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(此処からは、何も…)
 見えやしない、とシロエが見渡した部屋。
 教育ステーション、E-1077で与えられた個室。
 とうに夜更けで、「外」だったならば星が瞬いていることだろう。
 宇宙に浮かんだステーションではなくて、何処かの惑星の上だったなら。
 けれど、此処では瞬かない星。
 真空の宇宙に光る星たちは、それぞれの場所で「輝く」だけ。
 大気が無ければ、星はそうなる。
 チラチラと瞬くことさえ忘れて、ただ光だけを放ち続けて。
 その星たちの中に、クリサリス星系もあるのだろうか。
 エネルゲイアがあった育英惑星、アルテメシア。
 それを擁するクリサリス星系、その中心で輝く恒星。
 「あれが故郷だ」と分かる光は、星たちの中にあるのだろうか…?
(…あったとしたって…)
 たとえ此処から見えたとしたって、「この部屋」からは何も見えない。
 個室には「窓が無い」ものだから。
 そういう構造になっているから、誰の部屋にも窓は無い筈。
 覗きたくても覗けない外、窓の向こうにあるだろう宇宙。
 漆黒のそれを目にするチャンスは、ステーションの外での無重力訓練などを除けば…。
(…食堂の窓くらいしか…)
 候補生が見られる場所も、機会も無いと言っていいだろう。
 星が瞬かない宇宙。
 何処までも暗い闇の色が続く、果てしなく深い宇宙を見ることが出来る場所は、あそこだけ。
 だから、此処から宇宙は見えない。
 故郷があるだろう星も見えない、「あれがそうだ」と探したくても。


 このステーションに連れて来られた直後。
 成人検査で記憶を奪われ、ピーターパンの本だけが支えだった頃。
 窓の有無など、どうでも良かった。
 どうせ故郷には「帰れない」から、「見えはしない」とも思ったから。
 …あまりに悲しすぎたから。
 失ったものがとても大きくて、帰れない過去が多すぎて。
 まるで心に穴が開いたよう、何もかも失くしてしまったかのよう。
 呆然と日々を過ごす傍ら、懸命に勉学に打ち込んだ。
 そうすればいつか、道が開けるかもしれないと。
 今の世界が「おかしい」のならば、「ぼく自身が、それを変えてやる」と。
 いつの日か地球のトップに立つこと、機械に「止まれ」と命じること。
 それだけを夢見て、自分を何度も叱咤する中、ある日、気付いた。
 「此処は牢獄だったんだ」と。
 マザー・イライザが見張る牢獄、けして此処からは逃れられない。
 何処へ逃げようとも、マザー・イライザの手のひらの上。
 このステーションにいる限り。
 E-1077で生きてゆく限りは。
(……牢獄ね……)
 それなら窓があるわけもない。
 囚人に「外」の世界は要らない、見せない方がマシというもの。
 見せれば、出ようとするだろうから。
 自由を求めて足掻き始めて、きっとろくでもないことをする。
(ずっと昔は…)
 食事のためにと渡されたスプーン、それで脱獄した者さえもいた。
 独房の床を、スプーンで少しずつ掘って。
 掘った穴はいつも巧妙に隠し、掘り出した土は…。
(外で作業をする時に…)
 衣服の中に隠して運んで、捨てたという。穴の存在が知られないように。


(……此処じゃ、スプーンで掘ったって……)
 外の世界に出られはしない。
 出られたとしても、その瞬間に潰える命。
 真空の「外」で、人間は生きてゆけないから。
 一瞬の内に死んでしまって、屍が残るだけなのだから。
(…それでも、此処に窓があったら…)
 きっと故郷が見えただろう。
 今も両親が暮らしている星、アルテメシアを連れた恒星。
 その輝きが窓の向こうにあったのだろう、瞬かない星たちの中に混じって。
(…パパ、ママ……)
 家に帰りたいよ、と心の中で呟いてみても、届きはしない。
 クリサリス星系が此処から見えても、其処に声など届けられない。
 けれど見えたら、どんなにか…。
(……懐かしくて、あそこにパパとママがいる、って……)
 毎夜のように、そちらばかりを見るのだろう。
 スプーンで掘っても、外に出ることは出来なくても。
 遠い故郷へ帰りたくても、其処へ飛んでゆく術が無くても。
 きっと焦がれて焦がれ続けて、ある日、割りたくなるかもしれない。
 故郷の星が見えている窓を。
 真空の宇宙と中を隔てる、強化ガラスで作られた窓を。
(割った途端に…)
 中の空気は吸い出されるから、投身自殺をするようなもの。
 死ぬと承知で、高層ビルの窓から外へ飛ぶのと同じ。
 自由になれたと思う間もなく、命は潰えているのだろう。
 ほんの僅かな自由を手に入れ、それと引き換えるようにして。
 空を舞ってから地面に落下するように、真空の宇宙に押し潰されて。


 それでも、と思わないでもない。
 もしもこの部屋に窓があったら、「ぼくは飛ぶかもしれない」と。
 懐かしい故郷に近付けるなら、と漆黒の宇宙へ身を投げて。
(…そのために窓が無いのかも…)
 ぼくのような生徒が外へ飛ばないように、と考える。
 その気になったら、強化ガラスを叩き割ることは出来るから。
 現に自分が持っている工具、それの一つで殴り付ければ、ガラスは微塵に砕けるから。
(…自殺防止って…?)
 ふざけるなよ、と言いたい気分。
 自分は「自殺」などしない。
 この牢獄から「逃げたい」だけで、「自由になった」結果が「死」になるだけ。
 強化ガラスの窓を割っても、きっと後悔などしないだろう。
 「ぼくは自由だ」と夢見るように、瞬かない星を見るだけで。
 「あそこにパパとママがいるんだ」と、「ぼくはこれから帰るんだから」と。
 帰ってゆくのが魂だけでも、自由があるならそれでい。
 この牢獄から逃げ出せるのなら、何処までも飛んでゆけるのならば。
(飛んで行ったら、家に帰れて…)
 もっと飛んだら、ネバーランドに着けるだろうか。
 ネバーランドよりも素敵な地球へも、此処から飛んでゆけるのだろうか。
 この部屋に「窓」がありさえしたら。
 窓の向こうに故郷を見付けて、焦がれ続けて、ある日、「飛んだ」ら。
 強化ガラスの窓を叩き割り、その向こうへと。
 高い窓から身を投げるように、漆黒の宇宙(そら)へ飛び出したなら。
(……きっと、飛べるに違いないんだ……)
 そんな気がしてたまらない。
 窓の向こうには、「自由」が待っているだろうから。
 牢獄の外に、マザー・イライザはいないのだから。


