「ちょいと、ハーレイ」
マジなのかい、と若きブラウが呼び止めた相手は、若きハーレイ。
まだアルタミラを脱出してから、それほど時が流れてはいない。船の行先も決まっていなくて、暗い宇宙を放浪の日々。船の名前だけは「シャングリラ」と改名したのだけれど。
「理想郷」の名を持つ、元は人類のものだった船。その船の中で、最近、囁き交わされる噂。
「…何なんだ、ブラウ? 急にマジかと訊かれても…」
「アンタ、あの噂を知らないのかい? 火元はアンタだと思ったんだけどね」
ブルーと仲良くしてるじゃないか、とハーレイを見上げるオッドアイの瞳。ハーレイは、ようやくピンと来た。ブルーに関する噂だったら、アレだろう、と。
「…ブルーの年か? 我々よりも遥かに年上だという話だったら、本当だぞ」
「ちょ、ちょっと…! 簡単に言わないでくれるかい? ブルーと言ったら…」
この船で一番のチビじゃないか、とのブラウの指摘は間違っていない。アルタミラ脱出の時に、皆が目を瞠った最強のサイオン。ただ一人きりのタイプ・ブルーが「ブルー」。
けれど、ブルーは「チビ」だった。成人検査を受けた時から、まるで成長していなくて。
ハーレイでさえも、暫くの間は知らなかった。「年下なのだ」と思い込んだまま、親身になって世話をしていたほど。「小さいんだから、しっかり食べろ」と言い聞かせもして。
ところが、ある日、その言い回しが、こうなった。「子供なんだから、しっかり食べろ」と、意識しないで、同じ意味のつもりで。
するとブルーは、キョトンとして…。
(…子供じゃないよ、と答えたモンだから…)
ハーレイの方も負けてはいなくて、「子供だろうが」とブルーを睨み付けた。「目覚めの日」の十四歳を迎えた子供は、大人の世界の入口に立つ。養父母の家を離れて、教育ステーションへと旅立って。其処で四年間、教育を受けて、ようやっと…。
(大人社会の仲間入りだし、その辺の所を、キッチリ言い聞かせないと、と…)
ハーレイは、ブルーにこう言った。「目覚めの日を迎えた程度じゃ駄目だ」と、その後の教育期間を挙げて、「お前は、まだまだヒヨコなんだぞ」と厳しい顔で。
なのに、ブルーは「子供じゃないから」と繰り返した上で、こう訊き返した。「ハーレイは、今は何歳なのさ?」と、小生意気に。
(でもって、俺が答えたら…)
勝ち誇るかのように、「ぼくの勝ちだ」と笑ったブルー。「ぼくは君より、ずっと年上」と、自分が生まれた年号を「SD何年」とサラリと告げて。
ブルーに限らず、この船の面子は「誕生日」などは覚えていない。成人検査と、その後に続いた過酷な人体実験の数々。それにすっかり記憶を奪われ、全部忘れ去って。
それでも「覚えている」のが年齢、実験の副産物とも言えた。
実験の度に、研究者たちが確認していたものだから。「被験者は、今は何歳のミュウか」と、生まれた年の年号と共に。
(…俺の場合も、そうだったわけで…)
生まれた年の年号だけは「覚えていた」。今、何歳になるのかも。
「チビのブルー」が答えた年号、それと「自分の生まれ年」とは、恐ろしいくらいに差があった。SD体制が始まるよりも前の時代だったら、「親子」どころか「孫と子」でも、充分、通りそうなほどに。
(本当なのか、と驚いたんだが、ブルーは「嘘じゃないよ」と言ったし…)
会話していた場所は食堂。
他にも仲間が食事していて、会話を耳にした者もいた。「お前、年上だったのか!?」と、ものの見事に引っくり返った「ハーレイの声」も。
お蔭で噂が船に広まり、こうしてブラウが訊きに来た。「マジなのかい?」と、「信じられない」といった表情で。
「こんな所で、嘘をついても仕方ないだろう。…事実は事実だ」
「じゃ、じゃあ…。ブルーは不老不死ってことかい?」
その年で、あんな姿だったら…、とブラウは愕然としたのだけれども、「不老不死」ではなかったブルー。
皆が「シャングリラ」と名付けた船で旅をする内に、ブルーも育ち始めたから。
明らかに「チビ」だった背が少しずつ伸びて、顔立ちの方も大人びて来て。
