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呼び名が問題

「うーん…。この先、どうしたもんだかねえ…」
 困るじゃないか、とブラウ航海長が漏らした溜息。シャングリラから「勝手に家に帰ってしまった」ジョミーのお蔭で、とんでもない事態が起こった後で。
 ユニバーサルの保安部隊に捕まったジョミーは、そのサイオンを爆発させて逃れたけれども、割を食ったのがシャングリラ。それにミュウたちの長、ソルジャー・ブルー。
 衛星軌道上まで駆け上ったジョミーを連れ戻すために、ブルーは単身飛び出して行って、半殺しと言っていい状態。シャングリラの方も、敵の注意を引き付けるために囮になったものだから…。
「うむ。あちこち修理が必要だ。ワープドライブだけでも、何日かかるか…」
 ワープドライブは、今は必要ないが…、とハーレイが眉間の皺を深くする。宇宙に出てゆく予定が無いなら、ワープドライブの出番は無い。けれど、それがある機関部は…。
「ワープドライブは後でいいんじゃ! 機関部だけで、何発被弾したと思っておる!?」
 修理の目途も立っておらんわ、とゼルはカンカンに怒っていた。ただでも人員不足な機関部、修理に回す人手が足りない。ド素人ではメカの修理は出来ない。
「…本当に困った事態ですが…。乗り越えるしかないでしょう」
 エラがマジレス、ヒルマンも「ああ」と頷いた。
「本格的な戦闘などは、今日まで一度も無かったからね。仕方あるまい」
 それに、この先は戦いの日々もありそうだから…、というのがヒルマンの言い分。
 ジョミーが「なんとか、連れて戻った」ソルジャー・ブルーは、彼を後継者に指名した。彼を次代のソルジャーとして、地球を目指せと。
 人類の聖地の地球に行くなら、戦いを避けて通れはしない。今日の戦いで音を上げていては、地球に行くなどは夢のまた夢。
 今はどんなに困っていようと、これは「乗り越えるべき試練」だという。とにかく船の修理を急がせ、元通りの日々を取り戻すのが急務だとも。
 シャングリラはバンカー爆弾の猛攻を浴びて、あちこちが壊れまくっている。強化ガラスの窓が木っ端微塵に割れている箇所も、報告が山と来ているほどに。
「…あたしが言うのは、そういう話じゃないんだよ」
 船の被害とは別の話さ、とブラウは会議室で腕組みをした。長老の四人とキャプテンが集った、今後についての会議の席で。
 問題は「船」ではなくて「ジョミー」で、そっちの方が難題だ、と。


「…ジョミーじゃと? 確かに頼りない若造じゃが…」
 ワシらが何とかするしかあるまい、とゼルは苦い顔。
 船に甚大な被害を与えて、ソルジャー・ブルーを半殺しにした「クソガキ」だろうと、次のソルジャーには違いない。ソルジャー候補の自覚を持つよう、しごきまくるしか道は無い、と。
「それなんだけどね…。彼をどう呼べばいいんだい?」
「はあ?」
 ジョミーに決まっておるじゃろうが、とゼルが答えて、他の面子も同意見。ジョミーは所詮は「ジョミー」なのだし、その呼び方でいいじゃないか、と考えは一致。
 けれど、ブラウは「それじゃマズイよ」と反論した。
「あたしたちは別にいいんだよ。元々、ジョミーと呼んでたんだし、長老だからね」
 キャプテンも、ソルジャーも、それでいいさ、とブラウは続ける。ジョミーよりも上の立場だったら、今まで通りに「ジョミー」でオッケー。
 そうは言っても、ソルジャー候補になったジョミーを、他のミュウたちはどう呼ぶのか、と。
 ソルジャー候補になる前だったら、誰もが「ジョミー」で済ませていた。そもそも、ジョミーは「ミュウではない」とまで言われていたから、軽蔑をこめて「ジョミー」な扱い。
 ところが、今後は、そうはいかない。
 現人神のような「ソルジャー・ブルー」の後継者候補、それを捕まえて「ジョミー」と呼んでいたのでは、船の秩序が乱れてしまう。目上の者への敬意が見られないだけに。
「……そういえば、そうかもしれませんね……」
 ただのジョミーでは、皆に示しがつきません、とエラも遅まきながら気付いた「呼び名」。このまま「ジョミー」と呼ばせておいたら、ソルジャーになった時はどうするのか。
「ふうむ…。ある日いきなり、ソルジャー・ジョミーではマズイだろうな」
 それまでとのギャップが大きすぎるぞ、とキャプテンも首を捻ることになった。出世するのが分かっているなら、前段階は必要だろう。ただの「ヒラ」から「トップ」に躍り出られても、皆が途惑うのは目に見えている。
「なるほど…。彼の呼び名が必要だとはね…」
 確かに困った問題だ、とヒルマンが髭を引っ張った。「ソルジャー候補」は呼び名ではないし、ただの肩書き。第一、皆が「ソルジャー候補」と呼ぼうものなら、それはそれで…。
「馬鹿にしているっぽい響きだろ? 新米め、っていう感じでさ…」
 だから困ってしまうんだよ、とブラウの悩みは深かった。たかが「ジョミー」の呼び方だけれど、それがなかなか難しそうだ、と。


