処へ緑の瞳だから。エメラルドの色に輝く瞳は、野生のヒョウだか、あるいは雪の女王だか。
(…雪の女王は女だけどさ…)
 雪の王様じゃイメージがイマイチ、と「雪の女王」にしておいた。
 同じ雪でも、神秘的な雰囲気を醸し出すのは、圧倒的に「雪の女王」だから。「雪の王様」だと白髪のジジイで、年寄りっぽいイメージだから。
(…野生のヒョウで、雪の女王なジョミー・マーキス・シン…)
 そのビジュアルならブルーに今ほど負けはしない、と溢れる自信。
 太陽のような今の金髪も好きだけれども、ブルーに惨敗し続けるよりは、銀髪なジョミー。
(…肌の色だって、今は健康そのものだけど…)
 ブルーみたいに白くなったら、間違いなく得られる「儚げ」な感じ。
 ミュウは虚弱な者が多いし、やたら「健康的」な肌より、ちょっと病的なくらいが良さそう。
(美白に、脱色…)
 それでいこう、と心に決めた。
 「力だけではソルジャーになれん」とゼルも言ったし、ビジュアルの方も頑張らないと、と。


 こうして方針は定まったけれど、問題は美白。それから脱色。
(髪の毛を脱色するだけだったら…)
 きっと自力でも何とかなる。その効果がある薬品を調べて、船の倉庫から失敬したら。
 それに髪の毛だし、専用のアイテムもありそうな感じ。自分は最初から金髪だけれど、他の色の髪に生まれた女性が金色の髪に染めるケースもあるのだし…。
(金髪を銀髪に変えられる脱色剤とかだって…)
 存在しているのに違いない。シャングリラにだって、同じアイテムがあっても不思議ではない。
 女性はお洒落が好きなものだし、茶色の髪より金髪がいい、と脱色だとか。そういう女性が多くいるなら、ニーズがあるのが毛染めや脱色。
(そっちは楽勝なんだけど…)
 情報さえゲット出来たら楽勝、けれど美白はハードルが高い。なにしろ相手は化粧品。
 どう考えても女性が愛用しているアイテム、それも毎日使っていないと効果を実感出来ない筈。手抜きしたなら、たちまち前の「健康的な肌」に逆戻り。
(…化粧品なんか、どうやって…)
 何処からゲットで、継続的に使えばいいのだろう?
 女性だったら問題なくても、男性の自分が美白用の化粧品なんて…、と悩んでいたら。
『…ジョミー?』
 何か悩みがあるのかい、と届いた思念。
 抜けるような肌のブルーから。アルビノ効果をMAXに背負った、超絶美形のカリスマから。
「ブルー!? えっとですね…」
 化粧品って何処で貰えますか、と思わず滑ってしまった口。ついウッカリと本音がポロリ。
 ブルーはと言えば、「化粧品?」と、暫くポカンとしていたけれど…。
『…分かった。ぼくのような肌になりたいわけだね?』
 君は、と確認の思念が来たから、「はい!」と答えた。「でないと駄目です」と。
 今のままでは「平凡なジョミー」で、「力だけでは、なれない」ソルジャー。ビジュアルだって大切なのだし、自分なりに決意したのだから。ブルーに負けない人になろう、と。
「お願いします! ぼくは、少しでもあなたに…」
 近付きたいと思うんです、と真正面からぶつけた決意。ブルーは納得してくれて…。


(…寝る前に、まずはクレンジングで…)
 これを使って洗い流しながらマッサージ、とジョミーが眺める洗面台の鏡。自分の部屋で。
 顔にたっぷりとクレンジングクリーム、「これがいいよ」とブルーが教えてくれたもの。
(透き通るような肌になりたかったら、毎日の努力が大切で…)
 ブルーも手入れを欠かさないんだものね、と教わった通りにマッサージ。それは丁寧に。
 超絶美形なブルーが言うには、「美白は一日にして成らず」らしいから。あの透き通るような、美肌の方も。
(…アルタミラからの脱出直後は、ブルーもお肌ガサガサで…)
 エラやブラウが見かねて手入れしてくれたという。「せっかくの美形が台無しだから」と。
 そうこうする内にブルーも覚えた、お肌の手入れ。
(ソルジャーになって、超絶美形なカリスマでいようと思ったら…)
 どんなに疲れている時だって、お肌の手入れは念入りに、と親切なブルーは教えてくれた。
 「君が自分で気付いたのなら、これから頑張ってゆけばいい」と。
 美白効果のある化粧品はコレとコレで…、と揃えて部屋に届けてくれたし、今夜からはせっせと努力あるのみ。「平凡なジョミー」から「神秘的なジョミー」になるために。
 真っ白な肌をゲットしたなら、お次は髪を脱色だよ、と。
(…頑張らなくちゃ…)
 手入れだけでも一時間はかかるらしいよね、と鏡に向かうジョミーの姿を、青の間のベッドから見ているブルー。「これでいい」と。


