忍者ブログ

ミュウたちの風呂

「まったく、もう…。ジョミーは、どうなっているのです!」
 私には信じられません、とエラが吊り上げた眉。長老たちが集った部屋で。
 先日、ソルジャー・ブルーが船に迎えさせた、ジョミー・マーキス・シン。彼の行動が、彼らを激しく困らせていた。「ミュウの自覚が、まるで無い」せいで。
「今日で何日になるんじゃ、ハーレイ?」
 ゼルの問いに、キャプテンが即答した。「五日目だ」と。
「私にも、信じられないことではあるが…。事態は解決しそうにもない」
「あたしだって、信じられないよ。五日だよ、五日!」
 明日も駄目なら、一週間目が目の前じゃないか、とブラウも愚痴った。ジョミーの「酷さ」を。
「彼には自覚が無いようだ。…いくら教えても、聞く耳を全く持たないからね」
 お手上げだよ、とヒルマンも嘆く。「あんなケースは初めてだ」などと。
「ミュウの自覚も問題ですが…。それよりも、ジョミーの衛生観念の低さが最悪です!」
 五日も風呂に入らないなど、とエラは今にもキレそうだった。
 そう、問題は「風呂」というヤツ。
 ジョミーがシャングリラに迎えられてから、そろそろ一週間になろうとしている。それなのに、彼が拒み続けているのが「入浴」。それも五日も。
「…最初の日は、入ったんじゃがのう…」
「埃まみれで船に来ておいて、入らない方がどうかしています!」
 けれど、それきりではありませんか、と潔癖症のエラ女史は怒り続けていた。何故と言ったら、ミュウは「風呂好き」な種族だったから。
 彼らが暮らす、白い鯨のような船。シャングリラには自慢の風呂があるのに、ジョミーは決して入ろうとしない。
 世話係のリオが、どんなに誘っても。あの手この手で勧めてみても。
 とうとう五日も「入らない」わけで、長老たちだって困りもする。風呂嫌いのミュウなど、話にならない。次のソルジャーになるべきジョミーが、風呂嫌いだなんて。


 長老たちが悩んでいる頃、ジョミーはジョミーで悩んでいた。居住区の中の、自分の部屋で。
(…風呂に入れって言われても…)
 あんなの、風呂と言わないから! と叫びたい気分。
 このシャングリラに連れて来られて、直後にリオに誘われた。「お風呂に行きませんか?」と、声ではなくて思念波で。
 ドリームワールドからの逃走劇で、埃まみれになった後だけに、嬉しい誘いではあった。ただ、その時に、今から思えば…。
(変だと気付くべきだったよね?)
 「お風呂に行きませんか」とは、普通、誘わない。其処は「お風呂に入りませんか?」で、案内する先は、こういった部屋。
 専用の個室を貰うにしたって、ゲストルームを使うにしたって、其処には風呂がデフォ装備。
(自分で勝手に入れば良くって…)
 それでオッケー。
 アタラクシアの家にあったバスルームと、シャングリラの風呂が、仕様が違っているにせよ…。
(使い方さえ教えてくれれば…)
 充分なのだし、一人で入れる。幼稚園児とは違うのだから。
 ところがどっこい、シャングリラの「風呂」は半端なかった。リオと一緒に出掛けてみたら。
(有り得ないよね…)
 あれって何さ、と思い出すだけで頭が痛い。
 「こちらですよ」とリオが連れて行ってくれた先には、それは立派な「浴場」があった。並んで二つの入口があって、片方に「男湯」と染め抜いた「暖簾」。もう片方には「女湯」の文字。
 もうそれだけでカルチャーショックで、「男湯って…?」と頭は「?」マークで一杯。
 そしたら、中から先客が二人、喋りながら出て来たのだけれど…。
(首からタオルで、手に洗面器で…)
 洗面器の中には、ボディーソープのボトルなんかが入っていた。彼らはリオの姿に気付くなり、「よっ!」と空いている方の手を上げて…。
(いい湯だったぞ、って…)
 その声に『ぼくたちは、これからですよ』と応じたリオ。あそこで、もっと考えていれば…。


