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最強のアサシン

(ブルー…。私は、どうなってしまうのでしょう…)
 教えて下さい、とフィシスは日々、悲しみに暮れていた。
 ナスカが崩壊して、ソルジャー・ブルーが二度と戻って来なかった、あの日。
 ブルーの形見になってしまった、補聴器をジョミーに渡した時。その時は、まだ知らなかった。自分を待ち受けている運命のことも、自分の忌まわしい生まれのことも。
 けれど、衰え始めたサイオン。まるで読めなくなってゆく未来。
 何度タロットカードを繰っても、意味を成してはいないものばかり。呪いでもかかっているかのように。…あの時、ブルーは「呪いを解く時が来たようだ」と告げていたのに。
(長年、私にかけられていた呪い…)
 それが何だったか、今では分かっている。
 水槽の中に浮かんでいたのを、思い出したから。「ブルーと初めて出会った」日を。
(…私は、キース・アニアンと…)
 同じ生まれで、「ミュウではない」者。サイオンなどは「無くて当然」。
 この先、まだまだ衰えてゆくことだろう。思念波さえも使えなくなる日が、いずれ訪れるのかもしれない。そうなった時に、どうやって生きて行けばいいのか。
(…それに、私は……)
 ブルーと大勢の仲間たちを殺してしまった、とフィシスは自分を責める。
 「地球の男」に近付かなければ、キースが逃げ出すことは無かった。メギドの炎が赤いナスカを滅ぼすことも、ブルーが「いなくなってしまう」ことも。
(…ブルー、私はどうすれば…)
 もう行く道が見えないのです、と嘆き悲しむフィシスだったけれど。
「…フィシス?」
 失礼します、と天体の間に入って来たのは、シャングリラのキャプテン、ハーレイだった。
(……キャプテン……?)
 キャプテンが私に何の御用で…、とフィシスは訝しむ。
 「未来を読まない」ソーシャラーなど、長老たちにも、とうに見放されているというのに。


 だから、ハーレイが側に来るのを待たずに言った。
 「占いでしたら、今日は気分が優れないので…」と、いつも通りの言い訳を。
 サイオンを失ったことが知れたら、きっと大変なことになる。「生まれの秘密」は、トォニィが知っているのだから。
 けれど、ハーレイは「いえ」と真っ直ぐ近付き、直ぐ側に立った。
「…フィシス。正直に答えて貰いたい。…あなたは、未来を読まないのではなくて…」
 読めないのでは、と投げ掛けられた問い。フィシスは声を失った。それは真実なのだから。
(……知られているの!?)
 トォニィが船のみんなに話して回ったの、と怯え、椅子に腰掛けたままで凍り付いたけれど。
「やはり、思った通りだったか…。ブルーから聞いていた通りに」
「…えっ?」
 何を、とハーレイを見上げたフィシス。「キャプテンは何を知っているの?」と。
「フィシス、あなたのことなのだが…。ブルーは全て、私に話した」
 そして私は、誰にも話してはいない、とハーレイはフィシスを安堵させるように言葉を選んで、続きを口にしてゆく。
 「何もかも」知っていたことを。フィシスの生まれも、ブルーがフィシスにサイオンを与えて、ミュウにしたことも。
 ハーレイはソルジャー・ブルーの右腕だったから、最初から全て承知だった、と。
「…では、私は…。これから、どうすればいいのですか?」
 この船の中で…、とフィシスの閉じた瞳から涙が零れてゆく。ミュウではないなら、この船にはとてもいられない。皆が知らなくても、自分自身が「それを許さない」から。
 ナスカの滅びを、ソルジャー・ブルーの死をもたらした「災いの女」。
 ミュウでさえもなくて、「地球の男」と同じ生まれで、これからも災いを呼ぶだろうから。
 そうして自分を責めて責め続けて、行く道は今も見えないまま。…誰も教えてくれないまま。
「…フィシス。あなたは、何を望んでいる…?」
 望みは何だ、と訊き返された。「望みがあるなら、それを聞こう」と。
 キャプテンとして、叶えることが出来そうだったら、そのように努力してゆこう、とも。