 叩き割ったら外に出られるのは、食堂にある窓でも同じ。
 とても大きな窓を割ったら、たちまち宇宙に放り出されることだろう。
(…でも、あそこだと…)
 死んで終わりで、宇宙を何処までも飛んでゆけはしない。
 あの場所だったら、大勢が見ているのだから。
 「セキ・レイ・シロエが何かしている」と、「まさか、あの窓を割るのでは」と。
(どうせ、あいつらなんかには…)
 逆立ちしたって分かりはしない。
 どうして自分が窓を割るのか、窓の向こうに何があるのか。
 騒ぐ生徒は野次馬ばかりで、誰も分かってなどくれない。
 どんなに自分が「飛んで」ゆきたいか、どうして「窓を割りたい」のか。
(…そんな所で宇宙に放り出されても…)
 無駄に屍を晒すだけのことで、きっと「自由」は手に入らない。
 本当に自由が欲しいのだったら、「誰もいない」場所で飛び立つこと。
 「誰も止めない」、「誰も騒ぎはしない」所で。
 ただ一人きりの場所で窓を割ったら、迎えが飛んで来るのだろう。
 幼い頃から、待って、待ち焦がれたピーターパンが。
 背に翅を持ったティンカーベルが。
(妖精たちは宇宙を飛べなくたって…)
 「窓を割った向こう」にある宇宙ならば、彼らもきっと自由に飛べる。
 そうして、此処に来るのだろう。
 「ネバーランドへ、地球へ行こう」と。
 クリサリス星系にも寄ってゆこうと、「お父さんとお母さんにも会って行こう」と。
(……此処に窓さえあったなら……)
 ぼくは自由を手に入れるのに、と「ありもしない窓」に恋い焦がれる。
 「此処は牢獄なんだから」と、だから窓さえありはしない、と唇を噛んで。
 窓の向こうは、きっと自由な世界だから。
 其処に向かって身を投げたならば、何処までも飛んでゆけそうだから…。

 

           逃れたい窓・了

※いや、E-1077の個室って「窓」が無いよな、と思ったわけで。多分、構造上の問題。
 けれど「無い」なら、見えないのが「外」。こういう話になりました、はい…。









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(…なんとも悪趣味な館だな…)
 やたらゴテゴテ飾り立てて、とキースが見回した館の中。首都惑星ノアで。
 パルテノン始まって以来の、軍人出身の元老に選出される日が近付いている。その日を控えて、挨拶回りが始まった。まずは此処から、と一人目の館にやって来たものの…。
(あんな大きな絵を飾らなくても…)
 それに、あそこの壺も要らん、と呆れたくなる。他にも色々、床に敷かれた絨毯だって、軍人の目には無用の長物。別に無くても困りはしないブツだから。
 ゆえに館に住まう元老、彼への挨拶が済んだら「では」と辞去した。
 次に出掛けた先でも同じで、そのまた次も。「どの館も無駄に飾りが多い」と思っただけで。
 けれど、キースを迎えた元老たちの方では、まるで違っていた見解。
「…キース・アニアンが訪ねて来たかね?」
「ああ、来たとも。…どうしようもない奴だったが」
 あの絵の値打ちに気付かんようでは…、と一人が愚痴れば、たちまち愚痴祭りになった。彼らの自慢のコレクション。それをキースは一顧だにせず、見事にスルーだったから。
「アニアンは芸術を分かっておらん! ワシの自慢のキリアンの絵をスルーしおったわ!」
「な、なんと…! キリアンと言えば、SD体制始まって以来の画聖ではないか!」
 ただの落書きでも、オークションに出れば引く手あまたで…、と元老たちは唖然呆然。欲しいと思っても、買えない人間がドッサリいるのが「画聖・キリアン」の作。
 それの値打ちが分からないなど、パルテノンでは「有り得なかった」。
 芸術や文化に造詣が深いのが、元老入りの必須の条件。そういう教育を受けて育って、エリート人生まっしぐら。それが元老たちだったから。
 そもそも、教育ステーションからして、軍人コースと元老コースは全く違う。
 キースが育ったE-1077、そんな所は、パルテノン入りを目指す人間たちからすれば…。
「…これだから、軍人上がりは困るのだ。もう化けの皮が剥がれておるぞ」
「まったくだ。我々と対等に話をしたいと言うのなら…」
 審美眼から磨いて貰わないと、というのが総意。
 そんな具合だから、キースが元老になった途端に、始まった「いびり」。
 何かと言ったら、誰かの館でパーティーなわけで…。


 パーティーの度に、披露されるのが書画骨董。皆がやんやと褒め称える中、キースだけが…。
(…こんなガラクタの何処がいいのだ?)
 薄汚い鉢にしか見えんが、と理解できない「茶道具」の値打ち。
 なんでも「ととや」の茶碗がどうとか、破格の骨董らしいけれども、まるで分からない。薄汚い茶碗の何処がいいのか、どう眺めても。
(分からんな…)
 何で飲もうが、味は同じだ、とズズッと啜って終わった抹茶。
 「ととやの茶碗」を使った茶会が、そのパーティーの目玉だったのに。他の元老たちの場合は、同じ茶碗を称賛しまくり、「お道具拝見」と拝んでいたほどなのに。
「元老アニアン。…ととやの茶碗は如何ですかな?」
 主催の元老が訊くものだから、キースは至極真面目に答えた。「美味い茶でした」と。
 たちまちドッと笑いが起こって、もうゲラゲラと笑い転げる者まで。
 「ととやをご存じないとみえる」だとか、「いやいや、茶道も分かっておらん」だとか。
(…何が茶道だ…!)
 知るか、とキースが叫びたくても、パルテノンの中では新参者。いわゆる下っ端。
 グッと叫びを飲み込むしかなく、また別の日には違う館でパーティー。
(……これはキリアンの絵だったか?)
 確かそうだな、と「同じ轍は踏まん」と飾られた絵をガン見していたら…。
「おお、流石、お目が高い! もう気付かれたようですな」
 館の主が満面の笑みで、他の元老たちも見ている。だからキースは、名誉挽回とばかりに、絵を褒め称えた。「この色使いが素晴らしい」とか、「キリアンの絵は違いますな」などと。
 それなのに、何故か大爆笑。「これはこれは…」と、誰もが腹を抱えて。
(………???)
 何か可笑しなことを言ったか、と途惑うキースに、館の主はこう告げた。
「やはり、分かっておられなかったようで…。これは真っ赤な贋作ですぞ」
「うむ。キリアンの絵のパクリで知られた、キアランの作と見抜けませんかな?」
 まったく元老とも思えぬ話で…、と皆が漏らしている失笑。
 早い話が、今日の趣向は「贋作」鑑賞会。贋作といえども、けっこうな値段がする絵ばかりで、価値が高いのを並べたパーティー。…キースをいびるためだけに。


