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ソルジャーの席

(えーっと…?)
 ぼくの席は、とジョミーが見回したブリッジの中。そう、シャングリラの。
 ソルジャー候補に指名された後、アッと言う間に出来上がって来たのがマントもセットになった制服。それは御大層で、何処から見たってブルーとお揃い。色違いで。
 名実ともに立派なソルジャー候補だからして、今日、お披露目と相成った。
 ブルーはベッドで伏せっているから、キャプテン・ハーレイの先導で。
 広いシャングリラの中をあちこち回って、行く先々で浴びた厳しい視線。「あいつが悪い」と。
 ソルジャー・ブルーが瀕死の状態なのも、先日食らった人類軍の攻撃だって。
 それは反論出来ないのだから、忍の一字で耐え忍んだ。「仕方ないや」と。
 冷たい視線や思念にも耐えて、もう文字通りに「お詫び行脚」といった様相。お披露目どころか「お詫び行脚」で、土下座しなくて済んだというのが不思議なくらい。
 だから何度もハーレイに「よく分かったか」と念を押された。
 「二度と同じ轍を踏んではならん」と、「考えて行動するように」と。
 そういう「お詫び行脚」なお披露目、フィナーレを飾るのがブリッジなる場所。
 シャングリラの心臓部とも言える場所だし、足を踏み入れるのは今日が初めて。公園からなら、何度も見上げていたけれど。
 キムと喧嘩になった時にも、公園の端にブリッジは浮いていたのだけれど。


 なんとも奇妙な構造のブリッジ、「方舟」という通称らしい。公園の上に浮いているから。
 方舟、すなわち箱舟とも言う。
 キャプテン・ハーレイが纏めている場所、ゼル機関長やブラウ航海長も詰める重要な所。此処で全ての指揮を執るから、部外者は当然、立ち入り禁止。たとえソルジャー候補でも。
 ようやっと「お披露目」、これで今日からブリッジにも出入り自由になる。
 それだけに、密かに期待していた。「ブリッジの面子は優しいだろう」と。
 何故なら自分はソルジャー候補で、お披露目が済めば、そこそこの地位。…多分。
 「お詫び行脚」で回った所の仲間たちはカンカンだったけれども、ブリッジクルーならば事情は違う。食堂だとか、農場だとか、そういった部署とは違うから。
 シャングリラの航行から防御に攻撃、全部を一手に引き受けるのがブリッジなる場所。其処での叩き上げとなったら、きっと冷静なエリートばかり。感情で動きはしないだろうから。
(…でも…)
 なんだか違う、と感じたブリッジ。
 ソルジャー候補の自分が姿を見せたというのに、「どうぞ」と勧められない椅子。
 只今、ソルジャー・ブルーは不在なのだし、彼のための席に座らせてくれても良さそうなのに。
 朝から散々「お詫び行脚」で、流石に疲れて来ているのに…。


 ちょっとくらい、と見回してみても、誰も「どうぞ」と言ってくれない。
 「ソルジャーの席は此処ですから」とも言ってくれない、誰一人として。操舵士以外は、全員、椅子に座っているのに。
 キャプテンの席らしい場所だけが空席、他はガッツリ満員御礼。
(…どうなってるわけ?)
 座りたいのに、と思いながらも我慢した。お披露目が済めばきっと座れるだろうと。
 なのに…。
「というわけだ、ジョミー。…明日からはマメに通うように」
 皆にも顔を覚えて貰わないと、締め括ったのがキャプテン・ハーレイ、それでおしまい。説明を終えた彼まで座った、空いていた席に。予想通りのキャプテンの席に。
(…ぼくの席は?)
 なんで無いわけ、と周りをキョロキョロ、もしかして、これは苛めだろうか?
 なまじエリートが集う場所だけに、苛めも捻って来たのだろうか?
 冷たい視線やヒソヒソ思念でいびる代わりに、「アンタの席はありませんよ」という苛め。
 頭を冷やして来やがれだとか、「顔を洗って出直せや、ボケ!」と。
 そんな罵声を浴びせられるより、この方がよほど堪えるから。…自分の居場所が無いという方がキツイに決まっているのだから。


