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ミュウたちの社歌

(船は立派に出来たんじゃが…)
 どうもイマイチ、とゼル機関長は感じていた。
 元はコンスティテューションとかいう、人類の船だったシャングリラ。長い年月、そいつで宇宙を旅する間に、培ったミュウの技術力。
 それを生かして改造した船、元の船とは比較にならない巨大な船が出来上がった。白い鯨のような船体、人類の船には備わっていないシールドとステルス・デバイスもつけて。
(これで総員、一致団結…)
 地球を目指したい所だけれども、生憎と地球の座標は謎。
 さりとて大気圏内を長く航行できる性能、それを生かさない手は無いだろう。人類のレーダーに捕捉されないステルス・デバイス、そっちだって。
 というわけで、雲海の星、アルテメシアにやって来た。雲海の中なら更に安全、人類の育英都市があるから最新情報もゲット出来そうだ、と。
(じゃがなあ…)
 どうにも士気が高まらんのじゃ、と考えるゼルの理想の船。
 皆が朝からシャキッとしていて、希望が溢れて、やる気満々。そんな船がいい、と思うのに…。
(なまじ面子が固定じゃからのう…)
 遠い昔にアルタミラから脱出したミュウ、その顔ぶれは今も変わらない。
 ソルジャーにキャプテン、機関長だの航海長だの、役職がついていっただけ。今更やる気満々も何も、と心機一転とはいかなかった。
 せっかく船が出来たのに。
 人類軍だって持っていないような、シールドまで備えた船なのに。


 なんとも悲しいキモチになるゼル、彼が改造の最高責任者だった。博識な友のヒルマンと検討を重ね、船を造った。
 現場で働いた者は他の面子で、改造案にゴーサインを出したのもソルジャーとキャプテン、つまりはゼルは「縁の下の力持ち」という立ち位置になる。
 脚光を浴びる立場ではないから、船の現状に不満があっても、どうこう言える権限は無い。
 皆が「これでいい」と現状維持なら、ソルジャーとキャプテンも同じなら。
(もうちょっと、こう…)
 このカッコイイ船に相応しく、と士気の高まりを願ってみたって、どうにも出来ない。やる気を出そうと発破をかけるには、やはり材料が要るのだから。
(地球の座標も分からんのでは…)
 仕方ないのう、と入った船のライブラリー。
 SD体制以前のデータも豊富に揃った、紙の本から映像までがギッシリある場所。これまた船の自慢の施設で、大いに誇りたいのだけれども…。
(利用者がイマイチ増えんのじゃ…)
 面子が固定のままじゃからのう、と零れる溜息。新しい船が出来ただけでは、新しい風は吹かないらしい。いくら自慢の新造船とも呼びたい船でも。


(こういう時には…)
 腐っていたって仕方ないわい、と何か観ようと考えた。
 同じ観るなら、馬鹿々々しいのがいいだろう。うんと笑えて、楽しい気分になれるモノ。憧れの地球が絡めばもっといいが、と気まぐれに打ち込んでいった文字。
 そうしたら…。
(釣りバカ日誌?)
 見るだに馬鹿っぽい雰囲気のタイトル、遠い昔に人気を博した笑える映画らしいから。
(とにかく釣りをするんじゃな?)
 それならば青い地球の自然が溢れまくっているだろう。水の星、地球の本領発揮で、そこで釣りをして、おまけにお笑い。
 これに決めた、と呼び出してみたら、「釣りバカ日誌」はシリーズだった。幾つもあるから、どれを観ようか悩ましい所。
 タイトルを端から順に眺めて、目に留まったのがシリーズ16、「浜崎は今日もダメだった」。
 のっけから笑わせてくれるというから、それで様子見してみよう。
 本当に笑える映画なのかどうか、冒頭で判断可能だから。時間を無駄にしないから。


 よし、と観賞し始めた映画、いきなり高らかなファンファーレ。
 何事なのか、と仰け反っていたら、たちまち歌が始まった。それは陽気に、能天気に。
(社歌じゃと?)
 主人公が勤める鈴木建設、そこで毎朝、歌われる社歌。いわば会社のテーマソングで、社員が歌うものらしい。
(ほほう…)
 なるほど、と眺めた社歌を歌っている登場人物。会社で働く関係者は皆、もれなく楽しく歌いまくっていた。受付嬢から、重役まで。デスクワークの社員はもちろん、現場でガテンな面々も。
(掃除係も歌うんじゃな?)
 トイレ掃除をしているオバチャンも歌いまくる社歌は素晴らしかった。
 社内はもちろん、ツルハシを担いで建設現場なガテン系まで歌うのだから。経営者の社長を除く面子は、一人残らず。
(素晴らしい会社じゃ…!)
 わしの理想じゃ、と惚れ込んでしまった鈴木建設、其処の社歌。
 朝一番には皆で歌って、ついでに踊って、やる気満々。
 シャングリラもこういう船だったら、と心の底から湧き上がる思い。社歌を歌って始まる一日、きっと最高の船になる。
 希望もやる気も溢れまくりの、誰もが元気一杯の船。そうあって欲しい、シャングリラに。


