(……サム……)
やはり一生、あのままなのか、とキースが一人、零した溜息。
首都惑星ノアの、国家騎士団総司令の部屋で。
部下たちは皆、下がった夜更けに、執務用の机の前で。
今日、病院に出掛けてサムを見舞った。
「赤のおじちゃん!」と嬉しそうだったサム。
すっかり子供に戻っているから、両親の話などをして。
「父さんに叱られた」だとか、「母さんがオムレツ作ってくれるんだよ」だとか。
そういうサムにも慣れたけれども、もう一度会いたい、かつてのサム。
E-1077で、他愛ない話をしていた頃の。
「元気でチューか?」と、たった一言だけでもいいから。
(…なのに、覚えていないんだ…)
サムは何一つ覚えていない、と会う度に思い知らされる。
成人検査を受けた後のサムは、もはや何処にもいないのだ、と。
アルテメシアで暮らしていたサム、子供時代のサムしか残っていない、と。
(……どんな治療を受けさせても……)
無駄に終わった、と今日までに流れた月日を数える。
ジルベスター・セブンから後、此処まで出世して来た年月、それが治療に費やした日々。
最初は普通の病院にいたのを、出世するに従って転院させた。
地位が上がれば上がってゆくほど、いい病院に入れる世界。
つまり、其処への紹介も出来る。
自分が入院するのでなくても、友達のサムを。
「私の親しい友人だから」と一言告げれば、何処も断わることは出来ない。
心が壊れてしまう前のサムが、一介のパイロットであろうとも。
E-1077にはいたというだけ、メンバーズに選ばれていなかろうとも。
そうやって長い歳月が経って、今のサムは最高の病院にいる。
最高の治療もさせているのに、一向に良くなる気配さえも無い。
(…治る見込みは無い、としか…)
どの病院の医者も言わなかったし、今の主治医も同じことを言った。
心を治すことは不可能、せめて体力の維持だけでも、と。
壊れた精神に引き摺られて弱くなりがちな身体、それを管理するのが精一杯だ、と。
(……サムが、ミュウどものせいで壊れたのならば、と……)
同じミュウなら、治す手立てがあるのかも、と、密かにマツカに試させてもみた。
病室に伴い、サムの心を読ませてみて。
「お前ならば、何か分かるのでは」と、殆ど縋るような気持ちで。
(しかし、それでも…)
何も起こりはしなかった。
マツカが「見た」のは、子供に戻ってしまったサム。
E-1077にいた頃のサムも、パイロットをしていたサムも「いなかった」。
もしも「いた」なら、手の打ちようもあったのに。
サムとは直接話せなくても、マツカを介して、「表には出られないサム」と話すとか。
あるいは「キースからの伝言」を伝えて貰って、徐々に正気に戻すだとか。
(……私の声さえ、伝えられたら……)
きっと、どうにかなったのだろうに、伝えようにも、そのサムが「いない」。
アルテメシアで暮らしていたサム、彼はキースを「知らない」から。
どれほど言葉を尽くしてみたって、「赤のおじちゃん」でしかない「キース」。
今の病院でも駄目だと言うなら、本当に一生、会えないのだろう。
友達だった頃のサムには。
「元気でチューか?」と笑っていたサム、あの懐かしい笑顔にさえも。
(……こんなことになってしまうのなら……)
どうしてサムに会わなかった、と何回、悔いたことだろう。
E-1077を卒業した後、機会はいくらでもあったのに。
(メンバーズになった私はともかく、サムは普通のパイロットだから…)
時間の都合は、どうとでもなった筈だった。
「メンバーズのキース」が連絡したなら、サムの上司は便宜を図ってくれたろう。
サムが「キース」に会いに行けるように。
メンバーズ・エリート直々の呼び出しとなれば、一般人には光栄の至り。
(たとえ休暇を、何日も与えることになろうとも…)
サムの上司も、サムの代わりに勤務する者も、喜んで送り出したと思う。
「行って来いよ」と、「メンバーズの友達によろしくな」と。
運が良ければ、それを切っ掛けに、自分たちにも幸運が巡って来るかもしれない。
「メンバーズ・エリートの御指名」を受けて、何処かへお供するだとか。
ごくごくプライベートな用事で、民間船を利用する時などに。
(なのに、私は……)
自分自身の任務に追われて、サムをすっかり忘れていた。
たまに思い出す時があっても、「今頃は、何処にいるのだろう」という程度。
放っておいても、「いつか会える」と思っていたから。
サムはパイロットで、自分はメンバーズで軍人。
どちらも宇宙を飛び回るのだし、広い宇宙で、いつか出会える。
わざわざ機会を作らなくとも、偶然に。
辺境で会うのか、首都惑星の周辺なのかは謎だけれども。
(……会えたら、一緒にコーヒーでも飲んで……)
時間があったら食事などもして、「またな」と再び別れてゆく。
そんな出会いを、勝手に思い描いていた。
「友達だから」と。