(よしよし、ちゃんと育っているな)
ハーレイは大いに満足だった。「しっかり食べろ」と何度も言った甲斐があった、と「チビだったブルー」の成長ぶりに。
(…きっと、アルタミラにいた頃は…)
栄養不足だったんだな、とも考えた。
「ただ一人きりのタイプ・ブルー」は、他に「被験者がいない」だけあって、全ての実験を一人で背負うしかなかった筈。それでは、いくら栄養を与えられたって…。
(全部、防御に回してしまって…)
成長のためのエネルギーには、回せなかったことだろう。まずは「生き延びる」ことが大切、成長してゆくことよりも。
今は「シャングリラ」で暮らしているから、ブルーが摂った栄養分は、「育つ」方へと向けられたのに違いない。骨や筋肉をせっせと作って、立派に成長できるようにと。
ハーレイの読みは当たっていたけれど、そうやって成長し始めたブルー。
やがて、それは美しく気高い姿を手にしたものの、またまた「止まってしまった」成長。今度はブルーが「自分の意志で」止めていた。皆に「ソルジャー」と呼ばれる立場になったから。
(…ぼくが、みんなを守らないと…)
シャングリラは沈むかもしれない。人類軍の船に見付かったりしたら、攻撃されて。
名前こそ「シャングリラ」と変わったけれども、船そのものは「コンスティテューション号」だった頃のまま。改造するような余裕も無ければ、武装してさえいない船。
(…多分、今くらいが力の頂点だろうから…)
これ以上、年を取っては駄目だ、とブルーは自分の年齢を「止めた」。
ミュウは「精神の生き物」なのだし、そうすることは実に容易い。ただし、本人に「その気」が無ければ、人類と同じに老けてゆく。文字通り、馬齢を重ねるように。
船の仲間は、誰一人として「其処に」気付いていなかったから…。
「…ちょいと、ハーレイ」
ずっと昔と「まるで同じに」、ブラウが「呼び止めた」キャプテン・ハーレイ。
今では、船の改造も済んで、皆の制服だってある。雲海の星、アルテメシアに潜んで、ミュウの子供の救出も始めているのだけれど…。
「なんだ、ブラウ? 航路設定なら、もう打ち合わせ済みだと思うが」
昼の間に…、とハーレイが見詰める「ブラウ航海長」。船内は夜間シフトに入って、通路を歩く者も少ない。ハーレイもブラウも、ブリッジから引き揚げてゆく途中だった。
「…アンタ、ブルーをどう思う? そのぅ…。言いにくいんだけれどね…」
ブラウが言葉を濁すものだから、ハーレイが眉間に寄せた皺。それは不快そうに。
「どう思う、だと? 俺がソルジャーに、恋愛感情を持つと思うのか!?」
見損なったぞ、とハーレイは怒鳴ったけれども、ブラウは「そうじゃなくて…」と、慌てて両手を左右に振った。「違う、違う」と、懸命に。
「ずっと昔に訊いただろ? ブルーは不老不死じゃないのか、って…」
「そういえば…。それがどうかしたか?」
「今のブルーだよ、そのまんまじゃないか! 一人だけ若い姿のままで…」
アンタも私も老けてるのにさ、とブラウが指差す自分の顔。「他の仲間も年を取った」と、特にゼルなどは「生え際がヤバい」くらいの姿になりつつある、と。
「……う、うぬう……。そうかもしれん……」
確かにブルーだけが若いな、とハーレイも頷かざるを得なかった。今度は「栄養不足」などでは説明できない、ブルーの「若さ」。
「ほらね、アンタも変だと思っているんだろう。…理由を言わない所を見ると」
「いや、思い当たる節が全く無くて…。それに、気付いていなかった」
「呑気なもんだね、男ってのは。いいから、ブルーに訊きに行って来て欲しいんだけどね」
若さの秘訣というヤツを…、とブラウはズズイと詰め寄った。「アンタだったら、聞き出せるだろう」と、「女心が分かるんならね!」などと。
早い話が、ブラウは「女性」。一番の友達のエラも「女性」で、女性だからこそ気になる容色。今よりも老けずにいられるのならば、どんなことでもしたいもの。
ゆえに、「不老不死」っぽく、若さを保つブルーの「秘密」を…。
(この俺に、訊きに行けってか…!?)
