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斜めな友情

(……計算通り、理想的に生育中……)
 次の段階へ進めなければ、とマザー・イライザは頷いた。コールした部屋で眠り続ける、キース・アニアンを前にして。
 現時点では順調に進んでいる育成。「理想の指導者」を、無から作り上げるプロジェクト。
 ミュウの長、ジョミー・マーキス・シンと幼馴染の、サム・ヒューストンだの、スウェナ・ダールトン。その辺とも上手く「近付けた」のだし、そろそろ仕上げをすべきだろう、と。
(ミュウ因子を持った候補生を一人…)
 E-1077に迎え入れること。それがプロジェクトの肝になる。
 よって、あちこちの育英都市へと、グランド・マザー直々の「お達し」があった。
 曰く、「ミュウ因子を持った優秀な子供を一人、成人検査にパスさせ、E-1077へ送るように」と、あらゆるテラズ・ナンバーに向けて。
 それで白羽の矢が立った子供が、セキ・レイ・シロエ。
 幼い頃にジョミー・マーキス・シンと接触したのだけれども、其処の所は、把握されてはいなかった。ついでに「どうでもいい」話。シロエに「記憶がない」だけに。
 シロエは成人検査をパスして、E-1077に送られたけれど…。


「なんだよ、お前! こんな子供の本なんか持って!」
 馬鹿じゃねえの、とシロエを嘲り笑う同期生。E-1077の、とある通路で。
「子供の本じゃないんだから! ぼくの大切な宝物で…。あっ!」
 返して、とシロエは涙声になった。ピーターパンの本を取り上げられてしまったから。
「宝物ねえ…。これだからチビって笑われるんだよ」
「違いねえよな、おまけに直ぐに泣いちまうのも子供の証拠で…」
 成績だけが良くってもな、と四人ばかりがシロエを取り囲む。「泣き虫のチビ」だの、「パパとママが大好きなんだよな?」だのと、言いたい放題で。
 シロエは本を返して貰えず、ただウッウッと泣きじゃくるだけの所へ…。
「おい、お前たち! 何をしている!」
 君たちの担当教官は誰だ、と怖い顔で現れた上級生。知らない者などいない秀才、キース・アニアン。彼は「本を奪った生徒」の腕を掴むと、ピーターパンの本を取り返した。
「ほら、君の本だ。…取られないよう、部屋に仕舞っておくんだな」
「ありがとうございます! えっと…。キース先輩…?」
「キースでいい。その本、大事にするんだぞ」
 次も助けてやれるとは限らないからな、とキースは立ち去り、シロエはピーターパンの本を抱えて、尊敬と憧れが入り混じった目で立ち尽くしていた。
 「キース先輩、かっこいい…」と。
 なにしろ「助けて貰った」のだし、大恩人と言ってもい。ピーターパンの本は「故郷から持って来ることが出来た」たった一つの宝物。それを取り返して、ちゃんと渡して貰えただけに。


 これがキースとシロエの「出会い」で、マザー・イライザは目が点だった。機械だからして、あくまで「イメージです」な「目」」だけど。
(……セキ・レイ・シロエ……)
 何か間違っているような…、と呟くマザー・イライザ。
 「キース・アニアン」に必要なモノは、不倶戴天の敵と言ってもいいほどのライバル、優秀すぎる下級生。出会った途端に喧嘩になって、カッカと熱くなるような。
(…そういう子供で、ミュウ因子の保持者で…)
 いずれ色々と役立つ筈で…、と思うのだけれど、立ったフラグは「友情」っぽい。
 シロエはキースを尊敬しまくり、「かっこいい」などと憧れる始末。それというのも…。
(消された子供時代にこだわる子供、と注文をつけておいたのに…)
 その点だけしかクリアしていないのが「シロエ」だった。
 ピーターパンの本を後生大事に抱えて、日々、苛められては泣いている子供。負けん気が強いわけなどはなくて、「パパ、ママ…」と涙ぐむのがデフォ。
(…これでは、キースを次の段階に進めるどころか…)
 足を引っ張られてしまうのでは、と嫌な予感がしないでもない。
 キースがシロエと「友達」になってしまったりすれば、この先、プロジェクトが狂ってしまうということもある。
 けれど「シロエ」は「来てしまった」上に、「キース」に出会ったものだから…。