(…目標が多少ズレていようが、美白だろうが、要は努力で…)
 一時間も集中できるようになれば、ジョミーの集中力も劇的にアップするから、とブルーは実は腹黒かった。美白効果のある化粧品は確かに届けさせたのだけれど…。
(…それだけで真っ白な肌になるなら、ぼくのカリスマも地に落ちるってね)
 ソルジャーはビジュアルだけじゃないんだ、とブルーが求める集中力。長老たちと全く同じに。
 それを狙って大嘘をついて踊らせたジョミー、当分は努力の日々だろうから…。
(一ケ月もすれば、もう劇的に…)
 集中力アップ、とブルーが笑っているとも知らずに、ジョミーは頑張る。肌の手入れを。
 まずは美白で真っ白な肌で、それを手に入れたら髪を脱色。銀色の髪になるように。
(抜けるような肌で、銀色の髪になったなら…)
 ぼくも狙えるアルビノ効果、とアルビノ補正に大きな期待。
 「平凡なジョミー」は卒業だ、と。
 銀色の髪に透き通るような肌、緑の瞳が神秘的なビジュアルにならなくちゃ、と。
 力だけでは、ソルジャーになれないらしいから。
 超絶美形なブルーに顔では負けるけれども、イメチェンしたなら、今よりは差が縮む筈。
 だから頑張る、と鏡の前で格闘中。今日から始まる美白の日々。
 効果が出たなら、凄いジョミーが出来るから。
 さながら野生のヒョウなイメージ、でなければ雪の女王みたいな神秘のジョミー誕生だから…。

 

         アルビノを目指せ・了

※超絶美形なブルーに敵わないなら、せめてアルビノの雰囲気だけでも、と思ったジョミー。
 方向性としては、それも間違いではなさそうですけど…。その努力、ブルーが笑ってますよ?








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(ミュウの女か…)
 そして私だ、とキースが脳裏に浮かべた光景。
 今はもう無い、E-1077で見たモノ。遠い昔にシロエがその目で確かめたもの。
 フロア001に並んだ標本、どれも同じ顔をした男と、それに女が何体も。
 マザー・イライザが「サンプル」と呼んだだけあって、胎児から成人までが揃った標本たち。
 一つ間違えたら自分もあそこに並んだだろう、と今日までに何度思ったことか。
 けれど自分は生きているのだし、「生かされた」とも言える人生。
(ならば歩むしか無いのだろうな)
 自分の道を、と分かってはいる。
 任務に忙殺される昼間は、いつも忘れている光景。自分の生まれも、あの「ゆりかご」も。
 シロエはあそこを「ゆりかご」と言った。自分はあそこで「育った」モノ。
 成人検査を受けることなく、E-1077に候補生として入れる年まで。
 それをこうして思い出す夜も、けして珍しくはないのだけれど。
 側近のマツカを下がらせた後は、たまに考えもするけれど。
(…待てよ?)
 その夜は、心に引っ掛かった。あの「ゆりかご」の光景が。
 ズラリと並んでいた標本。自分と同じ顔の男と、ミュウの母船で出会った女。
(マザー・イライザ…)
 自分が処分した、あの機械。マザー・イライザに似ていた女。
 彼女はミュウの母船にいた。捕虜とは違って、並みのミュウより上の扱い。
(…どうしてミュウの母船などに?)
 他人の空似でないことは分かる。
 囚われた時に、ガラス越しに彼女と触れ合わせた手。
 其処から流れ込んだ記憶は、寸分違わず自分と同じだったから。
 水の中に浮かび、同じ歌を聴いていたのだから。


