(…私は何をしているのだろうな)
いったい何を望んでいる、とキースは自分自身に問う。
生き物は棲めない、死の星と化した地球の上で。
「地球再生機構」とは名ばかり、巨大なだけのユグドラシルの一室で。
ミュウたちがついに地球へと降りた。
会談は明日の午前十時から。
「それまでは部屋でお休み下さい」と、スタージョン大尉がミュウたちに告げた。
つまり、それまでは「お互いに顔を合わせはしない」。
人類からも、客分であるミュウからも。
それを口実に、警備兵たちを下がらせた。「奴らは来ない」と。
ミュウがどれほどの脅威であろうと、彼らの目的は「地球での会談」。
人類との交渉のテーブルに着くこと、それがミュウたちの目当てで「要求」。
その機会を自ら壊しはしない。
「壊すわけがない」と、下がらせたのが「無用な部下たち」。
警備兵はもちろん、本来だったら隣室などに控えているべき直属の部下も。
(……マツカだったら……)
この状況でも残しただろうか、今の自分の身辺に。
国家主席として明日の会談に臨む、キース・アニアンの腹心として。
それともマツカを喪ったから、こうして立っているのだろうか。
赤い満月が見える窓辺に。
ただ一人きりで、警備の兵さえ置きもしないで。
更には、「持っていない」銃。
とうに背後の机に置いた。
武器と言ったら、銃の他には無いというのに。
いくら国家主席のための部屋でも、暗殺を防ぐ仕掛けなどは無い。
今、背後から撃たれたならば、確実に「終わり」。
キース・アニアンの命は潰えて、物言わぬ死体が横たわるだけ。
振り向きざまに応戦するには、「銃」という武器が必須だから。
銃も持たずに刺客と対峙するなど、「人類」には無理なことなのだから。
(…ミュウならば、可能なのだろうがな…)
彼らのサイオン、それは人間の心臓さえも握り潰せる。
指の一本も動かすことなく、一瞬の内に。
(…あのミュウは…)
オレンジ色の髪と瞳を持った、旗艦ゼウスに侵入したミュウ。
マツカを殺してしまったミュウ。
彼は「嬲り殺し」にしようとしたから、サイオンで首を絞めただけ。
殺すだけなら、直ぐに終わっていたのだろう。
マツカが気付いて駆け付ける前に、「キース・アニアン」は死体となって。
それほどの力を持つというのに、使わなかったミュウがいた。
銃弾の雨にその身を晒して、刺し違えることを狙った男。
(……ソルジャー・ブルー……)
今でも、彼を忘れられない。
彼には生涯、勝てはすまいと。
「伝説」と呼ばれるほどの長きにわたって、ミュウの長だったタイプ・ブルー。
なのに自ら「死ぬためだけに」、メギドまで来たソルジャー・ブルー。
彼の真似など、どう転がっても出来はしない。
人類を、組織を守るためには、指揮官たる者、「生き延びなければ」ならないのだから。
(…奴の真似でもしたくなったか…?)
今の自分は最高指揮官、ジルベスターの頃とは比較にならない立ち位置にいる。
明日の朝、国家主席の自分が「死んでいた」なら、会談は「お流れ」では済まない。
戦況はあくまで「ミュウに有利」で、衛星軌道上にある六基のメギドを使おうとしても…。
(グランド・マザーが地球に在る限り、地球に向かってメギドは撃てない…)
主だったミュウが、地球に集っていようとも。
彼らを倒せば、ミュウたちの統率が取れなくなると分かっていても。
それは即ち、「地球がミュウどもに掌握される」のを看過するしか無いということ。
グレイブが指揮する旗艦ゼウスが、まだ地球の衛星軌道上にあろうとも。
艦隊が未だ維持されていても、人類は「地球を失う」だろう。
冷たい瞳の「ソルジャー・シン」は、グランド・マザーを破壊するだろうから。
オレンジ色の髪と瞳のミュウにも、「やれ」と冷ややかに命令して。
(…そうなると分かっているのにな…)
何故、このようなことをしている、と先刻の問いを繰り返す。
自分は何をしているのかと、自分の望みは何なのかと。
まず間違いなく、「刺客」が此処へ来るのだろうに。
ソルジャー・ブルーの仇だと狙う、あの盲目のミュウの女が。
皮肉なものだ、と暗殺者の顔を思い浮かべる。
自分に「死」を運ぶかもしれない女は、あろうことか自分と同じ生まれの「人間」。
あちらがそれを知るかはともかく、自分は既に知ってしまった。
彼女の生まれを、自分と「彼女」の繋がりを。
あの盲目の女を「作った」時の遺伝子データが、自分に継がれていることを。
(…私の「母親」が、私を殺すか…)
息子を殺した母親ならば、神話の時代から幾らでもいるが、とクッと喉を鳴らす。
ギリシャ悲劇の王女メディアも、そうだった。
それが此処でも起こるだけのことで、人類は「指導者」を喪う。
更には地球をも失うのだ、と分かっているのに、何故、暗殺者を待っているのか。
「刺客が来る」ことを察知しながら、警備の者を退けたのか。
(……やはり、あいつの……)
真似だろうか、とソルジャー・ブルーの死に様を思う。
指導者自ら前線に立って、死をも恐れず戦った男。
「奴と同じに死にたいのか?」と、「あの時の銃とは、違うのだがな」と。
刺客が来たなら「銃は其処だ」と言うつもりのそれは、メギドの時とは違うもの。
あれから長い時が経ったし、自分の肩書きも何度も変わった。
銃も同じに変わってしまって、「使いやすい」銃でも、あの時とは別。
けれども、それで「撃たれて死ぬ」のも一興だろう、と思う自分がいる。
そうなったならば、人類は皆、困るのに。
指導者を、国家主席を失い、地球さえもミュウに奪われるのに。
(…私が此処で斃れなくても…)
いずれ、その日がやって来る。
遠からず、宇宙は「ミュウのもの」になる。
グランド・マザーは、自分にそれを明かしたから。
「ミュウは進化の必然なのだ」と、「ミュウ因子を排除するプログラムは無い」と。
あれを聞いた時、崩れた足元。
自分が信じて歩いて来た道、「SD体制の異分子として」ミュウの殲滅を目指した道。
それは「誤り」だったのだと。
時代はミュウに味方していて、自分はそれに抗っただけ。
そうと知らずに、自分が正義のつもりになって。
「正しいことをしているだけだ」と、間違った「逆賊の旗」を掲げて。
(…それでも、私は…)
その道を歩いてゆくしかない。
もうすぐ此処へと来るだろう刺客、彼女と違って「ミュウに攫われはしなかった」から。
人類のエリートの道を歩んで、此処まで昇り詰めたのだから。
自分は責任を果たすべきだし、他に進める道などは無い。
「そのために」作られ、「育てられた」から。
サムを、シロエを、贄にして「今」があるのだから。
それは充分、承知だけれども、こうして自分は「死」を待っている。
自分の命を奪う死神を、あの盲目のミュウの女を。
そのくらいの自由は欲しいものだ、と赤く濁った月を見上げる。
「誤った道」とも知らずに歩いて、これから先も「歩くしかない」。
ならば途中で終わったとしても、道の半ばで命尽きても良かろう、と。
どうせ宇宙はミュウのものになるし、人類は過去のものとなるから。
(…打つべき手は、もう打ったのだからな…)
もしも自分に万一があれば、「これを送れ」と記した圧縮データ。
宛先は「自由アルテメシア放送」、その筆頭のスウェナ・ダールトン。
「キース・アニアン」が会談に臨めず斃れた時には、全宇宙帯域で流れるだろうメッセージ。
ミュウは進化の必然なのだと、「マザー・システムは、時代遅れのシステムだ」と。
あれを見たなら、「心ある者は」立ち上がるだろう。
たとえ人類であろうとも。
「人類はミュウに劣る種族だ」と、突き付けられた側であろうと。
(…さて、どうなる…?)
