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親との別れ方
(…パパ、ママ…。会いたいよ…)
 帰りたいよ、とシロエは心の中で繰り返す。
 Eー1077の夜はとうに更け、候補生たちは皆、寝ているだろう。
 明日も講義があるわけだから、眠って明日に備えるべきだ、と此処では誰もが心得ている。
 よほど課題に詰まっているとか、試験勉強が出来ていないとか、そんな者しか起きてはいない。
(…ぼくも寝なくちゃ…)
 でないとキースに勝てやしない、と分かってはいても、眠れない。
 ベッドの上で膝を抱えて、ついつい、思いは故郷へと飛ぶ。
 「帰りたいよ」と、もう顔さえも霞んでしまった、両親に会いに行きたくて。
(もう、何度目になるんだろう…)
 こんな夜は、と数えてみても、とても両手の指では足りない。
 両足の指を足してみたって、それでも足りるわけがない。
(…此処へ来た頃は、毎晩、家に帰りたくって…)
 泣いていたから、それだけで指が足りなくなるよ、と胸に悲しみが満ちて来る。
 前ほど泣かなくなった自分は、故郷への思いが薄れたろうか。
 機械の魔手から逃げたつもりでも、少しずつ身体に毒が回ってゆくのだろうか。
(……まさかね……)
 きっと目標が出来たからだよ、と自分自身に言い聞かせる。
 優秀なメンバーズ・エリートになって、いつかは国家主席の座に就くことが今の目標。
 実現したなら、「シロエ」が世界のトップに立てる。
 機械に「止まれ」と命じることも、出来るようになるに違いない。
(そしたらシステムは全部崩れて、機械が奪った、ぼくの記憶も…)
 取り戻せると信じているから、それに向かって努力する。
 キースと成績を激しく競い合うのも、その一環と言えるだろう。
 「機械の申し子」と呼ばれるキースを蹴落とせたならば、当然、シロエの評価も上がる。
 マザー・イライザが何と言おうと、結果が全てで、メンバーズとしても「シロエ」の方が上。
(だから今夜も、早く眠って…)
 講義に差し支えないようにしなくちゃ、と思いはしても、今夜は難しいらしい。
 どうしても心が故郷に囚われ、両親と暮らした頃へと思いが飛んでゆくから。


 昼間、偶然、寄ったポートで、新入生たちの群れを見掛けた。
 何処かの育英都市から運ばれて来て、Eー1077に降り立った子たち。
(みんな、怯えたような目をして…)
 ポートの中を眺め回して、見知った顔が無いかどうかと、懸命に探しているようだった。
 身体は動いていなかったけれど、視線だけをあちこち、キョロキョロとさせて。
(…ぼくも、初めて此処へ来た時…)
 ああいう感じだったんだろうな、と胸の何処かがツキンと痛んだ。
 そう、「あの時」には、周りの仲間と「変わらなかった」。
 誰もが此処への不安で一杯、どうすればいいのか何もかも謎で、途惑っていた。
(ぼくはピーターパンの本をしっかり、抱え込んではいたけれど…)
 それが「特別なこと」とは思わず、「あって良かった」という気持ちがあっただけ。
 「他のみんなは、やっぱり何も持ってないんだ」と、手ぶらの仲間を確認して。
(成人検査の日には、荷物は持たずに行くのが決まりで…)
 他の子たちは規則を守って、何も持たずに出て来たのだろう。
 荷物を持っていなかったのなら、此処へも、手ぶらで来ることになる。
 ただそれだけのことなのだ、と「あの日のシロエ」は考えた。
 「宝物の本を持って来られた自分は、うんと頭が良かったのだ」と、自画自賛して。
 「本当に大事な宝物なら、こうして持って来られるんだよ」と得意になって。
(…でも、それは…)
 どうやら勘違いだったらしい、と日が経つにつれて痛烈に思い知らされた。
 仲間たちは「何も持っては来られなかった」けれども、それを少しも悔いてはいない。
 故郷で大切にしていた「何か」も、両親のことも、彼らの心の、ほんの一部に過ぎないらしい。
 過ぎ去った子供時代のことより、これから先の未来が大切、それから「今」という時も。
(此処で新しい友達が出来たり、故郷の友達と再会したり…)
 彼らは「今を生きてゆく」ことに夢中で、過去など少しも振り返らない。
 思い出話に語る程度で、その話だって、瞬く間に「今」に結び付く。
 「今、此処にいる」友と語らい、「ぼくの故郷は…」だの、「君の故郷は?」といった具合に。
(…故郷と言ったら、自分が育った場所、ってだけで…)
 それ以上の意味は持っていなくて、両親も同じ扱いになる。
 「自分を育てた人」というだけ、特別な感情も、「シロエ」ほどには…。
(…誰も持ってはいないんだよね…)
 今日、見た、あの子たちもそう、と唇を噛む。
 「これが機械のやり方なんだ」と、「パパもママも故郷も、大切なのに」と。
 成人検査を受けた子たちは、そういったことを忘れてしまう。
 そうして思い出しもしないで、育って、またしても「それ」が繰り返される。
 Eー1077とは違う何処かで、養父母としての教育を受けた子たちが社会に出て行って。


