「よく、御無事で…!」
その上、この度の敵本拠地発見。
やはり少佐にかかれば、ただの事故調査では終わりませんね。
流石です、と勢い込んでキースに挨拶したセルジュ・スタージョン上級中尉。
グランド・マザー直々の選抜でキースの補佐官を拝命したのだけれども…。
「貴様は?」
誰だ、と言わんばかりに返したキース。せっかく張り切って駆け寄ったのに。
(…こういう教官だったんだ…)
想定内だ、と自分に気合で、自己紹介をすることにした。
「少佐の補佐官を拝命しました、セルジュ・スタージョン上級中尉であります」
マザー直々の選抜により、少佐のお迎えと…。
ミュウ殲滅を命じられました、とハキハキと言って、「よし!」と自分に及第点。そしたら後ろから来たのがパスカル、なんだかんだで腐れ縁な男。
「以後、スローターハウス作戦の指揮権は少佐に。御無沙汰しております、教官」
「ヴォグ少尉か。マザーには選りすぐりを、と上申したが…」
見た顔も多いな、と見回すキースは、パスカルの名前を覚えていた。顔とセットで。
(どうして、あいつが…!)
こっちは忘れ去られていたんだよ、と叫びたいのに、いけしゃあしゃあと続けるパスカル。
「皆、アニアン教官の教え子です。当然の結果かと」
残りの者も、打てば響くツワモノばかりです、と補佐官をスルーで続いてゆく喋り。
「期待しよう。メギドはどうか」
キースはこちらを向きもしないで、パスカルの方に訊いているから…。
(あの野郎…!)
補佐官はパスカルじゃなくてこっちなんだ、と強引に割って入ってやった。
「作戦ポイントでの合流に向け、三光年先で調整中です」
運用の際、有効射程を考慮して…、と顔を向けたキースに説明しようとしているのに。不要、とキースが上げた右手に遮られてしまった言葉の続き。
「最短の時間で、最大の効果を上げろ。以上だ」
こう言われたら仕方ないから、総員、敬礼。
キースはその場を歩き去りながら、振り返りもせずにこう言った。
「マツカ、着替えを調達して来い」と。
補佐官の自分を見事にスルーで、宇宙海軍から転属して来たばかりの青年に。有能そうな者ならともかく、どう見ても弱そうなヘタレ野郎に。
「は、はいっ…!」と答えて走ってゆくヘタレ、果たして用事が果たせるやら…。
(…どいつも、こいつも…)
なんだってこうも続くんだか、と顰めた眉。パスカルの次はヘタレ野郎か、と。
けれども、此処は任務が大切。
いくらキースにスルーされまくりでも、補佐官は自分なのだから。
「各自、持ち場へ戻り、第一種戦闘配置!」
解散! とやって、解散させたパスカルその他の部下の面々。
誰もがキリッと自分に敬礼、つまりは自分がキースの次に偉い立場の筈なのに…。
なんだってこうなるんだか、と部屋に戻った後も収まらない苛立ち。
(ヘタレ野郎が道に迷うかと思ったら…)
初めて来た筈の船の中でも、ヘタレは道に迷わなかった。ヘタレにはヘタレのスキルというのがあるらしい。なまじヘタレに出来ているから、最初から無いのがプライドなるもの。
(誰にでも道を訊けるよな…!)
警備兵どころか、清掃係のオッサンでもな、と叩きたい愚痴。
誰に訊いたか確かめる気も起きないけれども、ヘタレは立派に任務を果たした。それが証拠に、さっき報告があったから。「アニアン少佐は…」とキースの現状について。
グランド・マザーとの通信用の部屋に行ったなら、着替えは済んだ筈だから。
(…あんなヘタレを使わなくても…!)