 ミュウの母船に乗っていた女。
 自分と同じ生まれの筈で、機械が無から作った生命。
 三十億もの塩基対を繋ぎ、DNAという鎖を紡ぐ。マザー・イライザはそう言った。
 ならば機械が「ミュウを作った」ことになるのか、彼女がミュウの船にいたなら。
(…ミュウ因子の排除は不可能だと聞くが…)
 そう、現代科学をもってしても。
 最先端の技術を駆使してみても、ミュウの因子は排除できない。
 だからこそミュウは生まれ続けて、それを異分子として処分するのが人類の役目。
 機械が作っても「生まれる」のならば、本当に排除できないのだろう。
 あの目障りな生き物は。
 星の自転も止められるという、忌まわしい力を持つ化け物は。
(…ソルジャー・ブルー…)
 ああいうミュウもいるのだがな、と彼の見事な死に様を思う。
 自らの命を犠牲にしてまで、メギドを沈めたタイプ・ブルー・オリジン。
 けれど彼とて化け物なのだし、自分は「負けた」というだけのこと。
 あの生き様が羨ましくても、所詮はミュウ。…所詮、化け物。
 其処まで思いを巡らせた時に、ふと思い出した。
 ミュウの母船から逃げ出した時に、人質に取ったあの女。
 ソルジャー・ブルーは、あの女をとても気にかけていたようだから…。
(…同族と気付いて、攫って逃げたか…)
 それも面白い、とクックッと笑う。
 ミュウは必ず処分されるし、あの女を攫って逃げたとしたなら、さしずめ「白馬の王子様」。
 ソルジャー・ブルーはそれを気取って、何処かに忍び込んだだろうか、と。
(E-1077では有り得ない…)
 ならば何処だ、と考えた場所。
 ミュウの女は何処で育って、ソルジャー・ブルーが連れ出したかと。
 「白馬の王子様」は何処に出たかと、それを知るのも面白かろう、と。


 最初はそういう思い付き。
 単なる気まぐれ、あの実験はどういう類のものだったか、と。
 E-1077を処分した時は、データを取りはしなかった。
 コントロールユニットを破壊しただけ、標本どもを維持する装置を壊しただけ。
 後はグランド・マザーの命令通りに、E-1077そのものを爆破した。
 あそこから近かった惑星の上に、真っ直ぐ落として。
 自分を作ったマザー・イライザ、「ゆりかご」の主をマザー・ネットワークから切り離して。
(何も取っては来なかったが…)
 グランド・マザーはデータを残しているだろう。
 そして望めば、情報は開示される筈。
(E-1077だ…)
 手掛かりはそれ、と辿ってゆく。フロア001、其処で行われていた実験、と。
 目指すデータは直ぐに出て来た。
 「キース・アニアン」を作った実験。
 いつからあそこでやっていたのか、関わった者たちは誰なのか。
 水槽越しに見た研究者の顔も、その中にあった。
 案の定、事故死していたけれど。
 自分が水槽から出されて間もなく、E-1077を離れる途中で。
 他の研究者たちも一緒に乗っていた船、それが見舞われた衝突事故で。
(……やはりな……)
 証拠を残すわけもない、と予想していた通りの結末。
 「キース・アニアン」が誰かを知るのは、今ではグランド・マザーだけ。
 候補生として生き始めた時点で、マザー・イライザとグランド・マザーの他には…。
(…誰もいなかったというわけか…)
 シロエがそれを見出すまで。
 彼をフロア001で捕らえた保安部隊の者まで、ご丁寧に事故死している有様。
 機械は徹底しているらしい。「キース・アニアン」の秘密を守るためには。


 キース・アニアンを其処まで守り抜こうと言うなら、ミュウの女も同じだろう。
 ソルジャー・ブルーが攫った後には、消されただろう研究者たち。
(…こちらもそうか…)
 実験の場所はアルテメシアか、と納得した答え。
 其処で始めた「無から生命を作る」実験。
 けれど失敗作が生まれて、ソルジャー・ブルーに攫われる始末。
 これでは駄目だ、と実験の場所は宇宙に移った。
 マザー・イライザに全てを委ねて、サンプルも全て引き渡して。
(なるほどな…)
 あの「ゆりかご」で生まれた時から、目の前にあった「ミュウの女」の標本。
 研究者よりも身近なものだし、マザー・イライザが似た姿にもなるだろう。
 ミュウの女とマザー・イライザ、まるで正反対なのに。
 機械が無から作ったものでも、「ミュウの女」は命あるもの。
 マザー・イライザは機械なのだし、命を持っていないもの。
 その上、排除されるべきミュウと、排除する側のコンピューター。
 なんと皮肉な話だろうか、相反するものが「似ていた」とは。
(…無から作っても、ミュウは生まれる…)
 ミュウ因子を排除できないだとは、と歯噛みするしかない現状。
 確実に力をつけ始めたミュウ、彼らを宇宙から一掃するには因子の排除が最善なのに。
 それさえ出来たら、次の世代のミュウは生まれて来ないのに。
(奴らが始めた、非効率的な自然出産…)
 あの程度ではミュウの行く末は見えている。
 因子さえ排除してしまえたなら、彼らに同調する者たちは出ないから。
 何処の星でもミュウは生まれず、二度と生まれて来はしないから。
(だが、現代の科学では…)
 不可能なのだ、と握り締めた拳。
 最善の策だと分かってはいても、人は打つ手を持たないのだと。


