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忘れなかった夢

(二つ目の角を右へ曲がって…)
 後は朝まで、ずうっと真っ直ぐ。
 そうすれば行ける筈なのに、とシロエが広げるピーターパンの本。
 ネバーランドに行くための方法はこう、と。
 いつか行けると信じていた。
 きっと行けると、自分もネバーランドへ行くのだと。
 ピーターパンが来てくれたら。
 空を飛んでゆこうと、子供たちが暮らす楽園へと。
 けれど、来てくれなかった迎え。
 代わりに此処へと送り込まれた、監獄のような教育ステーションへ。
 その上、機械に奪われた記憶。
 ネバーランドへ行く方法ならば、本に書かれているけれど。
 二つ目の角を右へ曲がって、後は朝までずうっと真っ直ぐ。
 そうすれば辿り着けるのだけれど、忘れてしまった家への道。
 両親と一緒に暮らしていた家、其処へ帰るにはどうすればいいか。
 どの角を曲がって行けばいいのか、幾つ目の角を曲がるのか。
 右に曲がるのか、左に曲がるか、それさえも思い出せない自分。
 後は真っ直ぐ行けばいいのか、もう一度、角を曲がるのかさえも。
(…それに、ネバーランド…)
 このステーションからは旅立てない。
 本に書かれた方法では。
 此処には朝が来ないから。
 本物の朝日は、此処では昇って来はしない。
 それに、ずうっと真っ直ぐ歩きたくても、ステーションは弧を描いているから。


 辛いけれども、これが現実。
 どんなに行こうと努力してみても、開かないネバーランドへの道。
 おまけに家にも帰れない自分、ピーターパンの本を開けば零れる涙。
 空を飛べたらいいのに、と。
 ネバーランドにも行きたいけれども、その前に家へ。
 ちょっと寄ってから、飛んで行きたい。
 幼い頃から憧れた国へ、ピーターパンと一緒に空に舞い上がって。
(パパとママに会って、話をして…)
 ネバーランドに行きたいよ、と見詰めるピーターパンの本。
 この本は此処へ持って来られたのに、故郷に落として来てしまった記憶。
 育った家も、両親だって。
 全部、落として失くしてしまった。
 頭の中身を、機械にすっかり掻き回されて。
 いいように記憶を消されてしまって、思い出せないことが山ほど。
(だけど…)
 忘れなかった、と読み直すネバーランドへの行き方。
 この本のお蔭で忘れなかったと、ネバーランドを夢見たことも、と。


 此処で暮らす内に気付いたこと。
 誰もが忘れているらしいこと、子供時代に描いた夢。
 何処へ行こうと夢を見たのか、何になりたいと思っていたか。
(…みんな、忘れてしまってる…)
 そして夢見るのは、地球へ行くこと。
 いい成績を収めてメンバーズになること、誰もが同じ夢を見ている。
 その道に向かって走り続ける、此処へ来た皆は。
 エリート候補生のためのステーション、E-1077に来た者たちは。
(地球へ行くことと、メンバーズと…)
 どうやら他には無いらしい夢。
 ネバーランドに行こうと夢見る者も無ければ、家に帰りたい者だっていない。
 機械に飼い慣らされてしまって。
 そうなる前でも、夢も、記憶も機械に消されて失くしてしまって。
(でも、ぼくは…)
 忘れないままで、今でも夢を見続けている。
 いつか行きたいと、ネバーランドに続く道を。
 ピーターパンと一緒に空を飛ぶことを、家に帰ってゆくことを。
 両親に会って、色々話して、それから飛んでゆく大空。
 二つ目の角を右へ曲がって、後は朝までずうっと真っ直ぐ。
 そうすれば行けるネバーランドへ、幼い頃から夢に見た国へ。


 忘れなかったこと、それこそが奇跡。
 それに唯一の希望だと思う、自分はきっと選ばれた子供。
 ネバーランドに行ける子供で、ピーターパンが迎えに来る子。
 そうでなければ、このシステムを変えるためにと生み出された子供。
 機械が統治する歪んだ世界。
 子供から家を、親を取り上げてしまう世界。
 それを正せと、元に戻せと、神は自分を創ったのだろう。
 人工子宮から生まれた子供でも、きっと神の手が働いて。
 世界は本来こうあるべきだと、何度も繰り返し教え続けて。
(…みんなが夢を忘れない世界…)
 子供が子供でいられる世界。
 自分はそれを作らなければ、メンバーズになって、もっと偉くなって。
 ただがむしゃらに出世し続けて、今は空席の国家主席に。
 いつか自分がトップに立ったら、このシステムを変えられるから。
 機械に「止まれ」と命令することも、「記憶を返せ」と命じることも。
 その日を目指して努力することは、少しも苦ではないけれど。
 頑張らなければ、と思うけれども、帰りたい家。
 それに、行きたいネバーランド。
 ピーターパンと一緒に空を飛んで行って、家へ、それからネバーランドへ。


(忘れなかったら…)
 行けるのかな、とピーターパンの本の表紙を眺める。
 ピーターパンと一緒に空を飛ぶ子たち、この子たちのように飛べるだろうか、と。
 子供の心を忘れなかったら、夢を手放さなかったら。
 しっかりと抱いて生きていたなら、いつか迎えが来るのだろうか。
 国家主席への道を歩む代わりに、今も夢見るネバーランドへ。
 子供が子供でいられる世界へ、今からでも飛んでゆけるだろうか。
(…ずっと昔は…)
 ピーターパンの本が書かれた頃には、何処にも無かった成人検査。
 人は誰でも、子供の心を失くさずに育ってゆけたのだろう。
 だからピーターパンの本が書かれて、ネバーランドへの行き方も残っているのだろう。
 この本を書いた人は、きっと大人になっても、ネバーランドへ飛べたのだろう。
 ピーターパンと一緒に空に舞い上がって。
 ネバーランドへはこう行くのだった、と確認しながら旅を続けて。
 二つ目の角を右へ曲がって、後は朝までずうっと真っ直ぐ。
 そう道標を書いて残して、次の時代の子供たちへ、と。
(ぼくは、メッセージを貰えたんだ…)
 遠く遥かな時の彼方で、ピーターパンの本を書いた人から。
 それに、神から。
 子供たちを其処へ連れて行くよう、子供が子供でいられる世界を作るようにと。


(ぼくも行きたいな…)
 ネバーランド、と思うから。
 自分だって飛んでゆきたいから。
 国家主席への道を歩むにしたって、一度は其処へ飛んで行きたい。
 子供の心を忘れずに持ったままでいるから、ピーターパンのことも忘れないから。
 そうして生きていったなら、きっと…。
(…ピーターパンが来てくれるよね…?)
 このステーションにいる間だろうが、メンバーズになった後だろうが。
 子供の心を失くさなければ、家へ帰りたい気持ちや、幼い頃からの夢を決して忘れなければ。
(……ピーターパン……)
 待っているから、と抱き締めたピーターパンの本。
 ぼくはいつまでも待っているからと、ネバーランドへ連れて行って、と。
 その時は少し寄り道をしてと、ママとパパに会って、話をしてから行きたいから、と…。

 

         忘れなかった夢・了

※きっとシロエは、ネバーランドにも行きたかった筈。家に帰りたいのと同じくらいに。
 あの時代だと消されていそうな子供時代の夢。覚えているだけで、充分、特別。





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