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作れない友

(…ミュウどもの版図は拡大してゆく一方か…)
 もう止めようがないのだろうな、とキースが零した深い溜息。
 誰もいない部屋、とうに夜は更けて部下も訪れはしない筈。
 マツカも先に下がらせた。「コーヒーくらい、私でも淹れられる」と。
 言った言葉に嘘は無い。
(…インスタントのコーヒーならな)
 マツカが淹れるようなコーヒー、あの味はとても淹れられない。
 けれど一人でいたかった。
 何故だか酷く疲れた気分で、今日はマツカの気遣いさえも…。
(余計なことを、と思うんだ…)
 自分でもかなり酷いと思った、自分自身の感情のこと。
 普段だったら、苛立ちを覚えることはあっても、それを全く見せずにいられる。
 誰にも本音を知られることなく、心の中だけでする舌打ちも。
 それが出来ない、どうしたわけか。
 日に日に勢力を増してゆくミュウ、今日も一つの惑星が落ちた。
 そのせいだろうか、苛立つのは。
 妙に疲れを覚えるのは。
(…マツカも、所詮はミュウだからな)
 ミュウだから顔を見たくないなら、この感情も理解出来る、と思ったけれど。
 それで部屋から追い払ったのだ、と暫くは納得していたけれど…。


 不意に心を掠めた言葉。
 「友達だろ?」と。
 遠い遠い昔、サムが何度も口にしていた。
 あのステーションで、今はもう無いE-1077のあちこちで。
(……友達か……)
 それか、と思い至ったこと。
 明らかにミュウに敗れるのだろう、人類という古すぎる種族。
 その日はそれほど遠くないのに、自分は此処から逃げ出せはしない。
 軍人だから、というのは表向きのこと。
 逃れられない本当の理由、それは自分の中にある。
 血にも、髪の毛の一筋にさえも、刻み込まれた恐ろしい呪い。
(…マザー・イライザ……)
 E-1077のメイン・コンピューター。
 あれが自分を作ったから。
 完全な無から作り出された生命、それが自分で、作られた理由そのものが…。
(…もう完全に時代遅れだ…)
 どう考えても分の無い人類、それを統べるよう作られた命。
 だから自分は逃げ出せない。
 軍の全員がミュウに寝返ろうとも、誰一人としてついてくる者はいなくとも。


 いつか、その日が来るのだろう。
 ミュウを忌み嫌う筈の人類さえもが、ミュウたちの肩を持つ時が。
 自分たちまでミュウになったような顔で、彼らに味方する時が。
 そうなった時も、きっと一人だけ…。
(…ついてくるんだ…)
 あのマツカなら、と尋ねなくても分かること。
 宇宙の全てがミュウの側へと転がったとしても、ミュウのマツカは残るのだろう。
 ただ一人きりで、自分の側に。
 もう負け戦で、自分もろとも滅ぼされると分かっていても。
 最後まで残った頑固な人類、そう勘違いされて消される時が来ようとも。
(…自分の命も顧みないで…)
 行動を共にしてくれる人間、それが友達。
 遠い日にサムが教えてくれた。
 サム自身はそうは言わなかったけれど、そういうものだと教えられた。
 マザー・イライザが仕組んだらしい、E-1077での新入生時代に起こった事故。
 スウェナを乗せて入港して来た、宇宙船が見舞われた衝突事故。
 上級生たちさえ行かなかった現場、其処へ救助に向かった自分。
 サムは迷わずついて来てくれた。
 「船外活動は得意だから」と、「しっかり食って、しっかり動く」と、こともなげに。