 やむを得ない、と眺めた「ミュウの女」を作ったデータ。
 遺伝子データも取ってあったし、それを子細に分析したならミュウ因子も分かりそうなのに。
 無から作った生命だけに、交配システムで生まれたものより分かりやすい筈。
 それでも駄目か、と「科学の限界」を睨み付けていて気が付いた。
(…この女のデータ…)
 遺伝子データは、彼女限りで終わりになったわけではなかった。
 次の代へと引き継がれていて、E-1077で作り出された「男」。
 「男」のデータは一つしか無くて、どれもが「キース・アニアン」に続く。
 幾つものサンプルを生み出した末に、「キース・アニアン」と呼ばれる者へと。
(…それでは、私は…)
 あの女の遺伝子データを元に作られたのか、と知ったらゾクリと冷えたのが背筋。
 「ミュウの女」の遺伝子データを継いでいるなら、「ミュウ因子」も継いでいそうなもの。
 けれども自分はミュウとは違うし、サイオンなども持ってはいない。
 第一、「ミュウになりそうな危険」があるというなら、遺伝子データを使いはしない。
 それを「取り除けない」というのなら。
 ミュウの因子は特定不可能、排除は無理だというのなら。
(…それなのに、何故…)
 あの女のデータを使ったのだ、と生まれた不安。
 「ミュウの因子は排除できるのではないのか」と。
 それを取り除いて作られたのが「キース・アニアン」、此処にいる自分なのではないかと。
(……まさかな……)
 まさか、と思うけれども、生まれた不安は拭えない。
 「ミュウの女」を確かに見たから、自分は彼女の遺伝子データを受け継いだから。
(…ミュウ因子が特定されているなら…)
 グランド・マザーは嘘をついていることになる。出来る筈のことを「出来ない」と言って。
 いつか直接確かめねば、と考えはしても、まだ早い。
 もっと力をつけないことには、真実はきっと聞けないから。
 国家主席に昇り詰めるまで、グランド・マザーは人間如きに何も語りはしないだろうから…。

 

         ゆりかごの因子・了

※排除不可能だというミュウ因子。フィシスがミュウなら、遺伝子データを継いだキースは?
 ミュウ化する危険を帯びているわけで、普通はデータを使わない筈。自信が無ければ。








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「大佐…! 止まって下さい!」
 その先には、とマツカが言い終える前に派手に飛び散ったお星様。
 キースが振り向きざまに一発ブチ込んだわけで、それがマツカに直撃だから…。
(……また、この人は……)
 後ろから近付いたら撃つんだっけ、と闇へ落ちてゆくマツカの意識。「またヘマをした」と。
 なにしろキースは昔からこうで、出会った時から「こう」だった。
 曰く、「私の後ろから近付くな。それが誰であろうと撃つ」。
 私はそう訓練されている、というのがキースの言い分、けれど「怪しい」と思う今日この頃。
 こうしてヘマをする度に。撃たれて視界が見事に暗転する度に。
(…キース、その先は本当に…)
 危ないと言ったら危ないんです、と意識が消え失せる間際に、ドゴォオオオン! と鳴り響いた爆発音。自動車爆弾のような代物、それが思い切り炸裂したからたまらない。
「「「アニアン大佐!」」」
 御無事ですか、と突っ走ってゆくセルジュやパスカル、もうもうと上がっている煙。
 けれど死屍累々の兵たちを他所に、キースは悠然と現れた。「私は無事だ」と。
 でもって「あれを」と指差した先に、倒れているのが撃たれたマツカ。
「また後ろから近付いたのだ。あれだけ何度も言っているのに…」
「…またですか。いい加減、覚えて欲しいものです」
 我々だって、とセルジュが顎をしゃくって、救護班の者たちがマツカを担架で運んで行った。
 「これでいったい何度目だろう」と言いながら。「学習能力の無い奴だ」とも。


