(…なんか、気味悪いことになってる…)
この船、こんなだったっけ、とジョミーが見回したシャングリラの中。
ソルジャー候補になって長いけれども、今日は船の中の様子が違う。
あっちもこっちもカボチャだらけで、カボチャだけなら、まだいいけれど。
(どのカボチャにも、顔…)
ゲラゲラ笑っている顔だとか、悪魔みたいに裂けた口とか。
そういうカボチャが船にドッサリ、通路にも、広い公園にだって。
かてて加えて、オバケだとしか思えない飾りが沢山。骸骨にゾンビ、どう見てもオバケ。
昨日は普通の船だったのに、と首を捻りながら通路を歩いていたら…。
「うわあぁぁっ!?」
いきなり頭から赤いケチャップをぶっかけられた。…それもバケツで。
顔さえ見えない仮面を被った、魔法使いみたいな衣装の誰かに。
何するんだよ、と怒鳴り付けたら…。
「なんじゃ、ハロウィンを知らんのか?」
仮面の人物がゼルの声で喋った。ケチャップのことなど、謝りもせずに。
「……ハロウィンって?」
「ヒルマンに聞いておらんようじゃな、日頃、サボッてばかりじゃからのう…」
講義をサボるからそうなるんじゃ、とゼルは説教をかましてくれた。トマトケチャップが入ったバケツを抱えたままで。
曰く、ハロウィンというのは10月31日のイベント。
人間が地球しか知らなかった時代に生まれた行事で、大晦日のようなものだと言う。
「…大晦日?」
それは12月31日のことを言うんじゃあ…、と不思議だけれど。
「人類の世界ではそうなっておるな、奴らは野蛮人じゃから」
文化とは無縁な奴らなのじゃ、と胸を張ったゼル。
その点、ミュウは文化的だと、遠い昔の文化をきちんと守っていると。
ハロウィンと言ったらカボチャにオバケで、新年を迎えるための清めの行事なのだと。
ヒルマンの代わりに、延々とゼルが垂れた講釈。
ハロウィンはシャングリラの一大イベント、暦は此処で切り替わるもの。
(…明日になったら、この船の中では新年で…)
年内の穢れを持ち越さないよう、互いに穢れを祓うのだという。
出会い頭に色のついた水や、赤いケチャップなどを浴びせて。…だから頭からぶっかけられた。
(…ソルジャーでも、ヒラでも、関係なくて…)
とにかく派手にぶっかけるべし、と皆が用意をしているらしい。色つきの水や、ケチャップを。
気合の入った輩になったら、緑色に染めたビールなんかも。
(…船中に飾った、カボチャのランタンとか骸骨とかは…)
新年になって日付をまたぐ前に、公園で焚火に投げ込むものだと教えられた。
船中の穢れを吸い取ったカボチャ、それに骸骨なんかの気味悪い飾り。
(気味が悪いほど、うんと沢山…)
穢れを吸い取ってくれるらしいし、カボチャのランタンは「大きいほど」穢れがよく取れる。
ゆえに「より大きな」カボチャを求めて、皆がカボチャを育てる船。
一年に一度のハロウィンのために、素晴らしい新年を迎えるための日に備えて。
(……うーん……)
シャングリラにはこんな行事があったのか、とケチャップまみれの服を着替えに戻ろうと通路を歩いていたら…。
「「「トリック・オア・トリート!」」」
子供たちの可愛い声が響いて、ドパアッ! と食らった色つきの水。
赤に黄色に、緑に青に。…もうとりどりに激しい色のを、子供たちが持ったバケツの数だけ。
「え、えっと…?」
今のはなに、と目を丸くしたら、子供たちは一斉に手を差し出した。「お菓子、頂戴」と。
(…お菓子?)
なんでお菓子、と瞳をパチクリ、さっぱり意味が分からない。
頭から浴びた色水の意味なら、さっきゼルから聞いたけれども、お菓子は知らない。
そうしたら…。
「知らないの、ジョミー? 子供は天使みたいなもので…」
大人よりもずっと穢れを祓うパワーが強いの、と得意そうなニナ。
だから子供に色つきの水をかけて貰ったら、お礼にお菓子を渡すもの。「ありがとう」と。
「…そ、そうなんだ…。でも、ぼくは今…」
お菓子なんかは持ってなくて、と慌てるしかない今の状況。
(ヒルマンの講義、真面目に聞いておけば良かった…)
このシャングリラの年中行事について、馬鹿にしないで、全部きちんと。
大晦日が10月31日だとか、ハロウィンとやらに関するあれこれ。
「ジョミー、お菓子を持っていないの?」
せっかく水をかけてあげたのに、と不満そうな顔の子供たち。「かけて損した」と。
「ご、ごめん…。ツケにしといて!」
次に会った時に渡すから、と謝った途端、子供たちはパアアッと笑顔になった。
「やったね、ツケだとトイチなんだよ!」
「十日で一割の利子がつくのがトイチなの!」
「ハロウィンのお菓子をツケにした時は、一時間で一割の利子になるから!」
じゃあねー! と走り去った子供たち。
一時間ごとに一割の利子で、あの数の子供たちだから…。
(……ぼくの立場、メチャメチャ、ヤバイんじゃあ……?)
それだけの菓子を食堂で調達したなら、今月の小遣いは消し飛ぶだろう。今から着替えて、また食堂まで出直す間に時間が経ってゆくのだから。
なんて船だ、と思うけれども、講義を聞かなかった自分が悪い。
シャングリラはミュウの箱舟なのだし、人類の世界とは違って当然。
(ハロウィンなんかは、聞いたこともないから…!)
本当に意味が不明だってば、と重たい足を引き摺る間に、次から次へと浴びせられる水。それにケチャップ、緑色に染めたビールもあったし、ワケワカランといった感じの水かけイベント。
(おまけに全員、仮装していて…)
誰が誰だか分からないのが、また悲しい。
真っ青に染めた合成ラムをかけて行ったのは、体格からしてハーレイだけれど。
(…あの格好も謎だってば…)
首にぶっといボルトが刺さって、顔に縫い目があるなんて…、とジョミーには謎な、ハーレイの仮装。いわゆるフランケンシュタインなるもの、遠い昔で言ったなら。
(ケチャップを思い切りぶっかけてくれて、白いシーツを被ってたのは…)
ソルジャー・ブルーじゃなかろうか、と思うけれども、確証は無い。
とにかく船中がお祭りムードで、ハロウィンを知らない自分一人だけが…。
(仮装用の服も持っていないし、水かけ用のバケツも、それにケチャップも…)
無いんだってばー! と叫んでみたって、既に手遅れ。
船はすっかりカボチャまみれで、あちこちに飾られた骸骨などの不気味な飾り。
新年を迎える焚火に火を点け、ああいったものを投げ込んで穢れを祓い終えるまでは…。
(…ぼくだけ、普通の格好で…)
色水やケチャップなどにまみれて、子供たちには菓子という名の借りが山ほど。
人類の世界には無かったハロウィン、もっと勉強するべきだった、と泣きの涙で。
10月31日が終わる時まで、受難が続いてゆくフラグ。
何処か間違って伝わったらしい、ミュウたちが盛大に行うハロウィン。
新年を迎えるためのイベント、船中がカボチャや骸骨にまみれる一日が幕を閉じるまで…。
ハロウィンの船・了
※シャングリラで行われているハロウィン。人類の世界には無かった文化に途惑うジョミー。
何か色々と間違えまくりのイベントですけど、資料を収集している間に事故ったのかも。