「キース先輩! この間は、ありがとうございました!」
 シロエがペコリとキースにお辞儀したのが、カフェテリアでのこと。キースがサムと食事中の所へ、それはニコニコと近付いて来て。
「いや、別に…。当たり前のことをしたまでだ」
「でも…。ぼくは、とっても助かりました」
 あの本は大事な宝物なんです、とシロエが深々と頭を下げまくるから、キースの方でも、気になって来るのが「例の本」。シロエに「返してやった」ソレ。
「宝物…。よく見なかったが、何の本なんだ?」
「ピーターパンの本なんですけど…。ぼくのパパとママがくれたんです!」
 小さい時からの宝物で…、とシロエは説明を始め、サムも「ふうん…?」と面白そうに聞き入っている。「俺は、そういうのは持って来なかったっけな…」などと。
「なるほど、君の宝物か…。パパとママというのが、よく分からないが…」
 それに故郷も覚えていない、とキースは考え込んでしまって、シロエは「えっ…」と顔を曇らせ、「ぼく、悪いことをしちゃいましたか?」と気遣った。
「キース先輩は、お父さんたちも、故郷も覚えていないんですか…。そんなことって…」
 気の毒すぎます、と俯くシロエ。「成人検査のショックで忘れることは、あるそうですけど…」と辛そうな顔で、「すみません」とキースに謝りもして。
「故郷と親か…。それは覚えていないと困るものなのか?」
 今日まで気付きもしなかったが、とキースは言ったけれども、シロエは「困りますとも!」と拳をグッと握った。
「キース先輩を育てた人と、先輩が育った場所なんですよ? 気になりませんか!?」
 覚えていないなんて、まるで根無し草じゃないですか…、とシロエは力説しまくり、サムも同じに頷いた。「故郷とか、親とか、幼馴染ってのは、いいモンだぜ?」と。
「でもよ…。覚えていねえんだったら、仕方ねえよな…」
 これから思い出を作っていこうぜ、とサムがキースの肩を叩いて、シロエも「よろしく」と手を差し出した。「キース先輩の思い出作りに、ぼくも協力したいです!」と。


 不倶戴天の敵でライバルどころか、キースと「友達」になってしまったシロエ。
 マザー・イライザの目論見とプロジェクトは、それは華々しくズッコケた。
 養父母と故郷が「何より大事」なシロエが「キースの友達」なだけに、「過去の記憶を一切持たない」キースは、思い出作りと「自分探し」に生きる日々。
 スウェナも一緒に四人でカフェテリアにいるかと思えば、ゲームセンターに出掛けて行って、エレクトリック・アーチェリーに興じていたり。
「キース先輩、もう一勝負しませんか?」
「ああ。しかし、お前に勝ちを譲ったりする気はないぞ」
 いざ! と並んでゲームスタート、勝った、負けたと競う二人に、声援を送る候補生たち。実にいい勝負を繰り広げるだけに、馬券よろしく賭けの対象になったりもして。
 マザー・イライザは「此処で喧嘩になる筈が…」と呻くけれども、喧嘩は起こりもしなかった。勝負を終えたら仲良く引き揚げ、カフェテリアでコーヒーブレイクなだけに。
「シナモンミルク、マヌカ多めで!」
 毎回シロエが頼むものだから、キースもたまに注文する。「同じのを一つ」と。
「…これもなかなか美味いものだな…」
「そうでしょう? ぼくは家でも、良く飲んでました。あっ…!」
 ごめんなさい、と詫びるシロエに、キースは「気にしなくても…」と困り顔。
「覚えていないのは仕方ないから…。正直、残念ではあるが」
「それを思い出すための自分探しでしょう? ぼくも頑張っているんですけど…」
 見付かりませんよね…、とシロエが溜息をつく。
 キースの故郷のトロイナスについて、もうどれくらい調べたことか。子供が好きそうな遊園地などはもちろん、メジャーな観光スポットなども端からデータを引き出すのに、無駄。
 どれを見たって「ピンと来ない」のがキースという人。
「…いつか見付かるのだろうか…。育った家というヤツが…」
「どうなんでしょうね、ぼくも記憶が曖昧ですから…」
 成人検査でかなり忘れてしまったんです…、とシロエは嘆くけれども、「キース先輩よりかは、遥かにマシだ」と、自分の境遇に感謝していた。「全部、忘れたわけじゃないから」と。
 両親の顔がぼやけていようが、「何も覚えていない」ことに比べれば些細なこと。
 だから成人検査への恨みつらみは、すっかりと消えているのがシロエ。お蔭でシステムへの反抗心などは育ちもしないし、ただただ「パパ、ママ、大好き」なだけ。


