待っていないで
(…ピーターパン…)
こんな所までは来てくれないよね、とシロエの瞳から涙が落ちた。
たった一粒だけだけれども、その一粒の意味は重すぎる。
今日の昼間に、マザー・イライザからコールを受けた。
「お眠りなさい」と深く眠らされ、起きた時には、少しだけ心が軽かった。
此処での暮らしに鬱々としたり、苛立ったりといった気分がふわりと和らいでいて。
これが普通の生徒だったら、それだけで喜ぶことだろう。
「流石はマザー!」と、「マザー・イライザは分かってくれているよね」と大感激で。
(…そりゃそうさ…)
どうして心が軽くなったか、まるで分かっていないのならね、とシロエは唇を噛み締める。
「コールで気持ちが楽になる」のは、「苦しい」と思う原因、それを取り除かれたから。
その「原因」に纏わる記憶を消したり、書き換えられたりして。
(どうせ、喜ぶようなヤツらは…)
消されたくない記憶なんかは、持ち合わせてはいないんだから、と忌々しくて堪らない。
彼らの中身は上っ面だけ、その下は皆が判で押したように「同じもの」。
SD体制と機械に「都合のいいように」出来た、いわゆる優等生ばかり。
エリートを育てる最高学府、Eー1077に相応しい者が揃っている。
だから彼らは「困りはしない」。
マザー・イライザのコールで呼ばれて、何らかの「記憶」を失くしても。
すっかり書き換えられていたって、気付くことさえ無いだろう。
何故なら、「消された後」が「あるべき姿」だから。
メンバーズ・エリートを目指してゆく者、エリート候補生は「こうあるべき」という理想。
(…失くしかけてた自信が戻って、勉学にだって励めるってね…)
馬鹿々々しい、と舌打ちするしかないのだけれども、シロエも「それ」に逆らえはしない。
コールされる度、「このステーションに相応しい」モノに「修正されてゆく」。
大切な故郷や両親の記憶、それを少しずつ消されていって。
後から「あれっ」と気付く時まで、それを「失くした」ことにさえ…。
(自分じゃ、絶対、気付かないんだ…)
今日は何を消されたんだろう、と考えるだけで怖くなる。
思い出そうとする時が来るまで、「消された」何かに、けして気付きはしないのだから。
一粒だけ落ちた涙の中には、その苦しみが詰まっていた。
それに悲しみ、どうにも出来ない牢獄にいるという焦燥感や辛さまでもが。
もう住所さえも思い出せない、懐かしい故郷の家にいた頃、いつだって空に憧れていた。
いつか空から、「ピーターパン」が迎えにやって来る筈だから、と。
来てくれたならば、ピーターパンやティンカーベルと一緒に空へ舞い上がる。
子供のためにある夢の国へと、ネバーランドを目指して旅立つ。
(…いつ来てくれてもいいように…)
幼かったシロエは、準備万端、整えて迎えを待っていた。
今日か明日かと、明後日には、きっとピーターパンが、と「ピーターパン」の本と一緒に。
けれど、迎えはついに来なくて、シロエは「ステーション」にいる。
漆黒の宇宙に浮かぶ「此処」まで、ピーターパンは来られないだろう。
いくらピーターパンが空を飛べても、真空の宇宙を飛べるかどうかは全くの謎。
エネルゲイアの家にいた時、迎えにやって来てくれていたら、きっと其処までの道中は…。
(宇宙船にコッソリ乗って来るとか、そんな方法だったかも…)
子供の頃には、想像さえもしなかったけど、と可笑しくなる。
それとも、ピーターパンの場合は、「まるで関係無い」のだろうか。
迎えにゆく子が何処にいようが、何光年、何億光年と離れた彼方だろうが。
(…どっちかと言えば、そっちかな…?)
