(……また暴動の鎮圧か……)
これで何度目になるというのだ、とキースがついた深い溜息。
首都惑星ノアの、国家騎士団総司令に与えられた個室で。
とうに夜更けで、もう側近のマツカもいない。
淹れていったコーヒーが残っているだけ。
此処でこうして、手に馴染んだカップを傾けるのも…。
(明日から暫く、お預けだな)
辺境星域で起こった暴動。
軍まで巻き込み、政府に対する不満を爆発させたもの。
それを鎮めて、火種が一つも残らないよう、完膚なきまでに殲滅するまでは…。
(…ノアには戻って来られないのだ)
グランド・マザー、直々の指名。
「冷徹無比な破壊兵器」と称されるのを、高く買ってのこと。
マザーの期待は裏切れない。
そうでなくても、SD体制を維持してゆくには、欠かせない任務。
何処で暴動が起ころうと。
幾つの星が叛旗を翻そうとも、悉く鎮圧せねばならない。
SD体制に「例外」は有り得ないから。
皆が粛々と機械に従い、統治を受け入れてこそなのだから。
(……それが歪んでいるというのは……)
嫌というほど分かっている。
暴動を起こした惑星発の、声明などを読まなくても。
彼らが主張している「正義」を、わざわざ子細に調べなくても。
機械が治めている世界。
人間は全て機械の言いなり、逆らう者には居場所など無い。
宇宙の何処まで逃れようとも、追手がかかって消されるだけ。
遠い昔に、「セキ・レイ・シロエ」が、そうなったように。
まだ候補生で、社会に出てさえいなかったのに。
(…シロエはミュウのキャリアだったが…)
そんなことなど、些細なこと。
シロエ自身に「ミュウの自覚」は全く無かった。
ミュウの特徴とされるサイオン、それを使うのも目にしてはいない。
たとえ事実がどうであろうと、「キース・アニアン」が知っていたシロエは…。
(……SD体制を受け入れられない、要注意人物……)
そうでしかなくて、シロエも「そのつもり」だったろう。
自分がミュウだとは思いもしなくて、「嫌いな機械」に逆らっただけ。
大切な子供時代の記憶を、成人検査で奪われたから。
養父母も故郷も、永遠に失くしてしまったから。
(…私は、どちらも持ってはいない…)
故郷も、育ててくれた養父母たちも。
もしも故郷があるのだとしたら、ステーションE-1077。
自分は確かに其処で生まれて、機械に育てられたから。
マザー・イライザが無から作った生命、養父母さえも持たないモノ。
成人検査を迎える年まで、ずっと水槽の中だけにいて。
シロエが「ゆりかご」と呼んでいた場所で、マザー・イライザに養育されて。
「ヒト」とは言えない生まれの「自分」。
けれども、作り出された理由は、「ヒトを、より良く導くため」。
SD体制に異を唱えないよう、皆を機械に従わせて。
機械に叛旗を翻す者は、シロエのように、端から殺して。
(…今度の暴動鎮圧でも…)
何百どころか、何千という数の「命」を奪うことだろう。
反乱軍の船はもちろん、敗色が濃いことを悟って、逃げてゆく民間人たちの船をも…。
(落とせ、と冷たく命じることしか…)
出来ない立場に「自分」はいる。
かつて、シロエの練習艇を追い掛け、飛んだ時のように。
「撃ちなさい」と命じたマザー・イライザ、彼女に逆らえなかったように。
(…いったい、何人の命を奪えば…)
自分の役目は終わるのだろう。
「殺せ」と部下に指示する立場を、逃れることが出来るのだろう。
今の立場に立つよりも前は、自分が「この手で」殺していた。
シロエと同じに「逆らった者」を。
SD体制を良しとしないで、機械の統治を拒否した者を。
(……流石に、子供は殺していないが……)
それだけは、きっと出来ないと思う。
ジルベスター・セブンで出会った、ミュウの子供も…。
(…私に殺意を抱かなかったら…)
殺そうとしたりはしなかった。
あの船に「子供がいる」と知った時は、思い悩んだほどだから。
逃亡するために船を壊せば、あの「ミュウの子」も命を落としかねない。
(迂闊に爆破したりは出来ん、と…)
心の底から思ったもの。
モビー・ディックに乗っているだけの「子供」に罪は無いのだから。
かつて教材で目にした映像、其処で殺されたミュウの子供も、そうだったから。
SD体制に逆らう異分子、ミュウの子でさえ「殺せない」自分。
そんなことなど「してはならない」と、今も何処かで思っている。
