(二階級特進させて貰ったが…)
メギドの件もお咎め無しなのだがな、とキースが歪めた唇。
ジルベスター星系からノアに戻って来た夜、自分のためにある部屋で。
事故調査に出掛けて、遭遇したミュウ。
最初の一人は自覚すらも無しに、人類軍の中にいた。
偶然パスした成人検査。
自分が何者なのかも知らないままで、劣等生のふりをしていたマツカ。
彼に殺されかかったけれども、スパイならばともかく、ただのミュウでは…。
(私を殺せるわけがない)
無謀とも言えたマツカの攻撃。彼にとっては命が懸かっていたのだけれど。
失敗した後には、震え、泣くことした出来なかったマツカ。
彼の姿にサムが、シロエが重なって見えた。…どうしたわけだか。
だから殺さず、ジルベスターまで連れて行ったら…。
(並みの人類より、役に立ったというのがな…)
なんとも皮肉な話だけれども、ミュウのマツカに救われた。
ただ一人きりでジルベスター・セブンまで、行方不明の自分を捜しにやって来た彼に。
そればかりか、メギドでも救われた命。
あの時マツカが、自分を追って来ていなければ…。
(ソルジャー・ブルーと心中させられていたぞ)
まず間違いなく、巻き添えになっていただろう。捨て身でメギドを沈めたミュウの。
ソルジャー・ブルーが破壊したメギド。
本来だったら、あれほどの兵器を失った自分は降格処分か、左遷だろうに。
それが当然だと思っているのに、咎められることは無くて特進。
グランド・マザーは、どれほど自分を買っているのか。
(…有難く思うべきなのだろうが…)
余計なことだ、と覚える苛立ち。
この先もきっと、自分が歩いてゆくだろう道は…。
グランド・マザーの手の中なのだ、と心の中で吐き捨てる。
そうやって歩いてゆくのだろうと、それ以外に歩める道などは無いと。
(…マツカは連れて帰って来たが…)
これからも側に置くのだがな、と決めている実に役立つマツカ。
彼がミュウだとグランド・マザーに悟られたならば、ゲームは自分の負けになる。
もしもマツカが処分されたら、あるいは連行されたなら。
(…そのくらいのゲームは許して欲しいものだな)
他に自由は無いのだから、と零れる溜息。
自分はグランド・マザーの手駒で、そのように動かされてゆくだけ。
それに不満を覚えた所で、どうすることも出来ない自分。
ならば行くしか無いのだろう。
この道の先が何処であろうと、何が自分を待っていようと。
(…私はそういう訓練を受けた)
だから従う、と考えはしても、最初から答えは決まっていても。
どうにも落ち着かない心。
メンバーズとして繰り返し訓練を受けたこの身でも、軍の規律を思い出しても。
(……ソルジャー・ブルー……)
奴のせいだ、と分かってはいる。
初めて自分を負かした男に、またしても負けを味わわされた。
傍目には自分の勝ちだけれども、ソルジャー・ブルーは倒したけれど…。
(…自分の命を捨ててまで…)
メギドを沈めて死んでいった男。
きっと永遠に彼に勝てない、彼のように生きることは出来ない。
指導者としての自分の立ち位置、それを捨ててまで戦い、そして散るなどは。
自分の信念を貫き通して、命までさえ捨て去ることは。
そういう教育は受けていない、と胸に湧き上がる悔しさと怒り。
定められた道を進むことしか教えられずに生きて来た自分。
E-1077でも、メンバーズになってからの日々でも。
従うことが自分のやり方、生きる道だと無理やり納得させて来た心。
(…マツカを生かして…)
機械の鼻をあかしてやった、と束の間、酔っていた勝利。
ジルベスター・セブンから生還した後、功労者のマツカを国家騎士団に転属させて。
マツカの正体が知れているなら、けして通りはしない許可。
(グランド・マザーでも、気付かないという所がな…)
してやったり、と思っていたのに、それが自分の「自由」の限界。
マツカが救いに駆け付けたメギド、あの時、命を拾ったばかりに…。
(…もう、この先は…)
きっと前線には出てゆけない。
ミュウが相手でも、二度と出来ない命のやり取り。
それをしようと目論んでみても、他の者が派遣されるから。
上級大佐になった自分は、指揮官としてしか生きてゆけない。
前線に派遣するべき人材、それを選んでは配属するだけ。
もしも自分が殺されるようなことがあるのなら…。