あのメッセージを、自分は「この手で」スウェナに送信できるのか。
それとも自分の死体を目にした、スタージョン大尉が「送る」ことになるか。
「アニアン閣下の御遺志なのだ」と、その中身さえも確かめないで。
パンドラの箱の蓋を開く結果になるとも、知らないままで。
(…どう転ぼうとも…)
もはや時代は、私の思うようには動かせぬ、と仰ぎ見る月。
此処で死んでも、何も変わらぬなら、「殺される」のも悪くはない。
自分が渡した銃で撃たれるのも、「ソルジャー・ブルーの仇」と命を奪われるのも…。
死神を待つ・了
※フィシスが来るのを承知の上で、キースは待っていたわけで…。どういうつもりだったやら。
サッパリ分からん、と思ったトコから出て来た話。撃たれたら終わってましたよね、アレ?
『…ジョミー。また訓練をサボりましたね?』
長老たちが怒っていましたよ、と小言を言いに来たリオ。思念波だけれど。
サボると部屋までやって来るから、ジョミーも文句を言いたくもなる。「余計なお世話だ」と。
「…だって、毎日、厳しすぎるから! ぼくの身にもなって欲しいんだけど!」
ハードすぎる、とジョミーは愚痴った。
ソルジャー候補に据えられてからは、もう毎日が訓練三昧。サイオンの特訓だけならまだしも、他の訓練も容赦ない。いわゆる座学も、ソルジャーとしての立ち居振る舞いの特訓なども。
教える方なら何人もいるし、きっと疲れはしないだろう。休憩時間も取れるから。
けれど「ジョミー」は一人だけ。
サイオンの特訓で心身ともに疲弊したって、「代わりのジョミー」は何処にもいない。休憩時間など取れはしなくて、「次はコレです」と押し付けられる座学や特訓。
その状態で休みたければ「サボリ」しか無くて、なのにサボれば叱られる。…今みたいに。
『大変なのは分かりますが…。でも…』
訓練の成果が出れば、特訓の時間が減りますよ、と言うリオは正しい。間違ってはいない。上達したなら、もう訓練など要らないわけだし、何処かのソルジャー・ブルーみたいに…。
(三食昼寝付きの日々でも、誰も怒らなくて…)
現に今だって寝ているし、とジョミーの不満は尽きない。特訓の成果はまるで出なくて、明日も明後日も、そのまた向こうもギッチリ詰まった訓練メニュー。座学も含めて。
(どうせ、ぼくなんか筋が悪くて、ダメダメなんだよ!)
頑張るだけ無駄に決まってる、とジョミーはフテ寝を決め込んだ。リオを部屋から追い出して。
「ぼくは死んだと言っといて!」と、長老たちへの言い訳役まで押し付けて。
そんなジョミーを観察している人がいた。部屋の中には入りもせずに。
(…まったく、あれでは…)
いつまで経っても進歩しない、と溜息を零すソルジャー・ブルー。青の間のベッドで。
一日も早くジョミーをお披露目したいというのに、これではサッパリ。ソルジャー候補のままで何年も経って、自分も現役引退は無理。
(ぼくが楽をしたいと言いはしないが…)
次のソルジャー不在はマズイ、と思ってみたって、ジョミーは努力をしないものだから…。
(…何かいい手は…)
無いだろうか、と考えていたら、リオの思念を感知した。長老たちに向かって言い訳中の。
『ジョミーも疲れているんです。ですから、もう少し訓練メニューを…』
減らしてやって貰えませんか、と頼んだリオに、「やかましいわ!」と怒鳴ったゼル。
「お前なんぞに何が分かるか、若造めが!」
「ちょいとお待ちよ、リオに怒ってどうするんだい?」
其処はジョミーに言うトコだろう、とブラウが割って入ったけれども、ゼルはガンガンと当たり散らした。なにしろジョミーはいないわけだし、目の前にいるのはリオだから。
「文句があったら、ジョミーにガツンと言えばいいんじゃ!」
甘やかすからつけ上がるんじゃ、と喚くゼル。「お前の態度がいかんのじゃ!」と。
曰く、「いつも笑顔で腰が低い」のがリオの欠点。
それだからジョミーに舐められるわけで、「もっと怖いリオにならんかい!」と。
「キャラを変えろ」と無理な注文、どう聞いたって「言いがかり」の域。
頭から湯気で怒鳴りまくりで、リオがなんとも可哀相だけれど…。
(……そうか、リオのキャラか……)
これは使える、とブルーの頭に閃いた案。きっとジョミーも心を入れ替えて頑張るだろう、と。
その夜、ジョミーは呼び出しを受けた。青の間で暮らす現ソルジャーから。
「ソルジャー・ブルー。…お呼びですか?」
何でしょうか、と頭を下げつつ、ジョミーは内心恐れていた。此処でも叱られそうだから。
(…サボってるのは、バレてるよね…?)
ゼルたちがチクッているんだろうし、とビクビクしながらベッドの側に立ったのだけれど。
「…ジョミー。君は、リオのことをどう思う?」
斜めな質問が飛んで来たから、目を丸くした。「どう思う?」とは、何のことだろう?
