「ブルー。…もうすぐ十周年だそうです」
ジョミーに言われて、ブルーは「はて?」と首を傾げた。
いきなり「十周年」だなどと言われても困る。何が十年経つというのか、サッパリ謎なものだから。
(…シャングリラは十年どころではないし、結婚した仲間も特にいないし…)
第一、死んでいるんだから、というのがブルーの脳内。
見た目は全く変わらなくても、ブルーもジョミーも「死んでいた」。とっくの昔に、髪の一筋さえも残さず、サックリと。
まるで見当がつかないからして、目の前のジョミーに訊くことにした。
「何が十周年なんだい? 記念日を思い付かないんだが…」
「あなたはそうかもしれませんねえ、一足お先に死んでいるだけに…」
ナスカ崩壊の記念日だったら、七月に終わりましたから、と答えたジョミー。それでブルーにも合点がいった。ジョミーが言うのは、自分たちの記念日のようであっても…。
(…下界でアニメになった、ぼくたち…)
その生き様が放映された日付のことか、と理解した次第。
ブルーもジョミーも、元々は『地球へ…』という漫画の世界の住人だった。其処で色々悩んで暮らして、散っていったのが遥か昔のこと。
(連載開始からだと、とっくに四十年で…)
漫画が評判を呼んだお蔭で、アニメ映画になってからでも三十七年経つ勘定。
ところがどっこい、映画の評判は散々だった。やたらガタイのいい登場人物、ブルー自身も「米俵を担げそうなほど」と評されたくらい。
(ジョミーなんかは、カリナと結婚したオチで…)
実の息子がトォニィとあって、大勢のファンがキレたという。
なまじポスターが麗しかっただけに、騙された人も多かった。漫画の原作者が描いたブルーの姿に惹かれて、「こんな綺麗な人が出るなら…」と映画館に入ってガッカリなクチ。
(……黒歴史とまで言われたくらいで……)
その反省をしっかり踏まえて、テレビアニメ版が製作された。かつて原作に惚れ込んだ人々、彼らが立派に成長して。
(そうか、あれから十年経つのか…)
忘れていたな、と一人頷くブルーに、ジョミーは続けた。
「あのですね…。十周年の節目ですから、同窓会なんかはどうだろうかと…」
「同窓会?」
「そういう話が出てるんです。ミュウも人類も、関係なしの無礼講で」
賑やかに飲んで騒ぎませんか、という提案。
とうに死んでいる面々だけれど、極めて呑気に暮らしている。天国と呼ぶには、かなり俗っぽい居酒屋なんかもある世界で。
「ああ、なるほど…。そういうのもいいかもしれないね」
「そうでしょう? 出席者の姿は指定しない、ということで…」
「姿?」
「外見の年齢のことですよ。キースなんかは老けましたから…。無残なほどに」
ぼくは青年でしたけどね、と「ドヤァ!」と胸を張るジョミー。
キースとジョミーは同い年だけれど、ミュウと人類の間の溝は深かった。テレビアニメが最終回を迎える頃には、顎にくっきり皺があったキース。
(……あの姿では来たくないかも……)
ぼくがキースなら嫌だろうな、とブルーにも分かる。生きていた間、若さを保って三世紀以上だったのが自分。年相応に老いた姿は想像できない。
(ゼルやヒルマンのようなのは、別で…)
あの辺りは単なる趣味だから、と「老けた理由」は知っていた。中年だったハーレイも同じで、「男の良さは皺に滲み出る」とかが生前の口癖。
けれど、人類の場合は違う。ミュウと違って止められない年、嫌でも老けてゆくわけだから…。
(キースも出来れば、若い姿でいたかっただろうし…)
現に今だって若い姿でウロついている、と承知している。天国に来れば外見は好きに出来るし、ナスカで出会った頃の若さがお気に入りらしい。
(同窓会だから、最終回の姿で来いと言ったら…)
なんだかんだと理由をつけて、キースは欠席になりそうだった。その辺もあって、姿の指定をしない形にするのだろう。
ブルーは「それでいいと思う」と答えて、同窓会の開催が無事に決まった。下界での十周年に合わせて、九月二十二日に集まろう、と。
そして訪れた同窓会の日。
