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撃ってしまう人

「大佐…! 止まって下さい!」
 その先には、とマツカが言い終える前に派手に飛び散ったお星様。
 キースが振り向きざまに一発ブチ込んだわけで、それがマツカに直撃だから…。
(……また、この人は……)
 後ろから近付いたら撃つんだっけ、と闇へ落ちてゆくマツカの意識。「またヘマをした」と。
 なにしろキースは昔からこうで、出会った時から「こう」だった。
 曰く、「私の後ろから近付くな。それが誰であろうと撃つ」。
 私はそう訓練されている、というのがキースの言い分、けれど「怪しい」と思う今日この頃。
 こうしてヘマをする度に。撃たれて視界が見事に暗転する度に。
(…キース、その先は本当に…)
 危ないと言ったら危ないんです、と意識が消え失せる間際に、ドゴォオオオン! と鳴り響いた爆発音。自動車爆弾のような代物、それが思い切り炸裂したからたまらない。
「「「アニアン大佐!」」」
 御無事ですか、と突っ走ってゆくセルジュやパスカル、もうもうと上がっている煙。
 けれど死屍累々の兵たちを他所に、キースは悠然と現れた。「私は無事だ」と。
 でもって「あれを」と指差した先に、倒れているのが撃たれたマツカ。
「また後ろから近付いたのだ。あれだけ何度も言っているのに…」
「…またですか。いい加減、覚えて欲しいものです」
 我々だって、とセルジュが顎をしゃくって、救護班の者たちがマツカを担架で運んで行った。
 「これでいったい何度目だろう」と言いながら。「学習能力の無い奴だ」とも。


 キースを狙った暗殺計画は数知れず。狙撃に爆破に、その他もろもろ。
 ところがキースは死にはしなくて、「不死身のキース」と呼ばれている今。
 そして誰もが知らないけれども、その陰にはマツカの働きがあった。そう、さっきだって。
 もしもマツカが止めなかったら、キースは真っ直ぐ歩き続けて爆弾の餌食になった筈。身体ごと微塵に砕けていたのか、手足がバラバラに吹っ飛んだか。
(…なんとか命は拾ったが…)
 暫く動けなくなりそうだ、とキースにもよく分かっていた。
 異例の速さで昇進してゆく自分を消そうと、大勢の者たちが暗躍しているこの世界。
 「コーヒーを淹れるしか能のないヘタレ野郎」と嘲られるマツカ、本当は誰よりも有能な部下。
 ミュウの能力をフル活用して働ける彼がいなくては…。
(何処で命を落とす羽目になるか、私にも全く謎なのだからな…)
 よって副官のセルジュに、こう言い放った。「今日の予定は全てキャンセルだ」と。大切な用を思い出したから、そちらを優先しなくては、と。
「グランド・マザー直々の御命令なのだ。マザーの御意志が最優先だ」
「はっ!」
 分かりました、と最敬礼するセルジュに「うむ」と頷き返して、今日の予定は全部キャンセル。視察も、トレーニングに行くのも、何もかも全部。
 今の状態で下手に動けば、もう本当に墓穴だから。
 マツカがいないと読み切れない罠、自力では防ぎ切れない狙撃に銃撃。
(……充分、分かっているのだがな……)
 ついウッカリと撃ってしまうのだ、と心の中で零した溜息。「これで何回目になるんだか」と。


 自分の後ろから近付いた者は、それが誰だろうと遠慮なく撃つ。
 そういう訓練を受けて来たのは本当だけれど、現にマツカにも初対面からかましたけれど。
(…もれなく撃っていたんだったら、まだ言い訳も出来るものを…)
 そうじゃないのがキツすぎる、とキースはスゴスゴと引き揚げて行った。自分の部屋へ。
 着いたらクローゼットの中をゴソゴソ、其処に隠してあるものは…。
(…またコレの世話にならないと…)
 しかし、あいつは女子供か、と取り出すラッピングされた箱。中身はクッキー詰め合わせ。
 今日の所はこっちの方で、と考えた。
 この前に撃ってしまった時には、チョコレートを持って行ったから。可愛く詰めてある箱を。
 そのまた前には、焼き菓子の詰め合わせセットを「すまん」と贈った。
 もちろんマツカに。
(…菓子で機嫌が直る間はいいんだが…)
 見放されたらどうしよう、と心配になるから、菓子の用意は欠かさない。
 他の部下たちには「たまには、こういう菓子も食べたくなるものだ」などと言い訳をして。
 自分が食べるための菓子だと大嘘をついて、「買ってこい」と店に走らせる部下。ただし、必ず一言添える。「進物用にして貰うのだぞ」と。「私の名誉は守らねばな」と。
 「不死身のキース」が菓子好きだなんて、誰が聞いてもお笑いだから。
 イメージ戦略大失敗だし、それでは話にならないから。
(…マツカにプレゼントしていると知れたら、もっと話にならないのだが…)
 女房の尻に敷かれた男のようだ、と悲しい気持ちになるのだけれども、それが現実。
 撃ってしまったマツカが機嫌を損ねたままなら、当分、何処へも出られはしない。機嫌を直して貰えさえすれば、マツカのダメージが癒えたら直ぐに…。
(次の予定をこなせるからな)
 爆弾だろうが、狙撃だろうが、なんでも来い、と受けて立つ気はたっぷりとある。
 もっとも自力で受けて立ったら、もれなく死亡フラグだけれど。
 有能なマツカのサポート無しだと、あの世に向かって一直線に走ってゆくことになるけれど。