「え、えーっと…? そ、そのですね…」
とても頼れる兄貴分だと思ってますが、と当たり障りのない答えを返した。リオに好意を持っているのは本当だけれど、それ以上でも以下でもない。「惚れている」わけではないのだから。
(…リオの彼女になりたいだとか、リオを彼女にしたいとか…)
彼女と言うかどうかは別で、とジョミーが思う「恋愛感情」。それは持ってはいないよね、と。
けれども、ソルジャー・ブルーの方は…。
「なるほどね…。君はどうやら、リオを分かっていないらしい」
「え?」
ひょっとしてリオは、自分に「惚れている」のだろうか、とジョミーは焦った。彼女になりたい方か、それとも「彼女にしたい」方なのか。
どっちにしたって自分にベタ惚れ、それで代わりに叱られてくれたりするのかも、と。
「ま、待って下さい、ソルジャー・ブルー…! ぼくは…!」
リオの気持ちには応えられません、と両手をワタワタさせたら、冷たい視線を投げられた。
「何を馬鹿なことを」と、思いっ切り。「本当に分かっていなかったのだな」と。
「よく聞きたまえ、ジョミー。…リオの正体は、御庭番だ」
「御庭番?」
何ですか、それ、と訊き返したら、「忍者とも言う」とソルジャー・ブルーは赤い瞳をゆっくり瞬かせた。「忍びの者だ」と、「誰にも知られず、重要な任務を担っているのが御庭番だ」と。
(…リオの正体は、御庭番…)
ソルジャー・ブルーの直属の部下、とジョミーは震えながら青の間を後にした。もう恐ろしくて振り返るのも怖いほど。「後ろにリオがいないだろうな?」と。
ガクブル怯えて部屋に帰って、扉を開けて入る時にも左右を確認。リオの姿が見えないか。
(…いないみたいだけど…)
でも安心は出来ないよね、と扉をガッツリ施錠した。とはいえ、相手は「忍びの者」。
(壁に耳あり、障子に目あり…)
遠い昔に「御庭番」の名で呼ばれた忍者は、天井裏だの、床下だのに潜んでいたという。そして相手の隙を狙って、密書を盗み出すだとか…。
(…寝てる間に暗殺だとか、食べ物に毒を仕込むとか…)
そうやって邪魔な者を消したり、歴史の裏で暗躍したり。あくまで「主」の命令で。
(光ある所に影がある、って…)
ソルジャー・ブルーは、そう言った。「栄光の陰に、数知れぬ忍者の姿があったのだ」と。
けれども、彼らの名前は残ってはいない。古い歴史書を端から引っ繰り返しても。
(闇に生まれて、闇に消える…)
それが「忍者の宿命」らしい。
リオはそういう立ち位置の人間、皆の前では「人のいいリオさん」で通っているけれど…。
(…ソルジャー・ブルーが「やれ」と言ったら、暗殺だって…)
厭いはしないし、それは見事にやり遂げる。
このシャングリラで「リオに密かに消された」人間、その数は誰も知らないという。「やれ」と命じた「主」のソルジャー・ブルー以外は、誰一人として。
(…御庭番だ、って聞かされてみたら…)
思い当たる節は山ほどあった。
「ぼくを家に帰せ!」と凄んだ時に、ソルジャー・ブルーが「リオ」と呼んだら…。
(何処からともなく、サッと出て来て…)
小型艇でアタラクシアまで送ってくれたし、その後の行動も「御庭番」なら納得がいく。人類が仕掛けた監視システムに細工したのも、拷問まがいの心理探査から生還したのも。
腰が低くて、いつも笑顔のリオの正体。それを明かしたソルジャー・ブルー。
ついでにブルーは、冷たく笑ってこう付け加えた。「リオは、君にも容赦はしない」と。
今の所は「主」のブルーが黙っているから、「人のいいリオ」に徹しているだけ。「御庭番」の顔をすっかり隠して、にこやかな笑みを湛え続けて。
けれど、命令が下ったら…。
(ぼくが訓練をサボらないよう、サボッた時には…)
この部屋に来て、それは恐ろしい「罰」を自分に与えるらしい。誰が見たって分からないよう、外に出るような傷はつけないように…。
(爪の間に針を刺すとか、足の指とかを有り得ない方に曲げるとか…)
聞いただけでも痛そうなヤツを、「あのリオが」やってくれるという。人のいい笑みを浮かべたままで、「ソルジャー・ブルーの仰る通りになさいますか?」などと訊きながら。
「二度とサボらないと誓いますか」と、「サボッたら、またコレですが?」と。
そういった目に遭いたくなければ、「御庭番」には逆らわないこと。
リオが普通に「サボリですか?」と困っている間に、きちんと反省、これからは文句を言ったりしないで…。
(間違っても、「ぼくの代わりに言っといて!」なんて言わないで…)
長老たちがブチ切れる前に、訓練の場に馳せ参じること。
でないとブルーがキレてしまって、リオに一言、「やれ」と命じるから。
「ジョミーの言うことは聞かなくていい」と、「君の主は、ぼくだったな?」と。
(……そうなったら、ぼくは爪の間に針を刺されて……)
足の指とかを有り得ない風に折り曲げられて、とガクガクブルブル、そんなのは御免蒙りたい。
かくしてジョミーは性根を入れ替え、訓練をサボらなくなった。
リオの前でもキレなくなって、日々、頑張ってソルジャーになるべく励んでいるから…。
(…リオで脅した甲斐があったな)
あの人の好さが、ジョミーはとても恐ろしいだろう、とソルジャー・ブルーはほくそ笑む。
リオの笑顔と腰の低さは、天然だから。
あれが「御庭番」の表の顔だと言っておいたら、抑止力として半端ないものだから。
(……リオには悪いが……)
御庭番になっていて貰おう、と笑うブルーは腹黒かった。
ダテに三世紀以上も生きていなくて、頭も回るソルジャー・ブルー。
嘘をつくくらいは朝飯前で、「自分が悪役になる」のも平気。
「リオを使って、何人も消した」と、ジョミーがまるっと信じていたって、気にしない。
ミュウの未来のためならば。
次のソルジャー候補のジョミーを、ソルジャーの座に据えるためとなったら…。
腰が低い人・了
※「アニテラのリオは、只者じゃねえな」と思ったのが多分、ネタの切っ掛け。
けれども何処から「御庭番」なのか、そっちの方がサッパリ謎で…。似合ってるけどな!