 こうしてキースの株は下がってゆく一方。
 鳴り物入りで果たしたパルテノン入りも、見る影もないという有様。
 挙句に食らってしまった呼び出し、それもグランド・マザーから。もう直々に。
「…手こずっているようだな、キース・アニアン?」
 お前ともあろう者がどうした、と紫の瞳がゆっくり瞬く。「私はお前を買い被ったか?」と。
「い、いえ、マザー! ですが、些か、畑が違いすぎまして…」
 あの手の教育は受けておりませんので、とキースが眉間に寄せた皺。
 なにしろE-1077での候補生時代はもちろん、マザー・イライザに叩き込まれた膨大な量の知識も役立たない。「機械の申し子」は軍人仕様で、そっち方面ならパーフェクトなのに。
「なるほどな…。それならば、学ぶしかあるまい?」
 無い知識ならば学べば良かろう、とグランド・マザーが吐いた正論。
 パルテノンの輩に馬鹿にされないよう、今から知識を増やしてゆくべき。書画骨董の世界に飛び込んで行って、数多の経験を積んで。
「…経験…ですか?」
「そうだ。あの世界は経験を積むことによってのみ、進むべき道が開かれる」
 軍人の道と何ら変わらぬ、とグランド・マザーはのたまった。「学ぶがいい」と、「そのための助力は、我も惜しまぬ」と。
「で、では、どのようにして学べば…?」
 教育ステーションの講義を、遠隔で受けられるのでしょうか、と尋ねたキース。
 恐らく、それが早道だろうし、グランド・マザーならば、その権限も持っているだろう。講義を受けるのが誰かは隠して、ノアへと配信させる力を。
(…この年になって、候補生とは…)
 だが、やむを得ぬ、とキースは腹を括ったのだけれど。
「講義ではない。そのようなことは、するだけ無駄だ。…要は場数だ」
 とにかく場数を踏んでゆくことだ、と言われても、まるで見えない進路。場数を踏むなら、恥をかきまくりのパーティーに出るしかないのだろうか?
 「ととやも分からん」と馬鹿にされても、「画聖・キリアン」だか、贋作名人キアランだかで、赤っ恥をかき続けても…?


 それは虚しい、と思ったキース。いくら場数が必要にしても、情けない、とも。
 そうしたら…。
「奴らを相手にせよとは言わぬ。…同じ道を行けと言っておるのだ」
 書画骨董に親しむがいい、とグランド・マザーは鷹揚に言った。何かと金がかかりまくるのが、その世界。「ととやの茶碗」を求めるにしても、「画聖・キリアン」の名画を手に入れるにも。
 並みの者なら、アッと言う間に破産なコースで、「入るな、危険」な世界だけれど…。
「マザーが支払って下さると!?」
 書画骨董の代金をですか…、とキースは目を剥いた。あまりにも太っ腹すぎるから。
「どうかしたのか、キース・アニアン?」
 私が誰だか忘れたのか、と瞬く紫の大きな瞳。此処には目しか無いのだけれども、本体は地球にあるのがグランド・マザー。SD体制の世界の頂点に立っている機械。
 グランド・マザーが命じさえすれば、国家予算規模の金だって動く。それも一瞬で。
 全宇宙規模での国家予算と、「ととやの茶碗」や「画聖・キリアン」の名画だったら、どっちが高いかは明々白々。
 つまりキースが書画骨董で道楽しようと、バックボーンは揺るぎもしない。
 来る日も来る日も茶碗を買おうが、名画を端から買いまくろうが。
 もちろん壺を集めてもいいし、絨毯を床に敷きまくっても…。
「…いいと仰るのですか、マザー?」
 とんでもない金がかかりますが…、とキースが確認しても、返事は変わりはしなかった。大きな瞳が瞬いただけで、「私が勧めているのだからな?」と。
「存分に買って、買いまくるがいい。…そうでなければ、目は肥えぬものだ」
 ととやの茶碗で始めるのも良し、絵の世界から入るも良し…、とグランド・マザーのお墨付き。
 パルテノン入りを果たしたものの、「冴えない」キースを鍛えるために。
 他の元老たちから馬鹿にされない、押しも押されぬ「理想の指導者」を創り上げるために。
 キースは「ハハーッ!」と礼を取ったわけで、進むべき道は書画骨董を買いまくる道。
 とにかくそういう世界へダイブで、目を肥やすしか道は無いものだから…。


「…聞いたかね? 元老アニアンが、日々、カモられているという話だが…」
「骨董屋が列をなしているそうだな…。何を届けても、即、お買い上げだとかで」
 昨日もキリアンの絵が売れたと聞いておるぞ、と元老たちは噂話に花を咲かせる。一朝一夕には磨けないのが「物を見る目」で、キースはいったい、どのくらい散財するのだろうか、と。
「じきに破産と見ておるが…。そうすれば目障りな奴が消えるぞ」
「いいことだ。我々も、これまで以上にだね…」
 アニアンをいびりまくろうではないかね、とパーティーの計画も次々に。
 芸術音痴のキースをいびって、赤っ恥をかかせるためだけに。「負けてたまるか」と骨董三昧の道に走って、破産して消えて貰おうと、捕らぬ狸の皮算用で。
 まさかキースが使っている金、それが「無尽蔵」だとは誰も思わないから。
 グランド・マザーが「いくらでも好きに使うがいい」と、言ったなどとは気が付かないから。
 そしてキースは、今日も自分を鍛えていた。
「キリアンの絵は私が貰おう! これだけだ!」
 オークションハウスでブチ込む大金、何処から見たって贋作なのに。キリアンのパクリで有名な画家の、キアランの方の作品なのに。
 会場の人々はヒソヒソ、コソコソ、「これだから、素人さんは困る」とクスクス笑い。
 それでもキースを煽る入札、値段を吊り上げて遊んでやろうと。
「待った、これだけ!」
「では、これだけを支払おう!」
 もうガンガンとヒートアップで、会場の隅ではマツカが溜息をついていた。
(…贋作ですよ、と言っても聞きやしないんだから…)
 もっと見る目を養って下さい、と「人の心が読める」ミュウゆえの悩みは尽きない。
 いくら本当のことを告げてみたって、キースは聞く耳を持たないから。
 「お前に何が分かるというのだ!」と怒鳴りまくりで、カモられまくりの日々なのだから…。

