『…ジョミー。また訓練をサボりましたね?』
長老たちが怒っていましたよ、と小言を言いに来たリオ。思念波だけれど。
サボると部屋までやって来るから、ジョミーも文句を言いたくもなる。「余計なお世話だ」と。
「…だって、毎日、厳しすぎるから! ぼくの身にもなって欲しいんだけど!」
ハードすぎる、とジョミーは愚痴った。
ソルジャー候補に据えられてからは、もう毎日が訓練三昧。サイオンの特訓だけならまだしも、他の訓練も容赦ない。いわゆる座学も、ソルジャーとしての立ち居振る舞いの特訓なども。
教える方なら何人もいるし、きっと疲れはしないだろう。休憩時間も取れるから。
けれど「ジョミー」は一人だけ。
サイオンの特訓で心身ともに疲弊したって、「代わりのジョミー」は何処にもいない。休憩時間など取れはしなくて、「次はコレです」と押し付けられる座学や特訓。
その状態で休みたければ「サボリ」しか無くて、なのにサボれば叱られる。…今みたいに。
『大変なのは分かりますが…。でも…』
訓練の成果が出れば、特訓の時間が減りますよ、と言うリオは正しい。間違ってはいない。上達したなら、もう訓練など要らないわけだし、何処かのソルジャー・ブルーみたいに…。
(三食昼寝付きの日々でも、誰も怒らなくて…)
現に今だって寝ているし、とジョミーの不満は尽きない。特訓の成果はまるで出なくて、明日も明後日も、そのまた向こうもギッチリ詰まった訓練メニュー。座学も含めて。
(どうせ、ぼくなんか筋が悪くて、ダメダメなんだよ!)
頑張るだけ無駄に決まってる、とジョミーはフテ寝を決め込んだ。リオを部屋から追い出して。
「ぼくは死んだと言っといて!」と、長老たちへの言い訳役まで押し付けて。
そんなジョミーを観察している人がいた。部屋の中には入りもせずに。
(…まったく、あれでは…)
いつまで経っても進歩しない、と溜息を零すソルジャー・ブルー。青の間のベッドで。
一日も早くジョミーをお披露目したいというのに、これではサッパリ。ソルジャー候補のままで何年も経って、自分も現役引退は無理。
(ぼくが楽をしたいと言いはしないが…)
次のソルジャー不在はマズイ、と思ってみたって、ジョミーは努力をしないものだから…。
(…何かいい手は…)
無いだろうか、と考えていたら、リオの思念を感知した。長老たちに向かって言い訳中の。
『ジョミーも疲れているんです。ですから、もう少し訓練メニューを…』
減らしてやって貰えませんか、と頼んだリオに、「やかましいわ!」と怒鳴ったゼル。
「お前なんぞに何が分かるか、若造めが!」
「ちょいとお待ちよ、リオに怒ってどうするんだい?」
其処はジョミーに言うトコだろう、とブラウが割って入ったけれども、ゼルはガンガンと当たり散らした。なにしろジョミーはいないわけだし、目の前にいるのはリオだから。
「文句があったら、ジョミーにガツンと言えばいいんじゃ!」
甘やかすからつけ上がるんじゃ、と喚くゼル。「お前の態度がいかんのじゃ!」と。
曰く、「いつも笑顔で腰が低い」のがリオの欠点。
それだからジョミーに舐められるわけで、「もっと怖いリオにならんかい!」と。
「キャラを変えろ」と無理な注文、どう聞いたって「言いがかり」の域。
頭から湯気で怒鳴りまくりで、リオがなんとも可哀相だけれど…。
(……そうか、リオのキャラか……)
これは使える、とブルーの頭に閃いた案。きっとジョミーも心を入れ替えて頑張るだろう、と。
その夜、ジョミーは呼び出しを受けた。青の間で暮らす現ソルジャーから。
「ソルジャー・ブルー。…お呼びですか?」
何でしょうか、と頭を下げつつ、ジョミーは内心恐れていた。此処でも叱られそうだから。
(…サボってるのは、バレてるよね…?)
ゼルたちがチクッているんだろうし、とビクビクしながらベッドの側に立ったのだけれど。
「…ジョミー。君は、リオのことをどう思う?」
斜めな質問が飛んで来たから、目を丸くした。「どう思う?」とは、何のことだろう?