(そういうことかあ…)
 お詫び百回というわけね、と遅まきながら理解した。
 きっと彼らが許さない限り、自分の席は無いのだろう。今日も、これから先だって。
 何度ブリッジに通って来たって、華麗にスルーされるのだろう。
 いくらソルジャー候補でも。…お披露目も済んで、赤いマントや白い上着を纏っていても。
(…けっこうヒドイ…)
 エリートだけに容赦ないや、と思うけれども、自業自得というものだから。
 勝手に船から出て行った上に、ソルジャー・ブルーを瀕死の状態に追い込み、このシャングリラだって派手に爆撃されてメチャクチャ。
 何もかも自分がやったことだし、こういう苛めも充分、有り得る。
 お詫び百回、あるいは千回。
 ブリッジクルーが、キャプテンが、それに機関長たちが自分を許してくれない限りは…。
(…ずっと席は無し…)
 分かりましたよ、と背中で泣いて、肩を落としてブリッジを出た。「すみませんでした」と。
 「明日からきちんと通って来ます」と、「色々教えて下さい」と。


 そんな次第で、翌日から真面目に通うことにした。
 船の心臓部たる大事なブリッジ、其処で総スカンを食らい続けては堪らないから。
 これがブルーの耳に入れば、きっと叱られるだろうから。「君の反省が足りないからだ」と。
 だから毎日通っているのに、せっせと顔を出し続けるのに…。
(…今日も「どうぞ」って言ってくれない…)
 駄目だ、と俯くしかない状態。今日も今日とて立ちっ放しで、ただ見学しか無いのだろう。誰も教えてくれないから。「習うより慣れろ」らしいから。
(…此処も針の筵…)
 何処もキツイよ、と涙ぐんでいたら、立ち上がったのがハロルドで。
(あそこ、譲ってくれるわけ?)
 ひょっとしたら、と嬉しくなった。ソルジャー・ブルーの席でなくても、この際、無いよりマシだから。コアブリッジと呼ばれる部分の席でなくても、無いよりはマシ。
 そう、ソルジャー・ブルーの席というのは…。
(…ヤエかキムかが座ってるトコ…)
 どっちかなんだ、と分かっている。ブリッジの中央、キャプテンなどの席がある円形の場所。
 其処に設けられたシートのどれかが、ソルジャー・ブルーの席というヤツ。
 今は苛めで別の誰かが座って封鎖で、ヤエかキムかが「余計な面子」。
 残念なことに、ハロルドの席はコアブリッジではないけれど…。


(譲ってくれる人が出て来ただけマシ…)
 雰囲気がちょっと和らぐよね、と考えたのに。「どうぞ」の言葉を待ち受けたのに。
「…すみません。高野山に行って来ます」
「ああ、分かった」
 それがハロルドとキャプテンの会話、姿を消してしまったハロルド。彼の持ち場は空席のまま。
(…コウヤサン?)
 なんだそれ、と不思議だけれども、きっと教えて貰えない。現に説明は無いわけだから。
(こうやさん…???)
 聞いたこともない言葉だよね、と悩む間に戻ったハロルド。元の席へとストンと座って、綺麗に無視を食らってしまった。立ち上がった時と同じように。
(やっぱり駄目かあ…)
 そう簡単にいくわけないか、と心底ガッカリ、おまけに謎の言葉も増えた。「コウヤサン」と。
 次の日からも椅子は貰えないままで、突っ立っていると、たまに聞こえる「コウヤサン」。
 「行って来ます」と立ってゆく面々、シドが行った時は操舵を別の者が代わった。
 きっと重大な何かだろうと予想はついても、分からない場所が「コウヤサン」。
 なんとも謎だ、と思い続けて、椅子無しの日々も続いていって…。