 そんなわけだから、クッキーの箱を抱えて見舞ったマツカ。そろそろ意識が戻る頃だ、と。
 医務室で渡したら即バレするから、マツカは部屋へと運ばせてある。
 「治療が済んだら、こいつの部屋へ戻しておけ」と、さりげない風を装って。
 撃ってしまう度に毎回そうだし、誰も疑いさえしない。「撃たれただけだし、部屋で充分」と。銃弾ではなくてショックガンだけに、時間が経ったら自然と意識も戻るから。
(…これがあるから、実弾は装備できんのだ…)
 そっちで弱みを握られている、と情けない気分。
 今日もこれから言われる予定で、きっとマツカは間違いなく言う。その件について。
(…あれについては、本当に頭が上がらないからな…)
 例外中の例外な上に、私の人生最大の借り、と後悔したって始まらない。覆水盆に返らずで。
 マツカの部屋の扉をノックし、「入るぞ」と中に入ったら…。
「…今日も予定はキャンセルですね?」
 あなたが来たということは…、とベッドの上から投げられた視線。「またですか」と。
「すまない、マツカ。この通りだ…!」
 これで許して貰えるだろうか、と差し出したクッキーの箱。マツカはそれをチラリと眺めて…。
「いいですけど…。クッキーは、ぼくも好きですから」
 でもですね、と有能な部下はフウと小さな溜息をついた。「いい加減に覚えて欲しいです」と。
 「後ろから近付いた人は誰でも、必ず撃ってはいないでしょう?」と。
 前に例外がありましたよねと、「それで命を拾ったでしょう?」と。
「面目ない…! もう、その節は本当に…!」
 お前のお蔭で助かったんだ、とキースは土下座せんばかり。
 たった一度だけあった例外、ソルジャー・ブルーとメギドで対峙し、撃ちまくった時。
 カウントダウンに入ったメギドの制御室へ、マツカが駆け込んで来てくれたから…。
(瞬間移動で脱出できたが、あれが無ければ…)
 もう完璧に死んでいた。ソルジャー・ブルーが起こしたサイオン・バースト、それの巻き添えで落とした命。綺麗サッパリ。


(あの時、マツカは後ろから来て…)
 背後から抱えて瞬間移動で逃げたわけだし、「後ろから来た」と撃っていたなら終わり。
 実弾を食らったマツカは死亡で、もちろん自分も逃げられない。助っ人を撃ってしまったら。
「…キース、分かっているんですか?」
 撃っていい時と悪い時とがあることを…、とマツカは溜息MAX、それに逆らえるわけがない。
 これからも守って欲しいのだったら、「不死身のキース」でいたければ。
「分かってはいる…! これでも努力はしているつもりだ…!」
 実弾をこめていない誠意を分かってくれ、と懸命に詫びて、クッキーで直して貰った機嫌。
 明日にはマツカのダメージも癒えて、何事もなく予定をこなしていけそうだけれど…。
(…またウッカリと撃ってしまったら…)
 借りが増える、とキースの足取りは重かった。
 本当に命がヤバイ時には「撃たない」ことを、マツカは把握しているから。
 メギドで撃たずに「生き延びた」ことが、キッチリきっぱりバレているから。
(……私にも生存本能がだな……)
 きっとあるのに違いない、と悔やんでも悔やみ切れない失態、メギドで「撃たなかった」こと。
 マツカは後ろから走って来たのに、完全に後ろを取られたのに。
 銃には実弾が入っていたのに、振り向きざまに撃てたのに。
(…きっと一生、私はマツカに…)
 頭が上がらない男なんだ、と重たい足を引き摺りながら考える。
 クッキーの次は何がマツカのお気に召すかと、菓子の情報を集めねば、と。
 マツカの機嫌を取らないことには、「不死身のキース」は無理だから。
 下手をしたなら明日にでもサックリ暗殺エンドで、何もかもが其処でおしまいだから。


 一方、マツカの方はと言えば、クッキーをベッドで頬張りながら…。
(…なんだか怪しいような気がする…)
 本当に命がヤバイ時には、キースは撃ちはしないんだから、と今日も陥る思考の迷路。
 「もしかして、遊ばれているんじゃあ?」と。
 キースは格好をつけて「撃ちたい」だけで、真剣にヤバイ時が来たなら撃たないのでは、と。
(…だけど、そういう時が来るまで…)
 あの人の尻尾は掴めそうにないし、と分かっているから、今の所はチラリと視線を投げるだけ。
 「またですか?」と。
 キースが詫びにやって来る度、ベッドの上から「本当に分かっているんですか?」と。
 「撃っていい時と悪い時とがあるんですから」と、「でないと予定がパアなんですよ?」と。
 なんと言っても、キースだけでは命を守り切れないから。
 ミュウの自分を生かしてくれたし、キースを守りたいのだけれども、どうにも困った例の癖。
 「後ろから近付いた者は、誰だろうと撃つ」。
 もしかして甘えているのかも、と思わないでもない昨今。
 「こいつだったら許してくれる」と、ついつい撃ってしまうとか。
 そっちだったら、何度撃たれてもかまわない。「遊ばれている」のとは違うなら。
 キースが甘えてくれているなら、側近冥利に尽きるというもの。
 けれど真実は分からないから、やっぱりチラリと投げる視線。「またですか?」と。
 いい加減に撃つのをやめて下さいと、「本当に命が危ない時には、撃たなかったでしょう」と。
 そのやり取りをやっている時は、いつもキースが身近に思える。「普通の人」に。
 だから当分は、このままでいい。
 真相がどうかは掴めないまま、撃たれても。撃たれて意識がブラックアウトの連続でも…。

 

           撃ってしまう人・了

※マツカの尻に敷かれたキースと、健気なマツカ。人によってはキスマツが作れそうなネタ。
 撃ってしまう「人」とはキースかマツカか、解釈の方はお好みでどうぞv









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