「ピーターパン…!」
待って、と声を張り上げたシロエ。「行かないで」と。
夜空を駆けてゆく少年。
急いで彼を追い掛けなければ、一緒に飛んでゆかなければ。
ネバーランドへ、夢の国へと。
「子供が子供でいられる世界」へ、ピーターパンの背中を追って。
でないと此処に残されたままで、また牢獄に繋がれる。
二度と空には舞い上がれないで、ネバーランドにも行けないままで。
「待って…!」
ぼくも一緒に連れて行って、と叫んだ声で目が覚めた。
閉じ込められた牢獄の中で、ステーションE-1077の自分の部屋で。
(……まただ……)
行き損ねたよ、と零れた溜息。
夢の中なら、何処までも飛んでゆけるのに。
ピーターパンと一緒にネバーランドへ、時には故郷のエネルゲイアへ。
けれど今夜は行き損ねる夢で、最近、そちらが増えて来た。
(…子供の心を失くしたから…)
ぼくは「大人」になりかけてるから、と涙が溢れそうになる。
テラズ・ナンバー・ファイブに奪われた記憶と、夢の世界へ飛び立つ翼。
成人検査を受ける前なら、何処からだって「飛べた」のに。
ピーターパンの本を開けば、ページの向こうにネバーランドが見えていたのに。
今では「見えなくなった」それ。
大人の社会への入口に立って、「子供の心」を失ったから。
自分では「子供のつもりで」いたって、「違う」と思い知らされる。
ピーターパンの本の向こうに、ネバーランドは「もう見えない」。
どんなに瞳を凝らしてみたって、夢の国の扉は開かないから。
(……夢の中でも……)
行けない日が増えてくるなんて、と悲しくて辛くて、胸が張り裂けてしまいそう。
今夜の夢でも、ピーターパンは行ってしまった。
自分を残して、夜空を駆けて。
印象的な赤いマントの残像、それだけを瞳の中に残して。
(…いつか、ホントに来てくれなくなる…)
ピーターパンは、と痛いくらいに分かっている。
今でさえも「置いてゆかれる」のならば、もっと「大人」になったなら。
もっと背が伸びて、声も男らしい声に変わって、少年らしくなくなったなら。
(…大人は、ネバーランドには…)
行けはしない、と突き付けられる苦い現実。
ピーターパンに置いてゆかれる夢を見る度に、赤いマントを見失う度に。
(きっといつかは、あのマントだって…)
見えなくなって、ピーターパンが夜空を駆ける姿も、見られなくなることだろう。
今は辛うじて残っているらしい、「子供の心」が曇ったら。
すっかりと錆びて大人になって、目に見えるものだけが「世界の全て」になったなら。
(…そんなの、嫌だ…)
それくらいなら、「置いてゆかれる」方がいい。
ピーターパンと一緒に飛んでゆけなくても、ネバーランドに着けなくても。
夜空を駆ける永遠の少年、ピーターパンの赤いマントを見送ることが出来るなら。
その方がいいに決まってる、とベッドから下りた。
まだ夜中だから、充分にある「自由な時間」。
こんな時には本を読もうと、ピーターパンの本がいい、と。
(…ぼくの宝物…)
パパとママが買ってくれた本、とギュッと両腕で胸に抱き締め、戻ったベッド。
その端に腰掛け、膝の上で広げようとした本。
ふと目に入った本の表紙に、アッと息を飲んだ。
其処に描かれた、夜空を駆けるピーターパン。
ティンカーベルもいるし、ウェンディたちも一緒に飛んでいるけれど…。
(……ピーターパンの服……)
マントなんかは何処にも無い、と今頃になって気付いたこと。
そういえば、さっき見ていた夢。
あの夢の中のピーターパンは、この表紙の絵とそっくりだったけれど…。
(服もこの絵とそっくりで…)
何処も変わりはしなかったけれど、夜空の果てに見えなくなる時。
消えてゆく時に残った残像、それは真紅のマントの欠片。
(…マントを着けたピーターパンって…?)
ぼくは知らない、と本のページを繰ってゆく。
挿絵が入ったページに出会えば、手を止めてそれを覗き込んで。
「これも違う」と、「これでもない」と。
どの絵に描かれたピーターパンも、彼らしい服を着ているだけで…。
(……マントなんて……)
挿絵の何処にも描かれてはいない。
しかも「真紅のマント」だなんて、自分は何処で見たのだろうか?
ピーターパンの映画なんかを観てはいないし、知っているのはこの本だけ。
本の端から端まで見たって、「赤いマント」は出て来ないのに。
そらで言えるほど何度も読んだ文の中にも、そんな描写は無い筈なのに。
(…赤いマントのピーターパン…)
この本に、そんなピーターパンがいないと言うなら、夢の中の「彼」は何なのだろう?
まだ見えるような赤い残像、マントの欠片を自分は何処で見たのだろう…?
(…でも、ピーターパン…)
あれは確かにそうだった、と夢の光景を覚えている。
ネバーランドには行き損ねたけれど、ピーターパンを「見ていた」自分。
「ピーターパンだ」と、「ぼくも一緒に連れて行って」と、夜空を駆けてゆく少年を。
考えてみれば、いつも、いつだって「見失う」マント。
ピーターパンに置いてゆかれた時には、いつだって。
(……一緒に飛んでゆける夢なら……)
その夢の中のピーターパンは、本の表紙と同じ服。
本の挿絵とそっくり同じで、赤いマントを見ることはない。
置いてゆかれた夢の時だけ、ピーターパンが残す残像。
それが真紅のマントの欠片で、目を覚ます度に悲しくなる。
「ネバーランド行けなかった」と、「ピーターパンに置いてゆかれた」と。
あまりにも辛い夢なのだけれど。
いつかは赤いマントの欠片も、見えなくなる日が来そうだけれど。
(…ぼくは確かに見たんだから…)
今夜も見たし、今までだって。
追えないままに飛び去る少年、ピーターパンが残してゆく残像は、いつも赤いマント。
目にも鮮やかな真紅のマントの欠片を残して、ピーターパンは消えてゆく。
これだけ何度も、同じ夢を見ているのなら…。
(……きっと、本物のピーターパン……)
彼がそうだ、と閃いた思い。
ピーターパンの本が書かれた時代は、今から遥か昔のこと。
人間が地球しか知らなかった頃で、宇宙船は無くて、馬車が走っていた時代。
その時代からずっと、ピーターパンが今も高い夜空を駆けているのなら…。
きっと服だって変わるだろう。
人間が地球を離れた時から、五百年以上も経っている今。
SD体制が始まるずっと前から、ピーターパンは空を飛び続けている。
ネバーランドに行きたい子供を見付け出しては、一緒に空を飛ぶために。
高い空へと舞い上がるために、地球の夜空を、今の時代は宇宙に広がる幾つもの空を。
(違う服だって、着てみたいよね…?)
長い長い時を駆けているなら、時には違う服だって。
時代が変わってゆくのと同じに、流行りの服も変わってゆく。
ピーターパンの本が書かれた時代と、今の時代の服とでは…。
(まるで違うし、どっちの時代の人が見たって…)
別の時代の服を「変だ」と思うだろう。
本の中で見るなら「普通に」見えても、それを実際、目にしたならば。
(…ピーターパンは、子供の味方なんだから…)
子供が親しみやすい服装、それに着替えてゆくのだろう。
時代が移れば、その時代の子が「素敵だ」と思う類の服に。
そしてSD体制が敷かれた今の時代に、ピーターパンが着ている服は…。
(赤いマントがついているんだよ)
マントを目にする機会は全く無いのだけれども、なんと言ってもネバーランド。
「永遠の少年」のピーターパンは、今の時代は…。
(ちょっと王子様みたいな感じで…)
颯爽と赤いマントを纏って、剣だって下げているかもしれない。
出会った子供が「かっこいい!」と目を瞠るように。
「ぼくも一緒に、海賊たちと戦うんだ!」と、張り切るように。
(…きっとそうだよ…)
ぼくは本物に会ったんだ、と嬉しくなる。
ピーターパンが残した残像、赤いマントの欠片を見たのが「本物」の証。
置いてゆかれてばかりだけれども、ピーターパンには「会えて」いる。
一緒に駆けてはゆけないだけで、「ぼくはまだ、会えているんだよ」と。
ピーターパンにまだ「会える」のならば、「子供の心」を失くしてはいない。
かなり失くしてしまったけれども、消えてなくなってはいない。
(……ピーターパン……)
忘れないようにするから、ぼくも一緒に連れて行って、と願うシロエは気付かない。
遠い昔に、彼が出会った「ピーターパン」。
赤いマントを纏ったミュウの少年、ジョミー・マーキス・シンが「そうだ」と信じたことを。
彼が自分の「ピーターパン」だということを。
ピーターパンが残した欠片は、今もシロエの心の中。
赤いマントの残像になって、いつも、いつだって少年のままで…。
ピーターパンの欠片・了
※シロエが「ぼくは此処だよ!」と呼んでいた「ピーターパン」。ジョミーの思念波通信で。
だったら覚えていたんだろうか、と考えたわけで…。其処から捏造、赤いマントの残像。
(…何が起こった?)
