「サム・ヒューストンを覚えているか?」
キースがジョミーに投げ掛けた問い。
ミュウの長はどう答えるのか、と。
彼は知っている筈だから。
サムがどうなったか、そうなったのは誰のせいなのか。
(…どう答える?)
拘束されたままで見詰めたけれど。
ミュウでない自分にジョミーの心は読めないけれども、それでも、と。
何か動きを見せるだろうと、サムとは幼馴染だから、と。
けれど、返って来た答え。
「ああ。…何故、彼のことを?」と。
ジョミーは訊きもしなかった。
サムのその後を、友達だったサムがどうなったのかを。
ならば答える必要も無い。
義務すらもな、と噤んだ口。
その沈黙に、「だんまりか」と苦笑を浮かべたジョミー。
苦笑したいのは、こちらなのに。
「サムはどうでもいいのか」と。
どうして自分がサムを知っているか、知りたいことは「何故」の一言だけなのか、と。
だから皮肉をぶつけてやった。
「待て」とジョミーを呼び止めて。
「一つ訊きたい」と、「星の自転を止めることが出来るか」と。
「さあ…。やってみなければ分からないが」と返した化け物。
星の自転さえも、止められるかもしれないミュウ。
「その力がある限り、人類とミュウは相容れない」と、「残念だったな」と突き放したけれど。
ジョミーの方でも、「残念だ」と部屋から出て行ったけれど。
(…サムのことを尋ねていたならな…)
あんな言い方はしなかったろうな、とギリッと強く噛んだ唇。
お前に私の何が分かる、と。
(子供まで使って、心に飛び込んで来たくせに…)
姑息な手段を使う割には、尋問すらも出来ないらしいミュウの長。
サムの名前を耳にしたなら、彼は食い付くべきなのに。
本当に幼馴染なら。
ジルベスター星系で事故に遭ったサム、きっとミュウどもが絡んでいる筈。
何も知らないわけなどが無くて、元凶はジョミーと仲間だろうに。
サムの心を破壊したのは、壊れたサムを捨てたのは彼ら。
もしも捨ててはいないと言うなら、ジョミーは自分に訊くべきだった。
「サムはどうした?」と。
サムの名前を知っているなら、その後のことを教えて欲しいと。
けれど、噛み合わなかった会話。
自分が投げたサムの名前に、微塵も反応しなかったジョミー。
「懐かしい名だ」とも、「サムとは幼馴染だ」とも。
彼にとってはその程度のこと、サムが壊れてしまったことは。
最初から心に留めていなければ、まるでどうでもいいのだろう。
サムの心が壊れても。
二度と元には戻せなくても、ほんの些細なことでしかない。
(…所詮、あいつは…)
ミュウの長だ、と握った拳。
手足を拘束されていたって、握ることだけは出来るから。
握った拳を叩き付けることは出来なくても。
胸の底から湧き上がる怒り、それをぶつける先は無くても。
(サムを壊して、放り出して…)
自分たちさえそれで良ければ、気にもしないのがミュウなのだろう。
ジルベスター・セブンをナスカと名付けて、自分たちの世界に閉じこもって。
歩み寄りたいなどと綺麗事を言って、その同じ口で訊こうともしない。
かつて友だったサムのその後を、サムはどうしているのかを。
もはや友ではないらしいから。
ただの人類、ミュウにとっては排除すべき敵を壊しただけ。
どうしているのか、知りたいとさえ思わないのだろう。
自分たちさえ守れれば。
あの赤い星と、この船とだけを守れれば。
許すものか、と睨んだ扉。
ジョミーたちが去って閉まった扉。
閉じて動かない扉と同じに、ジョミーの心もまた動かない。
サムの名前を聞いたって。
その名を知るとも思えない自分、捕虜の口から「サム・ヒューストン」と耳にしたって。
(…当然と言えば、当然だろうな)
ジョミーがサムを壊したのなら、その時点でもう終わったこと。
遠い日にサムと過ごした日々も。
サムの故郷のアタラクシアで、一緒に成長して来たことも。