(SD体制で育った子供は、みんな、親から引き離されて…)
 教育ステーションに連れてゆかれて、其処で新たな教育を受けて、社会の中に散ってゆく。
 Eー1077なら、メンバーズ・エリートを筆頭にして、殆どが軍人の道へと進む。
 一般人向けの教育ステーションだと、専門職やら、仕事をしながら養父母になるコースやら。
(何処に行くかは、機械が成人検査で決めて…)
 勝手に振り分けてゆくのだけれども、何処へ進んでも、故郷の家へは帰れない。
 養父母の家へ帰って「一緒に暮らす」というコースは無い。
(…誰かの養子になる、ってヤツも…)
 あるそうだけれど、一種の契約、仕事のようなものらしい。
 故郷の両親とは違う「誰か」の家に雇われ、「息子」や「娘」として暮らす。
 契約期間が切れるまでの間の関係、気に入られたなら再契約で「親子」が続いてゆくけれど…。
(合わなかったら、まだ契約の期間中でも…)
 もう要りません、と切られてしまって、家から追い出されて終わり。
 「息子」や「娘」の仕事は無くなり、新しい両親と契約するか、別の仕事を始めるか。
(…そんなの、親子とは違うと思うよ…)
 まるで全く違うじゃないか、と解せないけれども、世の中、それで成り立っている。
 社会に出てから「子供が欲しい」と思うのだったら、養父母になるか、養子を迎えるか。
 養父母になると、暮らせる場所は育英都市に限られるから、それが嫌なら養子を取る。
 養子だったら、大人ばかりの社会の中でも、立派に通用する「子供」だから。
(…契約を交わして、親子になって…)
 合わなかったら解消だなんて、どう考えても「狂っている」。
 親子というのは、そういうものではないだろう。
 親は子供に愛情を注ぎ、子供は親に守られて暮らして、幸せに生きて育ってゆくもの。
 愛情を受けて育ったからこそ、次の世代へも愛情を注ぐ。
 血が繋がってはいない子供でも、養父母として。
 機械が「この子を育てなさい」と選んで、配って来た子であろうとも。
(ぼくのパパとママも、うんと優しくて、温かくって…)
 ホントに幸せだったよね、と心は「あの頃」を忘れない。
 両親の顔がおぼろになっても、故郷の家への道筋が思い出せなくなっても。
(やっぱり親子は、そうでなくっちゃ…)
 契約なんかは絶対違う、とキッパリと否定したくなる。
 いくら機械が認めた制度で、この世界には「そういう親子」が、あちこちの星にいようとも。
 きっと「地球」にも、そうした親子が何組も暮らしているのだろう。
 選ばれた者だけが行ける場所だけに、エリート同士の親子限定だろうけれども。


