(……そういえば、明日は……)
インタビューがあるのだったな、とキースは心で独りごちる。
元老として与えられた個室で、「厄介なことだ」と溜息をついて。
とうに夜更けで、側近のマツカも下がらせた後。
彼が淹れていったコーヒーだけが、カップで湯気を立てていた。
(明日はマツカにも、余計な仕事が…)
一つ増えるな、と眺めるコーヒーのカップ。
たかが取材に来る記者とはいえ、何も出さずにいられはしない。
そういった輩にコーヒーを出すのも、マツカの役目。
もっとも、有能なセルジュ辺りに言わせれば…。
(コーヒーを淹れるしか能が無いヘタレ野郎だ、と…)
酷評されるのが「マツカ」でもある。
彼の真価は、そんな所には無いというのに。
今までの数々の暗殺計画、それを未然に防げた陰には、彼がいるのに。
(だが、表向きはコーヒー係…)
そうしておくのが無難でもある。
マツカの「機転」や「暗殺を阻止する力」の源、それを知られるわけにはいかない。
人類には決して持ち得ない力、「サイオン」はミュウの特徴だから。
異分子のミュウは抹殺すべきで、現にそうして来たのだから。
(明日のインタビューの内容も、どうせ…)
キース・アニアンの対ミュウ戦略、そういったことについてだろう。
国家騎士団総司令から、元老に抜擢された男。
ミュウと戦う最前線にいた、初の軍人上がりの元老。
どういう信条を持っているのか、この先、どのようにやってゆくのか。
(…インタビューして、記事を書くのが…)
ジャーナリストたちの仕事の一つで、こうして取材を申し込まれる。
もう幾つ目の取材なのかは、忘れたけれど。
「申し込みは広報部を通してくれ」という逃げ口上も、何度言ったか記憶には無い。
そんなものの数を数えるほど、暇ではないから。
やるべき仕事が山と積まれて、「キース」を待っているのだから。
そうは言っても、取材を逃れることは出来ない。
インタビューに来る記者がいるなら、そういうこと。
自分はともかく、地球にいる偉大なグランド・マザー。
彼女が「不要」と判断したなら、取材の許可など決して下りない。
なにしろ「キース」は多忙なのだし、つまらない取材に時間は割けない。
(以前だったら、本当にくだらん取材も多くて…)
実に辟易させられたがな、と苦笑する。
あれはいつ頃だっただろうか、国家騎士団で名を馳せた時代。
(ジルベスター星系の演習の事故で、大勢の部下たちの命を救って…)
二階級特進という、異例の出世を遂げたりもした。
本当の所は、「演習の事故」ではなかったのに。
ジルベスター・セブンに巣食うミュウたち、彼らを星ごと殲滅しようと試みたのに。
(モビー・ディックには逃げられたが…)
あの赤い星をメギドで砕いて、グランド・マザーに称賛された。
それゆえの特進、少佐から上級大佐へと。
(そうなる前から、つまらん取材が…)
多かったな、と思い出す。
どう考えても「軍人向け」でも、「一般人向け」でもない取材。
記者が差し出す名刺を見なくても、申し込みの時点で気が付いていた。
インタビューを読むのは、「女性たち」だと。
軍事にも政治にも興味など無い、ごくごく平凡な一般女性。
それも若くて未婚の者たち。
普段はスターを追い掛けるような、「頭の軽い」女性が相手の記事。
(インタビューよりも、私の写真を撮る方が…)
大事だったらしい、その手の記者たち。
プロのカメラマンを連れて来て。
「こちらを向いて頂けますか?」などと、ポーズを取らせて切ったシャッター。
「もう一枚」だとか「次は、あちらで」だとか、何枚も。
そうした写真を幾つも鏤め、くだらない記事が書き上げられた。
届いた記事など読む気もしなくて、右から左へ捨てさせていただけだけれども。
(ああいう時代に比べたら…)
ずいぶんと楽になったものだ、と分かっているから、文句は言わない。
つまらない質問をされるようでも、その取材には意味がある。
グランド・マザーが許可するだけの、充分な価値が。
ミュウの侵攻に恐れ慄く者たち、彼らを落ち着かせるための「何か」。
(……キース・アニアンさえいれば……)
SD体制も人類も安泰なのだ、と思わせる記事を、記者たちは書いてくれるのだろう。
多忙な自分は、それを読む暇など無いだろうけれど。
見本誌が部屋に届けられても、「処分しておけ」とマツカに言うだろうけれど。
(まあ、くだらない取材よりはな…)
遥かにマシだ、と今の状態には満足している。
いつから「彼ら」は来なくなったろうか、「キース」をスター扱いした記者たち。
写真を何枚も撮られた上に、質問の内容も呆れるようなものばかり。
「お好きな食べ物は何ですか?」だとか、「休日は何をして過ごしますか?」だとか。