 ある日、同じに立ちっ放しでブリッジにいたら、急に行きたくなったのがトイレ。
(…ヤバイ、ジュースを飲み過ぎたかな…)
 訓練の後に喉が渇いたから、食堂でガブ飲みして来たジュース。それの報いがトイレなわけで、さりとて離れられないブリッジ。来てから半時間も経っていないわけだし、まだ帰れない。
(帰ったら、心象最悪だよね…)
 此処で行くしかないだろう。誰もトイレに立たないけれども、逃げるよりかはマシなのだから。
 でも…。
(…何処がトイレなわけ?)
 困った、と其処で躓いた。ブリッジに詰めて長いというのに、教わっていないトイレの場所。
 今日まで誰も行っていないし、「習うより慣れろ」も役に立たない。
(…それっぽい場所が無いんだけど…)
 どう見回しても見当たらないのが個室へのドアで、トイレの扉。
 そうこうする間も迫り来る危機、真面目にトイレがピンチだから。もう行きたくて堪らない上、誰も助けてくれないから。
(…どうせ、無視されまくりなんだし…)
 今でも苛められてるんだし、と腹を括った。訊くは一時の恥と言うから、もうヤケクソで。
 恥の上塗りになってしまおうが、トイレに間に合わないよりはマシ、と。


 どうとでもなれ、と叫んだ一声。もう思い切り、腹を括って大声で。
「トイレ、行きたいんだけど!!」
 途端に凍り付いたブリッジ、誰もが「えっ」と目を剥いた。「なんということを」という顔で。
「ジョミー、それは…」
 いけません、とエラが眉を顰めるけれども、問答している暇は無いから。
「トイレだってば、何処にあるわけ!?」
 もう持たないよ、と絶叫したら、「仕方ないな…」と立ち上がったのがハーレイで。
「来たまえ、ジョミー。…こっちだ」
 これもキャプテンの仕事だろう、と連れてゆかれたブリッジの外。通路を少し進んだ所で、顎で促された扉が一つ。「入って右が男性用だ」と。
「ありがとう、キャプテン!!」
 真面目にピンチ、と走り込んだトイレ、すっきりしてから「フウ…」と通路に出て来たら。
「…ジョミー。あれだけブリッジに通っていたのに、何も学ばなかったのか?」
 まったく、と腕を組んでいるのがハーレイ、眉間の皺がバッチリ深め。
「え、えっと…? トイレが此処にあることとか…?」
 すみません、と頭を下げたら、「それだけじゃない!」と叱られた。
「何がトイレだ、場を弁えろ!!」
 高野山と言え、と睨んだハーレイ、いや、キャプテン。謎の「コウヤサン」は、どうもトイレのことらしい。どうしてトイレが高野山なのか、まるで全く分からないけれど。


 「夜に私の部屋まで来るように」と言い渡されたのが通路でのことで、ハーレイと戻って行ったブリッジは、文字通りに雰囲気最悪だった。「信じられない」と。
 あっちでヒソヒソ、こっちでコソコソ、飛び交う思念とチラチラ目線。
 「神聖なブリッジでトイレだなんて」と、「高野山も知らなかったのか」と。
(…なんでトイレが高野山なわけ?)
 それにトイレが無いってどうして、と思うけれども、言う度胸ゼロ。
 此処はシャングリラの心臓なのだし、トイレがあっても良さそうなのに。むしろ無い方が変だと思うし、トイレの度に外に出るのは非効率的だと思うのに。
(…真面目に謎だよ…)
 なんか色々、とグルグル悩み続けて、なんとか終えた本日のブリッジ。立ちっ放しの刑のこと。
 トイレ騒ぎで、また一歩、椅子が遠のいた。…ソルジャー・ブルーの席に座れる日が。
(ヤエかキムかの、どっちかの席…)
 その辺なんだと思うけどな、と考えたって仕方ない。「どうぞ」と言ってくれない内は。
 トイレの件で更にイメージ悪化で、きっと当分、座れはしない。
 口うるさいエラはカンカンだったし、ブリッジクルーも露骨に呆れていたのだから。


