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ピアスの値打ち

「おい、セルジュ。…アニアン大佐のピアスなんだが」
 どう思う、とパスカルがセルジュに投げ掛けた問い。首都惑星ノアの、国家騎士団専用施設の一角で。下士官のための休憩室とでもいった所で。
「どう思うって…。アレには意味があるんだろう。忌々しいが…」
 右耳ピアスはゲイのアピールらしいからな、とセルジュは顔を顰めた。キースの副官を拝命したのに、側近の座を「マツカ」に持って行かれて久しい。ポッと出の、辺境星域出身の奴に。
 そうなったのも、全てキースの隠れた嗜好が原因らしい。実はアニアン大佐は「ゲイ」で、ジルベスター星域へ飛ぶ前に「マツカ」を見付けた模様。多分、下調べの最中に。
(アニアン大佐ほどの方なら、行く先々で使えそうな人材を調べておくというのも…)
 必須だろうと分かってはいる。任務の実行に適した人材、それを選んで使うというのも成功の秘訣。ましてや単身赴任となったら、「使いやすい部下」を選び出さないと…。
(ロクでもないのを与えられてしまって、思うように動けないことも…)
 起こり得るだけに、キースの事前調査は正しい。
 ただ問題は、其処に「マツカ」がいたことだった。キース好みの美青年と言うか、きっと直球ド真ん中。ひ弱な所がツボだったのか、ルックスも含めて何もかもが…。
(…モロに、アニアン大佐の好みで…)
 もう、行く前から目を付けた「マツカ」。ソレイド軍事基地に着いたら、「アレを貰おう」と。ソレイドの指揮官、マードック大佐は、マツカを冷遇していただけに。
(値打ちが分かっていない上官の下にいるなら、貰えて当然…)
 マードック大佐からすれば「使えない部下」が消えるわけだし、止める理由は何処にも無い。ゆえに「貰える」と踏んでいたのが、マツカを欲しいと考えたらしい、アニアン大佐。当時の階級は、少佐だけれど。
(マツカを、貰って帰るとなったら…)
 同じ趣味の輩に奪われないよう、「私のモノだ」とアピールが必要。
 だからキースは、ジルベスター星域へと出発する前、両耳に赤いピアスをつけた。右耳のピアスはゲイの証で、左耳だとノーマルだとか。
(要するに、大佐はバイというわけで…)
 男も女も、どっちもイケる。そういう主張の両耳ピアスで、セルジュには、これが嬉しくない。側近の座をマツカに奪い去られて、自分には「お呼びも掛からない」のが。


(…マツカの野郎…!)
 よくもアニアン大佐の側近なんかに…、と収まらないのがセルジュの怒り。ゲイの趣味などナッシングでも、惚れ込んでいるのが「アニアン大佐」。
 もしも「お声」が掛かったならば、喜んでお側で仕えるまで。…マツカの代わりに、アニアン大佐の夜のお相手を務めまくって。
(…これでも、勉強しているのにだな…!)
 大佐はマツカにしか興味が無くて…、と口惜しい限り。
 「初めて」はキースに捧げるつもりでいるのだからして、現場なんぞは踏んでいなくても、勉強の方は抜かりない。ゲイな「アダルトもの」を鑑賞、その手の雑誌にも目を通す日々。
 なんどき「お呼び」があったとしても、心の準備は出来ている。それに大佐を「悦ばせる」自信もあるというのに、肝心のキースは、そんなセルジュを「スルー」一択。
(……そうなるのも、仕方ないんだが……)
 俺に魅力があったとしたなら、教官時代にお声掛かりがあった筈、と突き付けられるイヤンな現実。キースが教官をやっていた頃、教え子のセルジュに惹かれるものがあったなら…。
(もう間違いなく、部屋に呼ばれて…)
 今のマツカが立っているポジション、それは「セルジュのもの」だったろう。キースの数ある教え子の中でも、一番に目をかけられて。卒業後には、部下にと望まれて。
(ジルベスターにも、もう直々に…)
 ついて行けたに決まっているから、「魅力が無いのだ」と落ち込むばかり。どんなに優れた仕事が出来ても、キースは其処しか評価をしない。セルジュという人材は、それでおしまい。
 これが「マツカ」なら、コーヒーを淹れるしか能の無いヘタレ野郎でも…。
(何処へ行くにも大佐のお供で、俺なんかよりも信頼されていて…!)
 ゲイは身を助けるというヤツだよな、と沸々と煮えくり返るハラワタ。「ゲイ」ではなくて「芸」だけれども、実際にマツカは、ソレで立身出世なだけに。
(クソッタレが…!)
 ジルベスター星域へと向かうキースに、「ピアスをつけさせた」ほどの人材がマツカ。それまでのキースは「ゲイのアピール」をしていなかったし、きっと必要なかったのだろう。
 「コレだ」と思う相手が無いなら、横から誰かが奪い去ろうと、キースは痛くも痒くもない。ところがマツカは「盗られると困る」。そうならないよう、ピアスでアピール。
 「私のモノに手を出した奴は、端から殺す」と言わんばかりに。


