忍者ブログ

継がれゆく虫

「やはり、今月も無理だったか…」
 ブルーはフウと溜息をついた。青の間に集った長老たちを前にして。
「はい。…こればかりは、どうにもなりませんようで…」
 皆、努力しておりますが…、とキャプテンが代表で詫びを言うのも、とうの昔にお約束。
 なにしろ問題は「船のこと」だし、ミュウたちの母船、シャングリラはキャプテンが纏め上げるもの。それこそ船の隅から隅まで、ありとあらゆる事象も、喧嘩の仲裁なども。
(……この船では、やはり駄目なのか……?)
 困ったことだ、とブルーが眺める報告書。長老たちが持って来たソレ。
 其処には「全く発見出来ず」と書かれていた。シャングリラ全体の見取り図を添えて、フロアや区域ごとに分かれた詳細な「目撃情報」について。
「ハーレイ。…今月は、どのくらいの数を放した?」
「三千ほどです。成体を五百は放ちましたし、他にも様々な成長段階のものを」
 卵も二百は置いたのですが…、とハーレイの顔色はまるで冴えない。船全体で取り組み始めて、もう何年になることか。なのに成果は全く出なくて、「全く発見出来ず」なだけに。
「三千か…。それに卵を二百も置いても、全て死滅するというのが現状なんだな?」
「そのようです。しかも一ヶ月も持たないくらいに、致命的に環境が合わないらしく…」
 ハーレイが眉間に寄せている皺。そうなるのも無理は無いだろう、とブルーも思う。
 シャングリラ中に三千も放った、「それ」は非常に生命力が強い。水さえ摂取していない状態のものでも、三十日から四十日は「生存する」というデータもある。
 けれど、「シャングリラ」という船は「例外」らしい。
 三千もの数を放ってみても、目撃情報は何処からも出ない。ブリッジだろうが、厨房だろうが、大勢が暮らす居住区だろうが。
 ブリッジはともかく、厨房や居住区は「ソレ」に好まれそうなのに。
 データベースから引き出した情報によれば、お誂え向きと言ってもいいほどの場所。栄養源には事欠かないし、室温などもピッタリだろう。「ソレ」が繁殖できる所も幾つもあって。
 なのに、一向に「増えない」ソレ。
 増えるどころか端から死亡で、見付かるものは死骸だけ。「生きた状態」での目撃情報などは、今日までの日々に一度も無かった。
 「生きている姿」を最後に見た者、それがイコール「放した者」だという勢いで。


(このシャングリラの、何処がいけないというのだろう…?)
 アレさえも生きていられないとは…、とソルジャーであるブルーの悩みは尽きない。
 これが人類の船だったならば、「アレ」はいくらでも生きられる筈。輸送船などの民間船でも、人類軍の戦艦や駆逐艦でも。
(人間が全て死滅した後も、アレは生き残ると、遠い昔から言われたほどで…)
 実際、地球が「滅びた」時に、それは証明されたと伝わる。
 青く輝く水の星、地球。全ての生命の母なる星。
 愚かしい人類たちのせいで汚染され、何も棲めなくなってしまった。有毒の大気に、魚影さえも見えなくなった海。地下には分解不可能な毒素。
 人類は地球を離れるしかなく、SD体制が敷かれた宇宙。
 最後の「人類たち」が乗り込んだ船が地球を去る時、誰もいなくなる寂れた宙港、其処を走ってゆく「ソレ」の姿を見た者たちが何人もいた、と。
 これが最後の別れになる、と見回した人影の消えたロビーや、ラウンジなどで。
 もはや滅びてゆくしかない地球、それでも「ソレ」は「生き残っていた」。いったい何を食べていたのか、何で命を繋いでいたか。宇宙へと去ってゆく人類は「彼ら」で最後だったのに。
(…最後に地球を撤収して行った者は、研究者たちで…)
 民間人とは違っていたから、地球を「去ってゆく」時が来るまで、宙港などに用は無い。
 つまり「宙港を維持する」ライフラインさえ生きていたなら、中の設備は「どうでもいい」。
 広いターミナルなどを掃除しなくても、かつて賑わったレストランなどが廃墟と化してしまっていても。…研究者たちは「地球を離れる日」まで、其処には「行かない」のだから。
(彼らの仕事は、地球再生機構の整備と、グランド・マザーの最終調整などで…)
 それは多忙な日々だった筈で、「彼らだけでの、地球での生活」は一年以上だったとも言われている。彼らを除いた人類が全て、母なる星を離れた後に。
 一年以上も、誰一人として足を踏み入れないまま、放置されていた地球の宙港。
 ライフラインが生きていただけに、夜は自動で明かりが灯って、空調なども効いていた可能性はある。けれど「人間がいない」のだから、水や食料は「無かった」だろう。
(その状態でも、アレは食べられる何かを見付けて…)
 宙港で生きて繁殖を続け、「地球を去ってゆく」者たちの前を走って行った。
 滅びゆく地球などには「我、関せず」と言わんばかりに、カサカサカサと。一目で「アレだ」と誰もが気付く姿を、黒く艶やかに光らせながら。


