「この色がいいと思うけれどね?」
ジョミーには、とブルーが示したデザイン画。
今はソルジャー候補のジョミーが着る服、それのマントの色が今日の話題で。
「確かに目立つ色ではあるのう…」
何処におっても目を引きそうじゃ、とゼルも頷く真っ赤なマント。これでいいじゃろ、と。
「あたしも赤に賛成だよ。やっぱり目立つのが一番じゃないか」
地味な色だとイマイチだし…、とブラウが眺めるハーレイの背中。其処には地味な緑のマント。こういう色より、派手に真っ赤に、と。
「私も赤だと思います。赤は王者の色ですから」
紫と並ぶ高貴な色です、とエラも乗り気の真紅のマント。目立って、おまけに王者の色だと。
「王者の色ねえ…」
赤もそういう色だったとは、とブルーが漏らした大きな溜息。何故なら、ブルーの紫のマント。それも同じに押し付けられた色だったから。
ずっと昔に、高貴な色だと。ソルジャーに相応しい色は紫、皇帝の色、と。
「…その件はもう、水に流して欲しいのだがね…」
時効が成立している筈だ、と逃げの姿勢が見えるヒルマン。彼は、いわゆる戦犯だった。皇帝の紫を推した戦犯、ブルーに着せた張本人。
かなり長いこと、ヒルマンはブルーに恨まれていた。
「皇帝の色の紫だなんて、仰々しいマントにしなくても」と。
キャプテンのマントみたいに地味なのでいいと、よくも紫をプッシュしたな、と。
紫のマントで悪目立ちをした嫌な思い出。それがブルーの心の傷で、いわゆるトラウマ。
なにしろ、着せたヒルマンと来たら、当時に宣伝しまくったから。
じっと黙っていたならともかく、「紫は皇帝の色だ」と喋りまくって、偉い色だと持ち上げた。紫はソルジャーに相応しいのだと、ブルーこそシャングリラの帝王なのだ、と。
(あれのお蔭で…)
雲の上の人にされてしまった、と今でも悲しい紫のマント。同じマントでも地味な色なら、他の色なら人生違っていたのかも、と。
(もっと、みんなとフレンドリーに…)
ワイワイやりたかったのがブルーの本音で、只今、会議中の青の間。この部屋だって楽しく使いたかった。これだけの広さがあるのだから。仲間を集めてドンチャン騒ぎも出来そうだから。
(なのに、宝の持ち腐れで…)
お偉方な長老の四人とキャプテン、その程度しか自由に出入りしない部屋。
雲の上の人にされたお蔭で、紫のマントを背負ったせいで。
(ジョミーには、ぼくのような思いを…)
して欲しくない、と考えてしまう。
ソルジャーの肩書きを継いだ時点で、充分、雲の上だけど。
雲の上の人にされた自分の後継者ならば、そういうコースで当然だけれど。
(…そうなるのだから、せめてマントは…)
普通の色にしてやりたい。自分の二の舞にならないように、王者の色は避けるのが吉。
赤がいいな、と思った考え、それは彼方へブン投げて。
ジョミーが祭り上げられないよう、もっと普通の色を選んで。
そう思ったから、しげしげ眺めたデザイン画。赤いマントは却下だ、と。
(…赤が駄目だと…)
ハーレイのマントと被るけれども、緑とか。こっちの青もけっこういいな、と見ていたら…。
「ソルジャー。…赤に決まったじゃろうが」
わしらは赤と言っておるぞ、とゼルが揚げ足を取りにかかった。ハーレイも赤に賛成だし、と。
「はい。特に異存はございませんが…。赤のマントでよろしいのでは?」
それにソルジャーが赤だと仰いましたが、とハーレイに突かれた痛い所。言い出しっぺは確かに自分で、他の誰でもなかったから。「この色がいい」と最初に言った記憶は鮮明だから。
「……赤ということになるのかい?」
そしてジョミーも、雲の上の人にされてしまうというわけかい、と見詰めた遠い昔の戦犯。
紫のマントを背負わせてくれて、皇帝の色だの、シャングリラの帝王だのと言ったヒルマン。
「…しかし、ソルジャー…。その件は、もう…」
とうに時効で、とヒルマンは逃走する気だけれども、ジョミーの今後が目に見えるよう。
赤いマントを纏った時には、またもヒルマンが旗振り役をするのだろう。今回はエラが加担する可能性も大、「王者の色です」とヒルマンよりも先に言ったのだから。
きっとジョミーも、自分と同じコースを辿るに違いない。
赤いマントは王者の色で、シャングリラで一番偉いのだ、と妙な設定がついて来て。
皇帝の紫にも負けていないと、赤のマントはシャングリラの王者の証だと。
(…それではジョミーが…)
可哀相すぎる、と経験者だからこそ分かる、マントの色の大切さ。
それが人生を左右するのだと、ジョミーの今後の運命だってマントで決まる、と。
だから…。
「…赤だけは駄目だ。どうしても赤を推したいのなら…」
然るべき理由を考えたまえ、とジロリと睨み回した、四人の長老たちの顔。キャプテンの顔も。
王者の色よりマシな理由を考えて来いと、皆に親しまれる理由がいいと。
それが無いなら、赤い色は却下。
さっきの言葉は撤回すると、青か緑のマントを選ぶと。
「…ソルジャー、それは御命令ですか?」
そういうことなら従わざるを得ませんが、とハーレイが訊くから、「そうだ」と答えた。