此処は何処だ、とキースは辺りを見回した。
昨夜は確かに、旗艦ゼウスの指揮官室で眠った筈。ところが、まるで見覚えが無い場所。
(……それにだな……)
なんだって床で寝ているのだ、と起き上がる。
ベッドは消え失せ、代わりに「床に敷かれた」寝具。でもって、寝具が敷かれた床は…。
(これは畳と言うものでは…?)
今どき、畳なんぞが何処に、と言いたいけれども、本当に畳。ついでに部屋は「和室」だった。土壁な上に木で出来た天井、それから襖。窓には障子で、机と椅子だけが…。
(…辛うじて、普通…)
どうして私はこんな部屋に、と立ち上がろうとして、其処で気付いた。「服まで変だ」と。
着物の一種のようなパジャマで、どうやってそれを着たかも謎。妙なこともある、と考え込んでいたら、其処でガラリと開けられた襖。そう、外側から。
「キース、起きんか! この馬鹿者が!」
今朝はお前の番だろうが、と怒鳴った、着物姿の男は…。
(元老アドス…!)
見事なまでに禿げた男は、ゼウスに乗船して直ぐに「殺された」筈。なのに、何故だかピンピンしていて、キースを叱り付けて来た。「大晦日の朝に寝過ごすなどとは、ド阿呆めが!」と。
「…大晦日…?」
「まだ目が覚めんか、愚か者が! さっさと鐘を撞いて来んかい!」
情けないわ、と喚き散らされ、ようやく理解した「己の立場」。
(……そうか、私は……)
この「元老寺(げんろうじ)」の副住職で、住職は父のアドス和尚。
朝一番の鐘を撞くのは、アドス和尚と交代の仕事で、当番制。今日は大晦日で、自分の番で…。
「す、すまない、親父! 行ってくる…!」
もう大慌てで済ませた着替え。
いわゆる「墨染の衣」というヤツ、それに輪袈裟も首から下げて…。
(…思いっ切り、遅刻…!)
大晦日だというのに失礼しました、と鐘楼に走って釣鐘を撞いた。ゴーンと一発。
いつも「時計より正確だ」とまで言われるほどの、元老寺の鐘。
そいつが華麗に遅刻したのが大晦日の朝で、もちろん、キースは叱られた。庫裏に戻った途端にガッツリ、元老アドスならぬアドス和尚と…。
「キース、お母さんは悲しいわ…」
大晦日に大恥をかくなんて、と母のイライザが袂で涙を拭っている。情けなさそうに。
着物をキッチリ着ている「母」は、マザー・イライザにそっくりの姿。
つまりは、此処は「そういう世界」で、旗艦ゼウスは「存在しない」。かてて加えて、キースの姿というヤツも…。
(…ステーション時代に戻ったかのようだ…)
高校一年生だからな、と感慨に耽ってしまう。「叱られている」最中なのに。
私立シャングリラ学園、それが「今のキース」が通う高校。皮肉なことに、ミュウどもの母船、モビー・ディックの「ミュウの側での」呼び名と全く同じ名前で、「シャングリラ」。
「このド阿呆が! 御本尊様にもお詫びせんかい!」
朝のお勤めの時間じゃからな、と「父」のアドスに拳で頭をゴツンとやられた。
なるほど、そういう時間ではある。坊主の一日は「朝に礼拝、昼も礼拝、夜も礼拝」。ひたすら唱える念仏とお経、来る日も、来る日も。本堂に行っては、蝋燭や線香に火を点けて。
(御本尊様にお詫びということは…)
アレが来るのか、と副住職ならぬ「国家主席」は悟っていた。恐怖の罰礼(ばつらい)。
本堂の阿弥陀如来様の前で、「南無阿弥陀仏」と唱えながらの五体投地を、多分、百回。
(…素人さんなら、百回で膝が笑うのに…)
坊主の場合は、基本が百回で…、と泣きたい気分。
中身は「叩き上げの軍人」だけれど、此処では「ただの副住職」。罰礼は、とても「恐ろしい」罰で、出来れば「やりたくない」ものだから。
そうは言っても、回避できない「この設定」。
「父」のアドスと本堂でお勤め、正座をしての、長ったらしい読経が済んだと思ったら…。
「分かっておるな? 今日は大晦日じゃから、罰礼は百回などでは足りんぞ」
三百回じゃ! とアドスが言い放った。「副住職」の身には「キツすぎる」ことを。
「さ、三百回…!?」
「当然じゃろうが、さっさとやらんか!」
数えるからな、とアドスが取り出すカウント用のマッチ棒。
普段だったら、マッチは「蝋燭や線香に」使うものなのに。けしてハードな五体投地を、数えるためのものではないのに。
(し、しかし、やらねば…)
後が無いのだ、と分かっているから、「南無阿弥陀仏」と始めたキース。本堂の床に五体投地を三百回、という強烈な刑に服するために。
(…朝っぱらからエライ目に遭った…)
おまけに大晦日は忙しいんだ、と仕事に追われまくる内に、またまたアドスが現れた。
「そろそろ、銀青(ぎんしょう)様がお越しになるからな。山門の前までお迎えに出ろ」
「銀青様…?」
誰のことだ、と口にする前に、ピンと来た「答え」。
「この設定」では、父のアドスより遥かに偉くて、総本山の老師までもが「ハハーッ!」と頭を下げる存在。…それが「銀青様」で、その正体は…。
(……ソルジャー・ブルー……!)
此処では「死んでいなかった」のか、と呻きたい、超絶美形なミュウの元長。
伝説のタイプ・ブルー・オリジン、そいつが此処では「伝説の高僧、銀青様」。
大晦日は毎年、「父」のアドスに請われて、除夜の鐘を撞きにやって来る。アドスが手配した、立派な黒塗りのタクシーで。…高僧の証の「緋色の衣」なんぞも持参で。
(何故、私が…!)
