(……サム……)
やはり今日も、私は「赤のおじちゃん」だったか…、とキースは深い溜息をつく。
国家騎士団総司令のための個室で、夜が更けた後に。
昼間は、サムの見舞いに出掛けた。
マツカやセルジュもついて来たけれど、「此処まででいい」と人払いをして。
サムの前では、「ただのキース」でいたい、と今も思っているから。
けれど、分かってくれないサム。
「赤のおじちゃん!」と懐いてくれても、「キースの友達」にはなってくれない。
正確に言うなら、「戻ってくれない」。
遠い昔に、サムの方から「友達」だと言ってくれたのに。
「友達とは、大切なものなのか?」と問うた自分に、「当然だろう!」と返したのに。
E-1077で過ごした頃には、サムが最初の「友達」だった。
そのサムの幼馴染だった縁から、スウェナ・ダールトンという友人も出来た。
きっと「シロエ」とも、機械が間に挟まらなければ、いい友になれていたのだろう。
シロエが「Mのキャリア」であろうと、そんなことなど、どうでもいい。
現に今では、「ミュウのマツカ」を側近にしているのだから。
口では何と言っていたって、「人類もミュウも、人間なのだ」と思うから。
(……今の私を構成している、この考え方は……)
恐らく、サムから貰ったもの。
マザー・イライザに「その気」が無くても、サムに教えて貰った「友情」。
「ヒトとしての心」も、サムから学んだ。
友達というのは、どうあるべきか。
真の友なら、友に対して見返りなど求めないことも。
そうやって共に、四年の間をサムと過ごした。
E-1077を卒業する時に、道が分かれてしまったけれど。
サムはメンバーズに選抜されずに、「ただのパイロット」の道に進んで。
メンバーズを乗せる宇宙船さえ、操縦できない「ただのパイロット」。
それきり、交わらなかった「道」。
サムとは出会う機会も無いまま、十二年もの時が流れた。
けれども「サム」を忘れなかったし、「いつか会える」と思ってもいた。
どんなに宇宙が広かろうとも、バッタリと。
任務で出掛けた先の星だの、宇宙に散らばる中継用のステーションだので。
(……また会えるのだ、と思っていたから……)
多忙な任務に忙殺されて、サムとの連絡は途絶えたまま。
「便りが無いのは元気な証拠」と、遥か昔の人間たちが言った通りに思い込んで。
実際、サムは「元気」ではいた。
ジルベスター星系での事故に遭うまで、病気一つせずに宇宙を飛んで。
チーフパイロットには、まだ手が届かなくても、副操縦士としては「一人前」に。
(……そのサムを、ミュウどもが壊してしまった……)
具体的には、何があったか分からない。
船の記録は消されていた上、ジョミー・マーキス・シンにも「尋ねてはいない」。
あまりにも腹立たしかったから。
「幼馴染だった、サム」を壊した輩に、尋ねたいとは思わなかった。
何を思って「そうした」のかは。
「サムだと知らずに」やったにしたって、サムは「キースの友達」だから。
その昔には「ジョミーの友」でも、今では違う。
サムが持っていた「最後の友達」、それを名乗れるのは「キース・アニアン」ただ一人だけ。
E-1077を後にしたサムは、「いつも一緒」の「友達」は持たなかったから。
宇宙を飛び回るパイロットの身では、友が出来ても、「ただの友達」。
出会えば一緒に食事をしたり、酒を飲んだり、そういった程度。
人のいいサムは、大勢の「友」に好かれていても。
彼が属していた基地などには、多くの「知人」や「友達」がいても。
サムの方でも、きっと「キース」を同じに思ってくれていたろう。
「一番の友達」と言えば「キース」で、「何処かで会えれば、いいんだがな」と。
思いやり深い人柄だけに、自ら訪ねて来なかっただけで。
(…サムと違って、私は目立っていたのだから…)
メンバーズになった「キース」のニュースは、サムの耳にも入ったと思う。
何処の星でどういう武勲を立てたか、どんな異名で呼ばれているか。
(……冷徹無比な破壊兵器に、「友達」が会いに現れたなら……)
マイナスの評価になりかねない、とサムならば、きっと考える。
「俺は会わない方がいいよな」と、「キースの評価」だけを思って。
偶然、再会するならともかく、「会いに行ってはいけない」と。
サムの方から来てくれていたら、心から歓迎したのだろうに。
周りが何と考えようとも、食事に誘って、泊まるホテルも用意したろう。
「せっかくだから、ゆっくりして行ってくれ」と。
「今夜は、夜通し語り合おう」と、酒を片手に昔語りをしたりもして。
サムが「シロエ」を忘れていたって、語り合える話題はいくらでもある。