 何かおかしい、という気がする。
 「親子は、そういうものじゃないよ」と、機械に向かって怒鳴りたい。
 契約で親子になるなんて、と拳をギュッと握ったはずみに、違う考えが浮かんで来た。
 「だったら、何故…?」と。
 親が子供に愛情を注いで育てるものなら、何故、その親子を「引き裂く」のか。
 成人検査で「無理やり、離して」、引き離した子を新しく教育し直すのか。
(…みんなは疑問に思っていないし、それでいいのかもしれないけれど…)
 中には「シロエ」のような子もいて、辛い思いをするかもしれない。
 「帰りたいよ」と故郷の家を思い出しては、毎晩のように涙を流す子供たち。
 そういう子供を生み出すよりかは、最初から…。
(引き裂くのとは違う、別れ方をする方向に…)
 持って行ったらいいのでは、と生物の講義を思い出した。
 地球が滅びへと向かう前には、野生の動物が沢山生息していたという。
 彼らは自然の中で育って、次の世代を育てたけれども、その育て方は厳しいもの。
 子供が幼く、自分で餌を取れない間は、愛情をこめて世話をしていた。
 冷えないように温めてやって、餌を運んで、小さい間は親が食べさせたりもした。
 ところが、子供が立派に育って、一人前になったなら…。
(種族によっては、ある日突然、自分の子供を…)
 酷く苛めて、自分たちの縄張りの外へ追い出してしまい、それっきり。
 追われた子供が泣き叫ぼうとも、親は子供を顧みはしない。
 縄張りから追われてしまった子供は、まだ幼くて、親ほど上手に生きられないのに。
 餌を取る技も、生き延びる技も、充分にあるとは言えない子供の間に、放り出される。
 「後は自分で何とかしろ」と、容赦なく。
 「もう一人でも生きてゆける」と、「そのための技は教えた筈だ」と。
(…だけど技術は、うんと未熟で、自然は、とても厳しくて…)
 子供は一人で生きてゆけなくて、命を落とすことも多かったらしい。
 生き延びられた「強い子」だけが大人になって、新しい命を紡いでいった。
 強い遺伝子を子供に伝えて、種族の未来が強固なものになるように。
(…人間だって、同じ仕組みでいい気がするよ…)
 引き裂かれるように別れるよりかは、追い出された方がマシだろう。
 此処でこうして泣き暮らすよりも、「頑張ってやる」という気分になれそう。
 「追い出されたって、ぼくは生きる」と、「絶対、死にやしないんだから」と。


(その方が絶対、前向きになれると思うんだけどな…)
 みんな必死に生きるからね、と思うけれども、機械は、きっと認めはしない。
 それをやったら、SD体制は崩壊の道を辿るから。
 人間には「強く生きられる」道でも、機械にとっては望ましいものとは言えない生き方。
 今の社会のシステムだったら、養父母から引き離された後には…。
(マザー・イライザみたいな機械が、代わりに入り込んで来て…)
 新しい親として心を掴んで、そのまま依存させてゆく。
 「機械」という名の親に縋って、システムに頼り切りになるように。
 けしてシステムに疑問を持たずに、従順に生きてゆくように、と。
(…親が追い出してしまった子供じゃ、独立心が芽生えるだけで…)
 ぼくみたいな子が増えるだけだ、と溜息をついて、「でも…」と心は故郷へと飛ぶ。
 両親と暮らした懐かしい家へ、温かな思い出があった場所へと。
(…引き離されてしまったわけじゃなくって、追い出されてたら…)
 ある日、父から「シロエは立派に大人だからな」と告げられ、放り出されていたら。
 「二度と家へは戻って来るな」と、ピーターパンの本だけを持たされ、蹴り出されたら…。
(こんな本なんか、もう要らない、って…)
 何処かのゴミ箱にポンと投げ込み、成人検査を受けに出掛けていたのだろう。
 「絶対、エリートになってやるんだ」と、自分を捨てた父を見返すために。
 いつの日か、父を鼻で笑って、顎で使える立場になろう、と。
(それはシロエじゃないんだけれども、その方が…)
 きっと人生、楽だったよね、と心から思う。
 「引き裂かれるように別れるよりかは、追い出された方がマシだよ、きっと」と…。



             親との別れ方・了


※SD体制の成人検査って、何かが変。親と無理やり引き離すのは何故なんだろう、と。
 「親の代わりに、機械が入り込むためなのかも?」と考えた所から出来たお話。真相は謎。








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