ちょっと一声掛けてくれれば、着替えは自分が調達したのに。「行け」と誰かを顎で使って。
なのにアッサリ持って行かれた、補佐官な筈の自分の仕事。
ヘタレなマツカも不快だけれども、もっと頭に来るのがパスカル。
(…ぼくの顔は忘れていたくせに…!)
パスカルは忘れていなかったんだな、とギリギリと噛みたくなる奥歯。
しかも「ヴォグ少尉」と階級までスラスラ出て来たからには、キースは何処かで見たのだろう。軍が発行している冊子か何かで、パスカルの顔を。
(そして、覚えて…)
ぼくを無視してパスカルとばかり喋っていたし、と思い出すだにムカつく光景。
まるで昔と変わっていないと、嫌な予感はしていたんだと。
そう、この作戦に選抜されての顔合わせがあった段階で。揃ってこの船に乗った時点で。
ずっと昔からこうだったよな、と蘇ってくるキースの教官時代。
「見た顔も多いな」と言われた面子は、全員、同期の者ばかりだった。パスカルも込みで。
因縁とも呼べる腐れ縁な面子、顔合わせで思わず仰け反ったほど。「こいつらかよ!」と。
「よりにもよって、この面子かよ」と、「この連中を纏めて行けってか?」と。
補佐官なのだと聞いた時には、最高の気分だったのに。
アニアン少佐の下で力を発揮できると、ミュウ殲滅が上手くいったら昇進だって、と。
ところがどっこい、エンデュミオンに乗り込む前に集まってみたら…。
(…あいつらが揃っていやがったんだ…)
その瞬間から嫌な予感がヒシヒシ、案の定、パスカルに持って行かれた喋り。
かてて加えて、自分の顔も名前もキースにスッパリ忘れ去られて、「貴様は?」と訊かれていたというオチ。
パスカルの方は「ヴォグ少尉か」と即レスな上に、階級まで把握されていたのに。
(…本当に昔から、何も変わっちゃいないんだ…!)
いつもババばかり引かされていて、と予感的中で覚える頭痛。
この作戦でもきっと自分がババだと、貧乏クジを引きまくりだと。
キースが教官だった頃から、そうだったから。
今の面子が全員教え子だった頃から、あの頃から自分がババだったから。
(アニアン少佐…)
あの人も昔からああいう人で…、と溜息しか出ない教官時代。
自分たちがヒヨコでペーペーだった頃、キースは腕こそ立ったけれども、教官の中では孤立していたし、好んで群がる生徒も少なめ。
さっき自分に「貴様は?」とやったほどなのだから、対人スキルが低めな男。頭はいいのに、同僚や生徒の顔はスルーで、まるで覚える気も無かったから。
(…普通は誰も入らないよな、アニアン・ゼミ…)
メンバーズ・エリートが自ら仕切るのがゼミなるもの。
顔を売っておいて損は無いから、人気のゼミには人が集まる。人当たりのいい教官のゼミとか、出世街道まっしぐらな教官が教えるゼミだとか。
けれど、サッパリ人気が無いのがキースのゼミ。年によっては誰もいないとか、二人もいたなら上等だとか。
(その二人だって、途中でトンズラ…)
他のゼミへと逃亡すると噂が高かったアニアン・ゼミ。他のゼミの方が人気だから。どうしても肌の合わない教官、そういう場合は途中で移籍出来るから。
(ぼくたちの年は、どういうわけだか…)
今から思えば、多分、不幸な事故というヤツ。
ゼミを選ぶための参考資料に書かれていたゼミの紹介文。それが他所のと入れ替わるというミスが起こって、集まった生徒。「此処にしよう」と。
「ゼミの生徒との交流がメイン、親睦旅行やコンパも多数開催」と書いてあったから。
自分もコロリと騙されたクチで、よく確かめもしないで入った。先輩たちの口コミを聞いたら、きっと入りはしなかったゼミ。もちろんパスカルや他の面子も。
その年のアニアン・ゼミは豊作、お蔭で事は上手く運んだ。入ってみたら教官はアレで、旅行やコンパを開催したがるような人では全くなかったけれど…。
(なまじ人数が多かったから…)
教官にその気が無いのだったら、自分たちの力で行け行けゴーゴー。
コンパも旅行もやってなんぼだと、教官だって一緒に連れて行ったらオッケーだよな、と。
(親睦旅行も、コンパも、全部…)
幹事をやらされていたのが自分。「細かいことによく気が付くから」と祭り上げられて、毎回、毎回、旅行の手配に会場の手配。
(でもって、美味しい所だけを…)
持って行きやがったのがパスカルなんだ、と今でも忘れられない恨み。
コンパや旅行の予定が立ったら、パスカルがいそいそ出掛けて行った。キースの所へ。
「アニアン教官も如何ですか?」と、「今回も楽しくなりそうですよ」と。
元が喋りの上手い男で、言葉巧みに誘うものだから…。
(アニアン教官だって、その気になるんだ…!)