あんな野郎の「お出迎え」に、と寒風吹きすさぶクソ寒い中で、山門の前で震えていると…。
じきに走って来た黒塗りのタクシー、運転手が降りて丁重にドアを開け…。
「やあ、キース。…今年もお世話になるよ」
今年の着替えは何処の部屋かな、と車を降りたソルジャー・ブルー、いや、銀青様。
その実態は「キースが通っている高校」の生徒会長、年の方は半端ないけれど。ミュウの元長と全く同じで、軽く三百歳越えだけど。
「…部屋なら、おふくろが暖めている。早い時間から、暖房を入れてな!」
「それは有難い。今日も冷えるねえ…」
夜には雪になりそうだよね、と銀青様は「ただのブルー」なモード。
とはいえ、根っこは「偉そう」な感じ。
なにしろ「頼むよ」と持たされた荷物、それの中身は「緋色の衣」。最高の位の坊主だけしか、緋色の衣は着られない。そいつに似合いの立派な袈裟まで、専用鞄に詰まっているから…。
(俺はこいつに、絶対に…)
頭が上がらないままで正月、と既に分かっている運命。
「この設定」では、そうだから。…坊主の世界は、「偉い坊主に絶対服従」、そういう世界。
鉄の掟が存在する以上、今のキースは「ブルーの下僕」。どう転がっても。
やたらめったら「偉そうな」オーラを漂わせるのが、「緋色の衣」に着替えたブルー。
キンキラキンの袈裟も纏って、除夜の鐘を撞く準備の方はバッチリ。
「銀青様、今年もよろしくお願いします」
最初の鐘と、最後の分を…、と頭を下げるしかないキース。身分は「副住職」だから。
「今はブルーでいいけどさ…。それより、今日は仕事が色々あるだろう?」
そっちに行ってくれればいいよ、と「銀青様」は鷹揚だった。「ぼくは勝手に寛いでるから」と緑茶を啜って、茶菓子などにも手を伸ばして。
「有難い。では、行ってくる…!」
ミュウの元長ならぬ「銀青様」を庫裏の座敷に残して、仕事に追われまくりのキース。大晦日の寺はもう本当に忙しい上、元老寺の除夜の鐘と言ったら「大人気」。
「午前二時まで撞き放題」の魅力は大きく、おぜんざいの「お接待」もまた、人気の秘密。
(…今年も、この日がやって来たか…)
年末年始は忙しいんだ、と「国家主席」とは全く違った中身の仕事をこなしまくって、大急ぎで境内を歩いていたら…。
「キース先輩!」
今年も来ました! と現れたシロエ。…E-1077の時代そのままに。けれど、私服で。
(……シロエ……!)
此処では生きているのだな、と涙が溢れそうになった所へ、「よう!」とサムまで。これまた、E-1077で「出会った頃」と変わらない姿。
(…サム…!)
お前もいるのか、と思う間もなく、「キース、今年もお世話になります」とマツカが来た。今の設定では、「大財閥の御曹司」のマツカ。もちろん、「死んでなんかはいない」。
(……みんな、いるのか……)
E-1077を去ったスウェナもやって来た。自由アルテメシア放送などとは無縁の、ごくごく普通の「女子高生」が。
(…それに、ジョミーか…)
こいつも此処では同級生か、とキースが眺めるジョミー・マーキス・シン。
闇鍋みたいな詰め合わせだけれど、それでも何故か嬉しくはある。シロエも、サムも、マツカも「死んではいない」世界。…みんな揃って、シャングリラ学園の一年生で。
シロエやサムたちは、ワイワイ騒ぎながら列に並んだ。除夜の鐘を撞く行列に。
じきに夜が更け、チラチラと雪が舞い始める中、キースは「銀青様」なブルーのお供で…。
(この鐘で年を送るのか…)
なんとも不思議な習慣だ、と「国家主席」には分からないブツが「除夜の鐘」。
けれど「副住職」の方では、それが毎年の習慣らしい。ブルーにお供し、特設テントから鐘楼に向かって、鐘を前にして…。
「銀青様、もうそろそろかと…」
「うん。…じゃあ、始めようか」
撞木の綱を握ったブルーが、力一杯、撞いた鐘。…朝にキースが「遅刻した」鐘。
そいつが境内にゴーン…と厳かに響き渡って、最初の鐘が撞かれた後には、一般人の出番。列の先頭から順番に「ゴーン…」で、撞き終わったら…。
「皆さん、召し上がってから、お帰りになって下さいね!」
「母」のイライザが、宿坊の人たちに手伝わせながら、配るホカホカの「おぜんざい」。
もう新しい年が明けていて、シロエやサムたちも鐘を撞き終え、熱い「おぜんざい」に舌鼓。
(……いいものだな……)
坊主稼業はハードなのだが、と朝に食らった罰礼三百回の刑とか、朝昼晩の「お勤め」だとかを回想したって、「こっちの方がいい」気がする。
国家主席をやっているより、「高校生と副住職の二足の草鞋」の人生が。
元老アドスが「実の父」だろうが、「実の母」がマザー・イライザそっくりだろうが。
そうこうする内に、除夜の鐘が終わる午前二時。
またまた「銀青様」のお供で、最後の鐘をブルーがゴーンと撞いたら、次なる仕事。
(正月と言えば…)
修正会(しゅしょうえ)だしな、と向かう本堂。新年を迎えて、最初の法要。
「キース先輩、今年も椅子席は駄目なんですか?」
「やかましい! 若いお前たちは、正座だ、正座!」
椅子席なんぞは贅沢なのだ、と叱り飛ばすのも「お約束」らしい、この世界。
「父」のアドスと読経三昧、そんな修正会を終えたら、シロエやブルーたちは宿坊に引き揚げて行った。元老寺の自慢の宿泊施設を、大晦日だけは貸し切りで。
(俺はこっちか…)
副住職だから、当然だが…、とキースは「布団」を敷いて休んだ。「自分の部屋」で。
きっと目覚めたら「旗艦ゼウス」で、「この設定」は消えているだろう。
(…どうせだったら、正月を此処で…)
迎えたかった、という夢が叶ったか、暗い内に叩き起こされた。「父」のアドスに。
「早く起きんか! 正月と言えば初日の出じゃ!」
皆で山門で拝まねば、と叱り飛ばされ、「昨日と同じパターンだな…」などと思ってしまう。
墨染の衣に袖を通しながら、輪袈裟なんかも着けながら。
(だが、今朝の鐘は…)
親父の方の当番だしな、と向かった元老寺の山門。
其処に、サムもシロエも、マツカも、ブルーやジョミーも勢揃いして…。
「よいですかな、皆さん。二礼、二拍手、一礼ですぞ」
アドスが仕切って、昇る朝日を皆で拝んだ。柏手を打って、「今年もよろしく」と。
それが済んだら、庫裏で「お屠蘇」で、「お雑煮」に「おせち」。
「「「あけましておめでとうございます!!!」」」
皆で挨拶、それは賑やかな宴会となった。
「この設定」では未成年だから、キースたちは「酒が飲めない」けれど。
三百歳越えのブルーただ一人が、「父」のアドスの酌で「飲みまくって」いるけれど。
「キース先輩、明日は初詣に行きましょう!」
今年もアルテメシア大神宮ですよ、とシロエがブチ上げ、練られる計画。初詣のついでに、何を食べに何処へ出掛けてゆくか。予算の方は…、などとワイワイと。
今日の所は、「本堂で檀家さんの初詣」を待つのが「副住職の仕事」。
ゆえに「みんなで初詣」は明日、じきに本堂へ出掛けてゆかねばならなくて…。
(サムとジョミーも僧籍だから…)
着替えをさせて、俺と親父の手伝いを…、と立ち上がったキース。
「あいつらに着せる法衣の用意も、俺の管轄」と、「用意が済んだら、嫌がるジョミーを本堂に引き摺って行かないと」などと、考えながら。
サムは「いずれ坊主になる気満々」、それとは真逆なのがジョミー。
初詣を進んで手伝うどころか、お盆の時の棚経さえも…。
(お経を全く覚えないから、俺の後ろで口パクなんだ…!)
