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ぼくは誰なの

(ぼくの故郷…)
 エネルゲイア、とシロエが手繰った自分の記憶。
 一日の講義を終えた後の部屋で、「大丈夫」と、「まだ覚えている」と。
 成人検査を受けた時から、おぼろに霞んでいる故郷。
 それが怖くて、こうして辿る。
 「まだ大丈夫」と、「忘れていない」と。
 大好きだった故郷は、ちゃんと心の中にあるから。
 どんなに霞んでしまっていたって、消えたわけではないのだから。
(パパとママがいて、ぼくの家があって…)
 たったそれだけ、その程度しか確かなことが無かったとしても。
 家が在った場所を示す住所を、まるで書くことが出来なくても。
(でも、覚えてる…)
 あそこがぼくの故郷だった、と思い出す「エネルゲイア」という名前。
 アルテメシアという星の上に、エネルゲイアは在ったのだと。
 自分は其処で暮らしていたと、毎日が幸せだったのだと。


 けれど、全てを奪われた。
 忌まわしいテラズ・ナンバー・ファイブに、あの憎らしい成人検査に。
 ピーターパンの本だけを残して、何もかもを。
 両親も家も、エネルゲイアという場所も。
 気付けば消されていた記憶。
 あんなに「嫌だ」と抵抗したのに、機械が消してしまった記憶。
 大人になるには、必要無いと。
 両親も家も、故郷も要りはしないのだと。
(…だけど、忘れてやるもんか…)
 こうして残っている分は。
 今も自分の中に残った、大切な故郷の記憶の欠片。
 顔さえ思い出せない両親、住所が分からなくなった家。
 それでも記憶は残っているから、好きだったことは忘れないから。


 穴だらけだろうが、欠けていようが、自分は自分。
 こういう記憶を持っている者、それが自分でセキ・レイ・シロエ。
 エネルゲイアの家で育って、ネバーランドを夢見た子供。
 両親がくれたピーターパンの本が宝物、今でも持っているほどに。
 成人検査を終えた後にも、此処まで持って来たほどに。
(ぼくは決して忘れやしない…)
 機械が何をしたのかも。
 記憶を消されてしまってもなお、自分を構成しているものも。
 両親が、故郷が好きだった自分。
 故郷の家も、風も光も。
 エネルゲイアの映像を見ても、何処か現実味が無いけれど。
 自分が確かに其処に居たこと、その実感が湧かないけれど。
 あそこが大好きだったのに。
 あの故郷から、故郷の空から、ネバーランドへ飛ぼうと何度も夢を見たのに。


(ぼくの好きな所が、一杯あって…)
 パパやママと一緒に行ったっけ、と思った所で途切れた記憶。
 いきなりプツリと切られたように。
 せっせと辿った道しるべの糸、その糸が消えてしまったように。
(…これは、何…?)
 どうして、と手繰ろうとした続き。
 両親と一緒に何度も出掛けた、大好きだった思い出の場所。
 お気に入りの場所は、と手繰った糸には先が無かった。
 鋭い刃物でブツリと切られて、あるいはハサミでチョキンと切られて。
 糸の先には、もう無かった道。
 お気に入りの場所は何処だったのかが、まるで記憶に無かったから。
 ただ「好き」としか、「好きだった」としか。
 其処がいったい何処にあるのか、それが分からないなら、まだいいけれど…。


 嘘だ、と見詰めた記憶の穴。
 心にぽっかり開いた空洞、何も覚えていない自分。
 両親と何処へ行ったのか。
 胸を高鳴らせて出掛けた先には何があったか、何を見たのか。
(……そんな……)
 そんな馬鹿な、と背中に流れた冷たい汗。
 いくら霞んでしまったとはいえ、故郷の記憶はある筈なのに。
 お気に入りの場所が何処にあったか、それはハッキリしなくても…。
(好きだったものは覚えている筈…)
 そう思うのに、糸はプツンと切れたまま。
 両親と何をしていたのか。
 どうして其処が気に入っていたか、何をするための場所だったのか。
 多分、子供が喜びそうな場所なのに。
 とても気に入って、何度も出掛けていた筈なのに。


