(…我々はもう、時代遅れの人種なのだというのか…!)
またか、とキースが噛んだ唇。あの屈辱をまたも味わうのか、と。
遠い昔に、時代遅れだと知った人類。…自分が属している種族。
世界はとうにミュウのものだと、時代はミュウに味方したのだと思い知らされた時。
(あの時は仕方なかったが…)
そういう風に生まれついたし、自分の生まれは変えられない。
覚悟したから、ブチかましたのが大演説。マザー・システムを否定すること。
(あれで一気に株が上がって…)
敵だったミュウの長とも一緒に戦い、ますます上がった自分の株。
命はパアになったけれども、それを補ってなお余りある栄光を手に入れた。大勢のファンたちにチヤホヤされて。行く先々で追い掛けられて。
(少々、迷惑な目にも遭ったが…)
身に覚えのないゴシップと言うか、スキャンダルとでも呼ぶべきか。
「実はマツカと深い仲」だの、「ステーション時代はシロエとデキていた」だの、それは迷惑な噂がドッサリ。それを本にしてバラ撒かれた。薄い本とかいうヤツで。
(絵には描かれるわ、小説になるわ…)
ミュウの長との仲まで取り沙汰されたほど。ソルジャー・ブルーとか、ジョミーだとか。
迷惑極まりなかったけれども、栄華の絶頂ではあった。「我が世の春」といった具合で、誰もが萌えてくれたのに…。
気付けば、時代は変わっていた。
自分たちは忘れ去られた人種で、時代遅れなものでしかない。それは重々、承知している。
(…盛者必衰、諸行無常と言うそうだからな…)
栄華を誇った絶頂の時代、あれから流れた九年もの歳月。「十年ひと昔」と言うのだからして、忘れられても仕方ない。
だから黙って耐え忍んで来た。世の荒波が激しかろうと、自分たちの栄光が色褪せようと。
(巨人が壁を越えて来ようが、立体機動が話題だろうが…)
そういう世界に住んでいないから、諦めの境地でいるしかなかった。
もしも巨人が人を食べまくる世界にいたなら、華麗に活躍出来ただろうに。立体機動装置を使いこなして、今をときめく人だったろうに。
(…相手がソレなら、まだ諦めも…)
つくというものだ、と握った拳。
かつて自分たちが人気を誇ったように、あの世界にもいる美形たち。ありとあらゆる美形が選り取り見取りな世界で、ファンがつくのも当然のこと。薄い本がバンバン出されるのも。
(時代が移るのは、世の習いだしな…)
他の美形に人気が移れば、「まあ、仕方ない」と諦めもする。
けれど、世界は「時代遅れ」という嫌な言葉を突き付けて来た。
もはや美形の時代ではないと、「顔だけで売れる」時代は終わりを告げたのだと。
(…我々はアレに敗れるのか…!)
どう見ても美形とは言えない六つ子。それが今では最先端で、自分たちは見事に取り残された。
九年前にミュウにやられたように。「もう人類の時代ではない」と思い知らされたように。
(……どうして歴史は繰り返すのだ……)
世の中、「松」さえ付けばいいのか、と愚痴りたいほど。
あっちを向いても、こっちを向いても、絵も小説も「松」だらけだから。とにかく「松」だ、と言わんばかりに、「松」さえ付けば女性が群がるのだから。
(…だが、生憎と…)
我々の世界には松が無いのだ、と零れる溜息。
宇宙船が飛び交う世界の景色に、松は全く似合わないから。アルテメシアだろうが、首都惑星のノアであろうが、似合わない「松がある風景」。
(E-1077の中庭ともなれば、もう致命的に…)
松は駄目だ、と分かっている。黒松だろうが赤松だろうが、盆栽向きの五葉松だろうが、けして似合ってくれない世界。
どう転がっても「松」などは無くて、時代の流れについて行けない。
(……せめて、一本でも……)
我々にも松があったなら、と歯噛みした所で聞こえたノック。「失礼します」と。
そして、コーヒーのカップをトレイに載せて、部屋に入って来た者は…。
(…マツカ…!)