今年こそ、あの腐った性根を叩き直す、と襖を開けて廊下に出たのだけれど。
(………!!?)
戻ったのか、とキースは「旗艦ゼウス」で目覚めた。
昨夜、眠った指揮官室で。
畳に敷かれた布団ではなくて、ベッドの上で。…何もかも、綺麗サッパリ消えて。
(…さっきまでのは…)
夢だったのか、と思うけれども、あまりにも「リアルだった」設定。
それにシロエも、サムたちもいた。…マツカも生きて笑っていた。
(明日の初詣の、スポンサーの方をよろしく、と…)
シロエたちがマツカに頼んでいたな、と思い出す。
自家用ジェットまで持っているのが「マツカの父」で、外国にまで別荘が幾つもあって…。
(…なのに、とことん謙虚な所が、本当にマツカらしかった…)
「銀青様」なソルジャー・ブルーが、「偉そうな」オーラを背負っていたのも、似合うと思う。
ミュウの長のジョミーが、「坊主は嫌だ」と逃げたがるのも…。
(…あいつらしい、という気がするぞ…)
そして私は「副住職」か…、とキースが浮かべた苦笑。
苦労人な所が、今の自分と被るから。
…朝から罰礼三百回とか、「父」のアドスに叱られまくりで、「銀青様」にも絶対服従、そんな「辛すぎる」生き方が。
けれども、楽しくはあった。…夢でも、「みんなが笑顔」だった世界。
あんな世界があるのなら…、とキースは暫し、夢を見る。
「ああやって皆で笑い合えるのなら、副住職でもいいのだが」と。
朝っぱらから鐘を撞いては、読経三昧な人生でもいい。年中無休な、坊主の世界の住人でいい。
私立シャングリラ学園の「一年生」として、生きてゆけるなら。
そういう世界がもしもあるなら、「副住職くらい、いくらでも務めてやるのだが」などと…。
国家主席の迎春・了
※キースが副住職な世界は、「本当に」存在しています。管理人が8年以上も書いてるイロモノ。
「書き手になる」気は無かったもんで、オリキャラとかを入れちゃいましてね…。
おまけに「管理人の日記風」の文章、ゆえに「イロモノ」という扱い。オールキャラですが。
そんなブツでも「読んでみたい」方は、「管理人の巣」までお越し下さい。
其処からリンクが貼ってあります、ずばり「シャン学アーカイブ」。表には出せん…。
(アルテメシアは制圧したけど…)
戦いはまだこれからなんだ、とジョミーは部屋で自分の拳を見詰めていた。
テラズ・ナンバー・ファイブを倒して、サムの思い出の記念パスを捨てて来たけれど。長い間、手放せなかったものを、「変わらなければ」と足元の水に投げ入れたけれど…。
(まだまだ、ぼくは甘すぎて…)
こんなことでは地球に行けない、と分かっている。
若い世代に人気の「ジョミー」のままでは、とても開けてくれない未来。ナスカの子供たちにも甘く見られるし、変えねばならない自分のキャラ。
(親しみやすいソルジャー・シンでは…)
駄目なんだ、と百も承知で、けれど、どうすれば変われるのか。
(愛されキャラでは駄目なわけだし、嫌われる方…?)
いやいや、皆に恐れられ、怖がられてこそのソルジャーだろうか。「怒らせたら怖い」と、皆がドン引きするソルジャー。そういったジョミーがいいだろうか、と。
(うーん…)
恐怖政治が一番だ、という気がしないでもない。
人類軍にも容赦しないけれど、仲間たちにも引かれるくらいの冷血漢。そういう「ジョミー」を作り上げたら、船の空気も変わるだろう。
(みんながピシッと背筋を伸ばして…)
地球を目指して戦い抜くのみ、そんな頼もしいシャングリラ。
それでこそ、人類にも勝てるというもの。血も涙もない「ソルジャー・シン」が君臨したなら、憎いキースにも負けないキャラになったなら。
(よーし…)
頑張るぞ、と固めた決意。
キースが「冷徹無比な破壊兵器」と呼ばれているなら、自分もそれに倣ってなんぼ。
倣うどころか、キースの奴を超えてやる、と固く決心したわけで…。
次の日、シャングリラのミュウたちは皆、目を剥いた。
船のあちこち、通路や食堂、それに憩いの公園のベンチに至るまで…。
(((欲しがりません、勝つまでは…)))
ベタベタと貼られたスローガン。夜の間にジョミーが貼って回って、食堂でも皆にブチ上げた。
「あの精神だ」と、「個人的な思いは捨てて貰うぞ!」と。
こうして始まったのが恐怖政治で、その日の内に最初の犠牲者が出た。…そう、ブリッジで。
「おい、其処の奴!」
立て! と鋭く叫んだジョミー。視察に来ていた真っ最中に。
「は、はい…?」
何でしょうか、と立ち上がった男性ブリッジクルー。シャキッとではなく、おずおずと。
そうしたら…。
「なんだ、その腰が引けた立ち方は! 弛んでるぞ!」
それだから欠伸なんかをするんだ、と睨んだジョミー。「欠伸をしようとしただろう?」と。
「い、いえ…。ちゃんと噛み殺して…!」
「噛み殺したのは分かっている! 欠伸が出るという精神が駄目なんだ!」
弛みまくっている証拠だ、とジョミーはビシバシ詰って、挙句の果てにこう言い放った。
「貴様は、機関部送りだ!」と。
「「「…機関部だって?」」」
ザワザワとブリッジに広がるどよめき。
機関部と言えば、このシャングリラの動力源。人類軍の攻撃を受けた時には、真っ先に狙われる心臓部。エンジンさえ破壊してしまったなら、シャングリラはもう飛べないから。
『マジかよ、この前も被弾してたぞ…?』
『ワープドライブが大破したのも、最近だよな…?』
あんな所へ転属になったら、命が幾つあっても足りない、と思念が飛び交っているけれど…。
「ぼくが機関部だと言ったからには、機関部だ!」
行ってこい! とジョミーは件の男を蹴り出した。「命があったら、戻れることもあるだろう」などと、それは冷たい笑みを浮かべて。
ジョミーが始めた「機関部送り」は、船中を震え上がらせた。
何が切っ掛けで「飛ばされる」かも分からない日々、ブリッジクルーなどでなくても。