(あれは何処…?)
 幼い頃から何度も行った。
 両親の手をキュッと握って、大はしゃぎして。
 自分一人では、上手く帽子も被れなかったほどの頃から。
 母が被せて、父が直してくれたりしていた頭の帽子。
(…帽子なんだし…)
 日よけの帽子で、それならば外。
 屋外の何処か、気に入りの場所はそういう所。
(…海とか、山とか…?)
 それだろうか、と思うけれども、記憶には穴が開いたまま。
 何も返ってこない反応、「それだ」とも、「それじゃない」とさえ。
 消された記憶を、自分は持っていないから。
 機械にすっかり奪い去られて、手掛かりさえも掴めないから。
(…海でも山でもないのなら…)
 公園だとか、と自分に向かって尋ねるけれど。
 他に子供が好きそうな場所は、と次から次へと挙げてゆくけれど。


 幾つ挙げても、「これだ」と思えない答え。
 他には、もう思い付かないのに。
 ピーターパンの本を広げて、端から拾っていったって。
 これだろうか、と指で言葉を指したって。
(…好きだった場所を…)
 ぼくは忘れた、と足元が崩れ落ちるよう。
 大好きな両親と何度も出掛けた、お気に入りの場所が出て来ない。
 いったい何を好んでいたのか、好きだった場所は何処だったのか。
 それの答えが何と出るかで、きっと何通りもある組み合わせ。
 海が大好きな子供だったら、泳ぎがとても好きだったとか。
 山が好きなら、木登りが得意だったとか。
(…遊園地に出掛けて行ったって…)
 好きだった遊具で変わるのだろう。
 セキ・レイ・シロエの子供時代というものは。
 今の自分が出来た切っ掛け、自分を構成しているものは。


(……酷い……)
 酷い、と失くしてしまった言葉。
 自分では「自分」を掴んでいるつもりだったのに。
 記憶がおぼろになっていたって、セキ・レイ・シロエは自分だと。
 此処にいるのだと、これがセキ・レイ・シロエだと。
 それなのに欠けている記憶。
 大切なものが、とても大切だった筈の部分が。
 今のシロエを築き上げたもの、幹とも言うべき自分の根幹。
 大好きで興味を示していた場所、其処で自分がやっていたこと。
 それを丸ごと忘れてしまって、何も残っていないだなんて。
 幼い頃から好きだった場所も、その場所でしか出来ないことも。
(…ぼくは、いったい…)
 誰なんだろう、と揺らぐ足元。
 今の自分を築いた記憶は、何も残っていなかったから。
 プツリと途切れた糸の先には、何もくっついてはいなかったから。


 ぼくは誰なの、と問い掛けてみても分からない。
 どうやって今のセキ・レイ・シロエが出来たのか。
 スポーツが好きな子供だったか、スポーツより読書が好きだったのか。
 そんな単純なことさえも。
 もしや、と記憶の糸を辿ったら、それも途切れて消えていたから。
 機械が消してしまったから。
(パパ、ママ…)
 教えて、と奈落の縁に立って震える。
 ぼくはどうやって育って来たのと、何処へ連れてってくれていたの、と。
 それの答えで、シロエが誰かが変わるから。
 お気に入りの場所に全てがあるのに、何も覚えていないから。
(……お願い、ママ、パパ……)
 ぼくに教えて、と零れ落ちる涙。
 自分が誰だか分からないよと、本物のシロエは何処にいるの、と…。

 

         ぼくは誰なの・了

※シロエの記憶の欠けっぷりからして、多分、こういう記憶も消えてるんだろう、と。
 どういう風に育って来たかは、大切だと思うんですけどね…。ごめんよ、シロエ。





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