ミュウも人類も、もうワイワイと賑やかに居酒屋に集まった。予想通りに若作りのキースや、キースに合わせて青年なサムや、その他もろもろ。
乾杯の音頭はブルーが取ることになって、グラスを手にして…。
「アニテラ放映終了から、今日で十周年になる。皆で集まれたことを祝して、乾杯!」
「「「かんぱーい!!!」」」
カチン、カチンとグラスが触れ合い、じきに酒宴が始まった。飲み食べ放題で無礼講だけに、それは盛り上がっているのだけれど…。
「……考えてみれば、盛り上がっているのは我々だけだな」
キースがボソリと呟いた。ナスカ時代な若作りの顔で、服装だけは国家主席の格好で。
「どういう意味だい?」
隣で飲んでいたブルーの言葉に、キースは床を指差した。
「下界だ、下界。…今日で十周年だというのに、誰一人として祝っていない」
「あー…。でもまあ、記念創作は幾つかあるだろう?」
オンリーイベントも近いと聞くし…、とブルーは返したけれども、それが精一杯だった。
放映当時の熱狂ぶりが嘘だったように、今や静まり返っている下界。十周年の記念日だって、何人が覚えているか怪しい。
「祝うどころか、違うアニメに走っていますよ。…多分」
今だと『ユーリ』じゃないですか、とジョミーが挙げた人気のアニメ。多くのアニメファンが流れた作品、かつて大人気だった『進撃の巨人』も『ユーリ』に敗れたほどだという。
「うーん…。忘れ去られるのも無理はないけどね…」
十年は流石に長すぎた…、とブルーも認めざるを得ない現実。
天国では十年一日だけれど、下界は時間の流れが違う。十年もあれば、幼稚園児が小学校を卒業できる。中学生なら、大学まで出て社会人。
忘れられても仕方ないから、此処にいる面子で盛り上がるしかないだろう。昔のことは水に流して、何度も「乾杯!」とやらかしながら。
そうやってドンチャン騒ぐ間に、色々なネタが飛び出した。
下界では忘れ去られた『地球へ…』を巡って、皆が仕入れた情報などが。
「なんと言っても、アレですよ…。作者の引越しが痛いですよね」
学長になった件もさることながら…、とシロエが訳知り顔で切り出した。原作の漫画を描いた女性は、今や学長になっていた。任期は今年で終わるけれども、学長は多忙。それまで開催されていた個展は、そのせいで途絶えてしまって久しい。
かてて加えて、その間に作者は引越しをした。長く暮らした鎌倉を離れて、西の果てとも言えるくらいの九州へと。
「そうだっけなぁ…。アレで鶴岡八幡宮の、ぼんぼり祭りに出さなくなって…」
最新作の描き下ろしを拝めるチャンスが消えたんだよな、とサムが相槌を打つ。鎌倉暮らしが続いていたなら、八月の頭の『ぼんぼり祭り』に原作者の絵が登場した筈。最後の年には、ブルーの横顔が綺麗に描かれて、ぼんぼりに仕立てられていた。
「個展も無ければ、ぼんぼり祭りも無いのでは…。皆、忘れるな…」
キースがフウと溜息をついて、「画業も五十周年なのに…」と頭を振る。
原作者は今年で画業が五十周年、記念展が年内に開催だった。もしも引っ越しの件が無ければ、会場は都内か、馴染みの京都だっただろう。
それが作者の家に近いから、北九州市で開催される。他所にも巡回予定だとはいえ、北九州では盛り上がらない。
「…都内や京都でやるんだったら、ついでに旅行もアリだろうけどね…」
北九州市ではキツイものが…、とブルーも掴んでいた記念展。わざわざ出掛けて行ったところで、北九州の市内だけではグルメも観光も限られている。他の都市まで足を延ばさないと、旅を満喫したとは言えない。都内や京都でやるのだったら、そんな手間など要らないのに。
「……今後は個展も、九州がベースになるかもしれんな……」
ますます忘れ去られるぞ、とキースがグイと呷った酒。東京と京都で個展だったら、両方に行くファンも多いけれども、東京と九州となったなら…。
「…ディープな人しか行かないでしょうね、九州の方は…」
「それと地元の人だよね…」
マツカとジョミーが互いに頷き合っている。『地球へ…』だけが好きなファンの場合は、前のようにはいかないだろう、と。そしてますます忘れ去られて、それっきりだとも。