コンパも旅行も、まるでキャラではない筈なのに。
どちらかと言えば苦手なタイプで、参加したって楽しめる筈もなさそうなのに…。
(パスカルの座持ちが上手すぎるから…)
キースもそれなりに飲んでいたのがコンパで、旅行も途中で「帰る」と言いはしなかった。その旅行だのコンパだのでも、自分は幹事だったから…。
(アニアン教官と喋っている暇は殆ど無くて…)
幹事の役目に追われる始末で、パスカルにすっかり持って行かれた美味しい所。
それが今日まで尾を引いたとしか思えない。
キースは会うなり「貴様は?」と言ってくれたわけだし、パスカルの方には「ヴォグ少尉か」と一拍さえも置かずに即レス、あまつさえ今の階級つきで。
(パスカルの野郎…!)
この作戦でも美味しい所を持って行くんじゃないだろうな、と嫌な予感しかして来ない。
作戦の肝になる筈のメギド、それの操作はパスカルの担当だったから。
(…ぼくはあくまで補佐官で…)
ああしろ、こうしろと指示を出すだけ、実務担当はパスカルになる。メギドが首尾よくミュウを焼き払えば、褒められるのはパスカルの手腕。
(…最悪だ…)
しかもキースはパスカルの顔を覚えていたし、と泣きたいキモチ。
かてて加えて、他の災難まで降って来た。宇宙海軍から国家騎士団に転属して来たヘタレ青年。
あれが新たな災いの種になりそうで…。
(…アニアン教官が直々に…)
転属させたと聞いているから、もう間違いなくアニアン教官のお気に入り。ヘタレなスキルしか持っていないのに、きっとヨイショが上手いのだろう。…パスカルのように。
(…パスカルに、さっきのヘタレ野郎に…)
今日は厄日か、と言いたい気分だけれども、この先、ずっと厄日な毎日。
スローターハウス作戦はまだ始まったばかりで、厄日な面子でやって行くしか無いわけだから。
どう転がっても、面子が変わりはしないから。
(……ツイていないぞ……)
最悪なことにならなきゃいいが、と思うけれども、逃げられないのが補佐官な立場。
たとえ今度もババを引きまくりで、美味しい所をパスカルに持って行かれても。
マツカとかいうヘタレ野郎に、まるっと美味しい思いをされても。
(……昔から、こういう役回りで……)
コンパも旅行もこうだったんだ、とスタージョン中尉の嘆きは尽きない。
どうして人生こうなるんだと、今の面子が揃った時点で死亡フラグが立っていたよな、と。
アニアン教官のゼミ時代からの腐れ縁。
それが自分の運の尽きだと、其処へマツカまで来やがるなんて、と…。
補佐官の厄日・了
※いや、ツッコミどころが満載だよな、と思うのがコレの冒頭のシーンのアニテラ。
なんでセルジュの名前は覚えていなくてパスカルなんだ、と。ネタで書くならこうなるオチ。
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