 

          カモられる元老・了

※いや、「初の軍人出身の元老」がキースだったわけで、それなら元老とメンバーズは別。
 ステーションからして違うんじゃあ…、と思ったトコから出て来たネタ。芸術音痴なキース。








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(ジルベスター・セブンか…)
 こんなことが無ければ、日の目を見ることも無かったろうに、とキースは思う。
 其処へと向かう船の一室で。
 けれど、直接ジルベスター星系へと飛ぶ船は無い。軍の船でさえも。
 まずはソレイド軍事基地に飛び、ジルベスター星系に向かう船を得ること。
 でないと辿り着けないくらいに、その星は遠い。
(百五十年ほど前に、テラフォーミングを断念した星…)
 人類は撤退、そしてジルベスター・セブンは破棄された。
 入植は二度と試みられずに、今もそのままだという星。
 ジルベスター星系の第七惑星。二つの太陽を持つ、赤い星がそれ。
(行ってみないことには分からないが…)
 間違いなくMは其処にいる、と確信に近いものがある。
 かつては目撃情報が相次いでいた、「宇宙鯨」。
 スペースマンたちの間の伝説、暗い宇宙を彷徨う鯨。
 異星人の船とも、本物の鯨だとも言われる物体。「見れば願いが叶う」とまで。
(だが、あれは…)
 けして本物の鯨ではない。
 異星人たちを乗せた船でもない。
 その正体はMの母船で、「モビー・ディック」の通り名がある。
 軍に所属し、追った経験を持つ者ならば分かる。「あれがそうだ」と。
 けれども、絶えた目撃情報。
 この四年ばかり、「宇宙鯨」を見た者はいない。
 それとピタリと重なるように、ジルベスター星系で事故が頻発するようになった。
 グランド・マザーが導き出した答えは「M」。
 彼らが其処に潜んでいると、モビー・ディックはジルベスターにいるのだと。


 Mと呼ばれる異分子、ミュウ。
 彼らは排除すべき存在、だから自分が派遣された。
 ジルベスターへと、ミュウの拠点を探しに。
 見付け次第、彼らを滅ぼすために。
(奴らが、サムの心を壊した…)
 事故に遭った者たちの名簿の中に、見付けた名前。
 E-1077で一緒だった友、サム・ヒューストン。
 彼の病院を見舞ったけれども、「友達」のサムは「いなかった」。
 かつて「友達だろ?」と何度も呼び掛けてくれた、人のいい友は。
(……十二年ぶりに会ったというのに……)
 サムは子供に返ってしまって、ステーション時代を忘れていた。
 彼は今でも「アルテメシアにいる」つもり。
 故郷なのだと語った星に、「成人検査で別れた筈の」父や母と一緒に。
(サムをあんな風にしてしまったのは…)
 明らかにミュウで、恐らく彼らの思念波攻撃。
 思念波が如何に恐ろしいかは、E-1077にいた時に知った。
 ステーション中の人間たちが皆、「一時的に子供に戻った」ほど。
 保安部隊の者たちまでもが、無邪気に遊び続けていた。「存在しない」オモチャを持って。
 あれと同じに、サムも「壊された」のだろう。
 至近距離で思念波を浴びせられたか、あるいは捕らえられたのか。
(船の航行記録は消されて…)
 何も残っていなかった。
 サムと一緒にいたパイロットは、サムのナイフで殺されていて…。
(…サムが錯乱して、チーフ・パイロットを殺してしまった、と…)
 報告書には記載されていた。
 自分が知っていたサムだったら、間違っても人は殺さないのに。
 たとえ自分が襲われたって、「殺してしまうほど」の反撃などはしないだろうに。


 そうは言っても、結果が全て。
 サムは「人殺し」で、「正気ではない」から「無罪」なだけ。
(ミュウどもめ…)
 よくもサムを、と「人殺し」だという濡れ衣だけでも腹立たしい。
 監視カメラの記録も消されて、真相は闇の中なのだけれど…。
(ミュウがサイオンで、サムのナイフを…)
 操ったのか、あるいは「サムごと」操ったか。
 そんな所だ、と思っている。
 「サムは人など殺していない」と、「ミュウの仕業だ」と。
 その上、彼らは「サムを壊した」。
 操り損ねて壊したものか、最初から「壊す」つもりだったか。
(…いずれにしても…)
 サムの仇は取らせて貰う、と右手で触れた「サムの血のピアス」。
 左の耳にも「同じもの」がある。
 「女のようだ」と嘲られようが、この耳のピアスが決意の証。
 何処までも友と共にあろうと、「私はサムを忘れはしない」と。
 サムの無念も、E-1077で友だった頃のサムの勇気も、それに限りない優しさも。
(…ミュウどもを皆殺しにしても…)
 サムの心は、きっと元には戻らない。
 いくらミュウたちの血を流そうとも、異分子どもを贄に捧げようとも。
(それでも、私は…)
 今回の任務を果たすまで。
 ミュウの拠点を見付けて滅ぼし、サムの仇を取るだけのこと。
 サムの血を固めたピアスに誓って、「やるべきこと」をやり遂げるけれど…。