 いつかソルジャーになるジョミー。それは確実、此処でけじめをつけておきたい。
 けれど、「ソルジャー候補」と呼んだら、馬鹿にしているようにも聞こえる。「新米」だとか、「免許取りたて」といった感じで、「お前は、まだまだ未熟者だ」という響き。
「…いい呼び方があればいいんだけどねえ…」
 ついでにジョミーも、自覚を持ってくれそうなのが…、とブラウはブツブツ、他の面々も船の修理の件は放置で考え込んだ。「ジョミーを、なんと呼ぶべきだろう?」と。
 なにしろ、それは急務だから。
 船の修理は「手が足りない」だけで、マニュアルなどは揃っている。長老やキャプテンが不在であっても、「どれを優先したらいいか」は、現場で判断可能なもの。
 「ワープドライブは後回しでいい」とか、「割れた窓ガラスの修理をするなら、居住区を優先すべきだろう」とか。
 しかし「ジョミー」にマニュアルは「無い」。
 ソルジャー候補など「いたこともない」し、誰も呼び方を知るわけがない。想定外の話だけれども、もう今日中に決めないことには、明日から困ることになる。
 「ソルジャー候補」のジョミーに向かって、若い者たちが、これまで通りに「ジョミー」と呼び捨てにしたのでは。…それが定着してしまったなら、もう遅い。
「…ソルジャー候補は、偉い立場ではあるのでしょうが…。でも…」
 ジョミーの場合は、中身が伴っていませんから、とエラがぼやいた。
 船に来た時から、ソルジャー・ブルーが語った通りに「凄いミュウ」だったら、皆の視線も違っただろう。「人類そのもの」と言われる代わりに、敬意をこめて見られた筈。
 ところがどっこい、ジョミーは「真逆」を行っていた。船では自分勝手に振舞い、キムと喧嘩までもしていた始末。挙句の果てに船を飛び出し、「ミュウだ」と判明したものの…。
「…ソルジャー・ブルーを半殺しにして、船に戻って来られてものう…」
 誰も尊敬などはせんわ、とゼルも思い切り渋い顔。「力だけあっても、駄目なんじゃ」と。曰く、火事場の馬鹿力。それだけを見ても、誰も評価はしないもの。
「…ジョミーの呼び名か…。明日から早速、使わなければならないのだが…」
 いったい何と呼べばいいのだ、とキャプテンも思い付かない「それ」。未来のソルジャーをどう呼ぶべきかは、本当にマニュアルが無いだけに。


(((ジョミーのことを、どう呼べば…)))
 誰もが額に手を当ててみたり、頭をコツンと叩いてみたり。そうすればアイデアが湧いて来るかも、と微かな期待をかけるようにして。
 けれども、全く「出て来ない」呼び名。何一つ案さえ出て来ないままに、無駄に時間が流れるばかり。合間に、ゼルが機関部に修理の指示を飛ばしていたり、キャプテンがブリッジと通信したりと、「思考が中断する」ことはあっても、結果は出ずに。
(((……きっと、ソルジャー・ブルーにも……)))
 お考えなどは何も無かったに違いない、と確信してゆく長老たち。それにキャプテン。
 生前、いやいや、今の「半殺し」になるより前から、ソルジャー・ブルーは「この日が来る」のを充分、承知。「ジョミー」を自分の後継者として据える日が、いつか来ることを。
(((それを承知でおられたからには…)))
 考えが「其処」に及んでいたなら、きっとマニュアルがあっただろう。「ソルジャー候補」を「どう呼ぶべき」か、船の仲間たちに「どう呼ばせる」か。
 なのに、誰一人、知らない「それ」。無かったマニュアル。
 こうなった以上は、懸命に知恵を絞るしかない。「ソルジャー候補」に相応しい呼び名、それはどういうものなのか。何と呼んだら、ソルジャー候補らしくなるのか。
(((…ソルジャー、せめてマニュアルを…!!!)))
 ご存命の間に、いや、お元気な間に作っておいて欲しかった…、と長老たちとキャプテンが揃って嘆き始めた所へ、前触れもなく飛んで来た思念。
『ジョミー様だ』
「「「ジョミー様!?」」」
 なんだそれは、と誰もが目が点。顔を見合わせ、「ジョミー様…?」とキョロキョロ見回す。今の思念は何処から来たかと、いったい誰が「ジョミー様」なのか、と怪訝そうに。
 そうしたら…。
『マニュアルが欲しい、と悩んでいたと思ったが…?』
 確かに、其処は、ぼくのミスだ…、と思念の主は謙虚に謝った。「少しばかり、ぼくが甘かったようだ」と、「ジョミーを舐めていた」という自分の甘さについて。
「「「ソルジャー・ブルー!!?」」」
 あなたですか、とビックリ仰天の長老たち。それにキャプテン。
 青の間まで「悩み」が届いたことはともかくとして、「ジョミー様」とは何事だろう、と。