 キースを狙った暗殺計画は数知れず。狙撃に爆破に、その他もろもろ。
 ところがキースは死にはしなくて、「不死身のキース」と呼ばれている今。
 そして誰もが知らないけれども、その陰にはマツカの働きがあった。そう、さっきだって。
 もしもマツカが止めなかったら、キースは真っ直ぐ歩き続けて爆弾の餌食になった筈。身体ごと微塵に砕けていたのか、手足がバラバラに吹っ飛んだか。
(…なんとか命は拾ったが…)
 暫く動けなくなりそうだ、とキースにもよく分かっていた。
 異例の速さで昇進してゆく自分を消そうと、大勢の者たちが暗躍しているこの世界。
 「コーヒーを淹れるしか能のないヘタレ野郎」と嘲られるマツカ、本当は誰よりも有能な部下。
 ミュウの能力をフル活用して働ける彼がいなくては…。
(何処で命を落とす羽目になるか、私にも全く謎なのだからな…)
 よって副官のセルジュに、こう言い放った。「今日の予定は全てキャンセルだ」と。大切な用を思い出したから、そちらを優先しなくては、と。
「グランド・マザー直々の御命令なのだ。マザーの御意志が最優先だ」
「はっ!」
 分かりました、と最敬礼するセルジュに「うむ」と頷き返して、今日の予定は全部キャンセル。視察も、トレーニングに行くのも、何もかも全部。
 今の状態で下手に動けば、もう本当に墓穴だから。
 マツカがいないと読み切れない罠、自力では防ぎ切れない狙撃に銃撃。
(……充分、分かっているのだがな……)
 ついウッカリと撃ってしまうのだ、と心の中で零した溜息。「これで何回目になるんだか」と。


 自分の後ろから近付いた者は、それが誰だろうと遠慮なく撃つ。
 そういう訓練を受けて来たのは本当だけれど、現にマツカにも初対面からかましたけれど。
(…もれなく撃っていたんだったら、まだ言い訳も出来るものを…)
 そうじゃないのがキツすぎる、とキースはスゴスゴと引き揚げて行った。自分の部屋へ。
 着いたらクローゼットの中をゴソゴソ、其処に隠してあるものは…。
(…またコレの世話にならないと…)
 しかし、あいつは女子供か、と取り出すラッピングされた箱。中身はクッキー詰め合わせ。
 今日の所はこっちの方で、と考えた。
 この前に撃ってしまった時には、チョコレートを持って行ったから。可愛く詰めてある箱を。
 そのまた前には、焼き菓子の詰め合わせセットを「すまん」と贈った。
 もちろんマツカに。
(…菓子で機嫌が直る間はいいんだが…)
 見放されたらどうしよう、と心配になるから、菓子の用意は欠かさない。
 他の部下たちには「たまには、こういう菓子も食べたくなるものだ」などと言い訳をして。
 自分が食べるための菓子だと大嘘をついて、「買ってこい」と店に走らせる部下。ただし、必ず一言添える。「進物用にして貰うのだぞ」と。「私の名誉は守らねばな」と。
 「不死身のキース」が菓子好きだなんて、誰が聞いてもお笑いだから。
 イメージ戦略大失敗だし、それでは話にならないから。
(…マツカにプレゼントしていると知れたら、もっと話にならないのだが…)
 女房の尻に敷かれた男のようだ、と悲しい気持ちになるのだけれども、それが現実。
 撃ってしまったマツカが機嫌を損ねたままなら、当分、何処へも出られはしない。機嫌を直して貰えさえすれば、マツカのダメージが癒えたら直ぐに…。
(次の予定をこなせるからな)
 爆弾だろうが、狙撃だろうが、なんでも来い、と受けて立つ気はたっぷりとある。
 もっとも自力で受けて立ったら、もれなく死亡フラグだけれど。
 有能なマツカのサポート無しだと、あの世に向かって一直線に走ってゆくことになるけれど。


