(…私は何をしているのだろうな)
いったい何を望んでいる、とキースは自分自身に問う。
生き物は棲めない、死の星と化した地球の上で。
「地球再生機構」とは名ばかり、巨大なだけのユグドラシルの一室で。
ミュウたちがついに地球へと降りた。
会談は明日の午前十時から。
「それまでは部屋でお休み下さい」と、スタージョン大尉がミュウたちに告げた。
つまり、それまでは「お互いに顔を合わせはしない」。
人類からも、客分であるミュウからも。
それを口実に、警備兵たちを下がらせた。「奴らは来ない」と。
ミュウがどれほどの脅威であろうと、彼らの目的は「地球での会談」。
人類との交渉のテーブルに着くこと、それがミュウたちの目当てで「要求」。
その機会を自ら壊しはしない。
「壊すわけがない」と、下がらせたのが「無用な部下たち」。
警備兵はもちろん、本来だったら隣室などに控えているべき直属の部下も。
(……マツカだったら……)
この状況でも残しただろうか、今の自分の身辺に。
国家主席として明日の会談に臨む、キース・アニアンの腹心として。
それともマツカを喪ったから、こうして立っているのだろうか。
赤い満月が見える窓辺に。
ただ一人きりで、警備の兵さえ置きもしないで。
更には、「持っていない」銃。
とうに背後の机に置いた。
武器と言ったら、銃の他には無いというのに。
いくら国家主席のための部屋でも、暗殺を防ぐ仕掛けなどは無い。
今、背後から撃たれたならば、確実に「終わり」。
キース・アニアンの命は潰えて、物言わぬ死体が横たわるだけ。
振り向きざまに応戦するには、「銃」という武器が必須だから。
銃も持たずに刺客と対峙するなど、「人類」には無理なことなのだから。
(…ミュウならば、可能なのだろうがな…)
彼らのサイオン、それは人間の心臓さえも握り潰せる。
指の一本も動かすことなく、一瞬の内に。
(…あのミュウは…)
オレンジ色の髪と瞳を持った、旗艦ゼウスに侵入したミュウ。
マツカを殺してしまったミュウ。
彼は「嬲り殺し」にしようとしたから、サイオンで首を絞めただけ。
殺すだけなら、直ぐに終わっていたのだろう。
マツカが気付いて駆け付ける前に、「キース・アニアン」は死体となって。
それほどの力を持つというのに、使わなかったミュウがいた。
銃弾の雨にその身を晒して、刺し違えることを狙った男。
(……ソルジャー・ブルー……)
今でも、彼を忘れられない。
彼には生涯、勝てはすまいと。
「伝説」と呼ばれるほどの長きにわたって、ミュウの長だったタイプ・ブルー。
なのに自ら「死ぬためだけに」、メギドまで来たソルジャー・ブルー。
彼の真似など、どう転がっても出来はしない。
人類を、組織を守るためには、指揮官たる者、「生き延びなければ」ならないのだから。
(…奴の真似でもしたくなったか…?)
今の自分は最高指揮官、ジルベスターの頃とは比較にならない立ち位置にいる。
明日の朝、国家主席の自分が「死んでいた」なら、会談は「お流れ」では済まない。
戦況はあくまで「ミュウに有利」で、衛星軌道上にある六基のメギドを使おうとしても…。
(グランド・マザーが地球に在る限り、地球に向かってメギドは撃てない…)
主だったミュウが、地球に集っていようとも。
彼らを倒せば、ミュウたちの統率が取れなくなると分かっていても。
それは即ち、「地球がミュウどもに掌握される」のを看過するしか無いということ。
グレイブが指揮する旗艦ゼウスが、まだ地球の衛星軌道上にあろうとも。
艦隊が未だ維持されていても、人類は「地球を失う」だろう。
冷たい瞳の「ソルジャー・シン」は、グランド・マザーを破壊するだろうから。
オレンジ色の髪と瞳のミュウにも、「やれ」と冷ややかに命令して。
(…そうなると分かっているのにな…)
何故、このようなことをしている、と先刻の問いを繰り返す。
自分は何をしているのかと、自分の望みは何なのかと。
まず間違いなく、「刺客」が此処へ来るのだろうに。
ソルジャー・ブルーの仇だと狙う、あの盲目のミュウの女が。
皮肉なものだ、と暗殺者の顔を思い浮かべる。
自分に「死」を運ぶかもしれない女は、あろうことか自分と同じ生まれの「人間」。