「……昨年に出た本も、サッパリ盛り上がらなかったからね……」
最初の一冊の帯が大嘘だったから、とブルーも傾けるグラス。原作者が出した『少年の名はジルベール』なる本は、大評判を呼んだのだけれど、帯の煽りは大嘘だった。
「『地球へ…』創作秘話」と書かれていたのに、そんな中身は何処にも無かった。それこそ本当に一行でさえも、「創作秘話」は書かれていなかった。
「あの本自体は盛り上がっていたが、我々の創作秘話はスルーで、そのせいでだ…」
次に出た本をスルーした奴らも多そうだぞ、とキースが手酌で注いでいる酒。『カレイドスコープ』というタイトルの本は、中身が『地球へ…』満載だった。
おまけに個展でしか拝めなかった絵、『継がれゆく星』が大きく載せられている。個展会場で売られた絵葉書などより、ずっと大きく「お得な」サイズで。
「…ぼくたちのファンが買っていたなら、もっとツイッターなんかで話題に…」
なっただろうね、とブルーも半ば泣きたいキモチ。
アタラクシア上空から落下するブルーと、それを追うジョミーを描いた一枚、『継がれゆく星』は個展でも人気の絵だったから。
「……みんな忘れてしまっているのか、情報自体が入らないのか……」
アンテナを立てていない限りは、情報も入りませんからね、とジョミーが嘆く。きっと『カレイドスコープ』の方は、知らない人も多いのだろうと。
「…こうして忘れ去られてしまうんでしょうか、ぼくたちは…?」
十周年の節目にこの有様では…、とシロエが肩を落としている。このまますっかり忘れ去られて、新しい世代は『地球へ…』さえも知らなくなるのだろうか、と。
「どうなんだろうね、そればかりはフィシスの占いでも…」
読めそうにない、とブルーにも見えない『地球へ…』の未来。
十周年にはこうだったけれど、いつか未来に盛り返すのか、静かにフェードアウトなのか。
「ブルーレイ版でも出てくれれば、また違うでしょうけど…」
そういう情報も無いですよね、とジョミーの顔色も冴えないもの。こうして同窓会は出来ても、下界の方では時が流れて、どんどん過去になってゆくから。
「…愚痴っていても仕方ない。我々だけでも、こうして同窓会をだな…」
これからも開いていこうじゃないか、と国家主席がブチ上げた。若作りの顔で、服だけ国家主席の姿で、グラスを掲げて。
「それが一番いいんだろうね…。情報交換の場にもなるから」
来年も皆で集まろう、とブルーも応じた。
作者が引っ越してしまっていようと、個展の会場が何処になろうと、天国の住人には無関係。節目だからと記念日の度に、同窓会でオールオッケー。
「じゃあ、来年も同窓会ですね?」
「ジョミー、年齢の縛りは無しで頼むぞ。今年と同じで」
来年はお前は子供の姿で出たらどうだ、とキースが笑って、「それじゃ飲めない」とジョミーが膨れる。シロエはちゃっかり飲んでいるのに、自分の場合はハブられそうだ、と。
「当然でしょう? ぼくは目覚めの日を通過してます!」
飲める資格はあるんですよ、とシロエがフフンと鼻を鳴らして、ジョミーが「ずるい!」と突っかかってゆく。「ピーターパンに向かって、それは無いよ」と。
「ピーターパンですか…。はいはい、来年、若い姿で出るんだったら、味方しますよ」
ぼくと一緒に飲みましょうね、と酒宴はカオスになりつつあった。ミュウも人類も派手に入り乱れて、国家騎士団の面々とミュウの長老たちとが飲み比べとかで。
「…キース。来年もこうして祝いたいね…」
「そうだな、新しいネタが入っているといいがな」
また飲もう、と敵同士だったブルーとキースが、しんみりと杯を重ねてゆく。十周年よりも来年の方が、その先の方が盛り上がってくれれば、もっといい、と。
下界の月日は流れて行っても、天国では皆、変わらないから。
アニテラが終わった「あの時」のままで、誰もが仲良く暮らしているのが天国だから…。
十周年の日に・了
※アニテラ放映終了から、十年。ネタ系で行くか、シリアスで行くか、悩んだ結果、ネタ系で。
十周年だからこそ、ちょっと賑やかに、でも、しんみりと。そういう感じになったかな?