(キース・アニアン…。待ってろよ)
お前のすました顔を、このぼくが…、とシロエは深く潜ってゆく。
ステーションE-1077の奥へと繋がる通路を、ただ一人きりで。
通路と言っても、候補生たちが立ち入るような場所ではない。
メンテナンス用にと設けられたもので、言わば舞台裏のようなもの。
用も無いのに、そんな所を通ってゆく者など無い。
当てもなく其処に入り込む者も。
(でも、ぼくは…)
ちゃんと目的を持って入った、と自分自身を励まし続ける。
小さなライトだけを頼りに、未知の空間を進む間に。
この先に何があると言うのか、まるで全く知らない自分。
当てなどは無く進むけれども、「目的」ならば持っている。
「機械の申し子」、キース・アニアン、彼の秘密を暴くこと。
それが何処かにある筈だから。
どういう形か、それさえも謎なものだけれども。
(…あいつは何処からも来なかった…)
このE-1077に、と確信を持って言えること。
どんなにデータを集めようとも、集めたデータを手掛かりに「人」に会おうとも…。
(キースが此処に来た時のことは…)
何処にも記録されていないし、キースと一緒に「来た」者もいない。
記録の上では、同じ宇宙船で着いた筈でも、誰もキースを「覚えてはいない」。
それに、ステーションのデータを端から調べてみても…。
(あいつを最初に捉えた画像は…)
新入生ガイダンスの時の、ホールでのもの。
他の者なら、その前のものが欠片くらいはあるものなのに。
宇宙船が発着するポートの監視カメラにあったり、通路のカメラに残っていたり。
そういった「最初のパーソナルデータ」。
誰の記録にも伴う「それ」。
自分にもあるし、サムやスウェナのデータにもあった。
けれど、キースのものだけは「無い」。
つまりは、「何処からも来なかった」キース。
「着いた」画像が無いのだったら、「最初から此処にいた」ということ。
画像が無いと言うだけだったら、何かのミスで消されたことも有り得るけれど…。
(…誰も覚えていないだなんてね?)
いくら「記憶の処理」があっても、キースのことまで消さなくてもいい。
消す必要など無いのだから。
(到着して直ぐに、倒れたって…)
そういうデータは目にしたけれども、それはキースの失点にはならない。
むしろ「救助した」誰かがいる筈、「医務室に運んだ」者だとか。
(そんな騒ぎが起こったんなら、なおのこと…)
皆の記憶に残ってもいい。
「キース・アニアンを覚えてますか?」と尋ねた時に、「ああ、あの時の…」と思い出すほど。
それがキースだとは記憶に無くても、「着くなり倒れた人が」と訊いたら、ピンと来て。
けれど、誰もが無反応だった。
「覚えてないなあ…」だとか、「さあ…?」だとか。
キース・アニアンの名を、知らない者などいないのに。
同郷だったら誇るだろうし、同じ宇宙船で着いただけでも、自慢の種になりそうなのに。
「キースと一緒だったんだ」と、語るだけで集められる注目。
「どんな奴だった?」と、「その時の話を聞かせてくれよ」と、皆が周りに集まって来て。
(……それなのに……)
誰もキースを覚えていなくて、最初の画像も「ガイダンスの時」。
意味する所はたった一つで、キースは「何処からも来てなどはいない」。
E-1077で「生まれて」「育てられた」モノ。
今のキースを構成している、ああいう姿になるように。
もっとも、キースが「生まれた」かどうか。
あれを「育てた」と言っていいのか、どうなのか。
(機械仕掛けの人形ではね…)
あの皮膚の下は冷たい機械で、血など流れてはいないのだろう。
流れていたなら、それは偽の血。
「キースは機械だ」と知られないよう、精巧に作られ、配管されて…。
(其処に人工血液を…)
循環させているだけのことさ、と舌打ちをする。
「なんて奴だ」と。
機械でも怒るくらいのことなら、まだ納得も出来るけど。
「怒ったキースに殴り飛ばされた」のも、「そうプログラムされているんだ」で済むけれど。
(…この四年間に、自然に育ったように見せかけて…)
何度、器を取り替えたのか。
「キース・アニアン」という人工知能を「乗せ換えた」のか。
皮膚の下には、人工血液までも流して。
「人間だったら怪我をする」ような傷を受けたら、血が流れるように細工までして。
(…その忌々しいアンドロイドの…)
秘密ってヤツを暴いてやるさ、というのが自分の「目的」。
キースは「何処で」作られたのか、「何処で」あのように育てて来たか。
このステーションに「来て直ぐ」のキースは、今よりも背が低くて「若い」。
何処かで「器を取り替えた」わけで、「人工知能を乗せ換えた」筈。
それが「何処か」が分かりさえしたら、キースの秘密はもう「手の中にした」も同然。
後はゆっくり確かめるだけで、キースにもそれを突き付けるだけ。
「これがお前だ」と、「お前は人間なんかじゃない」と。
自分が機械仕掛けの人形なのだと、知って壊れてしまうがいい。
「機械」には似合いの末路だから。
予期せぬデータを強制的に送り込んだら、人工知能は破壊されるから。
そのために「キースのデータ」が欲しい。
「何処で」作ったか、「何処で」今日まで育てて来たか。
答えの在り処は全くの謎で、行く当てさえも無いのだけれど…。
(……此処は?)