(……ぼくの印象、最悪だよ……)
 今日までに稼いだポイントはパアで、またゼロからのやり直し。下手をしたなら、ゼロより下のマイナスからになるだろう。
 キャプテンの部屋に呼び出しなのだし、マイナスかも…、と項垂れながら訪ねた部屋。扉の横のチャイムを押したら、「入れ」と声が返ったから…。
「昼間はすみませんでした…!」
 とにかく詫びろ、と入るなり謝罪、「ごめんなさい」を連呼しまくった。泣きの涙で押した方がいいと考えたから。まだ駆け出しのソルジャー候補、とアピールするのが良さそうだから。
 作戦は上手くいったらしくて、「座りたまえ」と勧められた椅子。此処は座ってもいいらしい。
 助かった、と腰を下ろしたら、「いいか、ブリッジはシャングリラの顔だ」と見据えられた。
「あそこが船の中枢だ。イメージは守らねばならん」
「…え?」
 イメージって、とキョトンとしたのだけれども、ハーレイは真顔。
「…イメージだ。船の顔であるカッコイイ場所、そんな所にトイレは作れん」
 だからブリッジにトイレなど無い、というのが解説、ブリッジクルーもトイレに立たないという話。誰一人トイレに行きはしないし、ブリッジにトイレは存在しない。
 船の仲間たちの憧れの職場、ブリッジクルーがトイレの代わりに行く場所は…。
「……こうやさん……?」
 それって何、と訊き返したら、「高野山だ」という返事。遠い昔の地球の島国、日本で使われたトイレを指す言葉。ブリッジクルーだけが使う言葉で、他の仲間は意味を知らない、と。


「…そ、そんな…」
 そこまでなわけ、とポカンと瞳を見開いていたら、「当然だろう」と答えたハーレイ。
 同じ理屈で、ソルジャーの席もブリッジには存在しないのだ、と。
「よく聞け、ジョミー。…ブリッジですらも、トイレは無いという扱いだ」
 船の顔のブリッジにトイレが無いなら、船を導くソルジャーともなれば尚更だろう。
 高野山という言葉を使っていたって、ブリッジクルーには意味が通じる。
 もしもソルジャーが「高野山に行ってくる」と席を立たれたら、どうなるか…。
 ソルジャーがトイレに行かれるなどは、有り得ない。…美形はトイレに行かないものだ。
 ブリッジにソルジャーの席が無ければ、滞在時間は当然、短い。
 …今日の君のように「トイレ!」と叫んで飛び出さなくても、余裕たっぷりというわけだ。
 ソルジャーはブリッジに長居をなさらないからな、と畳み掛けられたトイレ事情。
 つまりは、やたら麗しい超絶美形な、ソルジャー・ブルーのイメージを守るためにだけ…。
「…ブリッジに席は無いっていうわけ、ソルジャー用の!?」
「そうなるな。…君の代でイメージを崩したいなら、また、その時に考えよう」
 高野山に行く度胸があるなら、ソルジャーの席を新設してもいい。
 ただし、よくよく考えるんだな、船の仲間やブリッジクルーが君のイメージをどう捉えるか。
 「ソルジャー・ブルーはトイレにも行かれなかったが、今度のソルジャーは…」と嘆く者たちも出ることだろう。…其処までは私も責任は持てん。


 いいな、と念を押されたジョミーは、船の恐ろしさを思い知った。
 言われてみれば、青の間にしても、目立たない所に隠されているのがバスルーム。あの部屋には存在しないとばかりに、青の間の奥の暗がりに。…言われなければ気付かない場所に。
(…美形はトイレに行かないんだ…)
 だからブリッジにソルジャー用の席は無くて…、と自分の部屋で折ってゆく指。
 ソルジャーはトイレに行かないどころか、ブリッジは船の顔なのだから…。
(…ブリッジクルーも、トイレなんかは行かなくて…)
 あのカッコイイ、公園の上に浮いた方舟、其処にトイレは備わっていない。
 トイレに行くならブリッジから出て、その時にトイレだと知らせるための言葉が…。
(……高野山……)
 恐ろしすぎだ、と思うけれども、船のルールは社会のルール。船だけが全てのミュウだから。
 自分の代でルールを変えたら、きっと陰口満載だから…。


(…ブリッジにソルジャーの席は無いんだ…)
 これから先も作っちゃ駄目だ、とブルッたジョミー。
 後に宇宙を流離った時に、彼がブリッジに顔を出さなかったのも無理はない。
 「美形はトイレに行かないものだ」と食らった上に、「ブリッジは船の顔だ」と、強烈な言葉。
 イメージ戦略が第一な船で、迂闊に行ったら血を見そうだから。
 そうでなくてもソルジャー専用の席は無いから、それがシャングリラの鉄則だから…。

 

        ソルジャーの席・了

※アニテラ放映当時から気になっていたのが、ブリッジにソルジャーの席が無い件。
 いったいどういう理由なんだか、と思った途端に「高野山」。美形にトイレは不要だとか。





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