赤にしたいなら他に理由をと、王者の色なら赤は駄目だ、と。
今でも微妙な立ち位置のジョミー、勝手に船から出て行った上に、えらい騒ぎを起こしたから。船の仲間たちは忘れていなくて、まだ陰口も消えないから。
(…皆に親しまれるソルジャーになって欲しいのに…)
王者の色のマントを着せたら、更に開いてしまう距離。仲間たちとの間がグンと。
赤いマントは意地でも避けるか、他に理由を見付けるか。
「雲の上の人だ」と崇められる代わりに、誰もが気軽に名前を呼んでくれるソルジャー。
マントの色には、邪魔されないで。
むしろ歓迎される赤色、それを纏ったソルジャーになってくれれば、と。
こうして青の間から叩き出された長老たち。キャプテンも含めて、一人残らず。
ゼルやブラウは「駄目だと言うなら仕方ないねえ…」と投げてしまって、ハーレイも同じ。赤が駄目なら別に青でもいいじゃないか、という程度。青でも緑でも、何でもオッケー。
けれど、違ったのがエラとヒルマン。
「…赤で決まりだと思いましたのに…」
「まったくだよ。…まだ根に持っていたとはねえ…」
何年経ったと思うんだね、とヒルマンがぼやく紫のマント。
そうは言っても、それを纏って雲の上の人になったのがブルー、彼の意向には逆らえない。赤いマントを選びたいなら、理由を捻り出すしかない。
ちなみに皇帝の色の紫、それは染料が高かったから。遠い昔は小さな貝から採れる染料、それを大量に使って染めていたから、べらぼうな値段で、皇帝くらいしか買えなかったオチ。
王者の赤もそれと同じで、貝を使った紫の染め方が失われた後、カイガラムシなる小さな虫から採った染料で染めていた。やっぱり同じにべらぼうな値段、ゆえに王者の色は赤色。
「由緒正しい赤ですのに…」
「私だって、あれを諦めたくはないのだが…」
何かいい手は無いだろうか、とエラとヒルマンは踏ん張った。何かある筈、と。
そして…。
「ソルジャー、先日のジョミーのマントの件ですが…」
如何でしょうか、とエラが披露した赤についての話。青の間に長老とキャプテンを集めて。
曰く、今年は申年とやらで、その年の赤は非常に縁起がいいらしい。それも赤い服が。
「なるほど、今年は赤色がいい、と…」
それは全く知らなかった、とブルーは先を促した。申年というのは初耳だけれど、遠い昔には、こだわる人たちも多かったらしい。申年を含む十二の干支に。
「申年に赤い服を誂えると、無病息災なのだそうです。それに…」
その赤い服を誂えた人が、赤い下着を着ていた場合。周りの人にも幸運が及んで、それは幸せな最高の年になるのだとか。しかも、申年から赤い下着を着け始めると…。
無病息災も、周りの人への幸運のお裾分けパワーも一生モノに、と言い切ったエラ。
実際、デッチ上げではなかった。
遠い昔の申年の話、赤い下着が売れた時代の言い伝え。それが何処かで曲がってしまって、この時代にはこうなっていた。シャングリラが誇る、データベースの情報では。
「赤い服を誂えて、赤い下着か…。すると最高の年になる上に、今、始めると…」
幸運が持続するのだね、と確認したブルーは、とうに赤へと傾いていた。
王者の色なら却下だけれども、幸運の色なら大歓迎。
それにジョミーも、皆に好かれることだろう。申年に誂えた赤いマントとセットで、赤い下着を着け始めたなら。
(ジョミーが赤いパンツを履いたら…)
これから先も履き続けたなら、一生の間、周りに幸運のお裾分け。
申年に初めて身に着け始めた、赤いマントと赤いパンツのパワーとやらで。
「いいだろう。そういう赤なら、ジョミーの立場もきっと良くなるだろうから」
マントの色は赤にしよう、とブルーが出したゴーサイン。
赤いマントが出来上がったら、ちゃんと宣伝するように、と付け加えることも忘れなかった。
申年に誂えた赤いマントは縁起がいいと、赤いパンツで周りの運気も一気にアップ、と。
それを皆にも伝えて欲しいと、王者の赤より、申年の赤いマントと赤いパンツ、と。
(これでジョミーも、皆に親しまれるソルジャーに…)
なる筈だから、というブルーの読みは見事に当たった。
ソルジャー候補ながらも赤いマントで赤いパンツになったジョミーは、縁起の良さで人気上昇。
誰もが幸運のお裾分けをと狙っているから、仲良くしておいて損は無いから。
(…ぼくの二の舞にならなくて良かった…)
本当に、とホッと息をつくブルーは、まるで知らない。
赤いパンツを履く羽目になったジョミーの、「なんで、ぼくが」という嘆きの声を。
「一生、赤いパンツなんて」と、涙目になっていることを。
これから一生、ジョミーのパンツは赤で決まりで、泣けど叫べど赤一択。
幸運の赤いパンツだから。
申年に誂えた赤いマントとセットものだから、赤いパンツは運気上昇の縁起物だから…。
幸運の赤いマント・了
※今年は申年だったっけな、と考えていたら降って来たネタ。赤いマントだよね、と。
一生、赤いパンツを履くらしいジョミー。気の毒すぎる運命かも…。ブルー、酷すぎ。