 地球に残った「最後の生命」、その正体はゴキブリだった。
 恐竜よりも古い時代から地球で暮らして、滅びゆく地球の宙港でさえも「目撃された」しぶとい生き物。生命力が強すぎるあまり、遥か昔から人間たちに「激しく忌み嫌われていた」ほどに。
(今もやっぱり、嫌われているとは聞くんだが…)
 何処にでも棲んでいるのがゴキブリ、人類たちも手を焼いている。
 シャングリラが潜む雲海の星、アルテメシアでも、嫌われまくっているのが実情。目覚めの日を迎えていない子供を育てる養父母たちも嫌うし、ユニバーサルの職員たちもゴキブリを嫌う。
(駆除用のアイテムも、山ほど開発されているのに…)
 まるで歯が立たない相手がゴキブリ、どんな場所でも馴染んで増える。
 けれど、シャングリラは「駄目だった」。
 三千ものゴキブリを船に放って、卵を二百個も持ち込んでみても、「全く発見出来ず」な船。
 見付かるものは死骸ばかりで、生きたゴキブリは「目撃されない」。
 この現象が意味する所は、悲しいことに、たった一つだけ。
 「ゴキブリさえも生きてゆけない」船がミュウの母船で、ゴキブリが生きる価値もない。此処で命を繋いでゆくだけ無駄だ、と「神が思っている」ということ。
 いずれ船ごと殲滅されて滅びてゆくのか、ミュウそのものが先細りで消えてゆく種族なのか。
 どちらにしたって、「この船にいても」未来は無い。
 だからゴキブリを放しまくっても、彼らは端から死滅してゆく。繁殖する前に、ひっそりと。
(こんな船では、もう本当に…)
 ミュウには未来が無いのでは、とブルーの憂いは増すばかり。
 遠い昔は、「沈む船からはネズミが消える」と船乗りたちが言っていたらしい。船が出港しない内から、ネズミたちは船を見捨てて逃げた。野生の勘で「滅び」を知って。
(…ネズミの姿が消え失せた船は、必ず沈むという言い伝えで…)
 縁起でもない、と船乗りたちは恐れて、乗船拒否をしたとも言う。
 そのネズミよりも「逞しい」のがゴキブリなのに、シャングリラには「ゴキブリさえいない」。
 これでは「いつか、必ず沈む」と神が予言をしたようなもの。
 そうならないよう、なんとしてでも「ゴキブリが欲しい」。
 誰もが思って、懸命に取り組むプロジェクト。「このシャングリラに、ゴキブリを!」と。