そうなのかも、と心がほどけてゆくのが分かる。
ついさっきまでは、涙が一粒落ちたくらいに辛かったけれど、今では軽い。
マザー・イライザのコールと違って、何をされたというわけでもないのに、ふうわりと。
(…ピーターパンのお蔭だよね…)
此処では無理でも、いつか迎えに来てくれるよね、とシロエは今でも「待ち続けている」。
きっといつかは、ピーターパンが夜空を駆けて来てくれるのだと、固く信じて。
それを疑わずに信じていたなら、「きっと、いつか」と子供の心を忘れないよう保ち続けて。
(ネバーランドに行きたいな、って思う気持ちを忘れなければ…)
本当にいつか、きっと行けるよ、とシロエは、けして「疑いはしない」。
もしも一瞬でも「疑った」ならば、ネバーランドに行ける資格を失うだろう。
それを「疑う」気持ちが何処からか生まれて来たなら、「大人になった証」になる。
大人になったら、ピーターパンはもう、来てはくれない。
ピーターパンが迎えに来るのは、ネバーランドまで飛んでゆける「子供」だけなのだから。
(…いつまで待てばいいのかな、って考えるのも、きっと良くなくて…)
ただ「待つ」のが、きっと一番なんだ、と信じ続けて今日まで来た。
こんな牢獄に放り込まれて、夜の個室で一人きりで泣くしか出来ない今も。
ピーターパンは、いつ来てくれるだろう。
やはり「地球」まで行かないと駄目で、国家主席の座に就くまでは、来ないだろうか。
この体制のトップの座にまで昇って、機械に「止まれ」と命じるまで。
「子供が子供でいられる世界」を、この手で取り戻す日まで。
(そしたら、ぼくの記憶も戻って、パパやママにも会いに帰れて…)
故郷の家で夜に寛いでいたら、窓が「ひとりでに」開くかもしれない。
高層ビルの上層階にいるというのに、ベランダに人が降り立って。
夢見た通りの「ピーターパン」が、ティンカーベルと一緒に「シロエ」を迎えに来て。
(…迎えに来たよ、って言ってくれたら、もう直ぐにだって…)
迷わず空へと飛び立つだろう。
両親が自分たちの部屋で眠っている間に、冒険の旅に出掛けるために。
朝には戻って来られるだろうし、それまではネバーランドで過ごす。
「そうか、こういう場所だったんだ!」と大感激して、「大人」のくせにはしゃぎ回って。
海賊船の上を飛んだり、海岸で波と戯れる内に、きっと子供になっている。
姿まですっかり、幼かった日に戻っていて。
着て来た「国家主席の衣装」が、もうぶかぶかになってしまって。
(そうなっちゃったら、そんな服は脱いで捨てちゃって…)
木の葉を何枚も縫い合わせていって、素敵な服を作ろうか。
それともピーターパンに頼んで、服を探して来て貰うだとか。
(海賊船から貰って来たよ、って…)
ずだ袋に穴を開けてあるだけの衣装、そんな服でも気にしない。
むしろ愉快で楽しいくらいで、朝が来るまで、その格好で遊び続けることだろう。
ピーターパンに「もう帰らないと」と言われるまで。
「送って行くよ」と「国家主席の服」を返され、まだぶかぶかの上着に袖を通すまで。
きっといつかは、そういう未来がやって来る。
こうして「信じて」待っていたなら、ピーターパンは来るに違いない。
エネルゲイアの家でなくても、地球でも、首都惑星のノアでも、もしかしたなら…。
(このステーションだって、ピーターパンなら…)
来てくれるかもしれないものね、と「信じる心」を忘れはしない。
マザー・イライザにコールされても、それで記憶を何か失くしても、この心だけは手放さない。
今日まで守って来られたのだし、マザー・イライザでも、地球にあるグランド・マザーでも…。
(忘れさせることなんか、出来やしないんだから!)
そのために、この本を持ってるんだ、とシロエは「ピーターパン」の本を抱き締める。
たった一つだけ持って来られた、子供時代の宝物。
これを大事に持っている限り、「シロエ」は「忘れない」だろう。
「ピーターパンが来ると信じる心」も、「子供の心を、けして失わない」ことも。
(そうやって待って、待ち続けてたら…)
きっと迎えに来るんだよね、と心の中で繰り返す内に、不意に浮かんで来た考え。
「本当に、待っていればいいの?」と、自分自身に尋ねられた。
「そうやって、じっと待つだけなの?」と、「自分から、出て行きはしないの?」と。
(……えっ?……)
そんなの、考えたことも無かった、とシロエの瞳が丸くなる。
この考えは、どう考えても「大人になった」せいで出て来たものではないだろう。
何故なら、子供の声だったから。
今のシロエより、もっと幼い「シロエ」が、「シロエ」に問い掛けた声。
「本当に、待っていればいいの?」と、「待つだけなの?」と。
(…待っていないなら、どうすれば……?)