 そんなわけだから、クッキーの箱を抱えて見舞ったマツカ。そろそろ意識が戻る頃だ、と。
 医務室で渡したら即バレするから、マツカは部屋へと運ばせてある。
 「治療が済んだら、こいつの部屋へ戻しておけ」と、さりげない風を装って。
 撃ってしまう度に毎回そうだし、誰も疑いさえしない。「撃たれただけだし、部屋で充分」と。銃弾ではなくてショックガンだけに、時間が経ったら自然と意識も戻るから。
(…これがあるから、実弾は装備できんのだ…)
 そっちで弱みを握られている、と情けない気分。
 今日もこれから言われる予定で、きっとマツカは間違いなく言う。その件について。
(…あれについては、本当に頭が上がらないからな…)
 例外中の例外な上に、私の人生最大の借り、と後悔したって始まらない。覆水盆に返らずで。
 マツカの部屋の扉をノックし、「入るぞ」と中に入ったら…。
「…今日も予定はキャンセルですね?」
 あなたが来たということは…、とベッドの上から投げられた視線。「またですか」と。
「すまない、マツカ。この通りだ…!」
 これで許して貰えるだろうか、と差し出したクッキーの箱。マツカはそれをチラリと眺めて…。
「いいですけど…。クッキーは、ぼくも好きですから」
 でもですね、と有能な部下はフウと小さな溜息をついた。「いい加減に覚えて欲しいです」と。
 「後ろから近付いた人は誰でも、必ず撃ってはいないでしょう?」と。
 前に例外がありましたよねと、「それで命を拾ったでしょう?」と。
「面目ない…! もう、その節は本当に…!」
 お前のお蔭で助かったんだ、とキースは土下座せんばかり。
 たった一度だけあった例外、ソルジャー・ブルーとメギドで対峙し、撃ちまくった時。
 カウントダウンに入ったメギドの制御室へ、マツカが駆け込んで来てくれたから…。
(瞬間移動で脱出できたが、あれが無ければ…)
 もう完璧に死んでいた。ソルジャー・ブルーが起こしたサイオン・バースト、それの巻き添えで落とした命。綺麗サッパリ。


(あの時、マツカは後ろから来て…)
 背後から抱えて瞬間移動で逃げたわけだし、「後ろから来た」と撃っていたなら終わり。
 実弾を食らったマツカは死亡で、もちろん自分も逃げられない。助っ人を撃ってしまったら。
「…キース、分かっているんですか?」
 撃っていい時と悪い時とがあることを…、とマツカは溜息MAX、それに逆らえるわけがない。
 これからも守って欲しいのだったら、「不死身のキース」でいたければ。
「分かってはいる…! これでも努力はしているつもりだ…!」
 実弾をこめていない誠意を分かってくれ、と懸命に詫びて、クッキーで直して貰った機嫌。
 明日にはマツカのダメージも癒えて、何事もなく予定をこなしていけそうだけれど…。
(…またウッカリと撃ってしまったら…)
 借りが増える、とキースの足取りは重かった。
 本当に命がヤバイ時には「撃たない」ことを、マツカは把握しているから。
 メギドで撃たずに「生き延びた」ことが、キッチリきっぱりバレているから。
(……私にも生存本能がだな……)
 きっとあるのに違いない、と悔やんでも悔やみ切れない失態、メギドで「撃たなかった」こと。
 マツカは後ろから走って来たのに、完全に後ろを取られたのに。
 銃には実弾が入っていたのに、振り向きざまに撃てたのに。
(…きっと一生、私はマツカに…)
 頭が上がらない男なんだ、と重たい足を引き摺りながら考える。
 クッキーの次は何がマツカのお気に召すかと、菓子の情報を集めねば、と。
 マツカの機嫌を取らないことには、「不死身のキース」は無理だから。
 下手をしたなら明日にでもサックリ暗殺エンドで、何もかもが其処でおしまいだから。


 一方、マツカの方はと言えば、クッキーをベッドで頬張りながら…。
(…なんだか怪しいような気がする…)
 本当に命がヤバイ時には、キースは撃ちはしないんだから、と今日も陥る思考の迷路。
 「もしかして、遊ばれているんじゃあ?」と。
 キースは格好をつけて「撃ちたい」だけで、真剣にヤバイ時が来たなら撃たないのでは、と。
(…だけど、そういう時が来るまで…)
 あの人の尻尾は掴めそうにないし、と分かっているから、今の所はチラリと視線を投げるだけ。
 「またですか?」と。
 キースが詫びにやって来る度、ベッドの上から「本当に分かっているんですか?」と。
 「撃っていい時と悪い時とがあるんですから」と、「でないと予定がパアなんですよ?」と。
 なんと言っても、キースだけでは命を守り切れないから。
 ミュウの自分を生かしてくれたし、キースを守りたいのだけれども、どうにも困った例の癖。
 「後ろから近付いた者は、誰だろうと撃つ」。
 もしかして甘えているのかも、と思わないでもない昨今。
 「こいつだったら許してくれる」と、ついつい撃ってしまうとか。
 そっちだったら、何度撃たれてもかまわない。「遊ばれている」のとは違うなら。
 キースが甘えてくれているなら、側近冥利に尽きるというもの。
 けれど真実は分からないから、やっぱりチラリと投げる視線。「またですか?」と。
 いい加減に撃つのをやめて下さいと、「本当に命が危ない時には、撃たなかったでしょう」と。
 そのやり取りをやっている時は、いつもキースが身近に思える。「普通の人」に。
 だから当分は、このままでいい。
 真相がどうかは掴めないまま、撃たれても。撃たれて意識がブラックアウトの連続でも…。

