滅びの呪文
(滅びの呪文かあ……)
そういうものがあったっけね、とシロエが緩ませた頬。
Eー1077の夜の個室で、突然、心の中に「それ」が浮かんで来た。
懐かしさと、遠く温かな日々と、微かな痛みを伴った記憶。
(…パパと一緒に見た映画なのか、それともママ…?)
大切な部分が思い出せないから、懐かしくても痛みが湧き上がって来る。
「もう、あの日には帰れないんだ」と、両親と故郷を失ったことを思い知らされるから。
まだ幼かった頃の記憶も、学校に通っていた頃の記憶も、共に危うい。
教師や友人、そういったものは覚えているのに、両親や家の記憶を失くした。
「大人になるには不要だから」と、成人検査で消し去られて。
思い出そうと努力してみても、自力ではどうすることも出来ない。
出来ることと言ったら、思い出せる記憶を懸命に手繰り寄せることだけ。
今夜も、それを試みていた。
ベッドに腰掛け、心の中を空っぽにして、魂だけを子供時代に飛ばして。
頭を掠める記憶の断片、泡沫のように浮かんでは消える、記憶を宿したシャボン玉たち。
膨らんだと思って掴む間も無く、シャボン玉たちは消えてゆく。
キラリと一瞬、虹色の光を放っただけで、儚く消える。
それでも追わずにはいられない。
シャボン玉たちの一つ一つが、大切な記憶を秘めているから。
上手く捕まえることが出来たら、懐かしい出来事を少しだけでも…。
(思い出すことが出来るんだものね…)
機械が残しておいた記憶なのだし、本当に欲しくて必要な記憶は、其処には無い。
そうだと充分、承知していても、やはり追い掛け、掴みたくなる。
どんな記憶が残っているのか、どんな思い出があったのか。
こうして「追い掛ける」ことをしなければ、それらは消えてしまうのだろう。
機械が改めて消去しなくても、自分自身が忘れていって。
不要な記憶を切り捨てるように、大切な筈のことを忘れて。
(そんなの、嫌だ…)
つまらないことでも忘れたくない、と追い掛けて掴んだ、今夜の小さなシャボン玉。
掴んでパチンと弾けた中には、「滅びの呪文」が入っていた。
幼かった日に見に行った映画、あるいは家で鑑賞したのか、そこまでは分からないけれど。
映画の筋は、今となっては思い出せない。
機械が消してしまったものか、幼すぎて忘れてしまったのかも、定かではない。
(…その頃のぼくは、とても小さいみたいだから…)
自分で忘れちゃったのかな、と残念だけれど、幼いなら仕方ないだろう。
それも「思い出」の一つではある。
「せっかく楽しい映画を見たのに、どんな話か忘れちゃった」という失敗談。
幼い子供にありがちなことで、機械は介在していない。
(そういうことなら、思い出せなくても…)
かまわないよね、と大きく頷く。
此処に両親がいたとしたって、「シロエ」を責めはしないだろう。
父ならば、きっと苦笑しながら頭を撫でてくれると思う。
「おやおや、忘れちゃったのかい?」と、「とても喜んでいたんだがね」と。
母にしたって、「あらまあ…」と少し驚いた後で、クスクス笑うに違いない。
「勉強のために使う頭と、そういう頭は違うみたいね」と、可笑しそうに。
(…うん、きっとそう…)
だからいいんだ、と映画の筋は、どうでもいい。
大切なのは「滅びの呪文」という言葉を思い出したこと。
(映画の中で、それを唱えたら…)
古の王国が崩れ始めて、瞬く間に滅びていった。
誰も滅ぼすことの出来ない、恐ろしい力を持っていたのに、呆気なく。
内側からバラバラと分解されて、戦力も全て失われて。
(映画の他にも、色々なヤツがあったっけ…)
すっかり忘れてしまってたけど、と次々に「滅びの呪文」が心に浮かび上がって来る。
夢中で遊んだゲームの中にも、それは鏤められていた。
(絶対勝てない、っていう敵を相手に…)
大賢者が命を捨てて唱えるとか、勇者が危険を冒して呪文を手に入れるとか。
そうした「滅びの呪文」を使えば、敵はたちまち滅びてしまう。
映画に出て来た古の王国、それが崩壊したように。
どんなに強い敵であろうと、「滅びの呪文」に勝つことは出来ない。