(……Mか……)
 彼らは忌むべき異分子なのだ、と分かってはいても、今も心に引っ掛かること。
 一つは、訓練の過程で「見せられた」もの。
 ミュウの処分を記録した映像、その中で「子供が殺された」。
 それも幼くて、「自分自身が何者なのか」も、分からないほどの小さな子が。
 今でもたまに夢を見る度、夢の中で声を上げている。
 「待て!」と、「そんな子供を!」と、制止しようとする声を。
 メンバーズならば、率先して殺すべきなのだろうに。
 「ミュウは成人検査をパス出来ない」から、「幼い間に」処分するのは「当然」なのに。
(…だが、あれほどに…)
 幼い子供を殺すというのは、どうなのだろう。
 ミュウというだけで「命を奪う」のは、「ヒトとして」やっていいことかどうか。
 今も答えは出せないまま。
 「ミュウの子供」に出会ったことは無いから、「答えを出さずに」来てしまったと言うべきか。
 幸いにして、ミュウの母船が最後に潜んでいた星は…。
(アルテメシアで、それ以降は…)
 育英惑星での目撃情報はゼロで、目撃されていないのならば「子供」もいない。
 彼らが船に乗せた「子供」は、赤ん坊の時に迎え入れたとしても…。
(とうに成人検査の年を迎えているからな…)
 だから、今度の「拠点探し」でも、「子供に出会う」心配は無い。
 「殺すべきか」、それとも「見逃すべきか」で悩む必要など、まるで無い。
 任務と関係が無いのだったら、また先延ばしにすればいい。
 子供の件に関しては。
 けれど、もう一つ、気にかかること。
(…シロエ……)
 自分が殺したセキ・レイ・シロエ。
 「初めて」人を殺した瞬間。
 あのシロエもまた、「Mだった」という。
 「Mのキャリアが生徒にいたから」、E-1077は廃校になったという噂。


 巷では「噂」に過ぎないけれども、メンバーズならば「知っている」こと。
 「それは事実だ」と、「Mのキャリアを処分した者は、キース・アニアンだ」と。
 これが頭を悩ませる。
 自分は「シロエを殺した」わけで、あの時、どれほど涙したことか。
 今日までの日々に、何度自分に問い掛けたことか。
 「本当にあれで良かったのか」と、「シロエを見逃すべきだったのでは」と。
 どうせ、あの船では「地球には着けない」。
 地球はもとより、他の星にも、どんな小さな基地にさえも。
 練習艇には、それだけの燃料が積まれてはいない。
 シロエは何処かに辿り着く前に、燃料不足になった船の中で死んだだろう。
 酸素の供給が止まってしまって、酸欠で眠るように死んだか。
 それよりも先に空調が止まり、絶対零度の宇宙の寒さで凍え死んだか。
(…あの時、シロエを見逃していても…)
 結果は変わらなかった筈。
 船と一緒に爆死していたか、あの船の中で死んでいたかの違いだけ。
 どう転がっても「シロエは死ぬ」なら、船を行かせてやれば良かった。
 撃ち落とさないで、シロエの望みのままに。
 彼が焦がれた「自由」に向かって、暗い宇宙を一直線に。
 そうして自分は戻れば良かった、「シロエの船を見失った」と偽って。
 マザー・イライザに真実を見抜かれたとしても、「大きな失点」になったとしても。
(…サムなら、きっとそうしていたな…)
 シロエを見逃し、エリートの道を踏み外しても。
 せっかく選ばれたメンバーズの道に、二度と戻れないことになっても。
 「サムだったら」と考える度に、自分を責めた。
 シロエの船を落とした自分を、「見逃さなかった」愚か者を。


 そうやって今も心に刺さったままの棘。
 「シロエを殺した」と、「シロエを追ったのが、サムだったなら」と。
 何度も考え続けるけれども、シロエは「Mのキャリア」だという。
 ならばシロエは「ミュウだった」わけで、自分は「すべきことをした」だけ。
 異分子のミュウを「処分した」だけ。
 けれど、この手は「シロエを殺した」。
 友になれたかもしれないシロエを、彼の船ごと撃ち落として。
 いくら繰り返し考えてみても、「正しかった」と思えはしない選択。
 シロエがミュウなら、あれで「正解」だったのに。
 「Mのキャリアだった」と知った途端に、心が軽くなっただろうに。
 なのに心に棘は残って、だから余計に「M」が気になる。
 「彼らは、いったい何者なのか」と、「本当に殺すべき存在なのか」と。
 これの答えは出るのだろうか、自分は出さねばならないのに。
 「ミュウの子供」はいない場所でも、「ミュウ」は必ずいるのだから。
(…サムの仇は、必ず取るが…)
 そうしなければ、と思ってはいても、今はまだ弾き出せない答え。
 きっと答えは「行けば見付かる」から、ジルベスターへと向かうだけ。
 「ミュウは何か」を知るために。
 殺すべきなのか、見逃すべきか、それとも他に道があるのか、答えを見付け出すために…。

 

           Mの拠点へ・了

※ジルベスターに向かうキースの胸中、それを書こうと思ったまではいいんですけど。
 「凄くいい人」なキースになっちゃったわけで、でも、キースって「いい人」だよね、と。








拍手[0回]

「ぼくは、ミュウじゃない!」
 そう言い放った、怒れるジョミー・マーキス・シン。
 誰もが敬うミュウの長など、知ったことかという勢いで。ソルジャー・ブルーに。
 「成人検査を邪魔したお前が悪い」と、「お前さえ来なければ、通過していたかもしれない」と睨み付けて。
 此処で引いたら後が無いから、と初対面の「ソルジャー」とやらに怒りをぶつけたら…。
「では、どうしたい?」
 思いがけずも返った質問、選べるかもしれない今後の進路。「どうしたい?」と言うのだから。
 「この勢いなら、言える」と考えたわけで、もう思いっ切り怒鳴ってやった。
「ぼくをアタラクシアに、家に帰せ!」
 これでどうだ、と本音で注文、どうせ「駄目だ」と止めるだろうと思ったのに。
「…分かった」
 驚いたことに答えは「イエス」で、家に帰して貰えるらしい。
(ラッキー!!!)
 当たって砕けた甲斐があった、と喜んだけれど、「じゃあ」と踵を返そうとしたら。
「アタラクシアまでは、リオに送らせるが…。その前に、一つ訊いておきたい」
 そう言ったのがソルジャー・ブルーで、何を訊くのかは知らないけれど…。
(…家に帰してくれるんなら…)
 こっちも出血大サービスで、真面目に答えてやってもいい。憎たらしいミュウの長が相手でも。
 家に帰してくれるんだしね、と浮かべたスマイル。このくらいは、とサービス精神旺盛に。
「訊きたいって、何を?」
「別に大したことじゃない。…好きな花は何かと思ってね」
 どういう花が好みだろうか、と斜めなことを口にしたのがソルジャー・ブルー。好きな花の色は何色かだとか、「王道だったら白なんだが」とも。
「えっと…?」
 どうして花、と意味が不明でサッパリ謎。何故、王道なら白なのかも。