そんなことを知っても、いいことなど何も無さそうなのに。
(……若い女性は、大いに興味があるのだろうが……)
生憎と私はどうでもいいのだ、と何度欠伸を噛み殺したろう。
記者の頭まで「軽そう」ではあっても、彼らも大切なピースの一つ。
「社会」を上手く組み立てたいなら、そういった者たちも取り込まなければ。
広い視野など持っていなくて、「軍人」と「スター」を同列に扱う者であろうと。
まるでスターを追い掛けるように、「キース・アニアン」に夢中だろうと。
(…あの頃よりかは、厳選されたな…)
くだらん取材に来る連中も、とグランド・マザーに感謝する。
「元老」という肩書きにも。
パルテノン入りした元老ともなれば、スターのように追い掛けるには…。
(かなり敷居が高くなるだろうさ)
国家騎士団時代のようにはいかん、と可笑しくなる。
いくら記者たちが申し込もうと、端から拒絶されるだろうから。
どう頑張っても許可は下りずに、全て門前払いだろうから。
若い女性が喜ぶことなど、自分は言えない。
根っからの軍人、それに加えて「特別な」生まれ。
(養父母などいないし、生物としての両親もいないのだからな…)
機械が無から作った生命、それゆえに「完璧な」存在となった。
誰もが羨望の眼差しを注ぐ、エリートの中のエリートとして。
E-1077で育った頃から、異例の出世を続けて来て。
(……だからこそ、スターと混同されるのだがな……)
あちらも似たようなものだからな、と思い浮かべるスターたち。
彼らは「人目を集めるように」育て上げられた、プロフェッショナル。
俳優も歌手も、選りすぐりの美形や、素晴らしい才を持った者たち。
ただ「居る」だけで華があるから、人の目を惹く。
(…スター扱いされるというのは、光栄の至りなのかもしれんが…)
私は好かん、と窓の外へと目を遣った。
宵闇に覆われた高層ビル街、其処に「キース」の姿も映る。
窓は光を反射するから、ガラスが鏡のようになって。
(……キース・アニアン……)
もう「スター扱い」の取材は来ない、とホッと吐息をついたけれども。
窓に映る自分の姿を眺めて、元老の制服に目を細めたけども…。
(………今の私は………)
あの頃の私の姿ではない、と愕然とした。
多忙な日々に追われ続けて、鏡など見てはいなかった。
もちろん「鏡」には向かうのだけれど、ただ身だしなみを整えるだけ。
「自分の顔」をじっくり見詰めはしないし、観察もしない。
女性と違って化粧は必要ないのだから。
(…ジルベスター・セブンから、何年経った……?)
あれから過ぎた歳月の分だけ、重ねた齢。
「それ」が自分の顔に出ていた。
隠しようもない、年相応の面差しとなって。
あの時代には無かった皺が、何本か、肌に刻まれていて。
(……これでは、たとえ断らなくても……)
若い女性が相手の記事など、誰も書かないことだろう。
書いても、「誰も読まない」から。
もしも読む者がいたとしたって、ほんの僅かな女性たちだけ。
遠い昔を思い返して「懐かしいわね」と、「老けたキース」を見る者たち。
つまりは、長い年月が過ぎた。
今ではすっかり、人類の敗色が濃くなるほどに。
ジルベスター・セブンで収めた勝利が、まるで幻だったかのように。
(……そして、ミュウどもは……)
全く年を取らないのだ、と冷えてゆく背筋。
普段から「マツカ」に接しているのに、ついつい忘れ果てていたこと。
ミュウの長、「ジョミー・マーキス・シン」は、今なお若い。
彼の肉体は衰えを知らず、その寿命もまた…。
(人類の三倍以上もあるのだ…!)
伝説と謳われたタイプ・ブルー・オリジン、彼が身をもって示したように。
死の影が差すほどに年を重ねた後にも、身一つでメギドを破壊したのがソルジャー・ブルー。
(…私が老いて、指揮が覚束なくなった時でも…)
若きミュウの長は健在だろう。
その上、更に若い世代のタイプ・ブルーたちが何人もいる。
(……人類とミュウの戦いの……)
行く末は見えているではないか、と、ただ恐ろしい。
明らかにミュウの方が有利で、人類は不利な立場だから。
それでも「キース」は戦うしかなく、「勝ちに行く」以外に道は無いから。
(……これが私の運命なのか……)
肉体的にも「敵うわけがない」敵と戦い、敗れるのが。
あるいは敗北するよりも先に、老いさらばえて死んでゆくのが。
「キース」は、そのように「作られた」から。
機械はミュウを認めないから、ミュウはあくまで「異分子」だから…。
敵わない敵・了
※このお話、絶対、途中で「敵」は「老化」だと勘違いした人がいるな、という気がします。
ミュウの寿命は人類の三倍、それだけで勝ち目が無さそうだよね、と思うんですけど…。