(呪文は、忘れちゃったけど…)
あったんだよね、と、懐かしい思い出が一つ蘇った。
幼かった頃の映画の記憶と、故郷で遊んだゲームたちと。
(…呪文まで思い出すっていうのは…)
流石に無理かな、と頭をトントンと叩く。
機械が消去していなくても、自分自身が忘れてしまっていそうな「呪文」。
学校で新たな知識を得たなら、そちらの方が新鮮だから。
「もっと勉強しなくっちゃ」と、知識を増やしてゆきくなって。
(…そうなっちゃったら、ゲームなんかより…)
ゲームを作る仕組みの方とか、そちらに関心を抱いただろう。
エネルゲイアは、技術系のエキスパートを育成するのが目的だった育英都市だから。
(ぼくでもゲームを作れるのかも、って…)
思い始めたら、もう止まらない。
あれこれ調べて、本を読み込んで、勉強する間に「つまらないこと」は忘れてしまう。
ゲームに出て来た呪文などより、本物の「呪文」が重要だから。
様々なゲームを構成している、門外漢には全く意味の掴めない無数の「呪文」たち。
それを覚えて使いこなせば、ゲームを作るだけではなくて…。
(ああいう端末だって作れて…)
自分で好きにカスタマイズが出来るんだよね、とチラリと机の上を眺めた。
其処に置かれた携帯用の端末、此処で自作した小型のコンピューター。
マザー・イライザとは繋がっていない、安心して使える「シロエだけの」もの。
他の候補生たちも、携帯用の端末はもちろん持っている。
シロエにも配布されたけれども、けして愛用してなどはいない。
(…使えば、全部、マザー・イライザに…)
情報が届いて、どう使ったかも知られてしまう、スパイのような代物なのだから。
(おまけに、うんと単純すぎて…)
ハッキングとかも出来ない仕組みだ、と端末の出来には笑うしかない。
自作も出来る者から見たなら、子供だましのオモチャ並み。
とても単純な仕組みになっているのに、使いこなせない候補生だって大勢いる。
(普通に使えている間ならば、何も問題無いけれど…)
端末がエラーを引き起こした時、対処出来ない者たちは多い。
「壊れました」と慌てふためいて、修理して貰おうと走る者たち。
ちょっと弄ってやりさえすれば、エラーくらいは直るのに。
ごくごく初歩の初歩の呪文で、きちんと動き始めるのに。
「馬鹿な奴らだ」と思うけれども、知識が無いのも当然だろう。
彼らが故郷で受けた教育と、エネルゲイアでのそれは大きく異なる。
「シロエ」にとっては当たり前でも、彼らは「呪文」を学んではいない。
学んでいない者に向かって「使え」と言っても、無茶な注文というものだと分かる。
勇者も大賢者も、「滅びの呪文」を努力して手に入れていた。
大賢者は長く学び続けて、勇者は冒険の旅を続けて。
並みの人間には不可能なことを成し遂げた末に、ようやく「呪文」を知ることが出来る。
(端末用に使う呪文は、滅びの呪文みたいに危険な呪文じゃないけどね…)
一般人が知っていたって、何の問題も無いんだけれど、と思いはしても、知識は別。
そのための学びをしていなければ、呪文に触れる機会さえ無い。
機会が無ければ、興味を抱きもしないだろう。
端末の仕組みがどうなっているか、エラーが出たなら、どうやって修復するのかにも。
(…此処はメンバーズ・エリートを目指す場所だし、その内に…)
基本は叩き込まれるだろう。
単独で任務に出掛けた先では、修理も自分でせねばならない。
任務の途中で事故に遭ったりして、一人きりになってしまった時でも状況は同じ。
(壊れてどうにもならないんです、って叫んでたって…)
誰も修理に来てくれないから、自力で直すことが出来なかったら、もうおしまい。
(それじゃ困るし、基本は覚えるしかないだろうけど…)
もっと学ぼうって奴は多分いないね、と鼻で笑って、ハタと気付いた。
「マザー・イライザだって、機械じゃないか」と。
Eー1077を支配し、君臨してはいるのだけれども、正体は巨大なコンピューター。
つまりは、機械。
地球にいると聞くグランド・マザーも、SD体制の世界を統治しているけれど…。