メンバーズの任務は明かせなくても、愚痴だって聞いて貰えただろう。
なにしろ、相手は「サム」なのだから。
「…任務のことは、俺には分からねえけど…」と苦笑しつつも、相槌を打って。
出世のことしか考えない上司や、足の引っ張り合いばかりの世界のことも。
(……そういう話が、サムと出来ていたら……)
どれほど豊かな人生だったか、恵まれた日々を送れたことか。
残念なことに、「それ」に自分が気付いた時には、「サム」は何処にもいなかった。
ジルベスターでの事故で、心が壊れてしまって。
すっかり子供に返ってしまって、「キース」を忘れ去ってしまって。
今のサムにとっては、「キース」は親切な「赤のおじちゃん」。
友達だなどと思いはしないし、「ずっと年上の大人」なだけ。
「大人ばかりの病院」で暮らす、「可哀相な子供」と遊んでくれる「優しい人」。
もっとも「サム」には、両親がいるらしいけれども。
いつ訪ねても、「父さんが…」「ママが」と、両親の話を聞かされるから。
(……サムが、元通りになってくれたら……)
どんなに頼りになることだろう。
ジョミー・マーキス・シンのことなど、抜きにして。
「ミュウの長との、ツテが欲しい」と思いはしない。
そんなツテなど頼らなくても、ミュウどもの始末は自分でつける。
モビー・ディックごと焼き払うにしても、何処かの星ごと砕くにしても。
(…任務のことで、頼るつもりは無いのだが…)
友達としての「サム」がいたなら、「マツカ」のことを明かしただろう。
「実はな…」と、「マツカの正体」を。
人類の形勢が不利になっても、「マツカ」は最後まで残ろうとする。
そうなった時にどうすればいいか、サムなら一緒に考えてくれた。
「俺の船で、何処かに逃がしてやるか?」とも、言っただろう。
民間船なら、ミュウが陥落させた星へも、飛んでゆくことがあるのだから。
「ついでにだったら、乗せてやれるぜ」と、「乗せるための手段」も講じてくれて。
なんと言っても「サム」だから。
「みんな、友達!」と笑んだサムなら、「マツカ」とも、きっと「友達」になれた。
マツカも「サム」の言うことだったら、多分、聞き入れたのだろう。
ミュウとの最終決戦を前に、「何処かに逃げろ」と命じても。
「キース」の命令には従わなくても、「サム」がマツカに勧めたら。
「そうした方が、キースも安心なんだ」と、横から言葉を添えてくれたら。
(……私も、サムが操縦してゆく船ならば……)
安心してマツカを任せられたし、心残りは無かっただろう。
決戦の場に一人残った「キース」に、もう「友達」はいなくても。
サムもマツカも「安全な場所」へと飛び去って行って、一人きりでの戦いでも。
(…サムたちが、無事でいるのなら…)
たとえ負け戦だと分かっていたって、心は自然と凪いでいた筈。
「私は、やるべきことは、やった」と。
人類の指導者として作られた責務を、「最後まで果たし抜くのみだ」と。
そう、「作られた生命」なことも、「サム」ならば聞いてくれたのだろう。
逃げ場を持たない運命のことも、歩まされるしかない人生のことも。
(…お前の記憶が無かった理由は、それなのかよ、と…)
ただそれだけで、「サム」は済ませてくれたろう。
「機械が無から作ったキース」を、少しも気味悪がったりはせずに。
「俺たちとは違う人間なんだ」と、偏見の目を向けることなく。
(……お前も災難だったよな、とでも言ったのだろうな……)
「友達だった」サムならば。
今でもサムが、「友達」のままでいてくれたなら。
(……私は、友を失った……)
サムは今でも「友」だけれども、一方的に「友達」なだけ。
「キース」にとっては「友」のサムでも、サムにとってのキースは「赤のおじちゃん」。
友情の絆は繋がっていても、本当の意味での友情ではない。
サムの目に映る「キース」の姿は、「赤のおじちゃん」でしかないのだから。
おまけにサムは子供に戻って、「キース」を覚えていないから。
(……サムが、思い出してさえくれたなら……)
この先の道も、心強く歩んでゆけるのだろう。
ただ一人きりの戦場だろうと、サムもマツカも「逃げた」後でも。
けれど、その日は「来てくれない」から、溜息が零れてゆくばかり。
もう戻らない友を思って。
何度見舞いに訪ねて行っても、「語り合えない」友が「今でも、友だったなら」と…。
友と話せたら・了
※サムが「壊れていなかった」ならば、キースとの友情はどうなったかな、と考えただけ。
きっと友達のままなんだろうし、色々なことが変わっていたかも、と。そういうお話。