 

           撃ってしまう人・了

※マツカの尻に敷かれたキースと、健気なマツカ。人によってはキスマツが作れそうなネタ。
 撃ってしまう「人」とはキースかマツカか、解釈の方はお好みでどうぞv









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(…記憶が無い…?)
 シロエが耳を疑った言葉。候補生たちがしていた噂話。
 成人検査前の記憶を一切、持たないというキース・アニアン。
 頭の中に何も無い分、色々なことを詰め込めるのだ、と。
 彼が成績優秀な秘密は「それ」だとも。
(…記憶って…)
 皮肉なことに、その「記憶」のことで苦しんでいた真っ最中。
 どんどん薄れてゆく自分の記憶。
 懸命に繋ぎ止めようとしても、実感が伴わなくなってゆく故郷の景色。
 いずれ自分も全て忘れて、飼い慣らされてしまうのかと。
 マザー・イライザの言いなりになって、「マザー牧場の羊」の群れの一匹に。
 だから余計に癇に障った。
 「過去の記憶を持たない」キースが。
 元から嫌っていたのだけれども、いつも以上に。


 苛立ちながら戻った部屋。E-1077での、自分の個室。
 此処は自分の部屋だけれども、もっといい部屋を持っていた。
 E-1077に連れて来られる前は。
 故郷の家で、両親と暮らしていた頃には。
(……ぼくの部屋……)
 居心地の良かった子供部屋。
 けして豪華ではなかったけれども、物心ついた時には自分の部屋を持っていた。
 大抵は「其処にいなかった」けれど。
 母が料理をしている所を眺めていたり、母の姿が見える所に座っていたり。
 父が仕事から戻った時には、両親の側を離れなかった。
 眠る時間が訪れるまで。
 「もう寝なさい」と、二人に優しく言われるまで。
(…もっと大きくなってからでも…)
 趣味にしていた機械いじりや、勉強の時間。
 それを除けば、あまり部屋にはいなかった記憶。
 居心地のいい部屋だったけれど、もっと素敵な部屋が家にはあったから。
 父や母たちがいた部屋に行く方が、ずっと心地が良かったから。
(…パパ、ママ……)
 会いたいよ、と呟いてみても、顔もおぼろになった両親。
 二人の顔を見たいのに。
 眠って夢の中にいたなら、二人ともちゃんと顔立ちが分かる姿なのに。


 機械に消されてしまった記憶。
 成人検査で、テラズ・ナンバー・ファイブのせいで。
(…ぼくがこんなに苦しんでるのに…)
 苦しみながらも、懸命に続けている勉強。
 このステーションでトップに立って、メンバーズ・エリートに選ばれること。
 それを目指して、その日だけのために歯を食いしばって。
 本当だったら、両親の夢を見られるベッドでずっと眠っていたいのに。
 勉強するような時間があったら、夢の中で見られる故郷にいたい。
 そうでなければ、大切なピーターパンの本。
 宝物の本のページだけを繰って、ネバーランドを夢見ていたい。
 勉強などをするよりも。…余計な知識を叩き込まれて、過去を忘れてゆくよりも。
(でも、そうするしか…)
 今の所は見えない希望。
 メンバーズになって、順調に昇進したならば。
 上へ上へと昇り続けて国家主席の座に就いたならば、もはや誰からも受けない指図。
 地球のトップに昇り詰めたら、憎い機械を止めてやること。
 それが目標、「ぼくの記憶を全て返せ」と命じた後に、マザー・システムを止めること。
 失くした記憶を取り戻すために。
 子供が子供でいられる世界を、もう一度宇宙に作り出すために。
(…そのために、ぼくは必死になって…)
 夢と現実の狭間でもがいて、毎日が戦いの日々なのに。
 今も苦しみ続けているのに、キースには「過去が無い」という。
 よりにもよって、それが自分のライバルだなんて。
 過去にこだわり続ける自分と、「過去を忘れた」薄情な奴との戦いだなんて。