 其処までキースに愛される部下が、ヘタレなマツカ。もはやセルジュの天敵なわけで、キースのピアスも「見たくない」ほど。「アニアン大佐のピアス」すなわち、マツカへの「愛」に見えるくらいで、ムカつくことしかない毎日。
 そんなピアスの話題を振ってきたパスカル。「こいつも大概、無神経だ」と苛立つけれども、あまり露骨に知らないふりも出来ないから…。
「大佐のピアスが、どうだと言うんだ。お前、あのピアスを、外させることが出来るのか?」
 そういうことなら、話を聞いてやらないでもない、と睨み付けた。パスカルは、こう見えて頭が切れる。アニアン大佐の「ゲイのアピール」、あの忌々しいピアスを見ずに済むなら、パスカルの話も聞くだけの価値があるだろう。そう思ったのに…。
「いや、逆だ。…あのピアスには、とてつもない価値がありそうだからな」
「はあ? お前まで、マツカの肩を持つのか?」
 奴に惚れたか、とセルジュは呆れ果てたのだけれど、パスカルは「違う」と首を左右に振り、「俺にその趣味は無い」と言い切った。
「俺は、あくまでノーマルだ。価値があるのは、マツカではなくてピアスの方だ」
「ピアスだと?」
「ああ。…お前、あのピアスが何で出来ているかを知ってるか?」
 赤い石の素材を知っているか、という質問。大真面目な顔で、「赤い石だが」と。
「知らないが…。大佐は何も仰らないからな。…それが、どうかしたか?」
「やはりか…。俺たち軍人は、宝石とは縁がない人種だし…。だが…」
 俺は、興味を持った対象はトコトン調べるわけで、とパスカルは眼鏡を押し上げた。「赤い石についても調べたんだ」と、如何にも聞いて欲しそうに。
「赤い石か…。赤い石は高いものなのか?」
「俺が思った以上にな。あの色合いからして、赤サンゴの線が濃いんだが…」
「サンゴだと!?」
 聞くなり、セルジュは目を剥いた。サンゴと言ったらサンゴ礁だけれど、宝石サンゴとサンゴ礁とが「違う」ことくらい、とても有名な話ではある。ついでに今は「どちらも貴重」で、採集禁止が「お約束」。テラフォーミングされた星の上でも、海は少ない。
「分かったか? アレがサンゴなら、値打ちの方は天井知らずというヤツだ」
 俺たちの一生分の給料を出しても買えないだろう、というのが赤いサンゴのピアス。片方だけでも凄い値段で、一生分の給料くらいでは手も足も出ない、破格のブツ。


(……アニアン大佐……)
 そんなとんでもない金を何処から…、と愕然としたセルジュだけれども、其処までしたのが、キース・アニアンという人物。自分に似合うピアスはコレだ、と凄い値段の赤サンゴ。
「そ、そうだったのか…。大佐のピアスに、そんな値打ちが…」
「うむ。赤サンゴだった場合はそうなる。もう一つの線でも、半端ないんだが」
 そっちも凄い代物だった、とパスカルは思わせぶりな顔。赤い石について調べた結果は、それほどに強烈だったのだろうか。
「…赤い石というのは、高いのか? ルビーくらいしか思い付かないが…」
「そのルビーだ! そっちも、大佐のピアスほどになると凄くてだな…」
 まず色合いがポイントだぞ、とパスカルは指を一本立てた。「あの赤色は血の色だ」と。
「確かにそうだな。その辺が大佐らしいとは思う。…冷徹無比な破壊兵器と評判だから」
 血の色の赤が相応しいだろう、とセルジュも頷くしかないチョイス。癪だけれども、赤い血の色のピアスは「キース」に似合っていた。瞳の色はアイスブルーなのに、青い石よりも赤い石の方が、見ていてゾクリとするほどに。
「血の色のルビー、そいつが高い。俺も調べるまで知らなかったが、最高級品だそうだ」
 ピジョン・ブラッドという名前まである、とパスカルが披露した知識。ピジョン・ブラッドとは「鳩の血の色」、そういう色合いのルビーを指す言葉。
 これがルビーの色では最高、他の色合いとは比較にならない。値段からして桁違いなのが、血の色の赤をしたルビー。
「なるほど…。しかし、ルビーはサンゴよりも安いだろう? 鉱物だからな」
 何処の惑星でも採れるのでは…、とセルジュは訊いた。惑星の性質によるものとはいえ、海が無いと無理なサンゴとは違う。その分、希少価値も下がってくると思うのだが、と。
「甘いぞ、セルジュ。…鉱物の場合、産地が分かるらしくてな…」
「産地?」
「何処の惑星の何処で採れたか、分析可能だという話だ。そしてルビーという石は…」
 三カラットを超えるとレア物になる、とパスカルは言った。キースのピアスは三カラット超えはガチなサイズで、ピジョン・ブラッド。その上、産地が分析可能な代物だけに…。
「地球産のルビーだと、物凄いのか!?」
「物凄いどころの話じゃない。同じ大きさの赤サンゴなどは、まず足元にも及ばんぞ」
 参考価格すらも分からなかった、とパスカルがついた大きな溜息。地球産の血の赤のルビーなんぞは、オークションにさえも出て来ないほどのレア物だから、と。


