(くだらんな…)
皆の真似をして出て来てはみたが、とキースがついた溜息。
メンバーズ・エリートとして歩み出してから、まだ日は浅くて。
たまの休暇をどう過ごすべきか、それさえ思い付かない有様。
他の者たちは、ここぞとばかりに羽を伸ばしに出掛けてゆくのに。
(…一人の食事は慣れてるんだが…)
周りの雑音が鬱陶しい。
なまじ普通の街の中だけに、どのテーブルにも一般人ばかり。
どうでもいいような話題ばかりで、聞いていたって役に立たない。
軍人ばかりが集まる場所なら、得ることだって多いのに。
耳に挟んだほんの一言、其処からヒントを得られる時もあるというのに。
(飯が美味いだの、これから何処に行くかだの…)
ロクな話をしない奴らばかりだ、と黙々とランチを頬張っていたら。
「好きな子ってさあ、妙に苛めたくならなかったか?」
ずっと昔な、と聞こえて来た声。
自分よりも幾らか年上だろうか、そういう男性たちのグループ。
仕事仲間か、昔馴染みか、趣味で知り合った者同士なのかは知らないけれど。
(女の話か…)
ありがちだな、と聞くともなしに耳を傾けたものの。
(なんだって…?)
自分は持たない、成人検査を受ける前の記憶。
故郷も両親も友人の顔も、まるで覚えていないのだけれど。
どうやら覚えているのが普通で、彼らの話は思い出話。
故郷にいた頃、好きな女の子をついつい苛めていたのだという。
「好きだ」と言えずに、髪を引っ張ったり、足を引っ掛けて転ばせたり。
それをやる度に教師に呼ばれて、何度も叱られたものだった、と。
妙なことをする、と最初は思った。
好きなのだったら、素直に口にすればいいのに。
そうすれば相手も応えてくれる筈だから。
運が良ければ、いわゆる「彼女」。
以前、シロエに言われた時には首を傾げたものだったけれど、今なら分かる。
あの後、ちゃんと調べたから。「彼女」とは何か、どういうものか。
(スウェナは違ったんだがな…)
彼女なんかは今もいないな、と頬張るランチ。
これから先もいないだろうと、女などには興味も無いし、と。
だから余計に不思議な行動。
好きな女性がいたのだったら、苛めたのでは意味が無いから。
嫌われるだけで、側に寄れさえしないのだから。
(…謎だな…)
なんとも謎だ、と腑に落ちないから、聴き続けた。彼らの話を。
どういう理由で苛めていたのか、サッパリ謎だ、と。
そうしたら…。
(あれなのか!?)
あれがそうか、とドキリと跳ねた心臓。
似たようなことが自分にもあったと、確かに苛めてしまったと。
(…足を引っ掛けて転ばせるどころか…)
殴り飛ばしたんだ、と唖然とした。
「機械仕掛けの操り人形」と罵倒されたから、思わず殴ってしまったシロエ。
今から思えば、欠けてしまっていた冷静さ。
自分らしくもなく覚えた苛立ち、それが高まった挙句に一発殴ってしまったけれど。
(…子供ではなくて、あの年だったから…)
シロエを殴り飛ばしたらしい。
髪を引っ張ったり、足を引っ掛けて転ばせてみたりする代わりに。
(何故あんなことをしたのか、今でも分からないんだが…)
別のテーブルで話をしている男性グループ、彼らの話を聞いたら分かった。
(あいつのことを思い出すと、気持ちが乱れて…)
イライラしたんだ、と今もハッキリ覚えている。
シロエの船を撃墜するために追っていた時も、心の中で考え続けていたから。
恋だったのか、と今頃、気付いた。
自分はシロエに恋をしていて、そのせいで乱れていた感情。
シロエを殴り飛ばしたのだって、「好きな女の子を苛めたくなる」のと似たようなもの。
迂闊に年を重ねていたから、子供よりも派手にやっただけ。
髪を引っ張る代わりに殴った。
足を引っ掛けて転ばせる代わりに、思い切りシロエを殴り飛ばした。
(…それなら分かる…)
やたらシロエが気にかかったのも、部屋に匿ったことだって。
恋していたなら、マザー・イライザの怒りを買ったとしたって匿ったろう。
(好きな子が出来たら、近付きたくなるもので…)
けれど素直になれない子供は、髪を引っ張ったり苛めたりする。
自分もそれと同じレベルで、シロエが指摘していた通りに、人の心に疎いものだから…。
(…恋をしたんだと気付かないままで…)
シロエを殴って、部屋に匿った時も口説く代わりに…。
(マザー・システムの話なんかを…)
滔々とやって、そうしている間に逮捕されたシロエ。
フロア001がどうとか、マザー・イライザの人形だとか、激しく侮辱はされたけれども…。
(あそこで素直になっていたなら…)
好きだと一言打ち明けていたら、後の流れは変わっただろうか。
シロエが同じに逃亡したって、連れ戻すことが出来ただろうか。
(…お前が好きだ、と叫んでいたら…)
「停船せよ」と告げる代わりに、好きだと絶叫していたら。
そしたらシロエは止まっただろうか、船ごと連行出来たのだろうか。
(……止まったのかもしれないな……)
シロエに「好きだ」と打ち明けていたら。
練習艇を追ってゆく時、「お前が好きだ」と絶叫したら。
なんてことだ、と愕然とした。
恋した相手を苛めるどころか、船ごと撃って殺してしまった。
なまじっか年を重ねていたから、やり過ぎて。
「好きな女の子を苛めたくなる」らしい感情とやらが、暴走しすぎて。
(…やはりシロエが言っていた通り…)
自分には欠けていたのだろう。
大切な感情というものが。
人間だったら持っているらしい、とても大切な心の一部が。
(…その報いがこれか…)
初恋の相手を苛めるどころか、殺してしまった愚かしい自分。
きっとシロエが好きだったのに。
シロエに恋をしていたのに。
(…すまない、シロエ…)
許してくれ、と詫びてもシロエは戻って来ない。
初恋の人は死んでしまって、それをやったのは自分だから。
気になるシロエを苛めすぎてしまって、殴った挙句に船ごと撃って殺したから。
(…あれが初恋だったんだ…)
シロエのことは忘れまい、と心に誓った。
苛めすぎたばかりに、失くしてしまった初恋の人。
自分は決して忘れはしないと、これに懲りたら恋はすまいと。
人の心に疎い自分は、きっと学習しないから。
恋をしたって失敗するから、けして女性には近付くまいと。
固く誓ったキースだけれども、彼は此処でも間違えていた。
シロエは決して「女の子」などではなかったから。
普通に男で、ライバル意識の塊だっただけなのだから。
(……シロエ……)
好きだったんだ、と派手に勘違いしているキース。
けしてゲイではない筈なのに。
そんな趣味など持っていないのに、今も「女性に近付くまい」と誓うくらいにノーマルなのに。
けれどもキースは間違えたままで、呆然と座り続けるテーブル。
あれが自分の初恋だったと、シロエのことが好きだったんだ、と。
なのに殺してしまったと。
子供よりも大きくなっていたせいで、苛めすぎてシロエを殺したんだ、と…。
エリートの初恋・了
※シロエの船を追って行く時のキースの独白、聞けば聞くほど入れたくなってしまうツッコミ。
「それって恋だよ」と、「いや、マジで」と。だって、こういうネタになるから…。