 思い立ったが吉日とばかり、コピーしたデータ。鈴木建設の社歌のシーンを。
 そして長老会議を開いた、ソルジャーとキャプテンも出席するヤツを。
「社歌だって…?」
 それはどういう、とブルーが訊くから、「社歌じゃ」と胸を張って答えた。「これを見てくれ」と会議室の大きなモニターで再生、流れ始めた例の社歌。ファンファーレで始まって、景気よく。
「「「…………」」」
 誰もが唖然としたのだけれども、歌は確かに見ものではあった。偉そうな重役からヒラ社員までが揃って歌って、掃除係も現場なガテンの兄ちゃんたちも。
「どうじゃ、シャングリラにもこんな歌をじゃな…」
 作ればいいのではなかろうか、と提案したゼル。朝から歌えば一致団結、やる気もきっと、と。
「ちょいとお待ちよ、誰が作曲するんだい?」
 ブラウの疑問はもっともだった。作曲の才能を持った仲間は一人もいない。
「何かをパクればいいじゃろうが!」
 名曲は幾つもある筈じゃから、と自信満々、曲はパクッて替え歌で良し、と。
「替え歌か…。その手があるか…」
 それも悪くはないかもしれん、と頷いたのがキャプテン・ハーレイ。彼も薄々、今の船では駄目だと思っていたらしい。変える切っ掛けでもあれば、と。
「なるほどねえ…。それもいいんじゃないのかい?」
 こういう陽気な船もいいし、とブラウも乗り気になってくれた。ヒルマンもエラも。


 この流れなら社歌が作れそうだ、と思ったゼル。
 社歌というわけではないけれど。シャングリラという船の歌だし、何と呼ぶやら。
 けれど出来ると、何をパクろうかと、ヒルマンたちと検討し始めていたら…。
「…ぼくはこのままでいいと思うよ」
 下手にパクるより、とブルーが口を開いた。歌詞もそっくりそのままでいいと、鈴木建設の社歌で充分だと。
「なんじゃと!? しかし、ソルジャー…!」
 それでは鈴木建設になってしまいますぞ、とゼルはもちろん、誰もが慌て始めたけれど。
「でもね…。歌の見本は此処にあるんだし、歌詞も素敵だと思うから…」
 聴いてみたまえ、というブルーの言葉。
 改めて社歌をよく聴いてみれば、歌詞はなかなかのものだった。
 「悩みは無用、光を胸に」だとか、「大きな理想、挫けぬ心。時代を築く礎よ」だとか。
 そう、「鈴木建設」と歌うくだりをスルーしたなら、立派にミュウのための歌で通る歌。
 「躍進する」だの「邁進する」だの、「あなたの町の明るい明日を」だのと、前向きだから。
 「すっきり、ずっしり、きっちり、鈴木」も、船の精神にはピッタリだから。
「…で、では、ソルジャー…」
 このままですか、と尋ねたキャプテンの声に、ブルーは重々しく頷いた。「これでいこう」と。


 かくして決まってしまった社歌。
 シャングリラには毎朝、鈴木建設の社歌が景気よく流れて、皆が歌って踊ることになった。
 「すっきり、ずっしり、きっちり、鈴木」と、「鈴木建設」と。
 ゼルの狙いは見事に当たって、一気に高まった団結力。朝一番には皆で歌おうと、今日も一日、元気にいこうと。
(…あの歌にしようと言って良かった…)
 皆がここまでノリノリでは、と青の間でホッと息をつく一人。ソルジャー・ブルー。
 「鈴木建設の社歌でいい」と推した理由は、メロディと歌詞にもあったのだけれど…。
(…替え歌にされたら、ぼくの立場がマズイんだ…)
 なにしろ、自分がソルジャーだから。
 鈴木建設が邁進する分には気にしないけれど、シャングリラが躍進したって気にしないけれど。
 下手に弄られたら、歌詞に「ソルジャー・ブルー」と入る恐れが大。
 毎朝、毎朝、自分の名前を皆が連呼し、士気を高めるなどとんでもない。歌う方は良くても、歌われる方の身になって欲しい、それは激しく恥ずかしすぎる。
 こうも誰もがノリノリでは。朝一番から「すっきり、ずっしり、きっちり、鈴木」では。
(鈴木で、鈴木建設だから…)
 高みの見物を決め込めるけれど、「ソルジャー・ブルー」と歌われたのでは堪らない。ウッカリ外を歩けもしなくて、歩きたいとも思わない。…歌が流れる時間帯には。