(…暗殺だけということか…)
自分の昇進を妬む輩に毒を盛られるか、車や部屋ごと爆破されるか。
そんな死に方しか出来はしなくて、生きてゆく甲斐もない命。
指揮官だったら、いくらでも代わりはいるのだから。
たとえ自分が斃れたとしても、次の誰かが任に就くだけ。
まだ前線に立っていたなら、充分な働きが出来るだろうに。
ミュウの母船を追って追い続けて、宇宙の藻屑にすることさえも。
けれど出来ない、その生き方。
グランド・マザーは指揮官の道を用意したから、其処を歩んでゆくしかない。
だから苛立ち、心が騒ぐことになる。
ソルジャー・ブルーを思い出したら、彼の死に様を思ったら。
(…伝説のタイプ・ブルー・オリジン…)
どう考えても、ミュウの社会では頂点に立つ男だったろう、ソルジャー・ブルー。
人類で言えば国家主席にも等しい存在、けして前線には出てゆかない筈。
それが人類の社会なら。
人類が定めた枠の中なら、グランド・マザーの采配ならば。
(しかし、あいつは…)
それをものともしないで出て来た、自分の立場を考えないで。
あるいは自ら捨てて来たのか、ミュウの連中にも「否」と言わせはせずに。
ミュウどもがそれを許したのならば、羨ましいとも思う生き方。
思いのままに生きていいなら、望む場所で死んでゆけるなら。
あのような立ち位置に置かれていてさえ、己の心に忠実に生きて死ねるなら。
(…ミュウというのは、皆そうなのか?)
マツカは弱いミュウだけれども、遠い昔に、ああいうミュウを知っていた。
当時はミュウとは知りもしないで、E-1077を卒業してから知ったこと。
セキ・レイ・シロエ。
自分がこの手で殺した少年、シロエもまたミュウの一人だという。
あのステーションにいた「Mのキャリア」は彼しかいない。
軍の噂では、そのMは処分されているから。
同時期に在籍していた候補生の一人が、Mのキャリアの船を撃墜したそうだから。
(…私とシロエ以外に、誰がいるんだ?)
今は廃校になったE-1077、其処で起こったと流れる噂。
Mのキャリアはシロエでしかなくて、その船を撃墜したのが自分。
シロエは自分の意のままに生きて、意のままに死へと飛び立って行った。
あの頼りない練習艇で。…武装してなどいなかった船で。
セキ・レイ・シロエの鮮烈な生き様、それを彷彿とさせるミュウ。
メギドに散ったソルジャー・ブルー。
彼は自由に生きたというのに、死に場所を選び取ったのに。
自分はといえば、もはや選べはしない死に場所。
(…暗殺されても、死に場所を選べはしないのだ…)
自分の意志とはまるで関係無く、道半ばにして殺されるのが暗殺だから。
この生き方を選ばされたなら、せめて全うしたいのに。
志を遂げて散ってゆきたいのに、暗殺者どもは一顧だにしない。
ある日、突然に訪れる終わり。
それを望んではいないというのに、爆弾で、あるいは盛られた毒で。
(…あいつのようには、もう生きられない…)
ソルジャー・ブルーが生きたようには、最期まで戦士であったようには。
よくも名付けたものだと思う、「ソルジャー」というミュウの長の称号。
言葉通りに、戦士として生きたソルジャー・ブルー。
そうして宇宙に散ったけれども、まるでシロエのようだったけども。
(…私には、けして…)
あの生き方は許されない、と分かっているから苛立つばかり。
どうしてこういう道に来たかと、何故、この道を進むのかと。
何ゆえに此処を歩いてゆくかと、逃れられる術を自分は知っている筈なのに、と。
(シロエのように生きたならばな…)
機械の言いなりにならない人生、それを自分が選び取ったら訪れる終わり。
シロエも、それにソルジャー・ブルーも、マザー・システムに逆らい続けて散ったから。
其処を進めば彼らのように生きてゆける、と承知だけれども、選べないから苛立つしかない。
(…いつか終わりがやって来るまで…)
死の方から自分を訪ねて来るまで、生きてゆくしかないのだろう。
いくら死に場所を探し求めても、自分の意志では選べないから。
そう生きる道を進むしかなくて、生きてゆく道はグランド・マザーの手の中だから…。
出来ない生き方・了
※グランド・マザーの意志に従い続けるのがキース、けれど感情はあるわけで…。
シロエやブルーの影響はきっとある筈なんだ、と思っているのが管理人。駄目っすか?