(……E-1077……)
教育のための最高学府、とシロエが挙げてみる「此処」の謳い文句。
未来を担うエリートたちを育てる所、と「其処」の個室で。
好成績で卒業したなら、開けるという「メンバーズ」への道。
それに選ばれれば、「頂点に立つ」のも夢ではない。
今は空席の「国家主席」の地位にまで「昇り詰める」ことさえ。
そうすることが、今の目標。
いつかメンバーズに、それを足掛かりに続ける昇進。国家主席になるために。
歪んだ「機械の時代」を終わらせ、「子供が子供でいられる世界」を作るためにだけ。
(その時は、きっと…)
奪われた「過去」も取り戻す。
成人検査で消されてしまった、両親や、懐かしい故郷の記憶。
それを機械に「返せ」と命じて、記憶が戻れば「機械を止める」。
もう二度と、動き出さないように。…「人間」を統治できないように。
けれど、その日は、まだずっと先で、そうなるまでには、歩むしかない茨の道。
機械に従う「ふりをする」ことも、必要な時が来るだろう。
此処で「逆らい続ける」ことは出来ても、この先は、きっと無理なのだろう。
マザー・イライザならばともかく、地球に在るというグランド・マザー。
SD体制の要の機械に、「逆らう」ことは得策ではない。
(……ぼくも、いずれは……)
マザー牧場の子羊なんだ、と唇に浮かべる自嘲の笑み。
自分では「違う」と分かっていたって、周りの者は気付きはしない。
上官も、それに同僚たちも。
「自分たちと同じに」敬礼している「シロエ」を見ては、「正しい」と思うことだろう。
SD体制に、グランド・マザーに、とても忠実な「メンバーズ」。
あれでこそ出世も出来るものだと、「我々も、あのように在らねば」と。
なんとも皮肉で、忌まわしくなる「シロエ」の未来。
誰よりも「機械」を嫌っているのに、「従うふり」をするなんて。
いつの日か「機械に」牙を剥くまで、大人しい「羊」として過ごすなんて。
(……でも、そうするしか……)
ぼくには道が無いんだから、と考える度に、「今は、まだマシ」なのだと思う。
マザー・イライザに逆らい続けて、何かと言えば「コールされる」日々。
コールの度に、「何かを失くして」しまおうとも。
「心が軽くなった」と感じる代わりに、「思い出せない過去」が増えても。
そう、此処でならば、「相手」はマザー・イライザだけ。
今も憎んでいる、成人検査の時の機械と、どちらが「上」かは分からないけれど。
(……テラズ・ナンバー・ファイブ……)
アレの方が「マザー・イライザ」よりも上か、あるいは下に位置しているのか。
まだ「其処までは」習っていないし、想像の域を出ないけれども…。
(…きっと、あの機械は、グランド・マザーの……)
直属なのに違いない。
マザー・イライザは、「エリートを育成するための」此処を統治するだけ。
けれども、テラズ・ナンバー・ファイブは違う。
成人検査を受けた「子供」を振り分け、あちこちの教育ステーションに送り出す。
E-1077の他にも、幾つも存在するステーション。
「一般市民」を育てるものやら、「養父母」を育成する場所やら。
つまり「子供の未来」を決めては、「送り出す」のがテラズ・ナンバー・ファイブ。
どういう子供が「何の仕事に向いている」のか、その適性を見極めて。
SD体制の時代においては、「進路は機械が決める」もの。
「メンバーズになれる、優秀な子供」を、「一般人向け」のコースに送りはしない。
その逆も、また「有り得ない」こと。
ましてミスなど許されないから、テラズ・ナンバー・ファイブの権限は、きっと…。
(……マザー・イライザよりも、遥かに上で……)
グランド・マザーから、「直接」指示も受けるのだろう。…「こうするように」と。
マザー・イライザの役目は、「育てること」だけ。
E-1077に「送られて来た子」を、未来のエリートにするべく、「立派に」。
その段階に至る前には、テラズ・ナンバー・ファイブが「振り分ける」。
「この子は、此処だ」と、行くべき教育ステーションを決めて。
有無を言わさず記憶を「処理して」、其処へと向かう宇宙船に「乗せて」。
(…ぼくも、そうやって……)
E-1077に「運ばれて来た」。
成人検査が「いつ終わった」のかも、定かではない「記憶」を抱えて。
大切なピーターパンの本だけを手にして、漆黒の宇宙を此処まで旅して。
(……いい成績を取っていたなら、ネバーランドよりも……)
もっと素敵な「地球」に行けると、大好きだった父が教えてくれた。
今は顔さえぼやけてしまって、思い出せない「優しかった」父が。
「シロエなら、行けるかもしれないぞ」と、両腕で、高く抱き上げて。
そうして、母が笑っていた。