いたじゃないか、と気付いた「松」。
神は我々を見捨てなかったと、我々の世界にも今をときめく人気の「松」が、と。
此処にあった、と見詰めた「マツカ」。
松は松科の植物なのだし、マツカはガチで「松」な人物。多分、この世界では唯一の「松」。
これを逃してなるものか、とコーヒーを「どうぞ」と置いたマツカに頭を下げた。
「頼む、私を養子にしてくれ!!」
「えっ!?」
何故ですか、とマツカが目を真ん丸にするものだから、「我々には松が必要なのだ!」と叫んでやった。「松はお前しか持っていない」と、「お前が唯一の希望なのだ」と。
「いいか、今の世の中、松が人気だ。…それは分かるな?」
「は、はい…。それが何か…?」
「お前なら「ジョナ松」になることが出来る!」
ジョナ・マツカだから「ジョナ松」だろうが、と指摘した名前。それと同じに、自分が養子縁組したなら「マツカ」な名前が手に入る、と。
「……キースがマツカになるんですか?」
「そうだ、キース・アニアン改め、キース・マツカになれるのだ!」
そうすれば私は「キス松」になる、と畳み掛けた。
時代遅れの人種にならないためには、とにかく「松」。「ジョナ松」に「キス松」、養子縁組で松が二人に増えるのだ、と。
「…わ、分かりました…!」
ぼくの名前が役に立つなら、とマツカは快諾してくれた。直ぐに書類を取り寄せます、と。
(よし、これでいける…!)
我々も松を手に入れたぞ、とキースの唇に浮かんだ笑み。ジョナ松にキス松、松が二人も。
この世界に松は無いから無理だ、と絶望的な気分だったのに。
時代遅れの人種になったと、ミュウの次には「松」にやられたと悔しさMAXだったのに。
(マツカは元から松だったわけだが、その価値に気付いていなかったからな…)
きっと「マツカ」で話が大きすぎたのだ、と頷く「松」を束ねる「松科」。
どんな松でも松科なのだし、「松科」というのが大前提。つまりマツカは…。
(松の総本山なのだ…!)
もっと養子を取らせてやろう、と考える。人気の「松」は六つ子なのだし…。
(あと四人いれば、もう充分に対抗できるぞ…!)
しかもこっちは正統派の美形揃いだからな、と巡らせる策。誰を養子に取らせるべきか、其処の所が重要だ、と。
(…シロエとセルジュは確定だな…)
あの二人は人気があった筈だ、と「シロ松」と「セル松」は迷わない。残る二人は…。
(サム松にグレ松、そんな所か…?)
グレイブも地味に人気だったし、サムは大切な親友だからな、と選んでゆく残り二人の松。
顔だけだったら、ジョミ松もブル松もアリだけれども…。
(せっかく、我々に分があるのだしな?)
ミュウの奴らには泣いて貰おう、と切り捨てた美形なミュウの長たち。
今をときめく「松」が六人、その美味しさは人類だけで頂いておくべきだろう。
遠い昔に「時代遅れ」にされた人類、それが今度はミュウどもを抜いて最先端を突っ走る。
こちらには「松」の総本山がいるのだから。
マツカの養子になりさえしたなら、誰もが「松」になれるのだから。
(ジョナ松、キス松、それにシロ松…)
セル松にサム松、グレ松で「松」が六人だぞ、とキースが確信した勝利。
「松」を持たないミュウの連中、彼らは時代遅れになる。
こちらには「松」が六人だから。
ジョナ松、キス松、シロ松、セル松、サム松、グレ松、六人ものマツカが揃うから。
そのためだったら、「アニアン」の名はドブに捨てられる。
今をときめく「松」になれるなら。「時代遅れの人種」にサヨナラ出来るのならば…。
六人のマツカ・了
※久しぶりに疑った自分の頭。「気は確かか?」と。…確かにマツカは「松」なんだけど。
時代が「松」になってしまっても、まだアニテラな管理人。「時代遅れな人種」そのもの…。