 とはいえ、これが最後のサービス。
 シャングリラとかいうミュウの船には今日でオサラバ、二度と戻って来はしない。懐かしい家に帰れるからして、許してくれたソルジャー・ブルーに御礼くらいはすべきだろう。
(年のせいで、ちょっとボケてるとか…?)
 花の好みを訊くなんて。…それとも、年寄りだけあって…。
(年寄りっぽく、趣味が園芸だったりする…?)
 もうアクティブな趣味は無理だ、と花を育てているだとか。
 無理やり拉致った「ミュウではなかった」少年の思い出、そのために何か育てたいとか…?
(そういうことなら…)
 答えなくちゃね、と考えたけれど、生憎、ジョミーは根っから「少年」。花を愛する趣味などは無くて、「これが好きだ」という花も無かった。ピンと来るようなものは一つも。
(…第一、花の名前が怪しいってば…)
 薔薇とか百合とか、そんなのは分かる。夏にパアアッと咲くヒマワリとかも。
 けれど、育ててくれた母がせっせと飾っていた花、それを頭に思い浮かべても…。
(アレって、何の花だったっけ…?)
 よく見るんだけど、と馴染んだ花の名前も分からない始末。定番の薔薇とか百合以外には。
 そんな具合だから、無いらしいのが「好みの花」。「これが好きだ」という色も。
「…ジョミー?」
 遠慮なく言ってくれていいが、と心が広いソルジャー・ブルー。
 「この船で調達出来ないようなら、アタラクシアまで人を出すから」などと。
「人を出すって…。なんで其処まで?」
 船に無い花なら諦めたら、と半ば呆れた。いくら育ててみたい花でも、無理しなくても、と。
「…ぼくの好みの花だとしたなら、諦めるとも。仲間たちを危険には晒したくない」
 しかし…、とソルジャー・ブルーは真顔でのたまった。
 「君の弔いとなれば話は別だ」と、「好きな花で送られたいだろう?」と。
「ちょ、弔いって…!?」
 何処から葬式、と引っくり返ってしまった声。
 自分はこれから家に帰るのだし、葬儀などとは無縁の筈。弔いも、お悔やみも、まるっと全部。


 いったいソルジャー・ブルーは何を、とガン見してしまったミュウの長。
(葬式って言うなら、あんたの方が、ぼくより、よっぽど…)
 身近で、差し迫った問題だろうが、と言いたい気分。
 拉致られる前に見せられた夢で、嫌というほど目にしていた。この年寄りの現状を。
(ぼくはもうすぐ燃え尽きる、って…)
 散々アピールしまくっていたのが、寿命が残り少ないこと。
 後継者として目を付けられた自分、お蔭で狂ってしまった人生。成人検査を妨害されて。
(…ホントにボケているのかも…)
 自分の葬式と、ぼくの葬式がゴッチャになってしまうくらいに…、と憐みの気持ちが少しだけ。恨み骨髄だったけれども、思考のピントが定まらないなら仕方ないよね、と。
(…ぼくを攫ったのも、他の誰かと間違えたのかも…)
 そうだとしたなら、気の毒としか言いようがない。
 間違えられた「誰か」の方は、成人検査をパスして教育ステーションへと旅立ったのか、または自分がそうなったように、処分の道を歩んだのか。
(…どっちにしたって、このボケた人の後継者には…)
 なれないもんね、と同情してしまった、船のミュウたち。
 ソルジャー・ブルーがボケていたせいで、期待の星を失ったのなら、無さげな未来。この船も、船で暮らすミュウたちも、いずれ殲滅されるのだろう。…人類軍に。
(……もっと早くに、このソルジャーを……)
 退位させるとか、摂政を置くとか、やり方はきっとあった筈。
 取り返しのつかないことになるよりも前に。「自分の葬儀と、他人の葬儀」の区別もつかない、頭の中がお花畑な人になる前に。
(…そんなんだから、人類に追われて殺されるんだよ…)
 もっとしっかり生きなくちゃ、と喝を入れたくなるミュウたち。
 頭がお花畑のソルジャー、そんな人を崇めて生きているようでは滅びるしかない、と。


(…まあ、いいけどね…)
 お花畑なことは分かったから、と溜息をついて、放置プレイにしようと決めた。
 話していたって噛み合わないから、「帰っていい」と言ってる間に帰ろう、と。
 なにしろ相手はボケているから、気が変わったらそれでおしまい。「駄目だ」と方向転換された途端に、船から出られなくなって終わりな結末。
「ぼくの葬式はどうでもいいから、リオを呼んでよ!」
 好みの花も特にないし、と凄んでやった。「葬式用の花は適当でいい」と、花輪だろうが、花束だろうが、薔薇でも百合でも、何でもいい、と。
「そう言われても…。ぼくも心が痛むから…」
 帰った場合は、君の葬儀は確実だから、と沈痛な顔のソルジャー・ブルー。
 「リオは戻って来られるからいいが、君は殺されておしまいだ」と。
「…殺されるって…?」
 それは聞き捨てならない話。
 いくら相手がボケているにしても、頭がお花畑でも。
 どう転がったら、この「ジョミー様」が死亡エンドになると言うのか。アタラクシアに今もある家に帰れば、順風満帆の日々の筈。ミュウの船とは縁が切れるし、成人検査も無事にパスして。
「お花畑でボケているのは、君の方だ。…ジョミー」
 ぼくの頭は極めてクリアだ、とソルジャー・ブルーは自分の頭を指差した。
 曰く、外見の若さを保っているから、委縮しないのが自慢の脳味噌。姿と同じに若さはMAX、若人たちとも肩を並べるしなやかな思考。
 かてて加えて、膨大な量を誇る知識を保管するべく、記憶装置も着けているらしい。次の世代が困らないよう、直ぐに知識を引き出せるように。
(…ヘッドフォンじゃなかったんだ、アレ…)
 補聴器で記憶装置なのか、と見詰めた頭に載っているモノ。
 そこまで言うなら、ボケてはいないのかもしれない。だったら、彼が言う通り…。
(…ぼくがボケてるわけ?)
 どの辺が、と目を瞬かせていたら、ソルジャー・ブルーは、憐みをこめてこう言った。
 「君の処分は、とうに決まっている筈だが」と、「撃たれたことを、もう忘れたのか?」と。


