(……友達か……)
もう、そう呼んでくれる者もいないな、とキースが零した溜息。
首都惑星ノアの、国家騎士団総司令に与えられた個室で。
側近のマツカは下がらせた後で、夜更けと言ってもよい時刻。
冷めて温くなったコーヒーのカップを傾けていて、思ったこと。
今の自分に「友達」はいない。
いるのは部下たちと側近のマツカ、それだけが周りを取り巻く者。
ずっと昔には「友」がいたのに。
「友達だろ?」と肩を叩いて、「元気でチューか?」と笑んでいたサム。
けれど、その友を失った。
サムは今でもいるのだけれども、子供に戻ったサムの世界に「キース」はいない。
成人検査よりも前の時代に生きるサムには、ステーション時代などは無いから。
「父さん」「ママ」とサムが呼ぶ養父母、彼らがサムが見ている人々。
其処では、キースは「赤のおじちゃん」。
国家騎士団の赤い制服を纏って、何度も会いに行ったから。
サムがすっかり懐くくらいに、病院へ足を運んだから。
(……私は、赤のおじちゃんで……)
今のサムが言う「友達」ではない。
サムが一緒に遊んでいるのは、時の彼方にいる友達。
雲海の星、アルテメシアの育英都市のアタラクシアで、サムと過ごしていた者たち。
その中には、きっと、ミュウの長までいるのだろう。
サムの幼馴染のジョミー・マーキス・シン、今のミュウたちを率いる長が。
(…ジョミーには、今も…)
友がいるのに違いない。
サムとは離れてしまったけれども、ミュウの母船で出会った者たち。
彼らに囲まれ、孤独などとは、まるで無縁で。
時折、こうして「孤独だ」と思う。
自分は一人きりなのだと。
友の一人もいてくれなくて、ただ一人きりで歩み続ける。
機械が「キース」を作った時から、敷いていただろうレールの上を。
道を外れることも出来ずに、黙々と機械に従い続けて。
(……一つだけ、逆らっているのだがな……)
ミュウのマツカを、「人類」だと偽り、国家騎士団に転属させたこと。
そうして自分の側近に選び、今でも生かし続けていること。
ミュウは端から抹殺するのが、SD体制を維持する道。
グランド・マザーはそう説いているし、マザー・システムがそれを実行する。
成人検査でミュウと判明した子は、生きてゆくことを許されない。
その場で処分されてしまうか、実験動物として殺されるか。
(…マツカも、そうなる筈だったのを…)
運が良かったのか、たまたま逃れられた運命。
シロエのように「機械に選ばれた」わけではなくて、「見落とされた」存在。
成績不良の劣等生として生き、ひっそりと死んでゆく筈だった。
辺境の基地から出られないまま、出世の道さえ見付けられないで。
(それが今では、大した出世で…)
部下の中には、マツカをやっかむ者たちもいる。
「コーヒーを淹れるしか能のない、ヘタレ野郎だ」などと罵倒して。
だから、マツカも「孤独」なのだろう。
人類の世界に、一人、紛れてしまったミュウ。
仲間が集まる船には行けずに、人類の世界で暮らし続けて。
今日のように部下たちが飲みに行く時も、一人だけ、声を掛けられないで。
(…だが、マツカには…)
友はいなくても「仲間」がいる。
未だに出会えていないだけのことで、この宇宙にはミュウが大勢。
モビー・ディックに乗っているミュウが全てではない。
今、この瞬間にも、何処かで生まれていることだろう。
ミュウの因子を持った子供が。
成人検査を通過できずに、システムに消されてしまう命が。
(……思った以上に、ミュウは多くて……)
もはや単なる「異分子」だとは思えない。
進化の必然と呼べばいいのか、歴史がミュウに味方していると捉えるか。
(…グランド・マザーは、ミュウを否定するが…)
それ自体が誤りなのかもしれない。
所詮、マザーは機械だから。
自分で思考しているとはいえ、その根源は人間が組んだプログラム。
SD体制に入るよりも前に、グランド・マザーを作った者たち。
彼らが意図して組み上げたモノが、「彼女」の思考を作り出している。
ゆえに彼らが間違えていたら、グランド・マザーも「間違ったこと」しか考えられない。
世界が、どのように動こうとも。
歴史の流れが変わってゆこうと、機械は変わらず叫び続けるだけ。