 何も覚えていないのだったら、きっとキースは楽なのだろう。
 戻りたい場所も、会いたい人も、キースは何一つ持ってはいない。
(その分だけ、知識を詰め込めるって…)
 だから成績優秀なのだ、と噂していた候補生たち。
 成績のことは、羨ましいとも思わない。
 過去と引き換えに賢くなっても、自分は嬉しくないだろうから。
 たとえキースを抜き去れるとしても、今のぼやけた過去を手放したくはないから。
(…だけど、最初から欠片さえ…)
 残らないほどに過去を失くしていたなら、自分だってきっと楽だった。
 キースがそうであるように。
 何の疑いもなく機械を信じて、「機械の申し子」と呼ばれるように。
(ぼくだって、全部忘れていたなら…)
 今頃は此処でこうしていないで、勉強していることだろう。
 「もっと賢く」と、「もっと知識を」と。
 過去を持たないなら、今と未来があるだけだから。
 機械が指し示す未来への道を、真っ直ぐ進んでゆくだけだから。
(過去があるから…)
 こうして捕まる、自分のように。
 帰りたい過去を持っているから、生きることさえ辛く感じる時だってある。
 機械の言いなりになって生きる人生、そんなものに意味はあるのかと。
 こうして苦しみ続けるよりかは、幼い間に死んでいた方が良かったとさえ。
(記憶を消されるより前に…)
 成人検査を受けるより前に、子供の間に死んでいたなら、幸福だったと思うから。
 …両親は悲しんだとしても。
 両親との別れは辛かったとしても、忘れてしまって苦しむよりは。


 どうして「キース」だったのか。
 過去を忘れて、何も持たない人間になってしまったのは。
 元からこだわりそうに見えないキースが、何故、その幸運を手に入れたのか。
(…あいつも、ぼくと全く同じに…)
 苦しみもがいて生きているなら、まだ幾らかは気が紛れもする。
 どんなに平静を装っていても、部屋に戻れば苦しむキースがいるのなら。
 薄れた記憶の中の両親、それに故郷を求めるキースがいるのなら。
 けれど、そうではなかったキース。
 何もかも全て忘れてしまって、ただ未来へと歩いてゆくだけ。
 忘れてしまった過去の分だけ、新たな知識を空白の中に詰め込んで。
 機械の手口を疑いもせずに、マザー・イライザが導くままに。
(…どうして、あいつだったんだ…!)
 そんな幸せな人生を掴んでいる奴が、と悔しさのままに机にぶつけた拳。
 過去など持っていないだなんて。
 自分は過去にこだわり続けて、取り戻すために生きているのに。
 生きる意味など無さそうな生を、いつか来るだろう「機械を止めてやる」日のために。
 歯を食いしばって屈辱に耐えて、マザー・イライザの手の中で生きる。
 「今はこれしか道が無いんだ」と、「メンバーズになるには、そうするしかない」と。
 なのに、メンバーズへの道を約束されたも同然のキース。
 彼は持ってはいない過去。
 幸運なことに、全て忘れてしまったから。
 成人検査の係が何かミスでもしたのか、キースがあまりに無防備だったか。
(何にしたって…)
 あいつはとても幸せなんだ、と怒りの炎が噴き上げるよう。
 過去を持たないなら、キースは自分と同じに苦しんだりはしないから。
 機械の言いなりに生きる人生、それもキースは疑いさえもしないだろうから。


 なんて奴だ、と憎らしいけれど。
 八つ裂きにしたいほどだけれども、キースが失くした過去というもの。
 それを自分が失くしていたなら、きっと幸福に生きられる。
 今の苦しみは消えてしまって、「さあ、勉強だ」と机に向かって。
 「パパ、ママ? それって、どういう人たちのこと?」と、首を傾げる程度のことで。
 両親も故郷も忘れたのなら、そうなるけれど。
 今よりも楽に生きられるけれど、キースを憎いと思うけれども…。
(…ぼくがパパとママを忘れていたら…)
 それに故郷も忘れていたなら、「セキ・レイ・シロエ」は何処にもいない。
 両親に貰った「セキ」も「シロエ」も、ただの記号になってしまって。
 名前はどういう意味を持つのか、それも分からなくなってしまって。
(…そんなシロエになるよりは…)
 苦しくても今のままでいい。辛くても、辛い人生でいい。
 キースを羨ましいと思いはしたって、「取り替えたい」とは思わないから。
 過去を全く持たない人生、それを一瞬、羨みはしても、欲しいと思いはしないから。
(…キース・アニアン…)
 幸福な奴、と吐き捨てる。
 それに似合いの嫌な奴だと、「過去を持たない人間は違う」と。
 とても味気ない人生だよねと、「そんなの、ぼくは御免だから」と…。

 

          過去が無ければ・了


※キースが「過去を持っていない」ことを知った時のシロエは、記憶探しの最中だったわけで。
 怪しいと思って調べ始める前には、こういう時間もあったのかな、と。…シロエだけに。







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