「親馬鹿なんだから」と、それは可笑しそうに。
その母の顔も「思い出せなくて」、何もかも機械に奪い去られた。
けれども、今も「忘れてはいない」。
父から「地球」を教えられた日を、「地球に行きたいな」と夢を抱いた日を。
ネバーランドよりも素敵な場所なら、いつか「この目で」見てみたい。
いい成績を取り続けたならば、きっと地球への道が開ける。
(…そう思ったから、頑張って……)
それまで以上に、重ねた努力。
単に「頭がいい」だけの子では、「行けなくなる」かもしれないから。
他の子たちとは違う能力、それを身につけなければ、と。
(エネルゲイアは、技術関係のエキスパートを育てる育英都市で……)
とても「エリート」には繋がらない、と子供心にも分かっていた。
エネルゲイアでは「頭が良くても」、宇宙全体では「通用しない」ことだってある。
ならば、他の子たちより「抜きん出る」ことが、きっと大切だろうから。
そう気付いてから、磨き続けた「自分の能力」。
同じ機械を相手にするなら、皆よりも高い技術を、と。
コンピューター相手の作業だったら、才能を問われる「ハッキング」など。
何か機械を作るのだったら、「より精密で」高度なものを。
(ずっと頑張って、頑張り続けて…)
地球に行く日を夢見ていたのに、気付けば「此処に」連れて来られていた。
両親も、故郷の記憶も「消されて」、ピーターパンの本だけを持って。
(……何もかも、全部、機械が決めて……)
シロエは「選び出された」けれど、「努力次第で」地球にも行けるのだけれど。
それと引き換えに「失くした」過去。
顔さえぼやけてしまった両親、もう鮮やかには思い出せない「故郷」の風や光などや。
このステーションに来ていなかったら、「何かが」違ったかもしれない。
機械が処理する「過去の記憶」が、今とは違う内容になって。
(…技術者だったら、今と大して変わりはなくても…)
一般市民に選ばれていたら、どうなったのか。
「シロエの能力」が「とても低くて」、養父母向けの教育ステーションへと送られていたら。
(…養父母は、子供を育てるんだし…)
子供が「どういう風に」育つか、それを教わることだろう。
自分の所に「届けられて来た」赤ん坊を育て、十四歳になるまで「面倒を見る」のだから。
(……子供を育ててゆくんだったら……)
子供時代の記憶が「まるで」無ければ、話にならないかもしれない。
教育ステーションで教えるよりかは、「幾らかは」記憶を消さずに残すのかもしれない。
その方が、きっと便利だろう。
彼らを「教える」教官たちだって、そのステーションを統べるコンピューターだって。
「何も覚えていない」よりかは、「基礎になる記憶」。
赤ん坊はともかく、幼い子供には、こう接するのが「望ましい」とか。
もう少し育った子供だったら、「このように叱るべき」だとか。
その可能性は、大いに有り得る。…全てを消すより、「目的別に消してゆく」方が。
(……だったら、ぼくは……)
道を間違えたんだろうか、と冷えてゆく背筋。
もしも「シロエ」が、どうしようもなく「成績の悪い子供」だったら、と。
養父母にしか「なれない」能力、それしか「持っていなかった」なら。
技術者の道を歩みはしたって、単なる「子供の父親」としての、職業が技術者だったなら。
(…ぼくは、何もかも忘れる代わりに……)
もっと覚えていたのだろうか、両親と過ごした子供時代を?
懐かしいエネルゲイアにしたって、いつか養父母として「妻」と一緒に赴いた時に…。
(子供の頃は、此処で遊んだとか、あっちに行ったら何があるとか…)
ごくごく自然に思い出せるよう、記憶は「残っていた」かもしれない。
エネルゲイアの出身ではない「妻」を、あちこち案内してやれるように。
託された子供が育ち始めたら、「パパも昔は…」と、色々なことを話せるように。
(……そうだったなら……)
ぼくは自分の首を「自分で」締めただろうか、と恐ろしくなる。
いつか「機械を止める力」を、「グランド・マザーに従い続けて」得るよりも…。
(…何の能力も持たないシロエで…)
ただの「養父」になっていたなら、全てが違っていたかもしれない。
もう、その道は「歩めない」けれど。
E-1077に来てしまった今は、何もかも、とうに「手遅れ」だけれど。
「シロエ」は道を間違えたのか、と零れ落ちる涙。
努力した結果が「これ」だとしなら、あまりにも惨い結末だから。
機械に従う道をゆくより、両親の顔を、故郷を、「シロエ」は覚えていたかったから…。
間違えた道・了
※原作に比べて「ゆるい」アニテラのSD体制。スウェナがジョミーの両親を覚えているとか。
だったら、記憶の処理が「目的別」でも変じゃないよね、と。…ホントに有り得る。