(……私の望み……?)
 考えたことも無かったわ、とフィシスは心の中を探った。
 ブルーが戻らなかった時から、まるで失くしてしまった希望。その上、道さえ見えはしなくて、望みなど持てはしなかった日々。
 けれども、それを問われたからには、答えなくてはならないだろう。
 問い掛けたのは、「全てを知る」ハーレイ。キャプテン自ら、此処まで足を運んでの問い。
(……私に、何か出来るとしたら……)
 何をしたいか、どうしたいのか。
 答えは直ぐに見付かった。「これだわ」と直ぐに分かったけれども、あまりに非現実的なそれ。いくらハーレイが努力したとて、叶いはしない。
 そう思ったから、「望みなどは……何もありません」と答えたのに。
「…本当に? ブルーからは、あなたのことを何度も頼まれていたので…」
 力になれるものだったら、とハーレイの方も譲らない。天体の間を去ってゆこうともしない。
(…こんな望みが、叶うわけがないのに…!)
 どうして分かってくれないの、とフィシスは声を荒げてしまった。
「あなたに何が分かるのです! 私には決して出来ないことです、敵討ちなど…!」
 ブルーの仇を取りたいのに…、と叫ぶようにして明かした「望み」。
 それは「絶対に」叶いはしない。
 ブルーを殺したキース・アニアン、彼は叩き上げのメンバーズ。「ただの女」が太刀打ち出来る相手はなくて、返り討ちに遭うに決まっている。どう考えても、どう転んでも。
 だから「あなたに、何が出来ると言うのです…!」と、ハーレイに怒りをぶつけたのに。
「…そんな所だと思っていた。ならば、あなたの努力次第だ」
「……努力?」
 どういう意味です、とフィシスは見えない瞳でハーレイを見詰めた。努力とは何のことだろう?
「そのままの意味だが?」
 ブルーの仇を討ちたいのだろう、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
 「そうしたいのなら、私も努力を惜しまない」と、「早速、今日から始めるとしよう」と。


(…今日からって…。何を始めると言うの?)
 途惑うフィシスに、ハーレイが「これなのだが…」と取り出して「見せた」もの。
「……ナイフ……ですか?」
 木彫り用の、とフィシスは尋ねた。キャプテン・ハーレイの趣味は木彫りで、よくブリッジでも彫っていた。「ナイフ一本で出来る趣味だから」と、それは楽しそうに。
 ただし、木彫りの腕前の方は、お世辞にも上手くなかったけれど。
「確かに、私が趣味に使っているナイフだが…」
 これには別の顔があって…、とハーレイはシュッと空気を「斬った」。ナイフがキラリと光った瞬間、床に落ちていた「斬られた」リンゴ。
 さっきまでテーブルの上の器に盛られていたのに、真っ二つ。いつハーレイがそれを取ったか、まるで分かりもしなかったのに。
「…キャプテン、今のは…?」
「こちらがナイフの「本当の顔」だと言うべきか…。ナイフを使った戦闘術だ」
 極めれば、このようなことも出来る、とハーレイは笑った。
 曰く、シャングリラがまだ「白い鯨」になるよりも前は、満足に無かった「武器」というもの。人類軍に船を襲われ、白兵戦になったらマズイ。
 ゆえに誰もが「自分に適した」ものを選んで、「戦える自分」を作り上げた。
 ゼルの場合は、レンチを持ったら「向かう所は敵なし」らしい。ヒルマンはペンで、相手の目にそれを突き立てる。エラは縫い針で首の後ろの急所を狙って、一撃必殺。
 そんな具合に皆が「必殺技を持つ」のだけれども、ハーレイはナイフの達人だった。キッチンにあったナイフを手にして、鍛えまくった自慢の腕。
 もっとも、今ではシャングリラも立派な船になったし、武器も豊富に揃っている。身近なもので戦わなくても、何の問題も無いものだから…。
「…戦闘用から、木彫り用のナイフになったのですか?」
「そうなのだが…。腕は全く鈍っていない」
 ブルーの仇を討ちたいのならば、教えよう、とハーレイはフィシスに向かって笑んだ。
 「私で良ければ、いくらでも稽古に付き合うが」と、「あなたでも、やれば達人になれる」と。