 ソルジャー候補な「ジョミー」の呼び名で悩んでいた所へ、「ジョミー様」。どういう意味か、まるで全く分からない。それを寄越したブルーの意図が。
 けれどブルーは、「ジョミー様だ」と繰り返した。
『ソルジャー候補をどう呼ぶべきかは、この際、横に置いておく。だが、ジョミー様だ』
「ジョミー様と呼べと仰るか!?」
 あやつの何処が「ジョミー様」じゃ、とゼルが即座に噛み付いた。「様」づけで呼ぶほど偉くもないし、「ジョミー様」という器でもない、と。
「まったくだよ。どの辺がジョミー様なんだい? この船で「様」がつく人間なんて…」
 フィシスくらいしかいないじゃないか、とのブラウの指摘。長老の四人を除いた面子で「様」づけなのは、フィシスの他にはいない、との説は間違っていない。
『分かっている。ぼくも色々考えた末に、ジョミー様がいいと思ったんだが…』
「少しばかり気が早すぎます! ジョミーは覚醒したばかりです!」
 様づけで呼べば増長します、とハーレイが異を唱えたけれども、ブルーの思念は「逆だ」と答えた。ジョミーが目覚めたばかりだからこそ、「様づけ」の意味があるのだと。
『考えてもみたまえ。…船中の者が、ジョミー様と呼ぶようになれば、どうなる?』
「あやつが調子に乗るだけじゃ! 今、ハーレイが言った通りじゃ!」
 偉そうな面をするだけじゃわい、とゼルが反対、エラもヒルマンも二の足を踏んだ。ただでも生意気なのがジョミーで、そんな子供に「様」をつけるというのはどうも…、という考えで。
「ソルジャー、私は賛成しかねます。船の者たちも、ますますジョミーを嫌いそうです」
 今以上に…、というエラの言葉に、「だからこそだ」と返った思念。
『ジョミーを歓迎している者は皆無だ。その状態で、ジョミー様などと呼ばれたら…』
 ぼくがジョミーなら、いたたまれない気持ちになるだろう、とブルーは語った。
 船の者たちが「ジョミー嫌い」な心を丸出し、それでも「ジョミー様」と呼んだら。…頼れる者はジョミーの他にはいないのだから、と渋々、「ジョミー様」だったら。
『ぼくが、そういう立場に立たされたなら…。針の筵から逃げるためにも努力するだろう』
 立ち居振る舞いは仕方ないとしても、せめてサイオンの訓練くらいは…、とブルーの読みは鋭かった。「少しも尊敬されていない」のに、「ジョミー様」と口先だけの船。最悪すぎる船の居心地、それを少しでもマシにするべく、「ジョミー様」になろうとするだろう、と。
「そうかもねえ…。馬鹿にしながらジョミー様だと、やってられない感じだね」
 あたしなら半日で降参だよ、とブラウが納得、他の面子も賛同した。
 明日からソルジャー候補を呼ぶには、「ジョミー様」。いつか「ソルジャー」として立派に立つまで、そう呼ぶことにしておこう、と。


 かくして次の日、ジョミーは目を剥くことになる。船中の何処へ出掛けて行っても、其処で出会った者たちが揃って、「ジョミー様」と呼んだものだから。
 それこそ前に喧嘩をしたキム、そんな下っ端のヒラまでが。
 兄貴分だと頼りにしていた、リオまでが「ジョミー様」だから。
「あ、あのさあ…。リオ、その呼び方は何とかならない?」
『ジョミー様、何を仰るんです。…ジョミー様はジョミー様ですよ』
 次のソルジャーになられる御方ですから…、と馬鹿丁寧な思念を返したリオ。「こうお呼びするのが一番ですよ」と、「立派なソルジャーになって下さいね」と笑顔を向けて。
(ちょ、ちょっと…!!!)
 ぼくは、そんなに偉くないから…、と泣けど叫べど、消えてくれない「ジョミー様」。
 「ジョミー様」にされたジョミーが、死に物狂いで頑張ったことは言うまでもない。このとんでもない「ジョミー様」呼び、それから無事に逃げ出すためには、ソルジャーになる他に道は無いから。
 ブルーたちに「これなら」と認めて貰って、ソルジャーの称号を継がない限りは…。
(…ぼくはそういう器じゃないのに、ジョミー様…)
 それは嫌だ、とジョミーは今日も頑張り続ける。
 一日も早く「ソルジャー」を継いで、「ジョミー様」を脱却するために。
 なんとも「むずがゆい」ジョミー様の名、皆が小馬鹿にしながら呼ぶ名を、「ソルジャー」に変えて貰えるように…。

 

            呼び名が問題・了

※いや、ソルジャー候補だった間のジョミーを、一般のミュウは、どう呼んだんだろう、と。
 ただのジョミーじゃ失礼なのに、「ソルジャー候補」とも呼べないし…、と思っただけ。









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