 そうしてサムに救われた命。
 命綱さえつけることなく、サムは助けに来てくれた。
 一つ間違えたら、サムの命も宇宙の藻屑だったのに。
 制御を失った自分の巻き添え、回転しながら宇宙の彼方へ飛ばされたかもしれないのに。
(…それを平気でやってのけるのが、友達なんだ…)
 サムは実際それをやったし、きっとシロエもそうだったろう。
 死ぬと承知で真っ直ぐに飛んで、宇宙に散ってしまったシロエ。
 自分があの船を落としたけれども、ああいう風にならなかったなら。
 マザー・イライザが選んだ捨て駒、それがシロエでなかったら。
(…マツカのように、上手い具合に…)
 成人検査をパスして来ていたミュウだったのなら、シロエもきっと生き延びた筈。
 マザー・システムを嫌いながらも、エリートとして。
 きっとメンバーズの道を歩んで、何度も喧嘩を繰り返しても…。
(…私に何かあった時には…)
 手を差し伸べてくれたのだろう。
 憎まれ口を叩きながらも、「仕方ないですね」と恩着せがましく。
 「高くつきますよ?」と恩を売ったりもして。
 本当は命を懸けていたって、それさえもきっと…。
(サムと同じに笑い飛ばして…)
 なんでもないのだ、という顔をしていただろう。
 そう、シロエだって、生きていれば、きっと。


 サムとシロエと、いる筈だった二人の友。
 もしも自分の運が良ければ、マザー・イライザが作った命でなかったら。
 けれど、自分が殺したシロエ。
 あの時は他に道などは無くて、マザー・イライザに従わざるを得なかったから。
 今から思えば、助ける道はあったのに。
 シロエの船を見逃がしていれば、シロエはミュウの母船に救われて生きていたのだろうに。
(…サムなら、きっと見逃したんだ…)
 そうだ、と確信できるサム。
 そのサムもまた失った。
 サムは生きてはいるのだけれども、もう覚えてはいてくれない。
 病院まで会いに出掛けて行っても、サムにとっては「赤のおじちゃん」。
 かつてのように話せはしないし、友ではあっても、今の自分と同じ場所には…。
(立っていないし、サムの世界に、友達のキースはいないんだ…)
 今のサムはもう、命懸けでは来てくれない。
 自分が危機に陥っていても、サムには理解出来ないから。
 そしてシロエは死んでしまって、懸ける命すら持ってはいない。
(……もう、友達は……)
 本当の意味でそう呼べる者は、誰も自分の側にはいない。
 だから苛立つ、マツカを見ると。
 最後まで自分の側にいるだろう、気弱なミュウのことを思うと。


(…マツカは、命を捨てるだろうに…)
 命懸けで自分を救おうとさえ、きっとマツカはするのだろうに。
 それなのに、マツカを「友」と呼べない。
 マツカとの出会いが不幸だったせいか、それともマツカが弱すぎるのか。
 ジルベスターまで、たった一人で自分を救いに来たマツカ。
 あの時、マツカは命を懸けたし、メギドでもまた救われた。
(…いったい、何処が違うのだ…)
 自分のために命を懸けてくれたサムや、きっと懸けるだろうシロエ。
 彼らとマツカの何処が違うのか、どうして「友」になれないのか。
(……今更だ……)
 散々マツカを道具のように扱い続けて、今更、友になりたいだなどと。
 彼ならば友になれるだろうにと、なのに何故だと考えるなど。
(…友が欲しいなど…)
 言えた義理か、と自分自身を叱咤する。
 そのように動きはしなかったのだし、これが当然の結果だろうと。
(……私には似合いなのだがな……)
 時代遅れの人類の指導者、そのように作られた命。
 孤独に生きて死んでゆくのが似合いなのだし、それだけの覚悟は出来ている。
 ただ、一つだけ悔いがあるならば…。


(…友達を作り損ねたな…)
 それもまた私らしいのだがな、と浮かべるしかない自嘲の笑み。
 サムの時にも、サムの方から友達になってくれたから。
 自分は何もしなかったから。
(そして、シロエは…)
 この手で殺してしまったのだし、友を作れるわけがない。
 命を懸けてくれるだろうマツカ、彼と二人で最期を迎える日が来ようとも、自分には。
 マツカと自分と二人だけしか、もう戦場にはいなくても。
(きっと最期まで…)
 一人なのだ、と見える気がする自分の最期。
 友を作るには、自分は向いていないから。
 友になり得ただろうシロエも、自分が殺してしまったから。
 たとえマツカが隣にいてくれようとも、最期まで孤独だろう命。
 友を作るには向かない自分は、そのマツカさえも「友」と呼べないだろうから…。

 

         作れない友・了

※マツカがもっと押しの強い人間だったなら。…キースと対等にやり合えたなら。
 きっと友達になれたんだろう、という気がします。立場は部下でも、マブダチにね。





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