 ナイフ一本で「戦える」術。フィシスに「否」がある筈がない。
 「教えて下さい!」とハーレイに頼んだわけで、その日から稽古が始まった。ハーレイが持って来ていた「練習用の」ナイフを使って、天体の間で。
「行くぞ、上! 中! 次、下!」
 ハーレイが繰り出すナイフを相手に、フィシスは懸命に稽古を続けた。
 自分のナイフが弾き飛ばされても、急いで拾って「お願いします!」と。「まだまだ!」などと諦めないで、来る日も、来る日も。
 そうやって稽古を続けまくって、ついに目出度く免許皆伝。
「この腕なら、メンバーズ相手でもいける。…よく頑張った、フィシス」
「ありがとうございます、キャプテン!」
 キースに会ったら、きっとブルーの仇を討ちます、と誓うフィシスは、愛用のナイフをドレスの下に隠していた。スリットから直ぐに取り出せるように、太腿にナイフホルダーをつけて。
 今やフィシスは最強のアサシン、盲目の女暗殺者。
 殺気を殺して敵に近付き、ナイフで頸動脈を掻っ切る。心臓を一撃で貫くのもアリ。
 そんなフィシスが、ジョミーたちと地球に降りたものだから…。


 ミュウと人類との会談の前夜、ユグドラシルで窓の向こうの月を見上げていたキース。
 其処へフィシスが現れたわけで、キースは余裕たっぷりに言った。背を向けたままで。
「…銃なら其処に置いてある」
「いえ、結構です」
 私には、これで充分です、とキースの喉元でギラリ光ったナイフ。月明かりに照らされ、それは冷たく、禍々しく。
 動けば喉を掻き切られるから、キースは全く身動き出来ない。フィシスに後ろを取られたまま。
「き、貴様……!」
 それがキースの精一杯で、フィシスはナイフをキースの喉に当てながら…。
「…ブルーの最期を教えて下さい。あなたが殺めたのですか?」
「ち、違っ…! あ、あいつはメギドの爆発で…!」
 死んだ筈だ、とキースは逃げを打ったけれども、フィシスのナイフは揺るぎもしない。
「本当に? …あなたは本当に何もしていないのですか、あの人に…?」
「う、うう…。う、撃った…。撃ったが、殺す所までは…!」
「そうですか…。何処を撃ったと言うのです…?」
 全部話して頂きます、とフィシスは凄んで、キースは吐かざるを得なかった。ブルーに向かって何発撃ったか、命中したのは何処だったか。
「さ、最後に撃ったのが右目だった…!」
「…分かりました。では、あなたにも死んで頂きましょう」
 安心なさい、とフィシスはキースの耳元に囁いた。「右目は、あなたの死体から抉ることにして差し上げますから」と。
「し、死体からだと…!?」
「ええ。…生きている間に抉り出すほど、私は鬼ではありませんから」
 覚悟の方はよろしいですか、とフィシスはキースを「殺す気満々」だったのだけれど、何故だか憎めない「ブルーの仇」。どうしたことか、どういうわけだか。
(…この人の頸動脈を切ったら…)
 ブルーの仇が討てるのに、と思いはしても、出来ない「それ」。
 やはり生まれが同じだからか、同じ「青い地球」の映像を持っているからか…。


 仕方ない、とフィシスはナイフを下ろして、寂しそうな顔で微笑んだ。
「…殺すつもりで来たというのに…。何故か、あなたへの憎しみが湧かない」
 あなたを見逃すことにします、とナイフを足のホルダーに仕舞った。
(…ごめんなさい、ブルー…。あなたの仇を討てなくて…)
 でも、此処までは来ましたから、とキースを見詰めて、こう告げた。
「…忘れないで。あの人の最期を」
 忘れたら、その時は殺してあげます、とフィシスはキースに背を向け、その部屋を去った。来た時と同じに、足音もさせずに。
 こうして最強のアサシンは去ったけれども、キースはと言えば…。
(……た、助かった……)
 この身体のお蔭で命を拾った、とガクガクブルブル。
 キースの身体は、フィシスの遺伝子データを元に作られたものだった。言わば親子で、キースの母がフィシスに当たるわけだから…。
(あれが母親でなかったら…)
 殺されていた、とキースの恐怖は尽きない。「なんて女だ」と、「流石は私の母親だな」と。
 ソルジャー・ブルーも凄かったけれど、フィシスも半端なかったから。
 フィシスが見逃してくれなかったら、もう確実に死んでいた。
(でもって、右目を抉り出されて…)
 それを、あの女が踏み潰すのか、握り潰すのか…、とキースは震え続ける。
 最強のアサシン、それが自分の命を消しに現れたから。
 「ソルジャー・ブルーの最期」をウッカリ忘れた時には、きっと命が無いだろうから…。

 

          最強のアサシン・了

※自分はオチを知っているんで、サクサク書いてたわけですけれど。途中でハタと思ったこと。
 前半だけを見たら、「立派なシリアス、ブルフィシ風味」。どうしてこうなった…。








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