「トォニィ。お前が次のソルジャーだ」
ミュウを、人類を…導け、とジョミーがトォニィに渡した補聴器。
「グランパ…」
ぼくはまだ子供だ、と繰り返したいのに、ジョミーがいない世界なんて嫌なのに。
ジョミーは真っ直ぐ見詰めて来るから、どうしようもない今の状況。
(…グランパ…)
補聴器を着けろ、と促すジョミーの瞳。いくら泣いてみても、もう無駄らしい。ジョミーは命を捨てているから、助かるつもりも無いらしいから。
(…メギドなんて…。こんな星なんて…)
どうでもいい、と叫びたくても、それがジョミーの最期の望み。地球を破壊しようとしている、六基のメギドを止めること。ジョミーを救うことではなくて。
それにソルジャーを継げとも言われた。「ぼくの自慢の強い子だ」とも。
(……グランパの自慢の……)
強くなんかないのに、と思うけれども、ジョミーの期待は裏切れない。望みを叶えないわけにもいかない、選べる道はただ一つだけ。
こうすることだ、とトォニィが仕方なく着けた補聴器。それは嬉しそうに微笑むジョミー。
(…これでいいんだ…)
ぼくにはこれしか、と溢れた涙に重なったもの。
ジョミーの顔が滲むようにぼやけて、その彼方から…。
「ウゼエんだよ、ジジイ!」
とんでもない罵声が聞こえて来たから驚いた。いったい何処にジジイが、と。
あえてジジイと呼べそうな者は、さっきジョミーが「共に戦った仲間だ」と言っていたキース。通信機の向こうの自分の部下に、メギドを止めろと伝えていたようだけれど…。
(……ジジイ?)
ウザいジジイとはアレのことか、と思う間もなく、今度は聞こえた「クソババア!」の声。
ジジイはともかく、ババアはいそうにない空間。いや、さっきまではいたのかも…。
(…グランド・マザー…?)
とうに瓦礫と化していたけれど、キースがジジイなら、クソババアはアレ。なるほど、と合点はいったけれども、誰が叫んでいたかが問題。
(此処には、ぼくたち三人だけ…)
だったら誰が叫ぶんだ、と見回そうとしてハタと気付いた。今の罵声の正体に。
(…この補聴器……)
それに入っていたジョミーの記憶。
ナスカで生まれた初めての自然出産児だった、自分たち。急成長していった七人の子供、従来の育児書の類は役に立たない。「目覚めの日」だの、成人検査だのというシステムの方の情報も。
(…グランパ……)
ジョミーは懸命に勉強していた。戦いのことしか考えていないように見えたのに。
その裏側で、遠い昔の、子供が自然に生まれて育った時代のことを、あれこれ調べて。
(…反抗期があって、それに中二病…)
遥かな昔の子育ての脅威、それが反抗期に中二病。世の親たちが手を焼いたらしい、その現象。
実の父親に「ウゼエんだよ、ジジイ!」と怒鳴って、母親に向かって「クソババア!」。
ついでに色々ややこしい上に、こじれまくるのが中二病。
そうだったんだ、と改めて気付いたジョミーの愛情。
育児についても気を配ってくれた、優しいジョミー。置いてゆくなんて、とても出来ない。
こんな記憶を見せられたら。知ってしまったら、もう無理なのに…。
(…でも、行くしか…)
ないんだから、とグイと涙を拭った瞬間、不意に閃いた解決策。これならいける、と湧き上がる自信、ジョミーを置いて行かなくてもいい。ジョミーの戦友だというキースの方も。
(軌道上のメギドは、全部で六基…)
キースの部下たちも攻撃に向かう筈なのだから、全部を一人で止めなくてもいい。それに応援も呼べる筈だし、メギドの方は何とかなる。
「行け」と促すジョミーの方だって、ガチでやったら勝てないけども…。
(…今は死にかけてて、ぼくの方が…)
絶対強いに決まっているから、やるぞ、とスックと立ち上がった。ジョミーはといえば、もう本当に孫を見る目で「ありがとう」と別れの言葉を口にしたけれど…。
「グランパ、ぼくは今、反抗期だから!」
「…え?」
なんだ、と見開かれたジョミーの瞳。キースも唖然としているけれども、此処で言わねば。
「もう反抗期で中二病だから、思いっ切り、ぼくの好きにするから!」
「トォニィ…?」
待て、と声を絞り出そうとしたジョミーに向かって言い放った。「ウゼエんだよ!」と。
「いいから、ジジイは死んでいやがれ!」
ブッ殺す、と言い捨てて放ったサイオン、もろに食らったジョミーは気絶。
「な、何をする…!」
狂ったのか、と慌てるキースにも「ウゼエ!」と怒鳴って、同じに一発食らわせたから、止める者はもはやいなかった。ジョミーとキースが見事に気絶しているだけ。
(やった…!)