何処でバッタリ会ったとしたって、前と同じに仲良くやれる、と。
それなのに、サムは壊れてしまった。
友達だったサムは何処にもいなくて、「キース」に懐いているサムがいる。
(…それでも、サムはサムだから……)
会えば自分も嬉しくなるのに、それと同じだけ悲しくもなる。
「どうしてなのだ」と。
「あの頃のサムは何処へ行った」と、「何故、こうなる前に会わなかった」と。
悔いても、時は戻らないのに。
「いつか会えるさ」と楽天的に構えていた頃、動かなかった自分が悪いのに。
(…私という人間は、いつもこうなんだ…)
シロエの時もそうだった、と過ぎ去った時の彼方を思う。
E-1077を卒業する前、この手で自分が殺したシロエ。
彼が乗っている船を追い掛け、レーザー砲の照準を合わせて、ボタンを押して。
マザー・イライザの命令のままに、撃墜して。
(……ああなる前に、もっと話していたなら……)
違う道もあっただろうか、と今でも時々、考えてしまう。
シロエとの出会いが「仕組まれたもの」であった以上は、違う道など有り得ないのに。
あそこで撃墜するしかないのに、それでも「もしも」と悔やまれる過去。
そういう別れになったとしたって、もう一人、友を得られたかも、と。
サムのように失くしてしまうとしたって、セキ・レイ・シロエという名の友を。
(…シロエが嫌った、SD体制…)
機械が統治している世界を、自分も今は嫌悪している。
いや、当時から「そうだった」。
「何かが違う」という気がして。
人間を機械が管理するなど、何処かおかしいように思えて。
(あの時、シロエと、もっと親しくしていたら…)
夜を徹してでも話せただろうか、歪んだ仕組みの世界について。
「SD体制は間違っている」と、「変えるべきだ」と議論が白熱して。
そうだったろう、と思うけれども、もう、あの時に戻れはしない。
シロエが生きていた時代には。
E-1077があった頃には、サムと友達だった時には。
(いつもこうして、悔やむばかりで…)
どうにも出来ない、「失った」痛み。
友達だったサムは戻らず、友になれただろうシロエは消えた。
そういう巡り合わせの自分は、この先も、何かを失くすのだろうか。
失くすような友はいないけれども、心当たりは一つだけある。
(……マツカ……)
誰が見たって、恐らくマツカ本人でさえも、まるで気付いていないだろう。
「キース」が唯一、心にかけている存在であることを。
ただの便利な側近だとしか、誰も考えてはいない筈のマツカ。
けれども、マツカを失ったならば、恐らくは、またも後悔する。
「どうして、こうなってしまったのだ」と。
「まだ何一つ話せていない」と、「話したいことが山ほどあったのに」と。
ジルベスター・セブンから、ずっと「キース」に仕えるマツカ。
彼に命を救われたことは、本当に数え切れないほど。
自分の方では、一度きりしか、命を救っていないのに。
ペセトラ基地での出会いの時に、殺さずに助けてやったというだけ。
(…それなのに、何故…)
今も私の側にいるのだ、と訊きたいけれども、出来ないでいる。
いつもいつも、悔やむだけだから。
元気だった頃のサムに連絡しなかったことも、シロエと話をしなかったことも。
(……こんな調子で……)
またしても失うくらいだったら、いっそ「痛み」など無ければいい。
機械が無から作った生命、それならば、それに相応しく。
感情さえもプログラムされた、アンドロイドのような人間。
(いっそ、そうなら、楽だったものを…)
どうして感情などがあるのだ、と唇を強く噛み締める。
人類を統治してゆくためだけなら、プログラムされたものでいいのに。
機械が感情を与えなければ、今の歪んだSD体制、それを疑問にも思わないのに。
なんとも悔しい限りだけれども、このままで生きてゆくしかない。
計算ずくで与えられたものでも、感情を持っているのだから。
失った痛みに苛まれようと、それが「キース」の心だから。
(……いつか、後悔するがいい)
私に感情を与えたことを…、とマザー・イライザを思い浮かべる。
マザー・イライザにそれを命じた、地球の地下にあるグランド・マザーも。
こうして失い続けた痛みは、いつの日か、爆発するだろうから。
その時、キースが味方するのは、SD体制に反旗を翻したミュウ。
そうなることが分かっているから、今は冷たく微笑むだけ。
いつか来るだろう、その時に向けて。
(…その時までに、もう一人…)
失くさなければいいのだがな、と恐ろしい予感を振り払う。
サムを、シロエを失くしたように、失うかもしれない者がいるから。
失くしたら悔やむ者がいるから、それなのに何も、彼と話せてはいないのだから…。
いつも失くす者・了
※記憶を機械が処理できるのなら、感情も消してしまえるかも、と思った所から出来たお話。
原作にしても、アニテラにしても、キースが感情を持っていなければ、展開は別物かと。