「…オークションにも出ないだと!? ならば大佐は、アレを何処から…」
「分からん。だが、大佐なら、そういったルートも御存知だろうと思わんか?」
 目的のためなら手段を選ばない人だからな、とパスカルの読みは鋭かった。軍人は宝石と無縁だけれども、「キース・アニアン」がつけるとなったら、自分に似合いの宝石をチョイス。
 どれほど凄い値段だろうが、どんなに入手困難だろうが、そんなことなど些細なこと。なんとしてでも「ソレ」をゲットで、さりげなく身につけるだろう、と言われてみれば…。
「大佐なら、それも有り得るな…。すると支払いは、出世払いか?」
「恐らく、他には無いだろう。出世なさる自信はおありだろうし、売る方もだ…」
 大佐となったら、未払いになることは無い、と踏むだろうな、というのがパスカルの推理。たとえ「べらぼうな値段」であろうと、アニアン大佐が相手だったら「掛け売りオッケー」と、宝石商の方でも考える。一括払いは無理だとしても、出世払いでかまわない、とさえ。
「……アニアン大佐……。マツカのために、それだけの出費を……」
「間違えるな、セルジュ。あれは大佐のアピール用で、マツカの価値とは違うものだぞ」
「馬鹿野郎! マツカをお側に置くための物なら、其処は同じだ!」
 マツカの値打ちは、俺たちの一生分の給料よりも上だったのか…、とセルジュが受けた更なる衝撃。いくらキースのファッションとはいえ、「マツカのために」払った値段が半端ないだけに。
(……それが俺だと、そんな値打ちは全く無くて……)
 お呼びも掛からず、マツカばかりが可愛がられて…、と落ち込むセルジュに、パスカルは気の毒そうな表情で「仕方ないだろう」と言ってくれただけ。
「お前や俺は、アニアン大佐の好みのタイプじゃないんだからな。どうしようもない」
「くっそぉ…! マツカの野郎は、半端ない値打ち物なのに…!」
 赤い石の値段を超える価格を支払わないと、「ちょっと味見」も出来ないんだろう、とセルジュは愚痴ることしか出来ない。
 キースよりも立場が上の上官、それにパルテノンに集う元老たち。彼らが「マツカを貸せ」と言ったら、キースは薄い笑みを浮かべて値段を提示するのだろう。「これだけ支払って頂けるのなら、一晩、お貸し致しますが」と。
「…そうかもしれんな。それもあって、あの石のチョイスかもしれん」
「言わないでくれ…。自分で言ってて、落ち込んで来た…」
 なんでマツカに、そんな値打ちがあると言うんだ、とセルジュの嘆きは深かった。パスカルが余計な好奇心さえ出さなかったら、こんな情けない思いはせずに済んだのに。


 ドツボにはまったセルジュを他所に、他の面子は、パスカルからの話を聞いて「流石は大佐」と手放しで褒めた。ドえらい値段の赤い石のピアス。そいつを「出世払い」でポンと買えてしまう人が、自分たちの上官なんて、と大感激で。
「マツカの野郎の値打ちはともかく、太っ腹なトコが凄いよな!」
「ゲイのアピールをするためだけに、国家予算も真っ青な値段のピアスかよ…!」
 素晴らしい、と褒めて褒めまくるキースの部下たち。それまで以上にキースに心酔、もう何処までもついて行こうという勢い。
 ピアスの正体、それが「サムの血」とは知らないで。
 「ゲイのアピール」ならぬ「友情の証」、其処の所も気付かないままで。
 片方だけでも、国家予算を上回る値段の赤い石のピアス。そいつをサラッとつけこなす男、デキる男が上官だから。たとえゲイでも、デキる男は素晴らしい。
(((アニアン大佐…!)))
 今日もピアスがお似合いです、と最敬礼のキースの部下たち。
 仏頂面のセルジュを除いて、ピシッと、シャキッと。片耳だけでも国家予算を上回るピアス、それをつけている粋な男に。出世払いで買い物が出来る、デキる男のアニアン大佐に…。

 

          ピアスの値打ち・了

※キースのピアスは「サムの血」なんだと知られてないなら、どう思われていたんだろう、と。
 赤い石にも色々あるし、と考えていたら、このネタに。べらぼうに高いらしいです。









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