(第一段階は、計算通り…)
上手くいった、とマザー・イライザが眺めるキース。
グランド・マザーの期待通りに、キースと接触してくれたサム。何の手段も講じなくても。
(…なんとも冴えない候補生だけれど…)
それがイマイチ不満だけれども、グランド・マザーの絶対命令。
エリートとしてのサムの才能など、最初から夢を持ってはいない。落ちこぼれない程度について行けたら、上等だと思うべきだろう。
サムがE-1077にやって来たのは、単なる人脈だったから。
人脈と言っても、裏口だとか、誰かの口利きなどではない。もう本当にサムの人脈、彼の故郷での友が問題。グランド・マザーの読みが当たっていれば…。
(ミュウの次の長は、ジョミー・マーキス・シン…)
アタラクシアでのサムの親友、それが後釜に座る筈。
長い年月、忌々しいミュウを纏めていた長、ソルジャー・ブルーがいなくなったら。
ミュウの次の長を友に持つサム、誰よりもキースに相応しい友。
なにしろキースは特別なのだし、その友人にも選りすぐりを。
才能の有無とは関係なく。人脈や特性、そういったものが非常に大切。もう少ししたら、サムと同じにジョミーの友人だった人間。それがもう一人…。
(やって来る筈…)
今度は女性で、名前はスウェナ。
到着する時には、乗っている船を事故らせて…、と尽きない計算。
いずれはミュウの因子を持った少年、そういう人材も必要になる。理想の指導者、キースの才能を華麗に開花させるためには。
まずは第一段階クリア、と大満足なマザー・イライザ。
何もせずとも、サムはキースと握手したから。人がいいらしいサムの性格、この先もきっと計算通り。キースとすっかり友達になって、いずれは其処にスウェナが加わる。
(私の子…)
素晴らしいキース、と自画自賛してしまう、作り上げた子供。
三十億もの塩基対を繋いで、DNAから紡いだキース。今日、水槽から出したばかりで、この先はキースが自分で歩く。
あらかじめ敷かれたレールの上を。
サムという友も、近く来る予定のスウェナも、その時に起こる事故だって。
キースがもっと成長したなら、ミュウの因子を持った下級生を迎え入れて…、と先の先まで敷いてあるレール、キースは其処を走ってゆくだけ。
完全無欠なエリートとして、完璧な指導者への道を。メンバーズへ、そして国家主席へと。
その日が来るのが待ち遠しい、とマザー・イライザの夢は大きいのだけれど…。
(サム・ヒューストンか…)
知り合いが出来た、と認識したキース。何故だか妙に肌が合うな、と。
まるで前から知っていたように。さっき出会って、握手したばかりとは思えないほどに。
(多分、故郷で…)
似たような知り合いがいたのだろう、と考えるキースは気付いていない。自分に過去の記憶が無いとは、何も覚えていないとは。
なのに「故郷」だとか「知り合い」と思う、その原因は新入生ガイダンス。
誰もがこういう風に育った、と映し出された映像、それを自分に当て嵌めただけ。自分では全く意識しないで、自分の過去もこんな具合、と。
(…サムか…)
知り合いに似ている人間だったら、違和感も感じないだろう。初対面でも、初めて耳にした名前でも。そういうものだ、と弾き出した答え、過去の記憶は無いままで。
それから後は、マザー・イライザの計算通り。
サムに誘われた食事が切っ掛け、一気に仲のいい「友達」。
宇宙船の事故が起こった時にも、サムが一緒に来てくれたほど。ますますもって深まる友情、親しみが増す一方だけれど。
キース的には嬉しい出来事、マザー・イライザにしても、オールオッケー。
これで順調、と機械に親指があれば、グッと立てたいほどだけれども…。
実はキースとサムの友情、それには凄い伏線があった。
マザー・イライザも気付いていない伏線、何故なら、キースは「人間」だから。
無から作った存在とはいえ、何処から見たって人間の筈。身体も頭脳も、何もかもが。
(私の理想の子、キース…)