どうしろって、と訊き返すまでもなく、答えは「幼いシロエ」が、とうに声にしていた。
「自分から、出て行きはしないの?」と、まだ幼くてあどけない声で。
(……自分から……)
そうしていたら、と故郷の家にあった景色を思い出す。
高い高いビルの上の方にいて、窓の向こうは「空だった」。
地面より、空が近かったほどで、いつも厳しく言われていた。
「ベランダに出るなら、気を付けるのよ」と、「落ちないように」と、しつこいほどに。
(…そう言われたから、ぼくはいつでも…)
ベランダの手すりに近付かないよう、いつだって距離を取っていた。
星や景色をよく眺めようと思った時には、手すりをしっかり掴んでいたか、座っていた。
けれど、そういう距離を取らずに、心の赴くままに、気ままに、其処で過ごしていたならば…。
(うっかり空へと放り出されて、落ちてゆくのも、やっぱり空で…)
その空の中へ飛び出していたら、迎えがやって来たのだろうか。
たとえ昼間の青い空でも、「よく来たね!」とピーターパンが飛んで来て。
(…まさかね…)
いくら何でもそんなことは…、とシロエはクスッと笑うけれども、彼は知らない。
まだ幼い日に、その青空から「ピーターパンが飛んで来た」ことを。
「一緒に行こう」と差し出された手を拒んで、家に残ったことを。
あの時、その手を取っていたなら、シロエは今頃、きっと幸せだったろう。
故郷の家には帰れなくても、記憶は全て「持っている」から。
白い宇宙船の中だけが「シロエの世界」だったとしたって、両親の顔を思い出せるから…。
待っていないで・了
※シロエが最期に見た「ピーターパン」は、ジョミーだったのか、違ったのか。
アニテラでは描かれていなかったので謎ですけれど、シロエの所に迎えが来たのは事実。
こんな所までは来てくれないよね、とシロエの瞳から涙が落ちた。
たった一粒だけだけれども、その一粒の意味は重すぎる。
今日の昼間に、マザー・イライザからコールを受けた。
「お眠りなさい」と深く眠らされ、起きた時には、少しだけ心が軽かった。
此処での暮らしに鬱々としたり、苛立ったりといった気分がふわりと和らいでいて。
これが普通の生徒だったら、それだけで喜ぶことだろう。
「流石はマザー!」と、「マザー・イライザは分かってくれているよね」と大感激で。
(…そりゃそうさ…)
どうして心が軽くなったか、まるで分かっていないのならね、とシロエは唇を噛み締める。
「コールで気持ちが楽になる」のは、「苦しい」と思う原因、それを取り除かれたから。
その「原因」に纏わる記憶を消したり、書き換えられたりして。
(どうせ、喜ぶようなヤツらは…)
消されたくない記憶なんかは、持ち合わせてはいないんだから、と忌々しくて堪らない。
彼らの中身は上っ面だけ、その下は皆が判で押したように「同じもの」。
SD体制と機械に「都合のいいように」出来た、いわゆる優等生ばかり。
エリートを育てる最高学府、Eー1077に相応しい者が揃っている。
だから彼らは「困りはしない」。
マザー・イライザのコールで呼ばれて、何らかの「記憶」を失くしても。
すっかり書き換えられていたって、気付くことさえ無いだろう。
何故なら、「消された後」が「あるべき姿」だから。
メンバーズ・エリートを目指してゆく者、エリート候補生は「こうあるべき」という理想。
(…失くしかけてた自信が戻って、勉学にだって励めるってね…)
馬鹿々々しい、と舌打ちするしかないのだけれども、シロエも「それ」に逆らえはしない。
コールされる度、「このステーションに相応しい」モノに「修正されてゆく」。
大切な故郷や両親の記憶、それを少しずつ消されていって。
後から「あれっ」と気付く時まで、それを「失くした」ことにさえ…。
(自分じゃ、絶対、気付かないんだ…)
今日は何を消されたんだろう、と考えるだけで怖くなる。
思い出そうとする時が来るまで、「消された」何かに、けして気付きはしないのだから。