 たかがゴキブリ、されどゴキブリ。
 ソルジャー・ブルーが指示を下しては、毎月、船に放たれまくるゴキブリたち。それでも彼らは一向に増えず、ただ「死んでゆく」だけだった。
 そうする間に、終わりが見えて来た「ブルーの寿命」。まだゴキブリは「船にいない」のに。
(…この船は、やはり沈むのだろうか…)
 ぼくの命が燃え尽きたら…、とブルーは諦めかけていた。其処へ現れた、新しい命。皆が求めるゴキブリではなくて、タイプ・ブルーのサイオンを持った健康な子供。
(…ジョミー・マーキス・シン…)
 この船の未来を彼に託そう、とブルーは決めた。ゴキブリもいない船だけれども。
 ジョミーの成長を見守り続けて、ゴキブリを増やすプロジェクトの方も、せっせと続けて、何年もの時が流れて行って…。
 ようやく船に迎えたジョミー。やはりゴキブリは「いないまま」の船。
 ジョミーは船に馴染もうとせずに、「家に帰せ!」と叫んだ挙句に、それはとんでもない騒ぎになった。ユニバーサルの保安部隊に捕まり、心理探査を受けた末にサイオンを爆発させて。
 衛星軌道上まで「逃げた」ジョミーを、ブルーは残った力をかき集めて追い、尽きるかとさえも思った寿命。なんとか生きて戻れたものの、もうシャングリラの指揮は出来そうもない。
『…ジョミー・マーキス・シン…。彼に私の心を託す』
 船の仲間たちにそう告げた後は、もはやゴキブリどころではなく、ただ横たわるだけだった。
 ソルジャー候補にされたジョミーは、ブルーを継ぐ羽目になったのだけれど…。
「……ゴキブリ?」
 なんで、とジョミーが見開いた瞳。長老たちを前にして。
「この船には一匹もいないからだ。ゴキブリも棲めないような船には、未来など無い」
 ソルジャー・ブルーも以前からそう仰っている、と説いたキャプテン。このままでは、ミュウは滅びてゆくだけ。それを防ぐには、ゴキブリが棲める船にしないと駄目だ、と。
「えっと…。ゴキブリって、黒いヤツだよね?」
 それなら昨日、叩き潰した、とジョミーは困り顔で答えた。
 曰く、風呂上がりに部屋で寛いでいたら、出たものだから、スリッパを脱いで「叩き潰した」。ティッシュで包んで捨てたけれども、「アレは殺しちゃ駄目だったわけ?」などと。
「なんじゃと!?」
 それは本当にゴキブリなのか、とゼルが慌てて、直ぐに調査が始まった。ジョミーがゴキブリを「捨てた」ゴミ箱、そいつが会議室へと運ばれ、中身が引っくり返されて。
 果たしてジョミーが言った通りに、「潰されて死んでいた」のがゴキブリ。ティッシュの中で。
 ジョミーは「ほらね」とゴキブリを指差し、こう続けた。
 「ゴキブリだったら、何度も見てる」と、「連れて来られて直ぐの頃から、いたけれど?」と。