 マシだったよね、とジョミーは悔やむ。「男湯」の暖簾と、洗面器に入ったボディーソープ。
 あの時点で既に立っていたフラグ、「この先の風呂は、異世界だ」と。
 けれど、気付きはしなかったジョミー。「男湯って?」と首を傾げた程度で、そのまま足を踏み入れた。リオと並んで暖簾をくぐって、「男湯」へ。
(暖簾をくぐって、靴を脱いだら…)
 リオがカラリと扉を開けて、其処に広がっていた「とんでもない」光景。
 壁際にズラリと設けられた棚、突っ込まれている脱衣籠。きちんと畳んだ服が入っている籠や、適当に放り込んであるっぽい籠や。
 脱衣籠の方はまだいいけれども、籠の持ち主たちが「とんでもなかった」。
 パンツも履かずにマッパで談笑、扇風機とかいうヤツから送られる風の前に、仁王立ちの輩も。
 あっちで、こっちで「脱いでる」ヤツやら、パンツを履こうとしてるヤツやら…。
(どうして、他人が見ている所で脱げるんだよ!)
 デリカシーの欠片も無いじゃないか、と喚きたいけれど、自分もそれに巻き込まれた。脱衣籠をリオが「どうぞ」と差し出し、「脱いだ服はこれに入れるんですよ」と言い出したから。
(ぼくがドン引きしてるのに…)
 リオはサクサク脱いでしまって、思念波で「ジョミー?」と訊いて来た。「分からないのなら、何でも訊いて下さいね」だとか、「お手伝いした方がいいですか?」とか。
(手伝って、脱がせて欲しくないから…!)
 そんなのは御免蒙りたいから、諦めて服を脱ぐことにした。リオは温厚な笑顔で見守り、一応、腰にはタオルを巻いて…。
(パンツ代わりにしてるみたいだから、それでいいかな、って…)
 そう考えたわけで、パンツを脱ぐ前に腰にタオルを巻き付けた。リオに渡された脱衣籠の中に、タオルも入っていたものだから。
(パンツの下さえ見えないんなら…)
 大丈夫だ、と思った「風呂」。
 マッパな連中たちの場合は、デリカシーに欠けているだけだろう。リオのように「腰タオル」も出来るというのに、それをしていないというだけのこと。
 「このジョミー様は、そうじゃないから!」と、「風呂」の世界へ赴いた。リオと一緒に。


 リオがガラリと開けたガラス戸。途端にモワッと熱い湯気が来て、一瞬、息が止まったほど。
 「凄い湯気だ…」と驚いたけれど、「風呂」の方は腰が抜けそうなブツ。
(みんなマッパで、身体をゴシゴシ洗ってて…)
 もはや腰タオルは意味のない世界、リオも腰タオルを外してしまって…。
(これを使って下さいね、って…)
 取って来てくれたのが、専用の桶。「マイ洗面器」を持っていない人が使うらしい。もちろん、ボディーソープなんかも置かれている。
(特にこだわりが無いんだったら、備え付けのヤツで…)
 身体を洗って、それから湯船にゆったりと浸かる。タオルは頭に乗せたっていいし、桶に入れて湯船の外に置くのもアリ。
(タオルをお湯に浸けてしまうのは、マナー違反で…)
 腰タオルで湯船に浸かれはしない。家のバスルームなら、それでも少しも困らないけれど…。
(みんながガン見している所で…)
 マッパで風呂など、あんまりな話。
 それなのに、リオは「ジョミー、背中を流しましょう」などと、意味が不明な台詞を吐いた。
(…何のことだか、分からなかったし…)
 とにかく「うん」と頷いたのが、運の尽き。
 リオは「任せて下さい!」と人のいい笑顔で、目の粗い布を取って来るなり、ボディーソープを泡立て始めた。その布をゴシゴシやりながら。
 それが済んだら、いきなりザッパと背中から湯を浴びせ掛けられ、泡だらけの布で…。
(ぼくの背中を、思いっ切り…)
 洗い始めたから、目が点になった。「なんだよ、これ!」と。
 けれども、リオにガシガシ洗われながらも、「風呂」という所を見ていたら…。
(…洗われてる人、何人も…)
 いたんだよね、と零れる溜息。
 その上、背中を綺麗に洗い上げたリオは、「ぼくの役目になるんでしょうね」と微笑んだ。
 「偉い人には、背中を流す係がつくんですよ」と、「ジョミーは次のソルジャーですから」と。