悦に入っているマザー・イライザ、その報告を聞いて喜ぶグランド・マザー。
どちらも気付いていなかった。
強化ガラスで出来た水槽、その中だけで育った人間がどうなるか。
ずっと昔にミュウが攫った、キースを作る基本になった女性体。そちらのデータは、追跡不可能だったから。ミュウが攫って行った時点で、行方不明になっていたから。
(どうせ、あちらは処分予定で…)
その直前にミュウが攫っただけだし、と考えているマザー・イライザ、それはグランド・マザーも同じ。後のことなど知ったことか、と。
けれど、問題は「その後」にあった。
ミュウが掻っ攫った女性、フィシスの「その後」が分かれば、せめて攫われる直前までデータを取っていたなら、あるいは分かっていたかもしれない。
水槽育ちの無から生まれた人間の場合、普通とは事情が異なるのだと。
人間では起こらない筈の「刷り込み」、それが発動するのだと。
刷り込みと言ったら、カモが有名。
卵から孵って最初に見たもの、それを親だと思う現象。
「水槽育ちの人間」で起こると、刷り込みは少し違ってくる。水槽で育つ間に目にした人間、中でも一番フレンドリーな者。そういう人間に懐く仕組みで、水槽から出した途端に起動。
本人も、気付かない内に。
懐く対象になりそうな人間、それに出会ったら入るスイッチ。
ミュウが攫ったフィシスの場合は、実験室へと通い詰めていたブルーに懐いた。ブルーが研究所時代の記憶をスッパリ消してしまっても、刷り込みで。
「この人が一番、フレンドリーだった」と、「この顔の人に何度も会った」と。
それと同じに、キースの方でも起こった刷り込み。
マザー・イライザは人間をデータで判断するから、まるで気付いていなかっただけ。
水槽時代のキースを世話した人間、研究者の中でも一番の古株だった初老の男性。彼の雰囲気がサムに似ていたことに。
顔のパーツも体格も全く似てはいないのに、「人間」が見たなら「似ている」と思う、そういう人種。何処がどうとは言えなくても。
年恰好も何もかも別物なのに、「ああ、似ているな」と人間だったら気付くこと。
そう、後にサムがシロエを目にして、「ジョミーに似ている」と評したように。
あんな具合に、キースを世話した研究者の男性はサムに似ていて、起こった刷り込み。
マザー・イライザの計算以上に、グランド・マザーの思惑以上に、キースはサムにしっかりすっかり懐いてしまった。
フィシスがブルーに懐いたように。無条件に信頼していたように。
キースも同じに、サムに懐いたものだから…。
上手い具合に運んだ筈の、キースにサムを近付けること。
ジョミー・マーキス・シンの存在をキースに知らしめることも、シナリオ以上の成果を上げた筈だったのに。
ミュウが計画した思念波通信、それのお蔭で劇的な効果があったと、機械は頭から信じて疑いもしなかったのに…。
(……サム……)
どうして、とキースが噛んだ唇。
E-1077を離れて十二年が経った後、サムの病院を訪れて。子供に戻ったサムに出会って。
其処から狂い始めたシナリオ、元は刷り込みだったから。
キースにとっては、サムは「友達」以上の存在だったのだから。
(ミュウどもめ…)
よくもサムを、と今は仇討ちに燃えるキースだけれども、これがグランド・マザーの破滅に繋がるカウントダウン。
友達以上の存在だったサムを失くしてしまって、キースの感情は激しく揺り起こされたから。
「人間らしい」キースが目覚めて、その後はずっと、それに従って動くから。
手始めにミュウだったマツカを見逃がし、次から次へと狂う歯車。
もはや機械には、どうしようもない方向へ。
刷り込みのお蔭で生まれた友情、それはブルーとフィシスの絆と同じに、キースにとっては大切すぎるものだったから…。
刷り込みの誤算・了
※キースとサムの出会いはマザー・イライザの計算通り、というのがアニテラ設定。
仲良くなるよう刷り込んだのかも、と考えていたらこういうネタに。水槽育ちですもんねv