 この「事件」から後、ゴキブリは「目撃され始めた」。最初は厨房、次は居住区、という具合。
 長い年月、あれほど苦労を重ねて来たのに、死んでゆくだけだったのがゴキブリなるもの。
 けれど今では、「出会った」者がチラホラといる。
 ヒルマンは一つの仮説を立てた。「ジョミーのせいではないのかね?」と。
 船の何処にいても「感じ取れる」ほどのジョミーの思念と、その生命力。健康そのものの身体のジョミーは、ゴキブリにも「生きるパワー」を与えているのだろう、というのがヒルマンの説。
 ミュウは虚弱で「何処かが欠けている」ほどだから、ゴキブリも敏感に感じ取る。「こんな人間しかいない船では、生きるだけ無駄」と死んだりもした。
 其処へジョミーがやって来たわけで、船に溢れた生命力。「この船だったら生きてゆける」と、ゴキブリたちは「生きる」ことを決め、シャングリラに定着し始めたのだ、と。
「…ぼくは、ゴキブリにとっても希望なわけ?」
 それって、あんまりだと思う、とジョミーはショックを受けたけれども、ゴキブリは船の希望の虫だし、嘆きは華麗にスルーされた。ブルーもスルーを決め込んだ。
 やがてシャングリラはアルテメシアを追われて、宇宙を彷徨い始めたけれど…。
「ジョミー。信じることから道は開ける」
 このシャングリラは沈みはしない、とブルーはジョミーに伝えた。
 「ゴキブリたちを信じてやりたまえ」と、ゴキブリが棲むようになった船を「信じろ」と。
 ジョミーは半信半疑ながらも、その言葉に縋るしか無かった。ブルーは深い眠りに就いて、もう頼ることは出来なかったから。
 そうして辿り着いた赤い星、ナスカ。…ゴキブリが「時々」現れる船で。
 其処で生まれた、SD体制始まって以来の、初めての自然出産児。オレンジ色の瞳のトォニィ。
 幼いトォニィが「お披露目」でシャングリラを訪れて間もなく、増えたゴキブリ。それまでとは全く違うペースで急増してゆく目撃情報。
(…トォニィが生まれたせいなのか…?)
 あの子は強いし…、とジョミーも、ついに認めた。船の未来とゴキブリたちとの関係を。
 今やゴキブリは「当たり前のように」船にいるもので、所構わずカサカサ走ってゆくだけに。


 そうこうする内、物騒なメンバーズがナスカにやって来た。地球の男、キース。
 上を下への大騒ぎの中、長い眠りから覚めたブルーが見付けたゴキブリ。
 「ナスカに残った仲間たちの説得に行く」と大嘘をついて、船を出ようとしていた時に。
 記憶装置を兼ねた補聴器、それをフィシスに渡した後。
 ジョミーに続いてギブリのタラップを上がる途中で、視界の端をカサカサと掠めて行ったモノ。
(……こんな所にまで、ゴキブリが……)
 普通に出る船になったのか、とブルーは胸を熱くし、「もう大丈夫だ」と未来を信じた。
 だからメギドの炎を一緒に防いだジョミーに、こう語ってから飛び去って行った。
 「この素晴らしい子供たちや、ゴキブリがいる船を見られて良かった。ありがとう」と。
 ブルーは命と引き換えにメギドを沈めて、それから始まった人類軍との全面戦争。その最中も、船のゴキブリは消えることなく、カサカサカサと走り続けて…。
「…トォニィ。お前が次のソルジャーだ」
 ミュウを、人類を導け…、とジョミーがトォニィに託した未来。崩れゆく地球の地の底深くで。
 涙ながらにソルジャーを継いだトォニィの時代に、もうゴキブリは「当たり前すぎた」。
 船の何処でもカサカサ走って、出ようものなら悲鳴を上げる若い女性も多い船。
(……なんだって、ゴキブリなんかが船に出るんだよ……!)
 アレを撲滅できないものか、と「ゴキブリ対策」に頭を悩ますトォニィは、知りもしなかった。そのゴキブリが「いない時代」があった事実も、ブルーたちが重ねていた苦労も。
 なんと言っても「ゴキブリ」なだけに、記憶装置に「情報は入っていなかった」から。
 ブルーの指揮でゴキブリを「増やそうとしていた世代」も、今はすっかり隠居組。
 こうしてトォニィは、今日も「スタージョン大尉」に連絡を取る。
 「ゴキブリ駆除用の新しいアイテムが、出ているなら是非、教えて欲しい」と。
 船のあちこちでカサカサ走ってゆく「黒い虫」は、今では、「ただのゴキブリ」そのもの。
 有難がる者は一人もいなくて、「ゴキブリが出た!」と嫌われるだけの虫に成り果てたから…。

 

           継がれゆく虫・了

※疑ってしまった「自分の正気」。このネタが降って来た途端に。…「ゴキブリかよ!」と。
 ゴキブリとはいえ、何処かシリアスにも見える内容。よってタイトルもシリアスっぽく。駄目?









拍手[0回]

PR
COMMENT
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
 管理人のみ閲覧
 
Copyright ©  -- 気まぐれシャングリラ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]