「ミュウを殺せ」と。
異分子は全て抹殺すべきで、一人たりとも、生かしておくなと。
側近の「マツカ」は、そのミュウの一人。
人類の世界では孤独であっても、ミュウの時代が訪れたならば、友は容易く見付かるだろう。
マツカが心を開きさえすれば。
「ぼくもミュウだ」と、本当のことを打ち明ければ。
(……しかし、私は……)
本当に一人きりなのだ、と足元の床が消えてゆくよう。
サムが「友達」と呼んでくれた頃は、まだ孤独ではなかったのに。
そのサムが壊れてしまった後にも、友の仇を討ってやろうと、旅立ったのに。
(…知らないというのは、幸せなことだ…)
自分が本当は何者なのか。
どうして此処に、国家騎士団総司令として生きているのか。
いずれはパルテノンに入って、国家主席の座に就くのだろう。
機械がそのようにレールを敷くから、その上を黙って歩いて行って。
友の一人も見付からないまま、気が遠くなるほどに孤独に生きて。
(……まさか、ヒトではなかったなどと……)
いったい誰が思うだろうか、こうして生を享けて来たのに。
怪我をしたなら、赤い血だって流れるのに。
(…マザー・イライザが作った人形…)
シロエの口からそう聞いた時は、「ヒトではないのか」と疑った。
機械が作ったアンドロイドで、思考も全てプログラムかと。
けれど、その方がマシだったろう。
「無から作られた」人間よりは。
ヒトと同じに生きているのに、「誰一人、仲間がいない」よりかは。
そうは言っても、人付き合いは得手ではない。
セルジュたちが飲みに行くと言っても、一緒に行こうと思いはしない。
部屋で静かに本を読んだり、こうしてコーヒーを傾けたり、と「一人」を好む。
それでも「一人」と「孤独」とは違う。
ただ一人きりの「機械に作り出された生命」、ソレは「孤独でいる」しかない。
何処を探しても、同じモノなど、いはしないから。
マツカのように「仲間が見付かる」時も、訪れはしないのだから。
(……あの、ミュウの女……)
ジルベスターで人質に取った、長い金髪で盲目の女。
彼女の生まれは「キース」と同じなのだという。
やはり同じに無から作られ、失敗作として処分される所を盗み出された。
伝説と呼ばれたタイプ・ブルー・オリジン、ソルジャー・ブルーに見いだされて。
ミュウの船へと連れてゆかれて、ミュウの仲間になってしまって。
(…私と生まれは同じなのだが…)
あの女は、けして孤独ではない。
ミュウの母船で、仲間に囲まれているのだから。
彼女がどういう立場であろうと、きっと「孤独」を味わいはしない。
船のミュウたちと一緒に暮らして、友達もいることだろう。
此処にいる「キース」とは、まるで違って。
ただの一度も、孤独の淵など、立ち止まって覗き込まないで。
(……私にも、友がいてくれたなら……)
今でもサムが正気だったら、全ては違っていただろう。
サムに「キース」の正体を明かしたとしても、嫌われはせずに。
「生まれなんて、そんなに大事なモンか?」と、笑い飛ばしていたかもしれない。
そう、あのサムがいてくれたなら。
遠い昔に「友達だろ?」と、明るく笑った彼がいたなら。
(……私には、運が無いのだな……)
だから一人だ、と孤独の闇に包まれる。
照明は消えていないのに。
煌々と明るく照らし出すのに、それさえも消えてしまったように。
(…こうして、ずっと一人きりで生きて…)
きっと最後も、自分は孤独なのだろう。
最期の息を引き取る時にも、友達は側にいてくれなくて。
ただ一人きりで生きて、生き続けて、疲れ果てて死んでゆくのだろうか。
「最後まで、私は一人なのか」と、溜息をついて。
孤独に生きた人生の終わりに、またも孤独を突き付けられて。
(…それが似合いではあるのだがな…)
どうせヒトではないのだからな、と思いはしても、虚しくなる。
友達もいない孤独な生など、本当は望んでいないから。
機械が促し、「行け」と言うままに、歩んでゆくしかないのだから…。
作られた孤独・了
※「最後まで、私は一人か…」と呟いていたのが、アニテラのキース。死の直前に。
その隣にいたジョミーの立場は…、と考えていたら出来たお話。単に口癖みたいなもの。