 指摘されたら、鮮明に蘇って来た記憶。ドリームワールドで何が起こったか。
(不適格者として処分する、って…)
 問答無用で撃たれた所を、小型艇で来たリオに救われた。走って逃げて、船に飛び乗って。
 つまり自分は、立派にブラックリスト入り。
(頭の中がお花畑な、ソルジャー・ブルーが悪いんです、って…)
 ボケたソルジャーのせいにしてみても、誰も聞く耳を持たないだろう。ミュウに救われて逃げた人間、そんな輩の言うことは。…かなり経ってから、ノコノコ戻った子供なんかの言い訳などは。
(…見付かった途端に処分されるとか…?)
 撃たれてそれでおしまいだとか、と怖い考えになった所へ、ソルジャー・ブルーの声がした。
「処分されれば、一瞬で済むが…。楽には死ねないかもしれない」
「それって、何!?」
 楽に死ねないとは何事だろうか、何が起こると言うのだろうか…?
「…ミュウに拉致された人間が無事に戻って来たのだ。普通は、誰でも怪しむだろう」
 何らかの取引をして逃がして貰ったのでは…、と機械も人類も考える、と冷静な読み。
 いわゆるスパイで、ミュウに洗脳されて来たとか、極秘の任務を任されて地上に戻っだだとか。
「そ、そんな…! ぼくは人間で、ミュウのスパイなんかじゃ…!」
「君がそう言っても、誰が信じる? まあ、ぼくはどうでもいいんだが…」
 帰りたまえ、とソルジャー・ブルーはクルリと背中を向けた。それは素っ気なく。
 「弔いの花の希望が特に無いなら、こちらで適当に選ばせて貰う」と。
 「死んだと聞いたら、有志の者と内輪で葬式くらいは」とも。
 遺体は無しの葬儀だけれども、「して貰えないよりはマシだろう?」などと、スッパリと。
(…う、嘘……!)
 嘘だ、と叫びたい気分になっても、どう聞いたって、それが正論。
 ソルジャー・ブルーは極めて正気で、思考は至ってクリアなもの。ボケて頭がお花畑で、自分に都合のいいことばかりを考えるのは…。
(……もしかしなくても、ぼくなんだよね?)
 そして、帰ったらその場で処分、と思い知らされた自分の立場。
 葬式用の花を注文してから帰るのが似合いで、もう間違いなく死体は無しで葬式だから。


(…ソルジャー・ブルー…)
 今はあなたを信じます、とジョミーは宗旨替えをした。
 「家に帰せ!」は死亡フラグで、そうした時には確実に死ぬと知ったから。
 これからも生きてゆきたかったら、「ぼくはミュウじゃない」と思ってはいても…。
(…流れに任せて、ソルジャーを継いで…)
 このシャングリラで暮らすしかない、と決心をした模範囚。
 かくしてジョミーは今日も頑張る、ミュウの自覚はまるで無いまま、ソルジャー候補の訓練を。
 ソルジャー・ブルーの後継者として、ギッシリ詰まった訓練メニューや講義などを。
(……家に帰ったら、その日が命日……)
 そうでなければスパイ容疑で、拷問の日々が待っている。
 死ぬのも拷問も御免なのだし、同じ囚われの身になるのなら…。
(この船の方が、よっぽどマシ…)
 拷問と死亡エンドだけは絶対、此処には無いんだから、と努力を重ねて精進あるのみ。
 「ぼくはミュウじゃない」と思っていても。
 自覚はまるでナッシングでも、死亡エンドや拷問よりかは、今の方がずっとマシなのだから…。

 

          お好みの花は・了

※ジョミーを家に帰したソルジャー・ブルーも大概だけれど、帰るジョミーもアレだよね、と。
 普通は「処分」を恐れないか、と思ったトコから出来たお話。…こう脅されたら帰れない。








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(キース・アニアン…。待ってろよ)
 お前のすました顔を、このぼくが…、とシロエは深く潜ってゆく。
 ステーションE-1077の奥へと繋がる通路を、ただ一人きりで。
 通路と言っても、候補生たちが立ち入るような場所ではない。
 メンテナンス用にと設けられたもので、言わば舞台裏のようなもの。
 用も無いのに、そんな所を通ってゆく者など無い。
 当てもなく其処に入り込む者も。
(でも、ぼくは…)
 ちゃんと目的を持って入った、と自分自身を励まし続ける。
 小さなライトだけを頼りに、未知の空間を進む間に。
 この先に何があると言うのか、まるで全く知らない自分。
 当てなどは無く進むけれども、「目的」ならば持っている。
 「機械の申し子」、キース・アニアン、彼の秘密を暴くこと。
 それが何処かにある筈だから。
 どういう形か、それさえも謎なものだけれども。
(…あいつは何処からも来なかった…)
 このE-1077に、と確信を持って言えること。
 どんなにデータを集めようとも、集めたデータを手掛かりに「人」に会おうとも…。
(キースが此処に来た時のことは…)
 何処にも記録されていないし、キースと一緒に「来た」者もいない。
 記録の上では、同じ宇宙船で着いた筈でも、誰もキースを「覚えてはいない」。
 それに、ステーションのデータを端から調べてみても…。
(あいつを最初に捉えた画像は…)
 新入生ガイダンスの時の、ホールでのもの。
 他の者なら、その前のものが欠片くらいはあるものなのに。
 宇宙船が発着するポートの監視カメラにあったり、通路のカメラに残っていたり。


 そういった「最初のパーソナルデータ」。
 誰の記録にも伴う「それ」。
 自分にもあるし、サムやスウェナのデータにもあった。
 けれど、キースのものだけは「無い」。
 つまりは、「何処からも来なかった」キース。
 「着いた」画像が無いのだったら、「最初から此処にいた」ということ。
 画像が無いと言うだけだったら、何かのミスで消されたことも有り得るけれど…。
(…誰も覚えていないだなんてね?)
 いくら「記憶の処理」があっても、キースのことまで消さなくてもいい。
 消す必要など無いのだから。
(到着して直ぐに、倒れたって…)
 そういうデータは目にしたけれども、それはキースの失点にはならない。
 むしろ「救助した」誰かがいる筈、「医務室に運んだ」者だとか。
(そんな騒ぎが起こったんなら、なおのこと…)
 皆の記憶に残ってもいい。
 「キース・アニアンを覚えてますか?」と尋ねた時に、「ああ、あの時の…」と思い出すほど。
 それがキースだとは記憶に無くても、「着くなり倒れた人が」と訊いたら、ピンと来て。
 けれど、誰もが無反応だった。
 「覚えてないなあ…」だとか、「さあ…?」だとか。
 キース・アニアンの名を、知らない者などいないのに。
 同郷だったら誇るだろうし、同じ宇宙船で着いただけでも、自慢の種になりそうなのに。
 「キースと一緒だったんだ」と、語るだけで集められる注目。
 「どんな奴だった?」と、「その時の話を聞かせてくれよ」と、皆が周りに集まって来て。
(……それなのに……)
 誰もキースを覚えていなくて、最初の画像も「ガイダンスの時」。
 意味する所はたった一つで、キースは「何処からも来てなどはいない」。
 E-1077で「生まれて」「育てられた」モノ。
 今のキースを構成している、ああいう姿になるように。