(…やっぱり、機械に過ぎないわけで…)
元は人間が作った「モノ」。
「シロエ」が自作した携帯用の端末、それと全く変わりはしない。
その性能がずば抜けて高く、「シロエ」如きに作れはしない、というだけのこと。
違う部分は性能だけで、「人間が作った機械」な事実は、何処も違いはしないのだ。
(…マザー・イライザも、グランド・マザーも、人間が作った機械なら…)
それを構成している呪文は、恐らく、「シロエ」も知っているもの。
細かく切り分けて分析したなら、「なるほど」と理解可能な部分もあるだろう。
(そして、人間が作ったんなら…)
滅びの呪文が、必ず設けられている筈。
崩壊させるための呪文ではなくて、停止させるために設置するモノ。
(端末がエラーを起こすみたいに…)
マザー・コンピューターが、けしてエラーを起こさないとは言い切れない。
自動修復機能があっても、それが万全とは言えないことなど、機械を作る者には常識。
(…マザー・イライザにも、グランド・マザーにも…)
緊急停止のコマンドは「絶対に」あるし、組み込まれている。
誰がいつ、それを行使するかは、最高機密で、ごく一握りの者だけが知っている呪文。
メンバーズ・エリートになった者でも、その生涯に出会えるかどうか。
(……滅びの呪文ね……)
それが分かれば、何もかも一瞬で終わらせるのに、と唇を噛む。
「勇者になるしかないじゃないか」と、道のりの長さを思わされて。
厳しい冒険の旅を続けて、国家主席になれる時まで、呪文は手に入りそうもないから。
(何処かに、絶対、ある筈なのに…)
気が付いたって手に入らないんだ、とそれが悔しい。
今の「シロエ」は、一介の候補生だから。
大賢者でも勇者でもなくて、此処を卒業出来る時さえ、まだ先だから…。
滅びの呪文・了
※シロエが幼い頃に見た映画のモデルは、もちろん『ラピュタ』。筋は忘れたようですけど。
機械には緊急停止のコマンドが無いと困る筈だ、と思った所から出来たお話。
そういうものがあったっけね、とシロエが緩ませた頬。
Eー1077の夜の個室で、突然、心の中に「それ」が浮かんで来た。
懐かしさと、遠く温かな日々と、微かな痛みを伴った記憶。
(…パパと一緒に見た映画なのか、それともママ…?)
大切な部分が思い出せないから、懐かしくても痛みが湧き上がって来る。
「もう、あの日には帰れないんだ」と、両親と故郷を失ったことを思い知らされるから。
まだ幼かった頃の記憶も、学校に通っていた頃の記憶も、共に危うい。
教師や友人、そういったものは覚えているのに、両親や家の記憶を失くした。
「大人になるには不要だから」と、成人検査で消し去られて。
思い出そうと努力してみても、自力ではどうすることも出来ない。
出来ることと言ったら、思い出せる記憶を懸命に手繰り寄せることだけ。
今夜も、それを試みていた。
ベッドに腰掛け、心の中を空っぽにして、魂だけを子供時代に飛ばして。
頭を掠める記憶の断片、泡沫のように浮かんでは消える、記憶を宿したシャボン玉たち。
膨らんだと思って掴む間も無く、シャボン玉たちは消えてゆく。
キラリと一瞬、虹色の光を放っただけで、儚く消える。
それでも追わずにはいられない。
シャボン玉たちの一つ一つが、大切な記憶を秘めているから。
上手く捕まえることが出来たら、懐かしい出来事を少しだけでも…。
(思い出すことが出来るんだものね…)
機械が残しておいた記憶なのだし、本当に欲しくて必要な記憶は、其処には無い。
そうだと充分、承知していても、やはり追い掛け、掴みたくなる。
どんな記憶が残っているのか、どんな思い出があったのか。
こうして「追い掛ける」ことをしなければ、それらは消えてしまうのだろう。
機械が改めて消去しなくても、自分自身が忘れていって。
不要な記憶を切り捨てるように、大切な筈のことを忘れて。
(そんなの、嫌だ…)
つまらないことでも忘れたくない、と追い掛けて掴んだ、今夜の小さなシャボン玉。
掴んでパチンと弾けた中には、「滅びの呪文」が入っていた。