一粒だけ落ちた涙の中には、その苦しみが詰まっていた。
それに悲しみ、どうにも出来ない牢獄にいるという焦燥感や辛さまでもが。
もう住所さえも思い出せない、懐かしい故郷の家にいた頃、いつだって空に憧れていた。
いつか空から、「ピーターパン」が迎えにやって来る筈だから、と。
来てくれたならば、ピーターパンやティンカーベルと一緒に空へ舞い上がる。
子供のためにある夢の国へと、ネバーランドを目指して旅立つ。
(…いつ来てくれてもいいように…)
幼かったシロエは、準備万端、整えて迎えを待っていた。
今日か明日かと、明後日には、きっとピーターパンが、と「ピーターパン」の本と一緒に。
けれど、迎えはついに来なくて、シロエは「ステーション」にいる。
漆黒の宇宙に浮かぶ「此処」まで、ピーターパンは来られないだろう。
いくらピーターパンが空を飛べても、真空の宇宙を飛べるかどうかは全くの謎。
エネルゲイアの家にいた時、迎えにやって来てくれていたら、きっと其処までの道中は…。
(宇宙船にコッソリ乗って来るとか、そんな方法だったかも…)
子供の頃には、想像さえもしなかったけど、と可笑しくなる。
それとも、ピーターパンの場合は、「まるで関係無い」のだろうか。
迎えにゆく子が何処にいようが、何光年、何億光年と離れた彼方だろうが。
(…どっちかと言えば、そっちかな…?)
そうなのかも、と心がほどけてゆくのが分かる。
ついさっきまでは、涙が一粒落ちたくらいに辛かったけれど、今では軽い。
マザー・イライザのコールと違って、何をされたというわけでもないのに、ふうわりと。
(…ピーターパンのお蔭だよね…)
此処では無理でも、いつか迎えに来てくれるよね、とシロエは今でも「待ち続けている」。
きっといつかは、ピーターパンが夜空を駆けて来てくれるのだと、固く信じて。
それを疑わずに信じていたなら、「きっと、いつか」と子供の心を忘れないよう保ち続けて。
(ネバーランドに行きたいな、って思う気持ちを忘れなければ…)
本当にいつか、きっと行けるよ、とシロエは、けして「疑いはしない」。
もしも一瞬でも「疑った」ならば、ネバーランドに行ける資格を失うだろう。
それを「疑う」気持ちが何処からか生まれて来たなら、「大人になった証」になる。
大人になったら、ピーターパンはもう、来てはくれない。
ピーターパンが迎えに来るのは、ネバーランドまで飛んでゆける「子供」だけなのだから。
(…いつまで待てばいいのかな、って考えるのも、きっと良くなくて…)
ただ「待つ」のが、きっと一番なんだ、と信じ続けて今日まで来た。
こんな牢獄に放り込まれて、夜の個室で一人きりで泣くしか出来ない今も。
ピーターパンは、いつ来てくれるだろう。
やはり「地球」まで行かないと駄目で、国家主席の座に就くまでは、来ないだろうか。
この体制のトップの座にまで昇って、機械に「止まれ」と命じるまで。
「子供が子供でいられる世界」を、この手で取り戻す日まで。
(そしたら、ぼくの記憶も戻って、パパやママにも会いに帰れて…)
故郷の家で夜に寛いでいたら、窓が「ひとりでに」開くかもしれない。
高層ビルの上層階にいるというのに、ベランダに人が降り立って。
夢見た通りの「ピーターパン」が、ティンカーベルと一緒に「シロエ」を迎えに来て。
(…迎えに来たよ、って言ってくれたら、もう直ぐにだって…)
迷わず空へと飛び立つだろう。
両親が自分たちの部屋で眠っている間に、冒険の旅に出掛けるために。
朝には戻って来られるだろうし、それまではネバーランドで過ごす。
「そうか、こういう場所だったんだ!」と大感激して、「大人」のくせにはしゃぎ回って。
海賊船の上を飛んだり、海岸で波と戯れる内に、きっと子供になっている。
姿まですっかり、幼かった日に戻っていて。
着て来た「国家主席の衣装」が、もうぶかぶかになってしまって。
(そうなっちゃったら、そんな服は脱いで捨てちゃって…)
木の葉を何枚も縫い合わせていって、素敵な服を作ろうか。