あちらがそれを知るかはともかく、自分は既に知ってしまった。
彼女の生まれを、自分と「彼女」の繋がりを。
あの盲目の女を「作った」時の遺伝子データが、自分に継がれていることを。
(…私の「母親」が、私を殺すか…)
息子を殺した母親ならば、神話の時代から幾らでもいるが、とクッと喉を鳴らす。
ギリシャ悲劇の王女メディアも、そうだった。
それが此処でも起こるだけのことで、人類は「指導者」を喪う。
更には地球をも失うのだ、と分かっているのに、何故、暗殺者を待っているのか。
「刺客が来る」ことを察知しながら、警備の者を退けたのか。
(……やはり、あいつの……)
真似だろうか、とソルジャー・ブルーの死に様を思う。
指導者自ら前線に立って、死をも恐れず戦った男。
「奴と同じに死にたいのか?」と、「あの時の銃とは、違うのだがな」と。
刺客が来たなら「銃は其処だ」と言うつもりのそれは、メギドの時とは違うもの。
あれから長い時が経ったし、自分の肩書きも何度も変わった。
銃も同じに変わってしまって、「使いやすい」銃でも、あの時とは別。
けれども、それで「撃たれて死ぬ」のも一興だろう、と思う自分がいる。
そうなったならば、人類は皆、困るのに。
指導者を、国家主席を失い、地球さえもミュウに奪われるのに。
(…私が此処で斃れなくても…)
いずれ、その日がやって来る。
遠からず、宇宙は「ミュウのもの」になる。
グランド・マザーは、自分にそれを明かしたから。
「ミュウは進化の必然なのだ」と、「ミュウ因子を排除するプログラムは無い」と。
あれを聞いた時、崩れた足元。
自分が信じて歩いて来た道、「SD体制の異分子として」ミュウの殲滅を目指した道。
それは「誤り」だったのだと。
時代はミュウに味方していて、自分はそれに抗っただけ。
そうと知らずに、自分が正義のつもりになって。
「正しいことをしているだけだ」と、間違った「逆賊の旗」を掲げて。
(…それでも、私は…)
その道を歩いてゆくしかない。
もうすぐ此処へと来るだろう刺客、彼女と違って「ミュウに攫われはしなかった」から。
人類のエリートの道を歩んで、此処まで昇り詰めたのだから。
自分は責任を果たすべきだし、他に進める道などは無い。
「そのために」作られ、「育てられた」から。
サムを、シロエを、贄にして「今」があるのだから。
それは充分、承知だけれども、こうして自分は「死」を待っている。
自分の命を奪う死神を、あの盲目のミュウの女を。
そのくらいの自由は欲しいものだ、と赤く濁った月を見上げる。
「誤った道」とも知らずに歩いて、これから先も「歩くしかない」。
ならば途中で終わったとしても、道の半ばで命尽きても良かろう、と。
どうせ宇宙はミュウのものになるし、人類は過去のものとなるから。
(…打つべき手は、もう打ったのだからな…)
もしも自分に万一があれば、「これを送れ」と記した圧縮データ。
宛先は「自由アルテメシア放送」、その筆頭のスウェナ・ダールトン。
「キース・アニアン」が会談に臨めず斃れた時には、全宇宙帯域で流れるだろうメッセージ。
ミュウは進化の必然なのだと、「マザー・システムは、時代遅れのシステムだ」と。
あれを見たなら、「心ある者は」立ち上がるだろう。
たとえ人類であろうとも。
「人類はミュウに劣る種族だ」と、突き付けられた側であろうと。
(…さて、どうなる…?)
あのメッセージを、自分は「この手で」スウェナに送信できるのか。
それとも自分の死体を目にした、スタージョン大尉が「送る」ことになるか。
「アニアン閣下の御遺志なのだ」と、その中身さえも確かめないで。
パンドラの箱の蓋を開く結果になるとも、知らないままで。
(…どう転ぼうとも…)
もはや時代は、私の思うようには動かせぬ、と仰ぎ見る月。
此処で死んでも、何も変わらぬなら、「殺される」のも悪くはない。
自分が渡した銃で撃たれるのも、「ソルジャー・ブルーの仇」と命を奪われるのも…。
死神を待つ・了
※フィシスが来るのを承知の上で、キースは待っていたわけで…。どういうつもりだったやら。
サッパリ分からん、と思ったトコから出て来た話。撃たれたら終わってましたよね、アレ?