 そういう事情があったとは誰も気付かないままで、鈴木建設の社歌は定着した。
 アルテメシアの育英都市から救出されたミュウの子たちも、船に来るなり覚えて歌った。新しい世代は「そういうものだ」と思っているから、それは素直に。
 シドもリオもヤエも元気に歌って、ブルーが連れて来たフィシスも歌った。シャングリラの朝は歌で始まると、今日も一日、元気にいこうと。
 そんな調子だから、ジョミーが船に来た時も…。
「…鈴木建設?」
 なにそれ、と変な顔をしたジョミーは、キムたちにフルボッコにされてしまった。
 「俺たちの歌に文句があるか」と、「嫌なら船から出て行け」と。
 それくらいに愛された歌が「鈴木建設の社歌」で、後にはジョミーも歌うようになった。よく聴いてみたら前向きな歌で、やる気が出て来る歌だから。
 「すっきり、ずっしり、きっちり、鈴木」と歌いながらだと、頑張れるような気がするから。
 なんと言っても、元はガテンな兄ちゃんたちまでもがツルハシ担いで歌った社歌。
 それでやる気が出ないわけがない、やたらと元気で、「歌って踊れる」社歌なのだから。


 アルテメシアを離れた後にも、鈴木建設の社歌は毎朝、船に流れた。
 人類軍に追われまくって、誰もが疲れ果てていた時にだって、朝一番だけは溢れた気力。今日もやるぞと、今日こそはと。
 たとえ行き先が見えない船でも、「すっきり、ずっしり、きっちり、鈴木」と。
 そうやって歌ってナスカまで行って、相も変わらず鈴木建設。ナスカに入植した若い者たちも、この歌で育っていたものだから。
 船を離れて古い世代と対立しようが、赤い大地を開拓するには、歌の精神がピッタリだから。
 「大きな理想、挫けぬ心」で、「すっきり、ずっしり、きっちり、鈴木」。
 「明日へ築く、木槌の音よ」で、「すっきり、ずっしり、きっちり、鈴木」。
 シャングリラの中でも歌い続けられて、毎朝、流れ続ける社歌。揃って歌って、踊ったりして。


 そんなわけだから、ナスカで捕虜にされたメンバーズのキース、彼も朝から聞く羽目になった。
 彼が押し込まれた部屋の周りにも、高らかに響き渡る社歌。朝一番には、朗々と。
 「すっきり、ずっしり、きっちり、鈴木」と、「鈴木建設」と。
(…この船は、いったい…)
 どうなっているのだ、とキースの優れた頭脳をもってしても分からない。
 何ゆえに鈴木建設なのかと、ミュウの長の名は「鈴木」だっただろうかと。ミュウどもは何処で建設業をと、請け負う仕事は無い筈だが、と。
 いくら考えても出て来ない答え、仕方ないからジョミーに訊いた。
 少々、間抜けになったけれども、「一つ訊きたい」とキメる代わりに…。
「待て、二つ訊きたい。…星の自転を止めることが出来るか?」
「…さあ? やってみなければ分からないが」
「残念だったな。その力がある限り、人間とミュウは相容れない」
 それと、もう一つ。鈴木建設というのは何だ?
 お前たちのことか、と投げた質問、ジョミーの答えは…。
「さあ…? 多分、そうなんだろう。相容れないなら、残念だ」
 言い捨てて去ってしまったジョミー。
 鈴木建設の謎は残って、とうとう解けないままだったから…。


「パンドラの箱を開けてしまったな…。良かったのだろうか」
 グランド・マザーが崩壊した後、地球の地の底で、致命傷を負った者同士。
 ジョミーと暗闇で語り合う中、「お前に出会えて良かった」と口にしてみたら…。
 「ぼくもだ」と返って来た言葉。
 やっと友が、という気がした。遅きに失した気はするけれども、友が出来たと。
「キース…。箱の最後には希望が残ったんだ」
 ジョミーに言われて、ふと思い出した。遠い昔に聞かされた歌を。ミュウの船の中で毎朝々々、流れまくっていた前向きな歌を。
 「すっきり、ずっしり、きっちり、鈴木」と、「大きな理想、挫けぬ心」と。
 あれは希望の歌だったのか、と今頃になって合点がいった。
 ミュウの長の名が鈴木かどうかは、関係無く。本当に鈴木建設かどうか、細かいことはサラッと抜きで。ひたすら前へと躍進、邁進、そういう歌を歌っていたか、と。
「分かったぞ、ジョミー。お前たちは…」
 鈴木建設をやっていたのではなくて、あの歌が大切だったのだな、と言おうとしたのに。
 「今もあの歌を歌っているか?」と、「いい歌だな」と褒めたかったのに…。
 ジョミーの声は返らなかった。先に命が潰えてしまって、その魂は飛び去ったから。


(…最後まで、私は一人か…)
 けれど、キースの唇に浮かんだ笑み。
 ミュウの船で毎朝流れていた歌、あの歌は本当にいい歌だった、と。
 ジョミーの跡を継ぐ青年だって、きっとあの歌を歌うだろうと。
 何処までも生きて進んでくれと、この世界を、地球を、未来を頼むと。
 「すっきり、ずっしり、きっちり、鈴木」の精神で。
 「悩みは無用、光を胸に」で、「大きな理想、挫けぬ心」で…。

 

        ミュウたちの社歌・了

※真面目なんだか、ふざけてるのか、悩ましい話になったオチ。…キースのせいで。
 作中の社歌は嘘ついてません、youtubeで「鈴木建設 社歌」と検索すると本物が出ます。





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