ジョミーの中では消えてしまって、友達だったサムはもういない。
(私は過去を持っていないが…)
ジョミーよりかはずっとマシだ、と思える自分。
故郷の記憶を持っていなくても、自分は友を忘れないから。
今でもサムを覚えているから、友だった頃のままの姿で。
サムが壊れてしまっても。
もう覚えてはいてくれなくても。
それにシロエも忘れてはいない、彼は友ではなかったけれど。
友と呼んだらシロエはきっと怒るだろうけれど、友になり得た人間だから。
(私のようなメンバーズでも…)
多くの敵を殺した者でも、友のことをけして忘れはしない。
成人検査よりも前の記憶が無くても、両親も故郷も忘れていても。
何もかもすっかり消えていたって、その後に出来た友たちは今も忘れないから。
(なのに、あいつは…)
サムを忘れた、と手のひらに爪が深く食い込む。
皮膚が裂けて血が流れようとも、自分の手などはどうでもいい。
サムの苦痛に比べたら。
二度と元には戻らないサム、彼の心が砕けてしまった時の痛みに比べたら。
(…ジョミー・マーキス・シン…)
あいつがやった、という確信。
サムのことは今も覚えているのに、容赦なく。
人類はミュウの敵だというだけ、ただそれだけの理由でもって壊したサム。
「彼は友達だ」と庇わずに。
見逃してやれと言いもしないで、冷たい瞳でサムを壊した。
人類が名付けたジルベスター・セブンを、「ナスカ」と変えてしまったように。
ミュウに都合よく、ミュウの世界を守るためだけに。
今ではミュウの長だから。
前は確かにサムの友でも、今では別の種族だから。
そんな輩を許しはしない、と睨み付けたジョミーを隠した扉。
彼が出て行った、今は閉ざされた扉。
あれの向こうに続く通路を、どう行くのかは知っている。
ミュウの女が持っていた知識、それを自分は垣間見たから。
どう進んだら逃れられるか、道筋はとうに頭に叩き込んだから。
(…此処を出られたら…)
サムの仇を討ってやろう、と誓った心。
此処にはサムの友はいなくて、化け物が一人いただけのこと。
星の自転も止められるような化け物が。
遠い日に共に過ごした友さえ、躊躇わず壊す化け物が。
サムの心を壊してしまった、ミュウの長、ジョミー・マーキス・シン。
(あいつを必ず殺してやる…)
最初からそのために来たのだからな、と自分自身に誓うけれども、見えない道。
今も扉は閉ざされたままで、自分は拘束されているから。
この牢獄から出られない内は、宇宙へも逃げてゆけないから。
けれど、必ず逃げ出してみせる。
サムを壊してしまった化け物、あのミュウの長を消すために。
この宇宙からミュウを一人残らず、跡形もなく焼き払い、滅ぼすために。
(…奴らは心を読むくせに…)
肝心の心を誰も持ってはいないのだからな、と憎しみだけが募ってゆく。
サムの名前は覚えていたのに、そのサムを壊してしまったジョミー。
あれは化け物だと、存在してはならないのだと。
何故なら、自分は忘れないから。
サムを忘れていないからこそ、ジルベスターまで来たのだから。
(……この耳のピアス……)
これが何かも知ろうともしない化け物めが、と心の中だけで吐き捨てた言葉。
サムの血を固めたピアスと知っても、あいつの顔は変わるまいな、と。
自分を捕えて、閉じ込めたジョミー・マーキス・シン。
遠い日にサムの友だった彼は、今ではただの化け物だから。
サムを平気で壊した化け物、壊した相手を気にも留めてはいないのだから。
(生かしてはおけん…)
あいつも、ミュウも一人残らず、と睨み付ける扉。
必ず此処から逃げてみせると、心を持たない化け物どもは、一人残らず焼き払わねば、と…。
壊された友・了
※「サム・ヒューストンを覚えているか?」と、キースは訊いたわけですけれど。
どういう答えが聞きたかったのか、どうして黙っていたのかが謎。それを捏造してみたお話。