 もっとも、キースが「生まれた」かどうか。
 あれを「育てた」と言っていいのか、どうなのか。
(機械仕掛けの人形ではね…)
 あの皮膚の下は冷たい機械で、血など流れてはいないのだろう。
 流れていたなら、それは偽の血。
 「キースは機械だ」と知られないよう、精巧に作られ、配管されて…。
(其処に人工血液を…)
 循環させているだけのことさ、と舌打ちをする。
 「なんて奴だ」と。
 機械でも怒るくらいのことなら、まだ納得も出来るけど。
 「怒ったキースに殴り飛ばされた」のも、「そうプログラムされているんだ」で済むけれど。
(…この四年間に、自然に育ったように見せかけて…)
 何度、器を取り替えたのか。
 「キース・アニアン」という人工知能を「乗せ換えた」のか。
 皮膚の下には、人工血液までも流して。
 「人間だったら怪我をする」ような傷を受けたら、血が流れるように細工までして。
(…その忌々しいアンドロイドの…)
 秘密ってヤツを暴いてやるさ、というのが自分の「目的」。
 キースは「何処で」作られたのか、「何処で」あのように育てて来たか。
 このステーションに「来て直ぐ」のキースは、今よりも背が低くて「若い」。
 何処かで「器を取り替えた」わけで、「人工知能を乗せ換えた」筈。
 それが「何処か」が分かりさえしたら、キースの秘密はもう「手の中にした」も同然。
 後はゆっくり確かめるだけで、キースにもそれを突き付けるだけ。
 「これがお前だ」と、「お前は人間なんかじゃない」と。
 自分が機械仕掛けの人形なのだと、知って壊れてしまうがいい。
 「機械」には似合いの末路だから。
 予期せぬデータを強制的に送り込んだら、人工知能は破壊されるから。


 そのために「キースのデータ」が欲しい。
 「何処で」作ったか、「何処で」今日まで育てて来たか。
 答えの在り処は全くの謎で、行く当てさえも無いのだけれど…。
(……此処は?)
 不意に開けた広い空間。
 頭上に溜まった大量の水。…頭の上にプールの水面があるかのように。
 水の中には、幾つもの黒くて四角い「モノ」。
 規則正しく並べられたそれは、どう見ても…。
(マザー・イライザのメモリーバンク…!)
 やった、と心で叫んだ快哉。
 目指すデータは、此処にある筈。
 自分の部屋の端末からだと、データはブロックされるけれども…。
(コントロールユニット…)
 あれだ、と見抜いたマザー・イライザの心臓部。
 人間の手で操作可能な、「マザー・イライザを構築している」精密機械。
 それに直接アクセスしたなら、もはやブロックは意味が無いもの。
 「何もかも」其処にあるのだから。
 E-1077の生徒たちのデータも、「キース・アニアン」に関するものも。
 何処でキースを作ったのかは、此処で見られる。
 コントロールユニットに、ケーブルを繋いでやったなら。
 そのためだけに持って来ている、小型コンピューターでアクセスしたら。


 クルリと身体を回転させて、逆様だった上下を入れ替えた。
 水面が下に来るように。
 コントロールユニットの前に「真っ直ぐに」立って、中のデータを見られるように。
(…覗かせて貰うよ?)
 ケーブルを繋いでやった途端に、早くも点いた「アクセス可能」を表示するランプ。
 あれほど何度も部屋からやっても、ガードが堅くて、まるで入れはしなかったのに。
(ふうん…?)
 なんて無防備なんだろう、と高笑いしたくなるほどだけれど、それも当然のことだろう。
 誰も此処まで「来はしない」から。
 マザー・イライザの維持管理をする者たちだけしか、此処に入りはしないのだから。
(下手にブロックしていたら…)
 万一の時に手間取るだけ。
 何もかもが後手に回ってしまって、最悪の事態を招きかねない。
(だからこそ、ってね…)
 此処までやって来た「自分」のためには、褒美があってもいいだろう。
 「キース・アニアンの秘密」という名の、E-1077の最高機密。
 マザー・イライザが懸命に隠し続けているもの、それを貰って帰りたいもの。
 どうすればそれが手に入るのかは、ほぼ見当がつくものだから…。
(…キース・アニアン…)
 それから、これ、と次から次へと出してゆく指示。
 「ぼくに情報を開示しろ」と。
 キースは「何処で」作られたのか、「何処で」育てて来たというのか。


 そうやって指示を出して、出し続けて、ついに答えは示されたけれど。
 画面に答えが表示されたけれど、その答えとは…。
(…これは……)
 小型コンピューターの画面にある文字。
 「F001」、そして「ME505-C」。
 それが答えで、キースが作られた場所とキースを示すもの。
(F001…?)
 Fっていうのは何なんだ、と次の問いを出す。
 「ME505-C」は、「キース」で間違いないのか、と。
(…なるほどね…)
 如何にも機械という感じだよ、と思うキースの「製造番号」。
 もう可笑しくてたまらないから、笑いながらデータを集め続ける。
 「F」は「フロア」の意味らしいから。
 「F001」は「フロア001」、E-1077のシークレットゾーン。
(入るためには…)
 パスワードなんだ、と愉快な作業は続いてゆく。
 これで「キースを壊せる」から。
 フロア001で「全てを見た」なら、製造番号「ME505-C」にそれを突き付ける。
(楽しみだよね…)
 「キースが壊れる」瞬間が。
 機械仕掛けの精巧すぎる操り人形、それの頭脳が壊れて「止まる」だろう時が…。

 

          探り当てた秘密・了

※シロエが手に入れたフロア001とキースのデータ。問題は「ME505-C」。
 アニテラだと「ME5051C」、原作だと「ME505-C」。アニテラ、誤植したな…。








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