不意に開けた広い空間。
頭上に溜まった大量の水。…頭の上にプールの水面があるかのように。
水の中には、幾つもの黒くて四角い「モノ」。
規則正しく並べられたそれは、どう見ても…。
(マザー・イライザのメモリーバンク…!)
やった、と心で叫んだ快哉。
目指すデータは、此処にある筈。
自分の部屋の端末からだと、データはブロックされるけれども…。
(コントロールユニット…)
あれだ、と見抜いたマザー・イライザの心臓部。
人間の手で操作可能な、「マザー・イライザを構築している」精密機械。
それに直接アクセスしたなら、もはやブロックは意味が無いもの。
「何もかも」其処にあるのだから。
E-1077の生徒たちのデータも、「キース・アニアン」に関するものも。
何処でキースを作ったのかは、此処で見られる。
コントロールユニットに、ケーブルを繋いでやったなら。
そのためだけに持って来ている、小型コンピューターでアクセスしたら。
クルリと身体を回転させて、逆様だった上下を入れ替えた。
水面が下に来るように。
コントロールユニットの前に「真っ直ぐに」立って、中のデータを見られるように。
(…覗かせて貰うよ?)
ケーブルを繋いでやった途端に、早くも点いた「アクセス可能」を表示するランプ。
あれほど何度も部屋からやっても、ガードが堅くて、まるで入れはしなかったのに。
(ふうん…?)
なんて無防備なんだろう、と高笑いしたくなるほどだけれど、それも当然のことだろう。
誰も此処まで「来はしない」から。
マザー・イライザの維持管理をする者たちだけしか、此処に入りはしないのだから。
(下手にブロックしていたら…)
万一の時に手間取るだけ。
何もかもが後手に回ってしまって、最悪の事態を招きかねない。
(だからこそ、ってね…)
此処までやって来た「自分」のためには、褒美があってもいいだろう。
「キース・アニアンの秘密」という名の、E-1077の最高機密。
マザー・イライザが懸命に隠し続けているもの、それを貰って帰りたいもの。
どうすればそれが手に入るのかは、ほぼ見当がつくものだから…。
(…キース・アニアン…)
それから、これ、と次から次へと出してゆく指示。
「ぼくに情報を開示しろ」と。
キースは「何処で」作られたのか、「何処で」育てて来たというのか。
そうやって指示を出して、出し続けて、ついに答えは示されたけれど。
画面に答えが表示されたけれど、その答えとは…。
(…これは……)
小型コンピューターの画面にある文字。
「F001」、そして「ME505-C」。
それが答えで、キースが作られた場所とキースを示すもの。
(F001…?)
Fっていうのは何なんだ、と次の問いを出す。
「ME505-C」は、「キース」で間違いないのか、と。
(…なるほどね…)
如何にも機械という感じだよ、と思うキースの「製造番号」。
もう可笑しくてたまらないから、笑いながらデータを集め続ける。
「F」は「フロア」の意味らしいから。
「F001」は「フロア001」、E-1077のシークレットゾーン。
(入るためには…)
パスワードなんだ、と愉快な作業は続いてゆく。
これで「キースを壊せる」から。
フロア001で「全てを見た」なら、製造番号「ME505-C」にそれを突き付ける。
(楽しみだよね…)
「キースが壊れる」瞬間が。
機械仕掛けの精巧すぎる操り人形、それの頭脳が壊れて「止まる」だろう時が…。
探り当てた秘密・了
※シロエが手に入れたフロア001とキースのデータ。問題は「ME505-C」。
アニテラだと「ME5051C」、原作だと「ME505-C」。アニテラ、誤植したな…。