ミュウの子供も殺せないのに、今日までに何人、殺して来たか。
自分が直接、手を下したのか、部下に「殺させた」のかは、ともかく。
(……百や千では、とても足りんな…)
万に届いているかもしれない。
あるいは、億の単位にさえもなっているのだろうか。
「国家騎士団総司令」にまで出世するには、相応の武勲が必要なもの。
ジルベスター・セブンのようなケースは、そうそう幾つも転がってはいない。
(…つまり、私の出世の陰には…)
暴動鎮圧や反乱軍の殲滅、機械に逆らった者たちの粛清。
文字通りに「血で血を洗う」作戦、それが無数に積み上がっている。
敵兵はもちろん、命を落とした味方兵士たちの屍が。
一瞬の爆発で失せた命も、苦悶の果てに消えていった命も。
(……明日からの任務で、また増えるのだ……)
そうやって儚く消える命と、流される血が。
「キース・アニアン」が、それを命じて。
(…そして私は、また出世する…)
もう階級は上がらないけれど、グランド・マザーに称賛されて。
将来、パルテノンへと送り込みたい、「彼女」の期待を裏切ることなく。
軍人出身の元老はいない、パルテノン。
其処へ入って、更に上へと昇るためには…。
(…今よりも、もっと沢山の数の…)
「命」を奪わねばならないのだろう。
機械が理想としている世界に、逆らう者を端から消して。
異分子とされるミュウとなったら、子供でさえも容赦はせずに。
(いくら殺せば、私の役目は終わるのだ…?)
分からないから、恐ろしくなる。
いつの日か国家主席に昇り詰めても、まだ屍の数は増えるのだろうか。
人類が皆、粛々と機械に従わないなら。
相も変わらず、懲りもしないで、反乱や暴動を繰り返すなら。
(……私の命が終わる時まで……)
道の先には「殺す」ことしか無いかもしれない。
グランド・マザーの導きのままに、「殺せ」と部下に命じ続けて。
明らかに歪んだ「機械の時代」が、滅びることなく、受け継がれるよう。
そのために「キース」は「作られた」から。
機械が望んで、機械の手で。
ヒトは傍から見守っただけで、研究者たちも「見ていた」だけ。
マザー・イライザが、三十億もの塩基対を合成してゆくのを。
それを繋いで、DNAという鎖を紡ぐのを。
「機械の意向」に異を唱えたなら、研究者たちも「消される」から。
壮大な実験に手を貸し続けて、神の領域を侵す結果になろうとも。
(…誰一人として、逆らえないままで…)
作り出された「キース・アニアン」。
その手が罪を重ねてゆく。
幾つもの命をその手で奪って、部下たちにも殺すように命じて。
そう、「殺す」ことは「罪」でしかない。
人類が地球で暮らした頃から。
一番最初の「ヒト」だったという、アダムとイヴがエデンの園を追われてから。
カインとアベル。
人類が最初に犯した殺人、それの加害者と被害者の兄弟。
兄のカインがアベルを殺して、カインの末裔が「ヒト」だという。
ヒトは誰でも、カインの血を引いているけれど…。
(…その血さえも、私は持たないのだ…)
機械が無から作った命は、カインの血など引いてはいない。
他の者なら、ミュウでさえもが、「カインの血」を継いでいるというのに。
殺人者の血を引いていながら、「殺すことは罪だ」と、きちんと認識しているのに。
(…彼らが、人を殺すのと…)
自分が人を殺すのとでは、違うのだろう「罪深さ」。
ヒト同士ならば、神も許してくれそうだけれど…。
(……ヒトでさえもない、私の場合は……)
神がいるなら、目を背けるか、憤怒の視線が注がれるものか。
機械が統治する世界自体が、神には「許し難い」だろうから。
(…考えても、逃れられないのだがな…)
殺さなければ、殺されるのだ、と自分自身を叱咤する。
「キース・アニアン」が殺されたならば、今の世界はじきに壊れる。
機械が作った「理想の指導者」を喪って。
歪んだ世界が軋み、綻び、きっと異分子のミュウに敗れて。
(…そうならないよう、また殺すしか…)
ないのだがな、と思う明日からの任務。
血で染まってゆく、この先の道。
それでも「歩いてゆく」しかない。
そのために「キース」は作られたから。
カインの血を引いていない者でも、その肩に「世界」が乗っているから…。
終わらない罪・了
※キースが殺した人間の数は、きっと多いと思うのですが…。キースの生まれが問題。
ヒト同士ならば、神も許してくれそうですけど、キースは許して貰えないかも…。