それともピーターパンに頼んで、服を探して来て貰うだとか。
(海賊船から貰って来たよ、って…)
ずだ袋に穴を開けてあるだけの衣装、そんな服でも気にしない。
むしろ愉快で楽しいくらいで、朝が来るまで、その格好で遊び続けることだろう。
ピーターパンに「もう帰らないと」と言われるまで。
「送って行くよ」と「国家主席の服」を返され、まだぶかぶかの上着に袖を通すまで。
きっといつかは、そういう未来がやって来る。
こうして「信じて」待っていたなら、ピーターパンは来るに違いない。
エネルゲイアの家でなくても、地球でも、首都惑星のノアでも、もしかしたなら…。
(このステーションだって、ピーターパンなら…)
来てくれるかもしれないものね、と「信じる心」を忘れはしない。
マザー・イライザにコールされても、それで記憶を何か失くしても、この心だけは手放さない。
今日まで守って来られたのだし、マザー・イライザでも、地球にあるグランド・マザーでも…。
(忘れさせることなんか、出来やしないんだから!)
そのために、この本を持ってるんだ、とシロエは「ピーターパン」の本を抱き締める。
たった一つだけ持って来られた、子供時代の宝物。
これを大事に持っている限り、「シロエ」は「忘れない」だろう。
「ピーターパンが来ると信じる心」も、「子供の心を、けして失わない」ことも。
(そうやって待って、待ち続けてたら…)
きっと迎えに来るんだよね、と心の中で繰り返す内に、不意に浮かんで来た考え。
「本当に、待っていればいいの?」と、自分自身に尋ねられた。
「そうやって、じっと待つだけなの?」と、「自分から、出て行きはしないの?」と。
(……えっ?……)
そんなの、考えたことも無かった、とシロエの瞳が丸くなる。
この考えは、どう考えても「大人になった」せいで出て来たものではないだろう。
何故なら、子供の声だったから。
今のシロエより、もっと幼い「シロエ」が、「シロエ」に問い掛けた声。
「本当に、待っていればいいの?」と、「待つだけなの?」と。
(…待っていないなら、どうすれば……?)
どうしろって、と訊き返すまでもなく、答えは「幼いシロエ」が、とうに声にしていた。
「自分から、出て行きはしないの?」と、まだ幼くてあどけない声で。
(……自分から……)
そうしていたら、と故郷の家にあった景色を思い出す。
高い高いビルの上の方にいて、窓の向こうは「空だった」。
地面より、空が近かったほどで、いつも厳しく言われていた。
「ベランダに出るなら、気を付けるのよ」と、「落ちないように」と、しつこいほどに。
(…そう言われたから、ぼくはいつでも…)
ベランダの手すりに近付かないよう、いつだって距離を取っていた。
星や景色をよく眺めようと思った時には、手すりをしっかり掴んでいたか、座っていた。
けれど、そういう距離を取らずに、心の赴くままに、気ままに、其処で過ごしていたならば…。
(うっかり空へと放り出されて、落ちてゆくのも、やっぱり空で…)
その空の中へ飛び出していたら、迎えがやって来たのだろうか。
たとえ昼間の青い空でも、「よく来たね!」とピーターパンが飛んで来て。
(…まさかね…)
いくら何でもそんなことは…、とシロエはクスッと笑うけれども、彼は知らない。
まだ幼い日に、その青空から「ピーターパンが飛んで来た」ことを。
「一緒に行こう」と差し出された手を拒んで、家に残ったことを。
あの時、その手を取っていたなら、シロエは今頃、きっと幸せだったろう。
故郷の家には帰れなくても、記憶は全て「持っている」から。
白い宇宙船の中だけが「シロエの世界」だったとしたって、両親の顔を思い出せるから…。
待っていないで・了
※シロエが最期に見た「ピーターパン」は、ジョミーだったのか、違ったのか。
アニテラでは描かれていなかったので謎ですけれど、シロエの所に迎えが来たのは事実。
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