「え、えーっと…? そ、そのですね…」
とても頼れる兄貴分だと思ってますが、と当たり障りのない答えを返した。リオに好意を持っているのは本当だけれど、それ以上でも以下でもない。「惚れている」わけではないのだから。
(…リオの彼女になりたいだとか、リオを彼女にしたいとか…)
彼女と言うかどうかは別で、とジョミーが思う「恋愛感情」。それは持ってはいないよね、と。
けれども、ソルジャー・ブルーの方は…。
「なるほどね…。君はどうやら、リオを分かっていないらしい」
「え?」
ひょっとしてリオは、自分に「惚れている」のだろうか、とジョミーは焦った。彼女になりたい方か、それとも「彼女にしたい」方なのか。
どっちにしたって自分にベタ惚れ、それで代わりに叱られてくれたりするのかも、と。
「ま、待って下さい、ソルジャー・ブルー…! ぼくは…!」
リオの気持ちには応えられません、と両手をワタワタさせたら、冷たい視線を投げられた。
「何を馬鹿なことを」と、思いっ切り。「本当に分かっていなかったのだな」と。
「よく聞きたまえ、ジョミー。…リオの正体は、御庭番だ」
「御庭番?」
何ですか、それ、と訊き返したら、「忍者とも言う」とソルジャー・ブルーは赤い瞳をゆっくり瞬かせた。「忍びの者だ」と、「誰にも知られず、重要な任務を担っているのが御庭番だ」と。
(…リオの正体は、御庭番…)
ソルジャー・ブルーの直属の部下、とジョミーは震えながら青の間を後にした。もう恐ろしくて振り返るのも怖いほど。「後ろにリオがいないだろうな?」と。
ガクブル怯えて部屋に帰って、扉を開けて入る時にも左右を確認。リオの姿が見えないか。
(…いないみたいだけど…)
でも安心は出来ないよね、と扉をガッツリ施錠した。とはいえ、相手は「忍びの者」。
(壁に耳あり、障子に目あり…)
遠い昔に「御庭番」の名で呼ばれた忍者は、天井裏だの、床下だのに潜んでいたという。そして相手の隙を狙って、密書を盗み出すだとか…。
(…寝てる間に暗殺だとか、食べ物に毒を仕込むとか…)
そうやって邪魔な者を消したり、歴史の裏で暗躍したり。あくまで「主」の命令で。
(光ある所に影がある、って…)
ソルジャー・ブルーは、そう言った。「栄光の陰に、数知れぬ忍者の姿があったのだ」と。
けれども、彼らの名前は残ってはいない。古い歴史書を端から引っ繰り返しても。
(闇に生まれて、闇に消える…)
それが「忍者の宿命」らしい。
リオはそういう立ち位置の人間、皆の前では「人のいいリオさん」で通っているけれど…。
(…ソルジャー・ブルーが「やれ」と言ったら、暗殺だって…)
厭いはしないし、それは見事にやり遂げる。
このシャングリラで「リオに密かに消された」人間、その数は誰も知らないという。「やれ」と命じた「主」のソルジャー・ブルー以外は、誰一人として。
(…御庭番だ、って聞かされてみたら…)
思い当たる節は山ほどあった。
「ぼくを家に帰せ!」と凄んだ時に、ソルジャー・ブルーが「リオ」と呼んだら…。
(何処からともなく、サッと出て来て…)
小型艇でアタラクシアまで送ってくれたし、その後の行動も「御庭番」なら納得がいく。人類が仕掛けた監視システムに細工したのも、拷問まがいの心理探査から生還したのも。
腰が低くて、いつも笑顔のリオの正体。それを明かしたソルジャー・ブルー。
ついでにブルーは、冷たく笑ってこう付け加えた。「リオは、君にも容赦はしない」と。
今の所は「主」のブルーが黙っているから、「人のいいリオ」に徹しているだけ。「御庭番」の顔をすっかり隠して、にこやかな笑みを湛え続けて。
けれど、命令が下ったら…。
(ぼくが訓練をサボらないよう、サボッた時には…)
この部屋に来て、それは恐ろしい「罰」を自分に与えるらしい。誰が見たって分からないよう、外に出るような傷はつけないように…。
(爪の間に針を刺すとか、足の指とかを有り得ない方に曲げるとか…)
聞いただけでも痛そうなヤツを、「あのリオが」やってくれるという。人のいい笑みを浮かべたままで、「ソルジャー・ブルーの仰る通りになさいますか?」などと訊きながら。
「二度とサボらないと誓いますか」と、「サボッたら、またコレですが?」と。
そういった目に遭いたくなければ、「御庭番」には逆らわないこと。
リオが普通に「サボリですか?」と困っている間に、きちんと反省、これからは文句を言ったりしないで…。
(間違っても、「ぼくの代わりに言っといて!」なんて言わないで…)
長老たちがブチ切れる前に、訓練の場に馳せ参じること。
でないとブルーがキレてしまって、リオに一言、「やれ」と命じるから。
「ジョミーの言うことは聞かなくていい」と、「君の主は、ぼくだったな?」と。
(……そうなったら、ぼくは爪の間に針を刺されて……)
足の指とかを有り得ない風に折り曲げられて、とガクガクブルブル、そんなのは御免蒙りたい。
かくしてジョミーは性根を入れ替え、訓練をサボらなくなった。
リオの前でもキレなくなって、日々、頑張ってソルジャーになるべく励んでいるから…。
(…リオで脅した甲斐があったな)
あの人の好さが、ジョミーはとても恐ろしいだろう、とソルジャー・ブルーはほくそ笑む。
リオの笑顔と腰の低さは、天然だから。
あれが「御庭番」の表の顔だと言っておいたら、抑止力として半端ないものだから。
(……リオには悪いが……)
御庭番になっていて貰おう、と笑うブルーは腹黒かった。
ダテに三世紀以上も生きていなくて、頭も回るソルジャー・ブルー。
嘘をつくくらいは朝飯前で、「自分が悪役になる」のも平気。
「リオを使って、何人も消した」と、ジョミーがまるっと信じていたって、気にしない。
ミュウの未来のためならば。
次のソルジャー候補のジョミーを、ソルジャーの座に据えるためとなったら…。
腰が低い人・了
※「アニテラのリオは、只者じゃねえな」と思ったのが多分、ネタの切っ掛け。
けれども何処から「御庭番」なのか、そっちの方がサッパリ謎で…。似合ってるけどな!
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