(……明らかに間違えているような……)
 それにキースも、違う方向へ進んでいるような…、とマザー・イライザは不安MAX。
 シロエが「キースの友達」だなんて、プロジェクトには「全く無かった」こと。
 そんなシロエが「乱入して来た」ばかりに、スウェナの結婚騒ぎにしたって、キースはただの「女心が分からない人」になってしまった。スウェナに平手打ちをかまされたほどに。
 「シロエでも分かってくれているのに、どうして、あなたは分からないの!」と、パアン! と皆の面前で。…カフェテリア中の候補生が「あちゃー…」と見ている中で。
 スウェナは泣きながら走り去って行って、シロエはキースに「謝った方がいいですよ?」とアドバイスをかまし、自作のバイクを「貸してあげますから」と申し出た。
「スウェナ先輩に、最後の思い出をあげて下さい。…失恋でも、思い出は無いよりマシです」
「…そういうものか…。分かった、ところでバイクでどうすればいいんだ?」
「ステーション一周でいいんじゃないですか? 中庭でちょっと休憩したりもして」
 そんなコースがいいですよね、とシロエが勧めて、サムも賛成。
 かくしてキースはシロエのバイクで、スウェナとE-1077の中を走った。これで「さよなら」のデートだけれども、他の候補生たちに「青春だぜ…」と見守られて。
 スウェナがステーションを去って行く時、キースの右手をガッツリ握って、「次に、いい女に出会った時には、失敗なんかするんじゃないわよ?」と激励したのは言うまでもない。
 サムもシロエも「うん、うん」と、キースの「次なる恋」を全力で応援すると誓った。「女心の分からない奴」で終わらないよう、「いい女」が来たらキッチリお膳立てだ、と。


 そんな調子でキースは「成長してゆく」。
 シロエに「出生の秘密を暴かれる」どころか、「親も故郷も忘れた自分」を深く嘆いて、人情味あふれる「キース・アニアン」に。
 「何も覚えていないんだ…」と寂しそうなキースに、「私が慰めてあげるわよ!」とばかりに、数多の女性が群がるほどに。
(……理想的に生育していない上に、思いっ切り斜め……)
 このまま卒業してしまうのでは、とマザー・イライザが危惧した通りに、「何事も起こりはしなかった」。シロエとキースの派手な喧嘩も、シロエの「フロア001侵入騒ぎ」も。
 シロエはキースの「ゆりかご」だったフロア001に出掛けもしないで、卒業間近なキースやサムと名残を惜しんで、皆と寄せ書きまでしている有様。
「キース先輩、卒業しても連絡下さいね!」
「もちろんだ。E-1077の近くに来た時は、寄って行こうとも思っている」
 お前も早く卒業して、俺と一緒にメンバーズになれ! とキースはシロエと握手で、サムは「いいよな、頭のいい奴らはよ…」と号泣しつつも、「友達だよな!」と毎度の台詞を吐いた。
 「みんな、友達!」と、お得意のヤツを。
 そうしてキースは、E-1077を卒業してゆき、シロエはキースが乗った船へと、窓から手を振り続けた。「キース先輩、また会いましょう!」と、船の光が見えなくなるまで。
(……教育、失敗……)
 理想の子を作り損ねてしまった、とマザー・イライザの嘆きは尽きない。
 「最後の仕上げ」に連れて来た筈の、「シロエ」が全てをパアにしたから。
 このまま行ったら「セキ・レイ・シロエ」も、もう間違いなくメンバーズ入り。いずれキースと旧交を温め、ますます「キースを駄目にしてゆく」ことは確定。
 いつか「いい女」がキースの前へと現れたならば、全力でプッシュするのがシロエ。ついでに宇宙の何処かにいるサムも。
 そうしてキースは「めでたく結婚」、メンバーズの道を外れてしまって、何処かの育英惑星に行って養父母コースの仲間入り。
 せっかく「無から作り上げた」のに、指導者になりはしないから。
 国家主席に就任どころか、子供相手に「パパでちゅよー!」と、笑顔全開エンドだから…。

 

            斜めな友情・了

※いや、キースの成長の鍵がシロエだと言うなら、「シロエのキャラが違っていたら?」と。
 場合によっては、こうなるようです。シロエと友情を築いたが最後、「パパでちゅよー!」。









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