なんでまた…、と思いはしても、ハーレイだって「気になる」生え際。ゼルと違って、まだ目に見えてはいないけれども、最近、増えて来た「抜け毛」。
(…オールバックで、生え際がイってしまったら…)
どう誤魔化せばいいというのか、見当もつかない話ではある。第一、威厳たっぷりのキャプテンの制服、それに似合いのヘアスタイルをするとなったら…。
(…バーコードなどは論外なのだし、いっそスキンヘッドにした方が…)
まだマシというものだろうか、と考えたことは、一度や二度で済んだりはしない。その「生え際の危機」を防げるのならば、ブルーに頭を下げてでも…。
(若さの秘訣を聞き出すのが、だ…)
何かと「お得」というものだろう、とハーレイは足を青の間に向けた。思い立ったが吉日と言うし、訊くなら早い方がいい。こうする間にも、刻一刻と…。
(生え際の危機が進行中で、ブラウやエラは肌のハリだの、ツヤだのが…)
衰えてゆくというのだからな、とハーレイが急いだ、青の間への通路。「失礼します」とドアをくぐって、緩やかなスロープを上がってゆくと…。
「どうしたんだい、こんな時間に?」
何か急ぎの用だろうか、とブルーが赤い瞳を瞬かせた。まだ寝る時間ではなかったらしくて、ソルジャーの衣装を身に着けたままで。
「急ぎには違いないのですが…。船のことではなく、こう、つまらないことでして…」
「…それにしては、えらく真剣そうだけど?」
「は、はい…! 私にとっては生え際の危機で、ブラウとエラは肌の危機らしく…」
実はこういうことでして…、とハーレイは「くだらない」質問をしながら、冷汗ダラダラ。なにしろ相手は「ソルジャー」だけに、「若さの秘訣」を訊いていいやら、悪いやら。
(…我々には、とても真似られないような方法だったら…)
きっとブルーも「言いづらい」。
タイプ・ブルーの「最強のサイオン」、それを使わないと「無理だ」というような、あまりにも惨いオチだったなら。
けれど、ブルーは「もしかして、知らなかったのかい?」と目を真ん丸にして…。
「ただ「考える」だけだよ、ハーレイ。今の姿が、自分に一番ピッタリだとね」
それだけで年を止められる筈だ、と返った答え。「どうして、誰もやらないのだろうと、ぼくは不思議に思っていたのに…」というオマケつきで。
(…考えるだけ…)
ただ、それだけで良かったのか、とビックリ仰天のキャプテン・ハーレイ。
もう早速にブラウの部屋に走って、「こうらしいぞ!」と報告した。ブラウは、その場でエラに連絡、「こうらしいよ!」と伝えた方法。
ハーレイとブラウとエラの三人、彼らの「年」は「其処で止まった」。
船の仲間にも「こうだ」と説いて回ってみたのに、信じなかった者の方が多くて…。
(…ソルジャーは、あまりにも年をお召しだから…)
夜ごと、行灯の油を舐めているのだ、という噂が船を駆け巡った。遥かな昔の地球の島国、日本という場所にいた「猫又」。年老いた猫が化ける妖怪。
(…猫が行灯の油を舐めるようになったら、じきに尻尾が二つに分かれて、猫又に…)
猫又になった猫は、人間の姿に化けもしたという。それと同じで、「ソルジャー・ブルー」も、年を経すぎて、それゆえに「若い姿」を保てるのだ、とシャングリラ中に流布する「ソルジャー、猫又説」。青の間のベッド周りの照明、それの光源が実は油で、「行灯だ」などと。
(…何処から、そういう話になるのだ…!)
行灯の油を舐めているとか、ソルジャーは猫又でいらっしゃるとか…、とキャプテンは情けないキモチだけれども、ミュウも人間。
「意志の力で年を止める」などという、「雲を掴むような」話よりかは、「猫又」の方が分かりやすい。「自分たちには無理な芸当で、ソルジャーだけだ」と考える方が。
(……好きにしやがれ!)
後で後悔しても知らんぞ、とハーレイは思って、ブラウとエラは「自己責任だ」と言い捨てた。せっかく「若さを保つ秘訣」を説いているのに、まるで話を聞かないのだから。
そういった具合で時は流れて、「ソルジャーは、夜な夜な、行灯の油を舐めている」と、誰もが信じている内に…。
「おい、ハーレイ。気になるんじゃが、お前も行灯の油を舐めておるのか?」
ワシも行灯が欲しいんじゃが…、と「すっかり禿げてしまった」ゼルが、キャプテンの私室を訪ねて来た。「ヒルマンも欲しいと言っておってな」と、部屋の備品に「行灯、希望」で。
「………。この部屋に行灯があると思うのか?」
「見当たらんのう…。ソルジャーに頼んで、青の間で舐めればいいんじゃろうか…?」
「何故、気付かない! 老けていないのは、俺とブラウとエラなんだ!」
その三人の共通点と、行灯の話をよく考えろ! と、ハーレイはゼルを詰りまくって、その次の日から、「若さの秘訣」が、ようやく皆に伝わった。「こうだったらしい」と、「ソルジャー、猫又説」の代わりに、マッハの速さで。
(…だが、時すでに遅し、と言った所か…)
アルタミラ時代からの古参は、とっくに船じゃ「年寄り」なんだ、とキャプテン・ハーレイは嘆くしかない。若い世代との間の「年の差」、それがキッチリ外見に出ているのだから。
(……なまじ、ヒルマンが博識なだけに、猫又だの、行灯の油だのと…)
そういった方向に流れたのだな、と今更ながらに深い溜息。「なんてことだ」と。
かくして「長老」と呼ばれる四人とキャプテン、彼らの間にも「年の差」が出来た。ハーレイとブラウとエラの三人、彼らは「中年」。他の二人は「老人」の姿。
元の年齢は、似たり寄ったりの五人だったのに。
船で一番の老人のブルー、彼は今でも「若く、美しい」カリスマなのに…。
若さの秘訣・了
※長老たちとブルーの外見の年の差。ハレブルの方では、きちんと理由があるんですけど…。
ネタにするなら、こういう感じ。つか、「猫又」なんか、何処から降って来たネタ?