 「ジョミーの背中を流す係」になるらしい、リオ。
 彼は「デカイ湯船」に浸かる間に、にこやかに色々教えてくれた。シャングリラの自慢の、この大浴場。それがどうして出来上がったか、どういう意味があるのかを。
(ずっと昔の、ローマ帝国では、お風呂が大事で…)
 一種の社交場でもあった浴場。
 けれど、その文化は後に廃れて、「大勢で入る」大きな風呂は無くなった。それから時は流れに流れて、日本という国に、似たような入浴習慣が出来て…。
(ローマ風のお風呂は、ちょっと贅沢すぎるから…)
 キモチ控えめに、日本風の「大浴場」がシャングリラの中に造られた。
 「ミュウは、人類より文化的だ」と、優れている面を大々的に打ち出すために。ついでに、裸の付き合いなるもの、そちらも大切。
(ミュウは思念波を使うから…)
 そっちの方が話が早い、と「使う機会が減りがち」な「言葉」。それを大いに活用できるよう、風呂に入って賑やかに…。
(喋りまくって、距離を縮めて…)
 親しくなるのが、ミュウたちの流儀。
 目上の人が入っていたなら、「お背中を流す係」がセットで入っていても…。
(お背中、お流ししましょうか、って…)
 声を掛けるのは「失礼」ではない。むしろ歓迎、「お願い」されたら大いに名誉。親しくなれるチャンス到来、雲の上の人と噂の長のソルジャー・ブルーでも…。
(お風呂に入っている時だったら、もういくらでも…)
 背中を流しながら「話し放題」、時には酒宴もあるらしい。
(湯船に、専用のトレイを浮かべて…)
 リオは「お盆」と言っただろうか、そういったものを浮かべてやる。それに乗っけた、酒を飲むための道具一式、そいつで酒宴。「湯船酒」とか言うらしい。
 マッパで湯船に浸かったままで、「まあ、一杯」と差しつ差されつ、のんびり、ゆったり。
(じきにジョミーも誘われますよ、って言われても…!)
 嫌すぎるのが「マッパの世界」で、ミュウたちの風呂。シャングリラ自慢の大浴場。


(もう絶対に、入るもんか…!)
 入らなくても死にはしないし、とジョミーが続けた「風呂ストライキ」。
 悲しいかな、ジョミーは「気付いていなかった」。
 大浴場に何度も通っていたなら、個室仕様のシャワーブースを見付けることも出来たのに。
 酷く身体が汚れた時には、「いきなり風呂場に入ってゆく」のは、マナーに反する。個室仕様のシャワーブースで汚れを落として、「風呂はそれから」。
 けれどジョミーは、大浴場に行きもしないわけだし、シャワーブースのことも知らない。
「…もう十日目になりますよ、キャプテン!」
 ジョミーを何とかして下さい、とエラがブチ切れ、ゼルたちも非難轟々の中、事件は起こった。
 「ぼくを、アタラクシアへ、家へ帰せ!」と、去って行ったジョミー。
 帰った家に両親の姿は無かったけれども、バスルームは健在。
 「サッパリした…!」とジョミーが入った十日ぶりの風呂、それが「風呂との別れ」になった。
 翌日、保安部隊に捕まり、ユニバーサルに連行されて、大爆発したジョミーのサイオン。
 彼を助けに飛び出して行ったソルジャー・ブルーと、船に戻らざるを得なかったから…。
(……ソルジャー・ブルー……。今はあなたを信じます……)
 シャワーブースから始めてみます、とジョミーが馴染む決意をした「風呂」。
 シャングリラの自慢の「大浴場」は、ミュウの文化の象徴だから。
 人類よりも進んでいるのがミュウの文化で、いずれはジョミーが継ぐべきソルジャー。
 「お背中を流す係」がつくのはガチで、係の他にも、きっと何人もがやって来る。
 「ソルジャー、お背中をお流しします」と、裸の付き合いを目的に。
 だから慣れなきゃ、とジョミーが手にする洗面器。「まずは、これから」と。
 マイ洗面器を持ってシャワーブースで、其処から始める「風呂」ライフ。いつかは、あのデカイ湯船に専用のお盆とやらを浮かべて…。
(差しつ差されつで、ゼルたちと宴会…)
 そういう日だってやって来るから、努力あるのみ。
 「男湯」にも、マッパの世界などにも、慣れてゆかねば後が無い。
 此処は、そういう船だから。人類とミュウは違う種族で、文化的に「風呂を楽しむ」大浴場が、シャングリラの自慢なのだから…。

 

          ミュウたちの風呂・了


※いや、大浴場があったら、ジョミーはショックを受けるだろうな、と思ったわけで。
 トォニィがシャワーを浴びていたんで、外せないのがシャワーブースの存在。なにか…?








拍手[1回]

PR
COMMENT
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
 管理人のみ閲覧
 
Copyright ©  -- 気まぐれシャングリラ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]