反抗期で中二病の子供は無敵なんだ、と感謝してしまったジョミーの記憶。これが無かったら、ジョミーの言いなりになっていた。「ぼくの自慢の強い子」のままで。
(反抗期だったら何でもアリで、中二病だとこじれてて…)
ぼくにもそういう時期があったって、と開き直った無敵のトォニィ。
とにかくジョミーとキースの救助を最優先で、と凍らせて仮死状態にした。かつてキースに胸をグッサリ刺された時に使った手だから、今回だって有効な筈。
(シャングリラに二人を連れて帰って、それから手術…)
でもって、その前にメギドだったな、と確認してから、二人を抱えて飛び出した。地球の地の底から地上へ一気に、其処から更にジャンプで宇宙へ。
もちろん、ジョミーとキースにはキッチリ、シールドをかけて。
(先にメギドで…)
この辺でいいか、と二人を軌道上に仮置き、思念で呼び掛けたシャングリラ。
「タキオン、ツェーレン、ペスタチオ、手を貸せ!」
メギドを撃つ、と飛んでゆく間に、キースの部下たちもやって来たから、いける筈。ジョミーの望み通りにメギドを破壊出来る、と頑張ったのに…。
「残弾ゼロだ…! 残るメギドはあと一つなのに…!」
そういう人類の声が届いて、発射体制に入っているメギド。
「駄目か…!」
「間に合わない…!」
もう駄目だ、と覚悟した時、「どけーい、ヒヨッコどもーっ!!」と突っ込んで来たのが人類の船で、旗艦ゼウスとかいうヤツで。
(…マードック大佐…!)
ヤバイ、と悟った自分の危機。メギドの炎は地球の地表を掠めただけで済んだけれども、それをやったのは人類が「マードック大佐!」と呼び掛けた男。
そのマードック大佐が乗っている船は、メギドと一緒に燃え盛りながら落下中で。
(…これがジョミーとキースにバレたら…)
怒鳴られまくりの叱られまくりで、もう確実に後が無い。「だから置いて行けと言ったのに」と二人がかりでネチネチ言われて、どうにもこうにもならないから…。
「ツェーレン、ちょっと行ってくる!」
メギドを止めるのは無理だったけれど、一人助けるくらいなら、と大慌てで追った地球へと落下してゆくメギド。追い掛けて中へ飛び込んで…。
(間に合った…!)
やった、と躍り上がったけれども、同時に「え?」と仰天もした。爆風を食らって倒れた人類、一人だけだと思っていたのに、なんと二人もいたものだから。
(…女もいたんだ…)
でもまあ、誤差の範囲内、と抱えて飛び出した人類が二人。マードック大佐と、パイパー少尉。
当然、きちんとシールドをかけて、さっき仮置きしたジョミーとキースも回収して…。
これでオッケー、と戻って行ったシャングリラ。
「ソルジャー・シン!?」
船はたちまち上を下への大騒ぎになり、何故にキースが、と半ばパニック状態だけれど。
「どうでもいいから、さっさと手術だ!」
ノルディを呼ぶんだ、と凄んでやった。手術の順番はジョミーが最初で、次がキースで、と仕切りまくって。残る二人もしっかりキッチリ治療しろ、と。
(…反抗期と中二病の話は…)
此処ではしないのが吉だ、と判断したから、ジョミーが意識を取り戻すまではソルジャー代理。
幸か不幸か補聴器もあるし、皆は素直に納得した。ソルジャー代理、大いに結構、と。
キースとマードック大佐とパイパー少尉は、人類の船に移せるような状態ではなくて、当分の間はシャングリラで治療に専念するという方向になって…。
「…ジョミー。一つ訊いていいか?」
包帯グルグルで点滴つきのキースが眺めた隣のベッド。個室もあるのに、意識が戻ったら相部屋希望と言い出した二人。ジョミーとキース。
「…なんだ?」
ジョミーも同じに包帯グルグル、腕には点滴。
「いや、トォニィが言っていた、あの…」
反抗期とか中二病とかいうのは何だ、と訊かれたジョミーが「ああ…」と浮かべた苦笑い。
「多分、ああいうのを言うんだろう。…まさか今頃、反抗期なんて…」
「お前に向かって、ウゼエと怒鳴っていたようだが…」
おまけにジジイと、とキースには解せないトォニィの豹変、けれども、それが反抗期だから。
中二病の方も、そういったものだと学んで記憶したのがジョミーだったから…。
「トォニィは反抗期に入ったらしい。…初めてぼくに反抗したよ」
「そうなのか…。お前もこれから苦労しそうだな」
「君の方こそ、大変なんじゃないのかい…?」
復帰したらきっと仕事が山積み、とジョミーは言ってやったのだけれど、「お前の方こそ苦労しそうだぞ」と返された。「ウザいジジイと言われたろうが」と。
「…あいつがソルジャー代理だそうだが、ソルジャー復帰はウザがられないか?」
「その時は、隠居するまでだよ。トォニィが本当に反抗期で中二病ならね」
口で言ってるだけじゃないかと思う、と答えるジョミーは、ダテに勉強していなかった。本物の反抗期で中二病なら、ああいうことにはならないと。
(…やっぱりトォニィは、ぼくの自慢の…)
後継者なんだ、と誇らしい気持ちもするのだけれども、ソルジャーに復帰した暁には、おしおきから始めるべきだろう。
(…ぼくの最期の頼みを無視して…)
勝手に暴走したんだから、とガッツリお灸をすえるつもりでいるジョミー。
そしてトォニィの方は、ちょっぴり後悔し始めていた。
(……やり過ぎたかな……)
反抗期なんだと叫ぶだけにしておけば良かったかな、と。
いくら助けるためだとはいえ、大好きなグランパに向かって「ウゼエんだよ!」と叫んだから。
「いいから、ジジイは死んでいやがれ!」と、思い切り怒鳴ってしまったから…。
恐るべき後継者・了
※アニテラのラスト、トォニィだったらジョミーもキースも助けられたのでは、という可能性。
同じツッコミをなさった貴腐人のコメントで降って来たネタ、謹んで献上させて頂きます~v
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