ある時などは、船の通路で手を繋いでいたカップルが…。
(((この非常時に、イチャつくなどは言語道断…)))
そう断じられて、仲良く機関部送りになった。「あそこには死角も多いからな」と、鬼の笑みを浮かべたソルジャー・シンの一声で。「好きなだけイチャついてくるがいい」と。
一度機関部送りになったら、そう簡単には戻れない。
いつ被弾するかも謎の機関部、其処で毎日、汗水たらして走り回って、怒鳴り散らされて…。
(((機関部は、筆頭がゼル機関長…)))
キレやすいと評判のゼルが筆頭、それだけに部下も荒っぽい。新入りには恐ろしい洗礼もある。
(((ワープドライブ、千本ノック…)))
そう呼ばれている激しいシゴキで、その実態は誰も知らない。機関部勤務の者を除けば。
「機関部送り」になったが最後、「ワープドライブ、千本ノック」で手荒な歓迎。女性だろうと容赦されずに、ガンガン仕事を押し付けられて…。
(((人類軍の攻撃が来たら、真っ先に被弾…)))
叩き上げの機関部の連中だったら、「来やがったな!」と張れるシールド。着弾する前に、脊髄反射で自分の周りに展開して。
そうしておいたら、ドッカンドッカン被弾しようが、爆発しようが無傷だけれど…。
(((ド素人だと、逃げ遅れて…)))
機関部の猛者たちが「死ぬぞ、馬鹿!」と投げてくれるサイオン、それで辛うじて拾える命。
髪が焦げるなどは日常茶飯事、軽い火傷は御愛嬌。…制服が焦げて穴が開くのも。
(((…機関部にだけは…)))
送られたくない、と皆が思うから、たちまち引き締まった船。
ソルジャー・シンが通ろうものなら、誰もがサッと最敬礼。直立不動で、「光栄であります!」などと叫んで。
何が「光栄」なのか分からなくても、「とにかく礼を取っておけ」と。
シャングリラの空気は変わったけれども、「まだ足りない」と思うのがジョミー。
若い世代は恐怖政治の日々にガクガクブルブル、ずいぶんと気合が入ったけれど…。
(…アルタミラからいる、古い世代が問題だよね?)
いわゆるゼルとか、ハーレイだとか。雑魚も大勢いるけれど。
そうした「古い世代」の連中、彼らは今の恐怖政治を歓迎している状態だった。
「これでシャングリラは地球に行ける」と、「若い奴らも、ようやっと目を覚ましたか」と。
その上、彼らは頭が固い。船の主役は古い世代だと思い込んでいて、「ソルジャー・シン」さえ怖がらない。「若造がよく頑張っている」という目で見ているだけ。
(あの連中も、なんとかしないと…)
誰がボスかを分からせないと、とジョミーは策を巡らせ、ついにその日がやって来た。
降伏して来た人類軍の救命艇。それの爆破をトォニィたちに命令した後、長老たちから食らった呼び出し。「ソルジャー、こちらへ」と会議室まで。
「…あれは、どうかと思うがのう…」
ちと酷すぎると思わんか、と口火を切ったのがゼルで、ハーレイたちも続いたから…。
「…よく分かった。ゼル機関長、あなたは甘すぎるようだ」
その考えでは生き残れない、とテーブルにダンッ! と叩き付けた拳。
「人類がミュウに、何をしたかを忘れたのか」と。
「これまで散々、アルタミラの惨劇がどうのと言っていたのは、寝言なのか?」などと凄んで。
「そ、そういうわけでは…! ワシはじゃな…!」
降伏した者まで殺すというのは…、とゼルは慌てたけれども、時すでに遅し。
「ゼル。…君も耄碌したようだ。君の弟は、アルタミラで死んだと聞いていたが…?」
ハンスの無念も忘れるようでは、もう終わりだな、とジョミーはフッと冷笑した。
「頭を冷やしてくるがいい」と。
「今日から蟄居を申し付ける」と、「一週間ほど、部屋に籠っていて貰おうか」と。
「そ、ソルジャー…!!」
機関長のワシをどうする気じゃ、というゼルの叫びは聞き流されて、ブリッジのゼルの席は暫く空席になった。「蟄居中」という張り紙がされて。
かくしてジョミーは「若い世代」にも、「古い世代」にも恐れられる恐怖の存在となった。
「生きて地球まで行きたかったら、ソルジャー・シンには逆らうな」と。
若い世代なら機関部送りで、古い世代を待つものは「蟄居」という名の謹慎。
(((ナスカの子たちは、まだ子供だから…)))
トイレ掃除になるんだよな、と遠巻きに見詰める船の連中。
今どきレトロなモップやバケツや、雑巾を持ったトォニィたちが通路をトボトボ歩くのを。
(((お疲れ様です…)))
シャングリラの中のトイレの数は半端ないっす、と誰もがブルブル。
どの刑にしても、「明日は我が身」かもしれないから。
ソルジャー・シンに「貴様!」と怒鳴られたなら、どの刑が来てもおかしくはない。気分次第で選ばれたならば、古い世代に「機関部送り」は充分にあるし…。
(((若い世代でも謹慎だとか、トイレ掃除を一週間とか…)))
逆鱗に触れたら終わりだからな、と皆が震えて、「ソルジャー・シン」の名は不動となった。
「彼に逆らったら、後が無い」と。
生きて地球まで行きたいのならば、もう絶対の服従あるのみ。
「欲しがりません、勝つまでは」という精神で。
ミュウの時代を迎えるまでは、何を言われても「光栄であります!」と最敬礼で。
(ミュウだって、やれば出来るじゃん…)
この勢いなら地球に行ける、とジョミーは今日もニンマリと笑う。
恐怖政治は効果抜群、これならブルーに言われた通りに…。
(地球に辿り着いて、ミュウの未来をゲットで…)
それが済んだら楽隠居だ、と演じ続ける「血も涙もないソルジャー・シン」。
「こういうキャラも悪くないよね」と、「ぼくだって、やれば出来るんだよ」と…。
鬼のソルジャー・了
※常連さんから貰ったコメントの中に、「シン様が鬼畜な話、読みたい」。そう言われても…。
とても書けない人間なわけで、出来てしまったのがコレ。機関部送りにされそうです。