幼かった日に見に行った映画、あるいは家で鑑賞したのか、そこまでは分からないけれど。
映画の筋は、今となっては思い出せない。
機械が消してしまったものか、幼すぎて忘れてしまったのかも、定かではない。
(…その頃のぼくは、とても小さいみたいだから…)
自分で忘れちゃったのかな、と残念だけれど、幼いなら仕方ないだろう。
それも「思い出」の一つではある。
「せっかく楽しい映画を見たのに、どんな話か忘れちゃった」という失敗談。
幼い子供にありがちなことで、機械は介在していない。
(そういうことなら、思い出せなくても…)
かまわないよね、と大きく頷く。
此処に両親がいたとしたって、「シロエ」を責めはしないだろう。
父ならば、きっと苦笑しながら頭を撫でてくれると思う。
「おやおや、忘れちゃったのかい?」と、「とても喜んでいたんだがね」と。
母にしたって、「あらまあ…」と少し驚いた後で、クスクス笑うに違いない。
「勉強のために使う頭と、そういう頭は違うみたいね」と、可笑しそうに。
(…うん、きっとそう…)
だからいいんだ、と映画の筋は、どうでもいい。
大切なのは「滅びの呪文」という言葉を思い出したこと。
(映画の中で、それを唱えたら…)
古の王国が崩れ始めて、瞬く間に滅びていった。
誰も滅ぼすことの出来ない、恐ろしい力を持っていたのに、呆気なく。
内側からバラバラと分解されて、戦力も全て失われて。
(映画の他にも、色々なヤツがあったっけ…)
すっかり忘れてしまってたけど、と次々に「滅びの呪文」が心に浮かび上がって来る。
夢中で遊んだゲームの中にも、それは鏤められていた。
(絶対勝てない、っていう敵を相手に…)
大賢者が命を捨てて唱えるとか、勇者が危険を冒して呪文を手に入れるとか。
そうした「滅びの呪文」を使えば、敵はたちまち滅びてしまう。
映画に出て来た古の王国、それが崩壊したように。
どんなに強い敵であろうと、「滅びの呪文」に勝つことは出来ない。
(呪文は、忘れちゃったけど…)
あったんだよね、と、懐かしい思い出が一つ蘇った。
幼かった頃の映画の記憶と、故郷で遊んだゲームたちと。
(…呪文まで思い出すっていうのは…)
流石に無理かな、と頭をトントンと叩く。
機械が消去していなくても、自分自身が忘れてしまっていそうな「呪文」。
学校で新たな知識を得たなら、そちらの方が新鮮だから。
「もっと勉強しなくっちゃ」と、知識を増やしてゆきくなって。
(…そうなっちゃったら、ゲームなんかより…)
ゲームを作る仕組みの方とか、そちらに関心を抱いただろう。
エネルゲイアは、技術系のエキスパートを育成するのが目的だった育英都市だから。
(ぼくでもゲームを作れるのかも、って…)
思い始めたら、もう止まらない。
あれこれ調べて、本を読み込んで、勉強する間に「つまらないこと」は忘れてしまう。
ゲームに出て来た呪文などより、本物の「呪文」が重要だから。
様々なゲームを構成している、門外漢には全く意味の掴めない無数の「呪文」たち。
それを覚えて使いこなせば、ゲームを作るだけではなくて…。
(ああいう端末だって作れて…)
自分で好きにカスタマイズが出来るんだよね、とチラリと机の上を眺めた。
其処に置かれた携帯用の端末、此処で自作した小型のコンピューター。
マザー・イライザとは繋がっていない、安心して使える「シロエだけの」もの。
他の候補生たちも、携帯用の端末はもちろん持っている。
シロエにも配布されたけれども、けして愛用してなどはいない。
(…使えば、全部、マザー・イライザに…)
情報が届いて、どう使ったかも知られてしまう、スパイのような代物なのだから。
(おまけに、うんと単純すぎて…)
ハッキングとかも出来ない仕組みだ、と端末の出来には笑うしかない。
自作も出来る者から見たなら、子供だましのオモチャ並み。
とても単純な仕組みになっているのに、使いこなせない候補生だって大勢いる。
(普通に使えている間ならば、何も問題無いけれど…)
端末がエラーを引き起こした時、対処出来ない者たちは多い。
「壊れました」と慌てふためいて、修理して貰おうと走る者たち。
ちょっと弄ってやりさえすれば、エラーくらいは直るのに。
ごくごく初歩の初歩の呪文で、きちんと動き始めるのに。
「馬鹿な奴らだ」と思うけれども、知識が無いのも当然だろう。
彼らが故郷で受けた教育と、エネルゲイアでのそれは大きく異なる。
「シロエ」にとっては当たり前でも、彼らは「呪文」を学んではいない。
学んでいない者に向かって「使え」と言っても、無茶な注文というものだと分かる。
勇者も大賢者も、「滅びの呪文」を努力して手に入れていた。
大賢者は長く学び続けて、勇者は冒険の旅を続けて。
並みの人間には不可能なことを成し遂げた末に、ようやく「呪文」を知ることが出来る。
(端末用に使う呪文は、滅びの呪文みたいに危険な呪文じゃないけどね…)
一般人が知っていたって、何の問題も無いんだけれど、と思いはしても、知識は別。
そのための学びをしていなければ、呪文に触れる機会さえ無い。
機会が無ければ、興味を抱きもしないだろう。
端末の仕組みがどうなっているか、エラーが出たなら、どうやって修復するのかにも。
(…此処はメンバーズ・エリートを目指す場所だし、その内に…)
基本は叩き込まれるだろう。
単独で任務に出掛けた先では、修理も自分でせねばならない。
任務の途中で事故に遭ったりして、一人きりになってしまった時でも状況は同じ。
(壊れてどうにもならないんです、って叫んでたって…)
誰も修理に来てくれないから、自力で直すことが出来なかったら、もうおしまい。
(それじゃ困るし、基本は覚えるしかないだろうけど…)
もっと学ぼうって奴は多分いないね、と鼻で笑って、ハタと気付いた。
「マザー・イライザだって、機械じゃないか」と。
Eー1077を支配し、君臨してはいるのだけれども、正体は巨大なコンピューター。
つまりは、機械。
地球にいると聞くグランド・マザーも、SD体制の世界を統治しているけれど…。
(…やっぱり、機械に過ぎないわけで…)
元は人間が作った「モノ」。
「シロエ」が自作した携帯用の端末、それと全く変わりはしない。
その性能がずば抜けて高く、「シロエ」如きに作れはしない、というだけのこと。
違う部分は性能だけで、「人間が作った機械」な事実は、何処も違いはしないのだ。
(…マザー・イライザも、グランド・マザーも、人間が作った機械なら…)
それを構成している呪文は、恐らく、「シロエ」も知っているもの。
細かく切り分けて分析したなら、「なるほど」と理解可能な部分もあるだろう。
(そして、人間が作ったんなら…)
滅びの呪文が、必ず設けられている筈。
崩壊させるための呪文ではなくて、停止させるために設置するモノ。
(端末がエラーを起こすみたいに…)
マザー・コンピューターが、けしてエラーを起こさないとは言い切れない。
自動修復機能があっても、それが万全とは言えないことなど、機械を作る者には常識。
(…マザー・イライザにも、グランド・マザーにも…)
緊急停止のコマンドは「絶対に」あるし、組み込まれている。
誰がいつ、それを行使するかは、最高機密で、ごく一握りの者だけが知っている呪文。
メンバーズ・エリートになった者でも、その生涯に出会えるかどうか。
(……滅びの呪文ね……)
それが分かれば、何もかも一瞬で終わらせるのに、と唇を噛む。
「勇者になるしかないじゃないか」と、道のりの長さを思わされて。
厳しい冒険の旅を続けて、国家主席になれる時まで、呪文は手に入りそうもないから。
(何処かに、絶対、ある筈なのに…)
気が付いたって手に入らないんだ、とそれが悔しい。
今の「シロエ」は、一介の候補生だから。
大賢者でも勇者でもなくて、此処を卒業出来る時さえ、まだ先だから…。
滅びの呪文・了
※シロエが幼い頃に見た映画のモデルは、もちろん『ラピュタ』。筋は忘れたようですけど。
機械には緊急停止のコマンドが無いと困る筈だ、と思った所から出来たお話。
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